電子署名や電子スタンプ-本当に業務の効率性を向上させるのか
今朝(1月18日)の日経朝刊「迫真」では「脱ハンコに挑む(1)『世界企業に押印は不要』」との見出しで、日立やCNSの電子署名や電子スタンプが業務の効率性を飛躍的に向上させている状況が紹介されていました。社員による「ほんの少しの勇気」が社内を変える・・・。たしかに在宅勤務制度を導入する会社で「わざわざ押印のために出社する」「内部統制ルールの形式を整えるために押印をお願いする」ということが業務の効率性を阻害してしまう、というのであれば、電子署名、電子スタンプの活用は多くの企業でも検討されるべきだと思います。
ただし、ひとつ素朴な疑問が湧くのは、脱ハンコが浸透すると、決裁者としては先に誰が、どの範囲で承認したのか「見える化」されたシステムになるのでしょうか(すいません、実務がよくわかっていないので愚問かもしれませんが・・・)?たとえば根回し文化(「もう社長は先に承認しているの?」と質問する、根回しによって「〇〇部長、もう専務の承認はとってありますので」)が浸透している中で、誰が決裁したのか確認できない中で、各決裁権限者が自分の責任で承認ができるのでしょうか。
通常は社長が最後に決裁印を押すのですが、ときどき「社長案件」「至急案件」として先に社長印が押されるケースもありますね。そういった案件について「この案件は特別案件だなあ」と、トップ以外の役職員が忖度することはできるのでしょうか?また、正規の決裁権限者のリスクアプローチにより、案件によっては普通に「代印」が活用されることもありますが、そういった代印制度は一切許されず、すべて内部統制ルールに従った内容確認が必要になるのでしょうか。
さらに、決裁印が書面上ズラッと並ぶというのは、なにか事故が発生した際、もしくは不祥事が発覚した際、「私の責任ではありません。これは全体責任です」と言い逃れができる口実となり、そのことが迅速な意思決定を(巧妙に)担保しています。日経の上記記事でも示されているとおり、電子署名や電子スタンプによって「誰がどの範囲で責任を負う」といったことが明確になるのであれば、この「なんとなくみんなで責任を負う」という口実はなくなってしまうのでしょうか。
このあたりの暗黙のルールが修正されなければ、かえって意思決定に時間を要したり、(社長の意思を忖度して)決裁のやり直しが発生したり、上司の内容確認まで時間を要することになって、脱ハンコが業務の効率性を阻害することにならないのでしょうかね?ジョブ制が浸透している企業であれば問題ないと思いますが、メンバーシップ制が中心の企業組織においては、順番に押された印鑑が物語る「暗黙の意思決定システム」がむしろ業務の効率性を高めているところもあるような気がしております。
昨年頃から、私もクライアントとの間で業務委託契約書を締結する際は「電子署名」を活用することが多くなりましたので、とりわけ昨今の「対面が憚られる」ような状況では「優れモノ」だと認識しております。「契約書」をきれいに作るためではなく、「取引」を確実に執行するためのツールと考えれば、電子署名も電子スタンプも積極的に活用すべきと考えます。
ただ、これまで日本企業で使われていた決裁印の効用というものは、結構目に見えないところの労務慣行に支えられながら業務の効率性を高めてきたところもあるのではないかと。ゆえに、ある企業で業務の効率性を高めることに成功したからといって、他社でも同様に活用できるかどうかは、一度検討の余地があるように思います。
もし「脱ハンコ」を推進するのであれば、内部ルールや取引先との取引慣行を見直すことも大切ですが、その前に「決裁印をたくさん押した書類が有しているわが社の組織慣行の見直し」が先ではないでしょうか。これを言い出すのが難問かもしれません。