2019年7月 9日 (火)

コンプライアンス経営にレグテックを導入する際の留意点を考える

2011年に発生したユッケ集団食中毒事件については、当ブログで過去4回ほど取り上げました。2018年には、食中毒を発生させた会社の社長さんが「当時の衛生基準が十分に周知されていたとはいえない」ということで「重過失なし」とされ、裁判所において民事賠償責任が否定されました(2018年3月の当ブログエントリー参照)。これで事件終結かと思っておりましたが、本日の読売新聞ニュースによりますと、当該社長さんの刑事責任について、検察審査会が「不起訴不当」なる議決を出したそうです。「大腸菌などを除去しなければ食中毒が起きるという認識自体は広く共有されていた」との理由を示されましたので、ふたたび社長さんの注意義務違反の有無について再調査がなされるようですね。いずれにしても、事業に関連した行政規制については、法人代表者に十分な認識さえあれば事故は発生していなかったのですから、ご遺族の方々はやり切れない気持ちだと拝察いたします。

さて、「行政規制への対応」という点ですが、7月8日の日経朝刊(法務面)に「規制対応、ITで効率化、個人情報保護や広告審査-定型作業は任せ、高度業務に集中」と題する特集記事が掲載されています。いわゆる「レグテック(レギュレーション・テクノロジー)」が法務の世界でも活用され始めたことを報じています。私も、昨年から「守りではなく、攻めの法務機能の一環としてのレグテック」を講演の中で取り上げ、他社との競争に勝つための戦略法務への活用をお勧めしております。

今朝の記事にありますとおり、レグテックをコンプライアンス経営に活用するというのは、レグテック活用の一例にすぎませんが、「最重要課題」とされています。コンプライアンス経営が大切・・・と申し上げると、いまだに「現場が内部統制の強化でガチガチになる」「法務の審査が厳しくなって勝機を失う」といったイメージの事業部門の方がおられます。しかしレグテックの活用は、本日の特集記事にもあるように、現場における営業の自由を最大限確保したうえで、警告を発し、水際で不正の芽を摘みとる、という「トライアル&エラー」の思想に基づくものです。つまり経済活動の範囲を狭めることなく、コンプライアンス経営を実現しよう、というもの。

たとえば社内メールやチャットの分析でパワハラのリスクを感知する(逆に言えば前向きな指揮監督を促す)、海外の贈賄やカルテルの規制の最新動向や政権交代による法執行の変化から海外社員を守り、オープンイノベーションや他社との技術協力を促す、国立公園の指定変更情報をいち早く知り、ESG活動を積極的に推進する、といった「他社との競争に勝つための法務戦略」を推進するためのツールです。もちろんAIやブロックチェーンの進化により、今後ますますレグテックの活用分野は広がるそうです(「広がるそうです」と書いたのは、私自身がそれほどAI等に詳しくないため、ここは「伝聞」情報であります)。

ただ、コンプライアンス経営にレグテックを導入するにあたって、注意すべきは「事業推進とコンプライアンスを秤にかけない」ということです。レグテックの運用にはトライアル&エラーの発想(走りながら考える)が必要ですが、あくまでも「水際で不正を防止する」ことが目的です。導入しようとすると、どうしても費用や時間に制限がある、といった社内事情で「この程度のコンプライアンス経営でもやむをえない」との経営判断がとられがちです。しかし、これは企業風土を劣化させ、企業にとって副作用が大きい。秤にかけるべきは「事業推進のメリットと導入コスト、時間」であり、自社が想定するコンプライアンス経営を実現するにあたり、レグテックを用いて事業を推進するための費用と時間をどれだけかけることができるか・・・という経営判断で検討すべきです。おそらくこの点が、法務戦略にレグテックが活用されるためのポイントになるように思います。

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2019年6月21日 (金)

大和ハウス中国合弁会社不正から垣間見えるグループガバナンスの教訓

大和ハウス社の問題事例といいますと、違法建築に関する不祥事が大きく報じられております。この一件については同業他社の役員をしております関係でコメントを控えますが、もう一件、「中華人民共和国の関連会社における不正行為に関する『第三者委員会報告書』受領のお知らせ」のほうはしっかり報告書を読了しましたので、ひとことだけコメントさせていただきます。大和ハウス社の経営陣の方々にとっては、違法建築問題よりも、こちらのほうが重大問題として認識されているのではないでしょうか。

同社は、中国におけるマンション開発を中国国内の建設会社(相手先企業)と合弁で進めていたのですが、2014年ころから現地のJVを管理していた相手先企業に好き放題不正をされてしまい、約234億円の損害を受けてしまいました。最終的な出資比率は大和ハウス社が80%を超えていたにもかかわらず、JVの議決権は50対50、経営執行も相手先企業が事実上の支配を続けていたそうです。

報告書を読むと、①2012年ころから、監査役会が「当社役職員の、中国企業に対する責任と権限が不明確であり、コントロールが効かない状況にある」と警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、なぜパートナーとの立場を見直さなかったのだろう、②法務部が従来より不正の兆候を把握し、問題提起をしていたにもかかわらず、なぜ経営陣の中で法務部の提言を認識していた人と認識していなかった人がいるのだろう、また認識していたとしても、なぜ法務部の提言は無視されたのだろう、③そもそも2009年当時から、相手先企業の不正が判明していたにもかかわらず、どうしてJVの総経理の職務をもっと早く停止させなかったのだろう、など疑問は尽きません。

毎年積みあがっていく不正送金の金額表示をみますと、5年ほど前に抜本的な対策をとっていれば損害はほとんど発生せずに済むと思われますので、同社のグループガバナンスが甘かったと言われれば反論できないかもしれません。ただ、私がこの60頁ほどの報告書の中で、もっとも印象に残ったのが、大和ハウス社の代表取締役会長さんの相手方企業への「思いやり」に満ちた行動です。

「a氏(代表取締役会長)は、こうした中方(中国企業側)の状況について、重要な合弁パートナーである中盛集団(中国企業のグループ)が困っているのであれば、手を差し伸べることも必要である、と述べている」(報告書51頁)。

資金繰りに困っている中国の合弁パートナー企業について、会長さんは「手を差し伸べよ」と指示されたようです。それまで大和ハウス社は、当該相手方企業による背信行為を受けていたのであり、私などは「こんな対応されたのならすぐに合弁解消じゃないの?(怒)」「すぐに解消とまではいかないのであれば、相手が泣きついてきている今こそ、JVの支配権を奪う機会にしたらいいのでは」と考えます。しかしカリスマ経営者は「それでも手を差し伸べよ」とおっしゃる。おそらく、a氏はこの経営姿勢(経営理念)で成功を重ね、大和ハウス社をここまで大きくされたのでしょうね。救済の条件として支配権の譲渡を要求することができたかもしれませんが、建設工事まで掌握している相手方企業と決裂してしまえば投資分の回収も困難となりますし、なによりも信頼関係を最後まで維持することが大和ハウス社の理念に沿うものだったと思います。

しかし、社内で絶対の権力を有する(と思われる)a会長の意向が「手を差し伸べよ」というものであれば、おそらく社内ではその意向を忖度してしまうのではないでしょうか。中国事業を推進するための権限と責任の明確化、海外関連会社を統制するためのグループガバナンス、JVにおける不正予防のための内部統制システムの構築、といった提言が出されたとしても、役職員の皆様が「あえて火中の栗を拾う」ような対応は、a会長の意向に反することとなりかねないため、実行困難な状況に至っていたのではないかと(もちろん、私の推測です)。そういえば昨年の積水ハウス社の「地面師詐欺」事件のときも、(WEBニュースからの引用ではございますが)社長さんが「五反田の土地は絶対に手に入れたい」といった意見表明をされ、これを認識した役職員らが、「おかしいとは思いつつも」(社長さんの意向を忖度した結果として)取引相手を見る目が曇ってしまったことが問題だったのではないかと思いました。

6月下旬、経産省CGSの在り方研究会から「グループガバナンス指針」が公表され、なかでも海外子会社の経営管理の在り方が示される予定です。おそらく(全体最適のための視点から)教科書的にガバナンス・ルールや内部統制の仕組みが提唱されると思います。しかし、実際のところ、グループガバナンスは「そんなに甘いものではない」という教訓を、大和ハウス社の報告書は示しています。「なんでもっと早く不正送金に気づかなかったのか」と非難し、憤るのは簡単です。しかし「気づくこと」と「止めること」とは1:100くらい「止めること」のほうがむずかしいのです。大和ハウスほどの巨大企業で、社を挙げて「マンション開発による中国富裕層の取り込み」という事業戦略を推進するなかで、誰が体をはって止めることができたのか・・・他社でも議論する価値はありそうです。

上記大和ハウス社の報告書によりますと、2014年に本社による(当該JVに対する)財務検査を中断したころから、中国JV内で不正送金が開始されています。つまり、本社の誰かが不正リスクを感知して「財務検査だけは継続したほうがよい」と提言して、そのとおり継続していれば不正送金の事件は発生していなかった可能性が高い。でも、「継続せよ」と提言した人は、(何か良いことが起きたわけではなく、ふだんどおりの業務が継続するだけですから)誰からも称賛されることはなく、社内評価が高まることもないのです。毎度申し上げるところではありますが、「オオカミ少年を歓迎する企業風土」をどのように根付かせるか・・・、「守りのガバナンス」の実力差は、この土壌の有無によるところが大きいと確信しています。

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2019年6月 6日 (木)

ZAITEN特集記事から見えてくる著名企業の広報・法務の在り方

仕事がら、日経ビジネス以外にもFACTAとZAITENは定期購読しておりまして、役員セミナーなどにお招きいただいた際「日経ビジネス、読みましたよ~♪」というのは申し上げることも多いのですが、「FACTA(ZAITEN)、読みましたよ~♪えらいことになってますね~!」とはなかなか言えない今日この頃であります。

今月も定期購読誌を拝読しておりますが、とても興味深かったのがZAITEN最新号(2019年7月号)の特集記事「大企業『違法コピー』の実態-記事ドロボーは許されない、大手企業一斉調査」(タイトルからしてZAITENらしさ満開であります・・・(#^^#))私が社外役員を務める会社も、ときどきZAITENさんから厳しい記事を書いていただきますが(笑)、今回の特集では、新聞や雑誌記事を勝手に複写して、社内ネットワークに配信している企業が結構あるのでは?との(経験に裏打ちされた)疑念から、ZAITENが独自調査を行った結果が紹介されています。

社内ネットワーク配信のための著作権利用の方法をきちんとZAITENに説明しているのがソフトバンク・グループ、キヤノン、武田薬品工業、明治ホールディングス、日清食品ホールディングス、東急電鉄といった企業さんです。説明にやや曖昧な点は残るものの、クリッピングサービス使用の点を説明しておられるのが日立製作所、キリンホールディングス、三菱UFJフィナンシャル・グループ、東芝、みずほフィナンシャルグループ、電通といったところでした。

ZAITENさんにはたいへん申し訳ない物言いですが、私もZAITENからのアンケート回答要請・・・となると、「ん?なんぞある?」と勘繰ってしまって、なにか無難な回答方法を考えたくなるのですが、きちんと回答される大会社は意外と多い。まぁ「木で鼻を括る残念企業」として紹介されている会社(「回答を差し控えさせていただく」との返事)も結構たくさんありますが、違法コピー問題は結構多くの会社でありそうな気もしますので、回答がないとアヤシイと思われるところは否めないかと。そういったところも広報や法務の方針が「積極開示」の姿勢に表れているのかもしれません。

回答方法には正解はありませんが、その会社の広報や法務の在り方を推察するには面白い記事でした。本誌では一面広告で「求む!著作権侵害情報」とあり、記事中にも証拠に基づいてZAITENからイジメられている著名企業さんもありますので、どうか心当たりのある会社さんは早めに著作権許諾の全社対応を万全にされることをお勧めいたします(私もブロガーとして、記事引用については最大限の配慮を尽くすようにいたします)。

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2019年5月28日 (火)

野村HDの不適切情報提供事件は他人事(ひとごと)ではないと思う

本件はFACTA報道(4月号の記事)の時点から気になっておりましたが、事件当事者の方を(某委員会の同じメンバーとして)存じ上げている関係上、ブログネタにすることは控えておりました。ただ、5月24日に野村HDより調査報告書(要旨)が公表されましたので、FACTA4月号の記事と調査報告書を読み比べた感想を「組織論」としての印象だけ書かせていただきます。

メディアでは、2012年の(一連の)公募インサイダー事件以来の野村證券グループの失態と報じられ、今朝の日経社説でも「野村の風土は2012年当時と変わっていない」と批判されております。たしかに野村の関係者に「法令違反」は認められないかもしれませんが、市場の競争を大きく歪める不適切な情報提供であり、大いに反省すべき事件です。ただ、調査報告書を読んでおりまして、「これは他社でもあり得る話ではないか」と、私は思わずゾッとしました。

NRI研究員の方が、野村證券におけるセミナー資料を、野村のストラテジストの方へ送付したわけですが、当該資料送付の際に、メールで「(セミナー資料の一部を変更する理由は)どうも東証の方針がこんな感じになるように思われるからです」と伝えたそうです。このメールを受け取ったストラテジストの方が機関投資家向けに5000件のメールを配信した経緯は報告書記載のとおりです(FACTAの最新号はもっとえげつない感じで書かれていましたが)。この段階ではストラテジストの方は情報源はメールには記載せず、「あくまでも私の主観的な意見、印象です」といったイメージでメールを配信されたものと思います。

ところがこのストラテジストの方が配信したメールに飛びついたのがグループの営業社員で、メール受領後に情報源を問い合わせ、ストラテジストの方から情報源を確認したうえで、FACTA4月号に掲載されている情報源実名入りの営業メールを顧客に送ってしまった、とのこと(このメールがメディアに伝わってしまった・・・ということだと推測します)。

おそらくストラテジストの方が「こんなメールを機関投資家に送ってもよいか?」とひとことNRI研究員の方に確認していれば、まちがいなく今回のことは起きていなかったと思います(NRI研究員の方は「それは絶対マズイ!」と拒否していたでしょう)。しかし、グループの業績が芳しくない中で、社員の皆様が前のめりになっていますので(笑)「セミナー資料の一部ということは、公表してもかまわない、ということだ」「私に説明している以上、公表してもかまわない、ということだ」と自分に都合の良いように情報を受けとめたと思います。これは他社の不祥事の「情報共有の根詰まり」としてよく起きるところです。

さらにストラテジストの方の配信メールを読んだ営業社員も「前のめり」ですから、顧客にできるだけ有力情報を流したい、自分が野村グループの中で中心にいることを示したい、今以上に顧客との信頼関係を築きたい、といった欲望が湧いてきて「主観的な判断」などといったことはメールに記載せず、ストラテジストの方から情報源の秘匿を要求されていない以上は「確かな情報であることを示すためには不可欠」として、なにも考えずに情報源となる実名を書いてしまった、ということだと推測いたします。ちなみに、ひとりの営業社員は「こんなメールを顧客に送ろうかと思いますが、だいじょうぶですか?」と上記ストラテジストの方に送ったのですが、同人からは「判断できない」と回答があったため、そのままメールを送ってしまった、とのこと。

いま、こうやってブログを書いたり、お読みになったりしている瞬間は、頭が冷静ですから「そらアカンやろ!!」と即断できるわけですが、ノルマ達成に忙しかったり、顧客や同僚からの借りを返すことに必死だったりしていれば、バイアスがかかった状況で情報の伝達が行われることが多いはずです。第三者委員会の社員アンケートでは、多くの社員が「そらアカンやろ!!」との回答が返ってきたそうですが、それはアンケートに回答するときは頭が冷静な状況ですから、あまり参考にはならないと思います。むしろ「そらアカンやろ!!」と思っているにもかかわらず、なぜやってしまうのか?という点こそ深堀りしなければならないはずです。

たとえば重要な情報が5人の社員の間で伝達された場合、ひとりひとりが尾ひれ、背びれを付けて伝達しても「虚偽」にはならないかもしれません。しかし最初のひとりの情報と5人目が受けた情報とを比較すれば、最初のひとりは「それは虚偽だ、おれはそんなこと言ってない」となります。これは会計不正でも品質偽装でも、不正競争防止法違反でも普通に起きる「組織の構造的欠陥」です。みなさん、注目されたい、自分の価値を高めたい、人との信頼関係を高めたい、という気持ちがあるから尾ひれ、背ひれはつけるのが当然です。これは本当に恐ろしい。せめて頭が冷静でいられない時でも「まてまて。これって文春に送られない?FACTAやZAITENが飛びつかない?」と(ジョークでもいいから)語り合えるコミュニケーションが不可欠かと。。。

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2019年5月14日 (火)

VUCA時代における「失敗から学ぶ」企業のリスクマネジメント

さきほど(5月13日午後10時)、日経ニュースで「大塚勝久氏、久美子氏の設立団体の名誉会長職就任を辞退」と報じられ、その理由が「むずかしい立場にありながら、匠大塚への協力を惜しまなかった取引先への感謝の気持ちを大切にしたい」とのこと。取引先と従業員との違いはありますが、昨日のブログで書いた予想がほぼ当たっておりまして、やはり勝久氏は経営者だなあと改めて感心いたしました。

また、話題は変わりますが、LIXILさんの会社側取締役選任候補者が発表されたそうですが、「取締役8名選任に関する件」となっています。LIXILさんの定款では取締役の人数上限は16名ということで、いよいよややこしいことになってきました。会社側8名、株主側8名の「取締役選任の件」は(2名が候補者として重複しているので実質は14名ですが)、いずれも「議題」として両立しそうです。つまり議題が2つとすれば14名の取締役が選任される可能性があります(株主側は「8名が一体として選任されることに意味がある」とのべておられるのは、こちらの解釈でしょうか。そこに修正動議ということも考えられます)。また、議題を一つとして「14名の候補者の中から8名を選任する」という取扱いも可能ですから(会社側はこちらの解釈をとるのでしょうか)、そうなりますと双方から重複して候補者とされている方々は、就任承諾をどうするか・・・という点にも慎重な配慮が必要になりそうです。総会検査役も巻き込んで、委任状争奪戦に向けて双方の戦略が練られることになるのでしょうね(ということで、ようやく本題です)。

本日は、過去に大きな不祥事を起こした某メーカーさんのコンプライアンス研修に、公認会計士のコンサルタントの方と行ってまいりました。同社に伺って感銘を受けたことが二つありました。

ひとつは「過去の失敗記念館」の存在です。企業の存亡に関わる重大不祥事を決して風化させてはいけない、ということで不祥事を発生させた製品の一群が飾られ、当時の生々しいマスコミ報道記事の多くがそのまま「切り抜き」として、大きな額に飾られていました。海外からゲストが来られたとき、新しい社員を迎えたときに、この記念館を回って紹介されるそうです。あまりに立派なモニュメントに驚きました。

そしてもう一つが「リコールの要否」に関するディファクト・スタンダードの転換です。重大不祥事が発生する前までは、リコールを不要とするほうを標準として、必要とする根拠事実が積みあがった場合にリコールを決定していたのですが、重大不祥事発生後はこれを180度転換し、現場から上がってきた事実については原則としてリコール必要とする、もし不要とすべき根拠事実が積みあがった場合には取締役会に上げ、そこで審議事項として社外役員も含めて要否の最終審議を行う、というもの。私には目に見える「記念館」の存在よりも、こちらの内部統制の運用転換のほうにたいへん感銘を受けた次第です。

VUCA( ブーカ、Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代背景がますます濃厚となり、どこの企業でも不正リスクの顕在化は避けられません。企業が立ち直れないほどの不祥事は困りますが、私は失敗を繰り返す企業のほうが「予測困難な時代」には失敗をしていない企業よりも組織として強いと考えています。なによりも「不正リスクが顕在化した際の『ぶっつけ本番』の思考力や胆力」が養われていますし、また上記某メーカーさんをみていても、過去の失敗によって守りだけでなく、攻めの組織力も強化されるからです。過去の成功体験にとらわれず、大胆なガバナンス改革やESGへの取り組みを敢行する姿勢は、どうみても重大不祥事を契機にしたものとみられます。

仕事柄、過去に大きな不祥事を発生させた企業のコンプライアンス委員を務めたり、研修に伺ったりするわけですが、「またこの会社は重大な不祥事を起こすだろうな」と感じる組織と、「失敗を糧に以前よりも競争力が強くなった」と感じる組織に分かれます。とりわけVUCAの時代となり、その傾向は強くなっていると感じております。どこを見ればその差がわかるのか・・・いう点については、私の拙い観察による持論がありますが、それはまた別途講演等でお話させていただこうかと思っております。失敗はないに越したことはありませんが、でもやっぱり失敗は組織を強くします。

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2019年5月 7日 (火)

令和の時代の戦略法務-御社はプラットフォーマーになれるか?

GW期間中も通常どおりに執務しておりましたので、あまり読書も進みませんでしたが、「令和時代の戦略法務」について考えさせられる論稿がございました。ひとつはビジネスロー・ジャーナル6月号「法の『グレーゾーン』を乗り越えるためのルールデザイン」(株式会社メルカリの社内弁護士の方のご論稿)、そしてもうひとつは月刊「世界」5月号「歪められる政策形成-企業ロビイ 新たな利権構造」(NPO法人アジア太平洋資料センターの共同代表者の方のご論稿)です。

日本企業の法務部(法務課)や法務担当役員といえば、リスク管理を中心とした守りの役割、重要だが売上に寄与しないセクション、といったイメージが強いのですが、法創造や法改正への働きかけ(ロビイ活動)によって、自社をルールメイキング上でプラットフォーマー化する(自社にとって有利なルールを普遍化させる)、自社の主戦場におけるレッドオーシャンをブルーオーシャン化する、といったことへの(欧米企業における)法務の役割を考えさせられます。最近話題になっているアマゾンの「所得税支払いゼロ、還付金1億ドル」というのも、世間からの批判はさておき政府に対するアマゾンのロビイ活動(所得税減税政策への働きかけ)によるものですね。

ビジネスロー・ジャーナルのご論稿ではマイクロソフト社による政府への働きかけ、そして月刊「世界」のご論稿では昨年12月に衆議院本会議で成立した「水道法改正案」や浜松市「上水道事業でのコンセッション方式採用」に関する一連の経緯からみた大手監査法人(コンサルタント部門)のロビイ活動が印象的です。中長期の事業戦略に株主の関心が集まる時代となり、自社ビジネスモデルを取り巻く将来の経営環境、同業他社と比較したビジネスモデルの優位性を株主に説明するためにも、法務部門や法務担当役員はまさに「企業の成長」と緊密に関わる組織だと感じます。

驚いたのは人事交流と資金力を中心とした欧米企業やロビイストの活動です。企業の事業拡大を企図したロビイ活動(コンサルタントによる事業)と、そのロビイ活動の適正性を監視するNPO団体の活動が、欧米では近年極めて活発化しているのですね。このような海外のロビイ活動が、すでに日本でも活用されはじめているようです。ただ残念ながら日本ではまだ監視機構を担うNPO団体は存在しない、とのこと(日本ではこのようなNPOに寄付金が集まらないのでやむをえないところかと・・・)。

ここのところGAFA規制問題を拙ブログでも何度か取り上げていますが、ESGやSDGsを行動規範に置く経営環境の変化や日本政府による独禁法・個人情報保護法の規制強化が進みますと、ますます「リスクをチャンスに変える」GAFAの強さが際立つものと確信しました。一刻も早く、日本企業も「戦略法務」の在り方を研究・実践しなければ取返しのつかない事態になってしまうと思います。少なくとも、日本企業が従うべきルールは(グローバルの行動規範と日本文化や法規範とのバランスを図りつつ)日本企業が作るべきであり、ルールの運用面におけるプラットフォーマーとしての地位は海外政府や海外企業に譲ってはならない。

戦略法務の実力を高めるためには、(良くも悪くも)何度も失敗を重ねて「グレーゾーンはどこまでシロにできるか」「いけそうでも踏み込んではいけないグレーゾーンはどこなのか」「公共の利益と自社の利益をどう調査させるか」といった組織的判断を実践する必要があります。したがって敗者復活戦や健全なリスクテイクの発想が組織風土として存在することが前提になりそうですね。

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2019年3月22日 (金)

企業不祥事による信用毀損に保険金が出るそうです

3月21日の日経朝刊に「企業不祥事に保険」との見出しで、東京海上日動さんの新しい保険開発について報じられています。企業不祥事発生時における企業のブランド価値の毀損を保険で賄う、とのこと(4月から販売開始)。食品への異物混入や情報漏えい、施設内事故、従業員による不適切行為などが保険の対象のようですが、組織的な違法行為は除外とされています。

補償限度額は約1億円で、具体的には第三者委員会の費用や弁護士、コンサルタント会社への相談費用等が想定されているようです。新聞が報じるように、こういった保険の開発が予防意識の向上につながればよいと思います。ただ、第三者委員会がまじめに仕事をすればするほど、保険を使いたい会社側の意思とは離れていきますね。件外調査を含めてフォレンジックス調査を厳格に行えば費用は著しく増えますし、また新旧にかかわらず「経営陣による指示があった」と第三者委員会が認定すれば保険会社が免責される可能性が高まります。そうなりますと、「なんちゃって第三者委員会」(会社側の意思を上手に忖度して「第三者委員会」のふりをする委員会)が出現する可能性がこれまで以上に高まるのではないでしょうか。

また「ブランド毀損を防ぐ」ことが目的であれば、たとえば世間に公表していない不祥事などはどうなるのでしょうか。公表しないための危機対応などにもかなり費用は要しますし、公表されずとも内部告発対応の支援なども「ブランド毀損の防止」といえそうです。いずれにしましても、保険金が出るための要件というのも、かなり微妙な場面が予想されるのではないかと思います。


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2019年1月12日 (土)

日産前会長特別背任事件-適時開示の訂正と法人の「損害」

1月11日、東京地検特捜部が日産の前会長さんを会社法違反(特別背任)で追起訴した、とメディアで報じられています。また、併せて処分保留とされていた金商法違反(有価証券報告書の虚偽記載)についても、法人としての日産とともに追起訴したそうです。日産は、前会長さんを告訴したこと及び法人としての日産が追起訴されたことを受けて、同日、適時開示のリリースを出しました。

しかしながら、どういうわけか日産は午後4時30分のリリースを、わずか40分後である5時10分に訂正しています。この訂正について、同日の日経新聞ニュースは

「有価証券報告書に虚偽の内容を記載したことは証券市場における開示情報の信用性を大きく損なう」「事案の背景に存在するガバナンスの不全を重大な問題ととらえている」などの記載を削除した

と報じています。この報道から、私は日産自らの民事賠償責任の追及を容易にするような記載は好ましくないとして慌てて訂正されたのではないか、と推測いたしました。

しかし、ある金融関係の方から、当ブログにコメントをいただきました。その方は、別の箇所が訂正されていることに着目して、この告訴内容(≒起訴事実)では、そもそも新生銀行との契約上の地位を(前会長資産管理会社から日産へ)移転したとしても、日産には損害が発生する余地はないので前会長さんは無罪である、との意見をいただきました。意見を頂戴した方が特定されないように配慮して、やや長いのですが、以下にご紹介いたします。

日産自動車が東証の適時開示サイトに、2019年1月11日付で「本日の起訴について」というリリースを行っています。内容は起訴と同日付で刑事告発を行ったというものです。16:30にリリースを行い、17:10にその「訂正」を行っていますが、見比べると「訂正」というより「情報隠ぺい」と言うべき内容になっています。16:30版では何について刑事告発を行ったかが記載されていますが、17:10版では刑事告発の詳しい内容が全て削除されています。株式市場では情報で相場が乱高下するので、情報を流す会社には重い責任があるのですが、これでは、訂正前と訂正後のどちらが本当なのか分からない状況です。是非見比べていただきたいと思います。

さて「訂正前」によれば、特別背任の対象となるデリバティブ取引は「クーポンスワップ契約」とありますが、これでは「日産に損失は発生しなかった」ばかりでなく、「どう転んでも日産に損失が発生する余地はなかった」ということになります。

「クーポンスワップ契約」とは「毎月一定額の円を一定額のドルに固定レートで交換することを一定期間(12か月とか24ヶ月とか)行う契約」で、ゴーン氏が言っていた通り「給料をドルで受け取るため」であって、投機のためではなかったことを裏付ける内容となっています。そしてクーポンスワップ契約の「評価損」とは、「円高になった場合、もっと少ない円で同額のドルを買うことができたのに、それができず儲けそこねた金額」のことを言い、「儲けそこねた金額」ですので、単なる「評価上」「観念上」の金額です。1ドル=100円のスワップを組んだ後、相場が1ドル=80円になった場合、「80円でドルを買えるのに、100円で買うことになって20円損したね」というのが「評価損」です。「評価損」を支払う必要はなく、満期まで毎月の交換を行えばそれで終わりです。もちろん「1ドル=100円で満足しているので、20円損したとは思わない」と言えばそれまでの話で、クーポンスッワップの「評価損」というのは「気もちの問題」「評価上の問題」です。

では、銀行がなぜ「評価損」を問題にするのかというと、「中途解約」をされた場合、銀行に損失が発生するためです。1ドル=80円のときに、ゴーン氏に1ドル=100円でドルを売れるなら、銀行としては20円儲かっているのですが、中途解約されると20円が消えてしまいます。このため「中途解約」は禁止になっていて、解約した場合「違約金」として1ドル当たり20円を払わせることになっています。つまり「違約金」が「評価損」と同額になっているのです。銀行としては「中途解約しないこと」の保障が欲しかったのであって、そのために日産の名前が使われたのです。

日産から見れば、「中途解約がなければ、違約金=評価損の支払い義務はない」「ゴーン氏が中途解約しないことを知っている」ので、「何のリスクもない取引」「どう転んでも損が出ない取引」となります。検察が「中途解約すれば日産に損が出る可能性があった」と主張したところで、ゴーン氏が「給料をドルに変える取引なので、中途解約するつもりは一切なかった」と証言すれば、無罪判決になるとしか思えません。

いままで、日産前会長さんの事件で、新生銀行さんと締結していた契約が「クーポンスワップ契約」と特定されていた報道記事をグーグルで検索しましたが見当たりませんでした。たしかに日産の訂正リリースでは、この告訴事実に関する文言は削除されています。私は金融実務に精通しているわけではありませんが、上記に解説されている内容や契約の経済的合理性は理解いたしました。前会長さんが日本円で受け取る報酬をドルに換える契約ということなので、そもそも前会長さんが中途解約を申し出る動機はないかもしれません。また、損害の発生する余地がないのであれば、①当時の日産の取締役会において利益相反取引に関する承認決議がなされなかったこと、②日産への契約切り替えについて、新生銀行が悪意なく契約上の地位変更手続きを進めたことも納得がいきます。

もちろん、特別背任に関する二つ目の起訴事実(中東の知人への16億円の拠出)については別の議論が必要だと思いますが、一つ目の起訴事実について損害の発生可能性さえないとなりますと、特別背任の実行行為の面でも、また主観的要件の面でも検察側の立証のハードルは(予想どおり?)相当に高いように思えるのですが、いかがでしょうか。

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2019年1月 9日 (水)

日産前会長特別背任事件-デジタルフォレンジックの進展と「罪証隠めつのおそれ」

1月8日、日産前会長さんの特別背任に関する勾留理由が公開の法廷で示されました(憲法34条、刑事訴訟法82~86条)。前会長さんの意見陳述の全文も日経ニュースで報じられています(あまりブログを書いている時間がないので短めのエントリーで失礼します)。

勾留の理由(刑事訴訟法207条1項、同60条1項)は、①被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、かつ②住所不定、罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由、逃亡すると疑うに足りる相当な理由のいずれかが認められる場合とされています。「理由開示」といいましても、裁判所は勾留状に示された理由を読む程度しか開示しませんが、これに対して前会長さんは「私は罪は犯していない。一点の曇りもない!」といった意見を述べたそうです。

しかし保釈実務だけでなく、勾留請求への判断実務にも大きな影響を与えたとされる(2003年に出された)松本論文(現役裁判官による論文)、勾留の必要性を厳格に判断して勾留を取り消した平成26年と27年の二つの最高裁決定の傾向からしますと、果たして前会長さんには勾留の必要性、とりわけ前会長さんが特別背任事実を裏付ける証拠を隠ぺいすることを疑う相当な理由はあるのでしょうか。松本判事は、先の論文で「たとえ否認事件であったとしても、予想される罪証隠滅行為の態様を考え、被告人がそのような行為に出る現実的具体的可能性があるか、そのような罪証隠滅行為に出たとして実効性(筆者注・・・実際に証拠隠滅行為に出たとして、実際に隠滅できるか)があるのかどうかを、具体的に検討すべきである」と述べています。「被告人」ではなく「被疑者」である前会長さんの事例にも、この意見はあてはまるものと考えます。

たしかに検察側は、未だ前会長さんの知人である中東の実業家の証言を得ていない模様であるため、証拠収集前の時点で前会長さんの身柄を解放してしまえば「アリバイ工作」とか「つじつま合わせ」の可能性があることは否めません。ただ、これだけデジタルフォレンジックやITを活用した捜査が発達した日本において、社会的身分のある人が罪証を隠滅する行動に出ることは可能でしょうか。さらに、たとえ罪証隠滅行為に出る可能性があるとしても、これを実行すれば、おそらく他人を証拠隠滅罪や犯人蔵匿罪に巻き込む可能性が高いわけですから、隠ぺい行為に「実効性」は認められるのでしょうか。そもそも現実的具体的可能性があるとすれば、いったいどんな可能性があるのでしょうか・・・・・かなり疑問です。本日の前会長さんの意見陳述は、弁護人側の戦略に沿って行われたものかもしれませんが、そもそもの刑事訴訟法上の勾留要件から考えると、罪証隠滅のおそれがないことが問題となるように思いました。

昨年12月、前会長さんが使っていた日産所有の高級マンションの保管物を巡り、ブラジルで法的紛争が発生しましたが(たとえばこちらの時事ニュースなど)、これも勾留事実と直接関係するものではないので、相当な理由にはならないように思います。先日、前会長さんらの勾留延長請求が却下された際には、裁判所は異例の理由説明を行いましたが、日本の刑事司法制度の運用が海外から注目される中で、捜査に支障が出ない範囲でもう少し勾留理由を示すべきではないかと(刑事司法の素人としては)考えるところです。

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2019年1月 7日 (月)

日産前会長特別背任事件-焦点となる三越事件高裁判決の判断基準

(7日午前 追記あり)

1月8日は日産前会長さんの勾留理由開示が予定されていますので、前会長さんの特別背任事件はまたまた大きな話題となりそうです。ということで(?)、今年もこの事件についての私的な意見を述べておきます。

1月5日の日経朝刊、6日の朝日朝刊などでは、前会長さんが私利目的で日産子会社から知人の経営する企業に約16億円ものお金を送金したことを問題視しています。上記朝日の記事では、子会社幹部社員の証言として「16億円の送金の必要性は認められなかった」と証言していることが報じられています。これに対して前会長さん側は、会社のために使ったものであって、私利目的の送金ではないと反論していますので、とりわけ日経の記事では「私的流用かビジネスか」との見出しが付されています。

繰り返しになりますが、特別背任事件の立件はとてもハードルが高いのです。そもそも(JFKさんもコメント欄で述べておられるように)取締役の任務違背行為については、経営判断を過度に委縮させることがないように、一次的にはガバナンスや民事ルールによってコントロールされるべきものです。刑事制裁が期待されるのは、法人の財産保護や事業活動の秩序維持のための最終局面なので、ハードルの高さはやむをえないものと考えております。したがって、裁判官の心証として、ビジネスのために支払ったとの疑いを払しょくできなければ任務違背行為を認定できず、「私的流用かビジネスか」といったレベルの心証であれば当然のことながら前会長さんは無罪です。

たとえば三越の元会長だったO氏、その愛人T氏の(三越を食い物にしたと言われる)特別背任が問われた平成5年11月29日東京高裁判決を読みますと、O氏は検察官面前調書で第三者への図利目的をほぼ認めていたにもかかわらず、一部有罪、一部無罪の判決が出されています(上記東京高裁判決はネット上に公開されています。追記:こちらからご覧になれると思います。たいへん長いですが参考になります)。海外ブランドと三越の取引が開始されるにあたり、愛人とされたTが経営する会社の貢献があったのか、三越の信用力が全てだったのか、非常に微妙なところではありますが、裁判所は「Tが経営する会社の影響がまったくなかったとまではいえない」として、三越から支払われた裏コミッションの正当性を認め、O氏、T氏の任務違背を否定しています。

上記三越事件の東京高裁判決で、今回の日産事件の参考になると思われるのが「任務違背」の判断基準です。裁判所は、まず容疑の対象となっている三越から相手方への支払いの「有用性」を審査します。その支払いは三越のためになっているのかどうか・・・という点です。そして、この「有用性」をクリアした場合、次に問題となるのが「対価の相当性」です。つまり、有用性が認められるとしても、その支払い金額は三越の業績向上への有用性とつりあったものかどうか・・・という点です。三越事件では、上記の有用性と対価相当性のいずれにおいても、裁判所は「(T氏もしくはT氏の経営する会社の貢献が)まったくないとはいいきれない」「コミッション料程度の対価が相当ではないといいきれない」といった心証をもって特別背任は無罪との結論に至っています。

ところで今回の日産前会長の件では、前会長は三越事件のO氏とは異なり、図利目的は完全に否認しています。また海外案件であり、しかも10年も前の事実ということですから、裁判官の心証形成に及ぼす証拠についてはよほど司法取引で有力なものが出てこないかぎりはむずかしいのではないかと(ちなみに司法取引による証拠は金商法違反容疑に関するものだけであり、会社法違反容疑に関するものは存在しない、といった報道がありました)。加えて、中東諸国の王室へのロビー活動の対価の相当性について、「安い、高い」などといった議論を尽くすこと自体、裁判所ができるようには思えません。ということで、「CEO予備費」からの16億円、35億円(オマーンの知人経営会社)、18億円(レバノンの知人経営会社)の「有用性」がまったく否定されるかどうか・・・といったところが最大の争点ではないでしょうか。もちろん「損害論」も争点になりうると思いますが、近時の判例・通説は損害に関する抽象的危険説が主流となっておりますので、前会長さん側がここで戦うのはかなりしんどいような気もしております。

ただ「CEO予備費」からの支出となりますと、過去の税務調査の結果などが気になります。70億円もの子会社からの使途不明金となりますと、当局から贈与認定を受けるはずです。日産と税務当局との過去の交渉経過はどうなっていたのでしょうか(これまで新聞報道では明らかになっていないと思います)。また、紛争の解決金として数十億円を要したのであれば、子会社からの支出という「支払方法」も含めて(親会社の)取締役会で議論をしているはずです。その議論の経過はどうなっているのでしょうか。会社法違反(特別背任罪)を問う事件では、いったい何が取締役会で議論され、決議もしくは報告されたのか、という点が明らかにならなければ刑事事件の結論は見えてこないと思います。日産前会長さんの任務違背行為について、なぜ刑事処分で対応しなければならないのか、ガバナンスや民事ルールは機能しえなかったというプロセスが明らかにされなければ裁判官の有罪心証は得られないと思うところです。日産さんの10年前のガバナンスがどのようなものであったのか、今後報道等で明らかにされることを希望します。

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