2005年8月12日 (金)

日経ビジネスの「法廷戦争」(2)

8月1日の特集記事について、つづきのエントリーです。きょうはいよいよ盆休みスタート!ということもありまして、9月11日に行われる最高裁判所裁判官の国民審査に関するブログなどを事務所でゆっくりと読んでおりました。

先の日経ビジネス特集記事でも「裁判官は権力側に立っているという意識が見え隠れしていて」「お上意識が強い、下々の者に判断を下す」という印象について書かれています。おそらく、国民審査の対象となる「最高裁判事」という方がたに対しても、弁護士出身者を除いて、どちらかというと権力志向の判決を書く人が多い、という印象が一般には強いようですね。

しかし、地裁レベルでの話となりますと、「お上意識が強い」という意見について、私はすこしばかり異論がございます。現代の裁判所はおそろしいほど、当事者に対して気をつかっているのが実情ではないでしょうか。とりわけ一方当事者に弁護士がついていない事件では、懇切丁寧に訴訟行為の意味を説明し、その効果発生について明確な承諾が得られるまで説明を繰り返す。公平な訴訟指揮だけでなく、控訴されれば、自らの証拠評価や法律判断が高裁裁判官に精査されるわけですから、判決を書くときもまた非常に慎重です。当事者が「もうすこし主張したいことがある」と言えば、不承不承でも期日の延期(期日の追加)を認めてくれます。ですから、先の記事で批判されているように「小さなクレームでも判決まで2年かかり、実際のビジネス紛争には使えない」との印象を与えてしまうのはないでしょうか。下々の者に判断を下すようなイメージなら、もっと早く判決まで出せて、現状の裁判がビジネス紛争に資するものとなるはずです。

(続き)

もし、裁判所に「下々の者に判断を下す」イメージがあるならば、それは弁護士の裁判所に対する態度にも起因すると思います。ビジネスに使えるように工夫して訴訟準備をしないからだと思います。せっかく当事者照会制度があるのですから、双方の代理人で訴訟提起後第一回口頭弁論までの約2ヶ月間に争点整理や証拠開示を進めればいいわけですし、裁判官が争点整理をするまえに「争点整理に関する意見書」を双方が提出して訴訟のスピードを上げればいいわけです。私のいままでの訴訟経験でいえば、訴訟外で争点整理を行うことや、当事者がイニシアティブをとって争点整理を行うことについて、担当裁判官から嫌な顔をされたことはありませんでした。おそらく今後は弁護士の数も飛躍的に増えて、こういった当事者間における訴訟促進の工夫は若手の弁護士を通して広く裁判所に浸透してくるのではないでしょうか。

最高裁判所の裁判官を選出する、というのも、いろいろな法曹団体からバランスよく選出されているわけですが、あまり「権威」にはこだわらない「人物本位」なところがあると思います。現役の最高裁判事でいらっしゃる横尾和子さんについては、行政(厚生省)出身だから右派、という評価もありますが、おそらくご本人の人生観、世界観に基づく判断であって、行政出身というのはあまり関係ないと思います。

私事で非常に恐縮ですが、じつは「私のオバちゃん」(私の母の妹ですが)も最高裁判事就任の打診があったようですが「早死にするのはイヤ」という、よくわからない勝手な理由で、オバちゃんは固辞しました。

オバちゃんは、肩書き的には横尾和子さんとほぼ一緒ですし(事務次官のひとつ下で退官)、情報公開審査会の部会長の時代に、同じ部会で一緒に仕事をされていた藤田宙靖教授が先に最高裁判事に就任されたので、「いやー、身内から最高裁判事が出るなんて」とひそかに期待はしていたのですが。しかし、この「オバちゃん」に打診があったということは、最高裁事務局というところはかなり開かれている、というイメージを私は持ちました。情報公開制度の「最高裁」といわれている情報公開審査会におけるオバちゃんのイメージは、下記の2002年11月の毎日のネット記事でおわかりになると思います。


[情報非?公開]法施行後の現実/3 疑念抱かせる判断

ダンナとふたりで老後を楽しみたい、と思っているオバちゃんは、たまたま固辞しましたけど、こういった行政出身者が最高裁判事となって、(しかも横尾さんのように自由奔放に振舞われて)ラディカルな意見(危険な一面もあろうかと思いますが)をつぎつぎと開陳されれば、また「裁判所」に対する国民のイメージも変わってくるのではないかな、きっとそういう日が来るんじゃないかな・・・と(ひそかに)思う次第であります。(1)でも述べましたが、私は特別「裁判所が変わらなければならない」とは思いませんが、そういったイメージを変える努力はしなければならない、とは思いますね。

(ちなみに、私は大阪の個人零細事務所の弁護士ゆえ、最高裁判事どころか、弁護士会の要職すら「遠い存在」でして、能力、体力、野心すら持ち合わせておりません。)

8月 12, 2005 日経ビジネスの法廷戦争」 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年8月 6日 (土)

日経ビジネスの「法廷戦争」(1)

日経ビジネスの8月1日号で、またまた「法廷戦争」という特集記事が組まれています。ライブドアとニッポン放送の事件における「最強の弁護団」の話などはたいそう興味深く読ませていただきました。

日経ビジネスという雑誌の性格からでしょうか、裁判所に対するイメージは現状としてかなり批判的な特集が組まれておりまして「時代に取り残された戦場、裁判所は変われるか」とのタイトルが掲げられ、「嘘がまかりとおる法曹界」「偽証の海を泳ぐ」「下々の者へ判断を下す意識」「企業に役立つ裁判所へ」などの副題がついております。ちょっとこの記事には閉口しました。弁護士のビジネスに対する意識に対するご批判などは、まったく気にならないのですが、裁判所への注文となると、私の意識と日経ビジネスの意識とではかなり大きな隔たりがあります。あまりにも片面的な主張であって力のない文章になっています。

まず第一の疑問が、なぜ裁判所は変わらないといけないのか?

「時代に取り残された戦場」とされていますが、べつに裁判所が時代に取り残されているようには思えません。基本的に日本の裁判は「本人訴訟」が原則ですから、片方に弁護士がついていない場合には、その「本人」のペースに合わせる必要があります。誤解をおそれずに言えば、裁判所が弁護士のいない本人側に有利に訴訟を取り仕切ることで初めて「実質的な対等」が保持されることだって考えられます。最近、医療裁判で東京地裁や大阪地裁で採り入れられている争点整理手続きも、双方に代理人弁護士が就任しているケースで採用されるものであり、一方当事者が本人である場合には、やはり従前どおりの訴訟審理です。憲法でだれでも裁判を受ける権利が保障されているわけですから、すくなくとも「本人訴訟」の原則を維持しうる程度のわかりやすさが裁判には必要なわけでして、それが時代の要請だと思います。裁判の歴史をみても、「企業社会」というのは、裁判を利用する人のなかのごく一部の人が住む世界にすぎません。もし裁判にスピードや専門性を求めるのであれば、それこそ企業社会がADRを構築すればいいのであって、一般株主と国税庁の合意をとりつけて、最終解決機関を作ってしまえばいいわけです。日弁連も弁護士をつけられない方のために司法扶助制度を拡充し、予算をとりつける努力をして、訴訟促進や権利保護のために尽力していますが、特別に裁判所が変われなければならないとは思いません。

第二に、裁判所では嘘がまかりとおる、とか偽証の海、という言い方も、毎日のように法廷で証人尋問に関与する法曹の立場からすると笑止千万です。イマドキの裁判において、原審、控訴審を通じて嘘がまかりとおるほど判事さん方は甘くはありません。もちろん書証を偽造するということを意味するのであれば、それは弁護士の倫理の問題であって、裁判所の問題とは異なります。おそらく、ここでは当事者や証人として立つ第三者の法廷証言のことを指しているものと思われますが、だいたい考えていただきたいのは、どっちかの当事者が100%ウソでどっちかが100%真実を証言する、ということがありえるでしょうか?野球やサッカーを見ていても、ひいきのチームに好意的なジャッジをしてしまうのが通常ですし、人間の記憶に頼りない部分があることも皆さん経験することだと思います。どっちかの立場にたてば「相手はウソを言っている」となり「こっちは本当のことを話しているのに」と愚痴をこぼすことになります。これぞまさしく片面的なモノの見方でありまして、有能な弁護士ほど、こういった点については洞察力が鋭いと思います。ウソがまかりとおったり、偽証が公然と訴訟の結論に影響を与える、というのは裁判所の責任ではなく、そういった証言の信用性をくつがえせなかった弁護士のほうにも原因があると思います。たとえば、この日経ビジネスで掲載されているコクド株の名義偽装問題にしても、たしかに日本の民事訴訟にはアメリカのようなディスカバリの制度はありませんが、新民事訴訟法による当事者照会制度があります。私は相手方が大企業の場合には多用しますが、訴状提出後、内容証明通知で事実主張に関する釈明を求めたり、書証の事前開示を求めることによって、その回答次第では事実上の立証責任の転換を狙います。詳細な事実が掲載されていないので、そういった作業を現実にはされていたのかもしれませんが、偽証を共謀して敢行される、ということは少なくとも防止できるはずです。

なお、私は特別に現状の裁判所を擁護するつもりは一切ありません。むしろ、今年6月、大阪地裁の民事10部の行っている専門家調停制度は(一生懸命制度に携わる人達を不幸にするシステムということで)廃止すべきだ、という意見書を、弁護士会の司法委員会を通じて進言させていただきました。批判すべきところはきちんと批判すべき、という立場であります。

まだまだこの記事に関する批判は続きますが、きょうは(1)ということで、このへんで。

8月 6, 2005 日経ビジネスの法廷戦争」 | | コメント (2) | トラックバック (1)