2017年9月21日 (木)

法人処罰の必要性を感じさせる天竜川事件高裁逆転無罪判決

2010年、朝日新聞「法と経済のジャーナル」において、私は日航機ニアミス事件最高裁判決を取り上げて「法人処罰の必要性」を訴えましたが、本日(9月20日)、天竜川川下り事件の高裁判決では、私の主張に近い判断がされたようです(主任船頭の方が逆転無罪。ニコニコニュースはこちらです)。このような点に疑問を抱く裁判官もやはりいらっしゃるのだと、少しホッとしました。

判決文を全文読まなければ明確なところはわかりませんが、船頭さんを雇用していた法人の内部統制の運用面の不備が厳しく問われているようです。私も、法人処罰を通じて安全面の原因究明がなされなければ再発防止策の実効性は乏しいと思います。伝統的な刑事法の理屈の壁はわかるのですが、企業コンプライアンスの向上のためにはどうしても法人処罰の考え方が必要です。本日は備忘録程度ですが、また判決文を入手できたら、詳しいエントリーを書きたいと思います。

9月 21, 2017 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月17日 (金)

ノバルティスファーマ無罪判決-改めて問われる法人処罰の必要性

3月16日、東京地裁はノバルティスファーマ元社員と法人としての同社を被告人とする薬事法(現医薬品医療機器法)違反刑事裁判において、いずれも無罪とする判決を言渡しました(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。元社員のデータ改ざんの事実は認められるものの、「同法で規制された治療薬の購入意欲を高めるための広告には当たらない」として、認定された事実が薬事法違反には該当しない、との判決理由です(本来ならばきちんと判決文を読んでから書くべき内容ですが、ニュース記事からの情報ということでお許しください)。

2015年12月のエントリー「JR北海道・ノバルティス-刑事罰は企業の構造的欠陥に光をあてるか」において書いておりますように、もともとこの事件を調査した第三者委員会報告書においても薬事法違反で有罪に持ち込むのはむずかしいのではないかと言われていました。しかしノバルティスの組織的関与、また臨床研究の主体である医学部の関与がまったくわからず、真相究明のためには立件して法人に対する厳罰以外に方法はないということで、虚偽誇大広告(薬事法違反)で立件するに至りました。日本では法人のみを立件することはできず、両罰規定が存在する場合のみ立件可能ということで、元社員の方の刑事責任には注目が集まっていました。

検察側から控訴される可能性もありますが、やはり企業の構造的欠陥といいますか、組織の不正を刑事責任に問うには(現行の刑事法体系では)限界がある、ということが今回の裁判でも明らかにされました。構成要件の捉え方にはむずかしい面もありますが、やはり法人処罰に関する刑事立法が必要ではないでしょうか。来年から施行される日本版司法取引(改正刑事訴訟法)も、(どのような法令違反に適用されるかは今後の政省令に委ねられていますが)検察が巨悪に迫るための工夫は容易されています。しかし、組織としての構造的欠陥を明らかにするには、関係者に刑事免責を付与したうえで証拠を収集することも必要ではないかと考えます。

前にも書きましたが、企業不祥事において、近時は「自浄能力」を発揮させるために第三者委員会が設置されるケースが多いのですが、その調査能力には限界があります。とりわけ国民の生命身体の安全を確保するため、もしくは国策として当該業界の信用を確保するためには組織の構造的欠陥を解明することが強く求められる場合もあると考えます。たとえばノバルティスの事件では、組織としての構造的な欠陥が明らかにならなければ、日本の製薬業界の世界的信用が回復されないわけで、そのためにも国が動く必要があると思われます。

今回の判決を受けて、厚労省は

個々の判決については差し控えたいが、臨床研究に対する国民の信頼を回復することが大切と考える。厚労省としては、臨床研究と製薬企業の活動の透明性確保のため臨床研究法案を国会に提出しており、臨床研究と製薬企業の活動の適正性確保に努めたい

とコメントしています。このような厚労省の姿勢も評価できますが、どうしても被害が発生してからの「後追い」になってしまうわけでして、刑事法に期待される一般予防的見地から包括的な法人処罰規定の在り方を検討すべきではないかと考えます。

3月 17, 2017 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年3月 1日 (水)

産地偽装米騒動第3ラウンド-週刊ダイヤモンド誌を刑事告訴へ

証券市場の健全性を確保するため、いよいよ不公正取引の発見にAI(人口知能)が活用される時代となりましたが、はたして産地偽装を発見することにAIを活用する時代は来るのでしょうか。

企業不正に関する内部告発に関心を持つ者として、どうしても事件の帰趨が気になるのが京都の米卸会社による産地偽装米騒動です。今週発売の週刊ダイヤモンド誌がどのような反撃に出るかと期待しておりましたが続報は全く掲載されていませんでした。

その一方で、偽装米を流通させているとダイヤモンド誌で指摘された京都の会社は、「調査報告第7弾」を公表し、本日、ダイヤモンド社に対する刑事告訴状を京都地検に提出したそうです。親会社であるJA京都中央会が設置したサイトにおいても、詳細な調査結果が報じられています。週刊ダイヤモンド誌が検査に出したとされる精米と同じものを取引先から返品を受け、東京の財団法人日本穀物検定協会でDNA鑑定および同位体検査を受けるとのこと(検査については元最高検検事の弁護士の方が担当されていますね-毎日ニュースが報じています)。

ところで既に行政調査が進んでいるはずですが、一向に調査の進捗状況は報道されません。ダイヤモンド社としては、「同位体研究所」の検査結果に依拠して記事化したものなので、それなりに真実相当性に自信を持ってのことかとは思います。ただ、普通の名誉毀損、信用毀損の紛争ではなく、国民の食生活の安心に関わる事実の真偽が対象となるだけに、裁判で長期間争うような性格の問題とは言えないでしょう。誰かが早期に「国民の安心」のために真偽を明らかにしなければなりません(JA京都中央会さんは、当事者ではありますが、まさに社会的責任の一環として、ここまで熱心に調査報告を開示しておられるのでしょうね)。

今回のダイヤモンド誌の記事については内部告発によるものではない模様ですが、やはり社員による内部資料が存在しなければ、このようなスクープ記事は他紙が追随するような事態にはなりにくい、ということでしょうか。通常は行政調査機関に対して第2弾、第3弾の匿名、実名通報が届くケースがあるのですが、そういったものが届かないとなるとマスコミの反撃も苦しいかもしれません。

3月 1, 2017 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年1月15日 (日)

経営者の刑事責任は内部統制の適切な構築で免責される

軽井沢町のスキーバス転落事故が発生して丸1年が経過しましたが、長野県警は、バス運行会社の運行管理責任者とともに、経営者(社長)も業務上過失致死傷罪で書類送検する方針だそうです(1月14日付け日経夕刊社会面等)。立件の可否については今後、検察と協議するとのこと。安全面に最大の配慮をすべき運行管理責任者が(運転者とともに)起訴されるというのはわかりますが、果たしてバス会社の社長さんまで刑事処分に問えるのでしょうか。

もちろん、顧客の死亡事故について、社長さん個人が業務上過失致死傷罪で有罪とされた例は過去にも認められます。たとえば三菱自動車のリコール隠しによる山口県での事故発生事案では社長さんが有罪となりましたし、パロマ工業の湯沸かし器事件でも同様です。ただ、そこでは社長さんが商品の安全性の欠如を十分に知っていながら放置していた、という責任根拠が認められていましたが、今回は「運転手本人が観光バスの運転の経験があまりないということを知っていて、訓練を一回した行わなかったこと」から、社長にも(傷害ではなく)乗客の死亡事故の発生に関する予見可能性がある、と判断されたようです。当該運転手がすでに何度か事故を起こしていたことを知っていたとか、運転当日、危険運転に及びそうな体調であることを知っていて勤務させていた、といった事情は認められないようです。

事故がたいへん痛ましいものであったため、「社長にも刑事処分は当然」という捜査の方向性に賛成する方も多いかもしれません。ただ、会社の経営技能は多方面に及びますから、安全面についてはどの程度の予見可能性、結果回避可能性があれば経営者が刑事責任を問われるのか、その線引きはきちんと明確にしておくべきだと思います。たとえばこのたび最高裁判事に就任される山口厚先生のこちらの論稿などは、一般の方々向けに過失犯について書かれたものなので、とても参考になると思います。たとえば、経営者(監督者)が漠然とした(死亡事故に関する)予見可能性があるとした場合には、万全の措置で結果回避義務を尽くさなければ過失犯に問われてしまうというわけではなく、たとえば経営者が他の役職員の適切な行動を信頼できるような状況が認められる場合には業務上過失致死傷責任は免れる、ということも十分考えられるようです。

つまり、顧客の安全に配慮すべき内部統制を適切に構築して、運用されていれば(たとえ安全面の欠如に関する情報を経営者が入手していたとしても)信頼の原則によって刑事責任を免れる可能性がある、ということかと。また、このような法解釈をとることが、企業の安全体制整備へのインセンティブとなり、今後の重大事故防止にもつながるのではないでしょうか。ただし、今回の長野県警の捜査方針からみて、今後は顧客の身体・生命の安全を脅かす企業事故が発生した場合には、経営者を含めて「提訴リスク」が顕在化する可能性が高い時代が到来したことは間違いないと思います。

1月 15, 2017 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年7月25日 (月)

日本版司法取引が企業実務に及ぼす影響について

本日のNHKスペシャル「ロッキード事件の真相」は新証拠(スクープ)もあり、私ほどの年齢の者には興味深いものでした。当時の特捜部検事でいらっしゃった堀田さん、松田さん、宗像さん、松尾さんも登場され、また児玉誉士夫氏に近い方も実名で登場されました。どんなに情報化社会が進展したとしても、ホンモノの「国家機密」というものは闇の中であり、その国家機密の社会的影響力が薄れた頃に、またひっそりと社会に顔を出す・・・というものなのでしょうね。ロッキード事件といえば、コーチャン氏の嘱託尋問調書の証拠能力を最高裁は否定しましたが、今年の改正刑事訴訟法で新設された刑事免責制度が日本の刑事訴訟法に存在していれば事件はどんな展開になっていたでしょうか。

さて、平成28年改正刑事訴訟法の論点はいくつかありますが、企業実務に影響を及ぼす改正項目といえば、なんといっても日本版司法取引(証拠収集等への協力における合意及び協議制度)です(2018年6月までに施行が予定されています)。旬刊商事法務の最新号にも実務家の方の論文が公表されましたが、多くの法律雑誌も一斉に特集記事を組まれるようで、私のような者にも複数の出版社から座談会出席のオファーをいただきました。結局、最初にオファーをいただいたY社さんの特集記事の座談会に出席させていただくことになりまして、先週、佐伯先生、川出先生(東大の刑法、刑事訴訟法の教授)、木目田先生(西村あさひ法律事務所弁護士)との収録を終えました。実に楽しい収録で、1時間半の予定が2時間になってしまいました。

27916354_1正直に申し上げて、私は改正刑訴法についてはそれほど精通している者ではございませんので、不祥事に対する企業対応(危機対応)や公益通報者保護法改正問題などを中心に発言したのですが、それでも改正刑事訴訟法に関する論点について佐伯先生(司会)から質問が飛んできましたので、とりあえず(?)準備しておいてよかった・・・と安堵いたしました。その準備にあたり、左にご紹介している新刊「日本版司法取引と企業対応」は、とても役に立ちました。おそらく企業実務担当者や経営者の方々にとって、日本版司法取引を理解するには最良の一冊ではないかと思い、ご紹介する次第です。

日本版司法取引と企業対応-平成28年改正刑訴法で何がどう変わるのか(平尾覚 著 清文社 2,500円税別)

元東京地検特捜部検事でいらっしゃる平尾弁護士(私の知人と共著で こちらの本を出版された先生ですね。そういえば先週、日経新聞でもご意見を述べておられましたね)によるもので、刑事訴訟法の改正項目(日本版司法取引部分)の解説にとどまらず、今後企業実務で想定される事態を具体例をもとに検討するというところが特筆すべき点です。改正刑訴法で導入された司法取引制度は(アメリカで多くみられるような)自己負罪型の司法取引ではなく、あくまでも他人の刑事事件に対する捜査協力型の司法取引制度です。そこで、企業自身も経済犯罪で処罰の対象となることを前提として(言葉は少し悪いですが)企業が社員を売る、社員が企業を売る、社員が仲間の社員を売る、といった事態が当然に予想されます。著者の方がかなり想像力を膨らませて企業実務の上で起こりそうな悩ましい場面を想定しておられるのはとても参考になります。海外不正事件に対する米国の司法取引との対比、独禁法上のリニエンシー制度との対比なども示されており、座談会でも話題になりましたが「活用次第では自己負罪型司法取引」としての運用も可能ではないか、といったことにも言及されています。

20151207g813さて、平尾先生のご著書は元検察官の視点も交えて「すでに出来上がった法律への現実的対応」というところに焦点をあてた本ですが、そもそも日本版司法取引にはどのような法律上の問題点があるのか、というところも法律家の皆様には興味があるのではないでしょうか。また、私自身、弁護士倫理という観点からも「これはたいへんな制度だぞ」といったことを当ブログでも述べさせていただきました(こちらのエントリーを参考にしてください)。そこで、日本版司法取引に刑事弁護の視点から批判的な立場で書かれた本を理解することは、司法取引に関与する弁護人の立場からすると、大きな武器になるのではないかと思いまして、私は座談会出席にあたり、左の本も準備の参考にさせていただきました。

日本版「司法取引」を問う(白取祐司・今村核・泉澤章 編著 旬報社 1.500円税別)

いわゆる刑事訴訟法改正の「焼け太り」現象に警鐘を鳴らす一冊です。もともと刑事司法改革は(郵便不正事件のような)冤罪を防止するために、「取調べの可視化」に代表されるような刑訴法改正が目的だったはずです。ところが蓋を開けてみると、組織的犯罪を中心とした実態解明への要請から司法取引が導入され、検察は大きな武器を獲得してことになり、これが新たな冤罪の温床になるのでは、と危惧されるようになりました。このあたりは日弁連でもかなり議論されてきましたが、それほど強い反対が出なかったところ、刑事裁判実務に詳しい学者・弁護士の方々が本書を出版されました。一般の皆様にもわかりやすい平易な文書で書かれていますので、法律的知識がそれほどなくても読みやすい一冊です。被疑者・被告人はなぜ自白するのか・・・、という刑事捜査実務の現実を見据えますと、ホワイトカラーの方々が会社犯罪で身柄を拘束されると容易に検察官に迎合するおそれがあることがわかります。そのような現実のもとで、この司法取引制度を適切に運用するためには、検察官も刑事弁護人も、そして供述の信用性を見極める裁判官も、かなりプレッシャーのかかる状況で合意内容書面を取り扱う必要性が実感できます。

日本版司法取引の実効性次第では、政令によって広い範囲の犯罪に活用されるようになるかもしれませんし、さらに自己負罪型司法取引の導入も検討されるかもしれません。民法(債権法)改正に向けた企業実務対応も重要ですが、企業コンプライアンスの視点からは、この刑事訴訟法改正に向けた対応にも注意が必要です。我々法律実務家も、新たな職業倫理上の課題を突き付けられたものとして、企業に対して「弁護人選任のプロセス」を十分説明しておく必要があると考えます。

7月 25, 2016 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年7月21日 (木)

金融庁も検察も国民を敵に回すべきではない(東芝元経営者立件騒動)

東芝不正会計は違法・・・、金融庁が公式見解を発表しようとしましたが、検察との意見相違が報じられるなかで、同庁は急きょ、発表を中止したそうです(経緯を詳細に報じる産経新聞ニュースはこちらです)。すでにご承知のとおり、東芝会計不正事件について、元経営トップの3名の訴追を要望する金融庁と、証拠上立件は困難として訴追を見送る検察庁との対立が話題になっています。東芝事件の元経営トップの立件について、検察と証券取引等監視委員会(特別調査課)との間で温度差があることは、実はかなり前から(風の噂で?)私は聞き及んでおりました。

先日のエントリー「企業不正に立ちはだかる司法の壁と行政当局の対応」でも述べましたが、昨日(7月19日)の朝日「法と経済のジャーナル」(有償版)の詳しい記事を読むと、やはり長銀事件最高裁判決(無罪判決)の射程範囲をどう考えるか、という点が金融庁と検察との対立の一因のようです。今回の東芝事件における経営トップの訴追において、果たして長銀事件最高裁判決が先例となりうるかどうかは、たとえば中央ロー・ジャーナル最新号(第12巻4号)の金築誠志先生(何度も当ブログで述べましたが、私が最も尊敬する元最高裁判事の方です)によるご論稿「判例について」を読むと参考になるのではないでしょうか(もちろん、これは法律専門家向けのお話ですが、金築論文は裁判実務的にたいへん有益な論稿でして必読ではないかと)。

ところで「なぜ金融庁は公式見解の発表をとりやめたのか?」という点ですが、検察庁からクレームがあったということよりも、(告発があった場合に)検察審査会の職務の独立性(検察審査会法3条)を侵害するおそれがあったからではないかと勝手に推測しています。社会的に話題となった事件において、司法改革の一環として導入された検察審査会の起訴議決が活用されるケースが増えています。もし、後日検察審査会が開催されるような事態となり、行政当局が「これは違法である」と公式に意見表明をしてしまいますと、検察審査会もこの意見に影響を受けてしまうことになりそうです。しかし、これは(国民の素直な処罰感情を訴追に反映させるという)審査会の機能を不全に至らしめ、国民の利益を侵害するおそれがあります。

そしてもうひとつ考えられる理由は、平成30年6月までに施行される「日本版司法取引」への対応です。今回の東芝会計不正事件は、経済犯罪に対する平成28年改正刑事訴訟法上の司法取引(刑事訴訟法350条の2以下)の典型的な活用場面です。東芝事件では、「公正なる会計慣行の逸脱」という論点だけでなく、不正会計の実行者とその指示者が別であり、故意の立件に困難が伴うことが予想されます。粉飾の共犯者(トップから指示を受けた者)に捜査・公判への協力と引き換えに訴追免除する約束をとりつけて経営トップの認識を裏付ける供述を引き出すというものですね。

なお、金融庁職員(特別調査官)は強制捜査の権限は有していても、「司法警察員」ではないので司法取引を行う権限はありません。あくまでも金融庁から告発を受けた検察の権限です。したがって、今後同様の事案を立件するにあたり、金融庁は検察による司法取引の権限をどうしても活用したいところです。したがって金融庁と検察は、これからさらに信頼関係を密に保持することが必要です。場末の弁護士の勝手な邪推にすぎませんので、「話半分」くらいにお聴きいただければ結構ですが、こういった理由がホンネの部分だったりするのではないかと。

7月 21, 2016 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年6月 1日 (水)

刑訴法改正-司法取引導入にひそむ弁護士倫理の課題(下)

さて、昨日の「上」の続きでございます。弁護士倫理の問題など、一般の方々には「どーでもよい話」かもしれませんが意外とアクセス数も多かったので、気を取り直して(?)お話を進めたいと思います。司法取引に関する弁護士倫理を考える設例は昨日のエントリーの最後のほうをお読みください。

依頼者の利益のために活動するのが刑事弁護人ですから、司法取引によって罪を免れたいと考える被疑者・被告人の合意方針については、弁護人Bは原則として反対しないことになりそうです。しかし、いくら依頼者の利益のためといっても、裁判所の真実発見に向けた手続きを積極的に妨害することは許されないことは自明です。すると、上記事例におけるB弁護人は、被告人C氏の刑事手続きにおいて有罪に導く重要な証拠の提出を「いい加減」なまま進めることに加担してもよいのでしょうか?

弁護人の同意は、あくまでもA氏が合意手続きを選択するためのメリットやデメリットを判断するため、ということであればよいのですが、それだけでなく、(弁護人の同意が合意成立の要件とされているのは)やはりAの供述の信用性担保の意味も含まれているのではないかと思います(注・・・ここは争いがあるかもしれません。そもそも他人の犯罪とはいえ、供述の信用性を担保するといったことが刑事弁護人の職責とは言い難いようにも思えます)。

しかし、Aの供述の信用性担保といっても、B弁護人にはCの犯罪事実の真偽を確かめる能力も権力もありません。したがって、Aの供述の信用性はよくわからないままに他人の犯罪行為立件に協力するわけで、おそらく弁護人Bとしては、A氏に対して「(Cの犯罪に関する)あなたの供述は信用できない。このままだと刑訴法で新設された合意当事者の虚偽供述罪(刑訴法350条の15)であなたはもっと不利益な状況に置かれてしまう可能性がありますよ」と説得しなければならない場面も出てくるのではないでしょうか。Aがどんなに明白な真犯人と思われる場合でも、Aが自分の無罪を主張してくれとB弁護人に言えば、Bは無罪主張に徹しなければならないわけで、これは何ら問題ありません。問題は、Aの供述だけでは他人の犯罪行為がどうみても立証できないような場合に、弁護人としては、Aの主張を全面的に後押しすることが倫理として許されるのか?ということです。

しかし、司法取引などやめとけ!と説得をすれば被疑者・被告人との信頼関係が失われ「あなたは誰の味方ですか!?弁護人として失格ですよ」と言われて弁護人選任契約は解除されてしまうかもしれません。いや、契約解除で済めばまだマシで、刑事弁護人としての職務違反(誠実義務違反)としてA氏から懲戒請求を受けるリスクもあります。つまりA氏とC(もしくはD弁護人)の板挟みに合う事態になることが懸念されます。

さらに以下のような事例も懸念されます。そもそも、刑訴法改正を待たなくても、これまでも事実上は司法取引的なことは行われてきわけでして、今回の改正は、いわば公然と司法取引制度が活用されるようになった、といっても過言ではないと思います。そこで、上記のような問題以外にも、これまでも事実上行われてきたような「特定同種事件ではなく、あなたのほかの犯罪行為については見逃してやるから、合意手続きを活用しなさい」と検察から勧誘された場合、そのような法定外の司法取引を知って弁護人が同意した場合はどうなるのでしょうか?Cを弁護する弁護人だってCを弁護することに必死ですから、「このB弁護人のやり方は弁護士倫理違反であり、そもそも合意手続きは無効だ」と主張する事態も十分に考えられます。弁護士が法令を逸脱した合意手続きに加担するということが弁護士倫理上きわめて重大な課題になりそうです。

司法取引に絡む弁護士倫理の問題は、ほかにもたくさん考えられるわけでして(たとえば企業犯罪の場合には法人の弁護人に関する問題もありますね)、この制度に関与する弁護士にとっては高度な弁護士倫理に関する知見が必要ではないかと考えております。上記事例におけるB弁護人とD弁護人はガチで「おまえは見識のない弁護士だ」と批判しなければならない事態も想定されますし、たとえポーズであったとしても、Dが立件された裁判の進行中に「A氏の供述はなんら信用性に乏しい虚偽であります!その証拠に、私たちは虚偽供述罪で弁護士も告訴しました!懲戒請求も出しました!」と頑張る弁護士さんも登場するでしょう。共犯者の弁護を同期の仲よし弁護士に依頼する・・・ということも実際はありそうですが、それも弁護士倫理上問題が出てきそうなところです。

意外と知られていないことですが、弁護士倫理に関する日弁連、各単位弁護士会における判断は、委員会を構成する委員によって結論が変わるケースが多いのです(単位会と日弁連で結論が異なるケースもあります)。また、行き過ぎた刑事弁護活動を検察庁が「措置請求」として問題視するケースは稀ですが、このたびの司法取引では、(自分の弁護活動に熱心な)弁護士が別の弁護士の刑事弁護活動を問題視する場面が想定されますので、おそらく倫理問題が顕在化する可能性は高いと思われます。これまであまり真剣に考えてこなかったところかもしれませんが、この制度の運用の巧拙は、このような職業上の倫理問題も絡むのではないかと思われます。企業法務に関わる弁護士としても、今後は慎重に検討すべき課題かと。

6月 1, 2016 刑事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年5月31日 (火)

刑訴法改正-司法取引導入にひそむ弁護士倫理の課題(上)

日本公認会計士協会さんが、たいへん興味深い調査報告書を公表されたようですが(「不正な財務報告及び監査の過程における被監査会社との意見の相違に関する実態調査報告書」の公表について)、かなりの分量なので、また熟読したうえで感想を述べさせていただきたいと思います。

さて、昨日は監査役のフィデューシャリー・デューティーに関する話題でしたが、本日は弁護士のフィデューシャリー・デューティー、いや「場末のコンプライアンスさん」はこの言葉は深い議論がなされないおそれがあり大嫌いとおっしゃっていますので、もう少し一般的な「弁護士倫理」について考えてみたいと思います。

今朝(5月30日)の日経朝刊法務面で、「経済犯罪に司法取引、企業不正の摘発加速も」といった見出しの特集記事が掲載されていました。ご承知の方も多いと思いますが、今国会で刑事訴訟法の改正法案が成立して、日本でも組織犯罪の摘発を容易にするための司法取引制度(協議・合意手続、刑事免責制度等)が導入されました。被疑者、被告人が同種犯罪に関する他人の犯罪行為を明らかにすれば、自分自身の起訴を見送られたり、通常より軽い求刑を受けられる・・・といった制度です(ここでは便宜上、改正刑事訴訟法350条の2に定める合意制度だけを説明しています)。警察・検察は「取調の可視化」を受け容れることと引き換えに、司法取引という絶大な権力を手中にしたわけです。

司法取引制度は、暴力団犯罪や外国人犯罪等の組織犯罪だけに適用されるのではなく、金融商品取引法違反事件や独禁法違反事件にも適用されることになっており、今後の政令では不正競争防止法違反事件等にも適用が予定されているそうですから、「ビジネス法務」としても、当然に関心が向けられるところですね。現に、上記日経の記事でも、大手法律事務所の弁護士(元検事)の方が解説をされています。当該弁護士さんの予想では「(司法取引制度は)幹部を摘発したい捜査機関と、助かりたい一心の部下の利害が一致し、捜査力は格段に上がる」とされています。

ここで改正刑事訴訟法における司法取引制度を詳しく解説することはしませんが、私はこの司法取引に関与する弁護士は相当慎重に弁護士倫理に配慮する必要があるのではないか、と危惧しております。以下具体例ですが、ある特定の犯罪について被疑者、被告人となっているA氏にはBという刑事弁護人がついているとします。関連する犯罪について、A氏が上司であるC氏の犯罪事実を申告するために、この刑訴法350条の2に基づく合意制度を活用することを検討しています。合意制度による恩恵をA氏が受けるためには、その合意(司法取引)に弁護人であるBの同意が必要となります(刑訴法350条の3、1項)。したがって、Bとしては合意制度を活用して自己の不起訴もしくは刑の減軽を得たいA氏から相談を受けるでしょうし、場合によっては弁護人のBから合意手続きの活用を勧めることもあるかもしれません。

改正刑訴法によると、上司であるCを立件するにあたり、このAの供述証拠のほかに補強証拠は不要とされています。そうすると、Aの(Cを立件するための供述証拠に関する)信用性が十分に吟味されないまま検察がCの起訴に踏み切る可能性があり、Cの刑事事件には「助かりたい一心で、かなりいい加減な」Aの証言が証拠として採用されるおそれがあります。その結果、Cの弁護人であるDが熱心な弁護活動によってAの証言が虚偽である疑いを刑事裁判官に抱かせることも十分に考えられます。こういった例を念頭に置くと、CやDとの関係では検察官の合意離脱(刑訴法350条の10、1項3号)が考えられますが、そもそもA氏の弁護人であるBにはどのような倫理上の問題が発生するのでしょうか?(以下、たいへん長いので明日のエントリーにつづく)

5月 31, 2016 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月 4日 (木)

自浄作用が発揮されない企業には事後規制(刑事処分)が待っている

東洋ゴム工業社とその子会社が免震ゴムの性能データを偽装していた問題で、大阪地検特捜部は、取引先関係者から不正競争防止法違反(誤認惹起表示)容疑で告発状の提出を受け、これを受理する方針と各マスコミで報じられています(当時の担当者らの関与について捜査する方針を固めたとのこと)。

昨年7月、木曽路さんの不正競争防止法違反事件に関する こちらのエントリーでも書きましたが、やはり自浄作用が発揮できない企業不祥事には事後規制としての刑事処分が待っている、と考えるべきです。東洋ゴムの新社長さんは昨年11月、「旧経営陣には損害賠償請求は考えていない」と述べておられました(たとえば山陽新聞はこちら)。また、防振ゴムに関する三回目の偽装事件が発覚した後の外部調査委員会も中途半端な事実認定に終わってしまい、組織の構造的欠陥の究明がなされないままになっていると評価されています(たとえば産経新聞ニュースはこちら)。このように東洋ゴム工業さんにおいて、未だ自浄作用を発揮していないのであれば、もはや原因究明のために刑事処分が活用されることは十分予想されたところです(前にも述べた通り、最近は消費者取引においても不正競争防止法が活用される時代になりました)。

日本の両罰規定の法的性質から、関係者の犯罪実行を前提として法人が処罰されるわけですが、誰のどのような行為に問題があったのか、司法当局によって徹底的に究明されることが予想されます。ただ、不正競争防止法における法人処罰としての罰金(誤認惹起は3億円以下)は「ペナルティ」ではなく「サンクション」だといわれており、道義的責任を追及する(法人の消滅もやむをえない)ということよりも、再生のためにお灸をすえるといった意味合いが強いと考えられます。したがって、この機会にこそ、グループ全体としての不祥事体質にメスを入れて、不正に立ち向かえる自浄能力を備える組織になっていただきたいと願うところです。

他社さんにおいても、様々な社内力学によって不祥事の真相解明に消極的になってしまうこともあるかもしれません。東洋ゴム工業さんの事例は、組織の不正リスク管理の在り方に多大な教訓を残すものと思います。

2月 4, 2016 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年12月19日 (土)

JR北海道・ノバルティス-刑事罰は企業の構造的欠陥に光をあてるか

(平日にはなかなかブログを更新する時間がとれませんので、週末アップとなりましたが・・・・・)今年5月に出版されました「会社法罰則の検証」(山田泰弘・伊東研祐編 日本評論社 2015 5,200円+税)の第4編第2章の執筆を担当させていただき、「コンプライアンス時代の刑事罰適用の道」と題するテーマでノバルティスファーマ社のデータ改ざん事件、そしてJR北海道のデータ改ざん事件を取り上げました。ちょうど今週、偶然にもこの二つの事件に動きがありました。

ひとつは薬事法違反(虚偽誇大広告)の公訴事実で社員および法人が起訴されたノバルティスファーマ社の事件です。東京地裁において第1回公判が行われ、個人法人とも無罪を主張されているそうです(たとえば中日新聞ニュースはこちら)。第三者委員会報告でも「本件では薬事法違反に問うのはむずかしいのではないか」とされていますが、上記の私の論文(259頁以下)では「立件できるかどうかは慎重な判断を要することになるが」、これまで前例のない薬事法違反という刑事罰適用を、本件で積極的に検討することを評価しています。

また、もうひとつはJR北海道のデータ改ざん事件です。上記の論文で、私は(JR北海道のデータ偽装については)組織のどこに問題があったのか、事実を解明するためには刑事処分を活用する以外に方法はない、とこれも積極的に評価しました(同259頁~260頁)。新聞等が報じるところによると、虚偽報告を行った者、法人としてのJR北海道のほかに、「虚偽報告を黙認した幹部」も書類送検の対象とされているそうです(たとえば毎日新聞ニュースはこちらです)。こちらも鉄道事業法を刑事立件に適用するのは(起訴されるとすれば)初めてのことだそうです。おそらく鉄道事業法55条1項、同70条15号、とりわけ法人処罰については運輸安全委員会設置法18条2項、同32条、同33条が根拠規定だと思われます。

企業不祥事において、近時は「自浄能力」を発揮させるために第三者委員会が設置されるケースが多いのですが、その調査能力には限界があり、とりわけ国民の生命身体の安全を確保するため、もしくは国策として、当該業界の信用を確保するためには組織の構造的欠陥を解明することが強く求められる場合もあると考えます。たとえばノバルティスの事件では、組織としての構造的な欠陥が明らかにならなければ、日本の製薬業界の世界的信用が回復されないわけで、そのためにも国が動く必要があると思われます。また、重大な脱線事故の再発につながるおそれのある組織的な問題については、国民の安全を守るために事後規制によって厳格な処分が必要と思われますので、「虚偽報告を行った社員」でけでなく、「虚偽報告がなされることを見て見ぬふりをした社員」に対しても刑事処分が検討される、ということになります。

もちろんJR北海道の場合は「書類送検」の段階なので、立件の可否は今後の課題となりますが、企業不祥事が発生した場合、その時点における(企業に向けられた)社会の目を勘案しながら「できるかぎりの自浄能力の発揮」に努める必要があり、これを怠ると事後規制の厳罰が待っているものと認識しておくべきです。企業の構造的欠陥に対して薬事法違反、鉄道事業法違反といった、これまで適用してこなかった法律で、しかも両罰規定を用いて対応するのが規制緩和が進む時代の事後規制の在り方(国家による企業不祥事への対応)だと肝に銘じておく必要があります。

12月 19, 2015 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月27日 (金)

Mファンド元代表による相場操縦事件とスチュワードシップ・コード

旧村上ファンドの元代表の方による相場操縦強制調査事件が報じられています。相場操縦の中でも、もっとも頻繁に行われているとされる金商法159条2項1号の変動操作に関する調査対象事件です。また金融庁の平成27事務年度の重点政策項目である「市場の健全性確保」を実現するためには、相場操縦事件の摘発は喫緊の課題であるわけですが、不公正取引規制は正に刑事法と行政手続法、そして金融商品取引法の知見が求められる領域なので、おそらくマスコミの方々がこの話題をフォローすることは至難の業ではないかと(ある程度の支配力をもった人が株式の売買を行えば相場が変動するのは当たり前なので、どこまでが「適法な取引」で、どこからが「違法な取引」なのか、その線引きは「取引誘因目的」という主観的要件の有無にかかっていて非常に難しいわけです)。

とりわけ調査当局の報じるところをそのままマスコミが「垂れ流し」てしまいますと、機関投資家をはじめとした「モノ言う株主」の姿勢を委縮させてしまい、スチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コードを基本とした「株主との対話」に悪影響を及ぼすことになる可能性もありそうです。いくらスチュワードシップ・コードの存在(中長期の企業価値向上を目指した対話)を強調したとしても、株主にとって短期的売買が悪いわけではなく、上場会社の事業戦略、成長戦略に積極的に意見を述べることも必要かと思われます。不公正取引規制のポイントは一般投資家が市場に寄り付かなくなるような「トンデモ取引」を排除しようとするものなので、金融庁や検察庁としては「これはアカンやろ」と投資家が思えるようなメルクマールを明確に打ち出して立件する必要があるのではないでしょうか。

11月26日夜の日テレニュースでは「M元代表が、取引時間が終わる直前に大量の株を安く売って株価を引き下げる、『終値関与』と呼ばれる手口などで相場操縦をしていたとみられることがわかった。M元代表は株価を下げた後、時間外取引などで買い戻し、値上がり後に売り抜けていたとみられている。」と報じていました。このあたりは、(リーディングケースである平成6年の協同飼料事件最高裁決定の前に出されたものになりますが)証券取引審議会不公正取引特別部会中間報告書「相場操縦的行為禁止規定等の在り方の検討について」(商事法務1275号35頁以下)等で、相場を変動させるべき取引に該当するか否かは、一日のうち、もっとも重要な時間帯である終値付近での関与状況も判断要素になりうるとされているので、当局の持つ解釈指針に従って、その他の判断要素も総合考慮したうえで「取引誘因目的」という主観的要件を立証していくものと思われます。一般投資家を取引に誘因するためには特殊な手口を複雑に活用することになるでしょうから、そういった一連の手口が経済的に合理性のあるものとして説明がつくのかどうかが焦点になるのでしょうね。

私個人としては紅白初出場のレベッカと同じくらい(?)、経済刑法ネタは大好きなのですが、当ブログで一番アクセス数が少ない傾向にあるのがインサイダー規制や不公正取引規制に関するエントリーです。金商法ネタで唯一アクセスが集中するのは有価証券報告書の虚偽記載事件ネタだけですね。ちょっと寂しいですが、本日のエントリーも、RSSリーダーでタイトルだけをチェックしてスルーされている方が多いと思います(>_<)。しかし(エントリーとは全く関係ありませんが)NOKKOを紅白で視ることができるというのは50代のオッサンには涙モノです。

11月 27, 2015 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年9月 9日 (水)

まるで司法試験のような?「司法試験情報漏えい事件」

本日はビジネス法務系のエントリーございませんので、マニアックなネタにご興味のない方はスキップしてください。<m(__)m>行政法は専門分野でもございませんし、以前「田中真紀子大臣の大学設立認可問題」へのコメントで大炎上になった経験もありますので(笑)、「ホンマかいな?」程度にお読みいただけれ幸いです。

司法試験に合格された皆様、おめでとうございます<m(__)m>。我々の時代と違い、「合格したらこの世の春!」などと浮かれてよい時代ではなくなりましたが、ぜひともご自身が高く志した法曹の道へ向かって、これからも精進されることを祈念しております。

さて、本日(9月7日)は司法試験合格発表の日でしたが、その直前といいますか当日に前代未聞の不祥事が発覚したようです。憲法の司法試験委員主査を務める法科大学院教授が、教え子のロースクール生に試験問題を漏えいしていた疑いがある(国家公務員法違反)として、法務省が当該教授を刑事告発、東京地検特捜部も同教授自宅の捜索・押収に踏み切ったそうです。報道されているところでは同教授も教え子も不正受験の事実を認めているとのこと。

「こんな突出した素晴らしい答案など書けるのは不自然」といった委員の指摘によって発覚したようですが、私が驚いたのは法務省の刑事告発と合格発表とのタイミングです。まさに合格発表寸前の刑事告発劇ですね。司法試験法10条★によると、不正受験が発覚した場合には、司法試験委員会は(当該受験者に対して)受験することを禁止するか、または合格を取消すことができる、とあります。この教え子だった受験生の採点を回避した、と報じられているので、法務省はクロスプレーで「受験の禁止処分」として扱い、「合格を取消す」ということを回避したのではないでしょうか。

★(司法試験法第10条)司法試験委員会は、不正の手段によつて司法試験若しくは予備試験を受け、若しくは受けようとした者又はこの法律若しくはこの法律に基づく法務省令に違反した者に対しては、その試験を受けることを禁止し、合格の決定を取り消し、又は情状により五年以内の期間を定めて司法試験若しくは予備試験を受けることができないものとすることができる。 

もちろん、この「教え子」とされる受験生が不合格であれば急ぐ必要もないかもしれませんが(※1)、ひょっとするとそんなに「素晴らしい答案」だったので合格ラインに達していたのかもしれません。公表されている論文試験の平均点が50点未満、最高点の方の平均も70点前後なので、100点に近い点数を憲法で取っていたとすると、それだけで合格ラインに近いはずです。そして合格取消は、いったん行った行政行為(合格通知※2)を取消すことになりますから、行政法上の「利益を付与する行政行為の撤回」に該当します(※3)。ちなみに行政法の先生方の通説的見解に従えば、裁判で争われる場合に提起される取消訴訟については「撤回に関する制限法理」によって、かなり受験生側に有利な実体法、手続法上の取扱いがなされる可能性があります。

※1・・・司法試験法10条によると、当該受験生が不合格だった場合でも、司法試験委員会は(情状によって)将来5年間にわたって司法試験の受験資格を喪失させることができます。ただ、この「教え子」の受験生がもし全体として合格ラインに達していなかったとすると、ここまで大きな問題になっていたかどうか、やや疑問も感じるところですが・・・

※2・・・本日4時の合格発表は、法務省のHPで公表されましたので、通説判例によれば行政行為は成立しており、また効力発生要件も満たしています。司法試験法施行規則6条に基づく官報公告よりも前に行政処分は成立し効力は発生したものと解されます。

※3・・・そもそも不正によって合格通知が発せられた場合、瑕疵ある行政行為ならば職権取消であり、不当であっても瑕疵とまではいえないなら撤回にあたります。ここも問題ですが、とりあえず「撤回」と考えました。ちなみに職権取消と判断しても、取消権制限法理があり、受験生側に有利に働きます。

いっぽう受験をさせない(受験禁止)という処分については、(司法試験法が委任する法務省令に基づき)たとえば疑惑解明のための司法試験委員会の指示に従わなかったというだけで受験禁止処分もありうるわけですから(※4)、行政側に広い裁量権が付与されます(※5)。この場合には、もし受験禁止処分に不服がある受験生側で、法務省の不作為の違法を立証しなければ敗訴してしまう可能性が高いと思われます。利益付与型の行政行為の撤回によって、裁判所の公開の場において、なぜ不正だと判断したのか、そのプロセスを示さなければならない事態に陥ることを食い止めるには、司法試験の発表前に、なんとか刑事告発までは済ませなければならない、というのが法務省の考えだったのではないでしょうか。

※4・・・司法試験法施行規則第5条1項

※5・・・職業選択の自由を(法のプロとしてふさわしい者を選抜するといった)高度の公益目的によって制限(一般的禁止)しているので、受験機会の付与(禁止の解除)についても相当広い裁量権が認められるのではないでしょうか。

司法試験委員会の委員の皆様は、おそらく司法試験の公法系考査委員の方々と一緒に知恵をしぼって、この司法試験公法系のような問題に取り組んでおられたのではないかと推察いたします。なんせ公法系試験委員の主査の方を敵に回して(?)これに対抗する手法を検討するのはたいへんかと。往々にして、このような受験生は情報漏えいをしていなくても合格ラインに達していたりするんですよね(^^;しかし「教え子」受験生のお名前が公表されないので、M法科大学院の20代女性受験生の方々が、たいへん気の毒な状況にいらっしゃるのではないかと。。。

9月 9, 2015 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年9月 7日 (月)

日本ガイシ米国子会社・反トラスト法違反事件にみるカーブアウトの脅威

環境規制強化の中、業績好調の日本ガイシさんは、同社米国子会社によるシャーマン法1条違反事件について、米国司法省(DOJ)との間で司法取引を成立させたことを発表しました(会社のリリースはこちらです)。本件については、DOJも先週HPで公表しています。同社は、すでに4月28日の時点で15年3月期に「競争法関連特損93億円」を計上することを明らかにしていましたので、詳しい方は「まもなく海外不正事件で司法取引合意か?」と予想されていたかもしれません(しかし日本の公取委が立入調査をした場合にはその時点でリリースされるのに、DOJの立入調査段階ではなんらのリリースもされないのですね。別途おそろしいインサイダー取引リスクが生じますね)。

ところで本事件では、日本ガイシさんの前社長を含む3名の方が企業本体の司法取引では免責されなかった(カーブアウト)と、日経が報じています(「関係者の証言によると」だそうです)。昨年1月、東証2部の自動車部品会社の経営トップが米国で禁固刑に処せられた例はありましたが、東証1部上場会社の経営トップがカーブアウトされ、刑事起訴されることはあまり例がないと思います。会社リリースによると、米国子会社にDOJから文書提出命令が届いたのは2011年10月とのことですが、日経が報じるところでは2010年から12年にかけて国内外において司法妨害行為(メールの削除、文書の廃棄等)が行われていたとのことで、時期がややずれています。つまり米国子会社にFBIやDOJの関係者がやってきた当初から、海外不正事件において「一番やってはいけないこと」をやってしまった可能性があります。

自動車部品メーカーは、常に自動車メーカーからの値引き要請、受注割合調整通告にさらされていますので、「こっちだってメーカーへの対抗手段をもっていてしかるべきだ」といった、いわゆるカルテル正当化理由があります(もちろん法的に正当というわけではありません)。したがって頭では「ヤバいこと」とわかっていても、またどんなにコンプライアンス研修を受けたとしても、上から「工夫しろ!」「チャレンジ!」と指示が飛んでくる中で、私は「どこの会社でもカルテルはやってしまう」と考えています。これから長年にわたって雨嵐のようにやってくる海外の民事訴訟や当局による制裁金訴訟を考えますと、どうしても「起こさないためにどうするか」に関心が向きがちですが、むしろグレーゾーン行為の疑惑が生じた時に、どうやって国内本部がこれを察知してアムネスティ・プラスにつなげるか(一番に不正を申告すると刑事処分を免れる制度)、ということが最重要課題であり、そのための内部統制システムを企業グループにおいて構築する必要があると思います。

「起こさないためにどうするか」よりも「起きた時にどうするか」を優先すべきと考える理由は、日本ガイシさんのように司法取引における「カーブアウト」がDOJの捜査主流となりつつあるからです。これまた米国子会社にFBIやDOJの担当官がやってくると、どうしても日本の本社では証拠を隠したり、廃棄したくなるものです。これは自分が刑事処分を受けたくないとか、自社の関与を隠したいといったことだけでなく、「他社に迷惑をかけたくない、御世話になっている会社を巻き込みたくない」といった日本企業的な理由もあるのでやっかいです。司法妨害行為は米国では極めて重く処罰されるようなので、今回のように経営トップの関与が疑われると、たとえ企業は司法取引が成立したとしても、経営トップは別だとして、免責合意の対象からはずされてしまいます。日本ガイシさんの司法取引の合意内容は明らかではありませんが、最近は「おたくの前社長が全面的に不正を認めて、おれたちの捜査に協力するように説得しろ、それなら罰金を減らしてやる、もし前社長を説得できないようなら、もうひとり幹部役員級のカーブアウトを増やしてもいいぞ」といった戦術がとられる傾向にあります。日本人には罰金を高くすることよりも、人質をとることのほうが捜査上で有効だと理解しているのでしょうね。

もちろん米国の捜査権は日本には及ばないので、起訴されても米国の裁判所に行かないという手もあります。今でも10名以上の日本人が頑張って無罪を争っているようですが、禁固刑が確定した場合に、「日本にいれば安心」というわけにもいかない時代になってきました。身柄引き渡し条約について、日米間で合意がなされており、いつ東京高裁が米国の引き渡し要求に応じるか予断を許さないからです(まぁ、これからは一切海外には出ない、身柄引き渡しは時期尚早という希望的観測に賭ける・・・というのもアリかもしれませんが)。

大きな組織のマネジメントを任されている方が、このような刑事訴追の対象となること自体、企業にとっては重大な問題です。また日本ガイシさんのように、国際カルテル事件は何年間も公表を控えざるをえず、(その結果として)インサイダーリスクを抱えるために、社長以下ごく少数の精鋭部隊による対応が要求されます。つまり、有能な社員を後ろ向きの作業に長く関わらせてしまうことも、企業にとっての重大な損失です。したがって「起きた時にどうするか」、つまり反トラスト法違反行為の後の「二次不祥事防止」といったことを優先すべきなのです。ちなみにカーブアウトの現状については私と龍義人氏とベーカー&マッケンジーの井上朗弁護士共著による「国際カルテルが会社を滅ぼす」でも説明をしています。なお、龍義人氏は、このたびさらに「国際カルテルが・・・」をブラッシュアップした国際カルテルへの実務対応本を、西村あさひ事務所の著名な弁護士の方と共著にて出版されます。こちらでもDOJ対応の実務が詳しく紹介されているようですので、ご期待いただければと。

9月 7, 2015 刑事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年7月 9日 (木)

ABCマート社はいつ「わが社は有事」と気がついたのか?

日経ビジネスネット版が「ABCマート役員を書類送検した「かとく」の正体~残業代を払っていても“アウト”になる企業が続出か」と題する記事をアップされています。その中で、労基法違反事件捜査の主体となった「かとく」(稼働労働撲滅特別対策班)へのインタビューをとても興味深く読みました。人手不足(雇用の流動化の促進)やSNSの発達が、労基法違反事件の刑事処罰を容易化させることが理解できます。

ところでABCマートさんが刑事捜査の対象とされたのは、昨年4月の同社2店舗における労基法違反(長時間残業)の事実ですが、上記インタビュー記事によりますと、労働局はすでに昨年から捜査に着手されていたそうです。さらに「同社には複数回の是正勧告を行い、本社にも注意をしたが、是正されないために刑事捜査に踏み切った」とのこと。先週のエントリーでも書きましたが、ABCマートさんとしては、何の前触れもなく労基法違反の事実を突き付けられたわけではない、ということのようです。

そうしますと、ABCマートさんは「現在は長時間労働はすべての店舗で解消している」とリリースされていますが、労働局が(昨年に)捜査に着手した後になって「これはたいへんなことになった」と思い、内部統制システムの構築にとりかかった、ということかもしれません。いや、もっと早く、労働局から本部に対して是正勧告がなされたときに着手した可能性もあります。いずれにせよABCマートさんは「いまわが社は有事にある」という認識を、どの時点から持ち始めたのか・・・、これは取締役の善管注意義務の履行という意味でも非常に重要な点でしょうし、私も一番関心を持つところです。

このABCマートさんの「見せしめ」的な書類送検の事実から他社が学ぶべきことは、企業として労基法違反リスクの重大性をどの時点で気付くかということだと思います。労基法の遵守が重要であることはどの企業も当然認識しているところですが、私のように上場会社の内部通報の外部窓口業務を担当していますと、「長時間労働」に関する通報が各社とも多いことがわかります。つまり、どんなに内部統制システムを整備していても100%防止することは困難です。しかし、労務関連の内部通報が取締役会で報告・議論されることは少ないように思います。残業代はきちんと払っているし、社員が進んで深夜まで働いてくれているんだから・・・という意識からか、企業としては違法性の認識はあったとしても重大な法令違反といった認識はあまり持っていないのではないかと。

監督官庁から業務停止処分を受ける、という事態であれば、有事意識が多少遅れたとしてもなんとか(内部統制の整備といった)自律的行動によって処分の減免を受けることができるかもしれません。しかし刑事処分は過去の行為に対する企業または経営陣への司法上の制裁なので、(たとえ不起訴処分となったとしても)有事意識が遅れたことは取り返しのつかない信用毀損(たとえば「ブラック企業」という烙印を押されること)につながってしまいます。上記日経ビジネスの記事で表現されているように、「ブラック企業は健全な自由競争の資格がない企業」という意識が社会的に浸透してきたのであれば、これまで以上に「労基法違反は重大リスク」として、企業の役員が有事意識を持つ必要がありそうです。

またこのたびABCマートさんは「完全に解消している」とリリースされていますが、内部通報や内部告発によって今後また長時間労働に関する情報が明るみになるかもしれません。東芝さんは不適切会計処理事件の中間報告で、「利益のかさ上げが新たに36億円ほど判明した」と公表しましたが、最近の報道では追加で500億~1000億分が判明したとも報じられており、これもやはり第三者委員会が設立された後に多くの社内通報が同委員会に集まったことに起因するものと推測されます(うーん、7月9日早朝の日経ニュースによると東芝さんの件は「不適切会計処理」ではなく「粉飾」のようですね。。しかしこんな詳しい事情を誰がマスコミにしゃべっているのでしょうね)。ABCマートさんとしても、まだまだ有事意識は抱き続けなければならないでしょうね。

7月 9, 2015 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年5月27日 (水)

企業秘密侵害事件にみるコンプライアンス・プログラムの重要性(その2)

4月20日のエントリーで詳細に述べました上新電機元課長によるエディオン営業情報の漏えい事件ですが、法人である上新電機について不起訴(起訴猶予)処分が5月22日に下されたそうです(産経新聞ニュースはこちら)。関係会社に利得、損失が発生した様子がなく、また上新電機の役職員の関与も認められず、さらに同社は再発防止策を構築している、というのが主な理由のようです。

従前のエントリーではコンプライアンス・プログラムの重要性について書きましたが、このたびの報道からしますと情報漏えい事件発生時に、自社の役職員の関与がなかったことを明らかにするためにも、やはりブログラムの運用が有効ではないかと思います(上新電機さんがそのようなプログラムを策定していたかどうかは不明ですが)。毎度申し上げておりますとおり、企業不正リスクをマネジメントするためには、不祥事は起こしてはいけない、という発想ではなく、不祥事は必ず起こる、起きたときにどうするか、という発想が必要です。もし会社が情報漏えい事件に巻き込まれたとしても、犯行に及んだ社員の単独実行であること、会社は何らの利害関係もないことを、どう説得的に説明できるか、内部統制システムの運用によって立証できる態勢を備えておかなければなりません。

なお、地検は「再発防止策もとられているようなので」と不起訴理由を述べているそうですが、再発防止策の実効性確保も重要だと思います。再発防止策が機能するのであれば、基本的に会社犯罪に刑事罰や行政罰が問われることはないと思います。先日、武田薬品工業が旧薬事法違反(虚偽誇大広告)によって業務改善命令を下される予定だと伝えられましたが(たとえばこちらのニュース)、企業の自律的行動による再発防止策が十分に機能しないと思われる場合には、行政や司法による事後規制が待ち構えています。おそらく上新電機のケースでも、再発防止策がしっかりと確認できていなければ、刑事罰適用の可能性はあったのではないでしょうか。

先日ご紹介した「会社法罰則の検証~会社法と刑事法のクロスオーバー」の拙稿でも書いておりますが、これだけ企業の内部統制システム構築の必要性が問われる時代において、企業不正抑止のための刑事罰や行政罰の必要性が(以前と比べれば)乏しいのかもしれませんが、それでも「最後の砦」としての刑事罰の実効性は今もなお求められているものと考えています(もちろん、罪刑法定主義の観点からみれば、両罰規定による規制を超えて、組織の構造的欠陥をダイレクトに指摘できるような刑事罰を規定することは現時点では困難かもしれませんが)。法人自身が刑事罰を適用されることのデメリット(社会的信用毀損)を考えますと、コンプライアンス・プログラムの効用は大きいと思います。

5月 27, 2015 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年3月30日 (月)

企業の内部統制システムの不備と法人処罰の必要性

JR西日本の福知山線事故から10年が経過しようとしている3月27日、同社歴代社長3人に対する業務上過失致死傷被告事件の控訴審判決が出ました。第一審と同様に無罪判決です。過去に何度か当ブログでも取り上げましたが、やはり経営幹部の刑事責任を問うには、過失犯としての実行行為性(予見可能性、結果回避可能性)を認定する根拠に乏しいように感じます。

ただ、3月28日の朝日新聞朝刊1面(大阪版)の記事によると、指定弁護士(強制起訴事件の検察官役)がJR西日本の安全面における管理ミスを主張したことに対して、大阪高裁は「JR西の法人としての責任を問題とする場合、指定弁護士の指摘の中には妥当なものがある。だが今回の裁判では個人の刑事責任が問われている」と述べたそうです。この判決をきっかけに、改めて(立法論ながら)法人処罰の必要性について考えるべきではないでしょうか。

現在も両罰規定をもって法人の刑事処分を問う法令は多数存在します(そもそも法人に刑事処罰を科すことができるのか、という理屈の問題もありますが、ここでは触れないことにします)。しかし、JR西の事件のように、そもそも役職員の個人責任を追及することが困難であるからこそ、法人の注意義務違反を刑事責任として追及すべき事件があるように思います。このような事件には両罰規定では対応できません。上記の大阪高裁の判断は、おそらくこのような法人に対する直接的な責任追及の困難さを示したものと思われます。

たしかに法人のどのような行為を把握して「実行行為」と論じるかはむずかしいところです。民事責任とは区別して刑事責任を問う意味は、犯罪者に道義的な非難を加えるというところにありますが、そもそも法人自体にそのような非難を加えるべき対象行為を特定することは理屈の上で障碍があるように思います。ただ、最近は組織の内部統制の不備自体が厳しい社会的非難の対象となる事例が増えています。たび重なる飲酒運転による重大事故が社会的批判の対象となり、「飲酒運転」自体への非難のレベルが上がっているのと同じように、たとえ重大な事故を発生させていない場合でも、法人に安全配慮のための内部統制構築上の不備があれば、当該法人に事業停止などの行政上の措置を科される事例もあります。いわば内部統制システムの構築は手段から目的に変わりつつあり、ここに一般予防、特別予防的見地から制裁を加えるべき「組織の構造的欠陥」を論じることはできるのではないでしょうか。

加えて刑事訴訟法改正の中に他人犯罪申告型の司法取引制度が導入されますが、これも法人自身を「被告人」に含むことで企業の自浄能力発揮に役立つものと言われています。組織の役職員に対して刑事免責を付与しながら(黙秘権を解除して)、本当の事故原因を追及し、再発防止策につなげるというために、法人の刑事責任を認めることも有効だと考えられます。国民の安全、消費者被害の未然防止のためにも法人の刑事責任を認めるべき時代が到来しているように思います。列車事故、航空機事故、高度医療センターにおける事故等、誰かひとりの過失を特定できないが、それでも組織としてルールに反する行動があったと認定できるケースこそ、刑事責任を問いうるのではないかと。

3月 30, 2015 刑事系 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2015年3月18日 (水)

刑事訴訟法改正で脚光を浴びるか-デジタルフォレンジック

先週土曜日(3月14日)、大阪弁護士会・日本公認会計士協会近畿会共催事業として「第三者委員会とデジタルフォレンジック」と題する合同研修会が開催されました。会計士協会側は丸山満彦氏(デロイトトーマツ・リスクサービス代表取締役)、弁護士会側は私が講師を務めました。昨年、世間を騒がせた刑事事件でフォレンジックの陣頭指揮をとられた丸山先生と私とでは、だいぶレベルの差がありましたが(^^;、会場にはフォレンジックにあまりなじみのない先生方もいらっしゃったようなので、私もそれなりにお役に立てたかもしれません。

ところでデジタルフォレンジックといえば、月曜日の日経法務インサイドでも取り上げられていた刑事訴訟法の改正との関係が注目されるところです。3月13日に刑訴法改正案が国会に提出されましたが、「捜査協力型」の司法取引制度が導入されていまして、容疑者や被告が他人の犯罪について検察官に申告し、これによって他の犯罪捜査につながる場合には不起訴処分や刑の減軽が得られるという制度です(なお、新聞記事にもあるように、自己の犯罪を申告して刑の減免を得る自己負罪型の司法取引制度は導入されていません)。対象となる犯罪行為には、独禁法違反や金商法違反などの経済犯罪行為を含みますので企業としても関心が高まるところです。

そもそも今回の刑訴法改正は、あの郵便法事件(村木さんの件)における検察不正が発端となったものなので、この「捜査協力型」司法取引制度の導入についても、けっして検察権限を強化する、というものではなく、自白偏重の捜査を少しでも客観的証拠による立件体制に戻すため、というものだそうです。できるだけ人権侵害を回避しつつ、(末端の実行者ではなく)重要な経済犯罪における首謀者への捜査を可能とすることに機能することが期待されます。

ところで、いくら他人の犯罪を申告するといっても、検察官がこれを有用な情報だと認めなければ申告したことにはならないわけでして、だからこそフォレンジックによるメールや電子証拠、WEB記録の保存や分析が有用になります。とくに電子文書の内容もさることながら、電子文書の存在価値(原本性、同一性)が重要な証拠になるものと思われますので、企業自身だけでなく、社員にもデジタルフォレンジックの知見が必要になってくるのではないでしょうか。検察官が立件に耐えうる証拠と判断するために、文書の証明力よりも証拠能力に注目することが予想されます。経済犯罪の立件のためには企業に存在する多くの電子文書が求められますが、それらが真正に作成されたものであることが客観的に証明されるのであれば、検察官にとっても有力な資料になると思います。

企業自身が不起訴や刑の減免の対象になるのかどうか、証拠の持ち出しや分析の正当性に関わる公益通報者保護法の改正はどのような方向性を持つのか、といった今後の課題もありますが、捜査に協力する企業や社員の存在が奨励される時代となれば、デジタルフォレンジックのスキルを磨く企業や社員が確実に増えるものと思います。

3月 18, 2015 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年11月 4日 (火)

刑事訴訟法の改正は企業法務にどのような影響を及ぼすか?

来年の法改正の予定といえば、債権法改正に関する話題が法律雑誌等で特集記事となっていますが、刑事訴訟法改正についてはあまり話題になっていないように思います。基本法の改正が同一の国会で二本通ることは、過去にあまり例がないようで、もうすこし遅くなるのかもしれませんが、紆余曲折を重ねて9月18日に法制審議会「新時代の刑事司法制度要綱・特別部会答申」がリリースされており、この刑訴法改正に関する企業法務への影響はかなり大きいものと思われます(朝日「法と経済のジャーナル」で西村あさひ法律事務所の弁護士の方も「企業実務への影響は大きい」と述べておられますね)。

独禁法違反、金商法違反事件にも司法取引(捜査・公判協力型協議・合意制度)の適用がある、ということですし、今後は適用対象となる経済犯罪(財政経済関係犯罪)が法令によって規定されるので、不正リスク管理という面においては気になるところです。組織ぐるみの談合や贈収賄、脱税、有価証券報告書虚偽記載といった事例では、部下の方々が「上司の不正を供述すれば免責」となるわけですから、とりあえず経営トップの方の訴追リスクは高まることになるでしょうね。他企業の関係者の不正を供述することも免責の対象となりますので、同業他社の不正といえども油断は禁物ですね。

ただ、法人処罰が免責されるかどうか、という点は(今のところ)明らかにされていないので、内部統制という面ではもう少し検討の余地がありそうです。あと、重大な医療事故や航空機事故等、業務上過失致死傷事件の真相解明に、刑事免責制度がとのように適用されるのか…という点にも関心がありますが、これもあまり論じられていないようです。重大事故の真相解明のために、事故調査委員会が調査を行うわけですが、黙秘権の壁に阻まれて、なかなか真相が究明できないわけでして、こういった刑事免責制度をもって供述拒否権を取り除き、再発防止のための施策に役立てる、ということはとても大切なことだと思いますが、いかがなものでしょうか。

11月 4, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月14日 (月)

もうひとつの不正競争防止法違反事件の立件-日本交通技術社事件

不正競争防止法に関する最新の話題といえば、もちろんベネッセコーポレーション社による顧客名簿情報漏えい事件ですね。刑事捜査が進行していますので、この後の展開が注目されるところです。ところでもうひとつ、不正競争防止法に関する重要な事例として日本交通技術社の外国公務員贈賄事件(不正競争防止法18条)の立件が挙げられます。政府のODA事業を受注する見返りにベトナム等の政府要員に不正にリベートを支払ったとされる事件です。私はどちらかといいますと、こちらの事件のほうに関心を抱いています。

7月10日、建設技術コンサルタント会社である日本交通技術社の前経営トップをはじめ、3名の幹部が東京地検によって(外国公務員贈賄の公訴事実によって)起訴されました。経営トップが外国の政府要員に対して不正な利益を供与した、と認定された内容は、以前当ブログでも紹介しました同社第三者委員会報告書を丹念にお読みいただくと、おおよそ判明いたします。「いまどき、こんな不正をやっている会社もあるのか」と驚かれる方も多いかもしれませんが、同報告書に付記されている社員アンケート調査結果などを読みますと、海外進出企業であれば、どこも同様のリスクを抱えていることがわかります。また、ファシリテーション・ペイメントに関する日本企業の理解を促進させるべきである、といったことも同報告書で提言されています。

ところで、この日本交通技術社事例が注目すべき点は、OECDや国連が、日本政府の不正競争防止法18条による摘発が少なすぎることへ不満を抱いていることです。2011年のOECD対日審査でも、当該改正法が施行されてから、わずか2件しか有罪確定事件が存在しないこと(九電工事件とPCI事件)が「重大な懸念」とされています。また昨年11月の国連腐敗防止条約締結国会議でも、日本政府の摘発への怠慢として厳しく質問が出ています。とりわけ(OECD対日審査では)日本における公益通報者保護制度が全く機能していないのではないか?との疑念が出され、今後の同法制度の改正への期待が寄せられているところです。

そのような状況の中で、(もちろん有罪が確定すれば、ということですが)3例目の立件が、この日本交通技術社の事例ということでして、とりわけ経営トップ(だった方)が起訴されることは大きな衝撃です。しかし、極めて摘発数が少ないことには変わりありません。OECDの条約発効後から2010年12月までに各国がOECDに報告した外国公務員贈賄罪による処罰者の人数は、アメリカ48人、ドイツ30人、ハンガリー27人、イタリア21人、韓国13人・・・とのことですから、いくら日本企業の海外ビジネスに対する姿勢が清廉だとしても、今後も海外からプレッシャーをかけられることは間違いないと思います。つまり、今後も日本交通技術社事件と同様、不正競争防止法の適用される事例が増えることが予想されるところです。

今回は国税調査が発端となって地検の捜査に至りましたが、今後は海外の現地法違反によって政府要員が贈賄罪で摘発され、その裏返しで日本企業の摘発が開始される場面が増えるものと考えられます。外国公務員への不正な利益供与を防止するための内部統制システムの構築等、ここでもコンプライアンスプログラムの実施が強く求められるところです。

7月 14, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月25日 (水)

刑事捜査に日本版司法取引導入か?-法制審の方向性

今朝(6月24日)の読売新聞のトップ記事では「司法取引導入了承へ-経済・組織犯罪で」とあり、法制審がわが国にも司法取引の捜査手法を導入することを容認したことが報じられています。証人に刑事責任を追及しないと約束したうえで証言をさせる刑事免責制度や被疑者が他人の犯罪を申告した場合に起訴を見送るといった協議・合意制度が検討されている、とのこと。独禁法違反事件ではリニエンシー制度に関連して(事実上)刑事免責制度に近い運用がされていますが、日本版司法取引の導入は、たいへん注目すべきニュースです。

取調べの可視化導入による立件の困難性への対応・・・ということのようですが、最近の刑事司法の国際共助からすると、あるべき方向性かもしれません(ただし日弁連は反対の意向を示しています)。司法取引による捜査手法が諸外国でも導入されているのであれば、司法共助の視点から、これに準じる制度を日本にも導入する、という流れは自然ではないかと。詐欺事件や薬物事件など、海外の主犯格による犯罪から日本の安全を守るための国際共助はますます求められるところだと思います。

捜査当局としては、主犯格をピンポイントで摘発したいわけですが、振り込め詐欺などでもなかなか摘発が困難な状況にあります。他人に銀行預金通帳やカードを交付する目的で、銀行支店の行員に対して預金口座の申し込みを行う行為について、最高裁は「たとえ自分の口座を作る手続きであったとしても、後日自分で使うのではなく、他人に使わせるために銀行と契約をする行為は、『人を欺く行為』である」として詐欺罪の成立を肯定しましたが(平成19年7月17日決定 刑集61巻5号521頁)、学説にはこれに反対の方も多く、かなり微妙な事案です。しかしそれでも、主犯格まで処罰するためには、末端の関与者も(詐欺罪として)捕捉する必要性が高いということでしょうか。司法取引制度が導入されますと、こういった事案において、機動的かつ柔軟に、主犯格のみを立件するためには有用かと思います。

ただ、経済犯罪や組織犯罪に限定して導入されるようなので、業務上過失致死傷罪などが問題となるケースには適用されないようです。航空管制官ニアミス事件最高裁判決や、JR福知山線脱線事故における歴代トップの責任追及事件のように、組織としての構造的欠陥が問題となるケースでは活用は困難なようです。現場の責任者に刑事免責を約束して、本当の事故原因はどこにあったのか、どのような人為的ミスが本当の原因なのか、正直に証言してもらうことが、事故の再発防止に役立つのではないかと思います。このような組織の構造的欠陥を解明するためにも、刑事免責制度の活用場面が広がればいいのですが(これはこれで、また人権上の問題や、偽証横行のおそれ等が課題としてあるのでしょうね)。

6月 25, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月12日 (月)

国際カルテル、身柄引き渡し条約の執行開始か?

先週に引き続き、アンチトラスト法違反に関する話題ですが、本日は備忘録程度の内容です。ちょうど1週間前の5月5日の日経法務インサイドにて「国際カルテル被告、海外で初の引き渡し 米の追及、日本も影響注視~企業、防止策の徹底 急務」と題する記事が掲載されていました。そういえば、4月16日、17日の朝日新聞ニュースにて、防振ゴム部品の価格調整の件で、日本のB社常務執行役員ら3名が、アンチトラスト法違反にて米国で起訴されたことが報じられていました。あとの1名の方は1年6か月の禁固刑を司法取引(有罪答弁合意)によって合意していますが、この3名の方々は、禁固刑の実刑に合意することを拒否した模様、とのこと。ちなみに実刑合意をした日本人は、これまで24名に上るそうです。

上記日経記事にもあるように、アンチトラスト法違反でDOJ(米国司法省)から捜査の対象とされ、訴追の方針が固まった場合、日本企業の役職員がとるべき選択肢はふたつです。ひとつは企業と同様、役職員個人も有罪合意答弁を行い、たとえば1年や1年半ほどの禁固刑を司法取引で合意すること、そしてもうひとつは禁固刑になるくらいなら、司法取引を拒否して、米国で最後まで裁判で争う、というものです。ただし、司法取引なら1年か1年半の禁固刑ですが、裁判で争うとなれば(無罪を勝ち取ればよいですが、仮に有罪が確定した場合)10年以下の禁固および1億円程度以下の罰金ということになります。弁護士費用もずいぶんと変わるかもしれませんね。

もう海外旅行もあきらめて、日本から出国しないとわりきるのであれば、後者の選択もあるかな、と考えておられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。これまでは、身柄引き渡し条約の執行ということもなかったので、この選択も十分にありだと思っておりました。しかし、身柄引き渡し条約に基づく執行の可能性が上記日経記事のように高まったとすれば、かなり厳しい選択肢になりそうですね。今回はドイツ人社員ということでしたが、これが日本人の幹部社員ということになりますと、俄然召喚リスクは高まりそうです。前にも申しましたとおり、海外子会社において、実際にカルテルに関わった社員だけでなく、日本本社において、事件に関連するメールや電子文書を廃棄する、他の幹部職員に虚偽供述を指示する、といったことも、重大犯罪として捜査の対象となりますので、今後のDOJの執行状況についてはさらに注意をしておく必要がありそうです。

もちろん、不正防止の対策をとることと、万が一、カルテル行為が社内で判明した場合には速やかに自主申告することが重要であることは言うまでもありませんが。。。

5月 12, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月14日 (月)

業務上横領罪における「委託の趣旨」に反する行為

4月12日に、経理業務を受託した会社の社長らが、委託していた会社から3億8000万円を勝手に引き出したとして、同社長ら役職員5名が、業務上横領の疑いで警視庁に逮捕されたそうです(たとえば東京新聞ニュースはこちら)。容疑については5名全員が否認しているとのこと。うち2名は会計士や税理士資格を取得するための有名な専門学校の講師をしている公認会計士だそうです。

このような事件は、不正調査業務を担当する者としては、とても興味深いところです。委託会社の社長さんによる刑事告訴は2010年10月、逮捕は2014年4月ということで、実に告訴から3年半もの時間を要しています。また、3億8000万円は、この2010年10月の時点で資金移動があったそうです。さらに、テレビ朝日ニュースによると、3億8000万円以外にも4億円ほどの余罪があるものとされていますので、少なくとも8億円ほどの内部資金が被疑者らの会社に流出していたことになります。単純に被疑者らの会社の資金繰りが苦しかったために、勝手に資金を流出させたのであれば、告訴から逮捕まで、これほど時間を要するものでもないと思いますので、おそらく事案はかなり複雑なのではないでしょうか。

これは私の推測ですが、本件が業務上横領容疑(刑法253条)ということですから、単純に経理業務の委任事務を行っている中では起こりそうにもないので、なにか委託会社の社長さんに話を持ち掛けて、その結果、委託会社の社長さんから資金運用を任されていたのではないかと(いくつかのニュースでは、新しい会社を設立するにあたり、出資目的があったと報じられています)。容疑者らが横領を否認しているのは、そもそも資金運用に関する社長さんの依頼があって、その承諾を得ているから資金を移した、結果として資金運用が失敗に終わったのだから、業務上横領罪が成立するための「委託の趣旨に反した資金流用」は存在しない、ということからではないでしょうか。

余罪が4億円ある、と報じられているのも、これよりも前の段階で、なにか委託会社から運用を任されているような外形があって、こちらは逮捕事実になりえない可能性があるのかもしれません。社長さんは、社内メールによって被疑者らの不正な資金流用に気づき、刑事告訴に至ったと報じられていますが、これも何か委託していた趣旨とは異なる運用に気づいたのではないかと。このあたりは、社外の事業提携者の横領事件の成否を判断する不正調査業務においても、常に悩ましいところです。委託の趣旨とは何だったのか、その趣旨に沿って金員が使われていたのかどうか、委託者はその使用によって経済的合理性のある利益を獲得できていたのかどうか、というあたりを、金員の流れや移転先の口座名義などから丹念に立証していかなければなりません。

今回の事件でも、20代の女性社員まで5名も逮捕されていますが、おそらくトップ2名ほどを起訴するための供述が下から得られれば、下の人たちは不起訴で終わるというパターンではないでしょうか。そのためにも、この社員の方々の供述が「委託の趣旨に合致した資金運用があったのか」「被疑者らに領得意思はあったのか」という点を判断するにあたり、けっこう重要なポイントになるのではと予想しています。いずれにしましても、まだ断片的な報道からの推測の域を超えるものではありませんので、事実関係がもう少し報じられることを期待しています。

4月 14, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年4月 1日 (火)

反社構成員ゴルフ場利用詐欺事件・最高裁無罪判決の射程距離

暴力団組員のゴルフ場利用に関する最高裁無罪判決(2014年3月28日最高裁第2小法廷)が様々なところで話題になっています(産経ニュースはこちらです)。組員のゴルフ場利用については、詐欺罪として全国の警察が摘発を行っており、3月も山形県警が強制捜査に踏み切りました。しかし最高裁は、組員によるゴルフ場利用の申し込みは詐欺罪の実行行為としての「欺罔行為」には該当せず、詐欺罪は成立しないとの判断を下しました(最高裁判決全文はこちら)。

組員が利用しているゴルフ場・・・という評判は(判決にもあるように)当該ゴルフ場の社会的信用を一気に悪化させ、業績にも多大な影響が及ぶおそれがあります。また、ゴルフコンペなどを許容していない限りは大きな問題にはならないとは思いますが、「利益供与」に該当してコンプライアンス違反という事態にもなりかねません。かといって、会員が同伴するビジターひとりひとりに「あなたは暴力団関係者ですか?」と確認することもむずかしいところで、この最高裁判決はゴルフ場経営者にとっては頭を悩ませるところではないでしょうか。

ただ、毎度申し上げているように、最高裁判決は基本的に極めて謙抑的な判断を下すものでありますので、この最高裁判決が結論として下している「暴力団関係者のゴルフ場利用については詐欺罪が成立しない」という判断が、現在もそのまま妥当するかどうかは別途検討する余地があると思います。現に昨日(3月31日)、同じ最高裁第2小法廷で下された同種判決では、暴力団組長のゴルフ場利用について、詐欺罪が成立して有罪が確定しています(こちらは4年ほど前の事例ですが、ゴルフ場側が、組長を同伴してきた会員に「誓約書」をとりつけていたようで、利用にあたり、明確に暴力団組員ではないことが条件とされていたようです)。

先の28日判決の事例では、本件被告人のゴルフ場利用申込は平成23年8月と9月になされています。しかし全国47都道府県でいわゆる「暴力団排除条例」が施行されたのは平成23年10月1日です。また、これに合わせて社団法人日本ゴルフ場事業協会が加盟ゴルフ場に対して対応策の実施を要請したのも同年10月11日付けです。つまり、本件事件が発生した直後から暴力団排除に対する社会の風がかなり変わっています。

上記最高裁判決の法廷意見(多数意見)を読むと、被告人に詐欺罪が成立しない理由のひとつとして「本件当時、警察等の指導を受けて行われていた暴力団排除活動が徹底されていたわけではない」とあります。また「被告人は、他のゴルフ場使用を許可、黙認されていた例が多数あった」ことも挙げられています。つまり、世の中の環境が変われば、結論も変わりうることを最高裁の判決も認めているように思われます。

「欺罔行為」にあたるかどうかの判断についても、フロント担当者と被告人との間で、暴力団員ではないことの明示の意思表示はなかったことが示されていますが、たとえば世の中の風潮が「暴力団員がプレイをすることは断固拒否する」ということが徹底されていけば、「暴力団員でないこと」が黙っていても契約成立の当然の前提となるために、申告しないことが「相手をだます行為」と評価されることになろうかと思われます。これは、反社会的勢力との取引を開始した後に、取引を解消するための民事訴訟で「錯誤無効」が主張されているケースでも「要素の錯誤」の重要性認定にあたり、同様のことが言えるのではないでしょうか。

単純に条例が施行されたから・・・ということだけでは詐欺罪は認定されないかもしれませんが、その条例の施行により、「利益供与禁止」の風潮が生まれ、全国のゴルフ場の対応が徹底されてきたのであれば、たとえ申込の際に「暴力団員でないこと」の明示のチェックがなされなかったとしても、世の中の風潮の変化によって欺罔行為性が認定される、ということは十分にあり得ることだと思いますし、上記最高裁判決の射程距離もかなり制限的に理解しておくべきだと考える次第です(なお、もちろん上記最高裁判決からみて、会員に人物保証を求めることや、明示のチェック項目等を書面で残しておくことが望ましいのは申し上げるまでもありません)。

4月 1, 2014 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年3月 5日 (水)

入社受験料制度の継続を巡る「ドワンゴ社の乱」

ひさしぶりの「闘うコンプライアンス」シリーズです。動画投稿サイトを運営するドワンゴ社が2015年春採用の入社試験の応募者から受験料を徴収する制度を導入したことについて、厚生労働省は「学生の就職活動が制約を受ける恐れがある」などとして、16年春採用から取りやめるよう求めているそうです(概要を伝える中日新聞ニュースはこちら)。これに対してドワンゴ社は、「現段階では自主的に入社受験料制度を中止するつもりはなく、来年度も継続したいと考えています。」と、厚労省の助言については当面従わないことをリリースしています(ドワンゴ社のリリースはこちら)。

厚労省の要請は職業安定法48条の2に基づく(つまり法律に根拠を置く行政指導としての)口頭での助言ということのようです。職安法が(職業紹介、職業訓練だけではなく)労働者募集を規制する趣旨は「労働力需給取引の公正の確保」にあります。ニュース等では、労働者募集時における勧誘者の報酬受領の禁止(職安法39条)が問題とされているようですが、労働力取引(受給)の公正性が害するおそれのある場合に、企業の(労働者募集に関する)業務の適正を確保するために行われる行政指導なので、39条の「報酬」にあたるかどうか、ということよりも、このような入社受験料の徴収制度が労働力取引の公正を害するかどうか、という実質が問題となるのではないかと。

職安法2条は労働者の職業選択の自由を、また同3条は労働者募集(勧誘)にあたり差別的取扱い禁止を規定していますので、このような規定の趣旨に反するような業務をドワンゴ社がしないように(業務の適正を確保するための)指導・助言をします、というのが厚労省の考え方かと思います。なお、39条違反(報酬受領の禁止)の企業行動については、同法65条、67条で行為者、法人とも刑事罰の対象となっているので、憲法31条により「報酬」については明確が定義が求められるはずです(ちなみに「労働者募集取扱要綱」が、「報酬」の解釈基準を示していますが、ドワンゴ社の場合、受験料を「2525円」とした根拠、受験者の居住地域によって受験料をとらない扱いをしていることから、単純に「採用試験の手数料」には該当しないと思います)。

こういった職安法の解釈からしますと、ドワンゴ社が「今後は(入社受験料制度を廃止することなく)、平成25年度の結果をみながら厚労省とは意見交換を行ってまいります」とする見解は、職安法の制度趣旨との関係ではそれほど間違った対応ではないように思います。ただ、入社受験料を徴収した行為の私法上の有効性は別なので、2525円の受験料を支払った方との受験契約は、公序良俗違反(民法90条)により無効ではないかとの見解も聞かれそうです。職安法の制度趣旨は法規に基づく行政指導と業務改善命令、そして刑事罰によって担保されるのか(純粋な取締規定)、それとも前記職安法2条、3条により、私法上の効力にも影響を及ぼすものなのか。ドワンゴ社の入社受験料制度の私法的効力を維持することが、社会の「労働力取引の公正」を害することを助長するものであるならば、その効果を裁判所はどう考えるのか・・・、といったあたりが(憲法の私人間効力の理屈なども含めて)法律上も問題となりそうな気がします。

「闘う」という言葉の意味は本件では正確ではないかもしれませんが、企業コンプライアンスの視点からは今後のドワンゴ社のステークホルダーへの対応がとても興味深いところです。

3月 5, 2014 刑事系 | | コメント (12) | トラックバック (0)

2014年2月25日 (火)

天竜川転覆事故-元社長の内部統制構築義務違反と刑事責任

もう2年半前の事件に関するものですが、本日(2月24日)静岡県警は、天竜川の川下り転覆事故に関する運営会社関係者5名について、業務上過失致死罪で書類送検をした、と報じられています(毎日新聞ニュースはこちらです)。たいへん痛ましい事故でしたが、事故から2年半かかってようやく書類送検に至ったのですね。この間、運輸安全委員会が平成24年12月に「会社は船頭らに対して教育や訓練をしておらず、安全管理上の問題があった」とする調査報告書を公表しており、また昨年2月には全遺族との補償交渉が合意に至っていました。

上記毎日新聞ニュースの記事によりますと、運営会社(天竜浜名湖鉄道)の元社長さんも、船頭さん達の訓練マニュアルを作成していなかった点において、安全管理体制の構築を怠ったとして、業務上過失致死罪で書類送検されているようです。別の朝日新聞ニュースの記事によると、元社長さんは「安全管理体制と安全管理の実態に不備があったのは間違いない。私の立場として現場の実態をしっかり確認すべきだった」と供述しているとのこと。

以前、パロマ工業社の社長さんもガス湯沸かし器の違法改造による死亡事故につき、業務上過失致死罪で有罪が確定しましたが、あの事件ではたくさんの死亡事故が発生していたにも関わらず、抜本的な安全対策をとらなかった点に経営者の過失が認められました。しかし、上記の天竜川川下りの運営会社の社長さんは、重大な事故が繰り返されていたわけでもなく、船頭さん達の訓練マニュアルを作成していなかったことが死亡事故との関係で「因果関係のある過失」の根拠事実とされているようです。

これまでも民事事件においては社長さんの安全管理責任が問われた事例はありますが、刑事事件において社長さんの内部統制構築義務違反が責任根拠となるものは、パロマ工業事件以外にはあまり記憶になく、かなり珍しいのではないでしょうか。安全確認や訓練に関するマニュアルを整備していながら、そのマニュアル通りに運営されていなかった、ということであれば、経営者にもなんとなく結果予見義務が認められそうです。しかし、そもそもマニュアルを作成していなかったということであれば、社長さんに重大事故に対する結果予見性があるといえるのかどうか。結果の重大性からさかのぼって後出しじゃんけんで結果責任を問うことになるのではないか、といった点がかなり微妙であり、検察庁の今後の捜査について議論の余地があるかもしれません。

JR福知山線事故における歴代社長さん達の刑事責任を問う裁判では、ご承知のとおり無罪判決が出ています(現在、3名の被告人について控訴係属)。もちろん重大な事故を発生させた経営責任は重いわけですが、刑事責任となると、結果の予見可能性や回避可能性が厳しく判断されます。本件でも、記事に掲載されていないような事情があれば別ですが、現場の安全責任者とまではいえない経営者について、はたして川下りによる死亡事故の予見可能性、結果回避可能性があるといえるものなのか注目されるところです。

ちなみにJR福知山線事故の遺族の方々は、個人責任追及に限界のある刑法を改正して「組織としての刑事罰」を認めるように勉強会を開始されたそうです。刑事法に両罰規定が存在する場合にのみ法人に刑事処罰が認められる現行法を改正して、法人そのものの不正行為を認めることについては、「組織構造的な欠陥」に目を向けることになり、再発防止という意味においても私は基本的に賛成です。ただそうなりますと、組織への捜査について法人に黙秘権が認められることになるかもしれず、真相究明が今以上に困難になることも予想されます。まだまだハードルは高そうです。

2月 25, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年2月 3日 (月)

海外不正リスク-社長が実刑を受ける時代の危機管理

今年の1月8日、トーマツリスク研究所が「企業のリスクマネジメント」に関する調査結果を公表されています。その中で、回答企業のうちもっとも多くの企業が最優先と回答しているのが「海外拠点の運営」だそうで、しかもそのうちの7割の企業が「リスク管理体制は適切に構築できていない」と回答しているそうです。最近の法律雑誌の特集なども、海外独禁法や賄賂禁止法、東南アジア諸国の刑事政策など、わが国企業の海外拠点における不正リスク対策が目につきます。

とりわけアンチトラスト法違反で、過去に26名ほどの日本企業社員が米国で服役していることは報じられているところですが、2月1日の朝日新聞ニュース、ロイター通信などが伝えるところによると、日本でもついに東証に上場する企業の経営トップがアンチトラスト法違反により、有罪答弁合意の末に刑に服することになりました。DOJ(米国司法省)がHPに開示している有罪答弁合意書(付属書)にカーブアウト(適用除外者)が白抜きで表示されていますので、事件を知る者にはなんとなくは予想がつくのかもしれませんが、おそらく日本の上場会社にとっては「ここまで来たか」というところではないでしょうか。

もちろん、米国の刑事司法が日本で執行することはできないので、実刑が下されても日本にとどまっているという選択肢はあります。ただ、身柄引き渡し条約による日本政府の動きなどから、自ら勧んで刑の執行を受けにいく、というほうが得策かもしれません(仮釈放制度もありますし、またどのような刑務所でどのように過ごすか・・・ということも、司法取引の内容になっているようです)。しかし、上場会社のトップはなぜ、1年や1年半もの間、刑務所で禁固刑を受けなければならなくなったのか、そのあたりの事情がわからない日本企業としては、まさに海外不正リスクについての危機管理が喫緊の課題であると思います。「なぜ経営トップが実刑になったのか、なぜ実刑となることに司法取引を行うのか・・・」という点が誰にもわからないのは、まさに米国法の手続き(ディスカバリィ、弁護士秘密特権、司法妨害に対する厳格な対応、集団訴訟、詳細な取引契約合意、刑事訴訟における証人適格等)によるものであり、ここが海外不正リスクを日本企業にわかりにくくしているところだと理解しています。そうです、当事者は誰にも事件をお話することはできず、また自由に記録に残すということもできないのです。

いずれにせよ、日本の経営者がこの重大なリスクを回避するために、日本でできる最低限度のことを知恵として身につけておく必要があります。このあたりは、すでに多くの法律雑誌等で紹介されていますので、いまさらここで述べる必要もありませんが、平時のリスク管理としては、(たとえばアンチトラストの場合)自動車部品関連企業の次にはどのような業界が狙われるのか、という点は、企業リスクの評価として大切ではないかと。また、「談合」や「賄賂」という日本語の概念で摘発対象行為をイメージをすることは避けるべきです。犯罪地についても同様で、どこでカルテルが行われても、米国や欧州で摘発される対象行為だと認識しておいたほうがよろしいと思います(ただし日本の公正取引委員会の動きとも関連します)。

また、有事の危機管理としては、いわゆる初動対応です。日本の経営者の最大のリスクはこの初動対応で「司法妨害行為」をやってしまうこと、「証人適格者」をみすみす失ってしまうことです。もちろん米国弁護士とのパイプも大切ですが、それ以前の問題として、「やってはいけないこと」だと認識できずに(ついつい)やってしまうことがある・・・ということに留意すべきではないでしょうか。それは、遠い海外拠点で発生した不正であるがゆえに、自分の立ち位置がわからないままの行動・・・というところに恐ろしさがあります。私は典型的なドメスティック弁護士なので、あまり詳しくはありませんが、ともかく海外不正リスク対策を経験された弁護士に、一度「適切な経営者初動対応シミュレーション」を指南してもらうということも検討されてはいかがでしょうか。

なお、最近のアンチトラスト法の日本企業摘発の状況をみるにつけ、民事・刑事両面において「コンプライアンスはブレーキ」ではなく「攻撃」のための武器であり、「他社への倍返し」の手段だと感じています(もちろん良い悪いは別にして、ということですが)。詳しい方はご存知だと思いますが、このあたりは、また別の機会にお話ししたいと思います。

2月 3, 2014 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年1月28日 (火)

不祥事発生時における行政当局と企業との「有事意識」のズレ

マルハニチロ系列のアクリフーズ社冷凍食品農薬混入事件において、アクリ社の契約社員が逮捕されたのを受けて、マルハニチロ社、アクリフーズ社の社長さん方が引責辞任されるそうです。今後どのような事実が判明するのかわかりませんが、外部からは私物を持ち込めない、包装室へは原則として関係従業員以外は立ち入りができない、としていたアクリフーズ社の説明が事実に反するものだったことから、ともかく現場のセキュリティに問題があったということは否めないようです。

しかしアクリ社の場合、農薬混入の事実公表の時点から、どうも公表内容と事実とのズレが目立ち、行政当局との信頼関係が維持できなかったようです。企業不祥事を発生させた場合、初動対応として、いかに監督官庁との信頼関係を築けるかという点が、その後の不祥事の広がりに影響します。最近大きく報じられた企業不祥事を、この「行政当局との信頼関係」という視点からまとめたのが以下の図表です。いずれの事件においても、初動対応において、行政当局との信頼関係が維持できなかったことがわかります。

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こうやって図にしてみると、信頼関係を維持できなかった要因として、企業と行政との間に、不祥事発生時点における「有事意識」の差が大きいことが推定されます。行政が「一大事」と考えているのに対して、企業は、少なくとも現場レベルでは、それほど有事の意識を持っていなかったのではないかと思われます。JR北海道が16%もの現場社員が「データ改ざんを自らやったことがある」と回答している点や、アクリフーズ社の社員も、「とんでもない量を食べなければ人体に影響はない」といった発言をしていたことなどからも、そもそも事件の重大さ、事態の深刻さに対する意識がなかったことがわかります。

ただ、この行政と企業との有事意識のズレが生じているのは、おそらく規制緩和(規制改革)の中で、行政規制の手法が事後規制に移行しつつあるからではないかと。一般企業で不祥事が発生した場合、その対応については、行政は最後の最後まで企業の自助努力に期待するのが事後規制社会における行政の対応です。そして、もはや自助努力に期待していては、被害の収束が困難と判断するや否や、今度は手のひらを反して事前規制(国民に被害が及ぶのを未然に防止する)の目的を達成するために積極的に企業経営に干渉します。

不祥事を起こした企業側において、こういった最近の行政規制の変遷に気づかないでいると、上記の事例のように不祥事発生の初動対応時において行政当局との意識のズレを生じさせます。そのことが、行政当局を本気にさせてしまい、非常に厳しい対応が、企業に向けられることになります。目の前で発生した出来事を認識したときに、経営トップが「これはわが社にとって一大事」と、どの時点で気が付くのか・・・・・、ここはひょっとすると「人の素質、才能」に関わる問題なのかもしれません。

企業が自浄能力を発揮することの重要性はよく説かれるところですが、これは「有事である」と企業自身が認識すれば、ということが前提となります。今回のアクリフーズ社の事件の経緯を丹念に眺めていますが、今のままでは、他の食品会社における同種事件の未然防止の教訓となりうるのか、そもそも従業員どうしで性悪説にたって監視して、本当に美味しいものが作れるのか、とても疑問に思うところです。更なる事実解明をまって、検討してみたいと思います。

1月 28, 2014 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年1月22日 (水)

JR北海道に対する監督命令は国の責任にも光を当てるのか?

JR北海道に対して、国交省は監督命令(JR会社法による)と、業務改善命令(鉄道事業法による)を出しました。データ改ざんやATS破損など、職員の行動をみれば厳しい行政処分が出るのも当然のことかと思います。同社の社長さんも「二度と同じことを繰り返さないよう厳粛に受けとめる」と記者会見で述べておられます。以下のお話は、純粋に利用客の安全を第一に考えるとすれば・・・という趣旨で書いたものであることをご理解ください。

しかし本当に「二度と同じことを繰り返しません」という言葉は信用できるのでしょうか?21日にJR北海道が公表した事故調査報告書によりますと、保線管理従事者のうち、16%もの現場社員が過去にデータ改ざんの経験があると聞き取り調査に回答しています。これは驚くべき数字であり、私からすれば、16%の人たちが自身でデータ改ざんをやるということは、ほとんどの社員が見て見ぬふりをしている、つまり全社的にデータ改ざんを容認する風土だったと言えると思います。これはおそらく現場社員の人たちが不誠実、ということだけで済ませることはできない異常な数字です。

このたび、国の監督命令が出されて、5年間の特別監査、第三者委員会の設置などが実現するようですが、そもそもこの「現場社員の16%がデータ改ざんをやっていた」という風土がすぐに改革できるとは到底思えません(おそらく、このブログを読んでおられる方々も同じ意見かと)。厳罰化といっても、そんな(一般探索型による不正発見のための)費用など、どこからも出るわけではなく、また内部通報制度が機能するほど、「見て見ぬふりはできない」社員が多いとも思えません。

そもそもJR北海道は実質的に国営企業ということですから、経営安定化基金の拠出など、国自身もJR北海道の経営に関与していたといえると思うのですが、今回の監督命令をもって、監督する立場の国の問題は浮かび上がるのでしょうか、それとも国は何も悪くなかったということなのでしょうか。現場の社員の人たちは、そんなに普段から不真面目な人たちばかりだとは思えないわけで、それなりにデータ改ざんを正当化する理由をもっていたはずです。ひとりひとりはまじめな社員でも、ひとたび組織の構成員になると、なんのためらいもなく不正に走る、ということはどこに原因があるのか、むしろそういった視点で考えるべきではないでしょうか。

たとえば、「これはデータの修正であって、改ざんではない」という理由ですよね。厚労省がアルツハイマー研究の成果について「改ざん疑惑」の調査に追われていますが、東大の先生が「たしかに修正はしたけれども、これはデータの改ざんではない」と述べておられます。今回の改ざんの中には、あの論理と同じものもあるのかないのか。誤差の範囲における修正は改ざんとは異なるのか、同じなのか。

また、人的にも物的にもやりくりができないほどの社内ルールは、そもそもルールのほうが間違っているのであり、それを何度も上層部に連絡しても改善されないから、やむをえず自己防衛のために(つまり責任感のあらわれとして)社内ルールを省略し、今回問題となったことから追記したのだ、という主張。もちろん、そのような言い分が正しいかどうかはわかりませんが、他者にも問題があるからこそ、自らのデータ改ざんを正当化できたのではないかと。それくらいに考えてみなければ、到底「16%の社員がやっていた」ことの説明はつかないと思います。(ちなみにアンケートでは7割程度の保線社員の方々が、人員が足りない、業務が多すぎると回答されています)。

国は国民の生命、身体の安全を未然に防止する義務がありますから、安全管理責任者の解任命令を発出することはわかります。また懲戒解雇の5名を含む75名以上の社員が処分を受けたこともわかります。ただ、「安全管理責任者が解任という厳罰を受けた」「改ざんした者が処分を受けた」ということで、なにか組織上の責任がとられたように考えるのが最も危険です。「見て見ぬふりをする風土」はそのまま残るわけですし、誰が責任者をやっても、そもそもの原因究明があいまいであれば、またデータ改ざんは必ず起こります。なぜなら、彼らにとってはデータを改ざんしてでも国民の安全を守るという責任感(国や経営者の言うことを守っていては、かえって事故が発生してしまうから、やむをえないのだ)が成り立つからです。また、不正をやりたい放題やったとしても、絶対にJR北海道という企業がなくなることはない、ということはみんなが知っているからです。

今後、JR北海道の組織構造上の問題を解明していくのであれば、「いやいや、JRの社員が一方的に悪いのだ。新幹線計画を含め、使われている税金の金額は適正なのだ。不届き者の社員に教育をすれば絶対に不正はなくなるのだ」と言い切ることができるような原因究明がまずなによりも必要だと考えています。「分割民営化以来の根深い労使問題がある」などと、わかったような言い方で済ませてしまうと思考停止を招きます。仮説検証を繰り返し、国や旧経営陣も含めた問題点を深堀りする必要があります。そうでなければ、そもそも監査する側の問題点は今後も浮かび上がることはなく、不正は繰り返され、国民の生命、身体の安全は確保されないのではないか、と考えています。

1月 22, 2014 刑事系 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2013年12月24日 (火)

ノバルティスファーマ事件で出した厚労省の最後の切り札-刑事告発

12月18日にマスコミが報じたところですが、降圧剤(ノバルティスファーマ社が販売)臨床研究論文疑惑の件について、厚生労働省は薬事法違反(虚偽誇大広告)で同社を刑事告訴する方針とのことです。本件については、いろんなところで申し上げてきたとおり、刑事告訴しか方法がないと思っておりましたが、薬事法違反(誇大広告)という形で、法人および関係者双方の立件を視野に入れて、刑事告訴が検討されているとまでは予想しておりませんでした(日経ニュースによると、これまで虚偽誇大広告ということだけで行政処分や刑事告訴が行われたことはなかったようです)。

私が刑事告訴しか方法がない・・・と予想していたのは、ごくシンプルな理由からです。毎度申し上げているとおり、規制緩和の時代における行政規制の在り方は、原則として事後規制(行政処分、刑事罰)であり、その効率的な規制手法を維持する目的で(基本的にはほとんどの製薬会社は誠実な経営を心掛けていますので)従来の事前規制の代替措置である「企業の自律的行為」に最後まで期待を寄せます。とくに、国民に切迫した被害が生じていないかぎりは、できるだけ企業の自律的行動による自浄能力の発揮を促すことになります。しかしながら、自律的行動に期待ができない事態となれば、強権を発動して事前規制に出ることとなり、それも困難となれば、もはや厳格な事後規制手法で対応せざるをえない、ということになります。

たとえば今回のノバルティス社の事例では、社内調査や大学における調査に期待が寄せられましたが、不正疑惑は明らかになりませんでした。しかし本件が真偽不明のままでは、日本の医学における論文の信用性が国際的に失墜することになりかねません。したがって事後規制の原則の「例外」として、行政としては強力な事前規制を検討することになり、ここで大学と製薬会社との寄付金制度というものに問題があるとして、これを是正せよ、という意見(事前規制)も出てきます。しかしながら、アメリカと異なり、補助金が少ない日本の医学研究にあたり、この寄付金制度を見直すというのは国力を低下させるものとして、非現実的です。

つぎに、寄付金制度の開示(利益相反規制-事前規制)ということに期待が寄せられるわけですが、そもそも詳細な開示は各製薬会社がどの分野に力を入れているか・・・という、まさに企業秘密に属するような情報を世にさらすことになりますので、これまた製薬会社の国際戦略上も大きな問題を抱えることになります。また、利益相反行為をいくら開示したとしても、不正行為を防止することにはつながらない・・・という行動心理学的な実証例も出ており、その実効性には疑問があります。そのため、開示規制についても、限定的な規制しか採用できないものと思います。

このように考えますと、ノバルティスファーマ事件をめぐって、厚労省としては、もはや企業の自律的な行動に期待をする事前規制的手法、国民の被害を未然に防止するための強権的な事前規制に期待することができない状況であることは明白となったので、ここは最後の切り札として「不正は絶対に許さない」ということを社会に示すための事後規制的手法に出るしかないと予想されます。任意の調査では事実が明らかにならなかったので、強制権を行使した調査に期待をかける、という意味において、薬事法違反という理屈をもって強制捜査に臨むことになるものと思います。

薬事法違反という罪名で立件するには、まだまだ高いハードルがあるかもしれませんが、この事前規制不発➔事後規制の徹底という流れは、明らかに最近の金商法規制、消費者行政、その他の社会福祉法人や年金基金に対する厚労省行政などと同じ規制手法であり、このような行政規制に対する企業対応の実務については、今年最後のエントリーの中で詳しく論じていきたいと思っています。

12月 24, 2013 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月25日 (水)

JR北海道の安全管理体制と「ほうれんそう」の極意

(9月25日午前 追記あり)

まだ調査結果も報告されていないので、貨物列車脱線事故の調査過程で発覚したレール幅修正放置に関する安全管理問題について、一言だけ感想を述べておきたいと思います。こういった不祥事が発覚すると、現場における人為ミスとして処理されることが多いのですが、今回はどうも経営体質に問題がある、と言われています。JR北海道社側の発表では、上司や補修責任者への連絡や報告体制に問題があったとのこと。つまり経営幹部は知っていながら放置していたわけではない、との弁明です(たとえば産経新聞ニュースはこちら)。

9784569814759私が社外取締役を務めている不動産建設・管理会社の元社長である三鍋伊佐雄氏が今月「弱者が勝つ戦略」(2013年9月4日発売 PHP研究所 1260円)というビジネス書を出版されました。この本の中で、三鍋氏は「報連相(ほうれんそう)」の極意について語っています。「ほうれんそう(報告、連絡、相談の徹底を図ること)」とはなんと上司の傲慢な言い方だろうか、上司が欲しい情報など、ルール化して部下に求めてみたところで、自分に都合の悪い情報を正確に報告してくるわけなどない、俺は聞いてないぞ、というのは、自分が部下に(何を報告すべきなのか)きちんと伝えていない証拠である、というもの。「あれはどうなったのか」と、タイムリーに上司が部下に尋ねる努力は情報共有には欠かせないとされています。

私も全く同感です。ほうれんそう、というのは情報共有の3原則が成立する上での話です。情報共有の3原則とは、①情報の送り手と受け手の間で、「何を伝えるのか」という情報選択に関する合意があること、②選択された情報について、その重要性の優先順位についての合意があること、③発信主義ではなく、到達主義による確認を怠らないことです。安全に関する情報共有は重要でありますが、なんでもかんでも共有するわけにもいかないので、平時のリスク管理として、上記の3原則程度は励行することで、とりあえずリスクを最小限度に抑えておく必要があります。

サービスの安全性確保のための「ほうれんそう」なので、単純に補修していたものと思っていた、は通用しません。もし形として「ほうれんそう」の体制が整備されていたとしても、報告がされていない場合には、経営者の側から「安全管理体制の運用」についてはきちんと報告を求めていなければ「ほうれんそう」は有効に機能しないはずです。JR北海道が赤字体質であり、北海道の周辺地域における安全管理の人的・物的資源に限界があったとすれば、なおさら経営陣による「ほうれんそう」の率先垂範が求められたはずです。おそらく経営体質が問題視されるのであれば、それは経営者の不作為による法的責任と密接に関わります。

安全管理体制の確保を怠った場合の経営者の責任は、すでにパロマ工業元社長刑事判決(確定)でも明らかです。安全確保に関する経営事項については、「予算が足りなかった」という言訳は通用しません。なぜなら人を危険に晒しながら事業を続けるような企業は社会と共生できないからです。要は、少しの努力で重大事故を未然に防止することができたのに、その努力を怠った、という点に経営者の帰責性の根拠があります(したがって、27日に神戸地裁判決が予定されているJR西日本の歴代社長の方々にとっては、福知山線事故の現場付近にATSを設置することが容易に予見できたかどうかが争点となります)。今回のJR北海道の経営陣にとっても、先の「ほうれんそう不足」も、少しの努力によって報告を受けることが可能だったのであり、もし報告を受けていれば、ヒヤリ・ハット事例を集積することができますので、問題が多い保線区から重点的に補修できたものと思われます。

以上は、未だ調査結果が出ていない段階なので、会社側の説明を信頼したうえでの感想です。しかし、最後にもうひとつだけ感想めいたものですが、社内ルール違反の放置が特定保線区に集中していた、という点は、単純に「ほうれんそう不足」で説明できるものではないと考えています(ほうれんそう不足であれば、全保線区で均等に社内ルール違反が認められる可能性が高いと思います)。なぜ、特定保線区(北海道のかなり周辺地域に集中しているようですが)だけにルール違反が放置されていたのか、それはもっと会社内部における人間力学のようなものが原因ではないでしょうか(たとえば「ほうれんそう」の励行を口に出せなかった事情等)。元社長さんが事故を苦に自ら命を落とした事件のときにも感じたところです。このあたりの不祥事体質(不祥事を発生させてしまう企業風土)は今後の社内調査できちんと理屈が通る形で説明してほしいと思います。※1

※1・・・原稿を書いていたところ、日経新聞の新しいニュースに触れました。そこでは旧国鉄時代からの労使問題が背景にあるのでは・・・といった原因分析が出ていました。しかし労使問題が安全性軽視の社内風土を形成しているということはあってはならないことだと思いますが、こういった(たとえば長年のねじれた労使関係のような)人間力学こそ本当の原因ではないかと私も想像しています。

(9月25日午前:追記)

今朝のニュースを視ておりましたら、更なる基準違反箇所が170か所も見つかり、とんでもない数字になっちゃってます。国交省は経営陣の事情聴取を開始するように報じられています。本当に「ほうれんそう」が原因だったのか、それともほかに主たる原因があるのか、きちんと究明していただきたいと思います。やはり人間力学が原因ということになりそうな気配です。

9月 25, 2013 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2013年8月 2日 (金)

反トラスト法違反事件の摘発は組織の構造的欠陥に向けられる

最近、法律雑誌や新聞報道でアンチトラスト法違反事件の脅威について警鐘が鳴らされています。先日もパナソニックと三洋電機の自動車部品納入に関するシャーマン法違反事件の有罪答弁合意についてリリースされていました。法人に限っていえば、米国司法省に対する有罪答弁合意(司法取引)→民事制裁金、欧州におけるペナルティ、関係者からの民事賠償請求といった流れが延々と続くわけで、たとえばフジクラ社はついに(自動車部品関連では初の)納品先であるフォード社から懲罰的損害賠償請求訴訟を提訴されています。このような膨大なリスクは対象当事者になってみなければ、その大きさが理解できないのではないでしょうか。この大変なリーガルリスクを平時の経営者に理解してもらうにはどのような説明が効果的なのか、ちょっと私にもわかりません。私は完全な国内案件弁護士ですが、そんな私でさえ、海外不正事案の処理に関わらざるをえない時代となってきたことは脅威です。

法廷できちんと闘うのであれば米国のアンチトラスト法違反の被疑事実とは一体どんな行為なのか特定できることになります。しかし米国で価格合意等が捜査対象とされた場合に、司法取引で処理しようとするわけですが、一体どのような犯罪行為が現地で被疑事実とされているのか、日本の企業にはなかなか理解できないようです。実際に日本企業が有罪を認めてしまえば、あとは当局が後だしジャンケンで被疑事実を特定してしまうような気もします(これは私の個人的な感想にすぎませんが・・・)。一体なにが起こったのか日本の本社では詳しくわからないまま、高額な弁護士費用と高額な捜査協力費用・・・、上場会社の数年分の利益がふっとぶこともあるわけですが、ここに(分割は認められるとしても)ペナルティや損害金が上乗せされることになります。

結局のところ、アンチトラスト法違反とは、組織をひとつの不正行為者とみなして、社員の不正行為を許容している組織風土へのペナルティが課されている・・・というのが実情ではないかと。メール調査ひとつとっても、社内メールはたくさんの「CC」が付いて送られているので、一体だれが決定権限者なのか、メールを調査しただけではわかりません。だから延々と捜査協力要請が続き、英訳費用だけが膨大にかさみます。外から見て疑わしい社員の行動をマッシロだと反証できないような組織体制であれば、その体制自体がアウト。再発防止策だけでなく、ペナルティの量刑判断にもコンプライアンスプログラムの整備状況が斟酌される理由がよくわかります。

最近は有罪答弁合意に関する開示資料に、適用除外の対象となる役職員の氏名が公表されなくなったので、法人についてはホッと一息でも、役職員の個人的処罰の手続がどこまで続くのかわかりません。弁護士については現地弁護士(法人と社員は別に)、現地弁護士と日本本社をつなぐ弁護士(日本の独禁法に強い弁護士の場合が多い)、日本の体制整備や開示情報管理を担当する弁護士、といったように少なくとも三層形式で必要となるはずですし、損害賠償請求事件などが発生すれば、また新たに別途弁護士が必要になります。いずれにしても、平時から「疑われないための体制作り」をしていかなければとんでもないリーガルリスクを背負うことになります。中国も同様のリスクが顕在化しそうですし、時代は変わりつつありますね。

8月 2, 2013 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年7月 8日 (月)

オリンパス事件刑事判決にみる「不祥事発生企業の自浄能力」の重み

先週7月3日、東京地裁第三民事部にて、被告オリンパス(法人)及び元役員ら(個人)に対する虚偽有価証券報告書提出罪被告事件に関する有罪判決が下されました。法人たるオリンパスには過去最高額の罰金7億が課せされましたが、元役員ら3名には執行猶予付の判決が言い渡されました。

本事件については未だ確定しておりませんが、朝日「法と経済のジャーナル」にて判決要旨がアップされましたので、判決内容をある程度知ることができました。元役員らに執行猶予判決が出たことについては賛否両論あるとは思いますが、私はこの東京地裁判決を高く評価したいと思います。なぜなら、刑事判決というペナルティの世界において、オリンパスのような大規模公開会社の社会的責任が力説され、企業および役員の不祥事発生時における自浄能力の発揮を司法裁判所も支援する姿が明確に示されているからです。

特徴的なのは、オリンパスの弁護人、オリンパス元役員の弁護人いずれの主張も、この裁判所は排斥し、独自の視点から情状酌量している点です。法人であるオリンパスの弁護人は、今回の事件はごく一部の役員による個人的な犯行であったと主張しましたが、裁判所はこれを否定し、従来より幹部職員や外部コンサルタントを巻き込んだ組織的犯行だったと認定しています。取締役会の形骸化、監査役会の機能不全をはじめ、誰かの責任だけを追及して終わるようなものではなく、組織自体が非難されるべき企業風土であったことに強い批判が向けられています。つまり法人としての犯行態様を(やむをえなかったもの、として)斟酌して刑が減軽されているわけではありません。

その代り、犯行発覚後の法人としてのオリンパスの動きは最大限に評価されています。第三者委員会を設置して事実解明に積極的に対応し、自ら元役員に対して訴訟提起をしています。また外部から社外取締役を招へいしてガバナンス体制の一掃を図りました。当該裁判所は、こういった一連の行動を斟酌したうえで7億円という罰金額を決定しています(求刑10億円の罰金)。企業犯罪に適用されるアメリカの連邦量刑ガイドラインではありませんが、不正発覚後にどれだけ自浄能力を発揮したかによって、我が国の刑事処分の量刑にも影響が及ぶことが明確にされた点は高く評価できると思います。

次に、オリンパス元役員らの弁護人は、会社が倒産することを防止し、社員の生活を守るためにやむをえない対応であったと主張しましたが、これも裁判所は「大規模公開会社の役員として、社会的責任を果たす立場にあるのだから到底許容できる理由ではない」と一蹴しています。つまり犯行態様の視点からの刑の減軽はありえない、粉飾を最初に考え出した者が他にいたとしても、被告人らは実刑に相当するとまで述べられています。

しかし、ここでも裁判所は経営者らの自浄能力の発揮を評価しています。損失飛ばしや解消スキームを継続している際に不正を公表しようと模索していたこと、不正発覚後は有価証券報告書の訂正を速やかに行ったこと、第三者委員会の事実解明に積極的に協力していたこと、公判廷において謝罪をしたこと等、元役員らが法人としての自浄能力の発揮に寄与したことで、裁判所が「実刑とすることに躊躇をおぼえる」こととなったようです(ただし、海外メディアがウッドフォードの告発を取り上げていたときに、元役員らが本当に自浄能力を発揮することに寄与していたかどうかは、若干懐疑的にならざるをえないように思いますが.....)←7月3日付けの法と経済のジャーナルにおける別記事に、Y被告人とK被告人の公判における証言の食い違いが報じられていますが、まさに懐疑的であることを裏付けています。

行政処分である課徴金処分や証券取引所における上場廃止処分の判断であればわかりますが、法人や役員の不祥事発覚後の対応が、事後規制(制裁)としての意味を持つ刑事処分にどれほどの影響があるのか、正直私にはわからないところがありました。しかし今回の東京地裁の判決では、堂々とこの不祥事発生後の自浄能力の発揮を刑事処分の量刑に斟酌しています。刑事処分に自浄能力の発揮が反映されないとなりますと、「どんなにいい子ぶっても、やったことへのペナルティは同じ」と会社が考えることとなり、大規模公開会社における多くのステークホルダーの利益が回復されないままとなってしまいます。そのあたりを裁判所も十分に考慮したのかもしれません。いずれにせよ、今回のオリンパス事件の刑事判決が、不祥事発生企業における自浄能力発揮のための「強いインセンティブ」としての意義を持つことになることを期待いたします。

7月 8, 2013 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月10日 (月)

企業不祥事における「成功体験」のおそろしさ・・・について考える

ホワイトカラーによる不正がなぜ起きるのか?ということについて、よくクレッシーの法則が用いられます。クレッシーの法則とは、不正行為の発生に関する仮説をモデル化したものですが、「企業において不正が発生する背景には、動機(強いプレッシャー)、機会、正当化根拠の要素がすべて存在する」というもので、CFE(公認不正検査士)にとってはおなじみの理論です。

ところで、私は以前から、この「動機」というのは、本当にホワイトカラーの人たちが不正に走る要素としてどこまで重要なのか、よくわからないところがありました。たしかに不正に走りたくなるような強いプレッシャーがあったとしても、人は高い倫理規範があればなんとか踏みとどまることができるのではないだろうか?ひょっとして動機の上に、さらに「何か」があって、初めて反倫理的行動を許容してしまうのではないか、との疑問です。

そういった疑問をさらに深めるような事件記事が6月8日の産経新聞ニュースで掲載されています。企業不祥事に関する記事ではありませんが、弁護士である被告人が成年後見人としての預かり金を着服し、業務上横領罪に問われた刑事公判での被告人証言をまとめた記事です。被告人は私と同年代で、20年以上の業務経験を有する中堅弁護士の方のようですが、そこで被後見人の金銭を横領してしまう心の葛藤が詳細に語られています。中でも以下の供述内容が、とても印象に残りました。

左陪席の裁判官に犯行の最大の要因を問われると、沈黙の後、ゆっくりと言葉を紡いだ。被告「…検察官にも何度も聞かれ、自問自答も繰り返しました。交際相手との生活も、金銭にルーズだったところも原因にはある。でも、それらはバックボーンに過ぎない。事情があった、というのでは答えにならない。反規範に行くのは人間の選択。自分はそれを選択する心の弱い人間だった。それだけのことだと思う」
裁判長が質問の最後に、犯行の過程で事態を好転させる努力ができなかったかを問うと、被告は1件の訴訟で800万円超の報酬を得た過去の実例を挙げ、答えた。被告「何とかなる、という甘い気持ちがありました。弁護士をしていると、偶然に大きい報酬が得られることもあるので」裁判長「切羽詰まって対策を立てなくても、『棚からぼたもち』がある、という気持ち?」被告「それはありました」

これは私がヒアリングを行う不正調査の現場でも、ときどき聞かれる内容です。たとえば、この被告人の行動をクレッシーの法則にあてはめると、横領の動機は離婚した妻子への慰謝料の支払いを継続すること、機会としては預かり金の自己管理と経理を他人に委託していない状態、そして正当化根拠は弁護士報酬から、やろうと思えばいつでも返済できる、という事実です。しかし、高額の慰謝料返済によって経営が困窮していたことがプレッシャーになるとしても、それが規範意識を飛ばしてしまうことに直接結び付くのかどうか。正当化根拠も動機のひとつですが、これはすでに規範意識を飛ばしてしまった自分を苦しい精神状況からのがれさせるための言い訳なので、それ以前の段階の「規範意識を飛ばしてしまう原因」がどこにあるのか、を理解する必要があります。

そこで、上記記事内容を読みますと、心の弱い人間になってしまう要因として1件の訴訟で過去に800万円を超える報酬を得た体験というものが出てきます。これについて裁判長は「たなからボタもち」と表現しています。たしかに弁護士の職務上、1000万円を超える報酬を得ることは実際にありえるのですが、普通は何年も苦労して裁判で依頼者が経済的な収益を得たことの報酬であり、到底「タナボタ」と表現できるものではありません。しかし本当にボタもち的な報酬を得た成功体験があるとすれば、これはたしかに規範意識を飛ばす要因になりえるのではないでしょうか。「依頼者の預かり金に手を出してはいけない」という規範意識が極限まで希薄化している中で、「そういえば前に突然高額の報酬を得られたことがあったっけ」といった体験が頭をよぎるのであれば、その実体験が規範意識を一気に解放してしまう・・・ということでしょうか。

そういえば大王製紙の元会長さんの刑事裁判の証言にも似たようなものが出てきました。動機はギャンブルの負けを回復すること、機会は親会社の会長たる地位にあること、そして正当化根拠は「子会社は元会長の財布代わり」という意識です。前にも述べたように、普通は子会社資金は親会社の経営者にとっては財布ではありませんが、あの事件の特殊なところは、子会社の大株主は親会社ではなく、創業家一族会社です(だからこそ、その後は大王製紙子会社の株主総会にて、大王製紙側ではなく、創業家側の提案した取締役が就任する、という内紛に発展しました)。しかし、元会長さんを業務上横領に駆り立てた最大の要因は「以前、1億、2億と負け続けたときに、突然カジノで大勝してすべて返済できたことがある」という成功体験でした。これもタナボタ的成功体験と表現できるものです。

人生のすべての時期において、心の健康が保てるのであれば問題はありません。しかし、いくら弁護士といえども、心の健康を常に保てるとは限りません。心の健康のバランスが崩れたときに、預かり金通帳を眺めながら、「このお金があればなぁ」と規範意識が緩むこともあるかもしれません(もちろん世間的にみれば強い非難に値する行為です)。だからこそ、高い倫理意識を持って行動しなければならないわけですが、規範意識を飛ばしてしまう最大の要因(悪魔のささやき)についても光をあてる必要があると思います。

たとえば私個人の推測では、このタナボタ的な成功体験の他にも、企業におけるコンプライアンス経営軽視の風土(悪いことをやってでも成績を上げることが第一という思想)、「機会」に関するバイアスのかかった状況での誤解(冷静に考えれば不正発覚が容易な状況にあるにもかかわらず、発覚しないと思いこんでしまうこと)、といったものがこれに含まれるのではないかと思います。預り金着服の事例において、被告人が「経済的な困窮やずさんな経理は背景事情ではあっても最大の要因ではない。それは人間としての自分の弱さである」と証言したことは、まことに不正に向けて規範意識が緩む際の偽らざる心境ではないかと思います。

6月 10, 2013 刑事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年12月14日 (金)

経営トップに近づくほど不正を隠すようになる?-オリンパス事件刑事公判より

(本日は短めのエントリーです)ひさびさのオリンパス事件ネタですが、12月11日に開かれた旧経営陣の刑事公判では被告人尋問が行われたようで、事件発覚当時常勤監査役であったY氏の公判での証言内容が報じられています。2001年当時、経理部長だったY氏は、これ以上損失飛ばしを隠すことはできないと考えて、当時の社長であったK氏等に公表を勧めたそうです(財テク失敗で損失が拡大した20年ほど前から、Y氏は歴代の社長に対して強く公表を迫っていた、とも報じられています)。

しかし、昨年公表されたオリンパス事件の第三者委員会報告書によると、このY氏は副社長に就任していた2006年の時点では、内部通報制度(ヘルプライン)に外部窓口を設置することについての社内の提案に対し強く反対をしていた、とあります。「当社は労務問題が多いから、とくに外部窓口を設ける必要性はないのでは」とのY氏の意見だったそうですが、おそらく損失飛ばしのスキームが社外第三者に漏れることを強くおそれたからではないかと思われます。

仮にこのY氏が刑事公判において証言したところが正しいとするならば、どうして考え方がこのように大きく変わってしまったのでしょうか?経理部長という立場からすれば、損失飛ばしによって粉飾する、ということの矢面に立っていたはずですから、もはや不正経理を続けることは耐えられない気持ちだったものと推測されます。辞表を持参して公表を迫ったほどの人なので、もし2001年ころに、オリンパス社にヘルプラインが存在していれば、Y氏自身が内部通報制度を活用していたのかもしれません。

しかし副社長たる地位に抜擢されますと、損失飛ばしを公表しようといった気持ちは薄れてしまって、ひたすら隠すことに執心することになります。自身を副社長に抜擢した元会長への恩義を感じたのか、それとも従業員から経営トップに近い地位になると「会社はつぶせない」といった責任感を抱いたのか、そのあたりはわからないところですが、ともかく同じ人間でも、社内における立場が変わりますと、職業倫理の意識も変わってくることを象徴しているように思えます。経営トップに近づくにしたがって、「全体最適」のためには不正を隠す、いや隠し通すことが有益なのだ・・・という考え方に支配されてしまうのでしょう。なにゆえこのように気持ちが変わってしまうのか、このあたりは是非知りたいところです。

こういった証言内容からしますと、外部窓口を設置する等、やはり従業員にとって活用しやすいヘルプラインを作り、非業務執行役員のところにも、重要な通報事実が(社長に届くのと同時に)届けられるような仕組みこそ、不正の早期発見のためには必要ではないかと改めて感じます。

12月 14, 2012 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年12月 3日 (月)

セイクレスト事件-専門家の鑑定に法律は入らず?

すでに各紙で報じられているとおり、元JASDAQ上場の不動産販売会社セイクレスト社の経営トップおよび指南役のアドバイザーが金商法違反(偽計取引容疑)により先週逮捕されました。昨年のネステージ社の強制捜査事件と同様、第三者割当増資における現物出資の過大評価により、セイクレスト社の一般株主の株式価値が著しく希薄化され、割り当てを受けた第三者が会社資産を流出させた(利得した?)構図になります。そもそもセイクレスト社が割当先から現物出資を受けた不動産は直近に出資者が4億ほどで購入されたものですが、セイクレスト社はこれを「20億」と評価して新株を割り当てたようです。

昨年のネステージ社の事件と異なるのは、この現物出資の対象とされた土地の鑑定を請負った不動産鑑定士の方が強制捜査の対象とはされていない、ということです。6億から20億の幅を持たせて鑑定結果を出しておられるようですが、この評価額の相当性は誰がみても疑義を残すようなものと思われます。しかし、それでも司法の世界は「相当性がない」ということだけで偽計取引を立件することはないように思います。やはり鑑定は専門家の世界であり、収益見込みなどの前提となる数字を会社側から提示され、また割引率に影響を及ぼす経営環境などの説明を受けることで、一定の制約条件のもとでの専門家意見が出されたのであれば、これを刑事的に問題視することはできないものと思われます。昨年のネステージ事件で不動産鑑定士の方が逮捕されたのも、「最初に鑑定結果の数字ありき」の協議に加わっていたこと、つまり「共謀」が認められたためではないかと推測いたします。

評価に関する認識の食い違い・・・ということだけで立件しようとしますと、以前当ブログでもご紹介したとおり、Tホールディングス社の元会長さんの刑事無罪事件のような結果になってしまいかねません。おそらく取締当局は、鑑定評価額の相当性ではなく、近いうちに土地を開発して別荘を販売するといった記載内容を、企業価値向上を装った「偽計」にあたるものと考えているのではないでしょうか。

逆にいえば、不動産鑑定のプロの方が、公正な立場で法律に則って鑑定を行ったとしても、既存株主保護には限界がある、ということです。そうなりますと、やはり上場会社におけるコーポレート・ガバナンスが機能するかどうかが投資家被害の未然防止にとってのカギになってきます。この点、12月1日の朝日新聞朝刊(関西版の社会面)には、上記第三者割当増資が開示された2010年2月当時、同社の取締役および監査役が、この増資には問題があるとして反対をされていたことが掲載されています。とくに監査役3名からなる同社監査役会は、「価額の相当性に関して不安を感じざるを得ない」と社長に指摘したそうです。ちなみに、いまでも当時の第三者割当増資に係るリリースをネットで閲覧することができますが、同リリースによりますと、弁護士と会計士2名による調査委員会では、この20億という現物出資の評価額は相当に疑問である、という意見を会社側に述べたことが明確に記載されています。したがって、監査役会が「不安を感じる」と述べたことも、納得できるところです。

しかし、監査役会が疑義を呈した二日後の臨時株主総会では、同社社長が「これをやらないと会社がつぶれる」と強行に主張したため、出席した取締役全員がこれを認めたとのこと。なお、そこでの監査役の意見陳述の内容については上記朝日新聞では触れられていません。ただ、増資決定に関するリリースの中では、(臨時取締役会には監査役全員が出席したうえで)監査役は特に有利な発行価額ではないこと(適法性)、および第三者割当が相当であることを述べた旨の記載があります。新聞で報じられているところと、リリース内容にみられる監査役会の意見との齟齬(そご)が生じています

この増資に関する社内での決定の前後に、同社の複数の監査役の方がお辞めになっていますが、ここが個人的には気になるところです。このケースでは、第三者割当増資に関する社内協議の時点において、すでに社内が有事であることは上記新聞記事の内容からも明らかです。そうであれば、監査役は独任制機関として、「あやしい」と思えば社長と対決せよ、というのが理想の姿かと思います。まぁ、そこまでは現実には無理だとすれば、法的責任の免責効力がどうなるかは別として、辞任というカードを切ることも考えられるところです。しかし、開示規制として「監査役の意見」が求められているケースで、そこに監査役意見がきちんと掲載されていない場合には、やはり何らかのアクションが必要になるのではないでしょうか。もちろん、監査役が現物出資の価額の相当性について、「やっぱり疑問はない。相当だと思い直した」というのであれば結構ですが、わずか2日後の取締役会で意見が翻ることは考えにくいところです。

大規模第三者割当増資については、監査役の意見が求められるところであり、セイクレスト社の事例だけではなく、株主や投資家から高い関心が寄せられます。そこで開示内容に虚偽または株主等に誤解を招く表現が記載されている場合には、当該記載の訂正を求める、という積極的対応が監査役には強く求められるのではないかと、私などは考えてしまいます。もちろん「議事録に意見を記録させて、異議を留めておく」という方法で、自らの立場を明らかにすることも大切でしょう。ただ、アーバンコーポレイション事件(金商法上の不法行為責任が問われた裁判)において、本来開示すべきことの「非開示」が虚偽記載と認定されているように、監査役が意見を求められているときに、あいまいな表現が記載されている場合には、やはり監査役の職務としてその積極的な訂正要求まで求められるように思います。

12月 3, 2012 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月17日 (水)

大王製紙元会長の実刑判決は重いか軽いか?

皆様すでにご承知のとおり、10月10日、大王製紙元会長に対する会社法違反(特別背任)被告事件の東京地裁判決が出ました。懲役4年の実刑判決が下されたようであります。会社に与えた損害額は55億円余りで、その損害額が巨額であることからすると、「まぁ、これまで会社に貢献してきた元会長とはいえ、公私混同は甚だしいから当然であろう」といったところが一般的な感覚かと思われます。いや、ひょっとすると「55億円も私的流用していながら懲役4年?てことは、仮出獄を考えると3年くらいで出てこれちゃうわけ?ちょっと軽すぎないかなあ」と考える方もいらっしゃるかもしれません。

法曹の感覚からすると、特別背任罪は財産罪であり、脱税のような国家的法益を侵害したものではありません。したがいまして、前科がなくて、(立件された)被害金額を全額弁済している、という事情があれば、普通は執行猶予付きの判決が出ます。ではなぜ元会長は実刑となったのでしょうか?流用金額があまりにも巨額であり、大王製紙という企業の社会的信用が弁済だけでは償えないほどに毀損されたからでしょうか。しかし刑法233条の信用毀損罪は、法人の財産的価値のある経済的評価を保護法益としていますが、これは虚偽の風説、偽計によって毀損される場合が想定されていますので、それ以外の方法で法人の信用が結果的に毀損されたことは、(被告人に積極的に信用を毀損する行為が認められないので、抽象的にも信用毀損の有無を判断することができず)刑事罰の量刑事由としてどれほど取り上げてよいのかは微妙だと思われます。現に、そのあたりは判決の中でも重要視されていないようであります。

新聞でも報じられているように「一時的にでも子会社の資金繰りをひっ迫させて経営に深刻な影響を与えた」ことは事実であります。しかし、これは大王製紙事件に限られることではなく、被害金額の低い「どこにでもある」特別背任事案でも起こりうるところかと思われます。被害金額が低い特別背任事案でも、当該行為によって子会社の資金繰りをひっ迫させた、という理由で実刑判決が出ることになりますと、今後は同種事案で特別背任に問われた役員が被害弁償を行うインセンティブがなくなってしまいますので、多くのステークホルダーが損失を抱え込むことになり、かえって社会的混乱を招く結果となるように思えます。

また子会社の資金繰りをひっ迫させた、ということでありますが、そもそも元会長にとって、短期貸付けを依頼した子会社というのは、いわば「大王製紙の子会社というよりも創業家の子会社」という感覚が強かったのではないでしょうか。つまり自分の財布からお金を取り出した感覚だったのではないか、と。そもそも元会長に短期貸付金を送金していたのは、会計基準によって(支配力基準)子会社とされている会社であり、実質的な支配者は創業家です。だからこそ、それらの会社は、事件発覚後、創業家と大王製紙との対立が表面化した際に、臨時株主総会によって創業家側の推薦する役員にとって代わられ、実質と形式が一致するようになったわけです。こういった感覚があったからこそ(また、社内のだれもが同様の感覚をもっていたからこそ)大王製紙のモニタリングは機能しなかったものと思われますし、また子会社のトップの方々も、「やむをえない」という気持ちで依頼の応じていたのではないでしょうか。つまり、こういった実質的には創業家の子会社だったという点は、むしろ元会長の量刑判断では有利に働くのではないかと思います。

では経営トップが会社資金を流用して投機的行動に走り、ひと儲けをして(隠し資産の中から)後日被害金額を払えば執行猶予になるのか・・・という疑問が生じます。たしかに納得できないところもあるのですが、やはり会社資産の被害弁償を促進し、会社の利害関係人の利益を守る、という意味では、最後の伝家の宝刀として被害弁償をした者はできるだけ執行猶予とし、刑事制裁以外の制裁(社会的制裁)によって罪を償わせる・・・という余地を残しておくほうが妥当なケースもあるのではないかと。今回の元会長についても、その被害金額は巨額ではありますが、その分、社会的制裁の大きさも認められるのでありまして、また「ハコ企業」を活用したようなケースではありませんので、再犯可能性もほとんど認められないものと思います。

そもそも北越紀州製紙の仲介によって、創業家と大王製紙の複雑な株式保有関係が解消されたとしても、大王製紙の地元における創業家の力は依然として残っているはずですし、また大王製紙側の顧問として創業家の方が復活されたわけですから、いまだ創業家と大王製紙との遺恨は残るものと思われます。元会長が創業家の一員としての地位を持ち続ける限り、今後も何らかの影響力を大王製紙側に行使する可能性があるわけでして、そうであるならば、むしろ元会長が刑務所で更生を図るよりも、社会生活上で更生を図るほうが「被害回復」という意味においても妥当ではないでしょうか。逆に、巨額の資金流用事件に(たとえ全額が弁済された場合でも)厳罰をもって臨むメリットというのは、社会に対する一般予防的効果が考えられますが、これだけの巨額の資金流用を容易に行える日本人はほとんど存在しないことからしますと、一般的予防効果の実効性は乏しいように思われます。

子会社の経営トップに対して口止めをさせていた、といった事実認定からしますと、かなり悪質な面も垣間見えるところですし、個人的な感情としては疑問が残るところではありますが、法律的な見方からすれば、東京地裁では実刑判決が出ても、東京高裁では執行猶予判決が出る可能性というのも十分にあるように感じるところであります(ちなみに元会長側は即日控訴されたそうであります)。

10月 17, 2012 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年10月 3日 (水)

老舗・山の上ホテルを襲った「内部告発リスク」は他人事ではない

すでにマスコミ各紙で報じられておりますが、文豪の方々に愛され続けた東京の名門「山の上ホテル」におきまして、不正配管設置行為に係る(都条例に基づく)過料処分が下されました。同ホテル側も、この事実を認め支払について応諾されているそうであります(たとえば東京新聞ニュースはこちら)。不正配管設置とは、つまり下水道使用料を免れるために、水道使用量を過少に申告していた、という(言葉は悪いですが)詐欺的行動を指します。法人に対する行政罰が都の条例によって規定されていますので、れっきとしたコンプライアンス違反の企業行動であります。

ホテル業界は、とりわけ企業不祥事がブランドイメージを大きく毀損させてしまうことになるわけでして、たとえ不祥事が発生したとしても、自浄能力が発揮されたかどうかは、その信用毀損の程度に重大な影響を与えることとなります。今回の事件では、匿名の情報が東京都に届いたことが発端となり、不正配管が都の調査で判明した、というもの。つまり内部通報ではなく、内部告発によって発覚した、というものであります。こうなりますと不正配管行為より以前から「無届け」で井戸水を使用していた、という事実と併せ考えますと、他者に指摘されるまで同ホテルは隠していたのではないか、といった推測を呼び起こすことになりますので、その信用回復には多大なエネルギーが必要になろうかと思われます。

過去に何度か内部告発人の代理人を務めた経験がありますので、そういった経験からの推測からではありますが、社内の人間が匿名情報を外部に提供する、という場合、最初に内部通報を行ったにもかかわらず、社内で相手にされなかったために、やむをえず外部へ情報提供するケースがあります(愛社精神に基づくケース)。このケースの場合には、組織ぐるみで不祥事を知っていながら握りつぶしてしまう、ということを推測させますので、とても組織の社会的信用を毀損させてしまうことになります。もうひとつは、いきなり匿名による情報が行政当局やマスコミ等の外部に提供されるケースがあります。このケースでは、組織内において支配権争い、労使紛争などの内紛が発生している可能性があります(いわゆる不誠実な目的による告発のケース)。こちらは「組織ぐるみ」とまでは言えませんが、社内がゴタゴタしていることを推測させるものであり、やはり組織のイメージの悪化は否めません。

このように内部告発によって不祥事が明るみに出た場合、いろいろな憶測が社内外で噂されてしまいますので、不祥事発覚後も、発覚に至る背景事情をうやむやにしたい気持ちが強くなります。本来ならば自浄能力を発揮して、社内調査を徹底して、事の顛末を自主的に公表すべきところでありますが、組織内に問題を抱えているケースではこれを公表することもできません。

ところで、今回の山の上ホテルの不正配管設置行為に対する東京都の対応をみるかぎり、名門老舗ホテルであるがゆえに、かなり紳士的に接しているのではないか、と思われます。この井戸水の給水配管を迂回させて下水道使用料を免れる、という不正行為は、すでに全国の施設で行われているようで、たとえば愛知県春日井市におけるスーパー銭湯過料処分取消請求事件判決(名古屋地裁・平成16年9月22日判決)なども先例として参考になります(最高裁のHPにて判決文が閲覧できます)。この事件では、春日井市条例に基づいて、不正配管によって免脱された下水道使用料の3倍の過料を市はスーパー銭湯に課したのでありますが、裁判所は行政罰を科す行政目的からすれば、3倍というのは裁量権の逸脱にあたり、2倍程度が妥当だとしています。今回の山の上ホテルに対する過料処分(使用料の2倍を過料として科す)も、未払い使用料の5倍の過料まで科すことができるにもかかわらず、東京都は2倍の過料にとどめているわけでして、あまり大きな問題に発展させないように、この判例の基準に沿ったところで落ち着かせようとされたのではないでしょうか。

ただ、この名古屋地裁の判決で興味深い点は、スーパー銭湯の不正配管行為自体は巧妙かつ悪質なものであり、3倍相当の過料も相当ではないとまではいえないが、経営者が不正配管を知っていたかどうかまでは不明であり、発覚後は市の調査に積極的に協力しており、また市との間で、未払い使用料や過料の支払い方法について合意が成立していることなどを斟酌したうえで、2倍過料が相当と判断しているところであります。秩序罰としての過料に幅が設けられているわけでして、ここでも企業が自浄能力を発揮することで、過料相当額を軽減させる余地が残されている、ということになります。逆にいえば、これが上場会社などで発生した場合、高額の過料が科される、ということになりますと、不祥事発生後の社内の対応がまずかったために、会社の損害が拡大した、という理屈になりますので、株主代表訴訟が提起されるきっかけになるのかもしれません。

最近は、コンプライアンス経営が叫ばれる中、内部通報制度に基づいて自社で不正を公表するケースも増えおります。そういった時代になればなるほど、内部告発が企業の信用リスクに与える影響、そして企業の役員のリーガルリスクに与える影響は増大していくものと思われます(ちなみみ、上記春日井市のスーパー銭湯の下水道使用料免脱の事件も、内紛が原因となり匿名の情報が春日井市に提供されたことが判決文で認定されています)。とりわけ内部通報が届いたにもかかわらず、これを放置しているようなケースでは、「組織ぐるみ」「経営者関与」の企業不祥事に発展するリスクが飛躍的に高まります。どこの企業でも発生してもおかしくない事件かと。

ちなみに、山の上ホテルさんの対応について、個人的な意見を少しだけ述べさせていただきますが、まずホームページにおける謝罪文には少し首をかしげたくなります※。あまりにも不明瞭な書き方だけに、これでは不正配管事件を知らないホテルの顧客の方々は「食中毒事件でも起こったのだろうか」と錯覚すると思われます(不必要にホテルの信用を低下させることになるのではないかと)。しっかりと謝罪をするのであれば事件内容を書くべきですし、もちろん一切書かないという経営判断もあります(事実、英語ページでは何も記載されておりません)。それともうひとつ、東京新聞からの取材に対してホテルの常務の方が「下水道料金を安くするため、担当の部署が愛社精神で行った」「経営陣は都の調査が入るまで知らなかったが、処分は真摯(しんし)に受け止める」と述べておられますが、担当部署の愛社精神と下水道料金の免脱がどのように結び付くのか、皆目見当がつきません。コンプライアンス違反の行動は、愛社精神をもってすれば許されるかのように思えます。不祥事に対する誠実な対応が見受けられないように思われるのは、名門ホテルの対応としては残念に感じられます。

※・・・・・以前、針金混入事件におけるゴディバ日本法人のHPでの対応についてブログで疑問を呈したところ、翌日に内容が変更されたことがありましたので、とりあえず10月3日未明の段階で山の上ホテルさんのHP上「このたびは、ご心配をおかけし、心よりお詫び申し上げます。今後このようなことが二度と起きないよう、努める次第ですので、よろしくお願い申し上げます」とだけ書かれていることを付言しておきます。

10月 3, 2012 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月20日 (木)

内部通報者の勇気は「喫煙室」から生まれる?(花王・子会社横領事件)

花王の元会長でいらっしゃる常盤文克氏のご著書「新・日本的経営を考える」のなかで、社内に設置されている「喫煙室」の雰囲気が、何でも言い合える強い組織をつくるヒントになる、と紹介されています(同書255頁)。煙草を吸うことの良し悪しは別としまして、あの喫煙室というところは、肩身の狭い「うしろめたさ」を漂わせた人たちが集まることから、なんとも言えない連帯感が生まれ、そこでは組織内におけるホンネの会話が飛び交い、いろいろな情報が入手できるとか。そういえば以前、日本監査役協会(関西支部)でシンポの司会をさせていただいたときも、登壇されていた某企業の常勤監査役さんが「監査役として一番情報が入手しやすいのは喫煙所」と明言されていました。花王の元会長さんは、こういった喫煙室のような雰囲気を、なんとか社内全般に作ることが、組織としての強さを生むということを述べておられ、私もとても納得するところです。ちなみに、日本の本社では部長クラスの方が、海外子会社の経営トップとして赴任しているときに、日本から経営幹部の人たちが海外出張で来られた際、やはり「日本から離れた解放感や連帯感」からでしょうか、本社では語れないようなことも(職階を越えて)本音トークで語れる雰囲気がありますよね。あれとよく似た感覚なのかもしれません。

さて、その花王の子会社におきまして、(中部地区担当の)元経理部長の方が、10年にわたり約2億7000万円もの会社のお金を使い込み、業務上横領罪で逮捕された、と報じられています(中日新聞ニュースはこちら)。横領の手口は、内部統制システムを無効化させるものでして、いかにも経理部長という立場を悪用したものです。ただ、当該子会社が不正事実を知ったのは、この元経理部長の部下の方が、元経理部長の業務処理を不審に思い、本社に相談したことによるものだそうです。今年もグループ会社における不正が問題となることが多いようですが、先日ご紹介した沖電気工業社の子会社不正事件とは異なり、今回は内部通報によって発覚しています(もし内部通報がなかったとすると、現在もこの横領事件は発覚していなかった、ということでしょうかね?まぁ、子会社の、しかも支社における不正ですから、なかなか管理が行き届かないこともやむをえないところかもしれません。)

花王子会社としては、通報を受領後、すみやかに社内調査を行い、告訴受理に至る程度の証拠を収集されたようですので、とりあえず一見落着のようです。よくぞ部下の方が通報(正確には本社へ相談)したものだと思いますが、果たして当該部下の方は正義感に燃えて、意を決して相談した、ということなのでしょうか。ここのところはたいへん難しいところでして、内部通報を行うには、誰かが通報者のお尻を叩いてくれないと普通は無理ではないか、というのが現実の感覚だと思います。内部通報で著名な事件といえば、トナミ運輸事件、大阪トヨタ販売事件、オリンパス配転命令無効事件、そして最近では大阪市清掃職員事件などがありますが、(誤解をおそれずに申し上げますと)いずれの事件でも、通報者の方の個人としての力強さが感じられ、あれくらい精神的にタフでなければ内部通報ができないのではないか、といった印象を受けます。したがって、一般の社員としては、いくらヘルプラインが整備されているとしても、通報事実が自分と利害関係がある、といったことでもないかぎりは、なかなか通報はできません。そこで、どうしても通報を断行するためには、誰かの後押しが求められることになります。

たとえば、昨年の代表的な事件である大王製紙社の件、九州電力のやらせメールの件は、いずれも内部通報が発端となった事件でありますが、いずれもやはり通報者を元気づける仲間の存在が明らかになっています。つまり、内部通報が行われやすい組織というのは、個の力に期待(依存)するだけでは成り立たず、個の力を引き出す組織の力が不可欠ということになります。上記の花王の元会長さんが指摘されているとおり、「ちょっと相談したいことがあるんですけど」と、容易に悩みを打ち明けられるような雰囲気(自由に情報が流通するような雰囲気)が組織に存在しなければ、なかなか一般社員による内部通報は増えてこないものと思います。これは実際の内部通報制度の運用状況をていねいに検証してみると、よくわかるところです。

果たして、元経理部長の部下の方が、不審な上司(元経理部長)の行動を仲間の社員に相談したのかどうかはニュースからはわかりません。しかし、おそらく「本社に相談することで、自分が中部支社の中で制裁を受けたり、不利なことにならないだろうか」といった不安を抱えていたのではないでしょうか。そういったときに情報の自由な伝達が確保されていること、とくにコンプライアンス重視の風土が根付いている組織であれば、まずは周囲の上司や同僚に打ち明けることもできますし、その相談の結果、本社に通報する勇気も湧いてくることになろうかと思います。内部通報制度の活性化のためには、個々の社員への研修だけではなく、経営トップをはじめとして、「喫煙室の風通し」に似た組織風土を構築するところから意識を持たなければならない、ということが最も大切かと(2億7000万円というのは、世界企業レベルからすると微々たるものかもしれませんが、でもやっぱり通報がなければ10年も発覚しなかったというのは、花王社のコンプライアンス上の課題として残ることになるでしょうね・・・・。それと、最後になりますが、内部通報事実は花王子会社だけが認識していたのか、それとも花王本社自身も相談時点で認識していたのか、そのあたりも少し気になるところです)。

9月 20, 2012 刑事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年9月 7日 (金)

JR尼崎脱線事故裁判-あまりにも遠い社長と運転士の危機意識

JR尼崎脱線事故に関するJR西日本歴代三社長を被告とする業務上過失致死被告事件(強制起訴事件)の証人尋問が始まり、検察側(指定代理人側)と被告人側の双方から申請のあった証人の方(同社元運転士)が、事故当時の現場付近のカーブの危険性について証言されたそうであります(神戸新聞ニュースはこちらです)。

運転士の方が「当時から現場は危険だと感じていた。ATS(自動列車停止装置)を設置すべきであった。」と証言したことに対して、当然のことですが、弁護人は元運転士に対して「じゃあ、なぜそういった重大な問題を上に言わなかったのか。ATSを現場に設置すべきと進言すればよかったではないか?」と質問するわけですが、この質問に対して運転士曰く「現場の意見を取り上げるという雰囲気がなかった。個人の意見を言うと不利益になることがあり得た」とのこと。

弁護人側とすれば、こういった運転士の証言を引き出せば100点満点かと思います。現場が極めて事故が発生しやすく、直ちにATSを設置しなければならない、といった認識を歴代社長が持っていた(持つべきであった)ということが立証されなければ、事後に関する具体的な予見可能性は否定され、過失は認定されないものと思われます。いくら現場の運転士が危険を感じていたとしても、その運転士が口に出して危険性を上司に訴えていなければ、現場統括者(たとえば鉄道本部長)ですら責任を問われないものについて、ましてや巨大な鉄道企業の経営トップが危険を認識しうるはずもなく、過失犯の主観的要件の成立は困難を極めるものかと。現場の運転士の危機意識をもって経営トップの刑事責任を問うには、伝えなければならない危機意識はあまりにも遠いものに感じます。

しかし、果たしてこれで良いのでしょうか。これでは会社の中で、現場の声が経営者に届かないほうが経営者に有利に働くというこうことになります。本当に高い事故リスクの存在は、現場の社員のほうが熟知しているはずです。平時には、そういったリスク情報は、できるだけ上層部にあげるように内部統制システムを構築しているものと思いますが、そのシステムがうまく機能している場合ほど、経営トップの刑事責任が認められやすく、うまく機能していない企業ほど経営トップは刑事責任を免れる、という結果になることは、どうも納得できません。

むしろ、この運転士の方が証言しているように、現場の運転士の危機意識をどこまで経営トップが認識しうるように尽力していたか、という点を問題とすべきではないでしょうか。「現場の意見を言うと不利益になることがありえた」という運転士の方の証言はとても素直なものであり、こういった意識は当然だと思われます。しかし、だからこそ経営者の責任を論じるにあたり、「情報の自由な流通が確保されるような体制を、どのように構築しようとしていたのか」という点を問題とすべきです(そのうえで、なお社員が問題を指摘しづらかった、というのであれば「経営陣としてできる範囲のことはやっていた」ものとして免責もやむをえないものと思います)。何ら構築する努力をしていなかったということであれば、そもそも経営者は重大なリスクに全く関心を抱いていなかったということになります。事故に対する予見可能性や結果回避可能性が認められることが過失犯の実行行為性を論じるにあたっては必要となりますが、経営者自身が自らの責任で「事故を予見できないような体制」を作出していたとするのであれば、これは検察側に有利な事情として斟酌されるべきではないでしょうか。ここに(すでに無罪判決が出されている)元鉄道本部長としての責任を問われた前社長の裁判と、今回の歴代社長の方々の裁判との差が生じるところかと。

多くの悲惨な事故が発生した後の社長さんの安全対策義務違反という不作為が問われたのがパロマ工業の元社長さんの業務上過失致死事件でした。社長さんは悲惨な事故が発生するまでは、事故の刑事責任を問われることはないのでしょうか?一般事業会社のリスク管理において、内部統制云々と言われ出したのが、ここ数年のことなので、情報の自由な伝達が保証される仕組み作りが喫緊の課題であったというのは正直申し上げて後付けの議論かもしれません。しかし、伝統的な過失犯の立証に関する争い方では、お客様の安全のために熱心に内部統制に取り組んでいる企業の経営者のほうが責任が重くなるというジレンマに直面してしまうわけでして、コンプライアンス経営に熱心な企業が報われないものとなってしまうのは、なんとも違和感が残るところであります。

9月 7, 2012 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年6月26日 (火)

日興インサイダー事件は「法令遵守」では防げない

日興コーディアル証券(現SMBC日興証券)の元執行役員が、インサイダー取引容疑で逮捕された、とのこと。最近のインサイダー事件といえば「増資インサイダー」が話題となっておりましたが、こちらはここ数年の典型的なTOBに絡むインサイダー事件であります。ただ、自らはインサイダー取引によって利益を得ていない情報提供者を立件するというものです。当ブログでもしばしばとりあげました「西友インサイダー事件」でも結局情報提供者の立件は困難でありました。ということは、このたびの日興コーディアルの件については、捜査機関の並々ならぬ意欲を感じさせるところであります。

インサイダー取引に関する法律的な問題点をここで議論することは控えまして、本日はインサイダー取引が、果たして組織における「法令遵守」の徹底によって防止できるものかどうか、ということについて考えてみたいと思います。

今回は、昭和59年に三井住友銀行(当時の住友銀行)に入行し、同期の出世頭として日興コーディアル証券の執行役員として出向していた人が逮捕された、ということのようです。なぜ顧客に未公表のTOB情報を流していたかというと、以前銀行員だったころに、この顧客(金融業者)とは仕事上の付き合いがあり、融資を受けたいという法人を顧客に紹介していたようです。その法人が返済を滞らせてしまって、不良債権化させてしまったことから問題が発生し、この銀行員は顧客からクレームをつけられるようになりました。つまり顧客のためを思って、お客さんを紹介したところ、これが裏目に出てしまって顧客とのトラブルが発生したそうで、その顧客の損失を穴埋めさせるために何度もインサイダー情報を提供していた、と報じられています。

(6月26日朝 追記)本日の朝日新聞朝刊の記事によりますと、この元執行役員は銀行員時代、銀行が融資をできない相手をこの金融会社のほうに回していた、と報じられております。ということは、三井住友銀行にとっても、この金融会社は都合がよい存在だったのかもしれませんし、そうであればますます損失穴埋めを銀行側に求めたい金融会社の気持ちも強まるところかと。

インサイダー取引はバレるもの、と冷静に考えればわかるはずであり、おそらくこの元執行役員も、頭ではマズイことをしているといった意識はあったと思います。しかし、反面において、インサイダー取引の片棒をかつがなければ、顧客とのトラブルが現実化することも間違いなかったわけです。ご承知のとおり、金融機関において、顧客とのトラブルが表面化した場合、間違いなく自分の出世街道に影響が出ます。とくにこの元執行役員のように、出世頭としてここまで進んできた者として、ここで顧客トラブルが表面化することは、なんとしてでも避けたい、と考えても不自然ではないと思います。

なにもしなければ間違いなく顧客とのトラブルは表面化し、自分の将来に暗雲が立ち込める、しかしインサイダー情報を提供することによって、顧客が満足し、自分としてもトラブルを隠し通せるかもしれない。つまり、一方は確実に自分にとって不都合な出来事が発生するが、もう一方は摘発されるとたいへんなことになるが、それでも摘発されない可能性もある、ということになります。

そうであるならば、法令遵守の精神を無視してでも、出世街道に残る道を選ぶ、ということも考えられるように思います(もちろん、法令遵守の意識が欠如していることを正当化しているものではなく、有事に至った人間の選択の心理としては可能性が十分にある、という意味です)。つまり「出世街道に残るために、インサイダー取引は摘発されない、という方向に賭けた」ということであります。

いくら法令遵守を徹底したとしても、この「心の選択肢」まではなくならないのであります。法令遵守の研修を積んだとしても、同じような状況に至った社員が「出世よりも法令遵守」を選択するとは考えにくいです。とくに銀行のように「減点主義」によって人事評価がなされるということになりますと、おそらく顧客とのトラブルは、行員にとっては何とか隠ぺいしたいところかと。法令遵守を徹底するくらいでしたら、そもそも銀行の人事評価制度の在り方にまで遡らなければインサイダー防止は困難かと思います。ちょっと極端な言い方かもしれませんが、市場の健全性を確保するためのインサイダー規制は、典型的な事後規制の世界であり、規制を広くしてかつ厳罰で臨むよりも方法はないものと思います。とりわけチャイニーズウォールをどんなに規制してみても、役員クラスのインサイダー情報の提供は防げません。もはや刑事罰の厳格化で対応するしか方法はないと考えます。

6月 26, 2012 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2012年3月 9日 (金)

オリンパスの法人起訴とSESCの課徴金処分勧告

先日、拙ブログにおいてオリンパス事件が予定調和的に解決できない理由として、「大きな力」でも制御できない「検察の正義」と「株主代表訴訟」の存在を挙げました。本事件の幕引きに向けてのストーリーが出来上がったとしても、そのストーリーは検察には通用せず、独自の正義感によって立件がなされる可能性が高いと思料されます。現に大方の見方が3名逮捕だったのに、ふたを開ければ7名逮捕という点が、まさに「検察の正義」だと思ったわけですが、またまた異例の事態が続くような状況にあるようです。

3月7日の日経社会面の記事ですが、金融庁は法人としてのオリンパス社を刑事告発したばかりですが、今度は証券取引等監視委員会が1億円超の課徴金処分を(金融庁に)勧告する予定と報じられています。つまり虚偽有価証券報告書提出、という一つの事実に対して、刑事処分と行政処分を併科する、ということであり、これは金融商品取引法(証券取引法)に課徴金制度が創設されて以来、全く初めてのことであります。まさに異例中の異例の事態が生じております。これは証券取引等監視委員会の再編問題(5課➔6課 開示検査課の独立)に絡む問題なのでしょうか、それとも金融庁と検察庁との力関係に起因するものなのでしょうか。それとも他に理由があるのでしょうか。

憲法39条違反(二重処罰の禁止)の疑義が残るなかで、経済犯罪において、どうしても検察がイニシアチブをとりたい、という気持ちの現れなのでしょうか。これも有識者の方々の間では、オリンパスの法人としての処分はおそらく課徴金どまりだろう・・・とまことしやかにささやかれておりましたが、結局は「検察の正義」が通る形となりました。このように「検察の正義」がオリンパス事件の前面に出てくる・・・ということであれば、やはり私の予想しておりますとおり、今後もオリンパス事件では組織的関与を示すような何か新しい事実が出てくるのではないかと思われます。

なお、継続開示義務違反に対する課徴金処分の導入と刑事処罰との関係については、内閣法制局の見解等も含め、また別途エントリーしたいと思います。

3月 9, 2012 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月17日 (金)

オリンパス事件7人逮捕と「検察の正義」

本日(2月16日)、オリンパス巨額損失飛ばし事件について、元経営者、指南役等合計7名が逮捕され、いよいよ事件が「事後規制」の領域(民事責任、刑事責任、課徴金等の制裁的意味を持つ行政処分の領域)に入ってきました。

ほかのところでも少し述べましたが、この「7名」という逮捕者の数を予想されていた方はいらっしゃるのでしょうか?マスコミや多くの方のブログを含め、N氏、Y氏が元経営陣とともに身柄拘束される、という予測を聞いたことがありません(もし、事前に7名逮捕、という予測を立てていた方がいらっしゃいましたら、元ネタを含めてお教えいただければ幸いです)。どこで伺っても、みなさん「まあ、刑事問題は首謀した3名までであり、組織ぐるみではないということで上場は維持されて、あとは銀行主導で幕引きでは」といったものでした。昨年12月に公表された訂正内部統制報告書においても、わずかA4一枚に「監査役会、取締役会が機能していなかったため、全社的内部統制に重要な欠陥があった」で終わり。とくに問題の核心に迫るような点は見当たりませんでした。

先週から、日本監査役協会講師の全国ツアーが始まりまして、関西の監査役の皆様の前では申し上げましたが、これからオリンパス事件は大きく動き出しますし、これまで判明しなかった事実がいよいよ浮上してくる、と予想しております。なぜなら、これまでは事前規制の世界であり、「予定調和」的なストーリーが「大きな力」によって展開されてきたのでありますが、これから始まる事後規制の世界では、その「大きな力」によっても抗いがたい別の哲学が機能するからであります。

そのひとつが検察権力であり、もうひとつが司法権力(株主代表訴訟)だと認識しております。言うまでもなく、検察がもつ「正義の哲学」は、およそ他の権力によって押しつぶされることはありません。、ご自身方特有の正義思想に基づいて動くわけでして、このたびも証券取引等監視委員会や警視庁との合同ではありますが、「共謀共同正犯」理論を駆使して、「東理ホールディングス元役員無罪事件の借りを返す」執念で動いているのではないか、その表れが本日の7名逮捕ではないか、と推測いたします。

また、事後規制の典型である株主代表訴訟においても、主導権を握るのは少数株主(オンブズマン?)であり、裁判官であります。予定調和の全くない世界であり、「まあ、これくらいで和解して一件落着」といった大人の対応が許容されるものではありません。裁判において、どのような資料や証言が飛び出してくるのか、まだまだこれからでありますが、関係者にとっては不安な毎日が続くものと思われます。

本日、英国においてウッドフォード元社長の記者会見があり、「歴史的な日になったが、この事件にはまだまだ解明できていないところがある」と述べておられました。しかし、私からするならば、このウッドフォード氏がなぜ25人抜きで伝統あるオリンパス社のCEOとなったのか、これが一番解明されるべき問題であり、これまで第三者委員会報告書でも、取締役責任調査委員会報告書でも、そしてウッドフォード氏ご自身の口からも明らかにされておりません。「この会社は変わらねばならない。だからこそ欧州法人の代表である君にCEOになってもらいたい」とK氏から指名を受けた・・・・・・・、という理由だけでは誰も納得できないはずです。

こういった私個人の疑問も含めて、今後の事後規制の世界において、オリンパス事件の闇の部分が解明されていくことを切に希望いたします。

2月 17, 2012 刑事系 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2012年1月 6日 (金)

JR西日本福知山線(宝塚線)事故・刑事事件判決を前にして

1月11日は、いよいよJR西日本福知山線(宝塚線)事故における刑事判決の日です。山崎元社長の業務上過失致死被告事件に関するものであり、いわゆる歴代社長に対する「強制起訴」事件ではなく、検察が起訴したほうの事件であります。安全対策の不作為が問われる事件としてはパロマ工業事件を当ブログでも取り上げましたが、本件も(今後の強制起訴事件の行方を占う意味でも)注目される判決です。持論はまた判決が出てから述べることとして、とりあえず問題点の整理だけを備忘録程度に書き留めておきたいと思います。

1 なぜ歴代社長は不起訴とされ、山崎氏のみが起訴されたのか?

よく「経営トップの刑事被告事件」として本件が紹介されますが、検察は経営トップの刑事責任を追及したのではなく、平成8年から10年当時、鉄道本部長だった山崎元社長の実行行為を捉えて起訴したのであり、決して「経営トップの刑事責任」を追及しているわけではありません。今回も、山崎氏が鉄道本部長として安全面での責任者だったがゆえに「現場における重大事故の予見可能性があった」とされているわけです。したがいまして、争点も平成8年から10年頃の山崎氏の認識がどうだったのか、というところかと思います。なお、予見可能性については、ホテルニュージャパン火災事件や管制官ニアミス事件の最高裁判決などでも、かなり緩やかに認められる傾向にあることから、元社長には厳しいかもしれません。

しかし過失の実行行為性も問題となるはずであり、「経営トップ」でもない山崎氏が、自身の決定をもって直ちに現場にATS(自動停止装置)を設置できる立場にあったのか、山崎氏がなしうる「安全対策」は制御安全としての「運転手の安全教育」であって、本質安全としての「緊急時における停止装置の設置」ではなかったのではないか・・・というあたりが重要かと思われます。パロマ工業元社長の刑事事件判決では、この実行行為性の判断が詳細に展開されていましたので、もし元社長さんの刑事責任を認める場合には、このあたりもかなりきちんとした事実認定(判断根拠)が求められます。

2 なぜ10年以上も前の行為について、いまごろ刑事責任が問われるのか?

平成8年から10年ころ、ということですと、もう10年以上前の山崎元社長の不作為を問題とするわけでして、そもそも時効ではないのか?といった素朴な疑問も出てくるかもしれません。しかし、公訴時効は犯罪行為が終了した時点から進行するのでありまして、業務上過失致死被告事件の場合、過失による結果発生も犯罪行為に含まれます。したがいまして、どんなに不作為が以前のものであっても、結果(本件では死亡事故等)が最近になって発生した場合には事故発生時をもって犯罪行為が終了したことになります。もちろん、証拠が散逸しているわけですから、立件は容易ではありませんが、とりあえず公訴時効が成立する、という事態にはならないわけです。

3 なぜ遺族から「山崎氏は無罪とすべき」との意見陳述がなされるのか?

論告求刑の後、事故で亡くなった方のご遺族の方が意見陳述をされ、山崎元社長は無罪とすべき、と主張されました。多くのご遺族の方々が厳刑を求めているなかで、なぜ無罪を求める方がいらっしゃったのか?報道では「有罪とするには証拠が不十分であるし、本当に責任があるのは、従来から事故発生のおそれを認識していたにもかかわらず、ATS設置基準を作っていなかった近畿運輸局にあるから」だそうです。本当の事故原因はどこにあるのか、結局(法人の刑事処罰の制度をもたない我が国においては)特定の人間の刑事責任追及に傾きますと「黙秘権」の壁によって解明は困難となります。本当の事故原因を究明できない、ということは結局、有効な再発防止策も策定することができなくなり、再び同じような事故を繰り返すことになります。

このたびの政府による福島第一原発事故調査委員会は、誰に何を聞いたのか、一切を公表せず中間報告書を出しています。これは特定人の責任追及よりも、「現場で何が起こったのか」「本当の事故原因はなんだったのか」、つまり真の原因究明を第一に考え、有効な再発防止策の提言を重視したことによるものと思います。同様の考え方は、JR西日本の事故解明においても成り立つ可能性は十分にあると思われますし、(強制起訴事件を含め)誰かの刑事責任を問うことで「一件落着」で片づけることが、果たして本当に遺族の方々にとって有益なことなのかどうか、迅速な真相究明と関係者の刑事処分とのトレードオフ問題を、被告人の倫理意識だけに求めて解決できるのかどうか、改めて考える必要があるように感じております。

1月 6, 2012 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年7月14日 (木)

ネステージ社 不公正ファイナンス事件と金商法「偽計取引」の活用

ネステージ社(JASDAQ-上場廃止)の関係者の方々が、増資に関連する不公正ファイナンスを行い、金商法違反にて逮捕されたそうであります(朝日新聞ニュースはこちら)。不動産鑑定士さんも強制捜査の対象となっているところに特徴があります。大阪府警捜査二課と証券取引等監視委員会とのコラボは2009年11月のユニオンホールディングス事件以来と思われます。

こういった事件は、かつては刑法もしくは会社法違反で立件されていたかと思いますが、最近は金商法の偽計取引で立件されるケースが増えていると思われます。直接の取引の相手に対して詐術を用いるのではありませんが、株主や投資家を被害者として「偽計」ととらえる手法であります。これも最近のSESCの積極路線の現れではないかと。

なぜ捜索から逮捕まで相当の時間を要したのか?そして、不動産評価には幅があるにもかかわらず、これを「偽計」と認定して立件する「決め手」となったものは何か?このあたりを本日(7月14日)夕方の関西テレビ報道番組「アンカー」にて私が解説いたします(テレビ出演はあまり好きではありませんが・・・)。たぶん私が映るのは10秒程度かと(^^;。

7月 14, 2011 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (3)

2011年7月 4日 (月)

東京ドーム幹部への業務上過失致死罪適用はあるか?

ユッケ食中毒事件と同様、東京ドーム事件についても、経営陣の刑事責任を問うのはむずかしいのでは、と考えておりましたところ、今年1月、遊戯施設からの転落死という痛ましい事故が発生した株式会社東京ドームさんにつきまして、6月末のニュースによりますと、ドームシティ担当の執行役員の方をはじめ7名の幹部職員について業務上過失致死罪の被疑事実により書類送検されるそうであります(産経新聞ニュースはこちら)。

4年前のエキスポランドの事件では、役員の方2名に業務上過失致死罪の成立が認められ、地裁において禁固2年執行猶予4年の判決が下されましたが、やはりエキスポ事件と同様、業務上過失致死罪が適用されるのでしょうか?たしかエキスポの事件では、少なくとも事故の前年に、部品の亀裂について経営幹部が十分認識しえたにもかかわらず、根本的な対策を怠っていたことで、条理上、経営幹部にも安全配慮を怠った過失が認められたものでありました。

今回の東京ドーム事件でも、やはりエキスポ事件と同様、幹部職員に安全配慮を怠った過失が認められるとするならば、どのあたりに決定的な問題があったと考えるべきなのでしょうか?マニュアルに目視だけでなく、実際に安全バーを押し込んで確認すべし、とは書いていなかった点でしょうか、それとも運行規則には社員が運転すべし、とあるにもかかわらず、これをアルバイト社員にさせていた点でしょうか。アルバイト社員に実際に「バーを押して確認せよ」と口頭で指導をしていなかった点でしょうか。

重大な事故が発生する蓋然性について、役員クラスの方々が具体的に認識していなければ、刑事責任を問うことは困難だと思いますが、本件でもっとも重要な事実は過去には安全バーを実際に手で押さえて確認していたところ、最近ではそのような確認をしなくなったこと、また従前は社員に運転をさせていたにもかかわらず、最近はアルバイト社員に安全確認と運転の双方を任せるようになった、ということではないかと

なぜ従来の安全確認作業が行われなくなっていったのか、そのあたりがきちんと分析される必要があるように思います。以前の新聞報道などをみておりますと、かつて安全バーの確認を手で押さえて実施していたところ、乗客の下腹部が圧迫されて苦情がかなりあった、ということだそうで、こういった苦情への対応として、目視で足りる、との運用になったのではないかと推測されます。また、経費節減という事情として、運転者と安全確認者が同一人で行われるようになり、安全確認が万全に行われる余裕がなくなってきたことも要因かもしれません。いずれにしても、経営判断の過程において、従来の安全対策が何故緩和されるようになったのか、そのあたりにもっとも関心が湧くところであります。

こういった事故が発生するたびに、毎度申し上げるところでありますが、企業の役員クラスの人たちに痛ましい事故の刑事責任が厳しく問われる傾向にありますが、その企業における構造的な問題にまで原因究明を行わなければ、おそらく効果的な再発防止策は策定されないはずだと思います。個人の刑事責任が問われて、なんとなく事件が解決してしまった気になり、失敗を繰り返さないための本質的な改革がなされず、ふたたび事故を発生させてしまういった流れへの危惧であります。とくにエキスポランドと同様、東京ドームさんにも閉園に至っても不思議がないほどにインパクトの強い事故が発生したわけで、「こういった対策をとりましたので、二度と同じ事故は発生しません」といった説得的な再発防止策の実行が必要ではないでしょうか。警視庁は「本件は組織的な犯行」と判断し、アルバイト社員および現場責任者だった契約社員については立件を見送ったそうでありますが、組織的犯行とみて、刑事責任追及のなかで構造的欠陥を発見していこうとする対応が定着しつつある傾向を示すように思います。今後、本事件について検察がどのように判断するのか、注目されるところです。

7月 4, 2011 刑事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年5月24日 (火)

「偽装ラブホ」と「類似ラブホ」では雲泥の差

facebookのほうでリクエストがございましたので、偽装ラブホ問題について一言コメントいたします。ただし、私は行政法に詳しい弁護士でもありませんので、あくまでも個人的な見解であることをお断りしておきます。産経新聞ニュースによりますと、今年1月の風営法改正により、これまで偽装ラブホを経営していた人たちが、ラブホテルとしての営業許可を「駆け込み」取得したために、結局、街中で堂々とラブホテルを経営できるようになってしまい、市民団体から「何のための法改正だったのか?」と批判されている、とのこと。(ニュースはこちら

この記事のなかで、微妙に使い分けられているようにも思えるのでありますが、偽装ラブホと類似ラブホは言葉としては似ておりますが、法概念としては大きな差があるものと思われます。市民団体の方々が「偽装ラブホ」として問題視しておられるのは、法概念としての「類似ラブホ」のことであり、法概念としての「偽装ラブホ」とは異なるものですね。平成21年7月31日に公表されました風俗行政研究会のこちらの提言書が参考になるのではないかと思われます。「風俗行政研究会」というネーミングが若干「ゆるめ」に聞こえますが、前田雅英教授を座長として、警察庁の方々も委員に参加されています。コンプライアンスで有名な弁護士の方も委員です。

出会い系喫茶及び類似ラブホテルに対する規制の在り方に関する提言

この提言書を読みますと、上記記事では今になって「何のための法改正か」と批判を受けているようですが、すでに平成21年の時点で市民団体の方々は、法改正の問題点を把握されていたようで、反対意見を表明されていたようです。一般にマスコミ等で用いられている「偽装ラブホ」という言葉と異なり、法概念としての「偽装ラブホ」は、ラブホテルの要件を満たすにもかかわらず、そうでないホテルとして(許可を取得せずに)営業しているものであって明らかに違法であり、これは特に法改正以前からも取締りが可能だったものです。たとえば外観はビジネスホテルのように思えるのですが、客室がすべて2名用であり、朝食をとる食堂もなく、部屋には回転するベッドが置かれている(そもそも回転ベッドは消防法上も禁止されておりますが)、といったところかと。

しかし上記のようなラブホテルは、外観がビジネスホテルですから、とくに市民団体からは強い反対が出ることはなく、本当に問題なのは、外観はラブホテルにもかかわらず、食堂をきちんと作っていたり(使わないにもかかわらず)、1名様利用可、と表示していたり、客と対面するフロント設備がある等のためラブホテルとしての風営法の許可を要しない、いわゆる「類似ラブホテル」というものなのであります。ラブホテルなら営業禁止区域内での営業ができないにもかかわらず、類似ラブホということで、堂々と営業ができたわけであります。つまり「偽装ラブホ」はそもそも違法、「類似ラブホ」はグレーだけれどもいちおうは適法、ということでこれは雲泥の差であります。だからこそ、既得権を行政は認めざるを得ず(財産権の保障)、「駆け込み許可取得」の道を用意したものと思われます。罪刑法定主義の要請もあるでしょうし、また何と言いましても類似ラブホ業者の既得権を認めなければ、これまで規制してこなかった行政の「不作為の違法」も問われかねないからではないか、とも推測できます。

たしかに市民団体のように「何のための法改正だったのか」といった批判が出てくるものと思いますが、営業許可取得を促したことは、行政にとっては有意義なことではないかと。また、最近は条例によって類似ラブホテルまで規制しようとする動きなどもみられますので、今後とも行政手法とビジネス法務の関係で注目していきたいと思います。

5月 24, 2011 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月27日 (水)

震災ボランティアで実刑判決➔執行猶予判決

本日はとくにビジネス法務とは関係ございませんが、思わず目にとまったニュース。

震災ボランティアで温情判決 大麻取締法違反の男(産経ニュース)

大麻取締法違反被告事件で一審1年6月の実刑判決ということですから、情状は、あまりよろしくなかったのかもしれません(追記:今朝の読売ニュースによると、所持していた大麻の量がかなり多かったとか)。高裁審理中の保釈期間に震災が発生し、被災地へ出向いてボランティア活動を行い、これが評価され、高裁では実刑→執行猶予判決に変更されたそうです。直接判決を読んだわけではございませんので、そもそも量刑不相当と判断し、ボランティアをやったことが付記されたのか、ボランティア活動が本当に判断の重要なポイントだったのかはわかりませんが・・・・・

いろいろとご意見が分かれそうな判決ですね。いま保釈中の刑事被告人の弁護人は、どうしますかね・・・・・・ 「真のボランティア精神に基づいた行動」が今後増えるのでしょうか。。。

4月 27, 2011 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月28日 (月)

京大入試問題漏えい事件と「偽計業務妨害罪」

まぁ、18~19歳の未成年者がやったんだから・・・、などと最初は安易に考えておりましたが、(複数人関与の可能性も浮上し)意外に大きな問題に発展しておりますし、2月28日には大学側が京都府警に被害届を提出するようですので、本件に関して少しばかり感想を述べておきたいと思います(ほとんどビジネス法務とは関係ございませんが)。すでにご承知のとおり、京都大学の二次試験の最中、ある受験生がネット掲示板に試験問題を流出させて掲示板上で他者による回答を得ていた、という件です。facebookでは発信者情報開示(プロバイダー責任法)の機能不全こそ問題では?といったご意見が強いようですが、とりあえず世間的には偽計業務妨害罪との関係で話題になっておりますので、そっちのお話であります。

27日の各局ニュースによると、京大入試漏えい問題で大学側の記者会見が行われ、偽計業務妨害罪の疑いがあるため被害届を提出する、とのこと。(毎日新聞ニュースはこちらです)偽計業務妨害罪といいますのは、「人の業務の平穏」を保護法益とした刑法犯(233条)です。偽計を用いて人の業務を妨害した者は3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。「偽計を用いる」といいますのは、人の業務を妨害するために他人の不知又は錯誤を利用する意図をもって錯誤を生じさせる手段を施すことをいいます(大阪高裁昭和29年11月12日判決参照)。また、入試事務は受験生の自由を拘束するものではありませんので、京都大学という国立大学法人(みなし公務員)であっても「非権力的公務」に該当し、偽計業務妨害罪における「業務」に該当します(京都地裁昭和44年8月30日判決参照)。

ところで、本件が大きな話題となるのは、やはり「不正をやって受かるヤツがいたらけしからん、真面目に勉強してきた受験生がうかばれないじゃないか」という点ではないかと。これは京都大学関係者の記者会見内容からも窺われます。つまり入試の公正性、ということが問題となるのですが、そうしますと、「横の受験生の答案をカンニングする」とか「親のコネで裏口入学をする」ということとの区別はどうするのか、という疑問が生じます。また、一時期流行した「替え玉受験」もやはり偽計業務妨害罪となるのでしょうか?秋田大学医学部騒動(ニュースはこちら)のように、教授が合否情報を受験生に漏らす行為はどうなるのでしょうか?私の素朴な感覚では、少なくとも一般のカンニングは、たしかに入試制度の公正を害する行為ではありますが、偽計業務妨害罪という刑法犯に該当するようには思えないのであります。また入試制度の公正性、ということを強調しますと、それでは「公正な試験が侵害されたので、もう一回試験をやり直します」といった意見も出てきそうな気もいたします。

そこで、今回のように携帯とネット掲示板を活用して不正受験をしたケースと、一般のカンニングを区別でき、なおかつ「もう一回試験を行う」ことを回避するためには、単に公正な入試業務が害された、ということではなく、大学側の情報管理業務が侵害されたことを「法益侵害」と捉えるべきではないでしょうか。そもそも「いったい何が入学試験の公正性なのか」という点は、侵害された者による主観的判断に左右されるものであって極めて不明瞭であります。「入試の公正性」については、国家権力が介入するよりも、大学の自治に第一次判断権を委ねて、たとえばカンニングが発生した場合の処分や、裏口入学が発覚した場合の対応は大学側に任せる、とするのが適切かもしれません。しかし大学の情報管理業務の平穏は、試験終了までに不特定多数の者が試験問題を閲覧できる状況におかれることになりますので、試験制度が成り立たないほどの重大な事態を生じさせます。さらに入試業務を行う大学の信用にも関わることになります。そこで今回の例では、大学の情報管理業務に焦点をあてて、偽計業務妨害罪の適用の可否を検討することになるのではないか、との感想を持ちました。このような考え方ですと、たとえ流出させた受験生が落第していても、その犯罪の成否には影響しないことになります。「どうせ落ちたんだから、入試業務への影響は軽微だった」などという抗弁は成り立たないと思われます。結論としましては、大学側に知られないようにネット掲示板と携帯電話を利用して、試験終了前に試験問題を流出させるわけですから、やはり偽計業務妨害が成立しそうな気もしますが。

過去の替え玉受験問題でも、入試制度の公正性が侵害されたことには間違いないわけですが、有印私文書偽造、同行使罪が適用されており、「替え玉受験」特有の行動を捉えて犯罪行為を立件しています。これもやはり「ズルした奴は許せない」というのが世間の感覚であると思いますが、あえて「入試業務の公正」という点ではないところで社会的な要請に答えたのではないかと推測いたします。いずれにしましても、ネット掲示板を活用しての情報流出など、すぐにバレて騒ぎになることは予想できそうですから(笑)、やった本人は意外と単純な気持ちから行動に及んだのではないか・・・・・と思うのでありますが、いかがなもんでしょうか(^^;

2月 28, 2011 刑事系 | | コメント (16) | トラックバック (0)

2011年2月 2日 (水)

東京ドームシティ舞姫事件にみる「経営トップのジレンマ」

1月30日、東京都心部の遊園地でたいへん痛ましい事故が発生し、経営母体である東京ドーム社(東証1部)の経営トップの方による記者会見も行われたようであります(記者会見の様子は東洋経済ニュースが詳しいようです)。事実関係を報じる記事が各紙より毎日続報としてリリースされておりますので、現段階でモノが言えることには限りがございます。ただ、本件(東京ドーム舞姫事件)につきましては、問題をふたつに整理して論じることが適切だと思います。

1経営トップの刑事責任問題

ひとつは経営者の刑事責任に関する問題であります。ご承知のとおり、4年前の大阪エキスポランドでの痛ましい事故につきまして、平成21年9月28日に、取締役2名に対して禁固2年、執行猶予4年の(建築基準法違反および業務上過失致死傷罪による)有罪判決が出されました(この判決全文は最高裁HPから閲覧できます)。この大阪地裁の判断は、現場責任者ではない経営陣に対して、「条理上の義務」として刑事責任の根拠となる注意義務を認定しております。つまり、部下をして遊戯機器の安全性を確認させる、ということが「条理上の義務」として経営者に課されていることが判決で示されております。また、昨年5月に本ブログでもご紹介しましたとおり、パロマ工業社元社長刑事事件判決でも、経営トップに業務上過失致死罪の有罪判決が出ております。この東京地裁の判断は、たとえ製品に不具合がなくても、湯沸かし器という極めて安全確保が要請される製品を世に出している企業であれば、その使われ方にまで細心の注意をしなければならないことが示されていました。さらにJR福知山線事故において、歴代社長らが強制起訴の対象となっていることもご承知のとおりであります。もちろん憲法31条(罪刑法定主義)の関係上、過失犯といえども、刑事裁判において注意義務の認定はそれなりに厳格にされていることは間違いないのでありますが、「世の中に危険なものを送り出して収益を上げている企業は、予算に関係なく安全措置を第一に考えて経営判断をしなければならない」といった考え方が最近の裁判に流れていることは間違いないと思われます。

また、昨年暮れのJAL管制官刑事事件最高裁判決にも象徴されるように、日本では原則として法人の刑事処罰という概念が存在しないために、組織のなかで危機管理ミスが発生した場合には、組織の構造上の欠陥に光を当てることなく、かならず誰かの刑事責任を問うことで「一件落着」させる傾向があります。このたびの舞姫事件においても、「誰かが」刑事責任を問われる可能性は高いわけでして、その可能性は、現場のパート社員や契約社員よりも、事故の予測可能性、および結果回避可能性を持つ経営トップに向けられることも当然に考えられるところであります。

たとえ提供する商品に不具合がなくても、その商品の使われ方に危険性が認められる場合、これを取り除くところまでの法的責任がある・・・というのが昨今の経営者の刑事責任に関するリスクでありまして、そうであるならば昨日の東京ドームの経営トップの方が、被疑者となる可能性を見据えて、ほとんど「捜査中なのでお答えできない」と話しておられたのは、まことに正当な姿ではないか、と思うところであります。また、本来ならば直ちに事故原因調査のために「社外調査委員会」を立ち上げるべき典型的な事例でありますが、経営トップを中心とする社内調査委員会によって調査を行う・・・と表明しているのも、刑事問題がからむために、無理からぬところではないかとも思われます。

2企業コンプライアンスの視点

しかしもうひとつの問題は、企業コンプライアンスの視点であります。エキスポランドは2009年に破産手続が開始されましたが、あの痛ましい事故後、いったんは周辺住民の要望等もあり、遊園地は再開されました。しかしながら、再開後、数回にわたる停止事故、人身事故が発生し、その事故報告を大阪府に行っていないことが後から発覚いたしました(大阪府からも「危機意識のなさ」を指摘されておりました)。たしかにあの重大事故がなければ、「いつもなら報告していなかった程度の事故」(当時のエキスポランドの広報担当者の言)だったかもしれません。しかし、重大事故後の遊園地だからこそ、些細な事故でもきちんと報告をしなければ、従業員は「この会社は変わっていない」と判断し、内部告発が生じることになります。また、マスコミの記事で周辺住民は恐怖を感じ、結局再開したものの遊園地に家族連れは戻ってこなくなり、民事再生は破産手続きに移行されてしまった、というものであります。

私は小さい時に、父に連れられて「後楽園ゆうえんち」に来たことはありますが、東京ドームシティには遊びに行ったことはございませんので、その経営状況に関する知見がございません。しかし四季報によれば、東京ドーム社はこのドームシティに経営資源を集中させ、とりわけパラシュートゾーンには30億円を投下して再開発を予定している、とのことであります。いわば上場企業の命運を握っているのがこのドームシティということになろうかと。だとすれば、経営トップとして、東京ドームの企業価値を毀損するような対応だけは会社のためにも避けなければならず、それは紛れもなく同会社に自浄能力のあるところを社会に開示することではないでしょうか。会社や自身への強制捜査の可能性はあるとしましても、HPにも宣言されておられるとおり、まずはコンプライアンス委員会を立ち上げて、自ら原因究明に乗り出し、とくに事実認定については社外の第三者による調査委員会を立ち上げ、公正中立な調査が進行していることをアピールすべきだと思われます(私が担当した事件でも、過去に2件ほど、刑事捜査と第三者委員会調査が同時並行で進行していたものがございます)。

エキスポランドの事例の教訓は、企業が生半可な対応に終始していれば、一般市民には「また事故が発生する遊園地」という印象が残り、また従業員からは「何も変わらない企業体質」という印象から、些細な形式的法令違反事実についてまでも内部告発が多発する、というものであります。経営者の刑事責任が認められやすくなっている現代社会において、正当な個人的権利を守ろうとする経営者の姿が、一般社会からは「会社の社会的信用を毀損する行為」と受け止められてしまう・・・そういったジレンマが本事件には想起されます。ましてや、エキスポランドのような非上場会社とは異なり、東京ドーム社は立派な上場会社です。経営者の一挙手一投足をステークホルダーは注視しているわけであり、経営トップのクライシスマネジメントには多大な関心が寄せられているわけであります。

3経営者のジレンマ

具体的な安全手引書が現場では交付されていなかった、とのことでありますが、現場を契約社員やパート社員で賄うのであれば、なおさらマニュアルが必要ではなかったのか、どうして他の遊園地の類似機器のように、安全バーのほかに安全ベルトが存在しなかったのか、など個人的な疑問もございます。しかし、これらの疑問は別としましても、このような二つの重要課題のなかで、東京ドームの経営者の方はどういった判断を下すのでしょうか。自分を救いながら会社を救う、ということが極めて難しい局面において、どのようなバランス感覚をもって乗り切ろうとされるのか、経営者の方々をサポートする専門家にも難題がつきつけられているように感じる次第であります。

2月 2, 2011 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年1月 8日 (土)

秀逸!朝日新聞板橋記者の講演録(特捜改ざんを暴いた経緯)

私もときどき寄稿させていただく朝日新聞「法と経済のジャーナル」ですが、同サイト開設以来、これほど秀逸な記事はなかったと思います。有償版なので、無料でご覧になれるかどうかはわかりませんが、本日(1月7日)アップされた記事「特捜検事の証拠改ざんは、こうやって明るみに出した」は、例の大阪地検特捜部における証拠改ざん事件を初めて報道した板橋記者の早稲田大学における講演録でありますが、単なる講演録ではございません。いや、最後まで一気に読んでしまいました。

やはり「フロッピーディスクを改ざんした」という証言は、板橋記者が「検察関係者」から聞いた話でした。この「検察関係者」からどうやって聞き出したのか?という点につきましては、もうすこしツッコミがほしいところではありますが、取材源の秘匿ということでやむをえないところでしょうか。しかし、そもそも板橋記者の熱意がなければ検察関係者からこういった証言を聞き出すことができなかったことは確かですし、また聴取した後の、朝日新聞社という組織の動きや、フロッピーディスクを受け取るまでの弁護人とのやりとりなどは、非常にリアルであり、このような内容を今回、記事にした朝日新聞社には敬意を表したいと思います。「ひょっとしたら、この事実が明るみに出たとき、私はどうなるのだろうか?」・・・・・、記者だって人間、身を案じるのも当然かと思います。(あの三井氏の事件が頭をよぎったのも当然かと)

正直申し上げて、私もこのお話に登場する元係長の弁護人と同様のことを考え、記者にフロッピーディスクを渡すことをためらったかもしれません。まさか検事が客観的な証拠を改ざんするなどとは夢にも思わないからであります。また、フォレンジックを担当する業者としても、まさか改ざんが行われているだろうとは想像もしていなかったのではないかと思われます。記者自身、報道当日に最高検が特捜検事逮捕にまで発展することを予想していなかったところも、この講演録を読んで、なんとなく理解できました。

下野新聞社から途中入社で全国紙の記者になられたわけですが、そういった地方新聞社での経験が、今回の取材に生きたことなども非常に興味深く読ませていただきました。前代未聞の検察不祥事が、このような記者および組織としての新聞社の姿勢によって生まれたことを知り、この事件の「うやむやな」部分が、少しずつではありますが氷解してきたように感じております。

1月 8, 2011 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月 8日 (月)

社外取締役とTOBインサイダー(その2)

日経ヴェリタスの最新号(11月7日号)を読みましたが、最近は「公募増資」に関するリリース直前の空売りインサイダーが話題になっている(当局によって疑惑の目が向けられている)ようですね。先日のエントリーで、私は「公募増資」というのは、事案によっては株価が上がったり、下がったりするものだから、当局としても把握しにくいのではないか・・・と疑問に思ったことを述べたのでありますが、公募増資によって株価が下落することを当然の前提として、空売りが摘発対象となる、というのが最近傾向なのかもしれませんね。ただ東京電力さんの事例のように、事前に噂が流れて・・・ということでしたら情報管理体制の問題を指摘することもできそうですが、日経ヴェリタスで報じられているように「プレヒアリング」によるもの・・・ということであれば、会社側が努力してみもインサイダー取引を防止できないようにも思えますね。とくに国際石油開発帝石さんのような事例をみると、このまま放置していると日本の市場の信頼性を失うことにもつながりかねないように思われます。(このあたりは、それこそSESCさんと証券業協会さん、取引所さんあたりでがんばってもらう必要があるのではないかと思います)

さて、土曜日(11月6日)に社外取締役ネットワークの関西勉強会に出席いたしましたが、先日の新聞報道(西友の社外取締役の方がTOBインサイダー疑惑によって捜査の対象とされている、といった報道)について(やはり)話題になっておりました。

私はあまり意識していなかったのでありますが、何名かの方からおもしろい感想が出ておりまして、「なぜ西友の社外取締役の方は、自社株の買い付けが可能だったのだろうか?」という疑問が呈されておりました。そもそも、ご自身方の経験では、株式の公開買付けをかける側であればまだしも、買付られる側の社外役員など、賛同の意見表明を決定する役員会の直前にしか情報は知らされないのではないか、たとえデューデリが先行するような場合であっても、買付対象会社の場合には担当取締役と社長以外には知らされないのが一般的、というものであります。「リリースまでの短時間で、親族に連絡までして自社株の購入を完了させることなどできるのだろうか?」といったご意見が述べられておりました。

私は、そもそも社外取締役たる地位にある者は、会社の誰から言われずとも、自社株式が買付対象になっているような事態であれば、みずから積極的にインサイダー取引の防止体制(情報管理の徹底)維持に務めるべきである、といった意見を述べたのでありますが、「そもそもそういった情報自体が社外取締役には役員会の直前にならなければ伝えられないものであるから、情報管理体制云々・・・という議論は、社外役員には関係ないのではないか?といった意見が強かったようでありました。つまり、あまり社外取締役の理想の姿を追い求めて、期待されたとおりの活動ができていなかった、といって社外取締役の責任を議論することは、現実の社外取締役の活動状況との間にかい離が生じているのではないか、というものであります。

なるほど、現実の企業社会をみると、社外取締役さんの実務というものは、こういった意見に集約されているとおりでありまして、たとえ有効的なM&A(つまり事前に適切なデューデリが行われるような場合)であったとしても、社外取締役の方々の耳に、詳細な情報というものは届かないのかもしれません。しかし、買付対象会社が買付会社のTOB価格が適切であるかどうか、ということに「賛同するかどうか」を決定するにあたりましては、はたして他の一般株主にとってその価格が適切かどうかを判断することが前提となるわけでして、私としては当然に社外取締役さんも、一般株主の代表者たる立場で積極的に関与しなければならないのではないか、と考えております。いわば、こういった「会社の有事」であるからこそ、社外取締役の活躍が期待されるような場面でありますので、会社としましても社外取締役には意見形成のために必要な十分な情報を開示しておく必要があるのではないかと。たとえば今回のTOBだけでなく、ファイナンスに関連する増資事例の場合でも同様かと思います。

たとえば、今回の西友さんのTOBインサイダー疑惑の件につきましても、社外取締役の理想の姿を考えるならば、デューデリを行う以前から情報は伝わっていたのではないかと推測いたしますし、インサイダー取引が関係者によって行われてしまうリスクを十分に認識したうえで、情報管理を徹底することに寄与しなければならなかったのではないかと思いますが、いかがなものでしょうか。(本件のインサイダー疑惑の報道のなかで、私的に一番コワイと思うのは、やはり3年前の買付行為が捜査の対象となっていることですね。徹底して悪質事案には対応する・・・といった当局の姿勢がみてとれるようです・・・)

11月 8, 2010 刑事系 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2010年11月 5日 (金)

社外取締役とTOBインサイダー(ほんの少しだけですが・・)

世間のブログでは圧倒的に「映像流出」事件のほうで盛り上がっておりますが、「情報流出」に関する話題もございます。朝日新聞はじめ、各紙朝刊で西友関係者のTOBインサイダー疑惑が報じられております。当局が慎重に捜査中・・・・ということでありますが、仕事中ですし、ブログといえどもマナー違反はよろしくないと思いますので、ほんの少しだけコメントさせていただきます。

今回のTOBインサイダーについて、新聞で報じられているところを読みますと、けっこう奥が深い内容であります(社外役員問題とは直接関係があるものではなく、いわゆる公開買付者等関係者によるインサイダー取引に関する構成要件該当性の問題)。おそらく金融商品取引法(および経済刑事法)に詳しい方々の間ではいろんな議論がなされているのではないでしょうか?

TOBスキームに関与する方々の「リスクと防止体制」につきましては、最近いろんな法律雑誌で(当局の方々が)解説されておりますが、こういった「思い悩む」事件が続発しているからではないかと、なんとなく察しがついたような気がいたします。ちなみに今回は友好的M&Aの事例でありますが、これが敵対的M&Aだったらどうなんだろうか、状況は変わるのでは?といった気もいたします。先日の味の素課徴金審判事件なども、やはり参考になるような気が・・・(これ以上個別案件に踏み込むことはやめておきます)。

TOBにも西友さんのように完全子会社化のためのものや、そのまま親子上場として対象会社が市場に残るケースもありますし、個別事件の摘発にバスケット条項(包括条項)が活用されるようになってきたこと等、いずれにしましても、もはやインサイダー事件の防止は、個人的な違法行為として済ますのではなく、全社的に取り組むべき内部統制構築の問題になってきたというのが私の意見であります。買い付ける側ではなく、今回のように対象会社側にとっては特にリスクが高いと思われます。また、対象となる「重要事実」のなかでも、TOBや決算情報のように、「発表したらどっちのほうへ株価が動くのかはっきりしている」事実については、細心の注意が必要かと。(公募増資とかって、最近はよくわからないですが・・・)

なお、本エントリーへのコメントにつきましては、あまりにスルドイご意見につきましては非開示とさせていただきますので、ご了解ください(^^;; それにしても「社外取締役」さんのインサイダーって、前のエントリーとの関係からすると、タイミング悪いなぁ・・・↓

11月 5, 2010 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年11月 1日 (月)

航空管制官に対する有罪判決(最高裁)と技術者倫理

JFKさんから教えていただきましたが、10月26日、航空管制官の業務上過失致傷罪の成否が問われた最高裁決定が第一小法廷から出されております。(最高裁決定全文はこちら)平成13年1月に発生した焼津市沖でのJAL旅客機2機のニアミスにより、衝突を回避したパイロットの操縦によって多くの乗客が負傷した事件に関するものでありますが、最高裁は旅客機に間違った指示を出した(便数を言い間違えた)管制官2名に対して業務上過失致傷罪が成立するものとして、有罪とした高裁判断を支持する判断を下したものであります。この事件は一審東京地裁は無罪、原審東京高裁は有罪と、判断が分かれていたものでしたが、最高裁では5名中4名が有罪意見、1名が無罪意見(反対意見)を述べておられます。櫻井龍子裁判官は、2008年9月に就任して以来、おそらく初めての反対意見表明ではないかと思います。マスコミ等の論調は、概ね最高裁多数意見が妥当である、とのこと(たとえば読売新聞の10月30日社説等)。

業務上過失致傷罪という「過失犯」の開かれた構成要件該当性を問題としているわけですから、刑事責任を問えるだけの「予見可能性」があったのかどうか、管制官らの実行行為と乗客の負傷との間に刑事責任を問えるだけの「相当因果関係」が認められるのかどうか、というあたりは、裁判官のきわめて規範的な評価に依存するものであります。したがいまして、地裁や高裁の判断、そして最高裁の多数意見と少数意見のいずれかが理屈のうえでおかしい、ということを述べることはできないように思います。法律上の相当因果関係の判断にあたっては、すでに最高裁判断の先例もありそうですので(たとえば最高裁決定 平成4年12月17日 刑集46-9-683等)、過失による第三者の行為の介在が因果関係の否定にはつながらない、といった判断はなんとなく理解できそうであります。ただ、私個人の感覚的な意見としては、東京地裁の判断および最高裁の櫻井判事の反対意見に賛同するものであります。

そもそもヒューマンエラーを防止するためにRAという(航空機の衝突を回避するための)安全装置を導入したわけでありますが、本件で管制官が有罪とされたのは、このRA装置が導入されたことに起因するものでありまして、たとえ管制官が言い間違えをしていたとしても、このRA装置が導入されていなければニアミスは生じなかったのでありますし、またこのRA装置が導入されたことによって、もっと重大なミスが発生した場合(たとえば管制官が旅客機の接近にまったく気がつかずになんら指示さえ出していないとき)には、逆に(RAが正常に作動することによって)犯罪行為が認められないという事態も考えうるわけであります。人為的なミスを回避するための装置が導入されることで、これまで以上に厳格な注意義務が管制官に認められることや、今回よりも明らかに悪質なミスが認められる場合には犯罪が成立しない結果を招来させる、ということはどうも違和感がございます。

たしかにRA装置が存在していることを管制官が知っていたのでありますから、言い間違えによってRAの指示と管制官の指示に食い違いが発生することの予見はできたかもしれませんが、そもそもヒューマンエラーを回避するためにRAが導入されたのでありますから、現場の管制官らにとっては、注意深く業務を遂行したうえでの人為的なミスはRAが回避するものとして、操縦士は最終的にはこれに従うであろう・・・という合理的な判断があってもおかしくはないのではないか、と思います。もし、管制官の言い間違えが重大なミスにつながる、という点についての(刑事責任を問えるだけの)予見可能性があるのであれば、なぜその予見可能性は会社内部の者に対して向けられず、現場の管制官だけに向けられるのでしょうか(ちなみに、当時はRAの指示と管制官の指示に食い違いが発生した場合の、優先関係に関する規定は存在しなかった、ということであります。)

非常に大きな事故が、管制官のミスによって結果的には発生しているわけでありまして、被害者の多くの方々も処罰感情を示しておられたようです。また社会の常識からみてもこういった問題点を情状としては考慮できても、刑事処罰を免除することは許容されない、とする考え方もよく理解しうるところであります。しかし櫻井判事も指摘しているとおり、このような事案で刑事責任を認めるということは、今後も重大な事故が発生したときに、事件関係者は黙秘権を行使して真相を語らない傾向を助長することになるのではないでしょうか。旅客機や鉄道事故が発生した場合に、運輸安全調査会等によって事故原因が究明されるわけでありますが、これとは別に事故の責任を追及するための警察・検察による調査が控えているのであれば、おそらく関係者は事故調査委員会による調査においても真相を語ることはないと思われます。今回のケースでも、本当に言い間違えによるニアミス発生の危険性が予見できるのであれば、従前からそういった状況を想定してRAが設定されたり、ルールが整備されているはずでありますが、そのような整備がない以上、会社関係者にも過失が認められると思われます。しかしそのような関係者の責任を問われることはなく、すべての刑事責任を管制官が負うということでありますので、「正直者(素直に反省する者)が馬鹿をみる」結果を助長することになるのでないでしょうか。

今回、宮川裁判長は政策論・立法論からみても、今回のような事案で刑事処罰を求めないことは現代社会の国民の常識にかなうものでなない、と指摘しておられます。しかしアメリカ社会では、技術者倫理協会が技術者の誠実義務(真実義務)を規定し、内部告発を義務付けていることや、関係者に刑事免責を表明して事故原因究明のために供述を求める、といったことが実際に行われていることからしますと、やはり事故調査を行う専門的機関と捜査機関との協力関係は、思っているほどやさしいものではないように感じます。それとも、日本はアメリカよりも会社関係者は誠実であり、刑事責任を負担するリスクがあったとしても、誠実に原因究明のための事実を語るものである、という土壌がきちんと存在する、ということなのでしょうか。

要するに、大きな事故が発生するような場合、一番「過失」責任を負わせやすいところで刑事責任を問い、その他の関係者は真相を語らず、それで事故原因の真相が明らかにならずに調査終了となれば、一番被害を被るのは再発防止策が十分に検討されず、繰り返される事故のリスクを抱える国民ではないのか、と思います。被害者の方々の目が刑事責任に注がれることは当然のことと思いますが、はたして一般の国民の目が、事件の真相究明と引き換えに誰かに刑事責任を追及することに注がれている(それが社会常識)と言えるのでしょうか。コンプライアンスは、単に「法令遵守」を意味するのではなく、企業が社会的な責任を負うことへ向けられるようになっている現実の流れについても考慮すべきではないのか、と思うところであります。法令遵守のために関係者は注意義務を尽くせばかならず不祥事を防ぐことができる・・・という考え方よりも、どのような場面においても不祥事は必ず発生する、という考え方を前提として企業のリスク管理を重視するほうが妥当ではないかと考えております。

11月 1, 2010 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (1)

2010年10月19日 (火)

あちゃちゃ!元監査役さんの横領事件(こりゃあかんわなぁ・・(^^; )

東証一部上場会社の元監査役の方が同社および同社健康保険組合から1億5000万円を横領し、自宅改築資金等に充当したとのこと(プレス工業さんのリリース)。事件発覚後、この元監査役さんは全額を返還されたそうであります。うーーーん、こりゃビックリのニュースであります(^^;;  以前、監査役会が機能していないことが「重要な欠陥」に該当し、内部統制は有効とは言えない、とする内部統制報告書を御紹介いたしましたが(京王ズHDさんでしたっけ?)、こういった事例も「監査役間での相互監視もできておらず、統制環境に大いに問題あり」として全社的内部統制に著しい不備がある、とされるのでしょうか。また、(この方は平成20年にすでに退任されているとはいえ)監査役監査報告にはどのようにお書きになるのでしょうか?社長が責任をとって減給(自主返上)・・・というのは、社長さんの監査役に対する監督責任??それとも内部統制構築義務違反の自認??いろいろと考えさせられるところが多いです。。

ニュースによりますと、この元監査役さんは、健康保険組合の職員に対して「絶対的な支配力」を利用して虚偽の伝票を作成させていた、ということですから、ここでも内部通報制度が機能していれば早期に発見できた可能性があります。いくつかの会計不正事件を御紹介したときにも申し上げましたが、不正から抜けられない従業員を早期に解放し、共同正犯としての逮捕から免れさせるためにも、もっと真剣に内部通報制度や公益通報者保護法の改正を考えていただきたいものであります。(ただ、通常は監査役さんに対して通報されるケースが多いのですが、監査役さんの不正・・・ということになりますと、それはそれでまたムズカシイかもしれませんが・・・)

ちょっと気になりますのが、着服したお金を全額弁償したことで、会社及び健康保険組合は元監査役さんに対して刑事告訴はしない、とのことだそうであります。これはみなさん、どのように思われますでしょうか?理事長としての立場を利用していたとはいえ、伝票を改ざんした「詐欺的行為」に近いものではないかと思われますし、健康組合職員も不正に巻き込んでおりますので、金員では償えない被害が会社側にも出ているのであり、かなり悪質ではないでしょうか。刑事告訴をしない、というのは素直に考えますと「見つからなければ着服したほうが得。やったもん勝ち」を認めることにはならないのでしょうか?不正行為に利用された職員さんは、本当にこの経営判断で納得されるのでしょうか?おそらく、刑事告訴はしないことを条件に、1億5000万円の即時回収を求めたからではないかと思われますが、立件された後に全額返還による「嘆願書提出」というのが正しいのではないかと。

10月 19, 2010 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年10月 3日 (日)

検察幹部の立件はそんなに簡単なものではないかも・・・・・

(10月3日夕方:追記あり)

DMORIさんがコメントでおっしゃるとおり、私的には非常にコメントしづらい話題でありますし、テレビを視ておりましたら、おつきになっておられる弁護人も、存じ上げている方(ヤメ検の先生)でありますので、この事件はごくごく「野次馬的」な感想しか書けなくなってきました・・・・

法律家の方には「あまりにも当然のこと」で、おもしろくないかもしれませんが、法律家以外の方に知っていただきたいことは「犯人隠避罪」というのは、本件ではそう簡単には立件できないのではないか、ということであります。要するにM検事がフロッピーディスクを故意で書き換えたことを検察幹部の方々が知っていて放置していた、ということだけでは犯罪は成立せず、「放置+α」の部分が「隠避」と評価できないと成立しない、ということであります。犯人蔵匿罪と一緒に刑法上は規定されておりますので、「犯人と知りつつ、官憲の捜査を免れるように自宅でかくまった」といった行動と同様に評価できるほどの行動があってはじめて「隠避」行為が認められる、というものです。マスコミ報道では、この「+α」の部分を「故意に書き換えたことを隠ぺいしていた疑いが濃厚となった」と抽象的な表現がなされておりますが、この「隠ぺい」とは具体的には何を指すのか?ということであります。

ちなみに日経新聞の検察幹部ら逮捕に関する記事から、この部分(逮捕事実)を拾い上げますと

O前部長らの逮捕容疑は、M検事が捜査資料のフロッピーディスク(FD)のデータを意図的に改ざんしたと知りながら、

①今年2月上旬ごろ、東京に応援派遣中のM検事に対し、以後は改変を過失によるものと説明するよう電話で指示したこと

②同月10日ごろ、M検事が持参した報告書の内容を修正させるなど、故意ではなく過失だとすり替え、M検事の検挙を見合わせたこと

以上のふたつが「+α」として適示されております。ちなみに内部告発をされた4名の若い検事の方々の証言が重要なのは2つのステージに分かれておりまして、まず最初のステージが「意図的に改ざんしたことを知りながら」の部分に関する点であります。検察幹部らは最初から「M検事の故意による改ざん」であることを知っていた、という点です。

もうひとつのステージは「自分たち(検察幹部の方々)の改ざん事件放置によっても、本件は闇に葬られない」という点であります。「犯人蔵匿罪」と同等評価される「隠避行為」といえるためには、たとえ犯行時点では官憲の捜査が開始されていなくても、将来的にはその可能性があることは必要であります。(可能性がなければ保護法益の侵害危険性が認められないため。)そうしますと、偽装工作を行う時点で、すくなくとも行為者らには「官憲による捜査の可能性に関する認識」は必要でしょうから、たとえば「この若手検事らによって公表されるかもしれない」「もっと上層部に直訴されるかもしれない」といった認識が必要かと思われます。「部長が調査しないのであれば、私が公表して辞職します」といったセンセーショナルな言葉がマスコミ取材で登場したのは、おそらく検察幹部が「このまま放置していては、本件はもっと上部において捜査対象となるかもしれない」といった認識を有していたことが、どうしても立件のためには不可欠だったからだと推測いたします。「+α」の事実があいまいなものだと、結局のところ検察幹部らは「自分のミスを隠したかったのか、M検事の犯罪行為を隠したかったのか」特定できなくなるおそれがありそうです。

したがって、この+αの部分は、「公表しますよ」といった若手検事の言動に加えて、①および②(もしくは①と②の事実のいずれか)の客観的事実が「合わせ技」となって、はじめて成立するのではないかと。おそらく逮捕状はM検事の証言によって請求されたものと思われますが、本日の報道をみますと、逮捕された検察幹部方々は完全に否認をして無罪を争う、ということのようですから、①および②の事実については「言った」「言わない」の世界になるのではないかと。ちなみに最高検はM検事のパソコンから、消去されていた顛末報告書の復元に成功したそうでありますが、この報告書も検察幹部から指示される前の報告書と後の報告書のいずれも復元されたのかどうかもわからず、客観的な証拠としての価値は未知数のように思われます。そうしますと、この「+α」の部分は、逮捕事実とは別の事実をもってくるか、上記①、②の事実を補強できる客観的な証拠が登場するか、というあたりが今後捜査上の争点になってくるのではないでしょうか。(そう考えますと、最高検が検事7名体制から18名体制に大幅拡大したことも頷けるように思います)また、最高検は元大阪高検検事長の参考人聴取まで視野に入れている、と報じられておりますが、これも「+α」の立件のためには必要と思われますので、当然のことかと。

前エントリーのコメント欄でJFKさんがおっしゃるように、こういった事案に犯人隠避罪を適用するとなりますと、今後の一般企業における内部告発事案などにも影響する可能性がありますね。内部告発を放置していた企業経営幹部の方にも、むやみに刑事罰が課されるようなことにならないためにも、この「+α」の立件は誰もが納得できるような事実を、納得できるような証拠によって世間に示すことがポイントになってくるかと思われます。

(追記)

本日の読売新聞ニュースの記事(供述対立、「隠避」立証に高い壁…最高検は自信)を読みましたが、やはり犯人隠避罪立証については専門家の間でも疑問が呈されているようであります。「故意でM検事がFDを改ざんしたことを知りつつ、上には『過失だった』と報告したこと」や「公表しようとした若手検事を現場から移動させた」などといった事実を捉えて「隠避」と評価する・・・ということも考えられそうなのですが、「自分達のミスを隠す」のではなくて、「M検事の官憲による捜査の可能性を隠す」というところが「隠避」の核心となりますので、「たとえ若手検事らによって公表されても、M検事の立件が困難となることへの働きかけ」というところに焦点を置かざるを得ないものと思われます。

10月 3, 2010 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年10月 1日 (金)

(元)京都地検次席検事逮捕への雑感・・・・・

元京都地検次席検事の方が逮捕された、とのこと(10月1日付けで大阪高検総務部付けに異動とのこと)。諸事情ございまして、気の利いたことは申し上げられませんし、本件にはあまり深入りすることは避けますが、8月11日付け朝日「法と経済のジャーナル」の佐渡委員長(証券取引等監視委員会:元東京地検特捜部副部長)インタビューが、これまでのマスコミ報道のなかで最も核心を突いているのではないか、と思います。(有料情報なので、閲覧できない方もいらっしゃるかもしれませんが・・・)

同インタビューのなかで、佐渡委員長は村木さんの事件捜査を痛烈に批判しておられ(すでにこの時点で検察官個人の問題ではなく、部長・副部長クラスの組織の問題だと指摘しておられ)裁判員制度施行により、優秀な検事は公判担当検事に抜擢され、特捜検察が疲弊していることを明快に述べておられたのが印象的であります。そういえば、これまで裁判員制度と検察の人的・物的資源との関連、という視点ではあまり取り上げられていないように思います。「元特捜検事」という方々も、この点では自身の経験に基づいてお話することはできないでしょうし、マスコミも少し取り上げにくい構図ではないかと。裁判員制度は、今後もますます検察、とりわけ捜査検事を疲弊させていくのでしょうか?

私個人の雑感ではありますが、内部告発代理人や内部通報窓口業務の経験からすると、やはり女性の力はすごいなぁと改めて感じます。組織を動かすのは、やはり今回も

「もし調査をしないのであれば、私は検事をやめます」

組織の空気を変えることができるのは、やはり女性の力だと改めて認識したような次第であります。若手の女性検事はどんどん増えているようですから、黙っていても検察の雰囲気は変わっていくのかもしれません。

検事→弁護士(いわゆるヤメ検先生)、弁護士→判事、そして判検交流はよく聞く話でありますが、弁護士→検事という流れは(過去には多少ありましたが)ほとんど聞きませんね。(最近の指定弁護士制度は別として。)佐渡委員長がおっしゃるように、国税やSESCとの情報交換等も大切だと思いますが、在野法曹との人材交流などもこれから検討課題になってくるのではないでしょうか。

10月 1, 2010 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年9月21日 (火)

検察の捜査資料改ざん事件(特捜検事のコンプライアンス)

ビジネス法務とは関係ありませんが、法律家としてコメントしたほうがいいと思いますので一言だけ。

大阪地検特捜部における「捜査資料(証拠)改ざん」報道にはビックリしております。刑事裁判の場合、検察官は起訴すべきかどうかの判断権を独占しているわけですから、証拠から判断して立件できなければ起訴しない、という選択肢もあるわけです。したがって、そこで吟味される捜査資料(本件ではフロッピーディスク)が改ざんされる可能性があるなどとは、到底信じがたい(考えられない)ですし、どういった組織の力学によってそのような「おそろしい出来事」が発生するのか、まったく見当もつきません。合理的な疑いを入れない程度にまで犯罪事実の存在を立証すべき立場にある検察において、「証拠改ざんを疑わせる」ことはどんな事情があっても、あってはならない事態ですし、検察制度の根幹を揺るがす事態です。

郵便不正事件の無罪判決以上に驚くべきことであり、弁護士としては戦慄を覚えます。これからの裁判員制度の裁判において、もし私が弁護人だったら、まず今回の事件を枕詞として利用し、検察庁ではこういったことが行われているのです・・・これから始まる裁判でも、同様のことが行われているかもしれません・・・と、裁判員の方々に説明することになると思います。そういった事態にならないよう、最高検はしかるべき方針のもとで、国民へ説明責任を尽くしていただきたい、と思います。

9月 21, 2010 刑事系 | | コメント (27) | トラックバック (0)

2010年8月 6日 (金)

パロマ工業事件・刑事判決の分析を「法と経済のジャーナル」(AJ)に寄稿しました。

朝日新聞WEBマガジンの「法と経済のジャーナル」(Asahi Judicialy)に、「パロマ元社長有罪判決の衝撃」を寄稿いたしました。AJは8月1日より有料WEBマガジンとなりましたが(月額1050円)、私の寄稿文は無料でお読みいただくことができます。(ただし、私が判例分析の参考とさせていただいた「判決要旨」は一部会員限定だそうです。この判決要旨はかなり詳細なものですので、法律家の方々のご興味にも耐えうるものではないかと思います。)

不定期ですが、AJのほうでもブログ同様、関心のあるテーマで書かせていただく予定ですので、そちらもご覧いただければ幸いです。

8月 6, 2010 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年8月 3日 (火)

NHKドラマ「鉄の骨」最終回まで全部みました。

日本振興銀行の債権二重譲渡判決(不当利得返還請求事件)のほぼ全文が朝日新聞AJに掲載されておりましたので、この判決への感想を書くつもりでしたが、ちょっとショッキングな事件が報道されておりますので、また日を改めて書かせていただきます。ということで、ドラマ「監査法人」以来、ひさしぶりに「鉄の骨」を最後まで視聴いたしましたので、その感想など。

第1回の感想しかブログでは書いておりませんでしたが、実は最終回(第5回)まで全部みておりました。-NHKドラマ「鉄の骨」-私は素直におもしろかったです。談合や入札の実態、政官民の癒着構造などを垣間見たような気がしました。以下はアラ探しのような意見ですが・・・

談合事件の弁護人経験者からしますと、あの東京地検特捜検事はありえません(笑)たぶん現役の検事さんがご覧になっていたらビックリかも・・・(^^; 被疑者の任意調べが、あのようにラフなものだとすれば、おそらく被疑者はみんな自ら命を絶つか、無罪になるかのどちらかだと思います。

ドラマなので細かいことは申しませんが、主人公の立場も身柄拘束の可能性は十分にあったのでは?(逮捕・勾留→不起訴のパターン)といいますか、事件関係者が逮捕されている上司に面会しているシーンはかなり違和感がありました。(普通、弁護人以外は面会禁止では?)

「談合は悪!」ということを印象付けるものではありましたが、今度は大手が下に調整をやらせているのでは、とか、ガチンコ(価格勝負)によって今度は下請けが手抜き工事をやっていて、そのツケは国民に回ってきている、とか、入札にあたって「価格だけでなく企業実績も考慮する」ということが、新たな行政の恣意性を生むことになっている実態・・・というあたりまでは光があたらなかったようです。

しかし一番ドラマをみていて悲しかったのは、一回も監査役が登場しなかったこと(笑)「いやあ~、最近は公取も厳しくて・・」というセリフは登場しましたが、「いやぁ~、最近は監査役が営業部門にうるさくてなぁ・・・」といったセリフが一回くらいは社長から飛び出すかと期待していたのですが、まったくなし(笑)しょせんコンプライアンスとは(世間的には)この程度のものなのでしょうか?(泣)

あと、ベタな感想ですが・・・・・

「松田美由紀さん、あいかわらずイロっぽいなぁ・・・・・」

「烏丸せつこさん、もう少し見たかったなあ・・・・昔好きだったんで・・・」

8月 3, 2010 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年6月 3日 (木)

キャッツ会計士・最高裁判決(有罪確定)への感想

細野祐二氏の著書は何度も当ブログで取り上げさせていただきましたし、法と会計の狭間の問題を検討するにあたり、その意見については何度も参考にさせていただきました。JALがあのようになる2年以上前から「空飛ぶ簿外債務」として、その問題点を指摘されていたことや、日興コーディアル事件が話題となるきっかけとなった論稿をお書きになっていたことも印象的であります。

その細野氏が被告人とされているキャッツ粉飾決算刑事事件の最高裁判決(第一小法廷)が5月31日に下され、細野氏の有罪が確定しております。話題の事件判決として、すでに最高裁のHPで判決文が公開されております。これまでの細野氏の主張から、どのような判決が出るのか楽しみにしておりましたが、結果はわずか4ページの短い判決文です。補足意見もなく、裁判官全員の意見として原審(高裁判断)を支持しております。

「司法に経済犯罪は裁けるか」(細野祐二著 2008年 講談社)の第3章「司法と会計」を改めて読み直し、この最高裁判決文を何度か読み返してみましたが、制度会計における会計行為(会計事実+会計処理の原則・手続き+会計報告書・会計数値)のうち、細野氏は会計処理の原則・手続きのところで勝負しようとしたのでありますが、最高裁は「会計事実」で判決を下した、というのが実際のところではないでしょうか。法律家が複式簿記を知らない(得意としない)ことは細野氏が先の著書のなかで述べているとおりだと思いますし、継続企業の前提において、「貸金」「預け金」の区別にどれほどの意味があるのか、ということも、おそらく細野氏が述べているとおりかと思います。※ちなみに、上の「会計行為」の解説は、「会計学一般教程(第7版)」武田隆二著の4頁をもとにしております。

しかし、消費貸借や消費寄託という契約の「要物契約性」については、まぎれもなく会計ではなく、法律の分野であります。「資金移動の根拠となる契約は果たして有効だったのか」というところは、会計基準によって判断されるのではなく、まぎれもなく法律もしくは裁判例によって決定されるのでありまして、額面30億円のパーソナルチェックが交付されたことによって、「返済がなされたのか」「運用資金が移動したのか」というあたりは、消費寄託契約の有効性を決する「要物性」の問題として、すでに最高裁よりも前の大審院の時代に出た先例があります。最高裁が焦点をあてたのは、会計処理の手続きではなく、それ以前の「会計事実」であり、細野氏がこの「会計事実」を認識していたことに注目していたものと思われます。パーソナルチェックを振り出した人間の資力が乏しかったのかどうか、支払呈示に回さないような合意があったのかどうか、これらは継続企業の前提における会計処理の問題からすれば、その処理方法に大きな問題はなかったのかもしれません。しかし、消費貸借契約、消費寄託契約が有効に成立しているかどうか、つまり条文上の「要物性」や「寄託」の意味を解釈するうえでは大きな意味を有しているのでありまして、そこが明確にならねばそもそも「会計事実」(物的・経済的な事実関係)が存在しないことになるのではないでしょうか。

もちろん、虚偽記載有価証券報告書提出罪の「共同正犯」が認定されているわけですから、そこには刑法総論でおなじみの「共謀共同正犯」に関する成立要件(たとえば順次共謀による共同正犯の成否など)も議論されるのかもしれません。しかし、このあたりは最高裁は極めて保守的であり、とくに「経済犯罪」に特有の論点でもありません。最高裁は、会計専門職に対して太刀打ちできない「会計処理の妥当性」で議論するのではなく、契約法理の支配する領域、つまり会計事実のところで判断を下したのであり、法律を知らないことをもって故意は阻却されない、という、これまた司法ではあたりまえの論理によって、ほとんどむずかしい議論もすることなく有罪を認定したものと思われます。

正直なところ、細野氏側を応援していた立場からして、「なぜわずか4頁の最高裁判決」で終わってしまうのか、冷静に分析をしてみたいと思ったので、心苦しいのではありますが、このような感想を書かせていただきました。会計不正事件のなかで、監査人が最も粉飾を発見しにくいのは経営者が第三者と共謀している場合であります。おそらく粉飾見逃し責任を問われる可能性は乏しいと思います。しかしその監査人が「経営者の共謀の事実を知っていながら適正意見を表明したら・・・」といった論理が最高裁の判断には流れているように感じました。司法にも経済犯罪を裁く方法が(それなりに)あるのではないか・・・というのが正直な感想であります。

6月 3, 2010 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年5月12日 (水)

パロマ工業元社長・有罪判決への感想

当ブログをごひいきの皆様はすでにご承知のとおり、5月11日、パロマ工業元経営者らに対する業務上過失致死傷被告事件につきまして、いずれの被告人にも有罪の判決が出されました。取材をされた記者さんのお話によると、判決文の朗読は約2時間にわたるものであった、とのこと。当裁判は公判前整理手続きから35回(34回?)の公判の末、本判決に至ったものでして、相当慎重な審理がなされたものと思われます。

東京の記者さんの取材でしたので、某全国紙に私のコメントが掲載されていると思いますが、判決要旨を読んだうえでの「わずか数行のコメント」ですし、読まれた方に誤解をうける可能性もあろうかと思いますので、ブログ上で少しだけ感想を述べて、言い訳とさせてください。

本事案に特有の問題点として、製品の欠陥はかなり事故に対しては限定的な寄与しかないにもかかわらず、製造元会社の経営トップに過失犯は認められるのだろうか?といった疑問もありましたが、判決はこれを肯定しております。当判決では、パロマ工業社と修理業者(関連会社といっても良いかと思います)との平時における業務上の関係性をかなり詳細に論じたうえで、パロマ工業社が十分な安全対策を講じていれば、たとえ関連会社の不正改造に起因する事故であったとしても重大な結果を回避することはできたとしています。ここはかなり規範的な評価がなされている、といった感想を持ちました。おそらく今後、企業グループ(企業集団)を含めた平時の安全対策のあり方に影響が出てくるのではないかと思われます。なお新聞報道では「製品に欠陥がないにもかかわらず、メーカーは責任を負うか?」といった問題提起をされているものもみかけられますが、当判決はそこまで言っておらず、修理業者が容易に不正改造できるような安全装置自身が被害発生に一定の寄与をしていた、と言及しております。この点にも企業としては注意が必要であります。

次の特徴的な点として、パロマ工業社だけで事故を防止できるのではなく、ガス事業者や経産省などの事故防止対策が万全でなければ防止することはできなかったのではないか、といった疑問もありましたが、判決では詳細な事実認定のもと、事故防止は他の事業者や行政当局に頼るべきものではなく、被告人らによる積極的な行動でも十分に防止できたのであり、被告人らの「刑法上の義務」であった、としています。ここでも、製品をこの世に送り出しているメーカーは、原則としてその製品に関連した事故については安全対策を講じるべき責任者たる地位にあることが明確に示されています。

平時の安全対策だけでなく、製品事故を知ったメーカーとしての有事の「被害拡大防止義務」についても触れられており、重大な製品事故を認識した経営者としては、マスコミを利用して製品の使用停止などを広報すべきであり、また徹底した製品回収に努めなければならないことが具体的に明示されています(結果回避可能性に基づく回避義務違反)。このあたりは、製品事故の情報集約の重要性、とりわけ消費者庁による事故情報の集約と同時もしくはそれ以前に正確な情報を集約して、原因分析や再発防止策を検討し、被害拡大措置をとることの重要性が伺えます。また、製品事故が多発している状況を知った経営者としては「より上位の者(組織)によって事故防止対策が行われる必要がある」とされ、全社的なリスク管理体制が構築されている必要性が謳われているのが印象的であります。

最後に予見可能性に関する点ですが、これはかなり抽象的な事故発生への懸念であっても「予見可能であった」と結論付けられている印象を持ちました。製品利用者への切迫した危険性の認識ということではなく、製品に関連する事故が多発している状況を認識している以上は「未必の故意」ではありませんが、結果の予見可能性は認められる・・・とされるようです。たしかに品質管理部長は事故発生の原因事実を認識していたようですが、経営者が容易に品質管理部長と同様の情報を共有できたのかどうか、またたとえ共有しえたとしても、パロマ工業社としては、一定程度の安全対策は講じていたようですから、それらの対策によって少なくとも経営者の(事故発生にかかる)予見可能性が低減されるのではないか、とも考えられそうであります。しかしそのあたりは予見可能性の判断において考慮されていないようです。つまり誤使用の可能性があろうと、他の事業者による不正改造が原因であろうと、自ら供給している製品の重大事故発生の事実を認識した以上は、安全対策を最優先すべき経営者の義務(しかも高度な義務)があることが、このあたりから理解できそうに思われます。

ご意見はいろいろでしょうが、私の個人的な感想としては、経営トップへの刑事責任が認められ、企業側にとっては相当厳しい判決が出たなぁ・・・というところです。控訴された場合、結論がどうなるのかは、私もわかりません。17年間で15件の死亡事故が発生している、ということは、いったいどこまでが「平時」であり、どこからが「有事」になるのかもよくわからないところです。民事上の責任と異なり、刑事上の注意義務はいったいどの時点から発生するのでしょうか?このあたりは、判決全文から確認したいところであります。でもこれが消費者庁時代におけるメーカーの経営トップに求められる「消費者の安全を守る意識」なのかもしれません。あるいは、とくに安全性が問題とされる「ガス器具」ゆえに、その製造会社の経営者には高度な注意義務が認定されたのかもしれません。このあたりはまた著名な法律実務家の方々による判例評釈などに待ちたいと思います。まだ判決要旨を読んだだけのことで本当に雑駁な印象でありますが、私自身も、もう少し「内部統制」の視点から本事例について今後検討していきたいと思う次第です。

5月 12, 2010 刑事系 | | コメント (13) | トラックバック (1)

2010年5月10日 (月)

明日(5月11日)は、いよいよパロマ事件判決(経営トップの刑事責任は問われるか?)

もうすでに数社の新聞(ネット上)でも報じられておりますが、5月11日午後1時半より、パロマ工業社の元経営者の方々に対する業務上過失致死被告事件の判決(東京地裁刑事部)が言い渡されます。当ブログでも4年ほど前から何度か取り上げてきた事件でありますが、湯沸かし器の不正改造を原因として、製品の利用者の方々が死傷された、痛ましい事故です。事故発生当時のパロマ工業社の経営トップの方が、不正改造による一連の重大事故を認識しながら、抜本的な安全対策を採らなかったことが、「過失」と認定されるのか否か、たいへん注目される裁判であります。商品の欠陥ではなく、販売後の対応をもって「過失」を問うという極めて異例の裁判ではありますが、仮に有罪判決が出るとすると、会社法上の内部統制構築義務の評価にも影響を及ぼすことは必至ですし、また消費者庁時代における企業の経営トップのリスク管理にも警鐘をならす判決になることは間違いないものと思われます。

法律家の視点からは、(民事上の責任は別として)品質管理の直接の責任者ではなく、まさに経営のトップ自身に刑事責任、つまり業務上過失致死という「不作為犯」の実行行為性が認められるのかどうかが注目されるところであります。とりわけ今回は、①経営トップ自身に不正改造による事故発生まで予見可能性があったのか、②資本関係にない製品修理会社の不正改造にまで、パロマ社の経営トップが監視監督する立場にあったのか(つまり危険性を予見できたとしても、その危険を回避できる立場にあったのか)、③経産省による事故防止対応の不備も競合して事故が発生したのではないか、といったあたりが「過失犯」と呼べるほどの不作為と規範的に評価できるかどうか、という点が最も注目される争点かと思われます。安全装置が機能しないように、不正改造をパロマ工業社自ら指示していたようなことがあれば別ですが、商品販売後の不正改造への対応の不備について「刑事責任」を問われることになるのであれば、取締役や従業員(場合によっては子会社従業員を含め)の職務執行の適法性を確保するための内部統制構築義務のレベル感がかなり具体化することになるでしょうし、製品事故が発生したり、欠陥が判明した場合の経営トップのリスク管理(免責されるためには、いかなる証拠を残しておかなければならないか)も再考する必要も出てきそうであります。

すでに三菱自動車のトラック脱輪事件では、経営トップの刑事責任が認められておりますが、そこでは商品の欠陥が認められ、また「リコール隠し」(国交省への虚偽報告)という組織ぐるみの悪質な行為も認定されておりました。しかし本件は、事件の前提において明らかに三菱自動車事件とは一線を画するものであります。いっぽうにおいて、同様の事故で不起訴となったリンナイ社の事件のように、「被害者の誤使用」(検察の公表理由)が認定されたものでもありません。おそらく有罪・無罪の判断は、きわめて困難な法的判断、事実認定のもとで下されるのではないでしょうか。先日のJR西日本元経営者の方々に対する強制起訴事件と同様、過失犯の実行行為性が企業の経営トップにどのように認定されるのか(されないのか)、今後の企業社会に多大な影響を及ぼす判決になることが予想されるところであります。

5月 10, 2010 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月28日 (水)

裁判員制度は最高裁判事の事実認定手法まで変えるのか?

おそらく本日の刑事裁判の話題は専ら「検察審査会による起訴相当議決」に関するものだとは思いますが、私は断然、こちらの最高裁判決を話題として取り上げたいと思います。本日第一審へ破棄差戻しとされた「大阪母子殺害死刑判決」に対する上告審判決であります。(読売新聞ニュースはこちら)なんと第三小法廷5名の裁判官全員が個別意見を出す、という異例の判決内容であります。

殺人,現住建造物等放火の公訴事実につき間接事実を総合して被告人を有罪と認定した第1審判決及びその事実認定を是認した原判決について,認定された間接事実に被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは,少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれているとは認められないなどとして,間接事実に関する審理不尽の違法,事実誤認の疑いを理由に各判決をいずれも破棄し,事件を第1審に差し戻した事例(最高裁HPより全文閲覧可能です)

これからプロの法律家を目指す方には是非、読んでいただきたい判決ですし、とりわけ裁判員制度の下における裁判官の事実認定のあり方について、先日退官された藤田宙靖裁判長と堀籠幸男裁判官とのバトルが胸を打ちます。おそらくロースクール生の方々にとって、(事件自体は重いものでありますが)刑事事件の事実認定のあり方を学ぶための貴重な判決であると考えます。またロースクール生だけでなく、刑事法学者の方や我々法曹の間でも、今後議論の対象となるに違いありません。

Jijitu001 多数意見(5名とも個別意見がありますので、何が多数なのかは、ちょっとわかりませんが)および各裁判官の個別意見(意見1名、補足意見3名、反対意見1名)を読ませていただいた限りでの私の感想は左図のとおりです。(注-なお、この図はあくまでも私の感想を述べたまでのものですのでご注意ください。JFKさん、NABさんなど有益なコメントが付いておりますので、そちらもご参照ください。)当ブログで何度か申し上げておりますが、私はいつも近藤裁判官の意見が「好み」でありまして、今回もやはり近藤裁判官の思考過程および結論がもっともスーっと頭に入りました。

タバコの吸い殻がいつ捨てられたのか?・・・・・この一点が最も重要な事実でありますが、仮にこの点が被告人に不利な方向で認定されたとしても、それ以外の間接事実をもって公訴事実が証明できるのかどうか・・・、この判決文を読まれた方は、この5名の裁判官の誰の意見を支持されるでしょうか?「一般国民の良識に従えば堀籠裁判官の意見」と簡単に結論付けることはできるでしょうか?(もし堀籠裁判長だったら、民主党幹事長はピンチでしょうか?)ただしひとつ言えることは、いずれの裁判官も、死刑判決を目の前にして、被害者や遺族の感情と「無罪推定原則」(人権保障)との間において、極限まで思い悩む姿であります。死刑判決が出された(原審)からこそ、他の裁判官に遠慮することなく、自身の見解を各裁判官がストレートに述べられたのかもしれません。(しかし、こういった裁判官合議となると、調査官はどうされているのでしょうか)この事件に関する今後の判例評釈等、非常に関心を抱くところであります。

4月 28, 2010 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2009年12月 7日 (月)

指定弁護士-いったい誰が選任されるのだろうか?(起訴議決制度)

土曜日(12月5日)の日経朝刊社会面におきまして、JR西日本(尼崎)脱線事故につき、神戸地検は歴代3社長の不起訴処分を決定した、と詳細に報じられておりました。ご承知の方も多いかもしれませんが、今回の地検の決定は検察審査会の「起訴相当」とする決定を受けての判断であります。今後は検察審査会の再審査(検察審査会法41条の2)が行われることが予想され、審査次第では起訴議決(起訴すべき旨の議決)に至る可能性があります。(同法41条の6-審査員11名中8名以上の起訴相当議決)起訴議決が下された場合には、原則として強制的に公訴が提起されることとなり、検察官に代わる「みなし公務員」として指定弁護士が起訴および公判維持を行うことになります。(同法41条の9)

つまり長く起訴権限を独占してきた検察官(起訴独占主義)に代わって、弁護士が起訴権限を行使することになるわけでして、この「指定弁護士制度」は裁判員制度と同じく今年5月に施行されました改正検察審査会法のメダマと言われているものであります。私の周囲では、この「指定弁護士って、いったい誰がやるのだろうか?」といった話題がさかんになされるようになってきております。中には「ぜひ自分が第1号として立候補したい」と宣言されている方もいらっしゃいます。

しかし、このJRの件は事案自体もたいへん重いものでありますが、そこに「指定弁護士制度第一号事件」ということになりますと、この指定弁護士を務めることになる方はたいへんなプレッシャーの中でお仕事をしなければならないはずであります。といいますか、この検察審査会の再審査においては審査補助員(同法41条の4)という「法律上の助言者」の参加が義務付けられておりますので、この「審査補助員」を勤める弁護士ですら、おそらくたいへんなプレッシャーを感じるのではないでしょうか?(その再審査手続きのなかで、検察官の意見が陳述されますので、その検察官の意見をどう受け止めて審査補助するのでしょうか?こりゃたいへんなことですよ。最近の裁判員制度に参加した方々のアンケート調査では、検察官の立証と弁護士の立証は「月とすっぽん」と言われる方もいらっしゃるわけでして、検察官を相手にどのように審査補助の仕事をされるのか、予想もつきません。 後ろにはたくさんの被害者の方々、ご遺族の方々が控えているわけで、前には「刑事事件は証拠がなければ立件できないのですよ」とプロの検察官が立ちはだかっているわけでして・・・・・)

審査補助員を勤める弁護士ですら、このような状況が予想されるわけですから、ましてや検察官の権限を行使する指定弁護士はいったいどのようなスタンスで公訴提起、公判維持に務められるのか、非常に関心の集まるところであります。指定弁護士を選任するのは(おそらく)神戸地裁だと思いますが、果たしてどういった基準をもって選任するのか?まさか刑事弁護に名高い方を選任するわけでもないでしょうし、ヤメ検弁護士(元検察官だった弁護士)の先生だと、「市民感覚を刑事司法に」といったキャッチフレーズとも合わないような気もいたします。弁護士を多数抱える大手法律事務所のボス・・・というイメージでもないようですし、管財人経験者や弁護士会役員経験者・・・というのもピンとこないようです。でも、やっぱり単位弁護士会の会長経験者の他、数名で構成される・・・ということになるのでしょうかね?しかしよくよく考えますと、もしJRの歴代社長さん方が被告人として起訴されるとなりますと、当然のことながら日本でも指折りの著名な刑事弁護の先生方が弁護人として多数並ぶことになるわけでして、この弁護人の方々と、指定弁護士との日頃のおつきあいとか、昔なじみとか、そういった友達感覚みたいなことはどこまで排除されるのでしょうか?また、指定弁護士事件とは別に開廷される、元社長さんの(鉄道本部長としての過失)事件との関係はどのように捉えたらよいのでしょうか?(ちなみに裁判所は、いったん選任した指定弁護士について、ふさわしくないと判断した場合には選任を取り消すこともできます)たぶん、こういったことは(とりわけ関西の弁護士から指定弁護士が選任されるならば)私のような弁護士が一番知っていたりするわけでして・・(うーーーん、あまり深く考えないほうがいいかも)そうなりますと、結局のところ弁護士としての力量と同時に、どのような場面においても職業法律家としての倫理観をきちんと持った方がおやりになる、ということになりそうであります。

おそらく「検察権の行使場面に市民感覚を」ということで、検察審査会法が改正されたものと思われますので、ともかく起訴議決がなされた以上は検察から独立した弁護士が検察権を行使するわけであります。しかしこれは裁判員制度とは異なり、裁判所の判断にまで市民感覚を取り入れる制度ではありませんので、「指定弁護士としては全力を尽くしたけれども、やはり証拠の壁は厚く、無罪だった」という結論に至ることはとくに不思議なものではないものと思われます。ただし、あんまり簡単に無罪・・・ということになっても、今度は強制起訴という制度を作った意味もなくなってしまうわけでして、このあたりのバランスをどう図っていくのか、これからの運用をみてみないとわからないところであります。(指定弁護士は検察官への嘱託が条件ではありますが、自ら捜査を行う権限も有しておりますので、新たに発見した証拠等があればまた状況は変わってくるのかもしれません。ただし指定弁護士はすみやかに起訴しなければなりませんので、どこまで自身で証拠を探し出せるのか、実務上での問題もあります。)まだ今後の検察審査会での再審査の結論はどうなるのかわかりませんが、いずれにしても同業者のなかにおきましても、指定弁護士や審査補助員たる地位に、どこのなんという弁護士が就任するのか、非常に注目しております。

12月 7, 2009 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年11月16日 (月)

経営者への特別背任罪の成否と経営判断原則(拓銀最高裁判決)

11月11日にたくぎん事件の最高裁判決が出ております。(日経ニュースはこちら)注目される判決のようで、最高裁判所のWEBページにも早速この判決文が全文掲載されております。金融機関の取締役の善管注意義務、忠実義務が主要な争点となっており、あまり一般の企業の役員さん方には参考にならないのではないか、と(最初は)考えておりました。しかし法廷意見と田原判事の補足意見を読み比べてみますとなかなか興味深く、一般企業の役員さんらに特別背任罪が適用される場面にも参考となるのではないか、と思いなおした次第であります。ちなみに、最近JASDAQの平賀さんの会計不祥事につきまして(元代表者の手形乱発事件ではありますが)、弁護士と会計士で構成されている外部調査委員会報告書のなかでも、元代表者への特別背任罪の成否について(責任追及の可否を目的として)慎重な判断過程が報告されております。(外部調査委員会報告書要旨の公表について)こういった取締役の責任追及の可否を検討するにあたりましても、今回の最高裁の判断過程は参考となるところであります。

詳しい判例解説は(毎度のことながら)今後法律雑誌に掲載される著名な学者・実務家の方々のものに期待することとして、私的にもっとも関心の高い点は特別背任罪の構成要件たる「任務違背」を認定するにあたり、平成6年当時の銀行経営陣の実質破たん会社に対する融資決定につき、どこまで「経営判断原則」が適用されるのか?という点であります。もちろん、一般の企業の取締役とは異なり、金融機関の取締役の融資決定について、経営判断の原則の適用は合理的な理由により限定的なものとされておりますが、そのあたりはこれまでの判例学説でもほぼ通説的なところであり目新しいものではありません。オモシロイのは、取締役の任務違背の有無を決定付ける「経営判断の原則」の適用にあたり、これを平面的に捉えるのか、時間軸の中で捉えるのか、という違いであります。法廷意見はたくぎんが問題会社に対して「融資を実行する時点における」諸事情を参考として、経営判断原則適用の有無を検討しております。そして限定的にせよ、実質倒産状態にある企業に対する融資が適法とされる条件を絞り込み、本件ではその条件を満たしていないと結論付けております。つまり実質倒産状態にある企業への融資実行の場面においても、経営判断の原則の適用を前提とした判断を下しているものと思われます。いっぽう、田原判事の補足意見では、法廷意見と最終的な結論は同じであるものの、問題企業に対する融資実行の時点においては、もはや経営陣には経営判断の原則が適用されることはなく、「任務違背」は明らかとされております。そもそも信用リスク管理義務に違反しているような取締役の職務執行自体が違法であるから、融資実行時点にいくら内規・定款・法令を遵守したうえでの判断だとしても、そこでは取締役は経営判断原則によって守られるものではない、ということだと認識いたしました。融資実行に至るまでの、問題企業の債権管理や再生・再編のための支援策を当該金融機関の経営者はどこまで検討してきたか・・・という(信用リスク管理)面に焦点を当てて、そこに問題がある以上は、もはや融資実行における経営判断を問題にする余地はない、とのこと。

平成6年までの問題企業の信用リスク管理に不備があった、と明言できるのは、さすがに田原判事が倒産法のスペシャリストとしての経歴をお持ちだから・・・という面もあるかもしれません。しかし、それだけでなく、平面的な事情から「任務違背」の有無を検討しようとしますと、どうしても場当たり的な利益考量となってしまって、「貸し渋りと非難されたうえに、貸し出したら今度は処罰されるのか?」といった批判も受けることにもなります。そこで、(ある一定時点における)取締役らの判断過程だけでなく、その融資判断までに取締役が何をしてきたのか、という時間的な流れの中で取締役の職務執行の適法性を丹念に眺め、そこから任務違背の有無を考えるほうが説得力もあり、取締役の経営判断に萎縮的な効果を与える度合いも少ないように思われます。

こういった田原補足意見の考え方は、そもそも法令違反行為には経営判断原則の適用はない、という通説的な見解を前提としたものと思われます。銀行の場合には「信用リスクの管理義務違反」ということになりますが、一般の企業におきましても、内部統制が構築され運用されていることが前提となっていますので、たとえば整備されているはずの内部統制システムが整備されていなかったり、規定されている運用がなされていないようなケースの場合、リスクを伴う経営判断を実行する時点において経営者に多大なる経営上の裁量権が認められることにはならない、といった結論になる可能性があります。また、田原判事の言われるように「取締役の平時における職務執行」によって経営判断適用の可否が決まる・・・ということになりますと、経営トップの法的責任だけが問題となるのではなく、そのような内部統制システムの構築を怠っていた他の取締役(および監査役)らにつきましても、代表者への監督義務違反など固有の法的責任を追及されやすい状況も出てくるのではないでしょうか?個人的には特別背任罪につきまして、「図利加害の認識」と「任務違背」の要件についてはずいぶんと判例では緩和されてきているように感じておりますが、リスク管理義務違反(内部統制システム構築義務違反)と経営判断原則の適用との関係について、きちんと整理しておく必要があるのではないか、と思う次第であります。なお、最後になりますが、田原判事も指摘されているように、一般事業会社の場合、取引先との関係では、さまざまな事情によって損を承知の上で支援しなければならない(それは株主や会社債権者の利益にもつながる、ということで)場面もあることを付言しておきます。

11月 16, 2009 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月28日 (月)

JR西日本事故報道から探る不作為の過失(立件方針-その2)

土曜日から日曜日にかけまして、多くの方より(いくつかのエントリーに対して)たいへん有益なコメントを頂戴しております。「監査法人の赤字経営・・・」については、まだお返事させていただいておりませんが、私の疑問が初歩的で素朴なものであるにもかかわらず、「なるほど」と頷きたくなるものでありまして、是非そちらもご覧ください。また「内部統制1年目の総括・・・」のほうも、示唆に富むものであります。(crossさんのコメントは、本来私がフォローしておかねばならないところ、ありがとうございましたm(__)m)そして、昨日の「JR西日本事故報道から探る・・・(その1)」につきましては、酔うぞさん、辰のお年ごさんから、これまたたいへん貴重なご意見をいただきました。本日のエントリーの内容とも関係のあるコメントですので、興味深く拝読させていただきました。

このたびのJR福知山線事故に関連するJR西日本社の対応につきましては、企業コンプライアンスならびに内部統制(本件に沿っていえば安全体制確保義務)に関わる重大な課題を含んでいるものであります。しかし、JR西日本の前社長が業務上過失致死罪で起訴されていることからしますと、やはり今後も本事件において関係者に刑事責任が問われるのか否か・・・という点を中心として検討していきたいと思っております。

最近、元検事でコンプライアンス問題に詳しい郷原信郎先生が「検察の正義」(ちくま新書)を出稿されましたが※1、そのなかで鉄道事故に関する日米の刑事司法の在り方の差について触れておられます。アメリカの場合は再発防止のために事故の真相究明が第一とされ、関係者には司法免責を付与して、事故に関する供述を最大限引き出すことに全力を挙げるそうであります。いっぽう日本の場合には、航空・鉄道事故においても、一般の事件と同様に業務上過失致死被告事件として立件して、真実の発見も刑事司法が担うことになる、とのことで、ここが日米の大きな違いである、とされております。(上記著書61頁)また、郷原先生は、公正取引委員会へ出向されていた経験から、独禁法違反事件の告発に関しては、公取委と検察との間には根本的な考え方の違いがあったとして、たとえば独禁法違反について公取委は法人単位、事業者単位、つまり企業その組織全体の行為として明らかにすればよく、個人の行為を特定することはほとんど行われなかった、しかし検察の考え方は事業者や法人企業ではなく、個人の行為につき成立するものであり、それを具体的に明らかにすることが刑事処罰の必要条件だとする伝統的な刑事司法の在り方に基づいていた、と述懐されておられます。(上記著書48頁以下)このあたりの記述内容は、本件を(被告人に対する刑事追及の在り方を)検討するにあたり、とても参考になろうかと思います。

※1・・・この郷原先生の新書は長銀事件最高裁判決に関する検察の論理などにも言及されており、村上ファンド事件やライブドア事件に関する郷原先生の見解も含め、とてもおもしろい一冊です。また、「検察」という組織が、23年間、「郷原検事」をどのように処遇してきたか、一度辞表を出した検事を慰留しつつ、検察は何を期待したのか、といったあたりも、これまであまり触れられてこなかった検察の組織の論理を垣間見るようで、楽しめます。

昨今の運輸安全委員会とJR西日本幹部との接触(鉄道事故調査委員会報告書における癒着疑惑)に関する一連の報道は、(昨日も書きましたが)驚くべき事実を報じるものであります。委員とJR幹部が接触していた当時の副社長さんは、取材において「その当時は、ヒアリングなど、(事故調とは)正式な接触の機会が多かったから、その延長線上のことと認識していた」と述べておられるようです。しかし、私は企業コンプライアンスの視点からは「外観的独立性」こそ重要であり、たとえ元副社長さんの言い訳が真実であったとしても、その接触が正当化されるものではないと理解しております。(当時の被害者およびご遺族の方々の事故調査に対する姿勢からすれば、外観的独立性の重要性はJR西日本社の方々がもっとも意識していたはずではないでしょうか。)むしろ、元副社長さんは否定しておられる「会社ぐるみ」の責任逃れ、と言われても仕方がないように思われます。ただ、コメントにおいて辰のお年ごさんが指摘されていることに近いのかもしれませんが、鉄道事故調査会の対応を非難したり、JR西日本の企業風土(不祥事体質)を糾弾することと、個人の刑事責任を追及することとはまったく別でありまして、むしろ現時点の検察は、ともかくJR西日本の幹部社員(だった個人)の立件に全力投球をしているさなかに、「西日本の企業風土の悪質さ」を論難することは、むしろ刑事事件の立証において悪影響を与えるのではないか、と感じざるをえません。結局のところ、このたびのJR西日本事故では経営トップの刑事責任は問われないことになりましたので、前社長が鉄道本部長だったときの幹部職員としての刑事責任が果たして有罪となる可能性があるのかどうか、検討してみたいと思います。

ところで、不作為の過失犯を業務上過失致死罪として立件する場合、私は責任要素としての予見可能性(具体的な事故発生に対する予見可能性)と「不作為犯」の実行行為性(結果回避可能性を前提とした結果回避義務)および結果と実行行為との客観的な因果関係を検察側が立証する必要があるものと考えております。このうち、「予見可能性」の立証については、「福知山線のカーブ変更直前における函館脱線事故の資料をJR側が鉄道事故調査会にわざと添付しなかった」という事実によって、かなり立証の成功度合が高まったのではないか、と考えております。たしかに、1年以上前の新聞報道においても、函館脱線事故に関する話題が福知山線カーブ変更直前の会議で検討されていた、ということは伝えられておりましたし、このたびのリーク記事でも、函館事例が「ATS(自動列車停止装置)を設置していれば防ぐことができた事例」として紹介されていた、という事実が判明したようであります。しかし、これだけでは福知山線のカーブ変更により、函館と同様の事故が発生するであろう、といった具体的な予見可能性までは立証できないところだと思います。(これは鉄道会社における専門領域に踏み込む内容であるがゆえに、函館と福知山とでは、そもそも様々な個別事情によってATS設置の必要性が異なっていた、と反論されれば、素人では再反論が苦しいのではないでしょうか)しかしながら、JR側が事故調査委員会に対してわざと函館事件に関する資料を隠匿して提出していた、という事実が認定されたとしますと、少なくともJR側としては「表に出てしまってはマズイ資料」という認識はあったことになりますから、その会議に出席していた前社長(当時の鉄道本部長)も、福知山線にもATSを設置しなければ、脱線事故が発生する可能性をかなり具体的に認識していたことを示す資料と認定することはできそうであります。つまり「資料があった」ことよりも「資料を隠した」ことが被告人の予見可能性を立証することになる、というものであります。なお、ここで問題となる「予見可能性」は「カーブを変更すれば脱線事故が発生する可能性が極めて高くなること」に関するものであって、「ATSを設置しなければ脱線事故が発生する可能性が極めて高くなること」に関するものではないことに注意が必要であります。

つぎに過失犯の実行行為性でありますが、結果回避義務の観点からみますと、まず鉄道本部長というポストは、具体的に事故発生の危険を予見した場合には、これを回避すべく対応できるポスト、ということで前社長のみが(カーブ付け替え工事時における鉄道本部長として)起訴されたことはすでに報道されているとおりであります。この鉄道本部長の結果回避義務を論じるにあたっては、結果回避可能性が認められることが前提であります。たとえば当時の鉄道本部長として、カーブの変更によって具体的な事故の危険性が高まることを認識していたのであれば、たとえばいくつかの選択肢のなかからその危険を防止するための安全対策を採る必要が生じると思われます。そして、その選択肢のうちのひとつとして、ATSの設置が検討されるべきである、というものであります。このたびの検察からの開示情報では、前社長は事故調査委員に対して(事故調査報告書のなかから)「ATSがあったら本件事故は防げた」という文言の削除を要求しています。本来、当時の鉄道本部長としては、いくつかの選択肢があれば、どのような安全対策をとるべきかは本部長の裁量があったのかもしれません。しかし「ATSがあれば事件は防止できた」と書かれてしまいますと、すくなくともATS設置という選択肢を採用する必要性があったこと(もしくはそうすべき認識があったこと)の可能性は立証されてしまいます。これは結果回避義務を認定する前提としての「結果回避可能性」の立証を大きく前進させるものであります。なおかつ、実行行為性が立証された場合の結果との客観的な因果関係を立証するためにも大きな事実となるはずです。

このたびの検察から開示された情報から、以上のような理由で私は前社長の業務上過失致死傷罪立件に向けて、実際にはかなり前進しているのではないか?といった印象を持ちました。ただ、ここで問題となるのは、JRの企業体質が問題であるとして、たとえば歴代の社長が悪い、カーブ変更時における経営トップも刑事責任を追及されるべきである、といった事業者、企業としての法人処罰への世論の高まりであります。何度も繰り返し述べますが、本事件ではカーブ変更時における一幹部職員の刑事責任が「安全確保体制をとらなかったこと」を理由として処罰されようとしているものであり、いわゆる「監督過失」を問われているものではありません。したがいまして、「結果回避措置をとろうとすれば、鉄道本部長としてすぐにでもとれたこと」が立証される必要があります。しかし、もし当時の経営陣の責任を追及しようとすれば、経営陣の指示命令権を立証することが必要になってきます。ところが、もしこの指示命令があったとすると、(もしくは指示命令がなければ職員が判断できないとすると)そもそも鉄道本部長という地位にある職員の一存では、すぐにでも福知山線のカーブ変更にあたり、ATSを設置できる立場にはなかったことになり「結果回避可能性」の立証に支障を来すことになってしまいます。このあたりが、伝統的な刑事責任追及の在り方によって立件へ尽力している検察としては、「我々が我々のやり方で真相を究明するので、あまり運輸安全委員会への批判や、企業自身の責任追及に向けての気運などを高めないでほしい・・・」と感じているところではないでしょうか。また、このように「結果回避可能性」を基礎付ける事情を検討していきますと、たとえば福知山線以外にも、優先的にATS装置を付けるべき個所は全国にどれくらいあったのか、予算措置は十分にとられていたのか、具体的にATS設置場所を決定するにあたっての社内手続きはどのようになっていたのか、といった事情から、まだまだ当時の鉄道本部長さんとしては、結果回避可能性をめぐって争う余地はずいぶんとあるのではないか?と考えた次第であります。

以上は、外野の法曹としての思いつき意見に過ぎません。ただ、いろいろな報道内容がセンセーショナルに伝えられているように思いましたので、問題点を整理するうえでの参考程度にはなるかもしれません。長い文章に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

9月 28, 2009 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年9月27日 (日)

JR西日本事故報道から探る不作為の過失(立件方針その1)

(9月27日午前:追記あり)

ここ2~3日のJR福知山線事故におけるJR西日本幹部と運輸安全委員会(鉄道事故調査委員会)との癒着問題については、その内容において唖然とするばかりであります。これまで当ブログでは、比較的冷静にJR西日本側にも有利な事情を斟酌したうえで自説を述べてきたつもりですし、新聞で掲載された私の意見も、そのような意見として採り上げられてきたものであります。今回の一連の報道は、捜査機関から公表された事実が発端になっているようですが、これらが事実だとすればJR西日本社の危機対応はズサンであったとしか言いようがありません。各マスコミの報道には多くの問題が含まれているように思いますので、とりあえず問題を整理する必要があります。私は大きく分けて3つの問題に整理すべきかと考えております。

ひとつは鉄道事故調査会のメンバー(当時)だった方々が、調査結果が出る以前に当時のJR西日本幹部の人たちと接触をしていた、という事実。これは本当にビックリしました。国鉄時代の先輩・後輩という仲であったとしても、いや、そういった仲だからこそなおさら接触してはいけないことは「調査委員会」の公平性、中立性という面からして当然の前提であります。ちょっとこれは信じがたいところでありまして、守秘義務云々以前の問題であり、絶対にあってはならないことと認識しております。調査委員会の性格が真実発見にあるのか、責任追及にあるのか、といった論点は承知しておりますが、どのような目的であっても、その外観的独立性が疑われるようなことになりますと、委員会の社会的信用が著しく低落してしまうことは間違いないわけです。(ひいては年月を要してとりまとめられた報告書自体の信用性にすら傷がつくおそれが生じます)医療事故調査会や、今後設立されるであろう消費者庁における事故調査委員会の在り方にも相当な影響が出るのではないでしょうか。

つぎに問題は一連の接触問題がJR西日本側よりなされた、ということでいわゆる「JR西日本の企業体質」が問われる、ということであります。ご遺族や被害者の方々へ真摯に対応する、ということを告げながら、裏ではこのような企業責任および幹部責任(民事も刑事も含む)が問われないような工作を弄する、という事実は、このたび公になるまで社内で隠されてきた、ということなのでしょうか?(それとも、そもそも事故調査委員会委員と事前に接触をはかる、という行為そのものが、まったく問題ない行為だと認識されていたのでしょうか?)これは「企業体質を問う」というものでありますので、誰かの民事・刑事責任が問われる、ということとは別でありますが、企業コンプライアンスの観点からは重要な問題であり、あまりにも残念な事態のように思われます。

そして最後は捜査機関が公表したと思われる事実、つまりJR社が事故調査委員会へ提出した資料について、函館脱線事故の解説資料だけが提出されていなかった事実と、山崎前社長が事故調査委員会報告書の原案をみて、「自動装置が設置されていれば事故は防げた」なる文言を削除するよう求めた事実のもつ刑事事件立証への重み、というものであります。これは単に「企業体質」を表現するものではなく、立派な刑事立件のための重要な証拠である、と考えます。少し錯覚を起こしそうでありますが、そもそもこのJR西日本の刑事事件につきましては、決して経営トップの責任が問われているものではなく(結局のところ、検察は経営トップの責任を問うことをあきらめた模様であり)幹部職員の刑事責任を追及するところへ全ての資源を投下しているものであります。つまり、半径600メートルのカーブを半径300メートルのものに変更する際、(1997年ころ)安全責任者(鉄道本部長)だった山崎前社長の業務上過失致死罪を問うものであります。したがって、あまり「企業体質」などという言葉を用いますと、かえって論点がぼけてしまう可能性があります。すでに何度かブログでも述べましたが、不作為による過失犯を立件するためには、たとえば平成3年の大洋デパート火災事件最高裁判決の考え方などを参考としながら、被告人の責任要素としての「事故の予見可能性」と、実行行為としての結果回避義務違反、そして事故と実行行為との客観的な因果関係の存在が立証される必要があります。今回捜査機関より明らかにされた上記二つの事実から、なるほど、と思われる立証方針が垣間見えてくるのと、それでもなお、山崎前社長の業務上過失致死罪を有罪とするには最大の争点が待ち構えている・・・ということが次第に予想できるようになりました。

マスコミは事故調査委員会の問題点やJR西日本社の企業体質の問題点を糾弾することに力点が置かれているように思われますし、そのことも重要であることは確かでありますが、その方向性は一方において前社長個人の刑事責任追及へのベクトルを弱めてしまう可能性も内包しているようにも思われ、問題をきちんと分けて論じるべき、と考えます。そのあたりをまた(その2)で検討してみたい、と考えております。

(追記)

なぜこの時期に検察からいくつかの事情が公表されたのか?というのは私も不思議に思っておりましたが、今朝(27日)の読売新聞の記事や、読売ネットのニュースを読んで合点がいきました。捜査記録開示の直前だったそうですね。遺族の方が(あくまでも推測だが、と前置きして)話しておられるところが真実のような気がいたします。(ネットニュースよりも朝刊記事のほうが詳しいです)

9月 27, 2009 刑事系 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

本当の裁判員制度はこれからですよね?

とくに刑事事件に詳しい弁護士・・・ということではありませんので、単なる感想ではありますが、裁判員制度第1号事件は懲役15年(検察官の求刑は16年)という量刑判断で終了したそうでありますが、これから本当の「裁判員制度」が始まるものと考えております。

とりあえず裁判員(ならびに補充裁判員)の方々も、記者会見を終え、ホッとされていらっしゃるかと思います。しかし求刑16年のところを判決は15年という厳しいものでしたので、おそらく被告人は控訴をするかと。そして控訴審では、これまでどおり三人の職業裁判官によって続審となるわけです。もし、裁判員制度のもとでの判決が厳しいと感じたら、今後も当然控訴がなされる事件は増えますよね。公判前整理手続を採用していますので、事実認定はそこそこ証拠制限されてしまうかもしれませんが、量刑判断については、被告人として軽減されることに期待を持つでしょうし。(その可能性がある限り、弁護人は控訴を勧めなければ懲戒されてしまうかもしれませんし。)

さて、そこでは裁判員による評議はありませんので、これまで通りの量刑相場に従って判決が言い渡されるのでしょうか?それとも、高裁の裁判官の方々は、何らかの理由によって地裁(第一審)の量刑判断に拘束されるのでしょうか?しかし、裁判官の独立は憲法で保障されていますから、原則として第一審の量刑判断には拘束されることはないですよね。いっぽうで高裁が何らの拘束もなく、いままでどおりの量刑基準にしたがって控訴事件を処理するのであれば、いったい何のための裁判員制度なんでしょうか?

判例タイムス1296号において、高裁裁判官らの(裁判員裁判の控訴審について)協議内容が示されているそうですが、このあたりを解決する指針のようなものは出されたのでしょうか?

それと、裁判員制度に積極的に参加したい、と考えておられる市民の方々は、(思想として)「被害者の人権重視」なのか「被告人の人権重視」なのか、どっちの意識をお持ちの方々が多いのか、一度アンケートなどをとってみてはいかがでしょうか。(もちろん偏りがなければ問題ないのでありますが・・・)積極的に参加したい、とされる方々が結局のところ裁判員や補充裁判員に選出されるのであれば、このあたりの意識の偏りというものは問題になってくるんじゃないでしょうか。これは国民の参加といいつつ、運用において辞退の自由を事実上認めたり、また重大事件に限って裁判員制度を採用する、ということを前提とするのであれば当然について回る問題点かと思います。今後、裁判所の運用においてますます「辞退を事実上緩やかに認める」方向に進むのであれば、当然に検討すべき課題かと思いますが。

また、市民感覚による評議についてはとくに申し上げることはありませんが、評議が成り立つためには、裁判員の皆様方が、「懲役刑って何をするのか」「15年って、かならず15年たたないと刑務所を出られないのか」(仮出獄制度-たとえばどういったことを刑務所でやれば早く仮出所できるのか?)といったあたりが基本的に知識として共有されていることが前提ですよね。(そうでないと、そもそも「何年が妥当か」といった議論は不可能なはずですし。これは刑罰を応報的刑罰観で考えても出てくる問題ですよね。)量刑判断について、いろいろと議論したとしても、裁判員ひとりひとりの知識の差はどう埋めるのか?(事前に裁判官がひととおり説明するだけでは到底無理ですよね?)このあたり、裁判所はどう考えておられるのでしょうか?

病院長の脱税事件を最後に、ここ数年、刑事事件から遠ざかっておりますので、なにもえらそうなことは言えませんが、きれいごとではなく、「司法が裁判員制度についてどう考えているのか」が評価されるのはこれから(控訴審から)ですよね。本当の裁判員制度はここから始まるのではないかと。

8月 6, 2009 刑事系 | | コメント (19) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

JR西日本事故の立件にみる「不作為の過失」と企業犯罪

いくつかの新聞社の取材を受けましたので、ひょっとすると私のコメントが朝刊に出ているかもしれません。(追記;朝日9面の上村教授のコメントの後に出てましたね。)非常に痛ましい事故に関する話題ですから真摯に言葉を選ぶ必要がありますし、新聞のコメント記事は(誌面に限りがありますので)誤解を招くおそれもありますので、とりあえずブログで私の見解を述べておきたいと思います。ご承知のように、7月8日、JR福知山線事故において、JR西日本社の現社長が業務上過失致死傷罪で在宅起訴され、これを受けて現社長は辞意を表明されたそうであります。(朝日新聞ニュースの深夜版が詳しく報じているようです)各メディアでは、取締役が鉄道事故によって刑事責任を問われることは極めて異例である、と報じております。

1年ほど前(2008年6月)に「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故)なるエントリーをアップしておりますが、私としては、この1年前のエントリーで申し上げたことがそれほど間違っていなかった、と認識しております。1カ月ほど前の報道では、最高検と神戸地検とで起訴すべきか否か、見解が分かれていたと報じられておりましたが、過失犯の実行行為時(カーブの付け替え)に取締役鉄道本部長だった現社長さんだけを立件して、歴代の社長さん方については不起訴とする判断につきましては、結局のところ経営トップの「不作為の過失」を立件するのは困難との判断に至ったものと理解しております。現社長さんが立件されたのは、あくまでも取締役という地位からではなく、「鉄道本部長」という現場責任者のトップだったことに起因するからだと思われます。

過去に何度か申し上げましたが、自動車の運転ミスによって事故を発生させたような場合においては、過失犯の実行行為は「危険な運転」という作為を客観的に観察することで、運転者の責任を問うことは容易でありますが、鉄道事故が発生した際に、「安全配慮を怠っていた」という経営トップの不作為が、この「運転ミス」のような作為と同等の規範違反と評価できるかどうか、というところに大きな問題が横たわっていると思われます。もちろん安全配慮を怠ることは非難すべき問題です。しかしその非難すべき不作為が、果たして刑法が予定している過失犯の実行行為性を有するかどうかは慎重に判断する必要があります。(これを慎重に判断しなければ、いわゆる「後だしじゃんけん」であり、人や法人の日常の行動を委縮させてしまうことになります)

そこで、ここ1カ月ほどで、検察は異例の強制捜査に乗り出し、不作為の過失の実行行為性判断について検討を重ねてきたものであります。私が思うに、不作為の過失が立件されるためには、①事故発生への予見可能性、②予見可能性があることを前提とした結果回避義務、③結果回避行動に出たことで実際に結果を回避できたかどうか(因果関係)という点を精査のうえ、評価される必要があると考えます。そして、JR西日本の歴代社長さん方につきましては、新聞報道では「予見可能性」の問題とされているようでありますが、(たしかに予見可能性が十分ではなかったという面もあろうかと思いますが)そもそも取締役会において安全対策に関する責任者を現社長に担当させていたわけですので、事故発生の可能性を認識していたとしても、その認識を安全対策に生かす(結果回避義務を履行する)ことまでの現実の行動は期待できなかった、つまり安全配慮を怠っていた、という「経営トップの不作為」は、過失犯の実行行為性ありと評価できなかったことに帰着したのだと思われます。そしてカーブ改築時において「鉄道本部長」たる現場責任者のトップであった現社長については、事故の予見可能性がある場合には、その職責からみて直ちに自動安全装置を現場に設置する行動に出ることが可能であるため(つまり具体的な事故回避のための行動に出る義務が認められるから)そこに不作為の過失を立件するに耐えうるだけの「過失犯の実行行為性」が認められるものと判断されたのではないでしょうか。このように考えますと、現社長だけが立件された大きな要因としては、取締役という地位にあり、事故発生の可能性を判断するだけの情報を入手しうる地位にあったことよりも、むしろそういった情報を入手したのであれば、直ちに安全配慮のための行動に出るべき地位(鉄道本部長)にあったことが重視されているのではないかと推測いたします。

これは企業犯罪を検討するうえで極めて重要な視点であると思います。たとえば経営トップの「不作為による過失」の刑事責任が追及されているエキスポランドの社長さんについては、エキスポランドという企業が比較的小さな組織であり、社長さんが安全面への配慮(配慮に伴う安全対策の具体化)についても目が届くことが前提にあるわけでして、またそもそも危険性の高い乗り物を稼働させることで収益を上げている企業としては、営業面よりも安全面を最優先しなければならない理由についても明確であります。したがいまして、比較的容易に経営トップの刑事責任を追及しうるところでありますが、パロマの社長さんとなりますと、たしかに非上場会社であり、ワンマン経営に近い組織であったとしましても、安全面への予見可能性が認められたうえで、そこから具体的な事故回避のための措置を直ちにとるべき結果回避義務が認められるかどうかは微妙なところではないかと思います。そしてJR西日本の場合では、上場会社であり、また取締役会における職務分掌が明確に決められているような組織でありますので、具体的な結果回避義務というものが、役員のどこまで認められるのか、非常に微妙な問題を抱えているものと思われます。全社的なリスク管理と結びついた(会社法上の)内部統制の構築という観点からは、整備運用が進むにつれて、経営トップの予見可能性は高まる可能性が高くなるのではないかと考えますが、一方で予見可能性に基づく結果回避可能性は、(現場統括者たる)取締役もしくは幹部担当者には認められても、経営トップには認められないようなケースも出てくるのではないでしょうか。

今後ますます立件が問題とされるであろう「不作為の過失」に関する点につきまして、このJR西日本の経営幹部の刑事責任追及は、今後の同様の企業犯罪についても大きな影響を与えることになるものと思います。また立件された現社長につきましては、まだ起訴された段階ですので、業務上過失致死傷罪の実行行為性について大いに議論の余地がありそうですから、今後の刑事裁判の行方については注視していきたいと思っております。

7月 9, 2009 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年6月29日 (月)

架空増資に「偽計取引罪」が適用される理由とは?

ここのところ内部統制報告書研究と高橋氏の新刊「兜町コンフィデンシャル」の話題ばかりで恐縮ですが、きょうも関連エントリーであります。いつも巡回しておりますブログではあまり触れられていないのが先週6月24日に逮捕された投資コンサルタント社長さんの事件であります。旧ペイントハウス社に架空増資をさせた疑いで、某社長さんが逮捕された、ということでありますが、上記「兜町コンフィデンシャル」でも、この事件は後半の山場で紹介されるいるわけでして、著者でいらっしゃる高橋氏は、資金の還流経路を詳細に説明したうえで「証券取引等委員会は、これを偽計取引とにらんだ。」とまで言い切っておられます。あまりに絶妙のタイミングで某社長さんが(しかも偽計取引容疑で)逮捕されたわけで、あらためて本書における調査の深さに感銘いたします。(ちなみに、本件は例の英領バージン諸島トルトラ私書箱957番とも関連いたします。また先日金融庁から業務停止命令を受けた著名な会計士の方々も、この旧ペイントハウスの件に関与されていましたが、今回の投資コンサルタント社長さんの逮捕容疑は、もう少し前の第三者割当増資に関するものであります)

さて、6月25日の日経新聞の解説では「不適切増資について偽計取引罪を初適用」とされておりました。たしかに、過去に架空増資に適用されていたのは、電磁的公正証書原本不実記載罪であり、架空増資に偽計取引罪を適用したことはこれまでなかったようでありまして、証券取引等監視委員会の幹部の方も「不適切な株式取引や増資に対し、偽計取引での摘発は今後大きな武器になる」と答えておられるようです。新聞報道からは、本件でも公正証書不実記載罪での立件も可能だが、そこから一歩進めて、証券取引等監視委員会が積極的に偽計取引罪の適用に動いたように理解されます。しかし果たして本当にそうなのでしょうか?

過去に架空増資に関係して電磁的公正証書原本等不実記載罪が適用されたのは駿河屋事件がありますが、そこでは架空増資を行う企業の代表者の方々の積極的な関与があったわけで、(増資を行うことで、なんとしてでも上場廃止を食い止めたいといった)架空増資を行うための動機が明らかに存在するわけであります。だからこそ、架空増資を行った社長さんと、その協力者がともに逮捕されるわけですよね。しかし、このたびのペイントハウス事件の場合、架空増資に絡んで逮捕されたのは架空増資を行った会社の役員ではなく、協力者的立場にあった投資コンサルタント社長だけのようであります。(私は日経の記事しか読んでおりませんので、もし間違っておりましたら訂正しますが)そうしますと、そもそも本件では旧ペイントハウスの代表者に果たして電磁的公正証書原本等不実記載罪が成立するものであったのかどうか、すこし疑問が残るのではないでしょうか。つまり、本当はこれまでの慣例どおり公正証書不実記載罪(の共犯)として立件したかったのだけれども、架空増資を行った会社の経営者に公正証書不実記載罪で立件できない以上は、別の形で立件しなければならないのであって、その結果として「偽計取引罪」を適用することになった、ということは考えられないでしょうか。

偽計取引とは、一般には「自分または自社に有利な状況を作出するため、虚偽の情報や事実に基づかない情報で他人を欺き、株式相場の変動をもくろむ手段」と説明されます。要は架空増資にこれをあてはめますと、増資をする側の対象者がどのような認識をもっていても、(つまり真に資金調達目的を有していても)そういった「ハコ企業」を自らの私利私欲のために活用しようとして近づいてくる第三者の目的や意図からして、「虚偽の情報」を公表した、と評価できる場合には犯罪が成立する、ということなんでしょうかね。(これはずいぶんと間接事実を積み上げる必要があるのではないでしょうか)上記「兜町コンフィデンシャル」にも、このあたりの取引実態に関する説明がなされておりますが、この投資会社社長さんが主張しているように「取引実態があった」とされるのか、それとも検察庁は書証等によって「取引実態はなかった」と立件されるのか、今後おそらく裁判になると思われますので注目していきたいと思っております。

6月 29, 2009 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月28日 (木)

JR宝塚線事故における経営幹部への刑事責任追及を考える

当ブログは企業法務関連の問題を中心に扱っておりますが、経営幹部への業務上過失致死傷罪を問うJR西日本(宝塚線)事故につきましては、過去に何度か企業の内部統制の視点から採り上げております。また、日経新聞や神戸新聞の取材にもお答えしてまいりました。業過事件の公訴時効の関係もあり、そろそろ地検の捜査も大詰めを迎えているということでありますが、JR西日本本社などに対して異例の再捜索が行われた、とニュースで報じられております。とくに朝日新聞ニュースは、かなり大胆に神戸地検と最高検との(当時は鉄道本部長であった)経営トップへの業務上過失致死傷罪適用に関する評価の違いを報じており、経営幹部への刑事罰適用の難しさを改めて認識するきっかけとなりました。

私の周囲にも、この事故で家族を失った方がいらっしゃいますし、ご遺族の方々の心情は察するに余りあり、世論もどちらかといえば「刑事処罰」肯定へと傾いているのではないでしょうか?神戸地検としては、なんとか立件に向けて最後の力を振り絞っているかのようであり(200名以上のJR西日本関係者から事情聴取をされたとのこと)、「鉄道本部長として、事故は予見できた」とする組み立てをもって経営幹部の注意義務違反(過失)を立件する方針なのかもしれません。しかし、1995年当時に、その9年後に事故が発生する予見可能性というものが本当に裁判に耐えうるものなのでしょうか?9年も経過すれば、当時とは経営環境も違いますし、ダイヤも変わってきます。それでも、9年後の経営状況を見据えて、その当時の鉄道本部長は自動安全装置(停止装置)を設置しなければ刑事罰に問われてしまうのでしょうか?むしろ本当に問題だったのは、この事故発生までのJR西日本の安全配慮に関する体制整備についてではなかったのでしょうか?組織としての責任を厳しく問うことこそ必要なのではないでしょうか。

ただ、そうなりますと、二つの壁があるように思います。ひとつは、ご遺族の方々が「本当のことを知りたい」と願うことに寄与すると思われる「事故調査委員会報告」でありますが、これが関係者の刑事訴訟における鑑定書として活用されるかぎり、関係者の方々には黙秘権がありますので、おそらく事故調査には限界がある、ということであります。そこで思い切って関係者の刑事免責を付与したうえで、真実を語ってもらう・・・ということも実際に検討してもいいのかもしれません。(そのかわり、民事責任追及のための資料としては活用できるものとして、ということですが。)事実調査と原因分析のためには、どうしてもこの壁は乗り越えなければいけないのかもしれません。(なお、こういった考え方に対しては、たとえ刑事免責を付与したとしても、日本の社会では事実が公表されてしまえば「村八分」に合うことが確実なので、やはり関係者は真実を言わないので実効性に乏しい、との反論があることを付記しておきます)

また、もうひとつの壁は「法人の刑事責任」であります。こういった重大な事件発生において、法人自身をなんらかの刑事処罰の対象とすることは、事故発生直前の安全配慮体制などを問題視する点において有効ではないかと思われます。ただ、現実には法人のどのような行為を捉えて罪刑法定主義の原則と親和性があるのか、たとえ罰金を高額なものとしても、それで被害者の処罰感情がいやされるかとか、再犯防止のための実効性があるのかなど、疑問点はあろうかと思われます。(ただ、法人であっても、刑事処罰の対象となれば、とりわけ安全面での政策において安易に経営判断原則が適用されることはなく、経営者らに内部統制構築義務違反の民事賠償責任が認められる可能性は高まることで一定程度の抑止力ははたらくものと思いますが)いずれにせよ、これも大きな壁が横たわっているように思います。

最近、製品事故の件につき、企業トップの業務上過失致死傷罪適用事例が増えているようでありますが、これも「以前からたびたび事故が発生しており、そのことを経営トップが認識していたにもかかわらず、これを放置して利益最優先の経営方針のもと、安全対策を何ら講じることはなかった」といった事実が認められることが前提になっているようであります。このモノサシをJR西日本の事故にあてはめることは可能でしょうか。いくつかの壁を乗り越えることが現状では困難であるために、神戸地検のような立件方針についても心情としては理解できるとしましても、冷静に考えますと私はどうしても、鉄道本部長によるカーブ変更時期における事故回避のための作為義務・・・という構成には若干の違和感を覚えるものであります。先日、会社法と刑事法との接点を考えることは意外に難しい、といったエントリーを立てましたが、ここでもやはり同様の問題が横たわっているものと感じております。(法律の世界で「後だしじゃんけん」は絶対に許されないことがわかっているだけに、みんなが悩んでいるように思えます。本当に、この話題は考えると難しいです)

5月 28, 2009 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月13日 (水)

意外と難しい会社法と刑事法との接点

新聞ではあまり報じられていないようでありますが、横浜市に本社のある電気機械製造販売会社の元社長さんが、会社法963条(会社財産を危うくする罪)違反の被疑事実によって逮捕されたそうであります。会社法では、取締役や監査役が株式会社の目的範囲外で投機取引のために会社財産を処分した場合には、会社財産を危うくする罪として構成されておりますが(会社法963条5項3号)、この元社長さんの行為については、株の信用取引はリスクが大きく、投機取引にあたる、として横浜地検が立件に踏み切ったそうであります。(朝日新聞ニュースはこちら)なるほど、過去の判例でも、化粧品・雑貨の卸売りを業とする会社の代表者が、大量に穀物等の商品取引を行うため会社財産を処分する行為につきまして、それは「社会通念に照らし、定款所定の目的にそう業務またはその遂行に必要な付帯的業務の通常の範囲内にあるとは認められないので」会社財産を危うくする罪として成立する旨の最高裁決定がありますので(最高裁決定昭和46年12月10日 判例時報650条99頁)、そのあたりからも今回の事件が立件可能であるとの地検の判断に至ったのだと思われます。

そういえば、先日も(当ブログでも議論いたしましたが)新潟市に本社のあるプロデュース社の会計監査を担当していた会計士の方(すでに逮捕されましたよね)につき、会社法967条(取締役等の贈収賄罪)で立件する方針が検討されている、といった報道もありました。(たしか会社からもらっている監査報酬がかなり高額であって、報酬額のうち、一部は監査業務との対価性がなく、粉飾決算を放置する見返りではないか、といったことが検討されていたように記憶しております。実際のところは、有価証券報告書虚偽記載罪のほう助というところで立件されているのでしょうか)商事法と刑事法との接点ということになりますと、インサイダー取引や、粉飾決算関連、偽計や相場操縦に関する罪など、金融商品取引法との関連において議論されるケースが多いと思われますが、上場企業、非上場企業を問わず適用される「会社法違反」につきましては、これまであまり特別背任罪(会社法960条)以外は議論されてこなかったところではないでしょうか。「会社法」と名のつく教科書、基本書、体系書も、なぜか会社法のなかに規定されているにもかかわらず、会社法上の刑事法関連条文の解説はされておりません。(会社法コンメンタールなどでは解説がなされるのでしょうが)おそらく、このあたりは「経済刑法」なる分野として、主として刑法学者の方々が解説されるところなのかもしれません。ただ、ライブドア事件や村上ファンド事件などの検察、裁判所に対するいろいろなご批判意見などをみますと、やはり会社法や金商法実務に精通された先生方が、刑事法の先生方と協同する必要があるのではないかと思いますし、またとりわけ会社法のなかには、あまりこれまで使われてこなかったような条文も散見されますので、そういった条文の構成要件について、会社法上の刑事罰の保護法益を含めて、検討される必要があるように考えます。

たとえば違法配当をした取締役の刑事責任なども規定されておりますし、民事責任根拠とは別に、刑事罰の根拠規定となる「利益供与」の解釈問題もあります。(たとえばモリテックス事件で東京地裁が採用した、「利益供与」の解釈は、刑事罰適用においても、同様の解釈がとられるのか、その場合罪刑法定主義との関係はどうなるのか、議決権行使に関する利益供与と、株主等の権利行使に関する贈収賄罪(会社法968条)との条文相互の関係はどうなるのか?といった問題も検討される必要がありそうです。なによりも、こういった会社法上の刑事罰が適用されて、裁判所の判断が下るということになりますと、おそらく会社実務において、「刑事告訴」という、新たな会社法務上の武器が使いやすくなる、ということも言えるかもしれません。

つい先日のNBL記念特集号のなかで、債権法大改正に向けて、商法学者の方々が非常に熱心に参加されておられる、といった座談会記事を拝見いたしましたが、こういった刑事法と会社法との接点につきましても、新しい視点から明確な解釈指針のようなものを考究される組織のようなものができたらいいですね。

5月 13, 2009 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2009年3月 6日 (金)

「国策捜査だ!」の矛先は政府与党?それとも検察?(素朴な疑問)

公正取引委員会がJASRAC(社団法人日本音楽著作権協会)に対して排除措置命令を発出した事例につきましては、個人的にかなり興味を持っておりまして(とりわけ公益法人に対する競争原理の適用について)、ブログで書きたいところでありますが、DMORIさんのコメントを拝読して、ちょっと政治がらみの話題について。このブログでは、大阪府知事の話題を含め、あまり政治に絡んだものは採り上げない方針にしておりますが、公設秘書逮捕が「国策捜査だ」といった意見表明をされている方が多いので、私見を少しだけ書かせていただきます。

まず、この「国策捜査」というのは、どういった定義で使われているのでしょうか?時の政府の方針に従って検察が動く場合を指すのか(つまり政府が検察権力を支配していること)、それとも、検察が「政治はかくあるべし」と考えるところに従って検察権力を行使することを指すのでしょうか。ちなみにWikipediaでの定義によりますと、

国策捜査

主として東京地方検察庁特別捜査部が、政治家、経済人、著名人などのかかわる刑事事件において、彼ら自身が定義する「正義」の実現を目的として行われる捜査を指すとされる。2002年の鈴木宗男事件の際に逮捕された外務省元主任分析官・佐藤優の著書『国家の罠』において主張された。

最近では特捜部の捜査手法が社会秩序の安定を目的に、一罰百戒を狙った逮捕に重きを置くものになっているという指摘も一部でなされている。

ということだそうで、後者の意味で用いられるもののようであります。しかしながら、産経新聞ニュースなどによりますと、関係者の間では「政府による検察への指揮権発動」を問題視されているようですので、そうだとしますと前者の意味で用いられているようでもあります。このあたりを整理しませんと、「国策逮捕だ」といった非難の矛先がどこへ向いているのか(また、聞いている方も、どこに向いているのか理解できず)、なんだか情緒的な「言い争い」にしか聞こえてこないと思うのでありますが、いかがなものでしょう。いずれにしましても、一つの「逮捕」「捜索」という事実について、それが「国策捜査」か否かを一義的に決定することはなかなか困難なように思います。左から光をあてればそのように映るでしょうし、右から光をあてれば、そのようには見えない・・・といったところではないでしょうか。

「国策捜査」とまでは言いませんが、「社会正義だけでなく、他事考慮のうえで捜査を開始したのではないか」と思われる事件の弁護人を何度か務めさせていただいたことがありますが、「他事考慮」が疑われる場面というのは、被疑者側にも「恣意的な権力行使だ」と叫びたくなるような、それなりの理由があると思います。

ひとつは、「その業界では誰でもやっているような違法行為がゴロゴロしているのだけれど、ふだんは(身柄事件などに手がいっぱいなので)放置している。でも、住民団体から圧力がかけられたり、他の看過できない捜査に関連して捜査せざるをえない場合などには、そのうちの一部については捜査を開始する」といった場合であります。捕まったほうは、「なんで他の連中も同じことをやってるし、あんたたちもそれを知っているのに、俺だけがあげられるの?これってなんかの見せしめ?それとも別件があるの?」といった抗弁がかならず出てきます。被疑者側からみれば、どうしても検察の恣意的な判断のように思えるのであります。したがって、選挙前の時期であればなおさら、被疑者側から「国策逮捕だ」といった抗弁が出てくるのもなんとなくわかる気がします。

もうひとつは、会計不正(粉飾決算)事件などでも同様の場面に出くわしますが、「ひとつひとつの企業活動を捉えれば、なんら違法性は問題にならないけど、全体をひとつの企業活動として捉えれば、違法行為と評価できるために、立件する」といった場合であります。元名古屋高検検事長でいらっしゃった方が委員長を務められた日興コーディアル社外調査委員会の判断方式が、この典型的なパターンです。(ライブドア事件における検察および裁判所の判断も、これに近いのではないでしょうか)これは法律家に特有の判断方法であり、おそらく一般の方々にはなかなか理解がしがたいところがあるのではないかと思います。(だからこそ、司法が説明責任を果たす必要があるのでは、と思っております)リーガルリスクは事前に認識をしているのでありますが、「違法にはならないためにはどうしたらいいか」と熱心に専門家と相談して、法に触れない手法を常用するわけでありますが、ある日突然、捜査開始となりますと「前の署長のときにはなんにもお咎めなしだったのに、なんでやねん。なんか別件があるんとちゃうか?」といった被疑者側の抗弁が必ず出てきます。これも、選挙前の時期であれば「国策逮捕だ」といった抗弁が出てくる理由になるのかもしれません。ただ、「脱法行為」というのは、計画性の高い犯行として、検察として最も許し難い部類の犯行でありますから、この手のパターンには厳格な対応がなされることが多いように思います。

ところで、検察や警察がもっとも嫌がるのは、医師が自身の主義主張をもって(一般に禁止されているところの)医療行為を行うとか、大麻を吸った長男の首根っこを押えて、両親が警察署に出頭して「こいつを2ヶ月くらい、ブタ箱に入れて反省させてやってくれ」などと言われるケースなど、いわゆる一般市民が警察、検察権力を正当に利用して自身の希望をかなえようとするときではないかと思います。つまり、本来ご自分たちがすべきことを、国民が協力してくれることは「いいこと」として警察・検察権力から感謝されるべきではないかと思うのでありますが、まったく逆なのであります。「国策捜査だ」といった批判を浴びることについては、むしろ検察の権威(プライド)を高めることにつながりそうなので、とくに検察としても大きな問題ではないと思いますが、逆に本来検察の職責に近いようなことを、「正義という名によって」衆人環視のもとで別組織が行うような場合こそ、もっとも検察が嫌うパターンではないかと思いますので、そういったアイデアをどなたかが出されると、少し違った展開になるのではないでしょうか(もちろん、ここではそのような具体策は申し上げませんが)

3月 6, 2009 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (1)

2009年2月28日 (土)

公認会計士に対する収賄罪の適用(その2 お詫びと訂正編)

2月26日のエントリー「公認会計士に収賄罪は適用されるのか?(プロデュース粉飾決算事件)」につきましては、法律家でありながら、いろいろと解説内容に誤りがございました。(前のエントリーも関連個所を訂正しております)とりあえず、皆様方へのお詫びを兼ねまして、もうすこしマシなエントリーをアップさせていただきます。

報道内容は、プロデュース社の上場時より会計監査を担当されていた某会計士さんが、プロデュース社の粉飾決算を黙認するかわりに高額の監査報酬(有価証券報告書において明示されている報酬額よりも、実際には高額だったようです)を受領していたことについて、有価証券報告書虚偽記載罪とは別に、会社法上の収賄罪(会社法967条1項3号)の適用も検討されている・・・ということでありました。

旧商法の時代から、会計監査人にも会社法上の(商法上の)贈収賄罪の適用はありまして、商法特例法28条1項に規定がございます。また、会社法972条(法人における罰則の適用)とほぼ同様の規定が、商法特例法28条2項に規定されておりまして、そこでは「会計監査人が監査法人である場合には、会計監査人の職務を行う社員が、その職務に関し」自らわいろを収受したり、監査法人をして収受させることについても同様に罰せられることが明確に規定されております。(たいへん失礼をいたしました)

ところで、この規定を前提に現行の会社法の規定をよく読みますと、なるほど、私が誤解をしておりましたようで、会社法967条1項3号における「会計監査人」の解釈と、同法972条の解釈とは関係がないということのようであります。つまり、967条1項3号で「会計監査人の収賄罪」の構成要件に該当する会計士さんは、「会計監査人又は第346条第4項により選定された一時会計監査人の職務を行うべき者」であります。この「職務を行うべき者」というのは、「会計監査人」にもかかってくる言葉ですから、そうすると、ここにいうところの「会計監査人として職務を行うべき者」というのは、会社法337条2項に出てくる「会計監査人に選定された監査法人は、その社員の中から『会計監査人の職務を行うべき者』を選定し、これを株式会社に通知しなければならない。」と規定されているところと合致することになります。(また、これで商法特例法の規定内容と、会社法の規定内容がピッタリと合うことになりますし、公認会計士法上の「代表社員」かどうか、という議論とも関係なく、会社法上の会計監査報告書に署名捺印される方が、この収賄罪の対象になる、ということでまちがいないと思います。)967条1項と972条とがうまく整合しないのは当然でありまして、これで少しスッキリしました。

さらに、迷える会計士さんより、「過去に会計士が収賄罪で起訴されたことはあるのでしょうか?」とのご質問がありましたので、商法特例法の時代までさかのぼって、調べてみましたところ、刊行物には登載されておりませんが、有名な三田工業事件(刑事判決)におきまして、三田工業株式会社の会計監査人が、違法配当罪とともに、商法特例法第28条1項の罪(収賄罪)にて起訴され、有罪判決(懲役1年6月 追徴金2979万円)を受けております。(大阪地方裁判所平成11年11月8日判決)ちなみに、この収賄罪の部分における裁判所の認定事実の要旨は、

三田工業株式会社の取締役甲は、同社の第48期以降の各期の計算書類等について監査を実施する職務を負っていた同社の会計監査人乙に対して、・・・甲ら取締役が行う粉飾決算等不正な会計処理の事実を黙認したうえ、監査報告書には、右不法な処理がなされている旨を指摘せず、計算書類等が法令、定款にしたがって適法に記載されている旨の意見を付してもらいたい旨の不正の請託をし、・・・その謝礼の趣旨で、乙に対して前後32回にわたり、法定監査報酬の名目でわいろ金合計2979万1680円を振込入金し、もって乙の会計監査人としての職務に関して、不正の請託をして賄賂を供与(会計監査人側からみれば賄賂を収受)した、

というものであります。なるほど・・・、こういった重要判決のなかで、従来から会計監査人にも会社法上の収賄罪が適用されている先例がありますので、今回のプロデュース社の事例におきましても、会社法967条または商法特例法28条1項の適用に関心がよせられていることにつきましては間違いないところではないかな・・・と思い直した次第であります。(ただし、前回のエントリーで述べたような理由から、その立件には困難が伴うであろう、といった私見につきましては、従前と変わりませんが。でも、恥ずかしながら、ずいぶんと内容や意見を変更いたしました。)

2月 28, 2009 刑事系 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年2月26日 (木)

公認会計士に収賄罪が成立するのか?(プロデュース粉飾決算事件)

(2月28日 重要な訂正あります)

(2月27日 追記・訂正あります)

迷える会計士さんから教えていただいて知りましたが、プロデュース社(民事再生中)の会計監査を担当されていた会計士さんが粉飾決算事件に関連して、(おそらく)有価証券報告書(届出書?)虚偽記載罪で告発される(かもしれない)とのことであります。ただ、それだけでなく、粉飾決算を黙認する代償に、不正に高額の監査報酬を受け取っていたとして、会社法967条1項による取締役等の贈収賄罪によって告発される可能性があるそうです。(時事通信ニュースはこちら)プロデュース社の会計士さんにつきましては、昨年10月の「プロデュース社の粉飾決算と公認会計士の関与」なるエントリーでご紹介いたしましたが、まさか収賄罪に関する容疑までかけられるとは、予想もしておりませんでした。

ところで、この会社法上の「取締役等の贈収賄罪」でありますが、旧商法の493条(発起人・取締役等のとく職罪)が改定された規定でありまして、旧法時代には含まれていなかった「会計監査人」が、取締役等と並んでこの収賄罪の主体として新たに含まれることになりました。(会社法967条1項3号)最高裁判例(昭和34年12月9日)や通説は、この会社法上の贈収賄罪について、刑法上のわいろ罪と同様の性質、保護法益と解しているようですので、「会計監査人」が新たに追加されたといいましても、その職務の廉潔性(および株式会社制度の信頼確保)を保護するととらえれば、それほど不思議なものではないと思われます。ただ、会社法上の贈収賄罪という規定は、会計監査人はもちろんのこと、取締役らにおきましても、過去にはほとんど適用された例はないですよねたぶん立証がむずかしいからだと思います。取締役らの行為を「不正」と捉えることもむずかしいですし、金銭の流れについて、不正との「対価性」を特定することも困難だからではないかと推測いたします。また故意の認定もむずかしそうであります。

しかし、このプロデュース社の会計士さんもそうですが、会社法上の「会計監査人」というと、監査法人という「法人」を指す場合もあります。(会社法337条1項)会社法972条によりますと、同法967条の「会計監査人」が法人である場合には、「その行為をした取締役、執行役、その他業務を執行する役員又は支配人に対してそれぞれ適用する」とありますので、そもそも、監査法人さんの普通の社員たる公認会計士さんには、この贈収賄罪は適用されない、ということになります。(これって、さきほどの保護法益の考え方とは矛盾しますよね?監査証明業務の廉潔性を保護するのであれば、監査法人の一般社員さんも同様に主体となりうると思います)また、そもそも今回のように業務執行社員とか指定社員たる立場にあった監査法人(会計監査人)の会計士さんというのは、どの条項によって「収賄罪」が適用されるのでしょうか?「その行為をした業務を執行する役員」ということなのでしょうか?しかし会社法上の「役員」とは取締役、会計参与、監査役のことを指すわけですから(会社法854条1項)、監査法人さんの業務執行社員はこれに含まれないですよね。支配人というのも違うようですし、それではいったいどうやって公認会計士さんに対して会社法上の収賄罪が適用されるのでしょうか?なんか、私自身の考え方に基本的な誤りがあるのかもしれませんが、どうも不思議であります。(※1)

※1 実際に監査報告書に署名捺印するのは「代表社員」の方でしょうから、代表社員であれば「役員」に含まれます、とのメールを何名かの方にいただきました。ちょっと私の文章がまずかったかもしれませんが、ここでは署名捺印をされない会計士の方々も念頭に置いて記述していたものでして、たしかに署名捺印される会計士の方、ということでしたら、別の議論になるかと思います。(しかし、有限責任監査法人さんの場合には、たしか「代表社員」さんがかなり限定されてきたのではないでしょうか?)

なんだかこの会社法967条はナゾの多い規定のように思われますので、捜査機関が勇気をもって本件に適用する可能性は薄いのではないか・・・というのが私の個人的な考えであります。ただ、企業の社会的責任が叫ばれ、コンプライアンスが重視される世の中となって、「取締役の職務の廉潔性」「公認会計士の証明業務の重要性」が社会的な要請である、ということになりますと、思いきって問題提起されてもいいのかもしれません。

(2月28日追記:従来より、会計監査人にも収賄罪の規定はありましたので、お詫びして訂正いたします。商法特例法28条をご参照ください)

2月 26, 2009 刑事系 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年8月 4日 (月)

「うっかりインサイダー」の「うっかり」とはどういう意味か?

私のブログでもそうですが、最近のマスコミなどでも、「うっかりインサイダー」なる言い回しによってインサイダー規制と課徴金制度との関係について説明されることがあります。(企業におけるインサイダー取引防止プログラムも、この「うっかりインサイダー」発生を予防する趣旨で策定されることもあるようです)典型例としては、昨年のコマツ社や大塚家具社の課徴金納付命令事案などがこれにあたると思いますが(詳しくは2007年5月9日の こちらのエントリーをご覧ください)、最近でもサンエー・インターナショナル社が、証券会社の「インサイダーにはあたらない」との意見をとりつけたうえで増資発表を行ったことについて、後日金融庁より課徴金納付命令を受ける事態となり、これも「うっかり」インサイダーに含めて考えてもよいものと思われます。要はインサイダー情報を利用することで、不正な利益を獲得する目的はないままに、インサイダー取引による規制に違反して、結果的に不当な利益を会社が獲得してしまったようなケースのことを指すものであります。

さて、この「うっかりインサイダー」でありますが、本来、刑事罰としてインサイダー取引が規制されてきたわけですが、ご承知のとおり平成17年以降は課徴金処分を中心とした取引規制がさかんになり、その課徴金による規制のなかで「うっかり」事例も取締対象となるに至りました。刑事訴追となりますと、厳格な立証のための証拠が必要となり、一件あたりの調査に多くの労力を要するものでありますが、課徴金制度を用いる場合には、立証の負担がきわめて軽くなり、金融庁としても機動的にインサイダー規制に対応できることとなります。おそらく、今後もインサイダー規制の中心的な機能を担うのは、この課徴金による規制方法であることは間違いないところであります。

しかしながら、「うっかりインサイダー」における「うっかり」とは、いったい何を指しているのか、これまであまり議論されてこなかったのではないでしょうか。たとえば四半期報告書虚偽記載に関する刑事罰規定(金融商品取引法197条の2、第6号)と、課徴金規定(同法172条の2、第2項)の条文を比較しますと、虚偽記載に関する構成要件が別個に規定されていることからみて、おそらく四半期報告書の虚偽記載については、たとえ報告書発行者に故意が認められない場合であっても課徴金が賦課される(であろう)ことが推測されます。しかしながら、インサイダー規制に関する刑事罰規定(同法197条の2第13号、166条1項)と、課徴金規定(同法175条)の条文を比較しますと、課徴金規定は刑事罰の構成要件を引用しているにすぎないので、原則としてインサイダー取引について課徴金処分を科す場合にも、会社関係者には刑事罰同様の主観的要件が必要になるのではないかと考えられます。つまり「うっかりインサイダー」における「うっかり」というのは、過失によってインサイダー取引を行ったことを指すのではなく、たとえ「うっかりインサイダー」であっても、そこに(少なくとも)故意は認定される必要があるのではないか、ということであります。(※ ちなみに、インサイダー取引規制における「故意」とは、公表されるべき重要事実が決定(発生)していることを知りながら、売買することの認識でありまして、不正な利益を獲得する意図を含むものではありません。)

実は、このあたりが私自身よく理解していないところでして、「うっかりインサイダー」とは、有価証券報告書虚偽記載の場合と同様、課徴金賦課事例においてはインサイダー取引に関する故意が不要な場合であると(従来は)考えていたのでありまして、そもそも不正な利得の収奪を目的とする課徴金制度にあっては、それでもまったく問題はないと理解しておりました。しかし、 「金融商品取引法下の証券取引等監視員会の活動」(内藤純一氏の講演録)のなかで、内藤氏が、

例えば、インサイダー事件を考えたとき、金額が非常に小さい案件であるとか、悪質性に乏しい、偶然にそういうことをやってしまった、調べてもなかなか故意性を立証するだけの証拠が集まらないという場合、犯則というもので告発することは断念せざるをえなかったわけです。・・・・(中略)・・・課徴金制度が入ったことによって、そういったものをいわばきちっと取り上げていける、そういう体制になったということです。課徴金制度の場合には、必ずしも犯則としての立件のための立証の要請といいますか、故意性の立証が相当程度緩和されているという認識をもち、制度運営をしているところです

と述べておられるところからしましても、やはり金商法175条によるインサイダー規制の場合でも、(たとえ実質的には故意性の立証が不要なほどに緩和されているとはいえ)理屈のうえでは故意性の立証は必要であって、たとえ「うっかりインサイダー」であっても、過失によるインサイダーは規制の対象にはならない、ということになりそうであります。つまり、「うっかりインサイダー」の「うっかり」とは過失によるインサイダー取引を指すものとは言えない、ということであります。

さてそうなりますと、「うっかり」というのはいったい何を指していると考えるべきなのでしょうか?構成要件への「あてはめ」の錯誤に該当する、ということになるのでしょうか。たとえば「重要事実」に該当しないと考えていたら、それが「重要事実」だったとか、重要事実が「決定」していたにもかかわらず、それが決定していないと認識していたとか、そういった構成要件該当性に関する認識の食い違いのことを「うっかり」という言葉で表現したものにすぎない、ということなのでしょうか。しかし、こういった「あてはめ」の問題としてとらえますと、刑法理論との関係からみて、責任が阻却されるかどうか、いちおう裁判所の判断を仰いでもおもしろそうな問題になってくるように思われます。また、そのようなものではなく、「うっかり」というのは、不正な利益を得る目的がある場合とない場合とを区別するものであり、課徴金制度は、そういった不正利益を得る目的がない場合でもインサイダー規制の対象とする、ということであれば問題はなさそうに思われます。いずれにしましても、このあたりの整理をしなければ、「うっかりインサイダー」が何を示しているのか、共通認識が得られないのではないかと危惧しているところです。

本来はインサイダー取引についての「グレーゾーン」をどのように取り締まるのか、といった立法政策上の問題に帰着することは間違いないとは思いますが、金融商品取引法上の課徴金処分については、まったく処分の効力が争われた事例がなく、また今後も争われる可能性に乏しい現実のなかで、具体的な処分の適法性はどのように担保されるのだろうかとの疑念をぬぐいきれないところであります。先日のサンエー・インターナショナルの社長さんも、今回の課徴金処分の責任をとって辞任されるようでありますが、私からすると「なぜ辞任しなければならないの?」といった気持であります。課徴金処分を受けたとしても、とりわけ「うっかりインサイダー」事案であれば道義的な批難の対象にはならないと考えています。かりにサンエー・インターナショナルの社長さんのように感じるのが一般的な傾向であるとするならば、この課徴金処分の運用については慎重でなければならないはずであり、またさらに積極的な運用が検討されているのであれば、この「グレーゾーン」に関する対応についてはもっと多くの人たちが検討すべき問題ではなかろうか、と考える次第であります。(うっかり事例とは離れますが、たとえば「重要事実」の決定時期については、村上ファンド事件でもそうですが、とても早い段階で「決定」があったとされるケースが目立ちますが、取締役会や監査役のガバナンスがしっかりしている会社であれば、「社長が意思決定をした」時期に決定があったと認定されることに関して、大いに異論を唱えてもいいのではないでしょうか?)

8月 4, 2008 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年7月15日 (火)

三菱自動車虚偽報告事件・逆転有罪判決

元三菱ふそうの虚偽報告事件について、元会長や法人に対する逆転有罪判決が出たそうです(朝日新聞ニュースはこちら)ちなみに刑事事件の場合、一審が簡易裁判所であっても、その控訴は地裁ではなく高裁が審理をします。

この事件、平成18年の一審判決の無罪理由と対比して考えますと、企業法務にとってはきわめて重要な論点に対する判断がなされたのではないかと思いますので、ぜひとも判決全文を読んでみたいです。(おそらく法人および元会長らとも上告をされるのではないでしょうか)執務中のため、備忘録程度にて失礼いたします。

7月 15, 2008 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 6日 (金)

「不作為の過失」と経営者の刑事責任(JR西日本事故)

経済刑法の分野におきまして、最近の傾向は「各論」ではインサイダー取引と有報虚偽記載罪、そして「総論」ではなんといっても「不作為の過失」ではないでしょうか。昨年1月29日のエントリー「企業の不作為と刑事犯罪の成立」におきまして、パロマ社へ強制捜査が行われたことをとりあげました。その後、昨年(2007年)12月中旬に元社長さんが業務上過失致死罪で起訴され、現在は起訴事実を全面的に争っているようであります。(過去のニュース記事からの情報ですので、もし間違いがございましたらご指摘ください)当時、経営トップが「不作為の過失」によって立件される・・・というのは意外に思っておりましたところ、本日の日経新聞や読売新聞夕刊一面記事でJR尼崎脱線事故に関して、JR西日本の役員らが業務上過失致死容疑で書類送検される見込みであるとのことで、ふたたび「役員の不作為による過失」が問題になっているそうであります。今年に入って被害者(ご遺族)らより告訴がなされたようですので、告訴手続の中での捜査機関の判断だったようです。

昨年の上記エントリーですでに述べたとおり、「作為による過失行為」と同程度に評価しうる「不作為」(つまり何もしない、とか放置していた、なる概念です)に過失が認められるといいますのは、被害の予見可能性があり、また被害発生の回避義務が現実化していたにもかかわらず、これを怠ったことであります。したがって不作為による過失で刑事処分を受けるのは「現場に近い責任者」くらいまでが(刑事処罰の対象としての)射程範囲ではないかと思っておりました。しかしパロマ事件といい、このJR西日本の尼崎事故の件といい、捜査機関はこの「不作為による過失」によって、経営陣にまで刑事事件に問えるといった判断を下している模様です。私自身、パロマ事件やJR西日本事件など、個別の事件に関する検察や警察の具体的な対応につきましては、とやかく言える立場ではございませんが、この「役員クラスに対する刑事事件の立件に『不作為の過失』を活用すること」が慣例化していることについては一般の企業にとっても重大に受け止めるべきリスクが増えたものと理解しております。この点、昨年の上記エントリーへのコメントのなかで、監査役サポーターさんが、

不作為の業過で、トップを捕まえられるのでしょうか? 作為犯の場合でも同様でしょうが、一般に企業犯罪と呼ばれるような事件を刑法犯である業過で立件しようとしても、せいぜい担当の部長、取締役レベルどまりで、社長・会長まではいかないような印象があります。余程の小規模・閉鎖的かつワンマンの会社(内部統制の必要性がないほどに、トップが会社全体を見渡せる規模の会社)ならいざ知らず、通常規模の会社で、社長・会長にそこまでの注意義務を認定するのは難しいのではないか思います。P社は確かに非上場・同族会社とされていますが、それほどの規模ではないと思います。それとも、3ヶ月に1回の取締役会さえ開催されていない、なんていう例示は、この会社がことほど左様に小規模・閉鎖的なワンマン会社であるとと強調したいのでしょうか(警察は)?

と疑問を呈しておられまして、これに対して私も、

私も同感であります。不作為犯でトップまでいきつくのはかなり困難を伴うことになろうかと思います。ただ間接正犯(もしくは道具理論)のような考え方をとるのかもしれません。たとえば、役員会での議論とか、トップの担当者に対する具体的指示などから、不作為犯の注意義務(作為義務)が課されるべき担当者と同程度の作為義務が発生していた、といったような感覚でしょうか。
そもそも、作為犯におきましても、共謀共同正犯や間接正犯といった実行行為概念は、相当に規範的なものでありますから、不作為犯の注意義務違反もしくは作為義務違反といった実行行為性につきましても、かなり規範的概念を用いる必要があると考えます。

と回答しておりました。たしかにパロマ社は閉鎖会社であり、取締役会もきちんと開催されていなかった、との報道もありましたので、そのワンマン経営者たる性格から、まだ「経営トップの指示」が「作為による過失」と認定される場合がある、と割り切ることができそうであります。しかしながら、ご承知のとおりJR西日本社は上場企業であり、しかも超大型の企業であります。内部統制もしっかりしていると思われる大企業の(経営トップではございませんが)経営陣に「不作為による過失」をどういった理屈で認めるのだろうか・・・と思って件の日経記事を読み進めておりますと、

カーブ変更の直前には、北海道のJR函館線の半径300メートルカーブで速度超過による脱線事故が発生。JR西日本でも97年3月の社内会議で事故が報告されたが、新たな安全対策はとらず、福知山線への新型ATS設置は事故後の2005年6月までずれこんだ。(ここにいう「カーブ変更」というのは、もともとは半径600メートルカーブだったものを、JR東西線開通に合わせて、半径300メートルカーブに変更したことを指しています-管理人による注)

とあり、やはり会議での議事内容が、(担当役員に)過失を裏付ける予見可能性があったことの証拠として検討されているところのようであります。この会議が取締役会なのか、経営会議なのかは不明でありますが、内部統制システムがしっかり整備、運用される企業におきましては、当該企業における適正なリスクの評価とその管理が社内会議で議論され、またその内容はしっかりと議事録で残されるわけであります。したがいまして、きちんとした内部統制が整備運用されている企業ほど、将来的には「不作為の過失」が立件されやすくなるわけで、とりわけ消費者と直結している企業ほど、不作為による過失が立件されるリスクなるものをキモに命じておく必要があるものと考えております。もちろん、パロマ事件も、JR西日本の脱線事故も、たいへん痛ましい被害を与えたことから、その会社の役員の刑事責任が問われているわけですし、今後あやゆる企業の事件について「不作為の過失」が問われるものでもないと思います。ただ、社会に重大な影響を与える事件かどうかは、その被害の大きさだけでなく、マスコミなどに採り上げられて話題になってしまったようなケースも認められそうですので、一般企業の役員の方々も、「私には関係ないこと」では済ませられない問題が存在するものと認識しております。

6月 6, 2008 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年5月 9日 (金)

料理の使い回しはモラルか違法行為か?

世間からどのように非難されようとも、顧客層にご迷惑をかけなければ、それなりに再生計画をもって経営が成り立っていくのではないか・・・・・と予想しておりました船場吉兆社でありますが、このたびの「提供料理の使い回し」が明るみに出たことで、その「顧客層」からも信頼を失うことになってしまうかもしれません。(読売ニュース「全店で食べ残しを使いまわしていた」 )

未だ不正競争防止法違反事件の捜査が進行していることと、私自身も若干の利害関係を有しているところですので、船場吉兆社がどうのこうの・・・といったお話は控えさせていただきますが、一連のニュースをご覧になり、「食べ残しの使い回しは違法ではなく、モラルの問題なんだ」と理解されている方も多いかもしれませんので、あえてひとこと私見を述べさせていただきますと、食材の使い回しは単なるモラルの問題ではなく、立派な詐欺罪に該当する違法行為だと考えております。ニュースでは農水省や自治体の行政官の方々が「法に抵触するわけではないが・・・」と「前置き」のようにおっしゃっていますが、それは各行政官の方々の責任範囲の法律を基準としたうえでの見解でありますので、警察マターの刑法犯に該当するかどうか、といったことへのコメントは含まれていないものと思われます。

たとえば食材が「最初に提供されたお客さん」に出された時点で、その価値はすべて失われるのでありまして、これをお客さんがたまたま食されなかったからといって価値が復活することはないですよね。したがって使い回しを提供されたお客さんにとっては無価値のサービスを、さも価値のあるもののように提供されるわけです。また、個々の食材の価値とは別に、提供されたサービス全体として「一品でも使い回しの食材が入っていれば食べる気がしない」のが一般人の感覚です。(高級料亭でも、大衆的な食堂でもこれは一緒です)このようなことは提供する側も十分認識できるでしょうから、使い回しの食材が含まれていることを黙って、さも全品が新たに作った料理であるかのように誤信させて提供し、正規の代金を頂戴する店側の行為は立派な「欺罔行為」であります。欺罔行為→(お客の)錯誤→処分行為→財物(サービス)の移転という流れは、「使い回し」行為にも成立するわけで、これは詐欺罪の構成要件に該当するものであります。ただ、実際に立件されないのは、食材の特定や、指示した者の故意の認定、お客さんの特定などが後日では困難であり、証拠を十分に捜査側が収集することがかなり難しいところにあるからだと推測いたします。

モラルと「違法行為」の差は大きいです。たしかに「違法行為」であっても、その違法行為につきましては、上記のとおり立件の可能性は低いわけですが、警察行政は、その「違法行為の疑い」を活用して堂々と強制権限を行使できるわけですから、またその調査権限を駆使されることで、企業にとって不都合な真実が新たに明るみに出る可能性が無限に拡大されるわけであります。これは最近の「児童ポルノ単純所持も違法」ニュースと同様でありまして、単純所持そのものを立件することが主な目的ではなくて、そのような単純所持している(合理的な疑いのある)パソコンの中身を勝手に覗いたり、そのパソコンを(所有者の承諾なくして)経由して、販売目的で所持している容疑者のパソコンまでたどりつく、といった捜査手法を合法とすることが主たる目的だったりするわけであります。「モラルか違法行為か」ということを議論する実益はけっこう大きいものであります。

5月 9, 2008 刑事系 | | コメント (18) | トラックバック (1)

2007年9月 7日 (金)

インサイダー取引と組織的犯罪処罰法の適用

昨日(9月5日)の毎日新聞ニュースでは、インサイダー取引防止に関する対策セミナーへの受講者が非常に増えている、といった記事が掲載されておりました。(ニュースはこちら)また、タイミングも絶妙に、同じ日に証券取引等監視委員会のHPでは「公正な市場の確立に向けて~「市場の番人」としての今後の取り組み~」といったリリースが出ておりました。(新しい委員長が「課徴金制度、強化進めるべき」と語ったとするニュースも)施行から2年で課徴金制度を見直す・・・といったことでしたので、今後の課徴金制度の改正内容についても目がはなせないところであります。

ところで先日、家族を不幸にするインサイダー取引といったエントリーをアップいたしましたが、インサイダー取引が不幸にするのは家族だけではないようであります。一昨日、関西のある証券取引法(金融商品取引法)を専門にされていらっしゃる先生(法科大学院教授)とお話しておりましたときに、「世間ではあまり論じられていませんが、組織的犯罪処罰法が経済犯への適用される可能性は高いのではないでしょうか」といったご意見をいただきました。そもそも、金融商品取引法における罰則強化(すでに施行されております)によってインサイダー取引による刑事罰の長期は5年(5年以下)に引き上げられましたが、別表によりますと、証券取引法の時代から組織的犯罪処罰法の適用は十分に可能だったんですね。

つまりインサイダー取引によって得た利益が内部者のもとに残っている場合には、これは組織的犯罪収益法2条2項の「犯罪収益」を構成することになりますので、もし、内部者以外の人(つまり外部者)が、この収益を受け取ったりした場合には、同法11条によって犯罪収益収受罪が成立して、3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金に処せられる可能性が出てくるということになるみたいです。そして、犯罪収益といったものは、ほかの財産と混じってしまっていても、「混和財産」として犯罪収益性は否定されないようであります。(以下、これが最新のものかどうかは確認しておりませんが、ご参考まで)

組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律

第一条    【 目的 】
  この法律は、組織的な犯罪が平穏かつ健全な社会生活を著しく害し、及び犯罪による収益がこの種の犯罪を助長するとともに、これを用いた事業活動への干渉が健全な経済活動に重大な悪影響を与えることにかんがみ、組織的に行われた殺人等の行為に対する処罰を強化し、犯罪による収益の隠匿及び収受並びにこれを用いた法人等の事業経営の支配を目的とする行為を処罰するとともに、犯罪による収益に係る没収及び追徴の特例並びに疑わしい取引の届出等について定めることを目的とする。

第二項  この法律において「犯罪収益」とは、次に掲げる財産をいう。
第一号  財産上の不正な利益を得る目的で犯した別表に掲げる罪の犯罪行為(日本国外でした行為であって、当該行為が日本国内において行われたとしたならばこれらの罪に当たり、かつ、当該行為地の法令により罪に当たるものを含む。)により生じ、若しくは当該犯罪行為により得た財産又は当該犯罪行為の報酬として得た財産

別表   (第二条、第十三条、第二十二条、第四十二条、第五十六条、第五十九条関係)

第十四号  証券取引法(昭和二十三年法律第二十五号)第百九十七条(虚偽有価証券届出書等の提出等)、第百九十八条第十五号(内部者取引)又は第二百条第十三号(損失補てんに係る利益の収受等)の罪

第十一条   【 犯罪収益等収受 】
  情を知って、犯罪収益等を収受した者は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。ただし、法令上の義務の履行として提供されたものを収受した者又は契約(債権者において相当の財産上の利益を提供すべきものに限る。)の時に当該契約に係る債務の履行が犯罪収益等によって行われることの情を知らないでした当該契約に係る債務の履行として提供されたものを収受した者は、この限りでない。

たとえばインサイダー取引が疑われている企業もしくは個人につきましては、平成17年から課徴金制度の対象となりましたので、課徴金処分のための調査の時点から刑事罰の疑いもあるわけです。そうしますと、具体的なインサイダー取引の疑いのある企業から、相談もしくは依頼を受けた弁護士に支払われる報酬といったものも、ひょっとすると「犯罪収益」となる可能性も出てきますよね。「ひょっとしたら、この着手金はインサイダー取引で儲けたお金の一部かも・・・」といった疑念を抱いてしまいますと、法理論的には弁護士に犯罪収益収受罪の「未必の故意」があったとされるかもしれませんし、けっこうヤバイんじゃないでしょうか。私だったら、インサイダー取引疑惑の持たれている企業もしくは個人さんからの依頼があったとすれば、「貴殿にお支払いする金員は決して犯罪収益によるものではないことを証拠に基づいて誓約いたします。」といった念書をいただき、なおかつ金銭の流れの証明できるものの写しなどを確認しないと、あぶなっかしくて受任しないかもしれません。たとえそういった念書をとったとしましても、捜索差押さえの対象にはなるかもしれませんので、弁護士の守秘義務が侵害されてしまって依頼者との信頼関係が維持できない状況になることも予想されます。株主に対する利益供与の問題もそうですが、経済犯罪に関与する弁護士にとりましては、依頼者のためにも、こういった捜査対象になってしまうリスクを最小限度に抑える必要はありそうですね。(ただし、本年4月より施行されております「犯罪収益の移転防止に関する法律」の適用関係に注意)

いずれにしましても、現行の課徴金制度は、利益返還的な運用がなされておりますので、利益のないところにはかかってこないと思うのでありますが、独禁法上の課徴金制度のように、今後課徴金制度が改正されて、いまよりももっと「ペナルティー」としての性格が強くなりますと、利益に預かっていない共犯関係者にも課されることになるかもしれません。また、上記のとおり、刑事罰ともなりますと、いったいどこまでの関係者がインサイダー取引によって捜査対象となるのか、たいへん曖昧な部分が発生してくるのではないかと思いますので、役員個人のリスク管理のためにも、また企業の社会的信用を守るためにも、対策セミナー等で一定のリーガルリスクについて学ぶことも価値があるように思います。

9月 7, 2007 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月22日 (木)

堀江氏と宮内氏と故野口氏

いよいよ私が所属しております弁護士団体の役員任期もあと1週間ほどとなり、最後の総会に向けての準備に忙しい毎日であります。ということで、ライブドア刑事事件については、まったくエントリーもできないまま、本日宮内被告人の地裁判決となりました。もうすでにいろいろなブログでご案内のとおり、1年8月(いちねん はちげつ)の実刑判決が出されております。堀江氏については実刑判決は予想通り(といいますか、無罪か、実刑か、どちらかだろう、との予想)でありましたが、正直申しまして、私は宮内氏につきましては、「執行猶予付きの判決が出るのでは・・・・」と予想しておりましたので、かなり意外であります。(一般の方が思う以上に、職業人として、この量刑感覚に狂いが生じたことにつきましては、ショックであります。。。)日経夕刊社会面には、東京地検の次席検事さんのコメントとして

「おおむね妥当な判決。証券市場の公正を害する犯罪に対して厳しい姿勢を示したものであると理解している」

とありますが、ホンネのところでは検察も「予想外」だったのかもしれません。(検察の求刑は堀江氏に対して4年、宮内氏に対しては2年6月、つまり宮内氏に対しては執行猶予がついても構わない・・・といった意思表示のあらわれではないかと。)たしかに、粉飾決算による利益を自らの私利私欲のために費消した一面に悪質性が認められること、首謀者的立場はむしろ宮内氏であったことは事実のようでありますが、堀江氏の有罪立証(つまり、検察側がもっとも欲したところ)のためには最大限の協力をしてきたのであり、もしこのような判決が予想できたのであれば、共謀関係の否認や投資事業組合の実体に関する法的構成などの面において、おおいに争う道を選択していたのではないでしょうか。(「先生、話がちがうじゃないですか!」と担当弁護士に向かって不満をぶつける宮内氏の姿が目に見えるような気がします。担当弁護士の方々も、おそらく堀江氏に実刑判決が下りた後でも、宮内氏については執行猶予判決が出る可能性は高いとみておられたのではないかと推測いたします)

粉飾決算に関連する刑事事件は、たいへん立件が難しいとされています。こういった刑事事件におきまして、検察としては、できるだけ「本丸」に登るための協力者を欲するところでしょうが、今回の判決を前提といたしますと、「どんなに捜査に協力的な態度をとっても、やってしまったことの重大性だけが判決の基礎となるのであれば、一か八か、無罪主張にかけてみよう」といった、共犯者の動機付けになってしまいそうであります。(もちろん、保釈申請の現実をみた場合、できるだけ早期に事実を認めてしまおう・・・といった気持ちになってしまうのも現実であります。ただ、今回、堀江氏は無罪を争いつつも保釈されていますし、無罪を争う動機を保釈制度の現実が排斥してしまう、ということにはならないと思われます)今後の証券被害事件の捜査にとって、このたびの実刑判決は、果たして望ましいものなのかどうか、私自身はかなり懐疑的な気持ちを抱いているところです。(なお、刑事弁護実務に詳しい著名ブロガーの落合先生、矢部先生は、いずれも、このたびの実刑判決は納得できるもの・・・との冷静な分析をされておりますので、そちらをご参考ください)

裁判官の内心を斟酌してみる(たいへん失礼ながら・・・)

今回、堀江氏、宮内氏の裁判を担当された小坂裁判長の特色としましては、いずれも被告人の期待に反する判決内容を読み終えた直後に、「あなたを慕っているハンディキャップを背負った少年がいる。これから、そんな少年たちのためにも立ち直ってほしい」とか「堀江氏逮捕直後に、一生懸命かばおうとしたあなたの姿勢は評価できる(ちょっと不正確かもしれませんが・・・)そんな気持ちを、いつまでも持ち続けてほしい」などと、(その判決内容とは裏腹に)被告人らに温かい言葉を投げかけている ところであります。私が弁護人だとしますと、被告人らが奈落の底に突き落とされた直後に、そんな言葉をかけられても・・・、と思うわけでありますが、こういった情緒的な発言を好む裁判長の姿から、ふと、ひとつの内心のシナリオが浮かんできます。

「かつて堀江氏、宮内氏の仲間だった、元ライブドア取締役の野口英昭氏が天からこの裁判を見ているとしたら・・・・。その野口さんに対して、恥ずかしくない裁判をしなければならないのではないか・・・」

私の先ほどの「証券犯罪への捜査が困難になるのでは・・・」といった批判を吹き飛ばすシナリオです。もし、この世に野口氏が存命であるならば、宮内氏、堀江氏が完全否認に転じていたとしましても、おそらくこのたびの裁判では(検察側は宮内氏の協力がなくても)完全有罪立証を勝ち取ることは可能だったのではないか。野口氏は、このたびの被告人らのように振舞うことに耐えられず、あのような最期を遂げたのではないか・・・と。今回、検察の捜査に協力してきた宮内氏について、実刑判決を下すことについてのいろいろな判断はあるかもしれないが、それは決して将来の証券犯罪の立件を困難にすることにはつながらない。なぜなら、このたびは偶々、立件の焦点となる人物が不遇の死を遂げられ、そのために関係者の立場がアンバランスな状態になってしまったのだから。ともにベンチャーの道を進んだ「仲間の死」を境にして、仲間のひとりは自分が「にわか協力者」となって減刑を切望し、そしてもうひとりは完全否認の道を選択する。そういった人間の行動を、裁判所はどう受け止めるべきなのか。たとえ検察の意向、そして被告人らの期待に反する判決となっても、むしろ今後、第ニ、そして第三の「野口さん」を出さないようにするためにはどうすればいいのか。「自己中心的に振舞える大胆さ」を備えていない者がそっとこの世を後にすることで、その恩恵を仲間が受けることを、そのまま裁判所が追認してもいいのだろうか。野口氏がこの世に残すものとして、ここで裁判所としては、厳格な判断に至るべきではないのか・・・・と。小坂裁判長は、「生きていさえすれば、きっと更生の道も開かれ、世の中のためにその能力を発揮できるときがある」といった考え方をお持ちだと思います。裁判長が、最もこのたびの一連の判決で訴えたかったのは、天国の野口さんに背くような判決を出さないこと、つまり「生きていれば・・・」との気持ちを社会の人たちにメッセージとして送る判決を書くことにあったのではないでしょうか。さらにもう一言、付け加えるならば、もし野口氏を死へと導いた原因のひとつに「検察の捜査手法」があったとするならば、そういった検察の捜査への警鐘を鳴らすためにも、検察の思惑から逸脱した判決を出すことも厭わなかったのではないか・・・・・とも思えます。

久しぶりに刑事事件に関するエントリーでありましたが、小坂裁判長のちょっとした特徴から、上記のようなシナリオもあるかな・・・と考えました。もちろん情緒的な私個人の妄想でありますので、聞き流してください。。。(あっでも、こういったベタなシナリオを頭で考えてから、判決文を読むのと、全く何も考えずに判決文を読み出すのとでは、ずいぶんと判決内容の理解度に差が出ると思いますよ>司法修習生、ロースクール生の皆さん)

3月 22, 2007 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (3)

2007年1月29日 (月)

企業の不作為と刑事犯罪の成立(パロマ事件)

すでに皆様ご承知のとおり、1月27日にパロマ工業およびその親会社であるパロマ社に対して警察庁による強制捜査が行われまして、相当数の資料が押収された、とのことであります。28日の読売新聞の報道によりますと、経営陣の不作為の立件を視野にいれているとのことでありまして、再建計画にも大きな影響が出る可能性が出てくるかもしれません。2005年11月に発生した18歳の大学生の方の死亡事故のみが、業務上過失致死被告事件の公訴時効期間(5年)を経過しておりませんので、この最後の1件が、警察庁にとりましては、刑事責任追及のためのヨリドコロになるものと思われます。(もちろん、今後、5年以内の被害発生の事実が判明すれば別でありますが・・・)

1 不作為による業務上過失致死罪成立の可能性

ところで、このパロマの強制捜査の件でありますが、最近のいろいろな企業不祥事発生の報道ニュースに気をとられてしまいまして、「いまごろ、パロマの強制捜査?ずいぶんと遅いのではないか?」といったイメージを持って受け止められてしまいそうでありますが、今後の企業コンプライアンスを考えるにあたって大きな意味を持つかもしれません。といいますのも、経営陣の刑事責任を問うために、経営陣の「不作為」に対して業務上過失致死罪の適用が考えられているからであります。普通は交通事故や医療ミスなどでも連想できますように、被疑者による何らかの「作為」があり、これが「本来要求される注意義務を尽くさずに、漫然と作為に至った」ことを構成要件該当事実と認定するわけでありますが、先の読売新聞のニュースにもありますとおり、今回は一企業の経営陣の「不作為」を問題にするわけであります。「なにもしなかった」ということが果たして業務上過失致死事件の構成要件に該当するのでしょうか。「不作為」をもって刑事事件で有罪となるためには、パロマの経営陣の作為義務、つまり被害者を出さないための行動が容易にとれた状況にあり、また死に至るような被害者が出ることが容易に予想できた状況であったために、経営陣がこの当時、具体的にこのような行動に出なければならなかった(具体的な作為義務の特定)にもかかわらず、経営陣はあえてそのような行動に出なかった、というところまでを警察検察が立証できなければ立件は困難なはずであります。さらにやっかいなのは、「作為」が存在するのであれば、被害者の死亡との間に因果関係が比較的容易に認定できるはずでありますが、「不作為」となりますと、目に見える行動が存在しないために相当な因果関係の有無がかなり曖昧であります。たとえばパロマの件におきまして、修理業者による「不正改造」というものが中間に介在していることが予想されますが、もし不正改造が被害者の死亡と関係している場合には、「たとえパロマの経営陣がきちんと作為義務を尽くしていたとしても、被害者が死亡していた可能性がある」ということになり、因果関係が認められず、業務上過失致死の構成要件該当性は否定されることとなります。

きちんと調べたわけではございませんので、すこし誤解があるかもしれませんが、エイズ薬害刑事事件(厚生省ルート)の裁判において、厚生省の担当課長さんが「不作為による業務上過失致死罪」によって有罪判決を受けたことがあったと記憶しております。あのときも不作為の業務上過失致死というものが認められるのだろうか、といった議論があったかと思いますが、国民の生命の安全を守ることに高度の職責を有する行政官であったことや、行政庁という立場上、作為義務の根拠となる「被害状況に関する事実の認定およびその情報分析の機会および能力」があること、そしてどのような被害回避措置をとるべきか指揮監督できる能力を具備していたことなどが、刑事責任を基礎付ける理由になったのではないかと推測いたします。果たして、このたびのパロマの経営陣につきましては、このエイズ薬害刑事事件のときの行政官と同じように、作為義務を基礎付ける根拠がそろっているといえるかどうかは、まだまだ未知数ではないでしょうかね。もちろん強制捜査がなされているわけでありますから、裁判所の令状が発令されているわけでして、ある程度の根拠もあるかもしれませんが、令状が出るのと、刑事事件で関係者が有罪となるのは、その立証の程度において大きな違いが出てまいりますので、押収された資料等から、非常にハードルの高いところを飛び越えることができるような証拠を見つけ出さないといけないのが現状ではないか、と思ったりしています。

2 企業法務への投影

ただ、パロマの事件におきまして、本当に「不作為による業務上過失致死事件」が立件され、有罪と認定されるような場合には、企業法務的にはかなり大きな影響が出ることが予想されますので、今後も本件についてはフォローしておくほうがいいのではないでしょうか。先に述べましたとおり、もし「作為義務」というのが企業トップに課されるのであれば、それはどのような業種の経営者に課されるのか、その企業の取締役会でどのような議論がなされるべきなのか、情報収集はどのようにしなければいけないのか、収集された情報をもとに、経営陣はどのような事実確認を行い、そしてどのような行動に出なければいけないのか、といったことが公権的解釈として示されることになるはずであります。とりわけ、自社製品によって人的被害が出た可能性が高まった場合などには、その企業の経営者はいったいどういった内部統制システムを構築して、更なる被害拡大を未然に防止すべきなのか、企業の自立的規範のあり方を考えるうえでの重要な指針を与えるかもしれません。

そしてもうひとつ、企業法務的に重要でありますのは、こういったパロマの事件に業務上過失致死罪が立件されるといたしますと、おそらく今後、企業不祥事がマスコミ等で騒がれた場合には、被害者や一般の方による告訴、告発が増えるのではないか、という企業リスクの問題であります。被害拡大を抑止するための対策を企業が怠ったようなケース、たとえば組織ぐるみで公表を差し控えていたとか、被害事実をまったく分析していなかったようなケースにおきまして、被害者や一般市民にとりましては、損害賠償請求や代表訴訟などの民事的救済措置を検討するだけでなく刑事訴追を要求するために、もしくは民事賠償のために必要な事実認定の資料を確保するために、まずは告訴告発を利用して捜査機関に動いてもらう、といった戦略がとりやすくなるのでは・・・とも思えます。これは企業のリスクとしても大きなものとなりますが、経済刑法の分野において、捜査機関にとりましても、大きな負担になってくると思われます。ただ、そういった時代が到来することが、今後の企業不祥事防止にとって、ひとつの有効な手段になるのかもしれませんし、それが当然の時代背景となりつつあるのかもしれません。もし、こういった問題の整理のために、「不作為による業務上過失致死罪適用」に関する有益な先例などをご存知の方がいらっしゃいましたら、またご教示いただけますと幸いです。

1月 29, 2007 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月22日 (日)

刑事裁判と即決和解(のようなもの)

最近は企業法務的なお仕事が多くなったことで、あまり刑事裁判の面白さに触れる機会も少なくなってしまいましたが、新人弁護士の倫理教育のなかでも題材とされているものでありますが、「刑事公判調書の民事執行力付与の制度」というものがあります。いや実は私も若い先生から教えてもらうまでは全く知りませんでしたので、倫理研修のなかでは、「弁護過誤」をやってしまう一人になっていたようです。「刑事公判調書の執行力付与申立」の制度といいますのは、平成12年の被害者保護に関する一連の刑事手続改正の際に採り入れられた制度ということでして、刑事裁判の公判中に、被害者と被告人との間におきまして、民事賠償に関する示談が成立した場合に、その損害賠償債務の執行力を付与することの申立を双方が行った場合には、その旨を公判調書に記載する、そうしますと、その損害賠償債務には執行力が付与されて、改めて公正証書による合意をしたり、民事裁判を提起しなくても「判決をもらったのと同じ」効果が発生する、というものであります。被害者と被告人だけでなく、たとえばその損害賠償債務を連帯保証する人につきましても、その申立に参加すれば、執行力が付与されるようです。以前は刑事弁護人をやっておりまして、被害者から示談の条件として「公正証書による執行許諾文言付の合意書」を作成することを要求され、よく公証役場に伺うことがありましたが、時間や費用もかかりますし、こういった制度で代替できるということはかなり利用価値の高いものだと思います。

刑事裁判の公判調書で民事賠償の執行力が付与されるわけですから、この制度は一見しますと、現在法務省で議論されている「附帯私訴」制度に似ているように思えます。(交通事故や暴力事件などの刑事裁判の裁判官が、被害者と被告人間における民事損害賠償請求訴訟の審理も合わせてできる、といった制度)しかしながら、附帯私訴のケースでは、実際に損害賠償の範囲などを法廷で争うような事案も考えられますし、純粋な口頭弁論期日が開催されることが前提ですから、どうも根本的に違うもののように思います。附帯私訴の場合には、被害者側代理人の弁護士さんもおつきになるでしょうが、先の執行力付与の申立の場合には、あまり代理人による申立が予定されていないもののようです。むしろ刑事裁判に即決和解の制度がくっついたようなもの、と考えたほうがいいのではないでしょうか。即決和解制度といいますのは、あまり一般の方にはなじみが薄いかもしれませんが、我々弁護士にとりましては、比較的よく利用する制度であります。紛争当事者間で財産的問題で紛争が発生した場合に裁判所以外の場所で交渉を重ね、最終的に合意に至った場合、その和解条項について簡易裁判所に起訴(提訴)前の和解に関する申立をして、その和解条項に強制執行力を得るという制度です。たとえば建物賃貸借に関する家主と借家人との紛争について、もし合意が得られたとしましても、公正証書で金銭債務については執行力を付与することはできましても、明渡に関する執行力は付与されません。その点、即決和解制度によりますと、裁判所で公権的に和解条項が調書化されますので建物や土地の明渡に関しても執行力を得られます。

実際に執行力付与の申立をされた弁護士の方が、裁判所もどういった運用をすべきかよく理解していないところもあった、とおっしゃっておられましたので、実際にもこの執行力付与の制度というものが頻繁には利用されていないのかもしれません。被害者保護の問題は今後、小さくなることはありませんので、これをご覧になっていらっしゃる同業者の方も、一度ご検討されてはいかがでしょうか。

10月 22, 2006 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月17日 (火)

検察官の不当発言に賠償命令

これはすごい判決ですね。(検察官の不当発言で賠償命令)おそらく報道内容から推察しますと、夫が痴漢行為で逮捕、勾留、起訴された事件で、妻が決死の覚悟で検察官との会話内容を録音したものと思います。(失礼しました。典型的な痴漢行為ではないようです。朝日ニュース)ここまで夫を信じきった奥様の執念というか、肝っ玉の太さには涙が出てきそうになります。株主代表訴訟や住民訴訟もそうですが、世を動かす判決というのは、「そろばん」からは生まれませんね。やっぱり正義感とか執念とか、人間の内に秘められたパッションからしか生まれないですし、代理人(弁護人)にもこれと調和する「何か」が求められる気がします。

しかも裁判長は大阪地裁のエース、森部長ですね。9月30日の民事裁判シンポジウムには裁判所代表として登壇されていました。何度か森部長のもとで裁判に関与して、悔しい思いもしましたが、頭脳明晰、バランス感覚抜群の裁判官です。できれば判決文が早期にネットなどで公開されるといいですね。

(10月18日追記)

nobuさんもご指摘のとおり、読売新聞朝刊に録音内容(全てではないと思いますが)が掲載されています。これをもって「取調べの可視化」へ進むのかどうかはわかりませんが、こういった内容が「一部の検事さんの異常行動」とみるべきなのか、「あれ?これくらいなら恒常的ではないの?」とみるかでずいぶんと違ってくるように思います。少なくとも、高松の次席検事さんは「われわれの主張が認められずに残念」といったコメントを残していらっしゃいますので、素直に読めば「検察はこれくらいやって当然と思っている。このやり方が裁判所に認められずに悔しい」といった解釈も成り立つように思いますが、皆様はどう受け止められたでしょうか?

10月 17, 2006 刑事系 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年6月28日 (水)

刑事裁判における民事賠償額判断

とりあえず無事総会も終わりましたので、あまりビジネスに関係のない話題をひとつ。

何日か前の報道(日経ニュース)ですが、傷害事件や横領事件などを中心に、刑事被告人の被害者(被害会社)に対する民事上の損害賠償判決を、刑事事件の裁判の中でやりましょう(付帯私訴)ということで、法務省が導入を検討されているそうです。岡口裁判官もすこし疑問をお持ちのようですが、これって損害額に関する争いがあるケースでは、一般の民事事件で審理する機会は保障されているのでしょうかね?そうでないと、せっかくの迅速な刑事裁判が、民事上の紛争のために長期化してしまわないか、との危惧があります。

また、被害者側、被告人側からの問題点をあげますと、まず被告人側からみると、情状をよくするために示談の努力をするわけですが、こういった損害額確定手続がありますと、被害者側がむやみに示談に応じてくれなくなるおそれがあるのではないか、と思います。とりあえずの示談というのは、刑事事件の判決が出るまでに行うことが、現実の被害救済のためにも有意義な面がありますが、もし被害者側が損害額確定までは民事上の話し合いはしない、と決めたとなりますと、高額の賠償判決は出ても現実には一銭も被害賠償金を手にすることができない、といった事態も考えられます。そのあたりを、実務の運用でどう考えていくか、これからの課題ではないでしょうか。

被害者側からの問題点をあげますと、余罪の被害者の取扱です。傷害事件や財産的犯罪の起訴といったものは、直近の1件を起訴して、それまでの多くの犯罪行為については余罪として情状の点で斟酌するケースが圧倒的ですよね。そういった場合、その直近の1件の被害者については民事的な救済を受けられても、ほかの余罪の被害者については救済は無視される、ということになるのでしょうか。これでは、事件によって、あまりにも被害者に不公平な結果になりはしないでしょうかね。

6月 28, 2006 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年6月23日 (金)

奈良の放火殺人少年事件について

(週末ということで、ビジネス法務とは無関係のエントリー、お許しください。)すでに報道でご承知のとおり、奈良県で16才の少年による自宅放火(殺人)事件が発生したようですが、私の周囲には、お子さんをこの少年が通っている中高へ通わせている同業者の方がたくさんいらっしゃいますので、彼の情報というものも、朝からあれこれと聞きました。事件に関する感想などを語る資格はありませんので、詳細にブログに書くことは控えますが、それにしましても今回の事件ほど、男性と女性とで感想にはっきりと差が生じる事件も珍しいのではないでしょうか。試しに、みなさま、男性のブログと女性のブログでこの事件をどう捉えているか、比較してみるとよくおわかりになると思います。

男性はほとんどが、医師である父親との葛藤、進学校で成績が伸びない悩み、父親への尊敬とその反動といった部分に焦点をあてています。これに対して、女性はまずほとんどが「愛」を切り口に語っていらっしゃる。彼の家庭は5人家族であったが、実母と実妹との面会もできない状況での孤独感に焦点をあてています。報道では、どちらかというと、前者のほうが動機に近いとされていますが、私はどちらかといいますと、後者のほうがより動機形成への要因に近いのではないかな・・・と考えております。3年前、私は関西でトップの進学率を誇る私立高校生の傷害事件の付添人をしましたが、そのときも表面上は、医師である父親への反抗といった体裁でしたが、何度も彼と面談するうちに、彼曰く「愛情偏向への蟠り(わだかまり・・・・、私は彼の書いた反省文のこの漢字が読めませんでした・・・)」というところに辿り着きました。これは彼を担当した家裁調査官の意見とも一致しました。推測で物事を判断するのは弁護士としては「はしたない」と思いますが、今回の事件では医師の息子であるとか、進学校に通っているということはほとんど動機とは関係なく、ただただ、16才の高校生としての家庭における「居場所」のほうが動機と強く関連しているのではないか・・・、おそらく既に付添人が選任されていると思われますが、いったい彼の口からどんな真意が語られるのだろうか・・・と思案しているところです。(それにしても、あまりにもショックな事件であり、不幸にしてお亡くなりになったご家族の方々のご冥福をお祈りいたします。)

6月 23, 2006 刑事系 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月28日 (金)

だまされる弁護士

ひさしぶりの耐震強度偽装事件関連ですが、このブログで耐震強度偽装を自主申告したものとして、情状酌量の余地があるのではないか、と私見を述べておりましたイーホームズの藤田社長が先日逮捕されました。逮捕当初は、耐震強度偽装とは無関係な虚偽増資(いわゆる見せ金)に絡む逮捕事実(電磁的公正証書原本不実記載罪)ということでしたから、「これで逮捕されるんだったら、世間の中小企業の社長さんは、ヒヤヒヤしてるんじゃないかなぁ」との印象を持ちました。でも、これまでの報道されている事実関係が真実だとしますと、けっこうこの虚偽増資はタチが悪いようですし、ヒヤヒヤしてる中小企業の社長さんの例とはかなり異質なものではないか・・・といった印象に変わってきました。

増資の1年後にイーホームズの上場準備のために過去の経理関係を調べていた会計コンサルタント会社から、「見せ金ではないか」と指摘を受けたらしいのですが、そのときにイーホームズの社長は弁護士と相談をして、「実際に貸付が行われているのだから増資は適法である」との弁護士名による意見書を提出したそうです。その意見書をもらった会計コンサル会社は、あとは何も言わずに、そのまま調査が続行されたようです。昨日あたりに報道されたところによりますと、そもそも共犯とされている司法書士から2700万円を借りた後、増資登記がなされ、直後に関連会社へ貸付がなされたそうですが、すぐにその金員は藤田社長の個人口座へ振り込まれ、その後すぐに同額が司法書士へ交付されたとのことです。おそらく、相談を受けた弁護士は、この関連会社への融資関連書類と、その後藤田個人へ返済されたことを証明する書類だけを確認したのではないか、と推測されます。個人口座からすぐに司法書士へ還流したわけですから、これを秘匿して弁護士に意見書を書かせるという手口を使ったとしますと、弁護士の社会的信用を悪用したものとしてかなり違法性は高いものと考えられます。

私は同業者であるこの弁護士の方について、「だまされた」立場だと思っておりますので、同情申し上げるところもあるのですが、さてなぜこうも簡単に騙されてしまったのか、すこし解せないところがあります。増資分である2700万円は会社資金ということですから、関連企業に貸し付けられたものであったとすれば、イーホームズ社へ融資金の返還がなされるべきでしょうが、そのあたりの確認はなぜしなかったのでしょうか。同額が個人口座へ振り込まれた、ということでしたら、それだけで不自然ではないでしょうか。さらに、この2700万円を利用して資本金が5000万円になったことで、このイーホームズ社は確認指定機関としての資格を有することになります。実際に増資登記を行った直後に資格が認定されたことと、会計コンサルタント会社が「見せ金ではないか」と疑念を抱いた後に調査をしていることと考えあわせますと、「見せ金」でないということを確信するためには相当に資金の流れを確認しておく必要があったのではないでしょうか。そういったことを考えますと、この弁護士の方にも全く落ち度がなかった、とは言えないようにも思えます。

2年ほどの間に7回もの増資を繰り返し、その増資のたびに大きな仕事を受注できる資格を取得していき、上場できるだけの体力をつけていった、ということですから、その構造についてはライブドアの株式分割にも共通するところがあるように思われ、これが見せ金の繰り返しであったとすれば、順法精神の欠如として、逮捕も当然のことのように思えます。耐震偽装事件の本丸に向けて、検査機関がどのような役割を果たしていたのかといった実体に興味が集まるものと思いますが、私はどっちかといいますと、この見せ金疑惑の進展のほうに興味を抱いております。

4月 28, 2006 刑事系 | | コメント (4) | トラックバック (2)

2005年9月 4日 (日)

窃盗罪に罰金刑が適用

2007年あたりから、窃盗罪に「罰金刑」が新設されるそうです。

窃盗罪に罰金刑導入 法務省方針(朝日新聞)

このブログを読まれている方には、あまり関係ないかもしれませんが、弁護士の業務にとってはかなり影響のある改正です。公務員や公認会計士さんなど、「禁固刑以上の刑に処せられる」ことが失職につながる人の弁護を行うケースでは、起訴されるか、起訴猶予となるかで、大きな違いがありました。いまの刑事司法において、窃盗罪で起訴されてしまえば、間違いなく公務員の方は職を失います。(執行猶予でも失職です)したがって、公務員犯罪の起訴前弁護においては、被告人の家族から「嫌疑不十分」もしくは「起訴猶予」を勝ち取ることが私選弁護の至上命令でした。

しかしながら、罰金刑が新設されるということは、「起訴猶予」と「起訴」の間に「略式起訴」という「クッション」ができます。公務員や士業の失職要件は「禁固刑以上に処せられる」ことですから、たとえ起訴されたとしても、罰金刑によって救われることになります。窃盗被害の金額が多少高額であっても、その被害弁償などが可能であれば、おそらく初犯の場合にこの罰金刑が適用される場面が多くなると予想されます。保釈金も必要なくなりますので、家族にとっても助かります。窃盗罪の初犯ケースなどにおいては、今後「国選弁護」と「私選弁護」の差異、そして担当弁護士の刑事弁護能力の差というものが、被告人の職業人生に大きな影響を与えることが予想されます。

もちろん、罰金といいましても、支払えないと「労役場留置」ということで、身柄が拘束され労役することになりますが。(でもここ数年、労役場に留置するといっても、留置できるほど設備に余裕がないので、本当に身柄が拘束されるかどうかはわかりません)

ちなみに、最近よく「大阪の社民党候補の方は、有罪が確定しているのになんで国会議員の選挙に出られるの?」と聞かれますが、あれはちゃんと公職選挙法11条で、有罪が確定して執行猶予中の人は候補者たりうる、と明文規定がありますので、被選挙権はあります。

9月 4, 2005 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年6月14日 (火)

談合事件の弁護士費用は誰が負担するの?

これはないと思っていましたので、ちょっと意外でした。(毎日新聞ネット記事です)

橋梁談合、3社が容疑者の弁護士費用を負担

回答してきた企業のうち3社ですから、回答拒否とされる企業を合わせると、もっと多くの企業が、談合で刑事被告人もしくは被疑者とされている社員の弁護士費用を負担しているようですね。

違法行為をしていた社員の私選弁護士報酬を会社が負担する、ということは、会社は違法行為を行った担当社員の面倒をみる、ということですから、世間的にみれば言い訳ができないと思います。少なくともコンプライアンス経営ということを標榜しているのであれば、またすでに違法行為を認めているのであれば、なぜ会社が弁護士費用を支払うのか、ちょっと対応に苦慮するのではないでしょうか。

会社を責めるのは簡単ですが、逆にこのような場合に弁護士費用を会社が負担することを株主に説明する理由というものを考えてみました。

①たとえ捜査段階で、担当者が事実を認めているとしても、判決が確定するまでは無罪の推定がはたらくわけであるから、その時点までは会社が立替ておいて、有罪確定となった場合には担当者に立替分の請求を行う予定である。

②担当者が有罪となると、企業の行政処分にも影響を及ぼすものであり、企業の利益を守ることと、担当者の刑事被告人としての地位を擁護することとは利益相反の関係には立たないし、むしろ企業の利益を守るためには刑事弁護人にも同一の弁護人に就任してもらうことが望ましい。したがって刑事弁護士費用も負担した。

③たとえ担当社員が談合をしており、それが違法行為だとしても、社員が会社の利益のためにしたことによる面倒を会社がみることは当然である。仕事熱心な従業員あっての会社であり、そのような会社第一の精神を持つ社員が存在する企業だからこそ、株主様にも長期的な利益を還元できる。コンプライアンス経営といっても、そこにはおのずと限界がある。

もし、株主代表訴訟を提起された場合には、このような理由になるのでしょうか。ただ、弁護士の立場からしても、やはり2点ほど疑問が残ります。

1点目は、公取委の立入検査のときに、あれほど「談合はない、公取委の調査はけしからん」と言っておきながら、検察庁が動くという報道がなされるやいなや、各社とも「談合はあった、捜査には全面的に協力する」と発表しているわけで、まずこの時点で、公取委立ち入り段階での担当弁護士としては辞任すべきではないか、という点。弁護人がすでにこの時点で談合認定のための証拠にアクセスしていた可能性が高いと思われるからです。

2点目は、やはり「弁護士費用を会社が負担する、というのはマズイ」と考えて、個人負担になぜ切り替えなかったのか。弁護士自身の倫理上の問題も発生するようにも思われますから、やはり弁護士費用を企業が負担しているところでは、その理由をきちんと公開すべきだと思います。

6月 14, 2005 刑事系 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年5月23日 (月)

談合と企業価値

先週、鉄鋼製橋梁談合事件についてコメントを書きましたが、いよいよ談合参加企業のうち幹事会社8社、営業担当幹部10名に対する強制捜査および出頭要請が出され、30年に1度(検察幹部)、といわれる談合事件の検察捜査が開始されました。毎日新聞の夕刊には、この幹部1名の方の(捜査前の)コメントや、刑事告発の基本的要件(談合破りに対する制裁の有無、役員クラスの関与、談合参加企業の市場規模など)が掲載されており、非常に参考になります。

強制捜査の対象企業からコメントが寄せられています。ほどんどが「事実とすればまことに遺憾。厳正に捜査を見守りたい」とのこと。いままではこれでよかったと思いますが、イマドキこのコメントではマズイのではないでしょうか。経営トップクラスが談合参加の有無について知らなかった、ということは、まったく「内部統制システムを構築していなかった」というに等しいことではないでしょうか。個別の受注に関して違法行為があったかどうか、ということはまずトップクラスが熟知しておくべき事柄でしょうし、事実がトップに伝わっていなかったとすれば、大きな問題です。またすでにこの問題は平成16年10月ころから社会問題化していましたから、その後社内で厳正な調査をしていなかったとすれば、企業のコンプライアンスへの取組というものは、まったく放置されていたと言われても仕方ないように思われます。

さらに、前記毎日新聞の記事によりますと、捜査の対象となっている幹部社員の弁護士費用なども一切企業のほうで負担して、面倒をみる、ということのようです。会社のためにしたんだから、面倒を見て当然ということでしょうか。

さて、談合に加担していた47社のうち上場企業については、この6月の株主総会で一般株主からいろいろと質問されることが予想されます。一般株主はこの談合問題について、どのように受け止めるでしょうか。もし、談合をないものとすれば、外資を含めた競争に負けることとなり「企業価値」が減少するためにやむをえないものだったと判断するでしょうか。それとも、「いや、どんなことがあっても談合はよくない、一時的に株価が低落しても、長期的に企業価値を向上させるよう努力してほしい」と考えるでしょうか。

企業トップとしては、今後「企業価値を高める」ために、自社がどのような姿勢で臨むのか明確にすべきだと思います。談合は、自社が企業価値を高めるために必要だと思えば、そのように言えばいいし(適法な談合システムを提言するのか、現独禁法の規定を問題視するのか)、絶対あってはならない、ということであれば、①談合への参加の有無への内部統制システムの取組方法、②違反社員への姿勢(刑事事件となったときの懲戒問題や弁護士費用捻出の有無)③談合へ参加せずとも、企業価値を高めることができる経営計画の提示④他の談合を発見した場合の自社の対応(通報するか、黙認するか、やはり参加するか)など、はっきりと株主に説明する必要があるように思います。

日本人の感情として、「会社のために誰かがやらないといけない悪事に手を染めた社員なんだから、後始末してやるのが当然」というのも(すくなくとも私は)理解できます。だったら堂々と「うちはそんな会社です。そんな会社だからこそ外資と闘って、今後も株主の皆様に大きな利益をもたらします」と説明すべきです。もし、「いや違法行為で儲ける会社は社会的な責任をまっとうしているとはいえません。そのようなことをする社員は厳罰で臨みますし、敗者復活はありえません。」ということであれば、今後の談合抜きでの企業価値向上のスキームを説明すべきだと思います。本件に関与した47社が、株主や社会に対して、どのように自社の姿勢を広報すれば、どのような企業評価を受けるのか、コンプライアンス経営のための重要な事例として注目されます。もし、各社同様のコメント、各社同様の対処方法ということであれば、また「より巧妙な談合」が繰り返される結果になるだけだと認識してしまいそうです。

追記

メールで、この問題は受注者だけでは解決できるものではなく、発注者による競争入札制度自体を改正する必要がある、というご意見を頂戴しました。そのあたりの実務について、あまり詳しくないもので、すこし論点が欠落していたようです。もうすこし勉強します。

5月 23, 2005 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2005年5月17日 (火)

鋼鉄製橋梁談合事件

カルテルによる損害額760億円という、国発注にかかる橋梁談合事件が、いよいよ関連企業47社のうち8社に絞られて公正取引委員会から検察庁へバトンが移されるようです。対象となるのは談合の幹事、副幹事会社ですから、どこも日本のトップ企業ばかりのようです。1月24日の公取委での審判では「談合の事実は一切ない」「公取委の主張は曖昧であり、当社の反論すべき具体性がない」とすべての会社が否認していたにもかかわらず、公取告発事件としては最大級の20名以上の検察官投入という報道がなされ、立証資料の具体的な説明が公表されるや、一転して「談合の事実は認める」とのこと。なんともやりきれない気持ちになります。

どこもやってるから、うちもやる。談合の会合に参加しなければ、それこそ仕事が回ってこない。もし談合するなら、担当部署が独断でやった、という段取りで行う。談合交渉のゴルフのスコアカードも廃棄しておく。今後は検察庁の捜査は、この8社において、個々の発注談合にトップの関与があった、というところまで立証できるかどうか、ということでしょうから、担当者レベルでの取り調べは相当厳しいものとなるのではないでしょうか。(いや、ひょっとするとすでにトップへつながる証拠書類はそろっているのかもしれません)早い段階で真実をきちんと供述しないと、大型共犯事件ですので、身柄拘束は相当長期化されることが予想されます。

公取委の審判では一律否認し、検察庁の捜査開始時点では一転してみんな事実を認める、ということなら、これこそ「談合」のようなものです。各社の顧問弁護士の方たちなどはかなり苦しい選択を迫られるのでしょう。ある程度事実を認識したうえで「とりあえず、公取委の主張は不明確だから、具体的な主張があるまでは否認しときましょう」という指示はマズイと思いますし、かといって「御社はなにがあろうと、真実を述べ、ほかの会社とは一線画してコンプライアンス経営を貫くべきだ」と説得しようものなら明くる日には解任されるかもしれません。「きれいごとばっかり言って、役に立たない弁護士だな」と言われて終わり。。。弁護士の立ち回り方法としては、トップとだけ話をして「本当にこの時点では談合には参画していなかった」とか「会合には参加していたが、個々具体的な発注における連絡には参加していなかった」などそれなりに確認だけしておいて、先の審判時点における主張に至る、というところでしょうか。いずれにしても、依頼者の役に立つため、依頼者との「そこそこの」距離感を保つことが必要になるんじゃないでしょうか。(まあ、ここはご批判を受けることを覚悟のうえで現実論を述べたまで、と解釈してください)他の会社の弁護士さんとのやりとりも、ひとつ間違えると「証拠隠滅」被疑事件となってしまう恐れがあるので、気をつかいます。

独禁法が改正されて、今後ますます公取委が公正競争のルール作りに大きな位置を占めることが予想されますので、どうしても今回の事件は公取委のパフォーマンスを世間に示すための機会になります。今年の経済事件の目玉になるものと思います。

5月 17, 2005 刑事系 | | コメント (0) | トラックバック (0)