監査役へのストックオプション(新株予約権)の付与議案
職務執行の対価としての新株予約権付与(ストックオプション)につきましては、私などは取締役と従業員のための株価連動型(業績連動型)報酬だとばかり思っておりましたが、「監査役」と「ストックオプション」でグーグル検索をしてみたところ、今年はずいぶんと6月総会の議案として上程されていますね。本日(5月26日)のTDNETでも数社が(あらかじめ承認を得ている監査役報酬額の枠内、ということでありますが)監査役へのストックオプション付与を議案として会社提案するようであります。どうも私的には違和感を抱いているところでありますが、監査役への付与理由としては、ガバナンスの向上が株価へのプラス材料になるので、今後の監査役の適正な職務執行を期するためにストックオプションを付与することとした・・・とされるのが一般的のようであります。
なるほど、ガバナンス向上が株価にも影響を与える・・・ということは最近よく言われるところでありますから、監査役が職務をしっかりしているのであれば、きっと市場からも評価される、したがって監査役の職務対価としてもストックオプションは意味があるのではないか、といった考え方も理屈のうえでは成り立ちそうであります。ただ、取締役や執行役員、従業員の「がんばり」は業績向上という形で目に見えるわけですから、株価連動という発想にもなじむのでありますが、はたして監査役による職務執行の「がんばり」というものはどうやって目に見えるものになるのでしょうか?
ちょっと分析的に考えてみますと、おそらく監査役の職務は、①平時における会計監査と業務監査、期中監査と期末監査、何も問題がなければいわゆる「定例監査」に終始する、上場会社の場合には会計監査は主として会計監査人に任せている、②監査役によるリスク・アプローチや会計監査人との連携や内部監査人との協議により、リスクが認められた場合には、非定例監査として、情報収集等なんらかの対応(非定例監査)を行う、③②で述べたところの職務執行の結果として、社内において取締役の職務執行に違法なものを発見した場合には、これを是正する対応をとる、④監査役会構成員としての職務分担と協議、といったあたりに分類できるものと思われます。ところで、投資家からみて、「ガバナンス向上のために、この監査役さんは頑張っている」と評価できるような外観というものはどこから判断できるのでしょうか。たとえば平時における定例監査とその結果としての監査報告書につきましては、おそらく上場会社はどこでも「ひな型」によって開示されるわけですから、「がんばっている監査役」と「そうでない監査役」との差というものは外観からは判断できないものと思います。(まさか役員会への出席率がそのまま株価に連動するということはないでしょう)、また私的には、最も監査役の能力に差が出ると思われる「リスク評価とリスクへの対応」につきましても、能力の高い監査役が活躍すればするほど、おそらく株主や一般投資家からは「普通の健全な企業」「監査役など不要なほど、問題のない企業」にしか見えないはずであります。ということは、そもそも監査役さんの「がんばり」は市場からの評価対象にはならないようであります。さらに、社内で問題を発見した監査役が、独自に異議を述べるような監査意見を出したり、取締役を相手として差止め仮処分を申し立てるなど、取締役と対峙するような場面になれば(最近ずいぶんとこういった事案も増えましたが)、確かに監査役の行動が外から見える場面ではありますが、株価は下がることはあっても、現実に株価が上がることはないですよね。また監査役さんは独任制ですから、個々の監査役の頑張りというものが、はたして監査役会の活動と区別して判断できるものかどうかも怪しいところであります。(まぁ、社外監査役にはストックオプションは付与しない、ということであればこの問題は生じませんが)
このように考えますと、監査役の職務執行の「がんばり」に期待してストックオプションを付与するというのは「ガバナンスの向上に対する投資家からの評価」という観点からは説明がつきにくいように思います。むしろガバナンスの向上の観点から監査役さんにストックオプションを付与するのであれば、それは監査役の職務執行という「運用面」に着目するのではなくて、監査役制度の充実という「制度面」に着目してこそ評価されるべきものだと思われます。つまり、監査役として、「今年は監査役の人数を増やしました」とか「専従の監査役スタッフを増員させました」とか「監査役専門の顧問弁護士を就任させ、監査に要する費用を増加させました」といったような、およそ経営陣からすれば利益を削ってでもガバナンス向上のために覚悟を要するようなことを実現させてこそ、その「がんばり」が評価される、とみるのが理屈のうえでは正しいのではないでしょうか。ただし、これが「ガバナンス向上」という視点ではなく「監査役も取締役と一緒になって業績向上にむけて頑張ります」という趣旨でのストックオプション付与、ということでしたら、また話は別であります。その場合には、業績が悪化すれば、監査役の独立性を無視してでも、取締役と一緒に監査役も報酬の一部カット、ということになろうかと思われます。(はたしてそれが監査役の職務対価の意味としては妥当かどうかは別として)
法律上でどうのこうの・・・ということではなく、株主・一般投資家からみた場合、監査役へのストックオプションを付与する意味は、上記のように理解するのが素直だと思いますし、議案の審議にあたっては、こういった理解が正しいのかどうか、株主の方々から質問が飛んできてもおかしくないように思いますが、いかがなものでしょうか。
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