ビックカメラ課徴金審判決定を冷静に考える-その1
既報のとおり、ビックカメラ社の元代表者の方に対する課徴金納付命令につきましては、審判手続きの末、「違反事実なし」ということで、SESC(証券取引等監視委員会)の勧告にもかかわらず、課徴金納付命令は出されないことで決着いたしました。マスコミ各社の報道内容では、被審人が、さも取消訴訟で勝訴もしくは刑事事件で無罪判決を勝ち取ったようなイメージで捉えられております。たとえば読売新聞ニュースの見出しでは「証券監視委の拙速調査疑問-金融庁『無罪』判断」とあり、記事も「ずさんな調査だったことは否めない」で締めくくられております。
たしかに上記記事において早大の黒沼先生がおっしゃっておられるように、課徴金納付命令の勧告が出された時点において、被審人となる対象会社(対象者)は、その社会的信用が相当に毀損されることは間違いないわけですから、調査にあたってはもうすこし慎重な配慮が必要だったのかもしれません。法務省のHPに掲載されているY検事さんの紹介文によりますと、課徴金・開示検査課(犯則事件ではなく、課徴金事案について調査を担当する部署)にも検事や公認会計士の方々が配属され、立件(?)に関する指導を行っているとのことでありますので、被審人に対する適正手続き保障についての配慮も十分可能だったのでしょうね。
ただ、この金融庁の審判手続きというのは、たとえ発行開示規制違反の事実を糾弾するものであっても、犯則事件(刑事事件)を取り扱うのではなく、あくまでも課徴金処分(行政事件)を取り扱うものでありますから、どうしてもSESCさんの調査には「縛り」がかかってしまうのではないでしょうか?たとえば、現行の課徴金処分はあくまでも制裁ではなく、不当利得返還モデルですから、審判手続きも民事訴訟手続きをお手本とするものであり、また強制的な捜査権限も付与されていないのでありますから、刑事処分ほどの厳格な証拠や立証は必要ないものと解されております。(先日ご紹介した金融法務事情1900号56頁:SESC課徴金・開示課長さんの論文参照)つまり、被審人の方の違反事実を認定するためには、刑事訴訟のような厳格な立証は必要ない、という前提で調査をするのであれば、「できる範囲での立証」で勧告する、ということもやむをえないところではないかと思われます。
また、上記に加えて課徴金処分においては、刑事手続きのような「起訴猶予」は認められず、違反事実があると思えば必ず処分しなければならない、つまり課徴金処分とすべきか否かという点において、金融庁には裁量権がない、という点も問題かと思われます。調査をしても有力な証拠がないかぎりは、そのまま事件を寝かせておくことは考えられるでしょうけど、審判手続きがある以上は、最終判断は審判に委ね、とりあえずの証拠が出揃った段階では、課徴金納付命令に関する勧告は出さなければ、むしろ批難されることになるのではないでしょうか?SESCの調査段階で、あまり厳格な(慎重な)調査と、厳格な心証形成を要求することは、結局のところ金融庁が課徴金処分に裁量権を持つことを認めることになってしまい、原則の建付けと矛盾が生じてしまうことにはならないでしょうか。
さらに、平成21年2月の時点におきまして、ビックカメラ社は独立性が確保された弁護士3名が関与する第三者委員会を立ち上げ、その報告書においては、明らかに会社側に有価証券虚偽記載違反の事実が認められ、コンプライアンス体制の充実やガバナンス体制の再構築などが再発防止策として提言されております。被審人の方が、ビックカメラ社において実権を握っておられた方である以上、会社が依頼した第三者委員会報告書の内容を信頼して、元代表者であった方にも課徴金納付命令を勧告する、という流れは、迅速な処分を目標とする課徴金制度の趣旨にも合致するところであり、「第三者委員会報告書」の持つ意義からみても、そこそこ納得できるSESCさんの対応かと思います。
本件審判官の方々は、こういったSESCの調査に「縛り」があることも前提のうえで、今回の判断に至ったのかもしれません。今後、課徴金処分の持つ意味が、単に金額の問題ではなく、企業や個人の名誉・信用に関わるものであるとするならば、被審人側が争うケースが増えることも予想されるところであります。個人的には課徴金制度に審判手続きが設置された趣旨からすれば、ビックカメラ社における会計処理方針が法律上の重要な虚偽記載に該当するのか否か、という非常に重要な論点についても専門的判断を示すべきではなかったのか、という疑問が残るところではあります。しかし課徴金制度の(現実的な)必要性と、その背後にある人権保障(デュープロセス)とのトレードオフの関係が、今後の運用面における課題であることを考えさせられるような、きわめて興味深い事件ではなかったかと思う次第であります。(結局、審判の中身については-その2-におきまして、別途考えてみたいと思います)
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