9月10日の日経ビジネス(有料版)に掲載された著名投資家の方の記事「もっと経営者をクビにしよう、社外取締役偏重では不祥事は防げない」はなかなか核心を突いた内容でとても共感いたしました。月に1回程度の出社という「情報不足」、しかも会社から役員報酬をもらっているという「利益相反的立場」にある社外取締役が、不祥事を発見したり、リスクをとりたがらない社内経営陣にリスクをとるように迫る、といったことは過度の期待である、このように一般の株主は完全になめられている状況では、株主権行使によってもっと社長をクビにしよう、といった趣旨の論稿です。企業統治改革の趣旨が、一般の投資家の方々にも浸透してきたことがうかがわれる内容です。
昨年経産省から公表された「社外取締役ガイドライン」とともに、今回のコーポレートガバナンス・コードの改訂2021でも「社外取締役の究極の役割は社長の選解任権を適切に行使することである」という点が明確に示されたので、企業活動の効率性や健全性に問題が生じて企業のパフォーマンスが低下したときには「社長をクビにすること」が独立社外取締役には強く求められています。これは「市場からの期待」といってもよいでしょう。
一方、社外取締役に就任している側も、最近はかなり市場からの期待を意識しています。社外取締役は近時の企業統治改革の趣旨を理解して、どうすれば企業価値の最大化(株主共同利益の最大化)のためにその役割を果たしうるか、という点については、数年前とは比べ物にならないほどに研修や自己研鑽(トレーニング)を積んでいます。つまりコーポレートガバナンス・コード原則4-14に基づいて「社外取締役としてのスキル」をかなり熱心に磨いている方が増えていることは事実です。たとえば経営者評価を行うにしても、まずは報酬面で「あなたへの評価をこう考えている」といったシグナルを発信し、それでも将来的な企業価値の向上に疑問がある場合に「不再任、解任」というカードを切ります。
しかし、「あの会社では3人の社外取締役が社長を再任しない、という判断を下し、社長交代に至った」との評判が世間に知れ渡ったとき、この3人の社外取締役のところへ別の会社から「ぜひ当社の社外取締役に」とお声はかかるでしょうか。行政当局やマスコミでは「ガバナンスが機能した例だ」と言われて評価を受けるものの、おそらく「そんな本気度の高い社外取締役さんはちょっとごめんこうむりたい」といったところが企業のホンネではないでしょうか。せっかく熱心にトレーニングを積んだにもかかわらず、お声がかからないというのは矛盾のような気もします。
こういった社外取締役の方は、機関投資家側からすれば「有能な社外取締役候補者として株主提案したい」と思われるのかといえば、どうもそうでもなさそうです。機関投資家側も、ご自身方の利益を図ることに期待がもてない(忖度しない?)ことから、やはりホンネのところでは敬遠するということにならないでしょうか。つまり、近時のガバナンス改革で求められる役割を果たす社外取締役さんは、結局のところほかの企業や機関投資家からお声をかけてもらえずに、熱心にスキルを磨いたにもかかわらずオワッてしまうおそれがあるように思います。
証券市場の活性化というマクロの視点で考えた場合、冒頭の投資家の方の論稿にあるような、投資家自身が株主権を行使するガバナンスはかなりハードルが高いと思うのでありまして、私はエージェンシーコストを下げるためにも、有能な社外取締役の活用は必要だと思っています。ただ上記のようなジレンマをどう解決すべきか、日本でも検討する時期に来ているのではないでしょうか。
私は(東証の新市場区分への移行問題の影響も考えますと)今後は社外取締役の数が増えることから、「各企業の社外取締役の行動文化」というものを構築すべきと考えます。わかりやすくいえば「〇〇社の社外取締役メンバーは、経営者評価をどのようなプロセスを経て行う風潮なのか」というモノサシ(風土?行動準則?)を明確にしておくことです。就任している社外取締役個々の個人的素養だけで解任や不再任が決まるのではなく、その会社の「社外取締役の行動慣行」によって決まる傾向を会社ベースで形成すべきと考えます(ガバナンスコードに出てくるダイバーシティは経営幹部の人的資源に関するものですが、社外取締役候補者のダイバーシティも、このレベルで検討すべきではないかと)。
社長方針とぶつかった社外取締役さんには「辞任する」という選択肢もあるでしょう。情報の非対称性からすれば「なぜあの社外取締役は辞任したのか」ということが社外で話題になったとき、かなり高い確率で社外取締役さんのほうが世間的に「悪者」になると思います。ただ「ああ、あの会社は以前から、社長と意見が合わない場合には早期に退任するのが『社外取締役のオキテ』だから」といったモノサシがあれば、また他社からもお声がかけやすくなるのではないでしょうか。このような「組織内における暗黙知の見える化」は、これから社外取締役の数が増えるからこそ検討すべき対策であり、そもそも米国のように「取締役会メンバーのほとんどが社外取締役」という構図になれば不要なのかもしれません。