2017年11月15日 (水)

地面師詐欺事件と売主側に関与した専門家の法的責任

大手ホテルチェーンのアパホテルさんが土地取引で12億円もの地面師詐欺に遭遇した事件で、11月8日、関係者が逮捕された旨の報道が出ておりました(たとえば毎日新聞ニュースはこちら。ちなみに売主側に立つ司法書士も共犯だったそうです)。以下、当ブログはビジネス法務を扱うものなので、あくまでも企業が買主側に立った場合の注意義務に注目して論じるものです。

先週も、こちらのエントリーで弁護士が売主側の立会人として本人確認情報を提供した場合の専門家(資格者代理人)の注意義務(買主側の過失割合4割が認められた)についてご紹介しました。私はそこで「資格保有者(資格者代理人)には真正な所有者に対する注意義務は発生しても、取引相手方である買主に対する注意義務は直接的には発生しない」「買主に対する資格者代理人の注意義務が認められるかどうかは、控訴審ではわからない」と書きましたが、先週ご紹介した地裁判決の控訴審判決が、実は今年6月に出ていたようです。ここでその控訴審判決の内容をご紹介することは(関係者の方とのお約束により)控えますが、たいへん興味深い判決になっており、ぜひ法律判例雑誌等に掲載していただきたい内容です(ちなみに本件は上告審が係属中です)。

また、上記地裁判決が掲載されている判例時報(2343号 2017年11月1日号)では、解説記事として、同じく地面師詐欺事件の被害買主会社が本人確認情報を提供していた司法書士の方(売主側)を被告として提訴していた裁判例(東京地裁平成28年9月2日判決)を紹介しています。そこでは被告司法書士さんに対する損害賠償義務が認められたと記されています。しかし、この判決全文を判例秘書データベースで確認したところ、判例時報の解説が間違っており、当該司法書士さんはたとえ地面師詐欺事件に気づかなかったとしても、本人確認義務を尽くしたことについて注意義務違反は認められないとされ、買主会社の賠償請求は棄却(勝訴)されております。

弁護士や司法書士など、アパホテル詐欺事件に関与した悪徳法律家であれば言語道断ですが、たまたま業務の一環として本人確認情報の提供を請け負った場合に、安易にその責任を認めてしまいますと、この地面師詐欺全盛の時代、誰も資格者代理人をやりたがらないことになってしまいます。そうなりますと円滑な不動産取引に支障を来すことにもなりかねません。最近の判例の傾向は、本人確認作業を行った専門家がどこまで最善を尽くしたのか、その事実関係を緻密に検証しており、安易に結果責任を専門家に認めるものではないように思われます。

もちろん、本人確認のための高度な専門家責任を尽くすためには、たとえば個人識別のための書類に関する知識や会社法の知識(特例有限会社、閉鎖会社の機関設計等)にも精通していなければなりませんが、やはり買主会社としても、本人確認のための内部統制システム(リスク管理体制)をきちんと構築しておく必要があります。地面師詐欺に関する裁判例をかなり読みましたが、いずれの案件でも買主側(個人でも法人でも)は「喉から手が出るほど欲しい」物件で事故に遭遇しています。おそらく「真正な売主であってほしい、いや真正な売主に違いない!」というバイアスが働くために、疑う気持ちも含め、対処がおざなりになってしまうのでしょうね。だからこそ「内部統制」が必要だと思う次第です。

11月 15, 2017 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 7日 (火)

企業が高額不動産を購入する際の内部統制について

昨日はゲートキーパーとしての会計士さんのお話でしたが、本日はゲートキーパーとしての弁護士さんに関連するお話です。今年8月、大手ハウスメーカーである積水ハウスさんが、五反田のマンション用地を購入するにあたり地面師に遭遇し、支払った63億円余りが回収困難になっている、と報じられました。不動産取引が活発化するなかで、最近は地面師による被害が頻発しているようです。

当ブログは「ビジネス法務」を取り扱っているので、あくまでも不動産を購入する法人側の視点でお話しますが、判例時報の最新号(2343号)に、売主(地面師)側に弁護士が関与している高額不動産の売買において、買主が売主側弁護士作成に係る本人確認情報を信頼して被害を被った場合に、売主側弁護士の損害賠償義務は認められるものの、買主側にも本人確認義務の懈怠があったとして4割の過失相殺が認められた判決(地裁判断)が掲載されていました(東京地裁平成28年11月29日)。

売主が権利証(登記識別情報通知)を紛失しているとはいえ、買主側に弁護士が関与していることを信頼して(弁護士が本人確認を行ったことの証明書を提出して)安心して取引を行ったとしても、被害者である買主側に4割もの過失が認められる・・・との判断は、おそらくナットクできない方も多いのではないでしょうか。これが大きな企業が買主であれば、被害額について買主側企業の役員の善管注意義務を問われる「提訴リスク」につながるおそれがあります。

ところで、上記判決を読みますと、買主側として注意すべき点がいくつかあるように思いました。ひとつは売主側弁護士が本人確認情報を作成する場合の注意義務は、私法上の注意義務ではなく、あくまでも不動産登記法上の「ゲートキーパーとしての」注意義務だという点です。つまり、登記申請代理人として弁護士が関与するケースでは、真正所有者の所有権を保護することが資格保有者としての公法上の義務であり、取締法規上の行為規範だということです(だからこそ不動産登記法160条には虚偽の本人確認情報を提供した資格保有者の罰則規定があります)。したがって、資格保有者には真正な所有者に対する注意義務は発生しても、取引相手方である買主に対する注意義務は直接的には発生しない、ということになります(ただ、裁判所は「そうはいっても、相手方関与弁護士が提供した確認情報を買主が信頼するのが通常であろうし、そのことの予見可能性が弁護士側にも認められるので、本件では民事上の不法行為責任は発生する」としています-この点は上記裁判は現在控訴中なので、控訴審でどうなるかはわかりません)。

そしてもうひとつが、取引に関与した弁護士とはいっても、当該弁護士は不動産取引の代理人を務めるものではなく、あくまでも「立会人」であり、売主側の登記申請(法務局に対する)の代理業務だけを行っていた、という点です。もし売主側弁護士が、売買契約の代理人も務めていたとなれば、買主側の本人確認義務も免除されていた(売主側代理人弁護士の買主に対する注意義務違反も容易に認められた)と思われますが、弁護士の関与が私法取引上は「立会人」にすぎないために、買主側が本人確認の責任は果たさねばならない、と判断されています。

これだけ地面師の暗躍の脅威が報じられている現在、不動産を購入する法人の取締役は、地面師による詐欺被害を予見する必要があります。つまり高額不動産の購入時に地面師被害に遭わないように、買主側企業としては自己責任を果たす必要がありますが、登記識別情報通知が存在しないケース、とりわけ売主側に弁護士が関与しているケースでは、当該弁護士が不動産取引における売主を代理しているのか、登記申請のみ資格者として代理しているのか(契約については立会人にすぎないのか)という点を確認しておく必要があります。もし弁護士が単なる立会人にすぎない、というケースであれば、本人確認のための対策を買主側でも検討することが不正リスクを低減させるための内部統制の構築義務として法的に求められると考えます。

最後に(ここからは個人的な見解ですが)上記判例の事案では、買主側の不動産紹介者の報酬が5000万円、売主側の仲介者手数料が750万円であるにもかかわらず、損害賠償義務を負った弁護士の報酬は、わずか30万円でした。「あまり経験がない」ということで、この弁護士さんは何度も拒否したのですが、それでも関係者から執拗にお願いをされたので受けた仕事であり、また「急いで取引をしたい」といった関係者の無理な日程調整にも、必死になって時間調整をして間に合わせたのですから、たしかに不注意な点はいくつか指摘できるものの、おそらく「誠実な弁護士」「依頼者に優しい弁護士」だったと思います(ちなみに関係者から申し立てられた当該弁護士さんに対する懲戒請求について、単位会、日弁連とも請求を棄却しています)。

でも、ゲートキーパーとしての弁護士の業務であるがゆえに、お金の問題は別として「確認作業が完了しないので、契約締結が延期になってもしかたがない。これはお国のための業務だからどうしようもない」といった冷酷かつ毅然とした態度が必要だったと思います(まあ、そのような弁護士さんだったら、そもそも地面師らが依頼しないのかもしれませんが・・・)

11月 7, 2017 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月 1日 (水)

社長のパワハラ発言による被害者は叱責を受けた者だけではない

最近、投資判断のための基準としてESG指数なるものが脚光を浴びておりますが、その構成銘柄(ESGに力を入れている日本のリーダー企業)に神戸製鋼さんが入っております。皮肉でもなんでもなく、神鋼さんは普段からESG経営にとても力を入れていて、それなりに評価されています。ただ、そういった評価を受けている会社は不祥事に強いもの(打たれ強い?)と思われがちですが、実際にはレピュテーションリスクの顕在化とはあまり関係がないということでしょうか。

さてESGといえば、少し前(10月19日)の日経朝刊に「パワハラ賠償 同僚にも-東京高裁、間接被害を認定」と題する記事が掲載されていました。某医療機器メーカーの販売子会社で働いていた女性従業員の方々が、社長から実際にパワハラを受けている同僚と同じように精神的被害を(間接的に)受けていたとして、慰謝料が認められたそうです。判決文を読んでおりませんので、記事からの感想のみ書かせていただきます。

当ブログでも、過去に何度か「セクハラは被害者からの通報が多いがパワハラは職場の同僚によるものが5割」と申しておりましたが、その分析については私の認識が少し甘かったようです。パワハラは「ハラスメントが横行している職場で同じ空気を吸いたくない」とか「被害者がかわいそう」といった現場目撃者の感情から内部通報がなされるものと思っておりましたが、この記事のように「明日は我が身」といった被害者感情から第三者による通報がなされることもあるのですね。ちょっと私の想像力が不足しておりました。

ときどきパワハラに関する調査をしますが、「これってパワハラをされる側にもそれなりに問題があるのかも・・・」と思い、再発防止策(職場環境配慮義務の履行方法)の検討に迷うことがあります。しかし、このように職場の第三者に対しても不法行為が成立する、ということになりますと調査範囲を広げたうえで判断しなければなりませんし、また「パワハラを受ける側の問題」といった事情をあまり斟酌しないほうが良いのかもしれません。働き方改革の副作用として、今後もパワハラやマタハラ、パタハラといった人権侵害が社内に横行する可能性が高まるように思います。「労働者への人権侵害を助長する企業」というイメージは、企業のレピュテーションリスクを顕在化させることに留意すべきです。

11月 1, 2017 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月13日 (火)

JA全中改革-監事監査の重要性を忘れていませんか?

年明けから多くのブログ等で取り上げられているJA全中(全国農業協同組合中央会)の農協監査権限廃止問題ですが、全中の会計監査権限が廃止され、公認会計士監査に移行することだけが専ら話題になっています(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。一方で業務監査権限も廃止されることになりそうですが、こちらはあまり話題になっていません(農林中金さんが外部監査としての業務監査権限を受け持つ、という報道もされています)。このあたり、やはり監事監査(監査役監査)というものが、世間では話題になりにくいことを如実に物語っていますね。

平成4年の農協法改正により、農協組織のガバナンスは会社法上の株式会社組織とほぼ同じようなものになりましたので、会社法上の監査役に匹敵する常勤監事(常勤監査役)、員外監事(社外監査役)さんが各農協にいらっしゃいます(もちろん規模にもよりますが・・・)。私は過去にいくつかの都道府県JA中央会のお手伝いをしたことがありますが、農協監事監査の指導なども熱心になさっておられて、これが廃止されると各農協の常勤監事さんはお困りになられるのではないかと懸念しております。農協さんの中にはコンプライアンス意識にやや問題がある理事さんがいらっしゃるところもありそうでして、監事さんのレベルが高いのであればよいのですが、そうでないところは外部監査としての中央会監査にも意義があると思います。

農協監事といえば、当ブログでも2009年にご紹介したとおり、監事さんの監査見逃し責任を厳格に認めた大原町農協事件最高裁判決が有名です。農協理事長の暴走を止められなかった監事さんの損害賠償責任を認めた判決(逆転判断)です。会社法上の監査役と同等の監査権限を有するものといえども、「監事とは何をしたらいいの?昨年までの恒例どおりに監査をしておけばいいの?」といった方もいらっしゃるので、最高裁判決は農協監査実務に一石を投じるものとなりました。ということで、各農協の監事の皆様にとっては全中の(指導を伴う)業務監査には(批判はあるものの)現実的には助かっていたのではないでしょうか。

今後、全中の業務監査が廃止されるとなると、監事監査は一体どうなるのでしょうか?会計監査を担当する公認会計士の方々も、監事さんと連携をする必要があると思いますが、はたして連携するだけの能力が監事さん方にあるかどうか・・・・・、農協ガバナンスの将来を真剣に検討しなければ、ただでさえ不祥事が多いところへ、今後ますます関係者の責任が問われるような金融不祥事が増える気がいたします。ぜひとも全中改革においては、会計監査だけでなく、今後の業務監査の行方にも注目していただきたいと思います。

1月 13, 2015 民事系 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2014年11月 6日 (木)

不祥事が企業ブランドに及ぼす「負のストーリー」

ノーベル物理学賞を受賞され、また文化勲章を受章された中村教授の関係改善の申出に対して、中村教授が勤務されていた日亜化学さん(中村さんと裁判で争っていた会社)は「深謝の言葉だけで十分」として、これを事実上受け入れませんでした。この日亜化学さんの対応については賛否両論あるようですが、事実関係を正確には知らない私はここで「どっちが正しい」といったことを申し上げるつもりはありません。ただ、日亜化学という会社が日本企業である以上、「中村さんはどうして関係改善を記者会見の場で提案したのだろう。なぜ根回しをしなかったのだろうか」と素朴な疑問が湧きます。「根回し」をしていれば、もう少しうまくいく可能性はあったのではないだろうか、と。

根回しもなく、グループ会社含め8300人もの社員を擁する企業のトップが「おお、そうでしたか。私も関係を改善したいと思っていました。過去は水に流して握手しましょう」と言えるでしょうか。そんなことをすれば、中村教授との関係は改善できたとしても、社長に後ろからいろんな弾が飛んでくるでしょうし、なによりも「共同研究がしたい」という中村教授の提案を、果たして社員が望んでいるかどうかもわかりません。日亜化学の経営トップの懐の深さというものは経営者個人の問題ですが、ここでは日亜化学という組織マネジメントの在り方が問われる場面であり、昨日の日亜化学さんのコメントが、いま組織としてなんとかギリギリ可能なコメントだったのではないでしょうか(あくまでも私個人の考えですが)。

さて、ここからが本題ですが、本日(11月5日)の日経朝刊に「アジアブランド調査」の結果が集計されており、アジア各国で日本メーカーの商品について「買いたいブランド」としての地位が相対的に低下している、と報じられていました。とくに自動車についてはアジア諸国ではやはりドイツ車(ベンツ、アウディ、BMW)のブランドイメージが突出しており、トヨタのレクサスすら「買いたい車」の第11位だそうです(でも実際には予想営業利益2兆円、ということですから売れてることは間違いないと思いますが・・・)。

Goritekinanoni私がご紹介するまでもなく、ただいま売れに売れているルディー和子氏の「合理的なのに愚かな戦略」(日本実業出版社 2014年)の中で、レクサスが高級ブランドになれない理由が、ルディ-さんの持論をもって書かれていて、たいへん納得させられます(私、ルディ-さんのことはセブン&アイホールディングスの社外監査役に就任されるまでは存じ上げませんでしたが、マーケティングの世界では著名な方だったのですね)。

とりわけ「消費者の購買選択、意識的選択は無意識のうちに準備される」というのはそのとおりだと思います。消費者は論理的に購買商品を選択しているのではなく、意識的選択は無意識のうちに準備されていると思います。このあたりは東京大学大学院准教授の池谷裕二氏の著著「ココロの盲点」(朝日出版社 2013年)120頁以下で、認知バイアスの代表例としても挙げられていて、常々脳心理学はおもしろいなぁと感じます。ルディ-さんも、レクサスにブランド価値が付与されるためには、この無意識的選択に訴えるような「ストーリー」がなければドイツ車にはかなわないのではないか、と(これはルディーさんの意見ですが)述べられています(同書138頁以下)。たしかに「なんば花月」で吉本の漫才を見に行っても、人気のタレントが登場すると、まだ漫才が始まる前から観客はみんな笑う準備をしていますよね。新人のタレントさんはえらいハンディを負ってるな・・・と感じます。

ところで、ルディ-さんの同書では、いくら人間の脳にある「報酬系」が活性化され、買いたいものを選択する意識が出てきたとしても、これを打ち消すような感情が湧いてくると選択からはずされてしまうことも記されています。商品や企業に対する悪いイメージが残っているとこの購買意欲に関わるということですが、これは企業不祥事等が代表的な例ではないかと思います。不祥事が繰り返し報じられるなかで、人間は不祥事発生企業に対する悪い感情が増幅されていき、無意識のうちに選択からはずされてしまうということもあり得るのではないでしょうか。まさに報酬系を減退させてしまうような「負のストーリー」です。

L13687拙著「不正リスク管理・有事対応~経営戦略に活かすリスクマネジメント」の107頁以下(レピュテーションリスク)でも詳しく書かせていただきましたが、誰でもわかりやすいような企業不祥事を発生させてしまうと、消費者の頭の中に当該企業の悪いイメージが刷り込まれてしまい、レピュテーションを毀損してしまいます。企業不祥事の中でストーリー性に富んでいるのは明らかに一次不祥事(たとえば社員の不正)よりも二次不祥事(たとえば組織ぐるみで社員の不正を長年放置したり隠したり、発覚して虚偽報告をすること)です。二次不祥事には、消費者や国民の利益をないがしろにしている、という企業の意思表示がはっきりと出ているところにストーリー性を感じます。だからこそ二次不祥事は経営者自らそのリスクを把握して絶対に回避しなければなりません。

不祥事を発生させても顧客がそのまま顧客でいてくださる・・・というのは、平時のブランド戦略からですが、不祥事を発生させても自浄能力を発揮する・・・というのは、負のストーリーを顧客に抱かせないという意味において経営者が心がけるべきクライシスマネジメントの一環だと思います。

11月 6, 2014 民事系 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年8月20日 (水)

不正行為ガイドライン・世の中の紛争を回避する「重過失」の魅力-その2

STAP細胞騒動が激化した4月3日、当ブログで「STAP細胞-世の中の紛争を回避する『重過失』の魅力」と題するエントリーを書きました。文科省や理研の不正行為ガイドラインに「重過失」の文言がなぜ加えられていないのだろうか、「重過失」概念が明記されていれば、このような紛争をもっとソフトに終わらせることができるのに・・・と(感想を)述べました(4月3日のエントリーはこちらです)。

ところで、8月14日に読売新聞が報じたところですが、STAP細胞の論文問題など相次ぐ研究不正を受けて、「日本学術会議」(会長=大西隆・東京大名誉教授)は、不正行為の具体例や発覚時の対応方法について、初の統一基準を作ることを決めたそうです。基準には、論文の盗用や画像の切り貼りなどを不正の具体例として挙げ、故意でなくても「研究者としてわきまえるべき基本的な注意義務」を怠った場合は、不正と判断するとのこと(読売新聞ニュースはこちらです)。文科省HPにおける議事録要旨にも、不正行為ガイドラインに「重過失」概念を採り入れるべき、と明記されています。

私のブログをお読みになったから・・・では(もちろん)ないと思いますが、不正行為の認定にあたり、当然「重過失」概念を導入すべきだと思います。たしかに「限りなくクロに近いグレー」と断定される方は不満が残るかもしれませんが、とりあえず早期に紛争を収束させるメリットは組織にも研究者にもあります。ましてや先端技術のように専門的分野における「クロかシロか」という問題は、事実認定や法律解釈だけではっきりするものではないと思います。いわばクロかシロかはっきりさせることができない(もしくははっきりさせるのにたいへんな時間を要する)という場合には、「重過失認定」でとりあえず決着をつける・・・という手法はとても魅力的ではないでしょうか。

ちなみに8月中旬に出版されました商事法務「会社法コンメンタール機関(3)」では、会社法429条1項(役員等の損害賠償責任)の解説として「悪意・重過失」の解説がなされています(吉原和志東北大教授によるご解説)。取締役の第三者責任を論ずるにあたり、結局のところは個別具体的な事案ごとに重過失の有無を検討しなければならないのですが、最近の民法学における過失責任主義の考え方の変遷に伴い、会社法429条1項の悪意・重過失の理論上の意味を再考する価値はありそうだ・・・と述べらています。実務家としても、なかなか興味深いところです。

※ 本文とは全然関係ありませんが、この「会社法コンメンタール機関(3)」に私の論文が初めて引用され、名前が登載されました(*^^)v

「重過失」がなかったということを、取締役のほうが積極的に立証(反論?)しなければならないとすると、結構むずかしい局面が考えられます。過失よりも悪質性の高いものが重過失という考え方から出発すると、取締役に有利に働きそうですが、「悪意に準じるものが重過失」というアプローチからすると、けっこう取締役に不利な場面も想定されそうです。いずれにしても、あまり学術的にも研究がされてこなかった「重過失」概念は、上記不正行為ガイドライン策定の場面のように、実務的には魅力的な活用が考えられますので、さらに研究課題とすべきではないかと考えています。

以前、取締役はどのような場面でどのような行動をとると重過失ありと認定されるか、ということを「企業不祥事」から学ぶ役員セミナーを募集させていただいたところ、おかげさまであっという間に限定5社のご応募をいただき、すべて対応させていただきました。好評でしたので、(テーマは同じものですが)また秋から冬にでも、あと5社程度ですがやらせていただこうかと思っていますので、また9月下旬ころに募集させていただきます。<m(__)m>

8月 20, 2014 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月14日 (水)

名誉毀損による損害賠償と第三者委員会調査

昨日(5月13日)の朝日新聞ニュースによりますと、福島県郡山市から除染事業を受注し、加盟業者に配分する業者団体「郡山市除染支援事業協同組合」が、事実と異なる報道で損害を受け、名誉と信用を傷つけられたとして、産経新聞社に約237万円の損害賠償と謝罪広告掲載を求める訴訟を福島地裁郡山支部に起こしたそうです。同組合が「事実と異なる」としているのは、同新聞3月19日付朝刊の「除染 使途不明3億円超か/郡山市発注/事業組合『裏金』?」という見出しの記事だそうでして、同組合は、「弁護士と公認会計士に依頼した調査の結果、使途不明金や裏金はなかった。記事で誤った情報が流布し、事実を明らかにするため対応せざるを得なくなった」として、弁護士報酬などを賠償するよう求めている、とのこと(朝日新聞ニュースはこちらです)。

サラっと読むと、なんの変哲もないような記事です。ただ、名誉毀損による損害賠償請求事件ですから、裁判では産経新聞さんの記事が事実なのかどうか、これから十分に審議されることになるはずです。だとしますと、なぜ、この期に及んで弁護士や会計士に依頼して真偽を確かめる必要があったのでしょうか。同組合としては、裁判上での有利な証拠を収集するために「不正調査目的」で依頼したわけでもないと思われますし、「事実無根のけしからん記事だ!」と、すぐに訴訟を提起すれば良いのに・・・と、少し疑問を抱くところです。

ただ、記事の最後のほうに、「事実を明らかにするために対応せざるをえなくなった」とあります。なるほど、つまり、この弁護士や会計士の依頼というのは、いわゆる第三者委員会的な業務を依頼したのでは、と推測されます。大手の新聞社に疑惑記事を掲載されて、同組合は有事に立ち至ってしまった、このままでは同組合の社会的信用が低下し、仕事の受注にも影響が出てしまい、ひいてはステークホルダーに多大な迷惑をかけてしまう、ということから、自社の身の潔白を証明するために第三者委員会を設置して(もしくは第三者的な調査委員を選任して)、潔白を明らかにした、ということでしょうか。つまり、損害額は237万円ということだそうですが、もし、この第三者委員会調査による報告がなければ、もっと信用毀損による損害額は増えていた、ということで、名誉毀損行為と第三者委員会調査の費用とは相当因果関係がある、と主張されているものと思います。

もし、原告側の主張が裁判で認められるようなことになると、不祥事発生時の第三者委員会の活動は、あくまでも原告側の訴訟準備活動(有利な証拠収集方法)ということだけではなく、有事に直面した企業の信用を維持するために不可欠の(必須とまでは言えなくても、相当程度有効な)企業行動であることを、裁判所も認めることになりそうです。うーーーん、なんか弁護士報酬等が損害の範囲内にあると、認定されるかどうかは微妙にも思うのですが、ともかく裁判所がどのように判断されるのか(そもそも、そこまで判断されずに済んでしまうのか)、興味深い提訴ではありますね。

5月 14, 2014 民事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年10月11日 (金)

消費者被害への企業対応の在り方と「安心理論」のすすめ

__昨日(10月9日)の日経新聞朝刊の記事によると、カネボウ化粧品白斑問題について、親会社の花王社は賠償責任を含め、責任をもって収束に向けて全面的バックアップしていく、と発表されていました。被害者が既に14000人を超えるという事態となり、収束のためには何年かかるのかは不明ですし、既に被害者から損害賠償請求訴訟も提起されているということなので、賠償に要する費用もどれほどなのかわかりません。しかしこの時期に、親会社が「収束に向けて支援する」と発表したこと、そして安全性が確認されるまでは美白化粧品は販売しない、という確固たる宣言をしたことは、今後の花王・カネボウの化粧品戦略において大きな意義があるものと思います。

さて、今月号の雑誌「WEDGE」では第二特集として「集団訴訟がやってくる」という記事が掲載されています。前半の制度解説や消費者vs経済団体の構図の解説は、これまでも各方面で語られてきたところであり、それほど目新しいものではありませんでした。むしろこの特集のおもしろかったところは後半の消費者集団訴訟制度によって企業にどれほどの金銭的負担が生じるか、という定量分析によるシミュレーションです。慶応義塾大学ビジネススクールの先生が、この制度が実施された場合には(中・長期的にみて)最大で10兆円ほどの企業利益が吹っ飛んでしまう可能性がある・・・というシミュレーションを統計学的手法によって発表されています。

もちろん、このシミュレーションで算定された数字にはいくつかの前提条件が付されているわけですが、2・5兆円から10兆円と、算定された数字に幅があるのは今後の司法判断の動向がわからないから、ということだそうです。制度導入後に訴訟案件の結果がどのように推移するのか、そのあたりによっても負担額が大きく変わるとのことで、まぁ当然といえば当然のように思えます。いずれにせよ、ここで関心が寄せられているのは、消費者団体制度が施行された場合の制度対応における企業負担、ということのようです。

ただ、コンプライアンス経営における安心理論を提唱する(?)私としては、そもそも消費者被害を起こした企業の対応を考えるにあたり、被害弁償に要する費用が最大の問題ではなく、被害弁償に対する企業の姿勢のほうが企業価値にとってはるかに影響を与えるのではないかと考えています。BtoCの企業の場合、商品やサービスの事故を起こしてしまい、法律に従って被害弁償をすることはあたりまえのことです。たしかに被害対応のまずさから、賠償金額に差が生じてしまうこともあると思いますが、そのあたりは企業法務の専門分野に属する問題として、専門の弁護士さんの意見を聴取しながら最小限度の損失に抑える努力を続けるしか方法はありません。

しかし製品事故を起こした企業にとって、もっと企業価値に影響を与えることがあるはずです。なぜなら、被害弁償が完全に解決したからといって顧客の皆様が戻ってきてくれるかといえば、「もうここの商品はこりごり」「この商品を見るだけで被害を想い出す」ということで当社との取引は中止されることになるのが当然の結果だからです。そうではなく、事故を起こした後も、その商品やサービスを顧客が使い続けてくれるためには、今回の事故に対する企業の姿勢により、当社製品の安心感をどれだけ保てるか、ということにかかってくるのではないでしょうか。これは被害弁償だけでなく、役員のリーガルリスク(役員に対する責任追及の可能性)についても影響が出てくるはずです(過去の有名な株主代表訴訟について、取締役が被告とされるのは、二次不祥事を発生させたからである、というのは既にブログで説明したとおりです)。

製品事故を起こした企業は、どうすれば被害弁償を最小限度に抑えることができるか、ということに関心が寄せられ、法律家の意見を聴きながら、被害者への対応を決しているのが現状かと思います。しかし、このたびの花王社のように被害弁償の先にある顧客への安心の提供まで考えて対応をしていかなければ、賠償問題を収束させたときにはもはやお客様はいなくなってしまった、という結末を迎えてしまい、これが企業の価値を毀損させてしまう最大の要因になるのではと思います。上記の花王社の社長さんの「一年、一年、被害者救済において結果を出すことが大切」という言葉は非常に重いと感じました。

10月 11, 2013 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年9月 9日 (月)

反社会的勢力による「漁夫の利」-金融法務自浄?

オリンピック&パラリンピック東京2020開催決定ということで、明るい話題で盛り上がっていますね。大阪も以前、「大阪五輪招致」に尽力しましたが最下位(6票)でしたね。やっぱりIOCの現地視察の車を渋滞に巻き込む・・・というのがまずかったような。あと、滝川クリステルさんの「お・も・て・な・し」のようなパフォーマンスも必要だったのでしょうね。。。

さて、以下のお話は、週末のコーポレートガバナンス・ネットワークの勉強会で学んだところからです。昨日も日本プロゴルフ協会の理事の方が、反社会的勢力組織の幹部とゴルフをしていたことが報じられていました。反社会的勢力との「おつきあい」は非常に(異常に?)問題視される時代となり、細心の注意が必要となるわけですが、最近、反社会的勢力の当事者に関する取引法上の裁判例がしばしば法律雑誌に登載されています。

先日もある上場会社と某団体との建築請負契約の無効(錯誤無効)が争われた判例が登載されていました(上場会社側が地裁では勝訴していました)。しかし、いくつも裁判例が出ていて注目されるのが金融機関と信用保証協会との争いです。反社会的勢力だとは知らずに保証協会が金融機関との金銭消費貸借契約について(反社組織の債務を)保証をしてしまうのですが、後でそういった組織だとわかって錯誤無効を理由に金融機関との保証契約を白紙に戻すことを求める、というもの。裁判では保証協会側が勝訴したり、金融機関側が勝訴したり、ということで、かなり法的安定性に欠けている状況です。

当該組織は金融機関と保証協会のどちらが紹介したお客さんなのか、という点で結論を異にする、という裁判例も、なんとなく理解できるのですが、興味深いのは一生懸命に「反社会的勢力かどうか」を調査すると、そのことが裁判所に「信義則」によって評価されるケースがある、ということ。富士通さんの元社長損害賠償請求訴訟では、会社側としてできる範囲で調査努力をすることが、裁判での勝訴に結び付くことが理解できましたが、こういった金融機関どうしの裁判においても、調査努力が勝訴(厳密には損害金額)に結び付くということは日頃の反社会的勢力排除のための内部統制システムの構築にも関心が向きそうです。

法律家向けのブログではございませんので、民法95条の解釈問題などは語りませんが、こういった金融機関と保証協会が争っているうちに、期限の利益を既に喪失している(一括弁済をしなければいけない状況にある)反社会的勢力は、最高裁で判決が確定するまで、どこからも執行を受けないという状況になるようです。「漁夫の利」とはまさにこのことでして、当事者が徹底的に争えば争うほど、反社会的勢力が美味しい立場になるというもの。さらにこういった裁判を公開の法廷で延々と続けるとなりますと、金融機関がどのように反社会的勢力であることを調査したのか、その調査方法まで公開されますので、手の内をみることができてしまう、というのもちょっと問題ではないでしょうか。

上記勉強会のご発表者の提言としては、こういった紛争については紛争解決基準のようなものを策定して、できるだけ迅速に、また非公開で処理できるような体制作りが必要になるのでは・・・・とのことでした。金融機関の規模も性格も異なりますし、集約する情報も地域が変われば共有するのが困難なのが現実ですが、上記のような「ちょっとおかしな漁夫の利」状況は回避する必要があると思いますね。

9月 9, 2013 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年8月27日 (火)

企業のCSR活動と取締役の善管注意義務の履行

今年の株主総会シーズンの総括として、「株主エンゲージメント(株主との対話)の促進」が特徴のひとつとして掲げられています(たとえば6月28日付読売新聞社説)。株主総会における議決権行使のみならず、戦略、業績評価、リスク、報酬、コーポレート・ガバナンス等に関する目的をもった株主との対話が促進されつつあるということです。西武とサーベラス、ソニーとサードポイント等の交渉経過をみますと、ガバナンスの要求などを含め、対話といってもなかなかキビシイ交渉になるのが現実です。

株主価値の最大化こそ、受託者責任を負う取締役の責務であるとすれば、とくに社外取締役として理屈の上で株主に説明することがむずかしいと感じるテーマがあります。以前からボーっと考えたりしていたのですが、なかなかまとまらないのが企業のCSR活動の推進は取締役としての善管注意義務に反することにならないか?というテーマ。会社が本業で得た利益を社会貢献活動や寄付金に使う、とくに不祥事は発生していないけれども、将来の不祥事発生に備えて相当の管理費用に使う、といったあたりが具体的な例です。ちなみに不確実な負債の発生を回避するためのリスク管理と株主利益の最大化との関係は、 「数字でわかる会社法」(有斐閣 田中亘編著)の第3章「株主有限責任制度と債権者の保護」を読んで以来の私の疑問です。

このたび有斐閣から出版されました「株式会社法大系」(江頭憲治郎編著)の中に、一橋大学の野田博先生がお書きになった「CSRと会社法」という論文が収められていますが、この論文を読みますと、CSR活動と取締役の善管注意義務の履行との関係について、かなり頭の中が整理されます。とても格式のある本であり、内容を誤って引用するとマズイと思いますので、あえて安易な引用は控えますが、古くて新しいテーマである「CSRと会社法との関係」を、最近の学術的な到達点にまで引き上げておられ、たいへん勉強になります。

本稿は、会社法の解釈論としても、また株主に企業判断を説明する際の理屈の問題としても参考になるところが多いかと。社会の要請によって企業が自発的な行動に出る場合、短期的には株主の損失になるわけですが、その自発的行動がなぜ善管注意義務違反にならないのか、いやむしろCSRの要請に反して行動をとらなかった場合に、企業の信用が毀損されるような結果になれば、むしろ善管注意義務違反に問われるのではないか、というあたりの議論は、経営判断の意思決定の過程を株主に説明するにあたり重要なポイントだと思います。

CSRと会社法の関係などを考察してみますと、会社法が純粋な国内法であるにも関わらず、そこに国際ルールへの企業の適応といったことを考慮しなければならない時代になったことを感じます。このことは、編者でいらっしゃる江頭先生が「はじがき」で(IFRSと会社法の例を用いて)述べておられますが、さらに、企業の社会的責任に関する議論が会社法の解釈にどのような影響を及ぼすのか、ISO26000やエシックスコードの浸透などと共に関心を持っておきたいと思います。

PS:この「株式会社法大系」ですが、途中でご紹介した「数字でわかる会社法」とセットでお読みになると、理解がとても深まるのではないか・・・と(私は勝手に)感じています。

8月 27, 2013 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年5月31日 (金)

社員の不適切行為の公表と「隠す企業風土」の醸成

共同通信社の元人事部長氏が、同社の採用試験を受けようとしていた女子学生さんに個人的に面談して作文指導を行い、その後「不適切行為」があったとして懲戒解雇処分となったそうであります(たとえば産経新聞ニュースはこちら)。そして本日、社内の混乱や動揺を収拾するために、経営トップの方々が辞任する意向であることが報じられております(読売新聞ニュースはこちら)。

マスコミ各社が報じているところからは明らかではありませんが、共同通信社のトップの方々が辞任をされるのは、元人事部長氏が不適切行為に及んだ、ということからでしょうか、それとも1月にこの事実を知ったにもかかわらず、社内処分の結果を含めた事実を公表しなかったことからでしょうか。私は「社内の混乱や動揺を収拾するため」というところからみると後者ではないかと推測いたします。つまり「一次不祥事」よりも「二次不祥事」の責任をとった、とみるのが妥当ではないかと。

さて、皆様方の会社で同様のことが発覚した場合、どうされますでしょうか?採用担当者が採用面接にやってきた学生と不適切行為に及び、これが社内不祥事として発覚したケースであります。もちろん言語道断の事件ですから、採用担当者に対する処分は厳格なものになるでしょう。しかし、この問題が取締役会で報告された場合、取締役会としては、①社内だけでなく、社外にも公表する、②社内向けだけに処分事実と処分結果を公表する、③処分だけを行い、公表は一切しない、といった選択肢が考えられます。

毎度申し上げます通り、取締役会には「有事のバイアス」が働きますので、ほとんどのケースでは③ということになるのではないかと思います。「こういったケースでは公表しなければいけないのか?」といった質問を受けますが、取締役の法的責任として考えるならば公表しない、という選択肢もありだと思います(もちろん、学生との示談状況や不適切行為の内容によっては、過去の不祥事といえども公表しなければ善管注意義務違反に問われる場面というものはありえます)。

しかしこのような重大な不祥事を公表しない、という選択肢をとった場合、確実に「不祥事を隠す企業風土」が醸成されます。通常は、社員の中に「公表しない」ということに納得がいかない意見が出てきます。今回のように社内に動揺が生じるケースもあるでしょうし、また非公表の事実を内部告発する、といったケースも出てきます。今回も、週刊誌に報じられたことをきっかけとして不適切行為の具体的内容や当事者への処分内容が公表されたようですが、誰がマスコミに情報提供したのか、というところも関心のあるところです。なお「被害学生の就職活動への影響に鑑みて公表しなかった」との会社側の理由はかなり苦しいところです。

たとえば代理人弁護士をたてて、示談交渉中ということであれば、一切公表できない、ということになるでしょうし、示談合意書の中に、双方が公表してはならない、といった条項が含まれていれば公表しないこともやむをえないと思います。しかし今回のケースのように、そもそも第三者からの情報提供によって会社が不適切行為の存在を認識した、ということであれば、もはや会社が公表しなければ、おそらく誰かがマスコミ等へ情報提供する可能性は否定できないと思います。そうなると、いわゆる経営トップの隠ぺいという「二次不祥事」こそ重大なコンプライアンス違反とされ、辞任に追い込まれることになってしまいます。

このあたりは相当にむずかしい判断ですが、要は不祥事が発覚した場合に、会社は説明責任を尽くせますか・・・という視点が大切だと思われます。内部告発に値するのは(つまり公表まで必要と判断されるのは)不適切行為に及んだのが「人事部長」という立場だからであり、これが一般の人事部の担当社員であれば社内告知で足りる、社外への公表までは不要だ、といった意見もありうるかもしれません。また今回のケースでは「就職試験を受けようとしていた学生」とありますので、元人事部長氏と学生さんとの間で、なんらかの個別事情が存在したのかもしれません。ただ、こういった議論は、平時からやっておかないと、事が起こってからでは「有事のバイアス」によって社内の常識にとらわれてしまう・・・ということだけは理解しておいたほうがよろしいかと思います。

5月 31, 2013 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年2月13日 (月)

「面白い恋人」がおもしろくない?本当の理由・・・

不正競争防止法ネタはあまり得意とするところではございませんが、このところ話題になっているのが「白い恋人」VS「面白い恋人」事件であり、私も大阪人としてとても関心を持っております。皆様ご存じのとおり、「白い恋人」で有名な札幌の石屋製菓さんが、「面白い恋人」を製造販売する吉本興業さん(正確には子会社)に対して商標権侵害で差止請求と損害賠償を求めて札幌地裁に提訴した件でして、本日(2月12日)のフジサンケイビジネスアイの特集記事でも取り上げられております。石屋製菓さんが記者会見された後、いったん新大阪駅のお土産やさんから突如消えておりましたが、その2~3日後には復活、むしろ事件のおかげで売り上げが急上昇中だとか。

真面目に本件を解説するのが「法務ブロガー」としての役割なのかもしれませんが、知的財産権の専門家ではない者としては(あえて)素人目線から、この事件、どうも素朴な疑問が湧いてまいります。そのネーミングやパッケージの雰囲気が似ているかどうか、いわゆる「誤認混同のおそれ」があるのかどうか…という点については、「こんなの誰だって違うってことはわかるのでは」といったご意見がございます(とくに関西方面の方)。また、「面白い恋人」は、これまで「白い恋人」のネーミングを有名にしてきた石屋製菓さんの努力に便乗しているとのご意見に対しては、吉本興業特有のパロディーなんだから「タダ乗り(フリーライド)」といった問題ではない、とのお声も。

私も大阪人として、最初に石屋製菓さんの記者会見をニュースで見たときは、「こんなのシャレなんだから、そんな裁判沙汰にしなくてもいいでしょうに。誰がみたって、パロディだってわかるんだから、誤認混同のおそれなんかないでしょう・・・」といった印象を抱きました。それどころか、社長さんの横で解説をされている石屋製菓の代理人弁護士の方は、たしか2007年の賞味期限改ざん事件の際、外部調査委員会の委員をされ、現在も内部通報の外部窓口を担当されていらっしゃる方だと思いますので、そもそも会社と独立性を維持しなければならないのでは?といった感想を持ちました。

しかし吉本興業の本拠地「大阪ミナミ」を歩いておりますと、海外(とくにアジア)からの観光客がもはや主力の顧客となっているのがわかります。休日の御堂筋となりますと、とくに中国から来られた観光客の方を乗せた大型バスが目立ちます。バスを降りて3時間ほど、たくさんのお土産を買っていかれるわけで、いまや心斎橋商店街もアジア圏からの観光客がどこもお得意様です。だとすると、日本の知財法が想定しているかどうかは詳しくは存じ上げませんが、お土産物の誤認混同のおそれは日本人の視点ではなく、海外から来る観光客の視点で考えなければならないはずです。そうしますと、おそらく「白い恋人」と思って「面白い恋人」を買って帰る観光客の方もけっこういらっしゃるのではないかと。とりわけ大阪だけでなく、最近は「面白い恋人」を東京でも買えるようになったわけですから、これは正直、石屋製菓さんにとっては面白くない現象になっていると思われます。

また「シャレ」や「パロディ」というのも、日本人だからこそ理解できるのであって、外国人観光客にはシャレは通じません。石屋製菓の「白い恋人」が有名なお土産と知っていても、「面白い恋人」の存在は知らないわけで、写真だけで知っている方は「オオ!シロイコイビト!」って感じで本気で「面白い恋人」を買って帰ってしまう人もいらっしゃるのでは?

「誤認混同」とは少し離れますが、もっと深刻なのが、「面白い恋人」が「白い恋人」とは違うものである、と知りつつも、これを「パロディ」と知らない外国人の存在であります。「ええ?日本は知財大国と思っていたけど、これってOKなの?じゃあ、俺たちも真似して日本に輸出したり、自国でマネしちゃってもいいってことだよね?」と勘違いされてしまうおそれもございます。このような事態が想定されるとなりますと、裁判の勝ち負けにかかわらず、とにかく石屋製菓としてのスタンスを世に示す必要があるわけでして、話し合いで解決することよりも、まず裁判・・・という石屋製菓さんの対応も、最近はなんとなく理解できるようになった次第であります。

とくに北海道は観光産業が重要なものであるがゆえに、「白い恋人」ブランドは、石屋製菓さんの社内事情だけではなく、もはや北海道の地域経済の威信をかけてでも守るべきものではないかと(そういえば、現在の石屋製菓さんの社長さんも銀行出身の方ですよね)。石屋製菓さんを取り巻くステークホルダーの利益を守るためだからこそ、外部調査委員会委員だった弁護士の方が会社側の代理人として提訴するに至ったのかもしれません。吉本興業さんとの話し合いによる和解的解決に進むのか、それとも(メッセージ発信のために)徹底して訴訟で闘っていくのか、今後の展開を見守りたいと思います。

2月 13, 2012 民事系 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2012年1月31日 (火)

厚労省「パワハラ・WG報告書」の活用方法について

厚生労働省から「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告」が公表されております。「パワハラ」なる言葉が日本ではじめて作られたのが2002年ですが、そのわずか6年後には裁判上でパワハラの定義が示される、という異例のスピードで社会問題化した人格権侵害類型であります。

ただ、現実の企業社会では「俺だって若いころはこんな風にシゴかれたんだから、この程度はあたりまえ」といった風潮があり、あまり真剣に対応されていないところも多いのではないかと。まだまだガイドラインといいましても、抽象的な指針の範囲を超えておりませんが、まさにプリンシプルベースで策定して、個別具体的なパワハラ行動の指針は各社で検討すべき、というところではないでしょうか。

ただ、現実にパワハラ対策でむずかしいのは「パワハラには時間軸がある」ということです。

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パワハラに「グレーゾーン」を作ってしまっては、熱心な上司による指導監督を委縮させてしまいますので、境界線を各社明確にすべき、というのは「平面軸」の課題。最初は真摯な気持ちで指導していたのですが、部下の態度が悪いために、次第に個人的な感情が出てきてしまって、いつしかパワハラになってしまう・・・これが「時間軸」の課題。問題解決のためには、この上司と部下の「どの時点での行動を捉えるか」をはっきりと定める必要があります。

そしてもうひとつむずかしいのが「誰から見たパワハラか」という問題。

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パワハラ問題は、基本的に人格権侵害ですから、被害者と加害者との紛争としてみれば主観的要素と客観的要素の総合判断です。しかし問題解決を図る企業からみた場合、加害者との関係では(懲戒処分の対象ですから)客観的な要素を重視、つまり明確な証拠に基づいて判断しなければなりません。また、被害者との関係でいえば、不法行為(使用者責任)や債務不履行(職場環境配慮義務違反)で訴えられる可能性がありますので、いわば内部統制の構築が問題となります。パワハラ問題を解決するにあたっては、何を解決しなければいけないか、というレベルにおいて、同じように「無視する」という行動にターゲットを絞ったとしても、これを認定するために問題となる事実に違いが生じることになります。

こういった視点はあくまでも企業のリスク管理の視点ですから、パワハラと企業の経済的損失、メンタルヘルス、人事政策など、違った視点に立つと、それぞれ検討すべき課題が変わってきます。パワハラには全社的取組、外部専門家との連係が必要とされる所以であります。

1月 31, 2012 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月22日 (月)

司法書士の本人確認における調査不足と善管注意義務違反

おそらく月曜日の朝は多くの方の関心がマーケット情報に集まっていると思いますので、当ブログを閲覧される方も少ないかとは思いますが、興味をそそられた裁判ネタをひとつ。抵当権設定登記の申請を依頼された司法書士さんが、登記義務者の「身代わり」に気づかなかったとして、善管注意義務違反(調査義務違反)に問われた判決が最近の判例時報に掲載されております(判例時報2111号41頁)。

この身代わりの人は、真正な登記済証、実印を持参していたほか、本人の保険証や印鑑登録証まで持ってきていたもの。司法書士さんは地元司法書士会の本人確認規程(平成20年7月施行)に則り、こられの書類を確認したということですが、一審では本人確認義務が不十分だったということで、善管注意義務違反が認められ、登記権利者(依頼者)に対する損害賠償責任が認められました。

その控訴審(福岡高裁宮崎支部)の判決(平成22年10月29日)が上記判例時報で紹介されているものですが、原審とは結論が異なり、司法書士さんの損害賠償責任が否定されております。そもそも司法書士さんは登記申請の代理を依頼された以上は迅速な処理が求められるのであり、過度の本人確認や登記意思確認までは要求されない、しかし一方で、司法書士という専門的知見によって紛争を未然に防止することは世間から期待されるところであり、この期待には応える必要がある、とされています。

そこで、高裁判決は「当事者が本人であることの確認は、基本的には取引当事者の責任で行うものであるが、依頼の経緯や業務の過程で知りえた情報と司法書士が有すべき知見に照らして、当事者の本人性や登記意思を疑うべき相当の理由が存する場合は、司法書士にはこれらの点についての調査確認を行う義務があるというべきである」との判断基準を示しております。結論としては、控訴審判決では、詳細を検討したうえで「身代わりであることを疑うべき相当な理由はなかった」として善管注意義務違反は認められないとしました。

詳細は上記判例時報をお読みいただきたいのですが、原審と控訴審との判断が食い違っておりますし、また上記判例時報の解説者は控訴審の判断基準を妥当なものとしながらも、なお控訴審の認定事実の評価には疑問が残る、としており、極めて興味深い内容です(ただし上記高裁判決は確定しております)。

おそらくどこの司法書士会でも、本人確認に関するルールが規程されていると思うのでありますが、ときどき「身代わり」というのは実際に発生する事件ですし、たとえば取引の際に「様子がおかしい」というような外観が存在するケースでは、さらに調査義務を尽くさねばならない、ということでしょうか。しかし、理屈ではわかっていても、これって現場ではかなり難しいことを専門家に要求しているようにも思えます。たとえば取引の現場で登記義務者が高齢のため、自分で住所を記載できないような場合、登記義務者と同行していた人が代わって書いてあげる・・・ということは実際にあるでしょうし、これを「おかしな様子」と判断することはできないと思いますが、いかがでしょうか。生年月日を言えない、というのも、たしかに問題ではありますが、高齢者の場合は時々みられる現象であり、それだけで取引行為を理解できる能力がないとは言えません。(まあ、事故を未然に防止する、ということからすれば、きちんと顔写真付きの証明書まで確認すればいいのかもしれませんが。)これは司法書士さんだけの問題ではなく、たとえば我々弁護士でも即決和解の相手方の確認や、不動産取引や大きな現金が動くような取引に関わる場合にもあてはまるものではないかと思われます。

司法書士さんの世界では、もうすでに話題になっているケースかと思っておりましたが、グーグルで検索しても、ほとんど本件に関するニュースが出てきませんでしたし、また定例調査から非定例調査へ移行すべきポイントは何か、という最近の監査役監査、親会社取締役の子会社調査に関連する論点とも関連するものと思われましたので、備忘録程度ですがご紹介させていただいた次第です。また関連判例等ございましたらご教示いただけますと幸いです。

PS

話は変わりますが、本日アップされた活字フェチ弁護士さんの「ダメなものはダメ~合弁契約における拒否権条項の作り方~」は勉強になりました。あたりまえと言えば、あたりまえの話なのですが、組織法的発想と取引法的発想、そして合弁会社の実務的発想がクロスする場面の整理として、読んでおりましてとてもおもしろい!ビジネスの最先端で、我々弁護士がどう経営判断にとって役に立つのか、そういったことを考えるヒントになりますね。ひとつ賢くなりました(^^

8月 22, 2011 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 6日 (月)

日本企業の人事評価制度とコンプライアンス

土曜日(6月4日)の社外取締役ネットワーク(関西勉強会)は、武富士事件最高裁判決にみる租税法律主義(租税回避・脱税のグレーゾーン)、そして「トヨタ危機の教訓」(ジェフリー・K・ライカーほか著 日経BP社)を題材としてガバナンス問題を考える、というもので、いずれも私的にたいへん興味のあるものでありました。弁護士としての本業からみると、武富士事件判決に関する諸問題のほうに断然関心がございますが、本日は後者(トヨタ危機の教訓)に関するお話であります。

この「トヨタ危機の教訓」によりますと、今回のリコール危機が広がった大きな要因のひとつに(豊田章男社長も認めておられるように)米国と本社との間で状況認識と危機感に約3か月のギャップがあったことが掲げられております。これは今回の原発事故における東電の危機対応にも共通する問題のように思います。

企業の有事対応に不可欠なものとして、よく「危機感の共有のための情報伝達」ということが指摘されます。誰かが企業にとって重大なリスクを認識しても、これを「重大なリスクである」という認識が経営トップを含めて共有されなければ、指揮系統が機能せず、リスクに対応する有効な統制手法はとられない、ということであります。

私自身、リコール支援や不正調査の仕事をしていて感じますのは、「危機感の共有」というのは理念としては理解できるのですが、果たして日本の組織のなかで、現実に「共有」することは困難ではないか、との疑問であります。日本の企業における人事評価は「減点主義」であり、一回×(バツ)が付くと敗者復活戦はない、したがって自分に「×」がつきそうな情報、自分の上司もしくは部下に「×」がつきそうな情報については、これを全社的に共有せずに自分の中で抱え込んでしまう傾向にあるのではないでしょうか。自分だけでなく、自分の将来に影響を及ぼす人の問題についても情報は開示せず、だれも本当のことを言わない(思っていることを言わない)企業風土、というものがあるのではないかと。

私はこのような意見を勉強会で申し上げたところ、現役の社外取締役の方々からいくつかのご意見をいただきました。

意見その1:たしかにそういった風潮はありますね。ただ、自分に×がつきそうな情報を自分ひとり、または自分の部署で抱え込んで黙っていても、その×を別のところで埋め合わせできることも多いのですよ。自分の減点になりそうな情報を隠していたからといって、それが全部組織の失敗につながるのならば反省もしますが、「個人の失敗は個人の責任、個人の功績は部署の功績」という風潮に救われているところもあるのではないでしょうかね。

 

意見その2:たしかに減点主義は人事制度としては問題ですね。でもね、加点主義の人事制度とした場合、その加点は誰が判断するのですか?加点を評価できる人材が社内に本当にいるのでしょうか?そのデメリットを考えた場合、減点主義による人事評価がもっとも社員にとって公平な制度ではないでしょうか(いまのところ、これはやむをえないのではないか)。

 

意見その3:減点主義の最たるものが官庁や独立行政法人。民間企業はまだましなほうではないでしょうか。会社が順調に売り上げを伸ばしているときに、後ろ向きの意見を言える勇気のある人はまずいないでしょうね。ミスすれば個人の責任になりますが、その意見で会社が救われたとしても、それは個人の評価ではなく、組織の評価としかみなされませんね。

福島原発事故に関する東電の情報開示体制が批判されているところでありますが、東電幹部が事故当初から事故情報や対応に関する報告をわざと隠ぺいしていた、ということであれば言語道断であります。しかし、すでに当ブログでも述べておりますとおり、私はどうも①こんなに大きな問題に発展することは当初からは思いもよらなかった、②自社だけで解決できる問題である、との慢心があった、③まちがった情報を流して、後日問題にされることは回避したかった、といった正当化理由が複合的に存在し、先のトヨタリコールの事例と同じく、危機感や状況認識を共有できる状態ではなかったことが大きな要因だったのではないか、と考えております。

「あいつに今回×をつけてしまったら、将来にキズがつくから、今回はうやむやにしておこう」とか「今回私が真実を述べて、上司に迷惑がかかるのだったら、このまま黙っておこう」という考え方が、普通に社内の常識的判断であるならば、コンプライアンス経営に不可欠な「風通しの良い企業風土」「情報の自由な伝達」といったものは単なる美辞麗句に過ぎないものになってしまうわけでして、ここにも思考停止に陥らない具体的な問題提起が必要なのではないか、と。

たとえば「減点主義」の人事評価が避けられないものであるとすれば、その減点は「平面軸」と同時に「時間軸」をもって評価されるべきではないでしょうか。社内調査によるセクハラ認定は、セクハラ行動指針への客観的な該当性判断(平面軸)と同時に、当事者間の過去における属人的な関係事実(時間軸-たとえば教育的な行動があったかどうか、交際期間が存在したか否か等)も合わせ考慮して、最終的な判断を下します。人事評価における減点判断ということも、こういった時間軸要素も含めての判断、ということを明確にするといったことも考慮されるべきかもしれません。(この点は私にサラリーマン経験がないもので、あくまでも拙い知識経験によるものでありますが・・・)

6月 6, 2011 民事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月30日 (月)

「本人通知制度」と債権回収業務への影響

いよいよ年度末ですが、ちょっとビジネス法務に関わる話題をひとつだけ。もうご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、大阪の自治体では、4月以降(来年度)より「本人通知制度」が開始されますね。戸籍謄本や住民票の不正取得を防止して、個人情報保護を確実なものとするため、本人以外の者が正当な手続によって戸籍謄本や住民票を取得した場合、その事実を本人に通知する、というものです。(産経ニュースはこちら)大阪狭山市では、6月から開始されるそうです。

弁護士や司法書士など、「職務上取寄請求」が可能な者による取得も対象となるそうです。また、誰が取得したのかはわからず、単に「あなたの戸籍を誰かがとりましたよ。住民票をとりましたよ」といったことを本人に通知する、ということのようですね。(まちがっていたら訂正いたします。)そういえばテレビにもよく出演されていた弁護士さんが、不正取得で懲戒になったこともありましたね。なお、西日本新聞ニュースによると、たとえば大阪狭山市の場合には通知を希望する市民については事前登録が必要とのことで、どちらかというと、この「事前登録」の周知徹底がどこまでできるか・・・ということのほうが行政サービスの公平性の点からみて重要かと思われます。

しかし、ビジネス法務の観点からすると、債権回収とか、取引先への仮差押え、仮処分など、かなり影響が出るのではないか、ということで日弁連も注目しているようです。裁判所の手続を経る場合には、どうしても相手方の住民票や戸籍謄本(相続がからむケースなど)を取寄せることが必要な場合もありますし、もし「本人通知」がなされるとなると、こくいった密行性が不可欠な手続では、先に保全されるべき資産を隠匿されたり、譲渡されるケースも出てくるように思います。おそらく金融法務関連の雑誌等で、今後話題になるのではないでしょうか。

3月 30, 2009 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月17日 (土)

法人登記簿の代表者住所を原則非公開に??

詳しくは司法書士さんのブログで解説されるものと思いますが、17日の日経夕刊の記事によりますと、法人登記簿の閲覧については「代表者住所」が制限されるよう、政府が検討しているとのことで、法制審議会などで詰める・・・ということだそうであります。(日経ニュースでも掲載されています。日経ニュースでは、早ければ2009年の会社法改正も視野にいれている・・・とありますね。)

私はこの記事を一読して、記事が誤っているのではないかと思いますが、いかがでしょうかね。ご承知のとおり、法人登記簿に掲載されている住所には「本店住所」と「代表者住所」(たとえば株式会社なら代表取締役、代表者を指定していない特例有限会社であれば取締役等の住所ですね)があり、誰でも閲覧できますし、謄写もできます。もちろん、そこそこ大きな会社であれば本店住所と代表者住所は別々でありますが、日本のほとんどの株式会社は代表者の住所を本店住所として登記しているはずです。「雇われ社長さん」の場合には、実質的なオーナーの住所が「本店住所」だったりします。したがいまして、「代表者住所」の閲覧制限をしても、「本店住所」が記載されていればほとんど意味がありませんよね。となると、閲覧制限が検討されているのは、ひょっとすると「代表者住所」とともに「本店住所」も含む、ということなのかもしれません。

たしかに先日の元厚生次官の方々のいたましい事件がありましたし、個人情報保護の観点から制限することにも理由があるとは思いますが、その(住所閲覧制限による)恩恵を受ける社長さんは、全体のごくごく一部の方々でありまして、ほとんどの「町の社長さん」方はその恩恵を受けられないことになりますので、著しく平等原則に反する取扱いになってしまうのではないでしょうか。(この平等原則違反の取扱を正当化できるだけの合理的根拠って、なにかありますでしょうか?)となりますと、個人情報を平等に制限するならば「代表者住所」とともに「法人住所」も制限する必要があるのかもしれません。ただ、日本の裁判制度は「本人訴訟」が原則ですから、「裁判を起こしたい」と言って、法務局へ行けば、少なくとも「法人住所」は(たとえ閲覧制限されていても)誰にでも開示されることになります。また、たとえば「法人住所を探したけど、そんな会社がなかったので、代表者の住所に訴状を送りたい」と法務局で言えば、これまた国民には裁判を受ける権利がありますので、誰に対しても代表者住所の開示を拒否することはできないでしょう。そうしますと、「訴訟手続など、正当な利用目的のある場合に限り開示を認める・・・」などと条件を付してみても、ほとんど意味がないことになります。結局どのように個人の住所閲覧制限を法制化しても、その制度趣旨は実現できないと思われます。

むしろ、反社会的勢力に属する方かどうか、フロント企業に属する会社なのかどうか、といった調査することや、立証するための資料に乏しくなるために、逆に凄惨な事件が増えるような気がするのでありますが、いかがなものでしょうか。

PS ところで「司法書士さん」といえば、「認定司法書士さん」の業務に多大な影響を及ぼすといわれる平成20年11月10日神戸地裁(第6民事部)判決が話題になっていますね。被告の司法書士さんは現在控訴中とのことで、まだ裁判は確定しておりませんが、今後の刑事犯罪の主観的要件の立件にも関わる重要な判決内容ですので、冷静に今後の動向を見守りたいと思います。

1月 17, 2009 民事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年9月26日 (金)

有害物質規制に係る土地売買と瑕疵担保責任規定の適用に関する疑問

ろじゃあさんも「これは実務への影響大かも!?」としてとりあげていらっしゃいますが、東京高裁において、土地売買契約の後に有害物質規制が敷かれた土地については、その汚染除去費用は民法570条の「隠れた瑕疵」に該当し、買主は売主に対して除去費用額4億4800万円の請求ができる、とする判決が出たそうであります。(日経ニュースはこちら。なお、9月26日の日経新聞朝刊にも同様の記事が掲載されております)私自身も、この判決内容は、企業実務に多大な影響を与える可能性が高いものと認識しております。

本来ならば、判決全文を読んでからエントリーすべきでしょうが、どうも私の感覚として、1991年に土地売買が完了して、2003年に高濃度フッ素が有害物質として指定されたわけですから、12年も経過した後に、商事売買の売主の瑕疵担保責任が発生する、というのは(たしかに買主にとってはお気の毒な状況ではありますが)取引の安定という意味から見ても、どうも違和感を覚えます。売買時よりも後に「汚染した土地」の指定を受けた土地がはたして「隠れた瑕疵」のある売買対象物に該当するのかどうか、という点につきましては、瑕疵担保責任の法的性質が、債務不履行の一種なのか、特別法定責任なのか、といった典型論点との関連でいろいろとご意見はあると思われます。しかしながら私が反射的に違和感を覚える最大のポイントは「瑕疵担保責任と消滅時効」に関する最高裁判例との整合性であります。

瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効に関する民法166条の適用があり、この消滅時効は買主が売買契約の対象物の引渡を受けたときから進行する、というのが最高裁判例であります(最高裁平成13年11月27日・民集55-6-1311)。本件についてみますと、たしかに買主としましては、少なくとも2003年時点にならないと「汚染物質の除去費用」発生の事実を認識できないわけですから、それ以前には損害賠償請求権を行使することは不能であります。したがいまして、損害賠償請求権の消滅時効の起算点を2003年と捉えるべきのようでもありますが、上記最高裁判例は、瑕疵を認識できた時点を起算点とするのではなく、あくまでも「売買契約対象物の引渡を受けた時点」としております。これはおそらく、瑕疵担保責任の追及といえども、取引の安定性を考慮して、たとえ取引時において買主には瑕疵の存在が判明できず、損害賠償請求権を行使することができなくても、両当事者の公平を図る見地から、起算点を「引渡時」としたものであると思料されます。そうであるならば、本件でも、売主の瑕疵認識の時点よりも、1991年を消滅時効の起算点とすることが最高裁判例と整合するものであり、当該東京高裁判決は、最高裁の判例と抵触するのではないでしょうか。(もちろん、売主側が訴訟において消滅時効の抗弁を援用していること、を条件とするものでありますが)

どうも脊髄反射的に、違和感を覚えた次第でありますが、もし東京高裁の判断に公平性を付与する事情があるとするならば、売主は化学系の会社であり、後に有害物質として指定されるような汚染物質を自ら放出したのであるから、その除去責任は売主側が負担すべきである、とする価値判断かと思われます。ただ、この価値判断は、どこでどのように「瑕疵担保責任」を結びつくのか(債務不履行責任の一種と捉えるのかもしれませんが)、やはり判決全文にあたってみないと、そのあたりは不明のようであります。

9月 26, 2008 民事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月18日 (月)

民法上の使用者責任と内部統制

お盆休みも終わりましたね。私は家族と一緒に世界遺産の高野山に出かけていましたが、気温が平地よりも6度低いことに加えて、たいへん湿度が低いためにホントにクーラーいらずの週末でした。しかし高野山の人口が最も増える万灯会(まんとうえ 8月13日)を避けて出かけましたが、やっぱりお盆シーズンはとても混んでました。精進料理がお嫌いでなければ、一度高野山を訪ねてみるのもいいですよ。

とても興味のある裁判を8月14日の産経WEBだけが報じているようですが、四国労働金庫の元職員から預金をだまし取られたとして、その被害者の方が四国労金を相手に損害賠償請求を求めた裁判におきまして、高松高裁は四国労働金庫の(元職員の不法行為につき)民法715条に基づく使用者責任を認めたそうであります。なお、原審地裁判決では、四国労金の使用者責任を否定(棄却)していたそうですので、裁判所の判断が分かれた事例ですね。(産経WEBのニュースはこちら

このニュース内容によりますと、高裁が使用者責任を認めるに至った最大の論点としては、使用者責任免除の根拠となる「使用者が被用者の選任およびその事業の監督について相当の注意をしたとき、または相当な注意をしても損害が生ずべきであったとき」に該当する場合であったかどうか、ということだと思いますが、高裁は他の職員が、元職員の預金詐取の事実を予見できたか、または少なくとも上司や被害者に事情を聞くなどして損害を回避することができたはずであるから、免除されるべき場合にはあたらないとしております。

そもそも民法上の使用者責任は、使用者側が監督責任がないことを立証できなければ認められてしまうものでありますので、厳格に解釈されることは事実でありますが、こういった高裁の判断理由をみますと、社内における社員(使用者責任との関係でいえば、上司ということになりますが)の規範的行動に関する期待によって、その企業の責任の有無が判断される、ということになります。(おそらく地裁の判断は、元職員の不正行為についてはそこまで上司の行動に期待するのは無理というもので、いわば会社としては相当の注意をしても到底損害発生を回避することはできなかったというものであって、会社の使用者責任は追及できない、というものだったと推測されます。)本件は、元職員が懲戒処分を受けた後の犯行でありまして、別の職員が預金手続きに関与していることから「外形的んは」事業の執行について被用者性が認定されていたものと思いますし、また「別の職員」の行動にもちょっと首をかしげたくなる部分もありますが、「社員としての規範的な行動」に焦点を当てて使用者責任を認めたものであることは間違いないだろうと思われます。

法律家が「内部統制」を議論する際には、取締役の法的責任論(会社法上の善管注意義務違反にあたるかどうか)との関係で論じることが多く、また大和銀行事件地裁判決のころ(平成12年)と比較して、最近は会社法や金商法においても「内部統制システムの構築義務」(義務とまでは言えるかどうかは議論のあるところですが)が謳われていることから、取締役にはより高度な注意義務が課せられるようになった(言い換えると、責任が認められやすくなった)と言われることが多くなったように思います。そして、上記のような裁判所の判断理由からしますと、取締役の法的責任だけでなく、企業自身の法的責任の有無にも、内部統制に関する議論が影響を及ぼすのかもしれません。たとえば内部通報制度の整備状況とか、業務プロセスにおける牽制システムやチェックシステムなどが整備されることによって、部下や同僚の不正行為の予防、発見の期待というものが、そのまま結果回避義務として「法的責任」へと関連付けられる、ということになるのでしょうね。

あまりこういった視点で「内部統制と法的責任」が議論されたことはなかったものと思いましたので、あくまでも「たたき台」として、すこしだけ考えたことを留めておくことにいたします。

8月 18, 2008 民事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年8月 6日 (水)

技術者からみた「企業コンプライアンス」

大阪はいま「花火」の季節でありますが、8月6日は大阪弁護士会に(各紙報道のとおり)「火花」が散る一日になります。(臨時総会)我々弁護士にとりましては、洒落(しゃれ)にならない大問題が決議される予定でありますが、世間の皆様方にとりましてはあまり関心のないところかもしれませんので(笑)、ブログでは触れないことにいたします。(法務大臣が鳩山さんから保岡さんに交代したのは、ここに最大の理由があるんでしょうね)

さて、本日(5日)の読売新聞夕刊(関西版)に、技術者OBの方々が、大学の講義において「工学倫理」を教えておられる、という記事が掲載されておりまして、たいへん興味深く読ませていただきました。偽装、ねつ造、不具合などの企業不祥事が相次ぐなかで、製造技術者としてどのように対応すべきか、といったことを自らの経験を生かして講演される、ということですでに近畿大学、同志社大学、阪大などへ講師派遣されているとのこと。そういえば、現場における「データ捏造」の記事などを読みますと、「現場の技術者の人たちって、ねつ造の事実を知ってどう思うのだろうか」と、いつも疑問に思うわけでありますが、おそらく「現場責任者にはっきりとものが言えない」などといった短絡的な要因では済ませることができないような空気が漂っているのではないかと推測いたします。

たしか再生紙偽装で、このブログがたいへん盛り上がったときに、富士市にお住いの製紙会社の方のコメントはリアルで淡々としたものでしたね。たとえばデータ捏造といっても、長年同じことを繰り返しているとほとんど罪悪感も鈍磨してしまって、規範意識も希薄化してしまうのかもしれません。製品検査のための持ち込み部材の偽装事件についても同様の問題があったと記憶しております。

技術者の方からみた企業コンプライアンスの現実については、こういった講演をされている方のお話をぜひ聞いてみたいと思いまして、さっそく新聞に出ていらっしゃる先生に連絡をとらせていただくことにしました。(ダメもとですが)また実現しましたら、ブログでもご紹介させていただこうかと思っております。

PS 7月9日のエントリーにてお知らせいたしました「関西不正検査研究会」立ち上げの件でありますが、本日現在発起人含め11名の研究会参加者となりました。(弁護士1、会計士4、金融2、事業会社4、いずれも個人のCFE資格保有者)第一回の研究会は8月26日ですが、まだまだ参加希望者を募集しておりますので、どうかよろしくお願いいたします。

8月 6, 2008 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月 1日 (金)

たいへん有益なHPのご紹介です。

(金曜深夜 追記)

土日はネット環境のまったく存在しない場所で「釣り人」になってきますので、パソコンはまったく閲覧できません。したがいまして、コメント、トラバのアップも日曜夜まではできませんので、ご了承ください。(では、行ってきます・・・・)

本日はご紹介案件が続きますが、このHPはお勧めです。大阪弁護士会所属の弁護士でいらっしゃる西野佳樹さんのHP(西野法律事務所)が、ついに本日(6月1日)公開されました。西野先生は、パソコン通信「べんべんネット」(弁護士専用掲示板)時代から情報系にたいへん詳しい方でいらっしゃいますが、取扱業務は民事全般ということで、とくべつに情報系専門弁護士というわけではございません。

INDEXページだけをご覧になりますと、「ん?べつに普通の法律事務所のHPじゃないの?」とお思いかもしれませんが、「法律コラム」の充実ぶりがスゴイです。しかもコラムの内容がかなりハイレベルでありまして、(企業法務関連ではございませんが)皆様方が個人的に日常の法律紛争に巻き込まれた際には、ぜひ、このコラムを参考にされることをお勧めいたします。ご自身が依頼される弁護士さんと面談される前にでも、こういった予備知識をもって臨まれますと、おそらく初めての方でも「弁護士の能力比較」が可能になるのではないかと思いますので、はっきり申し上げて、私のところへ相談に来られる前に、この西野先生のコラムを読んできてほしくないような気もいたします(笑)コラムのなかで、ときどきチラっと(?)冷徹な視線が垣間見えるところもございますが、けっして意地悪な先生ではございませんので(^^;

ちょっと前から、「中身を見ていただきたい」とのことでテスト版を拝見しておりましたが一般市民の方にもわかりやすく、非常に有益な専門家の知己が惜しげもなく詰まっているHPと思いましたので、さっそく公開当日にご紹介させていただきました。いままでも多数の法律事務所に関するHPがございますが、どうでしょうか、おそらくサービス精神とレベルの高さではナンバー1ではないかと思います。

6月 1, 2007 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月19日 (木)

建築設計監理契約の法的性質論(判決)

昨日、平成15年から係属しておりました建築紛争裁判で大阪地裁第20民事部の判決を頂戴いたしました。あしかけ4年での原審判断です。この事件を契機に、私は今非常にトレンディで社会的に注目されております「建築紛争調停制度」への反対意見書を弁護士会、裁判所へ提出したことがございます。建築紛争といいますのは、施主と建築請負業者、施主と設計監理業者、そして設計監理業者と建築請負業者の間において、「旧態依然」の解決方法がまかり通っている世界でありまして、「法の支配」がなかなか浸透していない世界だと思っております。その建築紛争の調停制度といいますのは、そこに弁護士と建築士資格をもったおふたりの調停委員が「裁判の途中から参加」されて、専門家的立場から当事者双方を説得して、円満解決を図る、という制度であります。この「あしかけ4年の判決」のとおり、建築紛争は専門的判断の要素が強いものでして、医療過誤と並び、弁護士にとってもけっこうつらい仕事です。(;´д` ) トホホ したがいまして、調停制度自体は、たしかに早期解決に向けて関係者が努力するわけですから、有意義であることは間違いありません。ただ、こういった調停をあまりに使いすぎますと、マンションやビル建設における法的ルールの開発が遅れてしまい、請負業者や設計監理業者のコンプライアンス経営体制がいつまでたっても構築されません。1年半ほど前に、私の意見を一度真剣に裁判所に申し伝えた経験がございましたが、その後実務が少しは変わったのかどうか、そのあたりは私も検証しておりませんので不明のままであります。

この事件も裁判官の強い説得のもと、私も当事者も「調停回付」を最終的には承服いたしましたが、そこでの手続はあまり効果的なものではありませんでした。結局、こちらが調停委員の最終調停案を承諾しないまま、また裁判に戻りまして、闘い続けたものであります。原審判断は結果的には完全勝訴となりましたが、勝訴の最大の原因は横に置くとしても、その裁判所の判断理由のなかで、非常に画期的な判断が下されました。いわゆる施主と設計監理会社との間における「建築設計監理契約」の法的性質論であります。これは請負契約か、準委任契約か、というところで実務上争いのあるところですが、最後まで判決にこだわったことから、非常に今後の建築紛争、およびマンションやビル建築の際の契約書の法的解釈に有益となる判例が出たものと思われます。

一昨日のエントリーでも少し触れましたが、こういった判決が出るのは、代理人だけの努力ではどうしようもありません。「そろばん」を離れて、将来の建築業界の発展や、建築業者と取引をする施主が安心して建築を依頼できるシステムの構築などを真剣に検討できる当事者の存在が不可欠であります。(注1)先にあげました「裁判所が示した法的性質論」は決してこちらに有利なものばかりではありません。(詳細についての解説は、控訴審が係属する可能性が高いので、ここでは差し控えさせていただきます)しかしながら、こういった判断が裁判所から示されることは、おそらく関係業者全体のインフラになるものと思いますし、おそらく控訴されるでしょうから、また控訴審判決でも、どのように考えられるのか、実務的にたいへん有意義なものになりそうです。

なお、この判決内容につきましては、また法律雑誌等に掲載されるものと思いますので、建築紛争事案にご興味がございましたら、「建築設計監理契約の法的性質」論につきまして、後日ご留意いただければと思います。

(注1)敵対的買収防衛策発動の是非などを問う裁判なども、代理人は「ウハウハ」かもしれませんが(失礼・・)、争っている企業にとっては「そろばん」を離れて社会的インフラ形成に寄与しているところもあるかもしれませんね。

10月 19, 2006 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月18日 (木)

法律事務所のハコ(続編)

たいへん好評でしたので、「続編を書きますね!」などと言っているうちに、すっかり忘れておりました「法律事務所のハコ」シリーズですが、その第2弾をエントリーいたします。(というか、読者の方もすっかり忘れておられたと思いますが・・・笑)

いまから数年前、大阪弁護士会は「弁護士法人化問題」で大揺れに揺れておりました。なんで大騒ぎになっていたか、と申しますと、「弁護士事務所の法人化を認めてしまうと、法人成りした東京の大規模事務所が大阪事務所(支店)を開設することは目に見えている!そうなったら(おいしい事件を東京の事務所にとられてしまって)大阪の法律事務所は経営が立ち行かなくなるではないか!我々の業務問題どころか、市民への適切な法的サービスを提供する能力さえ低下してしまうぞ!!」「法人化大反対!」・・・・・・・・・いや、これは誇張でもなんでもなく、本当に大阪の弁護士の大半が同様の懸念(不安)を抱いておりました。私自身もそういった不安を確信に近い状態で抱いておりました。最終的には、東京の大規模法律事務所のアソシエイトの登録換え問題なども事務レベルでいろいろと対策を検討しておりました。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

さて法人化が自由となり、数年が経過しました。この5月の「自由と正義」(日弁連が発行している弁護士向けの月刊誌)で大規模法律事務所のパートナーの方々の座談会が特集記事として掲載されておりました(ちなみに、NOT、AMT、MHM、NT、AKの5大法律事務所)業務内容や経営方針、人事問題、渉外と国内事件の比率など、どれもたいへん興味のある内容でしたが、5つの大規模事務所とも声をそろえて「法人化はメリットがありませんので検討しておりません」「地方事務所ですか?うーーーん(苦笑)、当事務所の日常業務として受け入れるような需要が地方にあるかどうか・・・。とりあえず考えておりません」(5大事務所のアンケート結果でも、地方事務所開設の予定なし、とのこと)

・・・・・・・・・( ̄△ ̄;)エッ・・?

あの大阪の騒ぎはなんだったんでしょう・・・・・・・。( ̄▽ ̄;)?

この座談会記事を読んで「たいしたもんだなぁ」と感心いたしましたのは、以前の「法律事務所のハコ」でも少し感想めいたことを書いたのですが、大規模事務所は「パイを取り合って大きくしよう」といった気持を持ってお仕事されているわけではないんですね。そもそもどこの大規模事務所も「渉外系」として産声を上げて、外資系企業の日本参入の拡大とともに組織力をつけてきたわけですが、その限界を感じてか、今度は国内企業におけるリーガルサービスの需要の掘り起こしに尽力して、規模を売り物にできる「法化社会」を作り上げてきたわけです。簡単に申し上げるならば、「儲けたから大きくしよう」ではなくて、借金して大きなハコを作ってしまったから、長期的な視野にたって、このハコに見合う仕事を開拓していこう、といった気概に満ち溢れた「この10年」だったんではないでしょうか。だから地方のパイを奪って、大きくなろう、などといったチマチマとした戦略など、東京の大規模事務所の経営陣の先生方はまったく持っていらっしゃらなかったんではないでしょうか。「お金持ちになりたいんじゃなくて、自分がやりたい仕事のために、たまたま大規模事務所が必要だった」といったところが真実だとすれば、地方で「自分がやりたい仕事のために手弁当で頑張って人権救済活動に勤しむ」ことと、それほど大きな違いはないように読めたのですが、いかがでしょうか。(ただ、大規模法律事務所というのは、その業態からみて経営リスクの分散化が非常に困難であって、経営陣は夜も眠れないときがあるんじゃなかろうか・・・といったことも少し感じました)

新会社法が施行されて、外資脅威論のようなものが再燃し始めておりますが、果たして本当に外国の優良企業は日本市場をターゲットとして日本の企業買収に動き出すのでしょうか。それほど本当に日本のマーケットは魅力的なんでしょうか。案外、あの数年前の大阪弁護士会と同じような風潮が蔓延しているだけだったりして・・・・、などと考える今日この頃でありました。

5月 18, 2006 民事系 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年4月17日 (月)

ヤミ金と弁護士

ここのところ会社法関係のエントリーが続きましたが、今日はビジネス法務ではありませんが、サラ金の金利制限に絡む問題点について触れてみたいと思います。

金融庁の貸金業に関する有識者懇談会は18日にもまとめる中間整理に、利息制限法の上限金利(15―20%)を超えていながら刑事罰に問われない「グレーゾーン(灰色)金利」の廃止を盛り込む方向で調整に入った。懇談会では上限金利を下げるべきだとの意見が多数を占めている。利用者への説明義務の強化や貸し付けへの総額規制の導入検討など消費者保護策の拡充を示すことになりそうだ。(日経ニュースより)

多重債務者の自己破産、債務整理、個人再生などに携わる「ごく一般的な弁護士」として、こういった記事を読んでの感想ですが(ごく一般的な弁護士と注記しましたのは、私は普通に業務のひとつとしてこういった多重債務者事件を扱っているにすぎないからです。専多重債務者救済のために運動をしている、というものではございません)、まず第一印象としましては「またヤミ金から借りる人が増えるだろうなぁ・・・」というものです。おそらく登録消費者金融としましては、グレーゾーン金利がなくなる分、リスク低減のために顧客の選別を始めるでしょうし、だからといってサラ金からお金を借りる人は「借りたい」気持がなくならない限りはグレー業者へと流れることは必至です。先の懇談会では、3月に警察庁生活安全課よりヒヤリング、その前には長野県よりヤミ金対策への取組のヒヤリングを行っておりますが、おそらく今後増えるであろうヤミ金からの借り入れ対策までは十分な検討はなされていないんじゃないでしょうか。

私もこれまでの16年間の弁護士生活におきまして、ヤミ金との対峙で「寿命の縮む思い」をしたことが二度ほどありましたが、「ここでなんかあっても、これは私が弁護士という職業を選択したことによるものであって、本望」と観念したこともありました。さすがに最近は大阪弁護士会でもミンボウ対策がしっかりしていることもあって、ヤバイ状況になる前に警察と連携する工夫も発達しておりますが、弁護士がほとんど「手弁当」で正義感のみに頼ってヤミ金と交渉しなければならない実情は変わっていないと思います。

アイフル騒動などもあって、消費者金融の貸出金利制限が実現する方向に向かうのでしょうが、次に来る事態に備えて万全の心構えをしておかなければいけないのは、警察でもなく、今の多重債務者救済を支える弁護士会そして司法書士会だと思います。こういった仕事を自らの利益ではなく、弁護士、司法書士に与えられた職責(使命)であると自覚して対応しなければいけないことを、大学の法学部やロースクールの学生の皆様には知っていただきたいと思います。法曹の先達が「血と汗と涙による長年の公益活動」によって勝ち取ってきた遺産のうえにぬくぬくと仕事をしているようでは、法曹人口急増のさなか、法曹の社会的信頼は見事に瓦解するものと予想します。

4月 17, 2006 民事系 | | コメント (3) | トラックバック (4)

2006年3月13日 (月)

最高裁が当事者に「助け舟」?

(3月13日午前 追記あり)

まだ最高裁のホームページでは全文公開されておりませんが、朝日ニュースで興味ある記事が出ていました。(最高裁、当事者に「助け舟」借地権訴訟巡り初判断)とりあえず、記事が削除されてしまう可能性がありますので、以下のとおり記録しておきます。

民事訴訟で、裁判所は当事者同士の主張を戦わせる審判役に徹するべきか、それとも不条理な結論が出ないよう当事者を手助けすべきか――そんな問題に最高裁は10日、「ある程度手助けすべきだ」との答えを示した。

 東京の下町に住む男性が「自宅の敷地を含む一続きの土地に自分の借地権がある」ことの確認を求めた訴訟で、一、二審は男性の請求をすべて棄却。男性は自宅敷地部分の借地権までも否定されることになった。

 そこで、最高裁第二小法廷(滝井繁男裁判長)が助け舟を出した。男性が問題の土地全体の確認を求めたからといって、裁判所は「すべてかゼロか」という判断を機械的にするのではなく、一部についての確認を求める趣旨も含むと解釈してあげるべきだ、との初判断を示した。

 そのうえで、「自宅部分については借地権が認められる可能性は十分ある」と指摘。二審判決を破棄し、東京高裁に審理のやり直しを命じた。 (3月11日 朝日新聞ニュースより引用)

この裁判において、借地権を主張する男性に代理人が就任していたのかどうか、最高裁が助け舟を出すに至った動機が、本件にだけ存在するような「当事者の対等性」に関する特別な事情に基づくものなのかどうか、借地権に関する紛争であるがゆえにこのような「助け舟」を出したのか、など全文を読んでみませんとなんとも正確なところは申し上げられませんが、一見しますと、ずいぶんと進歩的な司法判断のように思います。

ご承知のとおり、民事裁判の原則は弁論主義です。当事者が判断を求めた事項にかぎって裁判所はその理由の是非を判断するのが鉄則でありまして、当事者が求めていない事項にまで職権で判断を行うことは「司法権の範囲」を超えるものである、と考えられています。(以前エントリーいたしました井上薫判事問題と絡めるならば、具体的な紛争解決に必要な範囲を超えた司法判断、いわゆる「蛇足」判決になってしまう可能性がある、ということでしょうか)もちろん、最高裁ということになりますと、調査官制度がありますし、社会に及ぼす影響が大きい最終審理を行う場として、当事者が主張していないようなことにつきましても、ある程度(当事者の主張を補足したうえで)配慮することもあるようです。ただ、この裁判は、「借地権の及ぶ範囲に関する当事者の主張」をまったく無視して、裁判所が独自に職権をもって借地権確認を行うということを勧めたものではなくて、むしろ「裁判の一回的な解決」といった訴訟経済的な側面と、民事訴訟の原則である弁論主義との調和点を求めた形で、原審に差し戻したものであると理解できそうです。つまり、「全体の借地権の確認を求めた当事者は、ひょっとすると(仮に全体の借地権が認められないとしても)一部の借地権の確認を求める趣旨で裁判を起こしたのかもしれないから、そのあたりの当事者の真意をもう一度原審で確認せよ」といった内容で理解すべきではないでしょうか。したがいまして、上の記事は少し誇張がすぎるように思えまして、裁判所はあくまでも審判役に徹することが前提でありますが、ただ事案によっては当事者の主張の真意をなるべく裁判所は明確にしておいてあげるほうが、裁判所にとっても、また当事者にとっても裁判を2回やる手間を省くことになるんだから、もうすこし真意を正確に汲み取ってあげるべきではないか、程度の問題を提起したものである、と理解したいところです。

さて、先日は住友信託とMUFG(東京三菱UFJフィナンシャル)との間における独占的統合交渉権破棄に関する損害賠償請求事件において、原審(東京地裁)は、住友信託の履行利益(1000億円)に関する損害賠償をすべて棄却し、信頼利益に関する損害賠償については住友信託側よりなんらの主張立証もないので考慮しない、との判断がなされました。同じ損害賠償の範囲の問題なのだから、ここでも当事者が(仮に履行利益の範囲で損害賠償が認められないとしても)信頼利益の損害賠償についても求めていると考えて、その範囲で損害賠償を認めてあげてもいいのではないかな、と少し疑問も湧いてくるかもしれません。現に、当時の新聞報道などでは、M&A訴訟に詳しい一部法曹実務家の方より、あまりにも東京地裁の判断が形式的ではないか、との意見も掲載されておりました。ただ、借地権問題につきましては、「全体と一部」とが完全に包括関係として捉えられるのに対して、この損害賠償の範囲については、そもそも履行利益と信頼利益とが性質の異なるものでして、果たして「全体と一部」といったカタチで捉えることができるかどうか問題となりそうですし、また双方に日本を代表するような弁護士の方々が就任しておられる裁判で、果たして当事者の主張の範囲を裁判所が「推察してあげる」ほど助け舟を出す必要があるかどうか、そのあたりも考慮いたしますと、まぁ形式的に判断するのが正しいようにも思えますので、私個人としましては東京地裁の判断も合理的であったように(現在は)考えています。

(追記)

今朝、WBCの日本対アメリカをテレビで観ておりました。残念ながら日本は3-4でサヨナラ負けを喫してしまいましたが、アメリカの勝因は執拗なアピール、敬遠策、バント作戦でして、アメリカの野球にそれほど精通していない私にとりましては、とても意外でした。結局、真剣勝負の場合には日本もアメリカも同じ野球をするんですね。ベースポールはリスク管理の色が強いスポーツですが、「日米の野球文化の違い」のような先入観をアプリオリに鵜呑みにしていては危険ですね。

3月 13, 2006 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年1月 5日 (木)

最高裁判所大阪支部

午前中から「新年会」続きで、ヘロヘロになって事務所に戻ってまいりました。(やっと明日から本業復帰(ノ^∇^)/ヤッホー  )お昼から赤い顔をして、街を歩くのは年に一回、この日だけです。

新年会(大阪弁護士会の公式行事、先進者顕彰会含む)に出席されていた滝井先生(といいますか、現在は最高裁第一小法廷の判事)の話によりますと、上告受理申立事件数が年間1万件を超え、あと2年ほどで12000件に到達するのは確実な情勢だそうであります。ということは、ひとつの部で年間400件の判決を書かないといけない計算となり、1日1件以上の判決を出す必要があるそうです。部係の調査官は、それぞれ上告された事件の記録を丹念に読み、上告受理代理人が書き漏らしていたような争点、論点まで調査したうえで、裁判官の判断を補佐する、といったハードな仕事を続けておられるそうでして、調査報告を受ける裁判官もたいへんきつい仕事のようです。

しかしいくら「判決理由が3行で上告不受理」といった結論が多いと申しましても、ちょっと1日1件以上の判決は「無茶」ではないでしょうか。債権法の抜本的な改正ということが話題となりましたが、最高裁自体も抜本的な改正をしていかないと、「審理不尽は最高裁」といった笑えない状況に陥ってしまうような気がします。それこそ、大法廷事件のみ東京専属、大阪に小法廷を一個付加する、といったような対策をとらないと、「理由付記不足」といったクレームも出てきてしまいそうですね。

(1月6日 追記)

すいません、ちょっと誤解を生むような書き方でしたが、とくに裁判所のほうで「最高裁大阪支部」開設の準備が進められている、といったものではまったくございません。私の勝手な「期待」をエントリーにしたまででございます。ちょっと何名かの方より問い合わせを受けましたので、念のため。

1月 5, 2006 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

「債権法抜本改正」だそうです。

(1月5日 追記あり)

いよいよ今年5月には会社法が施行されるということで、会社法の勉強に勤しんでいらっしゃる方も多いと思いますが、なんと今朝(1月4日)の日経新聞によりますと、2009年にも民法(債権法)の大改正が行われるそうであります。

法務省は民法の柱の1つである「債権法」の抜本的な見直しに着手する。IT(情報技術)や国際化の進展で多様化する契約形態を法律で明確に位置付ける。時効のあり方なども含めて見直す方針で、2009年の法案提出を目指す。1896年の法律制定から100年以上が経過し、現代社会に対応できていない面が多いと判断した。 杉浦正健法相が省内に設置を指示した「民法改正委員会」(座長・内田貴東大教授)が検討を進める。債権法は「融資した金を返せ」など相手に一定の行為を要求できる権利を定めた民法条文の総称。

これまでの民法改正といいますと、ノーマライゼーションの導入やら、IT革新による債権譲渡特例法やら、少しばかり気合入れて勉強すればなんとか対応できたレベルのものでありましたが、「債権法改正」ということになりますと、会社法以上に法曹実務家にとりましては「大革命」でありますし、法学部の学生の皆様にとりましては、(1回、2回で合格されるような優秀な方を除いて)司法試験の勉強中に試験科目の最も大切な部分が変更されてしまう、という「おぞましい」将来予測が成り立つわけであります。(もちろん、司法試験予備校も、ロースクールも皆たいへんな状況が想像されます)金融法務事情の新春合併号(おぉ、ついに横書きになってるぅ!!でも相変わらずB5サイズ・・)の寺田逸郎法務省民事局長新春インタビューにおきましても、「民事財産法編のとくに債権法について より抜本的な内容見直しを図ること・・・などの課題が控えているわけです」と答えていらっしゃいますので、おそらく内田東大教授を座長とする「民法改正委員会」が今年から動き出すことは間違いない事実のようであります。

ただ、この新聞記事だけからでは、ほとんどどんな改正になるのか、まだ皆目見当がつきませんね。第一、「債権法」といいましても、これは講学上の用語ですから、民法上で「ここからここまでが債権法」といった範囲はございません。(債権編という区分がございますが、債権法とは異なります)果たして「契約法」だけをさすのか、「債権総論各論」を含むのか、先取特権や留置権、担保物権を含むのか、いったいどの範囲の債権(関連)法を想定しているのか、そのあたりをまず知りたいところですね。この想定されている債権法の範囲の特定によってずいぶんと勉強量の負担が変わってくると思います。もし、改正される債権法の範囲が相当広いとするならば、また2009年には早速会社法が改正されたり、倒産法も改正されたりするんでしょうね。今年成立予定の改正信託法とか、今後制定される投資サービス法(仮称)なんかも当然に影響を受けるはずですし。(法律雑誌や出版社としてはホクホクのえびす顔ですね)

第二に、「なんでいまごろ抜本的改正」なんでしょうかね?債権法の制定から110年もの間、大改正はなかったわけですが、時代の流れというコトバで説明つくようには思えません。制定から50年経過したところでも「時代の流れ」(時代に対応していない)はあったでしょうし、70年経過したところでも同様なわけでして、なぜその時期に大改正しないで110年経過した「いま」なのか?これは大きな疑問です。会社法のような組織法でしたら、時代の要請によって変遷することも理解できますし、「時代の流れ」というコトバもなんとなく納得いたしますが、取引私法の根本たる債権法を改正させることは「時代の流れ」というコトバでは説明しきれないんじゃないでしょうか。もし取引私法の分野に「時代の流れ」を理由とする変遷を持ち込むとすれば商法総則や商行為法の改正、もしくは特別立法で対応すればいいように思えますが、どうなんでしょうかね。消滅時効のあり方なども見直す方針とありますが、これも「時代の流れ」なんでしょうか。消滅時効を見直すくらいなら、法定利息5%のほうがよっぽど見直すべきなんじゃないか、と思いますが。。。

衝動的な欲望としまして、同業者(弁護士)の方々に、「いま債権法を改正しないと、仕事に支障を来たすって感じあるぅ?」と尋ねてみたい気分です。たとえば、私が現在進行形で裁判を担当しております事件でも、建築設計事務所と施主との「建築設計監理契約」や、ユーザーとベンダーとの「システム開発委託契約」といったものは、果たして請負契約なのか、準委任契約なのか、それ以外の「無名契約」なのか争いがありますし、金融商品販売における説明義務や医師の診療契約上の説明義務なども、「付随契約」なのか「商品(医療行為)の一部」なのか等が争点となりますので、そういった契約体系が明文化されればいいかなぁ、とは思いますが、そういった明文化によってどっちかが有利になるとか、不利になるといったことはあまり考えられないと思いますね。どんなに細かく契約体系を明文化しても、現実に想起する事件は千差万別であって、その細かくなった体系のうち、「今度はどっち」みたいな争いが発生するわけでして、少なくとも裁判を前提としてみた「債権法」の大改正はあまり仕事がしやすくなる、といった恩恵を与えてくれるものではないだろう、と思います。だいいち、新聞の記事で例示されているようなフランチャイズ契約やファクタリング(債権買取契約)などの企業間取引など、普通は契約書がまかれるわけでして、そうでなくても、これから大量な弁護士が世の中に登場する時代になって、法化社会へのインフラは準備中なわけですから契約社会の進化は間違いないはずでしょうし、どうして企業間取引のために(当事者の合理的な意思解釈の指針となる)民法大改正が必要なのかは、ちょっと私には想像がつきません。ひょっとしますと、民法の世界の中にも、会社法や証券取引法のように、国民の社会活動の指針となるような強行法規、行為規範みたいな性格の条文が登場するのでしょうかね?それとも、「裁判規範」といった性格を超えて、手形法上の「人的抗弁の切断」とか「債権譲渡特例法」のように「ある特別の社会」だけを想定した条項などが組み入れられるようになるのでしょうか?しかし、それを民法と呼ぶことは、かなりの「発想の転換」を必要とするような気もします。私は「これでゴハン食べています」ので、民法がどんなに難しくなっても一向に構いませんが、刑事事件が被疑者公選制度、裁判員制度の時代に、民法と民事訴訟法が専門化、複雑化することは「国民に近づく司法」といったタテマエとは矛盾してしまうのではないか、と一抹の不安を覚えてしまうところであります。

(1月5日午前 追記)

読売新聞の朝刊に、すこし詳しい記事が掲載されております。(読売ニュースはこちらです)110年ぶり、ではなく、こちらは60年ぶりの大改正となっています。(ただ60年前の改正は親族・相続編に関するものですから、財産法については110年ぶり、ということでしょうか)また、改正の対象となるのは、主に契約時の取り決めなどを定めた「債権」が中心になるようです。まだ本当かどうかは不明ですが「リース契約」などの項目も新設されるとか。この記事によりますと、日本民法のお手本となったドイツ法とフランス法が、2000年以降相次いで抜本的な見直しがなされるようになった、ということで、そういった国際的な動向も「大改正」の要因になっているようですね。

1月 5, 2006 民事系 | | コメント (3) | トラックバック (2)

2005年8月20日 (土)

杉田かおるさんの攻撃

私のブログは、土日になるとアクセス数が極端に落ちます・・・・・(^_^?)ハテ?

ということで、週末ですし、ビジネス法務以外のお話でも。。。

8月11日に杉田かおる さんと、鮎川純太氏との協議離婚が成立したということで、その後は杉田さんの口撃がヒートアップしてしまい、鮎川氏側も名誉毀損で民事、刑事上の法的措置に出る、ということだそうです。

協議離婚成立後に杉田さん側が、口撃するのは当然予想されるところです。なぜなら、協議離婚成立までは、杉田さん側の代理人弁護士が杉田さんに「事件に関することはしゃべらないでくださいね。しゃべると辞任しますから」と念押ししていたことは想像に難くありません。双方に弁護士が就任している以上は、代理人どおしでの協議が当然でして、それを当事者が破ってしまうと代理人の信用が丸潰れになってしまいます。

協議離婚が成立すれば、そこでいちおう杉田さんと代理人との契約は解消されますので、あとは「本人のお好きにどうぞ」ということになるわけです。杉田さんが提訴されて、また代理人に就くかどうかは、また杉田さんとの話し合いによって決まることになります。

マスコミ報道だけを読んでおりますと、鮎川氏側が、なんかうまく杉田さんの挑発に乗ってしまったような気がしますね。どんなに鮎川氏本人のことを口撃しても、鮎川氏は黙殺できたでしょうが、「あの友達が腐っているから、あいつも腐った」などと、鮎川氏の尊敬する第三者を巻き込んでくれば黙っていられないでしょうね。男にとって、ビジネスの世界の仁義にまで影響の及ぶことは、なんらかの対策が必要になってくるのかもしれません。そのあたりが(不謹慎ですが)杉田さんのうまいところですね。訴訟を起す、刑事告訴をする、という手段は、鮎川氏と関係者の名誉を回復する、という目的もありますが、今回の件では「とりあえずあいつを黙らせる」という目的のほうが極めて大きいものと思います。代理人が就いてくれれば、また杉田さんが弁護士との信頼関係から、「ダンマリ」を強要されることとなりますから。したがって、事件を長期化させて、風化させてしまう作戦が効果的かもしれません。

しかし、4歳からテレビなどのマスコミに親しんできた女性を敵に回しての紛争は、アウェー戦を強いられるような状況でしょう。ゴージャス松野さん(松野行秀さん)がとったような作戦を鮎川氏が採用できれば、杉田さんのほうから(私の人生で消し去りたい時期があった)と思って無視される、という結果を勝ち取ることも可能でしょうが、社会的信用のある立場の方でしょうから、それはムズカシイかもしれません。

鮎川氏はたいへんM&Aに造詣が深い方ということで、中小企業庁の審議会委員なども歴任されているそうですが、杉田さんに対するリスクアプローチはどれほど対応されていたのか、つい疑問を抱いてしまいます。経済的合理性では決してはかることのできないところに、男女関係の面白さ、奥深さを痛感します。

8月 20, 2005 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月24日 (金)

JR西日本の補償交渉予定

来週は指導担当企業と、自分が監査役をしている企業の「ふたつの総会」がありますので、ちょっと準備に忙しく、エントリーもままならないため、短文で失礼します。

きょう、大阪新聞ニュースに、今後のJR西日本福知山線事故ご遺族への補償方針が報道されていました。

(追記 リンク切れしていましたので、下記に記事内容を抜粋させていただきます)

JR西、遺族への慰謝料 交通事故より1000万円増額


 乗客106人の犠牲者を出した兵庫県尼崎市のJR脱線事故で、JR西日本は22日までに、遺族への補償のうち慰謝料について、算定基準となる交通死亡事故より、少なくとも一律1000万円を上積みする方針を固めた。重大な過失により、安全であるべき鉄道で起きた事故の〝特殊性〟を考慮したもようだ。ただ、慰謝料の算定は個々の遺族の事情によっても異なり、最終的な提示額は流動的。まだ交渉に応じる気持ちに至っていない遺族も多く、JR西は「遺族感情」に配慮しながら慎重に対処する方針だ。

 JR西は18日、遺族や負傷者を対象に開いた説明会で、今後の補償について「事故は当社に100%の責任がある。事故の重大性から、従来の国内の人身事故の基準以上の補償を考えている」と表明し、前例を上回る形で補償する基本方針を示していた。

 遺族への補償は、①事故による精神的苦痛に支払われる慰謝料②犠牲者が将来得ることができた「収入」(就労可能年齢67歳、主婦・学生らの場合は就労を仮定)などをもとに算出する逸失利益③葬儀費用―が主な対象となる。

 鉄道事故の場合、基準になるのは交通事故賠償額の算定方式。慰謝料は「一家の大黒柱」を失った場合など、個々の家庭状況によって数100万円ほど異なり、おおむね2000万-3000万円の範囲内になるケースが多い。

 しかし交通事故でも、加害者に飲酒運転や信号無視など悪質で重大な過失があれば、被害者側に支払う慰謝料を増額する事情として認められる。

 JR関係者によると、JR西は脱線事故がそうした重大な過失にあたると判断。安全性が当然に要求される公共交通機関の鉄道で起きた未曾有の事故という特殊性を踏まえ、危険がある程度予測される道路上の交通事故より、慰謝料を増額することを決めた。

 そのうえで鉄道の安全性を信頼した末に事故に遭い、何の落ち度もなかった犠牲者の無念や苦痛を最大限に考慮し、前例のない措置として、従来の慰謝料に少なくとも一律1000万円を上乗せするとみられる。通常の交通事故に照らせば3-5割増しになる計算だ。

 また、JR西は逸失利益について、従来の計算式に基づいて職業や年齢などから個々に検討して算定するとみられ、慰謝料などを合わせた最終的な補償額を決める。父母を亡くした児童・生徒のための奨学金制度の創設に向けても作業を急ぐ。

 ただ、中には「命をお金に換えられない」「気持ちの整理がついていない」などと早い時期の補償交渉を望まない遺族も多い。JR西は遺族感情に配慮し、補償交渉の開始時期などを含め、個々の遺族の実情を見極めながら対処する方針。

 交通事故の賠償問題に詳しい松本誠弁護士(大阪弁護士会)は「悪質な交通死亡事故では慰謝料が大幅に増額されるケースが増えている。今回の事故は、安全対策の不備など組織の責任も問われており、JR西もマニュアル通りではなく、思い切った措置をとらざるを得ないと判断したのではないか」と話している。(記事終わり)

通常の自動車事故算定基準よりも一人あたり慰謝料1000万円上積み、というあたりでの提示金額を検討している、とのことです。たしかに、最近の悪質な運転による交通事故では慰謝料の大幅引き上げの事例というのは地裁レベルでもよくみられます。昨日のJR西日本の株主総会(正確には株主報告会でしょうか?)での株主と経営陣とのやりとりを報道で読んだかぎりでは、本件事故によるJRの事故処理のために要する金額は聞かれていても、その合理性まで問題にするような発言はさすがに聞かれませんでした。(まあ、大口の株主さんがどのような意見なのかは不明ですが)

そんななかで、「車両運行の安全性向上と従業員の勤務条件の向上のための施策が継続して運営されることを監視するために社外取締役をもっと増やせ」という意見が一部の株主さんから発言されていたようです。そういえば、この6月17日に日本監査役協会から出された「正しい敵対的企業買収に向けた提言」のなかでも、はっきりと社外取締役制度導入に関する提言が出されています。

提言2 特定の株主が支配権を有している株式公開会社の場合、少数株主の利益保護の観点から、過半数の取締役を独立取締役とするべきである。

この提言は、親会社による子会社支配などを想定したうえでの、提言だと思いますが、それでも「少数株主の利益保護のための過半数の独立取締役」という概念はかなりスゴイ提言ですね。株主の利害というのはかならずしも一致するわけではありませんから、平時における取締役会でも(極端にいえば)少数株主の利益代弁者の意見が親会社の意見を凌駕してしまう可能性が出てくるのでしょうか。ちょっとすぐには頭で納得できない疑問が湧いてきます・・・それとも、「少数株主の利益保護のため」というのは、「全体の株主利益を考えるときに、大口株主の利益だけでなく、少しは少数株主の利益のことも考えられる人」ということでよろしいのでしょうかね。

株主の利益を代弁するために社外取締役を迎え入れる、といっても、どのような株主のどのような利益を代弁するのか、それとも少数株主の意見も考慮するが、やはり全体の株主価値の向上ということを最優先に考えるのか、もし今後、上記のJRのような理由から社外取締役を導入することがあるならば、そのあたりを明確に株主に説明をしておかないと、あとで社外取締役の善管注意義務違反を問題視されたり、オンブズマンさんあたりから株主代表訴訟の対象とされるケースも出てくると思います。6月23日の日経新聞朝刊を読みましても、社外取締役として人気がある方がたはCEO経験者であり、かつ識見の高い方ばかりでして、経営上のご指導を役員が賜る、という言葉がピッタリの人選ですよね。現実に社外取締役を迎え入れる責任者の意識と、新聞やニュースによって「企業買収」などの言葉といっしょに広く知られるようになった「社外取締役」という言葉のイメージから一般の方々が理想として思う浮かべる意識との乖離が、現状ではかなり著しいと思われますので、日本取締役協会くらいの団体が、この「イメージ」の相違を少しずつでも埋めていくようなきっかけを作っていただけたら・・・と期待しています。

で、その提言内容は本来、「正しい敵対的企業買収に向けた提言」とありますので、そのこととの関連で「社外取締役」「独立取締役」について意見を書きたいのですけど、ちょっと時間がありませんので、またの機会ということで。

6月 24, 2005 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月21日 (火)

信託銀行が葬儀社と遺言信託提携

最近、よく拝読させていただいている熊谷弁護士のLatest Legitimacyのエントリーで、興味深い記事を見つけました。

中央三井信託が葬儀社と代理店契約 遺言信託の拡大へ

冠婚葬祭業者との遺産業務、遺言業務については、大阪の弁護士業界でも注目をしていたところでありまして、実は先週、私自身も「全国展開している大手葬儀社」の専務さんと協議をしていたところでした。またまた信託銀行に先を越されたというか、経営のスピードが民間会社と弁護士集団とは雲泥の差というか、この記事を読んでかなりのショックを受けました。まあ、昨年12月に信託業法が改正され、一般事業者との販売代理店契約が可能になりましたから、予想していたことではありましたが。

葬儀社という業界も、いわゆる所轄の官公庁というものがなく、また自主規制団体というのも目立ったものがありませんので、いわゆる東証、大証一部上場企業から、街のボッタクリ業者まで玉石混交だそうです。なかなか宣伝広告を行う手段に乏しいため、皆様ご存知の「互助会」システムによるものがあったり、「プレミアクラブ」のような生前から会員になっておいて、「いざという時」に割引を受けたり、将来の葬儀費用を生前から信託銀行に積み立てさせておいたり、とさまざまな趣向を凝らして顧客獲得の努力をされているそうです。おそらく今回の販売代理店契約というのも、生前における葬儀費用の信託と、それに伴う遺産などの法務、税務に関する相談サービスなどがセットになった商品の販売などが中心になるものだと思います。ただ、先日の専務さんの話によりますと、葬儀社さんが生前から前面に出てきますと「なんや、お前ら俺を殺す気か」と資産家本人の反感を買う可能性があるらしく、あくまでも信託銀行や証券会社あたりが相続対策サービス商品を提供して、そのときに葬儀社の名前をさりげなく表示するにとどめるくらいがベストだそうです。

日本人の保有資産1400兆円のうち、65歳以上の人が保有しているのが700兆円ということですから、遺言信託業務に信託銀行が積極的なのは納得できますし、弁護士業界も成年後見制度で主導権を握って、遺産業務、遺言業務に広報をかけようという意気込みも理解できるところです。しかし、もし遺産をめぐって相続人間で紛争が発生するような場合には、たとえ遺言を作成していたとしても紛争を完全に予防することはできませんので、弁護士が予防法務的に関与することにもメリットはありますが、相続人間でほとんど紛争発生の可能性がないケースでは、(平成15年の生前贈与に関する税制改正なども追い風となって)管理問題を含めて信託銀行に委託することにメリットはあるように思われます。

最近の家庭裁判所における遺産分割調停は、調停委員が話し合いで納得させるようなものが少なくなり、当初から裁判官が主導権を握って法律判断を駆使して解決していくタイプの審理が多くなりましたので、関与する代理人弁護士の遺産分割審判や調停に対する技術もかなり高等なものになってきましたし、またそのような高等な戦術を駆使できる弁護士の数も増えてきました。(たとえば遺産調査方法、遺産の範囲確定方法、生前贈与の主張、持ち戻し免除の意思表示の立証方法、寄与分、特別受益算定方法、後で遺言内容をひっくり返す方法などなど、もちろん税務についても同様です)したがいまして、遺産を残す方がどんなにキレイに残そうと努力しても、また信託銀行からどんなに優秀な弁護士の紹介を受けたとしても、それが法定相続分から離れた配分案であればあるほど、後でひっくり返る可能性は出てくるわけでして、弁護士にとって「メシのたね」になると思えば、今後も遺言業務、遺産業務への弁護士の関与た、たいへん増えてくることは間違いありません。今後かなりの年月にわたって、この弁護士業界と信託銀行あたりとの遺言サービス分野での競争が続くものと予想されます。

6月 21, 2005 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年5月31日 (火)

高齢者向け信託ビジネス

きょうは企業価値論とはまったく別の話ですが。

「信託改革 金融ビジネスはこう変わる」という新刊を読みました。現在60歳以上の方が700兆円の資産を保有し、数年後に団塊世代の方が加わるとものすごい富の偏在が起こるということです。今朝の新聞でも大手信託銀行が「高齢の富裕層」をターゲットにした商品開発や、情報交換などを進めるということです。成年後見制度(任意後見契約締結を含め)がかなり一般に浸透していることや、平成15年の税制の変更で、高齢者ご自身で資産の管理運用処分方法をまえもって決定する機会が増えたことも、信託会社が高齢者保有資産管理などへ注力する動機になっていると思われます。

ちょっと、読んでいて気になったことは、遺産管理業務というものについてですが、高齢者が亡くなって、その後相続人が数名存在する場合、みなさんから委任状をとって(もしくは遺産管理委託の契約書をとりつけて)ややこしい遺産分割の手続きを信託銀行などが代行するということですが、これは信託法によって適法とされているのでしょうかね。弁護士の場合には、あとで相続人どうしがもめるような場合には、それまで皆さんの委任状をとって遺産分割業務を遂行していた場合には、どの相続人の代理も継続してはならず、すべての業務から辞任しなければならない、と思います。したがいまして、たとえ当初、相続人が仲良くしてても、弁護士はなるべく相続人のうちのどなたかおひとり、ということで代理人に就任するようにしています。

もし、相続人どうしで遺産の範囲や持分などで紛争が発生した場合には、その時点で遺産分割業務を中断して、信託会社が弁護士を紹介する、ということでしょうか。それにしても、それぞれの相続人に、同じ信託会社が別々の弁護士を紹介する、というのも、すこしおかしな話のようにも思えますが。

5月 31, 2005 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年5月30日 (月)

弁護士のお値段について考える

昨日は「会計士さんのお値段」について書いてみましたが、今日は「弁護士のお値段」について考えてみたいと思います。

たとえば、私のブログでいろいろと検討しております企業買収防衛策について、(最近疑問に思っていたこととして)「イーアクセスのプラン」と「西濃運輸のプラン」を比較してみたときに、「なぜわざわざイー・アクセスは信託会社に直接新株予約権を取得させずに、SPCに取得させるのだろう」という疑問を抱いております。私は、この問題について、もし弁護士として回答するのであれば、(もちろん直感としてですが)SPCを介入させたほうが、新株予約権付与の対象者を選択する企業にとって「株主平等原則」に違反する程度が低くなることと、実務として100パーセントきっちりと新株予約権を付与できることはないだろうから、その手続き上の瑕疵責任を(直接企業が負うよりも)SPCに負担させるほうがいいのではないか、ということをブログやホームページで述べました。

ところで、きょう47thさんのブログで、この問題に関する(47thさんの直感による)コメントが書かれており、なるほど、この人はきちんと報酬のとれる弁護士だなあ・・・と納得しました。もちろん、そこに指摘されている問題が正しいかどうかはわかりませんが、このコメントの素晴らしい点は、銀行法や独禁法との関係、信託法特有の問題点、規制法との問題点など、「正しいかどうかはわからないけど」問題点が必要十分にして指摘されている、ということです。問題点がきちんと指摘されておれば、後は時間をかけて実務的な研究をすればよいことでしょう。企業から弁護士に求められるのは、汗の部分ではなく、このような「知恵」の部分でしょうし、だからこそ昨日のブログに書きましたように、弁護士の実力というのは「目に見える差」というもので測ることが可能だと思うのです。また、同じ問題について、磯崎さんのブログでも丁寧に税務面からの検討がなされており、おふたりの見解というのが、無料で読めること自体たいへんありがたいなあ・・・と思ってしまいました。

ただ、あえて誤解のないように申し上げておきますが、弁護士の場合には、この「知恵の差」というものが、報酬の差という面だけで現れるものではないことはもちろんのことです。47Thさんのような「知恵」のある弁護士さんが、社会のいたるところで活躍しています。私の周りでも老若関係なく、被害者弁護団や、倒産管財人、労働者側代理人、政治家などに、ときどき「知恵があるなあ」と舌を巻く弁護士さんがいらっしゃいます。同じものを見たり、同じことを考えたりしているのに、そこから出てくる情報の質や量が違ってくるのは、おそらく才能に加えて、多くの分野に対する深い興味に導かれるところが大きいように思います。

去年今年と、なにかのご縁で、「2ちゃんねる」の管理人さんを被告とする事件を2件ほどやらせていただきました。管理人さんとは東京地裁で一度だけしか話をする機会がありませんでしたが、やはり「若くて知恵のある人だなあ」という印象を持ちましたし、この人が弁護士になったとしても、相当優秀な弁護士になるだろうな・・と確信しました。(この6月、大阪弁護士会にこの管理人さんがシンポジウム参加とのことでやってこられるそうで、私も実行委員会よりパネリスト参加の要請がありましたけれども、事件相手方とシンポジウムに参加するのはさすがにマズイだろう、と思い辞退させていただきましたが)正直言って、40代も半ばになりますと、この47thさんや「ひろゆき」さんのような方の才能は羨ましいばかりですね。

5月 30, 2005 民事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年5月10日 (火)

法の無力

「先生、ほならわしは泣き寝入り、ということでっか??」

弁護士をしていて、依頼者からこのように訴えられることほどつらいものはないです。

でも、やっぱりこの世の中、法の無力を感じるときもあるんですよね。ビジネス法務とはちょっと「違います」が、私のホームページで更新した内容を、こちらでも紹介します。以下は、ホームページからの抜粋です。

ブログのほうでも、以前少し取り上げたが、法律紛争の最先端で働くも
のとして、「法による解決の無力さ、やるせなさ」を痛感するときがあ

る。一般の方々は「裁判に勝つ」イコール「お金が戻ってくる(お金が
もらえる)」と認識されていることが多いが、それは相手が自発的に
「判決による命令は守らなければならない」という誠実な精神を働かせ
ると同時に、支払能力も存在する場合に限られるのである。しかし現実
には、判決が出たからといっても、相手が任意に命令に従わなければ、
判決は「絵に書いた餅」である。この話はまだ、序の口である。
さて、相手が判決に従わなかったらどうするか、これも多くの方はご存
知のとおり動産、不動産、債権などに対して「強制執行」を行い、相手
が嫌だといっても現金化してお金を強制的に回収できるのだ、と認識し
ている。これも一般の方は比較的簡単に回収が可能だと考えておられる
ようである。
しかしながら、この強制執行というものも実に「頼りない」ケースがあ
る。まず、動産についてはよほどの「市場での売買価値」がない限り、
執行の対象とはならない。普通にどこにでもあるような生活用品、たと
えば冷蔵庫、テレビ、家具類など、(生活に不必要なほど複数あれば別
だが)まず執行のための差押対象にはならないと考えておくべきであ
る。
また、不動産の明け渡しについても、その不動産(土地)上に、容易に
移転できないような動産を置かれている場合には、その執行自体に長期
間および多額の執行費用を要すると心得ておかなければならない。(な
お、これは私が明渡を求められたほうの代理人を務めたケースである
が、依頼者は宗教法人であり、明渡対象の土地上に、その宗派の仏像を
建立したところ、執行官も、執行業者もこの仏像の解体、移設を極度に
嫌がったため、執行に2年もの年月を要した。)ニュータウンの広大な
土地が2年にもわたって有効利用ができないということ、および新聞報
道などで「仏像が解体された土地」と広報されたことで誰もその土地を
購入したがらなかった、ということなど、土地価格の毀損もはなはだし
いであろう。
土地の競売にしても、いつまでもその土地を占有したいと思えば(競売
のための入札保証金が流れるのを覚悟していれば)入札を流すこともで
きるし、ほかにも入札自体を適法に流すための要件を悪用すれば、保証
金を積まずともいつまでも競売の実行を阻止することは可能なのであ
る。(もちろん、ここでそのような悪用可能な事例を紹介すべきでなな
いので、差し控えるが)事実、頭のよい方々のなかには、このような制
度を悪用して、いつまでも競売対象物件を有効利用している。
このような事例に出会うときに、「法は無力なり」とやるせない気持ち
になってしまう。なぜそのような事例が出てくるかといえば、法律によ
る規制というものが社会の流れを「後追い」することが宿命であるため
に、法の隙間で適用除外となってしまう事態が発生することを阻止でき
ないことと、もうひとつは裁判所、法務省、弁護士といっても、その数
には限りがあり、違法状態を直ちに是正するだけの社会インフラが到底
整備されていないことにあると思う。法的紛争の最前線にいる弁護士の
役割のひとつとして、この「法の無力」を感じるような事例をなるべく
社会に知らしめて、早期に法整備を検討するように訴えることや、法整
備の時間的余裕のない場合には、すこしでも法の無力を埋めることがで
きるようなアイデアをもって先例を作ることがあるのではないか。

(抜粋終わり)

ビジネス法務とは関係ないことも「ゴチャゴチャ」書いておりますが、

もしお時間と興味がございましたら、

http://www.geocities.jp/yamaguchi_law_office/index.html

のほうも、覗いてやってください。。

5月 10, 2005 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年5月 4日 (水)

引越してきました。

以前利用しておりましたブログ運営会社のサーバー故障が多かったため、こちらに引越しをしました。まだまだ慣れておりませんので、すこしずつ内容をアップしていきます。よろしくお願いします。

5月 4, 2005 民事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)