2010年6月21日 (月)

動き出した「監査法人異動時における意見開示制度」とセカンド・オピニオン

ちょうど2年前の2008年6月24日のエントリー「監査法人(公認会計士)異動時の意見開示」におきまして、

今後は監査法人と被監査対象会社との意見が対立した場合、監査法人が投資家に対して適正意見が表明できない理由等を堂々と説明することが増えるのではないか

と書きました。しかしながら、やはり被監査対象会社が監査法人との対立を回避することが多かったり、たとえ対立する場面が生じたとしても、(監査法人の守秘義務の関係から)合意解約や辞任という形で監査法人が自ら監査を下りることが多いということから、「意見開示制度」が活用される場面はなかなか発生することはありませんでした。また皆様方のご意見も、そうした予測が多かったように記憶しております。

しかしながら、近時TLホールディングス社や日本風力開発社のように、監査意見が表明されない理由に関する会社側、監査法人側の意見が食い違うため、それぞれが意見を開示する、という事態が発生しております。(法的には監査役さん全員による意見と監査法人との意見が食い違っている、ということであります。)2年前の私の推測は、単なる杞憂にすぎなかった、というわけではなかったようであります。(臨時報告書と適時開示という差異はありますが、監査法人の守秘義務が解除される正当な理由、という点では同様に取り扱って良いかと思われます。)とりわけ日本風力開発社は週間の株価下落率62.3%(473,000円→61,300円)で監理ポスト入り、本日(6月20日)発売の日経ヴェリタス紙によりますと、日経電子版株価検索ランキング2位(週間あたり)ということでありますので、あらためて監査法人の意見表明が株価に及ぼす影響の大きさを痛感するところであります。

ただし留意すべきは、こういった監査法人さんの意見開示がなされても、いずれの会社も後任の監査法人さんの就任が予定されていることであります(上場会社である以上は当然といえば当然ですが)。監査法人側が「会社の会計処理が不適切である」とは表明せず「意見が表明できない」としているのではありますが、後任の監査法人さんとしては、会社側の会計処理を適正と表明する可能性は十分にあるわけでして、もし、解任された監査法人さんのご意見(説明)も、また後任の監査法人さんのご意見も、いずれも正しいものであるということが前提であれば、これは監査意見にはセカンド・オピニオンが存在することを認めることにはならないのでしょうか?監査法人さんが意見を表明するにあたっての心証形成の程度は一定レベルの水準が必要でありますので、その水準(レベル)に関する意見の相違もやはりオピニオンに該当するものだと思うのでありますが、いかがなものでしょうか?

当ブログにおける常連の皆様からも、またある著名な会計学者の先生からも、「会計の世界には『オピニオン・ショッピング』は存在しても、『セカンド・オピニオン』は存在しない」と教えていただきました。つまり制度監査の世界においては、資格を持つ公認会計士さんが一般的な職業上の注意義務を払ったうえで行う監査業務では、どの企業においても、その監査意見には二つ以上の正解はない、ということが前提とされているものと思われます。そうしますと、たとえば後任の監査法人さんが、もし適正意見を後日表明するような場合には、「前の監査法人さんは間違った監査をしていた」ということを表明することになるのでしょうか?それとも会計監査の世界にも「セカンド・オピニオン」は存在する、ということを認めることになるのでしょうか?会計士の先生方も、この時期、年度監査から解放されて、少しだけお時間ができる頃かとは思いますが、このあたり、ご教示いただけましたら幸いです。

それともう一点、こういった監査法人さんの意見開示が活用される風潮になれば、この「意見開示制度」は、不正や誤謬に基づく重要な虚偽記載リスクがある場合における監査法人さんの中立性や独立性を維持するための有力な武器になる、ということであります。監査法人さんが効率的な監査を行いつつも、ある一定レベルの心証形成を必要とした意見を述べなければならないとすれば、重要な虚偽記載リスクを低減させるために監査役を利用する(金商法193条の3)、被監査企業の協力を求める(たとえば深度ある監査のための監査報酬の追加を要求する)という方法とともに、こういった意見開示をもって注意喚起をする、ということも行動規範のひとつになりうる、ということであります。しかし、武器を持つ・・ということは、逆からみると、武器を使わない場合に「なぜ使わなかったのか」ということの説明を求められることになります。とりわけ会計監査人の監査見逃し責任が法的に問われるような場合におきまして、この「意見開示制度」の活用事例が増える風潮がどのように影響を及ぼすのか、今後検討を要する課題になるのではないかと考えております。(ちょっと長くなりましたので、最後の課題についてはまた別途エントリーにて。)

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2006年10月 2日 (月)

監査法人の即時反論制度と守秘義務

昨年8月4日に会計監査人の守秘義務というエントリーを備忘録程度に残しておりまして(内容は証取監査に関するものでしたので、すこしタイトルが正確ではありませんが)、そのなかで、会計監査人も一般向けに辞任や解任に至ったときになんらかの説明をすべきではないか、といった問題を書き記しておりましたが、今朝の日経ニュースによりますと監査法人が上場企業から受任している業務について解任された場合の「即時反論制度」なるものを、金融庁が検討している、との興味深い記事がありました。(監査法人、解任反論即時に、金融庁検討)会社法上では、会計監査人には株主総会や監査役会によって解任された場合には、意見表明の機会が付与されておりますので、ここで問題とされている即時反論制度といいますのは、証取法上の財務諸表監査、内部統制報告における監査証明業務というところを指しているようです。(記事のうえでも、監査法人による即時反論は一般投資家保護のため、とあります。)そういえば、一昨日(9月29日)の日経新聞でも、上場企業と監査法人との間における(上場企業側からの)辞任要求による辞任や監査法人側からの辞任申出というものが最近増加している、との記事がありましたし、モノ言う監査法人の強化が、投資家保護につながる、といった考え方に基づくものなのでしょうかね。

法的に「解任」された場合に限られるのか、実質的に解任と等しい「辞任要求による辞任」や監査法人側からの「辞任」の場合も含むのかなど、細かいところまではまだわかりませんが、いずれにしましても、上場企業側は適時開示によって「なぜ監査法人を解任したのか」、その理由を説明できますが、監査法人側は「守秘義務があるためにお答えできない」といった回答がなされるケースがありましたので、投資家保護のための即時反論権といいますのは、「監査意見を述べる目的の範囲内においては、守秘義務違反とはならない特別の要件」のひとつになりそうです。

もし、この制度が実現するとなると、監査法人に対して上場企業側も意見を述べやすくなると思いますが、監査法人側としましては①上場企業による言われっぱなしを防止する、②守秘義務から解放される(ただし、限界はありますが)、③その企業とのおつきあいの初期段階から、自説を述べやすくなる、④(上場企業との主張合戦により)外部から、その監査法人の真の実力を把握しやすくなる(ディスクロージャー)などのメリットも考えられるところであります。昨日ご紹介いたしました新刊「粉飾の論理」の298頁以下におきましても、カネボウ事件の監査人であった元会計士の神田氏が、その証言として「カネボウの監査業務において、もし10年前にもっと会計上の問題を厳しく指摘していたならば、こういったことは起こらなかったであろう」といった言葉があります。監査法人がオフィシャルに堂々と反論する、といった制度の枠組みがあれば、いまよりも少しばかり上場企業と監査法人との関係もドライになるんじゃないか・・・と期待したいところであります。

ところで、監査法人の独立性を強化して投資家保護をはかる、といった理由のほかに、こういった即時反論制度を設ける理由として考えられるのが金融商品取引法上の「内部統制報告実務」の導入にあるのではないでしょうか。財務諸表監査の場合には、なにが公正妥当な会計慣行であるか、といった点について企業側と監査法人側で見解の相違があった場合、最終的には意見の一致をみて、過去1年間の項目や計算方式の修正をはかることが可能でありますが、経営者による内部統制評価の監査となりますと、過去に遡って修正をはかる、ということが理屈のうえでは苦しいように思います。内部統制の有効性評価というのは、1年間のプロセス評価でありまして、整備された内部統制システムが、同じ状態で一年間稼動していたかどうか、といった「運用」(時間軸を持ちます)評価であります。これは事実の積み重ねに関する評価でありますから、内部統制監査の段階で、経営者と有効性に関する評価に食い違いが発生してしまいますと、修正というものが効かなくなってしまうのではないでしょうか。財務諸表監査ということでしたら、やはり専門家意見による評価部分につきましては、企業側も尊重せざるをえないところが多分にあると思うのですが、内部統制監査というのは「事実認定」であり、要は「内部統制システムが1年間適正に稼動していた」という事実を、どういった証拠から導くかということでありまして、その証拠評価に関しては会計専門家と企業とは五分と五分の関係にあるように思えます。まだ、このあたりは自論としてまとまってはいないのですが、今後詰めて考えておかなければいけないところだと思いますし、企業側と監査人側で見解が相違した場合の「逃げ道」として、こういった即時反論制度のようなものもあれば便利かなぁと思ったりしております。

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2005年8月 4日 (木)

会計監査人の守秘義務

会計士さんのブログというのは、その数も多く、また仕事ぶりを懇切丁寧に解説していただいているスグレモノが散見されますので、よく拝読させていただいているのですが、会計士さんの守秘義務についてエントリーされていたものがありました。

依頼主の企業と監査に関する契約を締結した以上、その企業の内部事情に触れるわけですから、当然に依頼主たる企業の秘密を守る義務を負うわけですね。また、その守秘義務があるからこそ、依頼主企業の信頼を得ることができますし、財務情報の信用性を確保できるわけです。こういった守秘義務については、企業の不正が疑われる場合もしくは不正を発見した場合に、その企業の監査役に対しては(これは企業内部の人間に対してですから守秘義務とは関係ありませんが)報告をすることになるんでしょうが、外部者、たとえば証券取引等監視委員会のような官公庁へ報告をする、ということになると職業会計人の守秘義務との抵触が問題として出てくるわけですね。いま、そういった不正報告義務を会計監査人に認めよう、との機運が高まっているわけですが、どういった基準で「報告する」「報告しない」と区別するのか、これは法律に精通しておられない会計士さん方には、どんなに詳細な基準を作ってみても困難な課題だと思われますし、弁護士の立場からみると、判例の積み重ねでもないかぎり、曖昧なゾーンでの判断はどっちに転ぼうとも訴訟対象にはならざるをえないでしょう。したがって会計監査人が、もっとも訴訟リスクを回避しうる手段としては、経営者からの聞き取りプラス弁護士の意見、ということになるでしょうね。つまり、最終判断者となることを回避するのが適切なことになろうかと思われます。

そして、この「守秘義務」の問題なんですが、たとえば監査人と企業との意見が合わず「不適正意見」しか書けないということで企業が監査人を変更した場合、その従前の監査人は後任の監査人に対して、自分がなぜ不適正意見しか書けないと判断したのか、その説明というのはなされないんでしょうか?これは「守秘義務」の問題になってしまうのでしょうかね?弁護士にも当然職業上守秘義務は課されておりますし、こういったブログを書くときにもたいへん気を遣うわけですが、依頼者との関係で諸事情により弁護人(代理人)を辞任したり解任される場合、後任となる弁護人(代理人)に対してはかなり詳細に事情を説明いたしますし、こちらで作成している事件記録も後任の弁護士に交付いたします。これは依頼者自身の要望によることが多いのですが、後任の代理人の事務処理遂行上必要な行為だと考えておりまして、守秘義務の範囲外のものだと思われます。会計監査人の場合にも、やはり後任の方への事務引継ぎの際に、どのような事情で辞任(解任)に至ったのか説明することは委任契約に付随する義務履行行為のひとつだと思いますし、またたとえ現行法上会計監査人が外部の者だとしても、後任者はその職務上企業内部の者と同視して、そもそも守秘義務が免除される対象者ではないか・・・と考えたりします。

さらに、新会社法のもとでは、会計監査人は会社の機関となるわけですから、どのような事情で辞任もしくは解任に至ったのか、株主から要望があれば説明する責任も発生するようにも思われます。そういった事態にまで「守秘義務」をいうものを持ち出すことは、どうも理由のはっきりしない責任回避のようにも受け取られかねないのではないでしょうか。

カネボウ粉飾事件などにより、不正監査報告義務というものが、さらに議論されてくるものと思いますが、会計監査人の法的責任との関係で「会計監査人の守秘義務」の適用場面を明確にしておかないと、今後は会計士さんが訴訟当事者となってしまう可能性が無限に広がってくることになりそうです。

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