積水ハウス地面師詐欺事件にみる「攻めのガバナンス」の陥穽
ここのところ、ガバナンス関連の事件(話題)がいろいろと報じられていますが、なかでも先週土曜日(2月24日)の日経朝刊「積水ハウス調査報告書判明」の記事には驚きました(日曜日夜までには多くのマスコミで同じように報じられています)。社外役員で構成された調査委員会の報告書について、すでに各マスコミが入手しているのですね。昨年11月7日に、「企業が高額不動産を購入する際の内部統制について」と題するエントリーで本件を取り上げましたが、まさか同社の会長さんの解任(解職)騒動から昨年の地面師詐欺事件が再浮上するとは思いもよりませんでした。
もうすでにいろいろな媒体で取り上げられていますし、また私の立場からも諸事情ございますので本件を揶揄するようなコメントは一切控えます。ただ、積水ハウスさんの企業規模からみて、100億円未満の不動産売買の決済は取締役会マターではなく、経営執行部に権限委譲が行われていた、という点には強い関心と興味がありますので、その点だけ意見を述べたいと思います。
最近のガバナンス改革では「取締役会改革」の一環として、モニタリングモデル(監督機関としての実効性ある取締役会)が推奨されています。経営の迅速化・効率化のために、重要な業務執行の決定権限を広く経営陣に委譲して、そのかわり取締役会の監督機能を強化しよう、といった流れです。今年1月現在、監査役会設置会社から監査等委員会設置会社に835社も移行(意向表明)した上場会社がありますが、移行(意向表明)した企業はいずれも「経営の迅速化を図りたい」との理由を掲げています。積水ハウスさんも(監査役会設置会社ではありますが)、経営スピードを上げるために、100億円までの不動産取引については権限委譲をされたのだと思います。
ただ、上記調査報告書によると、決済前に「真の所有者」と名乗る者から内容証明郵便による通知が届いたり、決済後には社員が家宅侵入として警察から任意同行を求められるような事件があったそうで、慎重な不動産取引が求められるようなサインは出ていたそうです。そのようなサインが出ていたにもかかわらず、問題なしとしてそのまま取得手続きを進めていたことについて内部統制上の問題があった、と報告書が指摘しているようです。
たしかに、このような事件が表面化(現実化)したために「内部統制上の問題があった」と結論付けることに誰も異を唱えないでしょう。しかし、地面師詐欺事件に関する過去のエントリーでも述べた通り、スピード感をもって経営を進めている状況で、「この不動産は絶対に落とすぞ!」と全社挙げて前のめりになれば、誰だってバイアスが働きます。「目の前の所有者は真の所有者であってほしい」と願っているわけですから、「真の所有者に決まっている」と妄信し、冷静な頭であれば「おかしいぞ」と思うようなサインが出ていたとしても、おそらくそこには目を向けないのが実情ではないでしょうか。以前のエントリーでは「だからこそ内部統制が必要なのだ」と締めくくりましたが、そもそも内部統制を構築していたとしても、無視、無効化してしまうのがスピード経営の裏返しだと思います。
たとえば積水ハウスさんの例で考えてみると、スピード経営のもと、経営執行部に権限が委譲されている100億円未満の土地売買について、「この取引は怪しいから回避すべきである」といった社外監査役の意見が出たとしても、果たして取引は中止されるでしょうか。また、仮に中止となった場合に、後で「あれは中止を勧めた社外監査役の判断が正解だった」という検証はできるのでしょうか。後日、同じ物件で事故が発生する場合を除き、誰も「社外監査役の判断は正しかった」という評価をしてくれる人はいないはずです。企業価値の棄損を救った功労者であるにもかかわらず、かえって「うるさい社外役員だ。コンプラでメシは食えないだろう」「あの人のおかげで物件をとりそこなった。」「もう、あの人に重要な情報は出さないようにしよう」といったことになるのがオチではないかと。
私は「攻めのガバナンス」の実践として、健全なリスクテイク、迅速な経営を支えるガバナンスに反対の立場ではありません。しかし、そこでモニタリングできる取締役さんは本当に存在するのだろうか、スピードが出れば出るほど、短期的な利益獲得優先の経営判断については誰も止められないのではないかと危惧します。唯一止めることができるとすれば、それは「当社の企業理念からみて、この取引は中止すべきである」といった企業理念を実践している企業だけだと思います。つまり、短期的な業績向上のためには喉から手が出るほど欲しい物件だが、当社の理念を最優先に考えれば中止することが大切なのだ、といった暗黙知が存在する企業です。私は、中止や撤退がもたらす企業価値の向上(毀損の防止)というものが目に見えるものではないために、多くの重要な経営判断のシーンで「企業理念」を尊重した判断が見失われているケースがあると推測します。
いずれの企業でも「企業理念」を大切にしている、と口では言いますが、実践している企業はとても少ないのではないでしょうか。もしこれを実践している企業であれば、社長が推薦するM&Aでも、不動産でも、「この資産購入は当社の理念に合わないから中止すべきである」と(もう少し)堂々と言えるようになるのではないかと。また、そのような土壌があるからこそ、経営執行部への権限委譲のもとでスピード経営を安心して推進できるのではないでしょうか。
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企業会計におけるIFRS(国際財務報告基準)適用問題は、最近の経済雑誌においてトレンドな話題でありますが、企業法務とIFRS導入問題に関する話題というのは、いまひとつ盛り上がっておりません。しかしながら「ビジネス法務9月号」(中央経済社)のトレンドアイにおきまして、ようやく著名な弁護士の方(47thさん)が「IFRS導入がもたらす企業法務の地殻変動」なるタイトルでIFRS導入が及ぼす企業法務上のリスクについて警鐘を鳴らしておられ、内容は誠に卓見だと思います。
ファイナンシャル・コンプライアンス6月号に続き、
日本システム技術損害賠償事件判決において、代表取締役に(会計不正を防止すべき)内部統制構築義務違反による第三者責任が認められましたが、あの判決と基本的には同じ構造ではないでしょうか。そもそも第三者に対する取締役の法的責任(旧商法266条ノ3、会社法429条1項)について、判例の立場(取締役が会社に対する任務懈怠が認められる限り、第三者は自己の権利侵害についての故意・重過失が認められなくても損害賠償請求を問うことができる)を採る限り、株主代表訴訟だけでなく、株主以外の第三者からも「内部統制構築義務違反」を指摘される可能性が高い・・・ということに、取締役の注意義務を論じるにあたって留意しておく必要があろうかと思われます。
「ハードルが上がる」という言葉からしますと、内部統制システムの構築の重要性が高まり、取締役には内部統制構築に関する高度な注意義務が課されるようになったのではないか、との印象をもたれるかもしれませんが、そうではないと思います。高度な注意義務というのは、たとえば法律や会計に詳しい専門家が社外取締役や社外監査役に就任した場合に、一般の企業人であれば気付かないようなことでも、専門家であるがゆえに、気づくべきであった、それにもかかわらず、不注意にも認識しえなかった、ということで、一般の取締役であれば過失(任務懈怠)なし、というケースでも、その専門家役員だけは任務懈怠あり、と判断されることが考えられます。そのようなケースにおいて、当該専門家役員には、高度な注意義務が課されていた、と説明されます。現行会社法施行直前に立案担当者の方が大阪弁護士会で研修講演をされましたが、講演後の立ち話の折、「先生、よく社外役員に就任されていますね。こわくないですか?」と質問され、(もちろん責任限定契約は締結しておりますが)ゾッとしたことを記憶しております。