不正会計実態調査から見えてくる企業側の有事の実態
今日は夕方から事務所でゆっくり過ごせたので、楽しみにしておりました5月30日付け日本公認会計士協会「不正な財務報告及び監査の過程における被監査企業との意見の相違に関する実態調査報告書」をじっくり拝読いたしました。上場会社監査に携わっておられる責任者クラスの会計士の方々のアンケート結果の集計と仮説に関する実証分析が中心ですが、いやいや実に興味深い内容です。
なにが興味深いかといいますと、監査人が経営者から監査人交代のプレッシャーをかけられるのはどんな場合が多いか?といった質問に、最も多い回答が「不正の疑惑を最初に経営者から伝えられて知った場合」に集中している点です。最初、この回答をみて意外に思いました。経営者自身が不正の疑惑を最初に監査人に伝えるというのは、ある意味で誠意のあるまじめな経営者であるから、そもそも監査人にとっては「不正リスク対応監査基準」に則って仕事を進めやすいのではないか(つまりもっともプレッシャーをかけられずに済むのではないか)と思いました。現に、報告書を作成している協会事務局も「経営者から監査人に不正を示唆する状況を知らせる事象を、経営者が監査人に対し協力的である表れと捉えると、意外な傾向のように思われる」と付記しておられます。
しかし、(ここからは私の推測ですが)ほかの質問に対する回答集計等を参考にしてみますと、なるほど・・・と。つまり監査人が最初に経営者から不正の疑惑を伝えられる、ということは、(企業側からみれば)関係者の中で最後に監査人に伝えました、ということだと思われます。
「これ以上、監査人に黙っておくわけにはいかんだろう」
「隠してたら、そのうち誰かが内部告発しますよ、きっと」
「わかった、じゃ、俺(社長)から監査人に伝えるから、俺が穏便に済ませてほしいと頼んだら監査人も黙って処理してくれるだろう・・・、まあ『話のわかる監査法人』なんて一杯ありますよね、先生?なんて言ったら、『上と相談します!』ってな具合で今期くらいはなんとかしてくれるだろう・・・、いや、最後は俺があの監査法人のトップと話をしてもいいぞ。」
といった会話が目に浮かびます。
他のクロス集計の結果をみますと、「最初に経営者から疑惑を告げられた」という事例は、その後第三者委員会の設置を要望したり、取引先に反面調査をしたり、フォレンジック手続きにまい進する等、やはり「監査人交代プレッシャーをかけられる」にふさわしい(?)追加監査手続きがなされています。監査人がご自身で不正疑惑を見つけたり、内部通報がなされたり、監査役から連絡を受けた場合と比較しても、やはり厳しい状況での監査手続きが目立つのでありまして、社内でゴタゴタがあった末に監査人に交代プレッシャー目的で経営者が対処方を要請してきた、というのが実態ではないでしょうか。裏をかえせば、この監査人の実態調査は、不正会計で揺れる被監査企業側の実態調査でもあるわけで、ギリギリまで監査人には真実を隠しておいて、最後には必死になって監査人に「言うことを聴かないと監査人を交代させるぞ」と脅す(?)上場会社の姿が垣間見えるようです。
監査人が職業的懐疑心を発揮できるよう、監査業界全体で取り組むべき課題は?との回答に、一番多いのが監査の失敗事例や不正発見事例などの事例研修が挙げられています。もちろん監査人の研修としても重要ですが、私は監査を受ける側の上場会社も、社内で会計不正がみつかった場合、もしくは不正・誤謬との認識はなくても、監査人と意見の相違があった場合、どのように対応すべきか、その有事研修がとても効果があると思います。会計監査人との意見相違がどのような重大リスクを伴うものか、そのリスクがどのように顕在化するのか漠然としているために、かえって監査人との信頼関係を破たんさせてしまうような行動に出てしまうのではないでしょうか。
上場会社の会計不正といった有事の対応で大切なことは、会計不正や監査人との意見相違が明確になった時点において、どのような着地点を目指して問題を処理するか、を冷静に見極めることです。取引所には正直に相談をして「企業不祥事対応のプリンシプル」を念頭に置いた対応を心掛け、金融庁(財務局)には早めに報告をして報告書提出延期の前提となる金商法・開示ガイドラインを遵守した対応を心掛け、過年度決算修正を念頭においた会計専門家の助言を受け、そして監査人とのコミュニケーションを密に行うことが肝要であり、できるだけ不正対応事例などを参考にするのが得策かと思います。会社側の会計処理に自信があるのであれば、まさにルール自体を変えるために動くことも検討すべきです。また、監査役の方々の立ち位置もきちんと認識しておくことが必要ですね。
もちろん、このような状況が起きないことが大切なのですが、監査法人向けガバナンス・コードの実施等、東芝事件を背景に、当局の厳しさが増す監督状況からすると、監査法人の被監査企業に対する姿勢はますます厳しくなることは間違いありません(先日も監査法人側から「合意解除」ではなく「一方的な解除」がされた事案がありましたね)。どんなに誠実な上場会社さんでも、こういった有事対応を「模擬体験」しておくことは損にはならないと思います。
| 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0)