2019年11月22日 (金)

厚労省「パワハラ指針(案)」には重大な不備がある(ように思う)

コクヨのぺんてるに対する敵対的買収案件がスゴイ様相になってきましたね。プラスがぺんてる支援を表明したので(NHKニュース)もはや「コクヨvsプラス」、つまり「メーカーvs流通」の闘いに興味が移ってきました。さらに日経ビジネス記事(有料版)によると、ぺんてる・プラス陣営に、上場企業のキングジムやニチバンなどが支援に回る、とのこと(株主かどうかはわかりませんが)。まさに「コクヨ包囲網」ですが、この包囲網を作るためにぺんてるがコクヨに株主名簿の開示を拒否していたとなると、そろそろ目的を達成して開示に動くかもしれません(平成24年のアコーディアゴルフ事件決定の先例的意義は大きいような気がします)。以下、本題です。

11月21日の各紙で報じられているとおり、厚労省が「パワハラ指針(案)」を会議資料(第22回労政審議会雇用環境・均等文科会)として公表しましたね。さっそく13頁に及ぶ指針案を読みましたが、企業の内部統制に関心を持つ者、日頃ハラスメントの通報を受理したり、調査をしている者の視点からしますと少し残念な内容です。

というのも登場人物(主体)は事業者、加害労働者、被害労働者で構成されていて、そこに「同じ職場の労働者」が登場しておりません。セクハラやパワハラの相談者は、かつてはほとんどが被害労働者でしたが、同じ職場の同僚からの相談が増えている、という現実が反映されていないようです。ハラスメントはもはや属人的な問題ではなく、「職場環境配慮義務の一環」としての組織的な問題です。ちなみに指針の中で「同じ職場の同僚」を当事者に含めても、(女性活躍推進法3条に基づく)労働施策総合推進法第30条の2および同条の3に規定する「労働者」の定義とは矛盾しません。

私は(窓口対応として)パワハラ通報を受理した後に、社内調査の補助をすることがありますが、ハラスメントの被害者と加害者(と疑われている)側のヒアリングを行った結果、「うーーん、これってどうなんだろ?結局、指導の範囲内じゃないかな。けっして好き嫌いで及んだ行為とは思えないけど・・・」といった印象を持つことがあります。

しかし最近は「被害者」とされる側の同僚からスマホ動画や写真、録音データなどの情報提供をきっかけに、これらの証拠を確認してみますと「ありゃ!これは誰がみてもハラスメントやんか!」と断定できることが増えました。とりわけ動画と録音データは、時間軸も一緒に読み取れるのでハラスメントの認定には有力な証拠となります。※日ごろからの「お悩みメール」も同僚から提供されることがあります。このような有力証拠は、同じ職場の労働者の「相談の秘密」「情報提供による不利益処分の禁止」を、企業が明確にしないとパワハラ指針の実効性は上がらないと思います。

※・・・社内における無断撮影や無断録音は、正当な目的がないかぎりは就業規則違反になるおそれがありますが、企業に法的に義務付けられるハラスメント体制の整備・運用に労働者が協力する場合には「正当な目的」が認められることになると思います

昨年最高裁まで争われたイビデン・グループ内部通報事件も(セクハラ案件ではありますが)同僚からの通報です。最近のスポーツ界におけるパワハラ騒動も第三者による通報が多いように思います。主観的なハラスメントの感覚よりも「一般人からみて客観的にどうか」といった感覚を重視するのであれば、むしろ企業としては職場の第三者からのパワハラ・セクハラ通報を促すような内部統制システムを検討すべきと考えます。そのような意味で、職場の同僚からの通報や証拠提出(情報提供)への配慮に触れていない指針案には、かなり重大な不備があるのではないかと。

今回の労働施策推進法(改正法)が、労働者のパワハラ行為を禁止する規定を置いていないので、指針を報じる記事を読んでいて「あれ?これはちょっと誤解するよな」と思われる問題が他にもありますが、それはまた別の機会に書きます。

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2017年7月10日 (月)

電通労基法違反事件はこのまま略式命令で終結するのか?

先週末、マスコミで報じられておりますとおり、電通さんの違法残業事件(労基法違反事件)におきまして、検察当局は労働基準法違反罪の両罰規定を適用して、法人としての電通さんを略式起訴しました。一方で、注目されていた幹部個人についてはいずれも不起訴とされています(ただし違法行為を認定して「起訴猶予」とのこと)。電通さんでは、企業体質として違法残業が根付いていたため、個人の責任が大きいとは言えない、と当局は判断したそうです。

これで電通事件も終結したと報じられていますが、果たしてそうなるのでしょうか。たしかに電通さんの場合、略式命令の請求先は東京簡裁であり、これまで(東京簡裁では)略式裁判によって手続きが進行するのが慣例です。しかし大阪簡裁では、昨年11月から今年にかけて、法人の労基法違反事件が4件、略式命令を「不相当」と判断し、正式裁判による審理が行われています(根拠は刑訴法463条1項)。裁判所も労務事件に対して厳しい姿勢をとるようになりました。なかでも上場会社であるサトレストランシステムズさんの事件では、正式裁判に移行し、法廷での謝罪(経営トップによる)などが報じられ、関西のニュースでも大きくとりあげられました(たとえば産経新聞ニュースはこちらです)。

検察当局が「企業体質として違法残業が根付いていたこと」を個人責任追及断念の理由とするのであれば、本当に今度こそ企業体質を変える意思があるのかどうか、経営トップから裁判官が直接話を聞きたいと思うのは当然ではないかと。また、全社的内部統制(統制環境)をどのように変えるつもりなのか、そのコミットメントをきちんと法廷での証言として残しておくべきだと思われます。過去にも同様の問題が発生している電通さんだからこそ、書面審理だけでなく、直接口頭主義によって経営トップに法廷で約束をしてもらう意味があるように思います。

労務コンプライアンスへの対応の変化は、厚労省(労働基準監督署)だけでなく、おそらく今後は司法判断にも及ぶのではないでしょうか。これまでは大阪簡裁が中心でしたが、今後は東京簡裁でも労基法違反、安衛法違反事件に対する公判審理が増えるような気がします。ただし、内部通報窓口の仕事の中で気づくことですが、労務コンプライアンスが叫ばれる一方で、今度は新たな問題が店長、支店長といった労組組合員の少し上にいらっしゃる従業員の方々の間で発生しています(それはまた別途エントリーにてお話ししたいと思います)。

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2017年3月 8日 (水)

労基署臨検業務の民間委託の実現可能性について考える

本日(3月7日)の日経朝刊に「労基署業務を民間委託-立ち入り検査について規制改革会議が検討」との記事が掲載されています。政府の規制改革推進会議が、事業者による長時間労働慣行などへの監視を強めるため、企業に立ち入り検査(臨検)を行う労働基準監督官の業務の一部を民間(具体的には社労士さん)に委託することが検討されているそうです。

臨検等の労基署業務を民間委託することの推進派のご意見について、2月28日付けダイヤモンドオンラインの八代尚宏氏の論稿「ブラック企業の労基法違反摘発を『民間委託』すべき理由」が参考になります(反対派意見に対する再反論も掲載されています)。また、週刊東洋経済の2月25日号の特集記事「労基署監督官の告発-過剰労働がはびこる真因」では、3名の労働基準監督官の匿名座談会が6ページにわたって掲載されています。そこでは臨検業務の問題点が指摘されていて、「監督官は臨検業務を遂行するにあたり、どのように上司から評価をされているか」といったとても根本的な問題についても語られています。

いずれにしても、日経記事にも記載されているように、労働時間の規制が喫緊の課題といいながらも、その規制の実効性は全く担保されていない(十分検討されていない)のが現状です。多くの企業で労働時間規制が形骸化しているにもかかわらず、重点的な臨検は、違反が目立った企業への「見せしめ」として行われている、とのこと(週刊東洋経済の匿名座談会記事より)。民間委託が検討されるのも当然のことかと思います。

ただ、労働基準監督官の調査は(駐車違反の摘発業務を委託するようなものとは異なり)かなりむずかしい業務ですし、たとえば従業員からの告発を受けた場合の情報収集方法や守秘義務の履行についてはかなり神経を使うようで、民間に委託するとしても限定的にならざるをえないように思います。長時間労働規制の違反行為に刑事罰が科される、といったことになればなおさら行政処分の謙抑主義(比例原則、平等原則、他事考慮禁止)が求められます。現在の労働基準監督官の職務評価方法(件数主義)を変更して、重点事業所への深度ある検査に集中してもらうようにして、その「重点事業所」の絞り込み作業に民間委託者を活用する、といったリスクアプローチの手法を採用せざるをえないのではないでしょうか。

また、公益通報者保護法の改正によって、これまで以上に労働者が監督官庁(行政機関)に公益通報を行いやすい環境を整備することも不可欠です。現行法上、労働者が保護されるための「通報にかかる事実の真実相当性」の要件を緩和して、長時間労働規制違反を疑わせるようなある程度の確からしさを示す証拠を行政機関に提出すれば労働者の地位が保護されるように法改正を早急に行うべきです。この内部情報をもとに「臨検対象事業所」を絞り込むことも効率的な労働時間規制の実効性を担保することになります。民間委託と労働者による申告制度、これらによって労働基準監督官による重点検査を補完する方向性が妥当ではないかと考える次第です。

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