「工学倫理」が企業を救う三要素とは?
8月5日の読売新聞夕刊で紹介されていた工学倫理研究の第一人者でいらっしゃる森田正直さんから、昨日、長時間にわたって「工学倫理と企業コンプライアンス」に関するお話をお聞きする機会に恵まれました。(8月6日のエントリーのとおり、「ダメもと」で山陽色素さんのほうへ、本当に勝手ながら連絡をさせていただいたところ、山陽色素さんのご厚意によって、森田さんと連絡がとれまして、めでたく対談させていただくこととなりました。いろんな方に感謝、感謝です)
森田さんは、染料のトップメーカーである長瀬産業さんに定年まで勤務されておられ、現在も技術アドバイザーとして山陽色素さんに所属されておられますが、近畿化学協会の科学技術アドバイザー研究会の事務局長として、他のアドバイザーの方とともに、京大、阪大、九大ほか多くの大学の理工系学部生に「技術者としての工学倫理」を教えていらっしゃいます。「工学倫理」といいましても、大きく分けて「技術者倫理」と「技術倫理」に分けて研究されるのが一般のようです。技術者倫理といいますのは、個々の技術者としての心構えに関するものが中心でありまして、企業不祥事(たとえばデータねつ造)を知った場合に、技術者としてはどのように報告すべきか、そもそも不祥事の兆候を発見した場合に、どのように調査すべきか、被害を最小限度に食い止めるための対策をどのようすべきか、といったあたりが中心となります。いっぽう技術倫理といいますのは、そもそも「不正な目的に活用されないための」新規技術開発を研究するというものであり、たとえば新しい化学技術が開発されるにあたって、悪用されないための技術というものを最初から導入したり、悪用の危険性を抑制するための法制度(社会インフラ)などを最初に策定してから公表する、といったことの研究ということのようです。(そういえば、昨年、京大再生医療研究所の山中伸弥教授にお会いしたときも、「再生医療進歩のための倫理規定の重要性」を強調しておられました)森田さんの講義を受講されている学生さん方は、「そんなことは法学部の学生が勉強するものかと思っていました。」とびっくりされるそうですが、最近の企業不祥事の傾向をみましても、たとえば姉歯事件(構造偽装事件)のように、一般の人では「安全性に問題があるかどうか」が判明せず、技術の専門家の人たちの目によってはじめて不祥事が発覚する、という場面には、まず技術者の方々のコンプライアンスに対する意識の向上が図られる必要があるわけでして、これは到底法律を学ぶ人間だけではどうにもならないところであります。
森田さんとのお話のなかで、ブログではとても書けないような現実の不祥事発生に至る実例をいろいろとお教えいただいたのですが、そのような問題事例をお聞きするうちに、工学倫理が本当に会社を救えるためには3つの条件がそろう必要があるのではないか、といった感想を強く持ちました。
まずひとつめは不正を知った技術者がこれを「報告する勇気」です。ひょっとすると経営者先導で不正を容認しているケースもあるでしょうし、ある工場長が独断で不正を容認しているケースもあるかもしれません。現場はかなり不正には敏感なようで、プロの技術者であれば安全性よりも業績向上が優先されている姿勢というものを察知する場面が多いとのこと。しかしながら、技術者の方にとってはコンプライアンスにあまり関心がなかったり、社内における居場所がなくなってしまうことへの危惧などから、「知らないふり」をされるケースもまた多いとのこと。まずは現場でのコンプライアンス意識の向上と、これを上司に報告する勇気が必要なことは言うまでもありません。
そして二つめが「報告を受けた本部長クラスの胆力」です。森田さんのお話をお聞きして、どんなに現場技術者が不正を糾弾したとしても、この本部長クラスの方のところで情報が止まってしまって、いざ不正が発覚するや「社長は知らなかった」となるケースが非常に多いことが印象的でした。(内部通報制度などが有効に機能すれば、こういったケースが減っていくのではないか、とも思いますが、現実にはそうもいかないようです)
そして最後が、「技術者は営業の人たちの努力を知るべきである」ということです。1億円の売り上げを向上させることが、どれだけ営業を担当する人たちの努力によるものか、その苦しみを技術者が理解しなければ、結局「技術畑と営業畑との見解の相違」ということで片づけられてしまって、「君たちの意見もわからんではないが、会社はきれいごとだけでは食っていけないよ」といった意見に経営陣は与することになってしまうようです。ところが何度も営業部門とけんかをするなかで、その営業部門の苦しみがわかるようになると、「不正発覚」による信用棄損がどのように営業部門の活動に影響が出てくるのか、ということも理解できるようになるそうです。そのような相互理解の末、先の「本部長クラス」の人たちにも「今は3億円の売り上げ損になるけれども、将来の300億円の売り上げ損に比べればまし」と判断されるケースも増えてくる、とのこと。
森田さんとマルハニチロ社の6億7000万円の特別損失計上に関するお話(先の子会社によるうなぎ産地偽装の件)をしておりましたが、森田さん曰く、「結果として6億円の損失で済むならたいしたことはありませんよ。不祥事で恐ろしいのは、これからの営業ですよ。これまで6億円稼ぐのに必要な労力の10倍くらいの労力がないと、信用は取り戻せないし、それだけのものを稼ぐことができないんじゃないでしょうか」本当にコンプライアンス経営って、むずかしいですね。今度は森田さんのご厚意によって、近畿化学協会の技術アドバイザー研究会におじゃまして、他のアドバイザーの方々のお話を聞かせていただくことになりました。「化学」など、私のまったく知らない世界ではありますが、コンプライアンス問題を通じて、いろいろな方と意見交換をさせていただくことはたいへん貴重であり、楽しみにしております。
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