2024年4月17日 (水)

東洋ゴム工業(現TOYO TIRE)株主代表訴訟判決(全文公開)とその射程距離

調査委員会の仕事が終わったら読もうと思っておりましたが、免震ゴム偽装に関する東洋ゴム工業(現TOYOTIRE社)株主代表訴訟の令和6年1月26日付け大阪地裁判決の全文が裁判所HPにて公開されておりますので告知しておきます(ようやく判決文にアクセスできました!)。なお、判決時の報道内容からコメントを残した1月30日付けのエントリーはこちらです。

まだしっかり読めていませんが、偽装と知りつつ出荷を継続してしまった取締役2名の善管注意義務違反の根拠、法令違反の商品が出回っていることを知りつつも、3カ月間、国交省への報告や世間への公表を控えていた取締役らの善管注意義務違反の根拠が相当詳細に指摘されています(「文系出身の取締役だから、安全性への疑念を抱くことができなかったので注意義務なし」といった理由も書かれていますね)。本裁判は確定していますので、この大阪地裁判決は重いですね。

また、学者の皆様の判例評釈をお待ちしておりますが、私自身もしっかり熟読したいと思います。平成18年のダスキン事件大阪高裁判決と比較して、その射程範囲はどの程度なのか、事件公表直後に設置された社外調査委員会の認定とどれほどの違いがあるのか、有事に直面した取締役の行動規範を探るうえでとても興味深いところです。また、小林製薬事案における公表・報告の責任判定にも参考になるかもしれません。当ブログをご覧になった皆様も、お読みになった感想をいただければ幸いです。しかし株主から提訴請求の通知を受けた当時の監査役の皆様は、どういった理由で「監査役会は(会社を代表して取締役らを)提訴しないことに決定した」との結論に至ったのか、そっちにも興味があります。

| | コメント (0)

2012年9月28日 (金)

企業の自浄能力と株主代表訴訟リスクの関係

中央大学付属中学の情実入試騒動は、(大学から幼稚園まで併設されている)某学校法人の内部通報窓口を担当している私にとっても他人事ではございません。まだ当ブログでコメントを述べるほど事実関係がはっきりしておりませんが、こういった情実入試の不正が、おそらく中学側からの内部通報によって大学の知るところとなったことは間違いないようです。

人間関係が錯綜しているなかで、内部通報制度がきちんと整備されてしまいますと、今まで表面化していなかった不正事実が世に出ることは当然のことであります。このあたりの内部通報リスクに関する認識の甘さ、そしてマスコミに知れる最大のポイントになったステークホルダー(ここでは行政当局→神奈川県)への対応の甘さというものは、まさに企業の自浄能力を語るときにも参考になるところであります。そういえば昨日の記者会見においても、中央大学の学長さんが、「大学の自浄作用を発揮するためには、入学を取り消すしか方法がなかった」と弁明されておられます。

このように最近は広く使われるようになった自浄能力(自浄作用)という言葉ですが、一般的には「自浄能力」とは、不祥事が発生した場合、これを自分で見つけて、自分で調査して、自分で公表して、自分で関係者を処分する、という一連の不祥事対応能力のことを指します。たとえば第三者委員会による事実調査や責任判断というものも、企業行動の公正を期すために専門家の支援を受けるわけでして、これも自浄能力の発揮場面に含まれます。

以下では、支配権争いに株主代表訴訟が活用されるような中小の株式会社ではなく、株主が多数存在する大企業を念頭に置いたお話ですが、企業が自浄能力を発揮するようなケースというのは、マスコミから大きく報道されることを防ぐことに留まらず、役員のリーガルリスクを低減させることにもつながるものであることがわかります。もちろん不祥事が発生し、マスコミから大きく取り上げられ、企業の社会的信用が大きく毀損された場合には、株主代表訴訟が提起されることになりますが、大きな不祥事が発生したとしても、これを自浄能力を発揮して信用回復に尽力した企業に対しては、ほとんど代表訴訟が提起されておりません。

Daihyososho001_2
上図は、これまで社会的にも大きな話題となりました企業不祥事による株主代表訴訟や株主による第三者責任追及訴訟と、その訴訟で問題とされた不祥事が発覚した原因事実を対比したものです。とりあえず著名なものだけ掲げておりますが、この発覚原因をみるかぎり、自浄能力を発揮したにもかかわらず、役員が代表訴訟を提起された、というものは見当たりません(なお、シャルレのMBO代表訴訟については、内部通報が発端となった事件に関するものですが、これも取締役の利益相反行為が社員によって暴かれたものとして自浄能力が発揮されたものとは言い難いように思われます)。もちろん株主代表訴訟を提起することは、株主の任意であり、役員の責任追及を妥当と考えれば自由に提訴することができます。やはり経営陣のコンプライアンス意識が希薄である、という印象は、不祥事を隠したり、経営者自身が関与していたり、知りながら長年放置している、といった事情が明確になるときに株主一般に認識されることになり、これが代表訴訟提起のインセンティブになるものと思われます。

そもそも企業不祥事発生時において、その自浄能力を問題とするのは、企業自身の信用回復の可能性を世に示すことにあるわけですが、事実上個々の取締役・監査役の訴訟リスクにも関わるものであると思われます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月 2日 (木)

住友電工カルテル課徴金株主代表訴訟とリーニエンシーの効用

弁護士会の委員会でもいろいろと話題になっておりましたのが、カルテル課徴金に関する住友電工さんの株主代表訴訟の報道でありました(たとえば朝日新聞ニュースはこちら)。原告株主代理人の会見によりますと、リーニエンシー(自主申告制度)に絡む代表訴訟は初めてとのこと。住友電工さんは今年5月、光ファイバーケーブルをめぐるカルテルにより、独禁法違反に基づく課徴金納付命令を受けたのでありますが、課徴金68億円の納付を余儀なくされたのは、住友電工さんの役員らがリーニエンシーを使わなかったからである、との理由で一般株主から新旧の役員17名に対して代表訴訟が起こされたそうであります。(リーニエンシー制度とは、談合やカルテルに参加した企業が、自ら進んで公取委に「私は談合やりました」と申告すれば、先着順に課徴金処分が減免される・・という制度です。なお刑事訴追も事実上は免れる扱いとなっております。行政による指名停止は免れないようですが・・・)

報道されているところからは、役員さんらへの責任追及に関する法的構成が明らかになっておりませんが、①法令違反(独禁法違反)による任務懈怠+役員の過失→会社法423条1項責任の追及、②善管注意義務違反(内部統制構築義務違反、監視義務違反+役員の過失)→同423条1項責任の追及、といったあたりではないでしょうか。いずれにしましても、競争法コンプライアンス体制の整備につきましては、今年1月に経産省「競争法コンプライアンス体制に関する研究会」より報告書が公表されており、法的な紛争解決の場面においても参考となるのと思われます(この研究会報告書はコンプライアンス体制整備の視点がきちんと明示されております)。

自主申告が遅れたことをもって、直ちに「役員の過失あり」と結び付けることにはちょっと無理があるように思いますが、ただリーニエンシーが創設されたことが、役員の法的責任になんらかの影響を及ぼすことは十分考えられるものと思われます。ひとつはリーニエンシーの効用として独禁法リスクを企業が十分に認識していなければならない、ということであります。2006年独禁法改正後、リーニエンシーの実施によって摘発する公取委側の証拠の収集力が格段に向上したのであり、これまで捕捉が容易でなかったカルテル事案も摘発できるようになったことであります。これはここ数年の実施状況をみても判明するところであり、企業がこのリーニエンシーの効用を十分理解して内部統制を構築していたかどうか(リスク管理義務違反の有無)、という点は重要ではないかと。ダスキン事件判決をみましても、役員の善管注意義務違反はリスク管理のずさんさ(過去の不祥事について、第三者から告発される可能性が濃厚であったにもかかわらず、我々が公表しなければ隠匿できる、と軽薄に考えていたのは、リスクの管理に重大な問題があった)が問われているのでありますから、カルテル違反のリスクをどの程度に重要なものと認識していたのか、関心のあるところであります。

そしてもうひとつは「不正発見能力」が問われることであります。これまで内部統制といえば、不正の予防に関する対策だけが注目されておりましたが、このリーニエンシーは他社に先駆けて、自社で不正を発見できれば高額な課徴金を免れる効用があります。そうであれば、企業として、いかにカルテルを予防することができるか、という点に加えて、いかに発生した不正を早期に発見することができるか、という点についても統制をかける必要性が高いわけであります。通常は、この不正早期発見のために「社内リーニエンシー制度」などを構築するわけでありますが、果たして住友電工さんも、このような早期発見のための対策をとっていたのかどうか、という点も注目されるところであります。そういった体制整備に基づき、実際の内部統制の運用面も注目されるところであります。原告としては、不正を早期に発見することが具体的に可能であったことを主張するために、いかにして「社内に異常な兆候があったこと」を証明するか、そのあたりが役員の主観的要素を明確にするために工夫すべきところかと。(事案の内容を詳細に存じ上げておりませんので、上記はあくまでも私の推測・・・ということでご理解ください)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月31日 (金)

アパマンショップHD株主代表訴訟高裁判決と「経営判断原則」の射程距離

昨日は速報版ということで備忘録程度のエントリーでありましたが、控訴人代理人の方がWEB上に東京地裁判決、東京高裁判決(および時系列表)をアップしていらっしゃいますので、早速各判決全文を読ませていただきました。(ちなみに、東京地裁判決は取締役側が勝訴判決、東京高裁判決は株主側勝訴判決です)毎度申し上げることですが、おそらく本件判決は旬刊商事法務さんや、金融・商事判例さんなど、格調の高い法律雑誌に、これまた格調の高い法律学者(実務家)の先生方が判決全文掲載とともに小稿をお書きになると思いますので、あくまでも「田舎の弁護士」による感想程度とお読みいただければ結構であります。また、こんな田舎弁護士の感想でありましても、未だ確定していない事件について、どちらかの立場に有利に援用されるような論点についてブログで公表することは、いわば「エチケット違反」になりますので、本当に判決を読んだかぎりでの第一印象程度にとどめておきたいと思います。

本件株主代表訴訟は、アパマンショップHD(以下、ASHといいます)と、その母体企業であった某会社とのいろいろな紛争勃発の背景があって、その延長線上で某会社と関連のあるASHの株主の方々が提起した裁判のようでありまして、本件事案特有の背景事情もあるようですが、そういった背景事情にはあまり深入りせずに、オンブズマン株主さん方が提起するものと同じイメージでとらえておきたいと思います。(客観的な評価額が1万円の株式を、なぜ5万円で買取の申込をしたのか、という点も、本件の背景事情に起因するところが大きいように思いましたが、そのあたりは捨象しておきます)なお、最近刊行されました「経営判断ケースブック」(日本取締役協会編 商事法務)によりますと、株主代表訴訟も最近は裁判例が集積されてきたわけでありますが、取締役による「具体的な法令違反」型の類型においては役員敗訴の傾向が顕著ではあるものの、具体的な法令違反を伴わない、つまり純粋な「経営判断」型の類型においては、公開企業の役員が敗訴する事例は極めて例外的、とされております。(同書25頁参照)そして、私が地裁判決および高裁判決を読ませていただいたかぎりにおきましては、おそらく本件は経営陣の具体的な法令違反を問題とするものではない、つまり純粋な「経営判断」型の類型に属する代表訴訟でありまして、その意味では経営者が敗訴したこと自体が、極めて珍しいケースに該当するのではないでしょうか。

東京高裁の判断理由をみましても、まず通説的な経営判断原則に関する説明から始まるわけでありますが、

ASHが完全子会社を企図するアパマンショップマンスリー社(以下ASMといいます)の未公開株式の評価額を(中立的立場にあった監査法人さんが)1万円程度と算出しているにもかかわらず、5万円での買取りに応じる意向をASMの株主らに対して通知していることや、そういった買取通知の一方で、買取通知に応じないASMの株主に対しては、株式交換契約による株主の強制排除の手続きを進めており、その交換比率によるとASMの株式を1万円程度に算定(交換比率はASH:ASM=1:0.192)している事実、さらにASHは、もともと66.7%のASM株式を保有していたのであるから、とりわけ5万円での買取通知によって株主の応諾をとりつける必要はなかったのではないか、といった疑問点などを重視しながら、客観的な1万円という株価と、5万円での買取とのかい離について、合理的な根拠もしくは理由は示されておらず、結局のところ「取締役の経営上の判断として許された裁量の範囲を逸脱したものである」

と結論付けております。この東京高裁の判断過程は、まさに日本における「経営判断原則」に関する判例上の通説的な枠組みのなかで捉えられておりまして、上場企業の役員の法的責任につき、こういった枠組みのなかで判断される場合には、たしかに取締役には広範な裁量権がある、として取締役の善管注意義務違反の主張が否定されるケースがほとんどであったと思われます。そもそもリスクの高い状況のなかでの高度な判断が要求されるのが「経営判断」ですから、後付けの理由は許されず、判断時の状況を厳密に再現する必要があることは当然だと思います。しかしながら、そういった判断枠組みを利用してでもなお、本件では取締役らの経営判断は善管注意義務違反と評価されたわけでありますので、一定範囲においては裁判所も経営判断に介入する場合があることを明らかにしたものであり、その判断過程こそ、今後慎重に吟味しておく必要があろうかと思われます。

今回の高裁判決についての私的な意見はなるべく控えさせていただきますが、ただ脊髄反射的に素朴な疑問として頭に残っていることだけを書きとめておきます。まず、ひとつめは取締役の経営判断が許された裁量の範囲内にあるかどうかを検討するための認定事実については、地裁判決でも、高裁判決でも、いずれも「経営会議」における言動が問題となっておりまして、「取締役会」での審議内容についてはまったく考慮されていない、という点であります。「取締役の経営判断に合理的な根拠が認められる以上、どのような審議の場であってもいいのではないか」といった考え方が正しいのだろうとは思いますが、一般には「取締役会」での審議事項が問題となるケースが多いのではないでしょうか。そもそも3人の監査役による「判断形成過程」を審査する機会もないところで「経営判断原則」は適用される、というのも少し違和感をおぼえるところであります。

この点につきまして、被控訴人である取締役らのご主張としては、「この程度の判断はそもそも内規では社長の専権事項になっており、社長が独断で判断してもいいのであるが、念のために経営会議で審議をし、また顧問弁護士の意見も聴くことにした」とのことであります。地裁もほぼ同様の判断を前提にしていると思われますが、高裁は「ASH社の場合当期純利益が4億7900万円程度であるところに、ASM社の株式買取価格を1億5800万円とするのであるから、会社にとって大きな影響の出る金額である」としております。私などは頭が固いものですから、裁判所が経営判断の適法性について介入する場合には、その会社意思の形成過程(デュープロセス)にこそ踏み込むべきだ・・・といった印象を持っておりまして、だからこそ「取締役会でどのような資料が出され、どのような審理を経たのか」といったことの事実認定が不可欠だと思っておりました。しかし、こういった地裁と高裁の判断の違いをみますと、そもそもどのような意思形成過程をたどるべき問題なのか(たとえば社長の独断でいいのか、経営会議は必要なのか、それとも取締役会での審議が必要なのかといった問題)その「業務執行の重大性からみた意思形成過程の在り方」に関する議論もしなければならない・・・ということになるのでしょうね。そうなりますと、事案によってはずいぶんと裁判所が重たいものを背負うこともありうるのではないかと考えますが、いかがなものでしょうか。(たとえば重要な業務執行の一環として取締役会で審議しなければならないような経営判断について、内規により経営会議で審議すれば足りるとされているケースだと、経営判断原則の適用においてどのような影響が出てくるのでしょうか)

そしてもうひとつの疑問でありますが、上場企業たるASHの取締役3名は、完全子会社化を企図するASMの(株式交換契約当時の)取締役でもあったわけでして、そうなりますと、子会社であるASMの株主からみても、また親会社の一般株主からみても、ASMの株式買取交渉については利益相反関係に立つことになります。(株主との交渉につきましては、会社法上の利益相反取引ではありませんが)つまり、控訴人らからみて、被控訴人らはASHのために忠実に職務を執行することを期待できる立場にはなかったわけでありますが、ASHの取締役の方々が、こういった状況において経営判断を下す必要があることにつきまして、高裁でも地裁でもまったく問題にはされておりません。私は、こういった状況では取締役には広範な裁量権が認められているわけではなく、たとえば監査法人による未公開株式の公正価格が算定されているとするならば、そういった価格をかなり強く尊重すべき立場に立たされているのではないかと考えるのでありますが、このあたりはどうなんでしょうか。本件のような状況においては、そもそも判例で認められているような「経営判断の原則」が枠組みとして利用されるのかどうか、という問題点であります。

以上のような疑問点とは別に、本件高裁判決は、「弁護士の意見を聞いたから、といって意思形成過程に問題がなかったとは言えない。」として、これまた地裁判決とはかなり結論を異にしております。これも短絡的に経営判断原則と専門家意見聴取は別である、と一概には言えないと思いますが、本件ではかなり具体的に法律的観点からの弁護士意見が出されているようですが、こういった場合にも経営者の方々は免責されるものではない・・・ということについて、一石を投じた判決になるものと考えられます。(本件は、そのままでも司法試験の設問事例になりそうなほど、おもしろい論点が他にもありますが、とりあえず本日は個人的な疑問だけということで。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 7日 (火)

株主代表訴訟(責任追及の訴え)における素朴な疑問

いつも拝読させていただいておりますGrande's Journalのgrandeさんより、ご要望がございましたので、10月3日の蛇の目ミシン工業株式会社(東証一部)のリリース(旧経営陣に対する株主代表訴訟のお知らせ)についてコメントさせていただきます。(実は本日のセブンシーズ・テックワークス株式会社の「株主による臨時株主総会招集請求に関するお知らせ」についてもたいへん興味があるのですが、こちらはまた別の機会に。)上記蛇の目ミシン社のリリースによりますと、株主代表訴訟判決に関する最高裁への上告受理申立が退けられ、この10月2日に旧経営陣5名に対して合計583億円ほどの損害賠償債務が確定した、とのことでありまして、5名の旧経営陣の債務が「連帯債務」ということになりますと、それぞれが583億円の債務を蛇の目ミシン社に対して負担している、ということになります。もちろんこのような巨額債務につきましては、到底役員個人が支払える金額ではなく、「いったい株主代表訴訟における巨額債務を役員が負担する意味がどこにあるのか?」といった批判も正直なところ、出てくるところであります。(もちろんD&O保険にも限界はあります)

ただ、私がこの蛇の目ミシン社のリリースを読んで、たいへん感動しましたのは、平成18年の最高裁差戻し判決が出た時点におきまして、原告株主代理人が会社の代理人となって被告取締役の責任追及にあたる旨の契約が原告と蛇の目ミシン社との間で締結されていた、というものであります。本来、株主代表訴訟の仕組みからしますと、取締役の責任追及をしない会社に代わって少数株主(単独株主)が取締役や監査役の責任を追及するわけですから、株主と会社との利害は原則として一致するはずであり、勝訴原告株主の代理人弁護士が会社の代理人となって(旧経営陣らの)責任追及に尽力する、という構図はそれほど驚くほどのことでもないものと思われます。しかしながら、平成13年の商法改正以後(会社法におきましても)、監査役の同意があれば、会社は被告取締役側に補助参加することが認められるようになりましたので(たとえば会社法849条)、かならずしも会社の利益と原告株主の利益が一致するとは限らないものとされ、会社の経営判断に関する違法性が問われる事例などでは、むしろ原告株主の利益と会社の利益とは相反するものである、と理解されるようになっております。

現に、取締役や監査役など相当数の役員について損害賠償債務が確定したD社の株主代表訴訟におきましては、D社によって原告株主代理人とは別の代理人が元取締役に対する債権回収にあたっておられるようでして、その実際に債権回収できた金額を根拠として原告株主代理人らの弁護士報酬が算定されようとしているようであります。(もちろん、これはD社側からの算定根拠に基づく提案であり、原告株主代理人の方々はこれに大いに異議を唱えておられ、いまだ解決がはかられていない模様であります)したがいまして、蛇の目ミシン社としましても、原告株主代理人による債権回収の委託を拒絶することがただちに違法ということにはならないものと思いますし、事実上敵対的な関係にある原告側の代理人を選任することにはかなりの抵抗があったものと推測されます。このような状況で、あえて原告株主代理人の方々に、元役員らに対する債権回収行為の代理権を付与したのは、おそらく蛇の目ミシン社としては、反社会的勢力との関係を将来にわたり排除することを社内外に示す「コンプライアンス的発想」によるものではないかと思われます。蛇の目ミシン事件は、その内容をご承知の方も多いと思いますが、大阪高裁では「脅迫されていた役員らには法令を順守するだけの余裕(適法行為への期待可能性)がなかった」として、善管注意義務違反による損害賠償責任は認められなかったのでありますが、最高裁はこれを覆して多額の損害賠償責任を認めたものでありまして、いわば役員らは会社のために違法行為に及んだ典型例であります。こういった事情のもとで、あえて原告株主らの代理人に債権回収を委託する会社の姿勢こそ、おそらく「断腸の思い」であったでしょうし、またそれほどまでの決意をもって「コンプライアンス宣言」を世に示したのではないかと推測いたします。

ところで会計に疎い弁護士の素朴な疑問ではありますが、こういった583億円もの損害賠償請求権が蛇の目ミシン社に確定的に帰属するに至った場合、会計処理はどのようになるのでしょうか?583億円の債権はただちに「特別利益」になるのでしょうか?(それだとあまりにも事実と乖離することになりますよね?)それともこの後、長い期間にわたって行われるであろう債権回収に要する期間、オフバランスの状態になっているのでしょうか?おそらく「将来予測」というものは「やってみないとわからない」わけで、どうにも説得的な金額の算定は困難だと思われるのですが。(だからこそ、先のようなお知らせリリースになっているのでしょうか?)また、ご存じの方がいらっしゃいましたらご教示いただければ幸いです。

| | コメント (7) | トラックバック (1)

その他のカテゴリー

fiduciary duty(信認義務) iso26000 IT統制とメール管理 M&A新時代への経営者の対応 MBOルールの形成過程 MSCBと内部統制の限界論 「シノケン」のリスク情報開示と内部統制 「三角合併」論争について 「乗っ取り屋と用心棒」by三宅伸吾氏 「会社法大改正」と企業社会のゆくえ 「会計参与」の悩ましい問題への一考察 「会計参与」の有効利用を考える 「公正妥当な企業会計慣行」と長銀事件 「公開会社法」への道しるべ 「内部統制議論」への問題提起 「執行役員」「常務会」を考える 「通行手形」としての日本版SOX法の意義 すかいらーくのMBO関連 だまされる心 なぜ「内部統制」はわかりにくいのか ふたつの内部統制構築理論 アコーディアゴルフの乱 アット・ホームな会社と内部統制 アルファブロガー2007 インサイダー規制と内部統制の構築 ウェブログ・ココログ関連 カネボウの粉飾決算と監査役 カネボウTOBはグレーなのか? グレーゾーン再考 コンプライアンス体制の構築と社外監査役の役割 コンプライアンス委員会からの提案 コンプライアンス実務研修プログラム コンプライアンス研修 コンプライアンス経営 コンプライアンス経営はむずかしい コンプライアンス違反と倒産の関係 コーポレートガバナンス・コード コーポレートガバナンス関連 コーポレート・ファイナンス コーポレート・ガバナンスと株主評価基準 コーポレート・ファイアンス入門 サッポロHDとスティールP サンプルテストとコンプライアンス ジェイコム株式利益返還と日証協のパフォーマンス スティールパートナーズVSノーリツ スティール対日清食品 セカンド・オピニオン セクハラ・パワハラ問題 セレブな会社法学習法 タイガースとタカラヅカ ダスキン株主代表訴訟控訴事件 テイクオーバーパネル ディスクロージャー デジタルガレージの買収防衛策 ドンキ・オリジンのTOB ドン・キホーテと「法の精神」 ニッポン放送事件の時間外取引再考 ノーリツに対する株主提案権行使 パワハラ・セクハラ パンデミック対策と法律問題 ビックカメラ会計不正事件関連 ファッション・アクセサリ フィデューシャリー・デューティー ブラザー工業の買収防衛策 ブルドックソースの事前警告型買収防衛策 ブルドックソースvsスティールP ヘッジファンドとコンプライアンス ペナルティの実効性を考える ホリエモンさん出馬? モック社に対する公表措置について ヤマダ電機vsベスト電器 ヤメ検弁護士さんも超高額所得者? ライブドア ライブドアと社外取締役 ライブドア・民事賠償請求考察 ライブドア・TBSへの協力提案の真相 ライブドア法人処罰と偽計取引の関係 リスクマネジメント委員会 レックスHDのMBOと少数株主保護 ロハスな新会社法学習法 ワールド 株式非公開へ ワールドのMBO(その2) 一太郎・知財高裁で逆転勝訴! 三洋電機の粉飾疑惑と会計士の判断 上場制度総合整備プログラム2007 上場廃止禁止仮処分命令事件(ペイントハウス) 不二家の公表・回収義務を考える 不動産競売の民間開放について 不当(偽装)表示問題について 不正を許さない監査 不正リスク対応監査基準 不正監査を叫ぶことへの危惧 不正監査防止のための抜本的解決策 不祥事の適時開示 中堅ゼネコンと企業コンプライアンス 中央青山と明治安田の処分を比較する 中央青山監査法人に試練の時 中小企業と新会社法 事前警告型買収防衛策の承認決議 井上薫判事再任拒否問題 企業の不祥事体質と取締役の責任 企業不正のトライアングル 企業不祥事と犯罪社会学 企業不祥事を考える 企業会計 企業価値と司法判断 企業価値研究会「MBO報告書」 企業価値算定方法 企業法務と事実認定の重要性 企業秘密漏洩のリスクマネジメント 企業買収と企業価値 企業集団における内部統制 会社法における「内部統制構築義務」覚書 会社法の「内部統制」と悪魔の監査 会社法の施行規則・法務省令案 会社法の法務省令案 会社法を語る人との出会い 会社法改正 会社法施行規則いよいよ公布 会計監査の品質管理について 会計監査人の内部統制 会計監査人の守秘義務 会計監査人報酬への疑問 住友信託・旧UFJ合意破棄訴訟判決 住友信託・UFJ和解の行方 住友信託・UFJ和解の行方(2) 佐々淳行氏と「企業コンプライアンス」 債権回収と内部統制システム 元検事(ヤメ検)弁護士さんのブログ 八田教授の「内部統制の考え方と実務」 公正な買収防衛策・論点公開への疑問 公益通報の重み(構造強度偽造問題) 公益通報者保護制度検討会WG 公益通報者保護法と労働紛争 公認コンプライアンス・オフィサー 公認コンプライアンス・オフィサーフォーラム 公認不正検査士(ACFC)会合 公認不正検査士(ACFE)初会合 公認会計士の日 内部監査人と内部統制の関係 内部監査室の勤務期間 内部統制と「重要な欠陥」 内部統制とソフトロー 内部統制と人材育成について 内部統制と企業情報の開示 内部統制と刑事処罰 内部統制と新会社法 内部統制と真実性の原則 内部統制と談合問題 内部統制における退職給付債務問題 内部統制の事例検証 内部統制の原点を訪ねる 内部統制の費用対効果 内部統制の重要な欠陥と人材流動化 内部統制の限界論と開示統制 内部統制を法律家が議論する理由 内部統制を語る人との出会い 内部統制システムと♂と♀ 内部統制システムと取締役の責任論 内部統制システムと文書提出命令 内部統制システムの進化を阻む二つの壁 内部統制システム構築と企業価値 内部統制報告制度Q&A 内部統制報告実務と真実性の原則 内部統制報告実務(実施基準) 内部統制報告書研究 内部統制報告書等の「等」って? 内部統制実施基準パブコメの感想 内部統制実施基準解説セミナー 内部統制支援と監査人の独立性 内部統制構築と監査役のかかわり 内部統制構築と経営判断原則 内部統制理論と会計監査人の法的義務 内部統制監査に産業界が反発? 内部統制監査の品質管理について 内部統制監査の立会 内部統制監査実務指針 内部統制義務と取締役の第三者責任 内部統制限界論と新会社法 内部通報の実質を考える 内部通報制度 刑事系 労働法関連 原点に立ち返る内部統制 反社会勢力対策と内部統制システム 取締役会権限の総会への移譲(新会社法) 同和鉱業の株主安定化策と平等原則 商事系 商法と証券取引法が逆転? 営業秘密管理指針(経済産業省) 国会の証人喚問と裁判員制度 国際会計基準と法 国際私法要綱案 報告書形式による内部統制決議 夢真 株式分割東京地裁決定 夢真、株式分割中止命令申立へ 夢真による会計帳簿閲覧権の行使 夢真HDのTOB実施(その2) 夢真HDのTOB実施(予定) 夢真HDのTOB実施(3) 夢真TOB 地裁が最終判断か 夢真TOBに対抗TOB登場 大規模パチンコ店のコンプライアンス 太陽誘電「温泉宴会」と善管注意義務 太陽誘電の内部統制システム 委任状勧誘と議決権行使の助言の関係 学問・資格 定款変更 定款変更議案の分割決議について 専門家が賠償責任を問われるとき 小口債権に関する企業の対応 工学倫理と企業コンプライアンス 市場の番人・公益の番人論 市場安定化策 市場競争力強化プラン公表 帝人の内部統制システム整備決議 常連の皆様へのお知らせ 平成20年度株主総会状況 弁護士が権力を持つとき 弁護士と内部統制 弁護士も「派遣さん」になる日が来る? 弁護士法違反リスク 弁護士淘汰時代の到来 情報システムの内部統制構築 情報管理と内部統制 投資サービス法「中間整理」 掲示板発言者探索の限界 改正消費生活用品安全法 改正独禁法と企業コンプライアンス 改訂監査基準と内部統制監査 敗軍の将、「法化社会」を語る 敵対的相続防衛プラン 敵対的買収と「安定株主」策の効果 敵対的買収への対応「勉強会」 敵対的買収策への素朴な疑問 敵対的買収(裏)防衛プラン 断熱材性能偽装問題 新しい監査方針とコーポレートガバナンス 新会社法と「会計参与」の相性 新会社法における取締役の責任 日本内部統制研究学会関連 日本再興戦略2015改訂 日本版SOX法の内容判明 日本版SOX法の衝撃(内部統制の時代) 日経ビジネスの法廷戦争」 日興コーディアルと不正会計 日興コーディアルの役員会と内部統制 日興CG特別調査委員会報告書 明治安田のコンプライアンス委員会 明治安田のコンプライアンス委員会(3) 明治安田のコンプライアンス委員会(4) 明治安田生命のコンプライアンス委員会(2) 書面による取締役会決議と経営判断法理 最良のコーポレート・ガバナンスとは? 最高裁判例と企業コンプライアンス 未完成にひとしいエントリー記事 本のご紹介 村上ファンドとインサイダー疑惑 村上ファンドと阪神電鉄株式 村上ファンドと阪神電鉄株式(その2) 村上ファンドの株主責任(経営リスク) 東京三菱10億円着服事件 東京鋼鐵・大阪製鐵 委任状争奪戦 東証の「ガバナンス報告制度」の目的 東証のシステム障害は改善されるか? 架空循環取引 株主への利益供与禁止規定の応用度 株主代表訴訟と監査役の責任 株主代表訴訟における素朴な疑問 株主代表訴訟の改正点(会社法) 株主総会関連 株式相互保有と敵対的買収防衛 検察庁のコンプライアンス 楽天はダノンになれるのか? 楽天・TBS「和解」への私的推論 構造計算偽造と行政責任論 構造計算書偽造と企業コンプライアンス 構造計算書偽造問題と企業CSR 民事系 法人の金銭的制裁と取締役の法的責任 法人処罰の実効性について考える 法令遵守体制「内→外」 法務プロフェッショナル 法律事務所と情報セキュリティ 法律家の知名度 法科大学院のおはなし 海外不祥事リスク 消費者団体訴権と事業リスク 消費者庁構想案 無形資産と知的財産 無形資産の時代 特別取締役制度 特設注意市場銘柄 独占禁止法関連 独立取締役コード(日本取締役協会) 独立第三者委員会 王子製紙・北越製紙へ敵対的T0B 環境偽装事件 田中論文と企業価値論 痴漢冤罪事件 監査役からみた鹿子木判事の「企業価値」論 監査役と信頼の権利(信頼の抗弁) 監査役と買収防衛策(東証ルール) 監査役の報酬について 監査役の権限強化と会社法改正 監査役の理想と現実 監査役の財務会計的知見 監査役制度改造論 監査法人の処分と監査役の対応 監査法人の業務停止とは? 監査法人の法的責任論(粉飾決算) 監査法人ランク付けと弁護士専門認定制度 監査法人改革の論点整理 監査法人(公認会計士)異動時の意見開示 監査社会の彷徨 監査等委員会設置会社 監査論と内部統制報告制度(J-SOX) 相次ぐ食品表示偽装 相続税9億8000万円脱税 破産管財人の社会的責任 確認書制度の義務付け 社内文書はいかに管理すべきか 社員の「やる気」とリスクマネジメント 社員は談合企業を救えるのか? 社外取締役と株主価値 社外取締役に期待するものは何か 社外取締役・社外監査役 社外役員制度導入と体制整備事項の関係 社外監査役とゲーム理論 社外監査役と監査役スタッフとの関係 社外監査役の責任限定契約 神戸製鋼のデータ改ざん問題 神田教授の「会社法入門」 私的独占と民事訴訟 税理士の妻への報酬、「経費と認めず」 第1回内部統制ラウンドテーブル 管理部門はつらいよシリーズ 管財人と向き合う金融機関そしてファンド 粉飾決算と取締役責任 粉飾決算と罪刑法定主義 粉飾決算に加担する動機とは? 経営の自由度ってなんだろう?(会社法) 経営リスクのニ段階開示 経営統合はむずかしい・・・・ 経営者のためのサンプリング(J-SOX) 経済・政治・国際 経済刑法関係 経済法 経済産業省の企業行動指針 耐震強度偽造と内部監査 耐震強度偽造と内部統制の限界 自主ルール(ソフトロー) 蛇の目ミシン工業事件最高裁判決 行政法専門弁護士待望論 行政系 裁判員制度関連 裁判員制度(弁護士の視点から) 裁判所の内部統制の一例 製造物責任とCSR損害 製造物責任(PL法)関連 親子上場 証券会社のジェイコム株利益返上問題 証券会社の自己売買業務 証券取引の世界と行政法理論 証券取引所の規則制定権(再考) 証券取引所を通じた企業統治 証券取引等監視委員会の権限強化問題 証券取引等監視委員会・委員長インタビュー 証券業界の自主規制ルール 課徴金引き上げと法廷闘争の増加問題 課徴金納付制度と内部通報制度 議決権制限株式を利用した買収防衛策 財務会計士 買収防衛目的の新株予約権発行の是非 買収防衛策の事業報告における開示 買収防衛策導入と全社的リスクマネジメント 辞任・退任の美学 迷走するNOVA 道路公団 談合事件 重要な欠陥」と内部統制報告書虚偽記載 野村證券インサイダー事件と内部統制 金融商品取引法「内部統制」最新事情 金融商品取引法と買収防衛策 金融商品取引法案関連 金融商品取引法関連 金融専門士制度の行方 関西テレビの内部統制体制 阪急HDの買収防衛プラン 食の安全 飲酒運転と企業コンプライアンス 黄金株と司法判断 黄金株と東証の存在意義 ACFE JAPAN COSO「中小公開企業」向けガイダンス CSRは法律を超えるのか? IFRS関連 IHI社の有価証券報告書虚偽記載問題 IPO研究会関連 ISOと内部統制 ITと「人」の時代 JICPA「企業価値評価ガイドライン」 LLP(有限責任事業組合)研修会 NEC子会社幹部による架空取引 PL法 PSE法と経済産業省の対応を考える TBS「不二家報道」に関するBPO報告書 TBSの買収防衛策発動の要件 TBSは楽天を「濫用的買収者」とみなすのか(2) TBSは楽天を「濫用的買収者」とみなすのか? TBS買収と企業価値判断について TOB規制と新会社法の関係