2008年10月26日 (日)

「ジャッジⅡ島の裁判官奮闘記」は法律家からみても素晴らしい内容です。

昨年好評だったドラマの続編「ジャッジⅡ島の裁判官奮闘記」の第一回を視ました。シリーズの続編モノは期待ハズレに終わってしまうことも多いと思いますが、率直に言って前篇よりもドラマの内容がしっかりしていて、法律家の目からみても「よくこれだけリアルに描ききっているなァ」とビックリいたしました。休日開放している島の小学校の校庭で、5歳の男の子が設置物(営造物)から落ちて怪我をする、両親が小学校(町)を相手方として、営造物責任(国家賠償法2条)を問うわけでありますが、裁判官の安易な和解勧告が原告にも、そして被告(実際には小学校)、そして最後には島の生活にも大きな影響を与えてしまう・・・という設定は、実際にこういった紛争に関与した人間としても、非常にリアルであります。(通常は安全配慮義務違反の有無が問われることが多いのですが、「休日開放における生徒以外の幼児の事故」というところがミソなんでしょうね)あまり裁判になじみのない方からしますと、怪我をした子供の父親(俳優の保坂さん)が味方である代理人弁護士の対応に激怒する場面が「おおげさ」に思えるかもしれませんが、あれこそ普通の依頼者の姿であります。あのような依頼者を畑弁護士(浅野温子さん)のように冷静に説得しなければならないのが現実でして、これも深く頷きながら視ておりました。

ただ現実の裁判官の方々からみて、このドラマの主人公の姿はどう思われるのでしょうかね。「常時150件も裁判を抱えているのに、そのうちの1件にこれだけ没頭できるというのはありえない」という感想も聞かれるかもしれません。「安易に和解を勧告して失敗したからといっても、それは双方の弁護士に紛争解決能力がないからであって、なにも裁判官が謝罪するようなことではない」という意見も出るかもしれませんね。ただ、先日のドラマ「監査法人」における「期待ギャップ」ではありませんが、裁判員制度が始まるにあたり、国民にとって期待される裁判官像というものが、このドラマでは如実に表現されているといってもいいのではないでしょうか。このドラマでは、最終的には主人公の裁判官は苦悩の末、原告(慰謝料請求の関係からみてたぶん子供と両親)の請求を棄却する判決を下すわけでありますが、判決を不服とした原告らがなぜ控訴をしなかったのか(判決を真摯に受け止めて、新たな人生を再出発させようと決意できたのか)・・・という結末に至る場面にも現役の裁判官の方々は目を向けていただきたいと思います。裁判外における人間ドラマによって、この紛争が一件落着するに至ったことは、おそらく主人公の裁判官も知らないところが実はミソであります。(超リアル♪)「国民の目線」で紛争をみていただきたい・・・・・、つまり裁判員制度は国民が裁判に参加するだけでなく、職業裁判官もまた新たな目線で裁判に参加する制度なのであります。※1

長年、美容整形の被告(医師側)代理人をつとめておりますが、裁判にまで発展する美容整形トラブルのうち、8割程度は「もしトラブル発生直後の医師もしくは看護師の対応が誠実なものだったら、謝罪で済むか、もしくは簡単な示談が成立していたはず」だと私は確信しております。裁判員制度が開始されるいまこそ、裁判官の方々にも、紛争はどのように解決されるべきなのか、あらためて知っていただきたいと思います。

弁論終結前の和解期日にもかかわらず、弁論を経過せずに判決言渡しに至ったり、判決書謄本に裁判官の押印があるなど、「ありえねェ~」とツッコミを入れたくなるところはございますが(^^;、そんなことはまったく気になりませんでした。唯一「ありえねェ~」と気になるのが小学校の担任の先生と新任の刑事書記官に扮するのが安めぐみさんと酒井彩名さん(ムム、ウラヤマシイ・・・)ということぐらいでしょうか(^^;; 次回は刑事事件の「共犯関係」に焦点を当てた話のようで、これも実におもしろそうです。第二話以降も期待しております。

※1;もちろん裁判員制度は刑事事件についてのみ開始するものでして、民事事件について「裁判員」が参加するものではありません。

10月 26, 2008 裁判員制度(弁護士の視点から) | | コメント (0) | トラックバック (2)

2005年8月 6日 (土)

裁判員制度(弁護士の視点から)その2

きょうは土曜日ということで、ビジネス以外の話題をひとつ。(大阪はたいへんな雷雨になっておりますが・・)

「裁判員制度模擬裁判」が無事に3日間の日程を終えました。判決言渡しにおいて、裁判員らは殺人未遂罪の被告人について懲役5年の実刑判決を言い渡したそうです。公判前整理手続き(新しい刑事訴訟法によるもの)を導入したために、取調証拠も限定されており、かなりスピーディに審理が進んだとのこと。

ただ、記事を読んで気になりましたのが「量刑に関する裁判員と裁判官とのやりとり」です。被告人の前科を重視して懲役6年が相当とした50代男性会社員(検察官の求刑は7年)や、被告人が高齢のために3年が妥当とした20代の女性の意見も出たそうですが、最終的には同種事件の前例を職業裁判官が紹介して5年に決まった、とのこと。たしかに職業裁判官の意見に裁判員が異を唱えることは、本当にムズカシイですよね。

99,8%の有罪率維持を誇る、日本の優秀な検察官による起訴独占主義を前提とした刑事裁判制度のなかで、もし裁判員制度が機能するならば、おそらく「事実認定」よりも「量刑」にこそ民意が反映されるべきだと(すくなくとも私は)思うのですが、こういった量刑の決定システムを聞いていますと、現実に刑事裁判に関与していく弁護士としましては、ちょっと裁判員制度について、「ひょうしぬけ」してしまいますね。16年も弁護士をやっておりますと刑事事件の同種事犯に関する量刑表のようなもの(どういった犯罪で、どういった事情を準備すれば、どれくらいの刑が言い渡されるか、というものを詳細に表としてまとめたもの。これは保釈の可否も検討できて、依頼者である被告人や被告人の親族との説明義務を尽くすためには非常に便利で重宝します)を持っていますので、裁判員制度になっても結局のところ裁判官の相場感が最重視されるということでしたら、裁判員のほうをわざわざ向いて弁論しなくてもだいじょうぶ、などと軽率にも安堵してしまいます。

ホンネで申し上げますと、こういった模擬裁判の段階で「若い女性裁判員の意見を尊重して、裁判官は5年と思ったけど3年に意見が集約された」とか「相場は5年だが、どうも弁護人と被告人とのぎくしゃくした法廷でのやりとりをみていると、被告人が本心から反省しているようには思えなかった、との裁判員の意見が強かったので、求刑どおり7年とした」など、量刑決定に至るシステムにドラスティックなところがあってもよかったんじゃないでしょうかね。そうすれば、我々や検察官方としても「これはえらいこっちゃ!市民向けのわかりやすい弁論を工夫しなくては」とか「公判前整理手続きの勉強しなくちゃ」と思い、刑事司法への弁護士の能力アップの機会につながると思うのですが。

もちろん、被告人には公平で適正な手続きによる裁判を受ける権利がありますので、相場感覚を伴う判決を受けることができるほうが「公平」であり「適正」とは言えるでしょうが、時代の流れによって国民の処罰感情に変化が生じることもあるでしょうし、過去の「相場」が正しかったのかどうかを現代において検証する意義もあるでしょうから、裁判員制度を取り入れる以上は、あまり職業裁判官が過去の同種事件における量刑などを持ち出すのはどうなのかな・・・との危惧は否めないと思います。

しかし今回のものは、純粋な法曹三者による「まじめな」検証が目的だと思われますので、プレゼン目的などといった私の軽率な意見は無視されてしまうんでしょうね。。。。私なんか、保釈許可決定の場面にこそ、裁判員制度を取り入れるべきだと真剣に思うんですが。

8月 6, 2005 裁判員制度(弁護士の視点から) | | コメント (5) | トラックバック (0)

2005年6月 8日 (水)

裁判員制度(弁護士の視点から)

ビジネス法務というこのブログの趣旨からは逸脱しますが、いろいろなブログで話題になっていますので、弁護士としての視点(といいましても、私だけの持論ですが)から「裁判員制度」についてひとこと語ります。

まず裁判員制度となって、一番大切なのは身なりと法廷での「しぐさ」です。模擬裁判に参加して、模擬裁判員になった市民の方の感想は「人を裁くことに参加する当事者が、本当に真剣に仕事をしているかどうかに疑問をもった」とのことです。私にとっては毎日の職場であっても、被告人や被害者、裁判員にとっては一生に一度、来るか来ないか、という法廷で、居眠りをしたり、鉛筆をぐるぐる回しながら相手の尋問を聞いていたり、すこしだらしない格好の服装をしているだけで、「この人は本当にココロから被告人が悪くない、と思っているのだろうか」と勘ぐった、という意見が多いようです。検察官も弁護人も、まずは当事者として身なりをただし、被告人、被害者への接し方に留意することがまず第一です。

裁判所に市民感覚を、といいますが、本当に市民感覚を刑事裁判にとりいれることができるかどうかは、ひとえに弁護士の努力にかかっていると思いますよ。たとえば、弁護士さんのブログに裁判員制度よりも、まずやらなければならないのは取調べの可視化だ、との主張がありました。具体的に、そのような問題点がある事件に、私が国選弁護人として選任されたとしたら、どうするか。

取調べが異常に厳しくて、やってないことを自白してしまった、と被告人が法廷で主張しているケース。たとえその被告人が自白していたとしても、またある程度、その被告人が犯罪を犯していたかもしれないという「グレー」の事件の場合、私なら堂々と無罪主張をします。

「みなさん、この被告人に対して、こんな今の日本では信じられないような密室の取調べが行われていました。みなさんは、いまこの被告人が本当に犯行に至ったと確信していますか?100パーセントそう思いますか?もし、1パーセントでも良心があるのなら、これからも同じような苦しみで無実の罪をかぶせられてしまう人を一人でも少なくするために、あなた方の手で違法な捜査を変えていってください。一生に一度しかないこの機会に、この法廷という場で、あなたが日本を変えたという証を、ここに残していってください。最高裁も、これまで、違法な捜査で押収した証拠は、有罪の証拠として用いてはならない、という判例を残しています。実際の談合などの捜査では、司法取引すら行われています。大きな利益を守るために、いまできること、それはなにか、みなさんの良心に私は問いたいと思います」

もちろん、ある程度、自白強要のおそろしさ、というものを法廷で立証できたことが前提となりますが、悪を絶対懲罰するために多少の過誤も許されるとみるか、善は絶対保護するために、多少の悪の取りこぼしも許されるとみるか、一般市民に問うのは、すべて弁護人の努力次第だと思っています。

6月 8, 2005 裁判員制度(弁護士の視点から) | | コメント (0) | トラックバック (3)