2017年6月 2日 (金)

監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?(その2)

ちょうど1年前の2016年5月30日、「監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代?」なるエントリーをアップしまして、スチュワードシップ・コードの精神とされるフィデューシャリー・デューティーについて私なりの考え方を書かせていただきました。当時のエントリーに対して、元監査役である「法律しろうと」さんから、以下のようなコメントをいただきました。

私は、監査役であったものですが、専門性を有する受託者と受益者のように信認関係に立つ場合の受託者としての監査役の専門性をどの様に磨いてゆくのか(どのような人が監査役に適任なのか)、あるいは、その専門性の有無をだれが判断するのか(監査役候補の選任は、社長なのか、監査役なのか)が、忠実義務ないし信認義務を負う監査役制度を作ってゆくときの課題ではないかと思っています。

個人的には「監査役の信認義務」というものを会社法の枠内で捉えることは、なかなかむずかしいかな・・・というのが正直なところです。ところで今年の4月30日、株式会社安愚楽牧場の倒産によって損害を被った和牛オーナーら(原告・控訴人ら)が、同牧場の役員らに対して損害賠償請求訴訟を提起した裁判において、大阪高裁は同社の監査役の責任を認めない判決を言い渡しました。昨年5月30日に言い渡された大阪地裁(原審)の判決では、同監査役の責任が認められていましたので、監査役さんにとっては逆転勝訴判決、ということになります。

おおざっぱに説明しますと、同社の監査役は会計監査限定監査役です。もともと同社は有限会社だった(平成17年改正会社法施行後は「特例有限会社」のままだった)のですが、その後商号変更によって株式会社になり、機関形態は特例有限会社の時と同様「取締役+会計監査限定監査役」でした(つまり会社法上の監査役設置会社ではありませんでした)。その後、同社は決算確定時200億円以上の負債を抱えることになったため、会社法上の「大会社」となりました。ちなみに「大会社」には会計監査人が強制設置されることになりますので、監査役も会計限定監査役ではなく、業務監査を行う通常の監査役が必要となります(特例有限会社のままであったなら、最終事業年度の負債が200億円を超えても「大会社」規制にはひっかかりません)。

原審(大阪地裁)は、同社の会計監査限定監査役は、会社が「大会社」となったことを知っている(知りえた)のだから、業務監査も行う必要があった、会計監査だけではわからなかったかもしれないが、業務監査(調査業務)を適切に行っていれば経営者らの不正を見抜き、これを止めることができたのだから、これを怠ったことに会社法429条の「重過失」あり、として損害賠償責任を認容しました。いっぽう、高裁判決では、たしかに「大会社」になったのだから、監査役は業務監査を行う必要があるが、そもそもこの監査役は会計監査限定で就任し、その契約もしている、いくら会社が大会社になったからとはいえ、会計監査に限定した監査役に業務監査をせよ、というのは酷ではないか、だから調査不足の点があってもやむをえない、との理屈で責任を否定しています(まだ、ニュースを参考にしたもので、控訴審判決を読んでいないので、本当におおざっぱですいません)。

安愚楽牧場は、有限会社安愚楽牧場から株式会社安愚楽牧場に商号変更後は、会社法2条6号所定の大会社となっており、同法328条2項・337条1項、389条1項により、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置かなければならなかったのはその通りです。この高裁判決は、会社法上、会計監査人及び業務監査を行う監査役を置くべき株式会社の監査役について、その監査の範囲が会計監査に限定される場合があり得るとの結論となっていて、やや違和感があるかもしれません。

しかし、小さな株式会社では、経営を監視するのは株主であることが原則ですし、監査役の職務を全うできる人を探すのに苦労することから、会計監査だけを行う監査役という職務を認めています(ただし定款+登記が必要)。また、会社と監査役との間の委任契約関係も、そのような趣旨で理解すべきです。「大会社」になったからといって、小さな会社に仮監査役や一時会計監査人の選任を求めるのも酷ですし、監査役と会計監査人が選任されるまでの間、会計監査限定監査役がその双方の職責を全うすることには無理があると思います。なので、会社法の考え方からみれば大阪高裁の判断が合理的かと思いました。

ただ、和牛オーナーを最終受益者、会社を受託者とみるならば、同社の役員は善管注意義務を越えて、和牛オーナーのために行動すべき義務(会社法429条の基礎となる注意義務)が認められるのではないか、といった見解も決して誤りとはいえないようにも思えます。日常的には会計監査だけの職務を全うすべき監査役ではありますが、その会計監査によって不正の兆候を発見した(容易に発見しえた)場合、さらに負債の状況から会社法上は「大会社」に該当することを知った(知りえた)場合には、会社との委任関係(善管注意義務)を越えて、最終受益者たる和牛オーナーのために信認義務を尽くすことが「法的義務」として認められるケースもあるのではないか、といったところかと。

たしかに機関設計違反については、過料によるペナルティを会社に課す、という意味で強制力を持つわけで、それ以上に会計監査限定監査役が通常の監査役の役割を担わねばならない…という理屈は少しむずかしそうですが、一定の状況にある監査役が、会社や株主に対して負う善管注意義務・忠実義務を越えて、最終受益者に対して法的責任を負うということも、まさにフィデューシャリー・デューティーとして検討されるのかもしれません。ちなみに安愚楽牧場事件における監査役は税理士さんなので、(「法律しろうと」さんがおっしゃるように)そういった専門的資格からみても、信認義務のようなものを、少なくとも会社法429条の解釈の範囲においては検討してみるのもおもしろそうです。

最近は経営の効率性を重視するために、上場会社のグループ企業でも、「取締役+監査役」「取締役会+監査役」という機関形態(いずれも会計監査限定監査役でOK)をとる企業も増えているようなので、この安愚楽牧場判決も実務上の参考になるものと思います(何度も申し上げますが、判決全文を読めば、また少し意見が変わる可能性がありますので悪しからず。おそらく最高裁に上告受理申立てがなされていると思うので、最高裁での判断にも注目したいですね)。

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2017年5月29日 (月)

「見えざる改革」-フィデューシャリー・デューティーは資産運用を変えるか

Hisanunyo_5月28日の日経ヴェリタスセレクト(WEB版)記事によりますと、最近、投資信託の売れ行きが低調だそうです。2016年度は14年ぶりに資金流出となり、とりわけ「毎月分配型」が売れなくなった今、次なる魅力商品を現場が模索している、とのこと。3月末に金融庁が公表した「顧客本位の業務運営に関する原則」に基づいて、金融業界に対してフィデューシャリー・デューティーへの取組み強化を要請したことが大きな影響を与えていることは間違いないと思います。

私のようなド素人が今さらご紹介するまでもないベストセラーですが、話題の「捨てられる銀行2 非産運用」(橋本卓典著講談社現代新書800円税別)を読みました。さすがベストセラーです。金融行政の「いま」を理解するうえで、とてもトクした気分になりました。森長官といえば(たいへん失礼ながら)「地銀泣かせ」のイメージしかありませんでしたが、市場改革への並々ならぬ決意があることを知り、さらにコーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードとフィデューシャリー・デューティーとの関係理解も深まりました。

以前、当ブログでも「フィデューシャリー・デューティー」については触れたことがありますが、私個人としては学術的な関心(法的な位置づけ等)に注目していました。本書は(法的な位置づけ、といったことよりも)なぜ金融業界にフィデューシャリー・デューティーの強化が提唱されるに至ったのか、また実現のために、具体的に何をすればよいのか、といった実務的な面に対する理解を深めるには最適な一冊です。先日、野村アセット・マネジメントさんが「いの一番」で議決権行使結果の個別開示に踏み切りましたが、本書を読みますと「なるほど」とナットクいたしました。(私の「なるほど」は、著者ご自身も5月26日付けのこちらのニュースでご論稿を書いておられますので、そちらをご覧いただけばおわかりになるかと)。さらには議決権行使結果の個別開示が進むことによって、ISSさん、グラスルイスさんのような議決権行使助言会社自身の「利益相反管理」⇒行政規制の必要性も課題になることがわかります。

私的に最も興味があったのは第3章「フィデューシャリー・デューティーとは何か」ですが、著者が読者に一番読んでほしいのは第4章「年金制度の変化と資産運用改革」ではないかな・・・と推測します。アメリカの市場改革(見えざる改革)の歴史をたどり「アメリカ市民だって最初は今の日本と同じように資産運用にそれほど関心を持たなかった、失敗もした、しかし、20年で家計金融資産がなぜ3倍以上も増えたのか(なぜ日本とこれほど差がついてしまったのか)」を丁寧に解説しておられます。この第4章で語られているところが、少子高齢化を迎える日本に残された「伸びしろ」を活用できるかどうか、そのポイント(分岐点)になるのでしょうね。松下幸之助氏が50年前に証券市場の在り方として目標としていた政策を、皮肉にもアメリカが実行し、その成果を遂げているというのも、皮肉に聞こえてきます。

著者の意見にわたる部分には異論・批判もあるかもしれませんが、取り上げられたファクトの部分については素直に学ぶべきところが多いと考えます。ガバナンス・コードと同様、フィデューシャリー・デューティーへの取組も、アリバイ作りのための「外向け工作」ではなく、顧客との信頼関係を形成するための「内向きの構築」が大切ですね。そして顧客本位の事業活動の「見える化」が進んだときに、これを評価する金融リテラシーを我々がどれだけ備えることができるか、その具体的な実践方法も議論すべき点だと思います(私は、この著者に代表されるような「紐付きでない通訳」をされる方がたくさん増える必要があると考えています)。

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