会社法の「会社債権者保護」の考え方はむずかしい・・・うっかり違法配当事案に思う
もうすでに各種SNS等でも話題になっておりますが、京都市に本社のある世界企業N社において、2022年10月に決定した1株35円の中間配当が、会社法と会社の規則により算定した分配可能額を超過していた、という事案について思うところを一言。ちなみに会社法上の財源規制に違反することは狭義の違法配当であり、これは俗に「タコ配当」と呼ばれています。「これはタコが食べ物のないとき自分の足を食うといわれることによるが、残念ながらその現場を目撃したことはない」と会社法の大家は説明しておられます(龍田節・前田雅弘著「会社法大要」第3版449頁)。
ロイターの記事によりますと、N社としては配当規制違反によって株主に配当された剰余金についての返還は求めない方針、とのこと。ちなみに当ブログでも、過去にタカチホ社のケースについて議論していましたね。今回は日本のカリスマ経営者が君臨する世界企業といえども、経営者の法的責任はどうなるのか、同社の財務報告内部統制は有効といえるのか、ぜひとも忖度なしに(とくに最近はマスコミの忖度が話題になっておりますので)議論していただきたいと思います。
配当規制違反に責任を有する取締役と超過配当金を受領した株主とは(会社に対して)不真正連帯債務の関係にあるので、取締役会に議案を上程した取締役(剰余金処分について取締役会に決定権限がある場合)に注意義務違反が認められますと、(株主には返還義務を免除するとはいえ)当該取締役は会社に戻すべき相当金額を自身で弁済しなければなりません(違法な剰余金処分自体が無効ということであれば、いったん配当金全額の返済になるのでしょうか?)。これは青ざめますよね(^^;)。私も社外取締役を務める会社が自己株式取得を行う際、インサイダーリスクに震えながらも相当時間をかけて分配可能額の計算を監査法人さんと協議したことを覚えております。
ちょっと前までなら「こんなものは配当を払えないような赤字会社の問題であって、ウチのような日本を代表する優良企業では関係ないでしょ」と高をくくっていてもよかった。しかしモノ言う投資家の抬頭で株主還元策が脚光を浴びるようになり、多少無理をしてでも株価を上げたいと思う上場会社が急増しているわけですから、「うっかり違法配当」も他人事ではなくなってきました。N社のような事態は他の優良企業でも起こり得ると考えておいたほうがよさそうです。
数年前のHOYAさんの分配可能額超過配当事件のケースと同様、N社についても第三者委員会が事案の経緯について調査を行うそうです(HOYAさんの委員会も、今回の委員会も、委員長はよく存じ上げている方です)。このような重大な法令違反が起きたことについて、取締役には注意義務違反となる事実は認められなかったという結論になるのかどうか・・・、そのあたりは定かではありませんが、いやいや会社法上の会社債権者保護の考え方はむずかしいと思います(神田先生も「配当と自己株式の取得」の項目で、会社債権者保護はむずかしいと述べておられます-岩波新書「会社法(第3版)」164頁)。先日のクレディスイスのat1債の取扱いをみても、株主と債権者の優劣をどう定めるか・・・、関係者が納得できそうな落としどころを探ることは一筋縄ではいかないことがおわかりになるかと。
(追記)6月6日の日経ニュース「ユニゾ、買収防衛ありきで迷走 誰が会社の(敵)なのか」を読みましたが、短期的な利益を追求する株主の背後で、金融機関や従業員という債権者の利益が事実上無視されるのはいかがなものか・・・との問題提起がありました。
もし、違法配当議案を上程した取締役には返還責任がないとして、さらに善意の株主からも返還を求めないとなれば、では会社法上の債権者保護はどうするのでしょうか?会社法上、債権者は直接に株主から配当金の返還を求めることができますが、民法上の債権者代位権と同様の要件が必要なので無資力でないと追及できない、とする有力説もあります。ません(通説)。※会社債権者自身に固有の損害が発生しない以上、会社法429条による責任追及もむずかしいでしょう。損をしていない株主からの代表訴訟も機能しないはずです。第三者委員会の報告次第ですが、おそらく取締役の注意義務も認められない可能性があります。誰も違法配当分の補填責任は生じないが、会社に法令違反状態(会社法上の債権者保護ルール違反)だけが残るということになるのでしょうか。しかしそれはコンプライアンス上はマズイような気もします。
※・・・大杉先生からのご指摘を受けて、内容を修正いたしました。江頭先生の「株式会社法」を参考とした記述です。
ということは、法令遵守のためには中間配当の根拠となる計数上の処理を修正して(遡及的に)違法配当がなかったことにするしかないのでは?そうでないと「法令違反を放置する会社」ということになってしまうのでは?さらに、いくら会計監査人に「見落とし」があったとはいえ、J-SOX上の内部統制には開示すべき重要な不備があった(つまり全社的内部統制に重大な不備があったので内部統制は有効とはいえない)という結論になるのでは?このあたり、とても気持ちの悪い難問が横たわっているように思えるのですが、いかがでしょうか。