2005年8月13日 (土)

「共謀共同正犯」を立件する検察庁の意図

猪瀬直樹さんを「名誉毀損だ」と非難しながら逮捕されてしまった内田道路公団副総裁に対して、検察庁は異例の独禁法違反の「共謀共同正犯」容疑で起訴することを検討している、と各報道機関で発表されています。

そもそも身分犯である独禁法違反被告事件(事業者のみが刑罰の対象)に、事業者ではない内田副総裁が「正犯」となるわけですから、よっぽどの理由があると思われます。(ちなみに、身分犯であっても、非身分者が身分者と共同で行う場合には、共同正犯が成立する、というのは最高裁でも認められております。たとえば女性が犯行に加わった強姦罪など)とくに「共謀共同正犯」といいますのは、犯罪の実行には加担せず、たんに「犯行の謀議に加わった」というだけで、正犯と同じ価値がある、と認定するわけですから、社会政策的にみれば、自分は犯行に手を染めないで指示するだけの「首謀者」的な者を捕まえる要請があるときに用いられることが多いわけでして、今回の内田副総裁が談合の首謀者的立場にあったか、というとこれはすこし疑問を感じるわけであります。それでは、検察庁はなぜ、これまで官製談合の際に用いられてきた刑法上の「談合罪」や独禁法違反の従犯(ほうじょ犯)よりも「共謀共同正犯」による立件をめざすのでしょうか。

(ここからは、私独自の推論ですので、気軽に読んでくださいね。)

第一の理由は「検察庁の責任回避理論」です。

独禁法違反行為の「従犯(ほう助)」ということになりますと、結局内田副総裁が事業者らに対して「なんらかの手助け行為をした」こと、つまり実行行為を特定する必要があります。しかしながら、過去の官製談合刑事事件と異なり、この副総裁は特定の談合について「金額を教えたり、受注予定者を自ら決めたり」したわけではありません。(おそらく神田元副理事がしていたのではないか・・と推測されます)したがいまして、「手助け」した行為というと、「神田さんのしていたことを容認していた」ということになってしまいます。もちろん、これでも立派な「ほう助」の実行行為には該当すると思われますが、そのように立件いたしますと「それでは、このような談合は過去からずっと行われてきたんだから、もっと前の人たちも逮捕すべきではないのか?」との国民の声が上がってくる可能性があります。しかしながら、検察庁としても「特別チーム」を組んでこの事件解明にあたっている以上、どっかできちんと結果を残したうえで「幕引き」をしなければならず、内田副総裁は立件できたが、ほかの人についてはムズカシイ、というきちんとした理由が必要となってきます。そこで、たとえば「すでに決まっていた一括発注を分割発注に変更させた」とか「一括発注の規則を、分割発注もできる、というように変更した」という事実を「ほう助」行為とは捉えずに、神田さんと内田副総裁との独禁法違反行為への「謀議」を基礎付ける事実として捉えようと考えているのではないか、と推測されます。これは第二の理由とも関連してきますが、「一括発注を分割発注に変更すること」や「規則を変えること」はそれだけでは「談合」とは結びつきません。実際にいろいろな地方公共団体でも、零細中小企業の共倒れを防止するために、一括発注を分割発注に変更することはよく行われるところです。検索エンジンで「分割発注とは?」で検索してみればわかります。したがいまして、これだけの行為を「ほう助」行為として特定することは無罪となる可能性があり、もっと広く「談合が行われることを認識しつつ、神田さんの行動を容認していた」と特定する必要があります。そうしますと、先にあげたように公訴時効にひっかからない範囲において、もっと前の件まで立件すべきだ、という議論も出てくるわけでして、内田副総裁の行動を神田氏の証言内容と綜合させて「謀議」の立件のほうへもっていきたい、という希望が推測されるわけです。「謀議」のための基礎資料、とうことでしたら、「たまたま今回の事件では、関係者の証言が集まったから起訴できたけど、もっと過去のものについては、責任者を捕まえるだけでは有罪にできませんよ」と責任回避の立派な説明が可能となるわけです。

第二の理由は「ほう助」よりも「共謀」のほうが立件しやすいのでは、という点です。

平成5年の目隠しシール談合事件や平成7年の下水道事業談合事件と比較すると、談合主宰者と公務員としての内田副総裁の位置が一見すると「遠い」です。独禁法違反罪の保護法益は「経済活動における自由秩序」、とされるのが通説ですから、果たしてこの「遠い」位置にいる内田副総裁が、談合担当者らと同じ意識で「経済活動の自由秩序」侵害をめざしていたかどうか、「ほう助の故意が認定されるか」少し不安が残ります。先に述べたとおり、「一括発注を分割発注に変更すること」は、それが内田氏ご自身の信念(たとえば、入札というものはすこしでも発注範囲を細分化して中小企業の経営のために役立てなければならない)を貫くために行ったといわれれば、談合を助けたとはいえなくなってしまうかもしれません。また分割発注だと一括よりも5000万円ほど公団に負担増加を強いるとされていますが、もともと分割発注のほうが手抜き工事を防止したり、工事のJV化によって(手抜き工事の)内部告発を促進するというメリットも指摘されるところでして、5000万円程度の負担増であれば、国民に対して安心して使える道路を作るほうが得策である、との理論も成り立つところです。たとえ、一括発注を分割発注に変更した時期が不自然であったり、規則変更の時期が不自然であったとしても、一方において、そんな合理的な理由があれば、「談合の存在を認識して、それを助ける」といった「ほう助の故意」が認められない可能性が残ります。そこで、この先の捜査取調べにおいて、内田副総裁の自白に期待して「実は談合を容易にするために分割発注にしました」という証言を取り付ける努力を継続するよりも、神田さんや金子理事らの証言と内田副総裁の行動とを綜合して「はっきりと談合を前提に相談していた」と主張するほうが認められやすい、との判断に至ったのではないか、と推測します。この構成であれば、先に述べた「距離が遠い」ことの問題点が解消されます。

ということで、きょうのニュースを見る限りにおきましては、私は検察庁の方々が、どっちかというと内田副総裁の立件については後ろ向きの理由で「共同正犯」性を検討しているのではないか、と想像してしまうのでした。

予想がはずれましても、なんの責任も持ちませんよ。

8月 13, 2005 道路公団 談合事件 | | コメント (2) | トラックバック (0)