公益通報者保護法はセーフハーバールールである(獨協医科大学事件判決に思う)
このところフジテレビのガバナンス不全ばかりが話題になっていますが、朝日新聞ニュースの記事「公取委指導、取締役会に報告せず」を読み、日本郵便のガバナンス不全も相当に深刻な状況ではないかと感じております。いや、これ本気でなんとかしないといけませんよね。メディアから取材を受ける時点まで(トップが)自社の不祥事を知らなかった、という事態はなんとも。。。
さて、本日の弁護士JPニュースによりますと、医大病院職員が、医大の不正な診療報酬請求に関する内部通報後に不当なパワハラ、誹謗中傷を受けたとして病院を訴えた女性の勝訴が確定したことが報じられています(1月下旬に病院側の上告について受理申立てが却下された、とのこと)。なお、一審、高裁は「(事実上の嫌がらせや担当業務からはずされる等の処分が)報復として行われたと推認するのが相当」として、医大病院側の損害賠償責任を認めたそうです。
通報から一定の期間内に解雇や懲戒処分などが行われると、これを通報による不利益処分と「推定」するというのが(通常国会に上程が予定されている)公益通報者保護法案で改正の目玉となっていますし、事業者による「(罰則付きの)不利益処分の禁止」ついても「配置転換」は含まれないと、検討会報告書では示されています。ただ、世間で誤解されているのが「公益通報者保護法の適用のない通報者には何をやっても問題なし」との認識です。
これは内部通報に関する実務研修の際にも常に申し上げていることですが、内部通報者や外部通報者は、公益通報者保護法が施行されていなかった平成18年以前にも、裁判の上でたくさん保護されているのです。実際にも公益通報者保護法の保護対象とされていない可能性の高い「グレーゾーン」の対象者も、民法上の信義則や権利濫用法理、労働契約法16条の類推適用(ただし平成20年以降の裁判例)により保護されてきたわけでして、これは公益通報者保護法が施行された後も同様です。つまり、公益通報者保護法はセーフハーバールールであり、その外延については現時点でも契約法ルールで保護される可能性があります。上記の獨協医科大学事件においても、たとえ公益通報者保護法によって保護されない通報者でも、民事ルールによって保護されて事業者には不法行為責任が生じることになります。
※ (労働契約法16条)解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする
セーフハーバールールとは一般的には「当該ルールに従わなくても直ちに違法となるものではないものの、そのルールに従って行動する限り、法令違反を問われることがないという効果を明確化するもの」を指します。公益通報者保護法にあてはめますと、公益目的によって法令違反や社内ルール違反に関する通報を行った労働者は、当該通報によって職務誠実義務違反に問われる可能性はあるものの、公益通報者保護法が適用される通報を行う限りにおいては、法令違反を問われることは一切ないことを明確化した、ということです。
今後、改正公益通報者保護法が成立した場合、「これはセーブ、これはアウト」のような解説が増えることが予想されますが、決して簡単に「適法」「違法」と決められるものではありません。たとえ労働者側に公益通報者保護法に不案内な代理人がついていたとしても、裁判所は公益通報者保護法の趣旨を斟酌して労働者側に有利な判決を下すことは十分に予想されます。事業者としても過去の判例から学ぶ意識がなければ適切な体制整備義務を尽くすことはできないと認識しておいたほうがよろしいかと。