新興企業の粉飾決算と「不正のトライアングル」
今週は事務所に日経新聞の夕刊が届けられるのを楽しみにしています。シリーズ「人間発見」は元最高裁判事の団藤重光先生(95歳)が語る「反骨精神を貫いて」。20年ほど前の司法試験受験生なら、皆様ご存じの刑法(刑事訴訟法)学者の方(後日、大隅健一郎先生の後任として最高裁判事に就任されます)ですが、今日の掲載分は戦中・戦後の東大の教官だったころのお話でした。団藤先生と作家三島由紀夫との交流は初めて知りましたし、三島の代表作「仮面の告白」が団藤先生の刑事訴訟法理論を文学化したもの、というのはビックリです。(また、三島由紀夫の刑事訴訟法の答案が、非常に出来がいいので団藤先生が保存していたところ、団藤先生の飼い犬がその答案を食べてしまった、というのもスゴイ・・・飢えていたのは人間も犬も同じだったのでしょうね)団藤先生の考え方を一番理解していたのが三島由紀夫だった、ということですから、もし三島が法曹になっていたら、いったいどんな学者になっていたのでしょうかね?
さて本題でありますが、本日、某研究会にて(私の尊敬しております)著名な会計士さんからお聞きしたお話ですが、とても面白いものだったので備忘録としても書きとめておきたいと思います。新興企業が粉飾決算(正確には有価証券報告書への虚偽記載)に手を染めるか否かは、だいたい上場してから3年目くらいが分岐点になる、とのことであります。それにはちゃんとした理由が3つあるとのこと。(以下のような理由だそうであります。)
ひとつは新興企業の場合、比較的単純な事業内容のままで上場しているため、ビジネスモデルが陳腐化してきて、上場後3年くらい経過するとキャッシュフローに陰りが出始める。そうすると、メインバンクのほうから、短期借入を更新するために、中期事業計画を出せ、と迫られる。その事業計画は、どうしてもバラ色の計画内容になってしまい、これが経営者にとってのプレッシャーになる。
ふたつめは、「株価ノイローゼ」。公開後の一般株主からの突き上げが厳しくなり、経営者は株価の変動に一喜一憂するようになる。経営者としては、内部統制やガバナンスなど、しっかりとした組織作りをしたいにもかかわらず、そういった行動はほとんど株価向上へ貢献せず、逆にちょっとした業績の浮沈が株価に大きく影響を及ぼすことを肌で感じるようになると、「一般投資家」というよりも、「現在の株主」に喜んでもらうことばかりを考えるようになる。
そして三つめは、会計士のローテーション制度。7年→5年に変更ということになると、上場前の2年(法定監査の義務付け期間)と上場後の3年で、経営者のクセまで知った会計士が、その新興企業を去ることになり、同一の監査法人といってもまったく別の会計士が担当者としてやってくる。これまでは顔色をみたたけで経営者のウソがわかる会計士だったのが、ほとんど会社のことを何も知らない会計士に変わっただけで、経営者は粉飾への欲望がふつふつと湧いてくる。
そういえばCFE(公認不正検査士)の方であればご承知のとおり、ビジネスマンが不正に手を染めるにあたっては「不正のトライアングル」がそろったときにリスクが非常に高くなるわけでありまして、そのトライアングルというのは機会、正当化根拠、動機(プレッシャー)と言われております。たとえば上に述べた三つの理由のうち、銀行から事業計画の提出を迫られ、これに縛られることは粉飾に手を染める動機(プレッシャー)であります。また株価ノイローゼに陥って、現在の株主に喜んでもらうことだけに専心するようになりますと、粉飾してでも株価を上げようとすることへの「正当化根拠」になりそうであります。また会計士のローテーション制度については、粉飾決算を計画するための「機会」と言えるものであります。不正リスク管理という面からみましても、この会計士の方がおっしゃる「新興企業上場後3年めの粉飾決算リスク」のお話についてはナットクできそうな気がいたしました。
もちろん本当に事件になっている粉飾決算の場合、経営トップ単独で敢行できるものではなく、取引先に協力者がいるとか、他の役員が黙認しているわけでして、また先頃のプロデュース社の件のように上場前から粉飾決算が始まっていたという例もあるわけでして、すべて一般化できるようなものではありませんが、とりわけ「銀行による突き上げ」という点については粉飾に向けての大きな要因になりそうな気がいたします。そもそも上場後3年を経過しても業績が右肩上がり・・・ということであれば問題はないのでしょうが、銀行経営自体の健全化ということも、上場企業の「粉飾決算への傾斜」を低減するためには必要なのかもしれません。
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