2017年2月15日 (水)

東芝の内部統制に関する不備と「経営者の不適切なプレッシャー」

東芝さんは2月14日に予定していた四半期報告書の提出を、会計監査人のレヴューが得られないとして1か月延長すると発表しました。朝日新聞WEBで記者会見の様子を動画視聴しましたが、不正疑惑が持ち上がったこと、そしてメモリー事業すら手放すことも検討していること(他社に過半数の株式を譲渡してもかまわない)に言及した会見には驚きました。あと、日経の田中記者が会計的見地から(個人的には)ナイスと思える質問をされていた印象を受けました。

今年に入って「PPA(パーチェス・プライス・アロケーション)の過程において内部統制上の不備がある」との内部通報があったようですね。ウェスチングハウスのCEOに対して、同社の社員からの内部通報あり・・・ということなので、すべて海外で不正疑惑が申告されたというものだそうです。ただ、東芝さんのリリースを読む限り、内部通報の内容である内部統制上の不備と、その後の調査で判明した「経営者による不適切な圧力」との関係がよくわからなかったですね(どなたか質問してほしかったです)。また国内で第一報を受けたのは経営陣なのでしょうか、それとも監査委員会なのでしょうか。監査委員会が調査の主体のようですが、調査で判明した事実は経営陣と共有するのでしょうか?海外の主要会社の経営トップの不正疑惑ですから、チャイニーズウォールが必要な気もしますが。。。

しかし、そもそも東芝さんのリリースに登場する「内部統制の不備を示唆する内部通報」とか「不適切なプレッシャーを懸念する指摘」とか、「経営者による内部統制の無効化が仮にあった場合」等、ほとんど日本語が理解できません。たしか昨年6月の時点で、東芝さんは「当社の財務報告に関する内部統制は有効とは言えない」と宣言しておられるので、無効なものを無効化するというのはどういった意味なのでしょうか?後でどっちとでもとれるような評価を示す言葉のように思えます。事実関係は調査中だとしても、公表文書の内容が不明な点は釈明する必要があるように感じました。

内部統制上の不備がどのようなものか私にも想像できませんが、S&Wを買収したWEC社のPPAについては日本でも監査が厳格になっていますので、結果的に「四半期レヴューにおいて会計監査人を騙した」ような結果となれば、やっぱり無視できない不正だと思います。以前紹介したアメリカの行動経済学者ダン・アリエリーさんの「ズル-嘘とごまかしの行動経済学」で、会計監査人を騙すのは簡単、「監査上の重要性」を活用すればいいだけ、ということが解説されていました。S&W買収金額を少なく見積もっておけば、PPAも自社監査チームだけで対応すればよい(つまり全体からみればS&Wの買収価格は重要性に乏しい)として、「PPA期限間際になって過大な債務が発覚した、のれんで処理します」と言いやすい・・・といったことを誰かが考えたのでしょうか(このあたりは会計のご専門の方のご意見もコソっとお聴きしてみたいところです)。

もちろん勝手な想像ですが、ともかく内部統制の不備が全体の決算数字への影響が軽微であったとしても、かりに監査を妨害するようなものであるとすれば、かなり重大な問題ではないかと考えます。法律事務所による調査結果への関心が高まるところです。

2月 15, 2017 不正を許さない監査 | | コメント (6) | トラックバック (0)

2016年12月 9日 (金)

内部監査部門の強化は不正発見力向上につながるか-その2

今週月曜日(11月5日)の日経法務面では内部監査部門の不正発見力に関する特集記事が組まれていました。そういえば私も今年の8月18日付けエントリーで、内部監査部門強化が不正発見につながるのか?といった問題提起をしておりました。内部監査部門といえば指導的役割が中心であり、現場の不正を発見するような役割がそれほど期待されていないのではないか、もし期待されるのであればいくつかの前提条件が必要ではないか・・・といったこと書きました。

上記日経記事では、最近のコーポレートガバナンス・コードでの要請事項との関係で、不正発見力向上に向けた内部監査部門の底上げに取り組む企業事例が紹介されています。監査役や社外取締役らとの連携によって統制環境の健全化に役立つような体制作りが始まっているそうです。ただ、8月18日のエントリーにコメントいただいた「場末のコンプライアンス」さんが

(リスクアプローチによる効率的な監査を実現するため)には、現場を知る監査、検査部隊が必要であり、米国SECの初代委員長同様、現場の手口を知り尽くしている人間を配置しなければ成果は上がらず、現状のような縦割りで、結果的に内部監査基準に精通した人間のみを養成するような人材育成では、到底難しい話でしょう。

と指摘されているとおり、監査部門を担う方々のスキル、それも個々の監査部門の社員による努力ではなく、全社挙げての内部監査のスキルアップという面にも光をあてる必要があるかと思います。

最近、私が担当した某社の会計不正事件の調査では、経理部門と監査部門との力の差をまざまざと見せつけられました。経理部門は日頃から営業部門とのコミュニケーションをはかっていて、さらにローテーションによって営業を経験している経理社員も存在することから、営業から上がってきた数字をみただけで異常な取引を行っている可能性を感じとっていました。不正・誤謬の初期段階であれば、経理が営業と話をして正しい数字に修正させますので(監査法人に知られることもなく?)何事もなかったかのように不正・誤謬が解消されます。

しかしその会社の監査部門の担当者は、あまり他の部門との交流がなく、ローテーションも活発ではないので「現場感覚が乏しい」というのが実情でした。数字をみても、営業活動の様子が思い浮かばないということから、ヒアリングも実効性が上がらない。たとえば事業部門と経理部門の交渉の末、経理部門のプロの業によって「かなりクロに近いグレー」が「かなりシロに近いグレー」にドレッシングされたとしても、その事実を内部監査部門が把握することはできない、という状況でした。経理部門が不正撲滅に熱心な状況であればよいのですが、役員クラスから「なんとかしろ」と言われると、会計監査人に適正意見をもらうためのストーリーを作る側に回ってしまう。そのような中で、不正を発見すること以前に、不正の兆候に気づくことですら、やはり監査部門が「ノルマに追われている状況にある現場を知る」ことがとても大切ではないかと思いました。

上記の日経記事では「内部監査部門の役割向上のためには独立性強化や専門性向上、非業務執行役員との連携が不可欠」とされています。しかし、それ以前に「内部監査部門は社内で様々な職場を経験する、もしくは事業部門や経理部門とのコミュニケーションによって(トップからのミッションを果たすために必死になっている)現場の感覚を習得する」といったことが必要だと考えます。少なくとも監査部門に経理の経験の長い人を置くだけで、他部門が監査部門を見る目が変わるのではないでしょうか。

 

 

12月 9, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年11月22日 (火)

上場会社「経営者確認書」に込められた社長コミットメントの本気度

本日(11月21日)発売の週刊エコノミストに、「異常な東芝のバイセル取引、旧経営陣不問なら資本市場に禍根」と題する浜田康氏の論稿(3000字)が掲載されています。前にも申し上げたとおり、浜田さんはもうすぐ証券取引等監視委員会の委員に就任されるご予定ですので注目度は抜群ですね。浜田さんの名著「粉飾決算」でも、東芝会計不正事件に対して厳しい指摘をされていましたので、今回の論稿も「米国会計基準違反は明らか」といったご解説を含め、とても参考になりました。

とりわけ金融庁と検察庁との意見対立の諸要因に触れておられ、長銀事件最高裁判決で検察が慎重になるのもわかるが、10年前と現在とでは、資本市場を取り巻く環境変化は極めて重要であり、司法が長銀事件の判断をそのまま東芝事件に持ち込むことは不適切だと述べておられます。その理由とするところは上記エコノミスト誌をお読みいただくとして、私も浜田さんが指摘されるように、10年前と今とでは社会情勢が異なる、資本市場の健全性確保の要請は高い、という点は全く同感です。ただ、司法判断を立件の方向へ変えるためには、資本市場を取り巻く環境が変わったということだけでなく、もう少し越えるべきハードルがあるように感じるのです。

たとえば「会計基準と罪刑法定主義(憲法31条)との関係」です。刑事立件のためには、会計事実が存在しないにもかかわらず存在するかのような表示がされている場合であれば「公正なる会計慣行違反」ですんなりいきます。しかし、会計事実はあるけれども、その会計処理に問題がある場合、つまり「会計慣行」自体を問題とする場合は別途検討が必要です。金商法が米国会計基準にお墨付きを付与している(日本国内で使ってもよいとする権原を付与する)ことはわかるのですが、では米国会計基準が日本の刑事処分を下すための法令と同等の正当性が認められるためには、どうしても「罪刑法定主義」との関係をクリアする必要があります。

そこで、米国会計基準(の解釈指針)は法と同等の慣行性、周知性は認められるのか、またその慣行性や周知性があることを実行者は認識していたのかどうか、PC取引の取引不正だけで、東芝全体の業績に対して投資家の判断を誤らせるだけの重要性があるか、またそのことを実行者が認識していたかどうか、そしてその実行者は旧経営陣との間で、このような事実を共有していたかどうか、といった点です。また「同業他社では同じようなことが慣行としてされていなかったのか』という点も、可罰的違法性や故意を論じるにあたっては重要になってくると思います。

もう一点、いつも会計専門職の方々とお話をしていて、法律家と会計専門職との間で認識の差があるように感じるのが「経営者確認書」の持つ意味です。監査法人さんは、経営者が「間違いありません」と財務報告の作成責任にコミットするからこそ適正意見を出すわけです。したがって、この経営者確認書はとても重視されます(受託者責任を尽くすという意味でも重要視されますよね)。しかし法律家はかなり形式的なものだと理解しているのではないでしょうか。たとえば手術の前に、患者さんは「どんな事態になっても私は文句を言いません」という同意書を提出しますが、ミスが発生すれば普通に損害賠償請求権を行使することはあたりまえです。あくまでも「それくらいの気持ちで財務諸表を作成しました」といったものではないかと。金商法上の内部統制報告制度には独自の開示規制(民事上及び刑事上)が条文化されているにもかかわらず、この10年間一度も問題にされたことがないのも、おそらく同様の理由からだと思います。

私も「10年前とは保護法益に関する社会的評価が大きく変わったのです」と言って司法判断の変容に期待したいのですが、どうしてもこのあたりをクリアしなければ最高裁を説得することはむずかしいように感じています。また、私なりの「ではそうすればよいか?」といった解決策は別途、講演等で述べたいと思います。

11月 22, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2016年10月10日 (月)

東芝会計不正事件-歴代社長立件にはいくつかの壁がある

10月9日の毎日新聞朝刊(社会面)に、「東芝不正会計問題 元PC責任者から聴取 監視委、3社長の指示確認」との見出しで、カンパニー部門の元社長の方が、金融庁から任意で聴取を受けたことが報じられていました(有償版ですが、ネットニュース記事はこちらです)。証券取引等監視委員会の委員長が12月で退任されるようですので(次は元広島高検検事の方のようです)、委員長最後の大仕事として金融庁は組織として気合いが入っているとの風評が聞こえてきますね。しかし、気合いが入る真の理由は、やはり金融行政のグローバルな連携が深まる中で、「エンロンではあれだけ経営者が厳罰を受けたのに、東芝では誰もお咎めなしということはおかしいのではないか」といった海外からの批判が高まっているからだと私は思います

金融庁の積極的な対応とは裏腹に、上記毎日新聞記事でも解説されているように、検察庁はいまだ東芝歴代トップの方々の立件には消極的なようで、刑事責任を問えるかどうかは流動的のようです。まずなんといっても8年ほど前に検察が敗れた長銀事件最高裁判決の存在は大きいと考えます。長銀事件の最高裁では、やはり多くの裁判官が「絶対的真実主義」を重視して有価証券報告書虚偽記載罪の構成要件を解釈しています。検察出身の古田裁判官だけが唯一「相対的真実主義」を加味して有価証券報告書の虚偽性を判断せよ、といった補足意見を述べておられましたが、おそらくこのあたりが検察庁が及び腰になる一因ではないかと思います。財務報告の視点による東芝社PC取引の見方は、法律家が得意な絶対的真実主義と、会計士が得意な相対的真実主義のどちらを根底におくかで大きく異なるはずです(このあたりを詳しくお知りになりたい方は、初版2013年の拙著「法の世界からみた『会計監査』」をお読みいただければと)。

さらに、今年法案が成立した改正刑事訴訟法における「司法取引」は未だ施行されていませんので、検察による経済事件の立件には、いわゆる「積み上げ捜査」手法が採用されるのが原則です。つまり、歴代の3人の社長さんを立件したいのであれば、その下のカンパニー幹部の方々の身柄も拘束して、事実上の不起訴合意をとりつけたうえで、検察官面前調書を作成することになると思います。そして歴代トップの方々による「プレッシャー」はあったにせよ、カンパニー社長さん方の犯罪事実を確定するわけですが、その際に気になるのが財務アドバイザー(監査法人)の存在です。たしか東芝事件では会計監査人のほかに、アドバイザー業務を提供していた大手監査法人さんがおられた(ように報じられている)わけですが、おそらくカンパニーとの間で、綿密なコミュニケーションが重ねられていたはずです。そうなりますと、歴代トップの方々を立件する際にはカンパニー社長さん方の犯罪に、監査法人も加担していたようにも受け取られかねず、そのあたりの取扱いは大いに悩ましいところではないでしょうか。

そしてもう一つ気になりますのが、金融庁による立件手法に対する検察庁の信頼感ではないかと。先日、東京電力株式のインサイダー取引を巡り、金融庁の法的解釈を覆す司法判断が二つ出ました(情報提供者が勤め先証券会社から解雇処分を受けたのですが、重要事実の伝達にはあたらないとして解雇処分を無効とした判決、そして情報受領者が、金融庁から課徴金処分を受けたのですが、この金融庁の処分が取り消された判決です。新聞にも掲載されていました)。行政処分である課徴金は、その迅速性や柔軟性が持ち味だとは思うのですが、やはり司法相手でガチンコ勝負となりますと、(インサイダー取引を規制する条文の構成が非常に複雑なだけに)事実認定を裏付ける証拠に甘さが残るわけでして、このあたりが検察庁からいま一つ信頼を置かれない要因ではないかと推測いたします(なお、この点は未だ私の「仮説」にすぎませんので、今後は検証が必要になります)。

いずれにしましても、やはり相対的真実主義の考え方を基本として会計処理方法の虚偽性を問うことには大きな壁があるようです。平成17年の会社法改正で、会計帳簿の適時性、正確性が初めて条文化されたわけですから、私は現行法上は過料(行政罰)とされている会計帳簿の虚偽記載を刑事罰化すべきだと考えます(もちろん「納税以外に記帳する意味などない」とおっしゃる中小事業者の方々による反対はあると思いますが)。有価証券報告書や計算書類になる前の会計帳簿の記帳を問題にすることができれば、粉飾事件に対する検察庁の壁はかなり低くなるのではないかと思うのですが。

最後に、検察庁の消極論が現状のままだと、他の上場会社にとって危惧される点があります。エンロン事件以来、アメリカでは役員に対する厳罰化によって、大きな会計不正事件が起きていなことが評価されつつありますので、米国SOX法のような厳罰主義の規制が、日本のすべての上場会社の役員に適用される時代が到来するかもしれません。おそらく上場会社の役員の方々にとってみれば、東芝事件の歴代トップの方々が立件されるほうが胸をなでおろすことになるかもしれませんね。

10月 10, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年8月30日 (火)

社内アンケート調査の「自由記述欄」は不正発見の端緒となりうるか?

さて、昨日に引き続き、先週の日本監査役協会長浜合宿における某監査役さんとの懇親会で盛り上がった話題をひとつご紹介します。

三菱自動車工業燃費不正事件に関する第三者委員会報告書にて、燃費不正を早期に発見する余地があったとして、社内アンケートに関する同社の不十分と思われる調査内容が紹介され、マスコミでも話題になりました。自由記述欄に「虚偽記載」を疑わせる内容が記載されたものの、一通りの調査で「不正事実は存在しなかった」と結論つけたことについて、「なぜコンプライアンス部門が中心になって調査をしなかったのか、開発部門に調査を丸投げしてしまえば、自部門の不正など隠すに決まっているではないか」といった論調が目立ちました。

本件について、某社の監査役さんが、「うちの会社でもコンプライアンス調査のために全社員アンケートを実施しているが、よほど不正疑惑が明確になっていない限り自由記述欄は見落としてしまいがち。うちの会社はまじめな会社であり、不正なんて起きないといったバイアスが働くから、どうしてもビッグデータ処理によるリスク・アプローチのほうに注意が向いてしまうのですよ。なんか三菱さんの件は、(それほど熱心に調査をしなかったことについて)わかる気がします」とのこと。そういえば、私も「自由記述欄」というのは、アンケートに回答した社員の労務上の不平不満が書かれていることが多いためか、ここに不正の兆候が潜んでるという意識は、よほど懐疑心を発揮しなければ見落としてしまうことが多いように感じています(もちろん専門家としてやってはいけないミスですが)。

先日、コンプライアンス対応で著名な同業者の方と食事をしたとき、第三者委員会における社内アンケートの極意についてお聞きしました。この「自由記述欄」に社員が告発したくなるような工夫を施すことがとても大事とのことでした(ここではその工夫について書くことは控えます)。どのように自由記述欄を活用すれば、社員が告発する気になってくれるか・・・というところがアンケートの勝負ドコロだそうです。

しかし、これは実際に企業不祥事が発覚した直後の社内アンケート調査ですし、当然のことながら第三者委員会の委員に高い懐疑心が存在するからこそ有効であって、平時のアンケート調査の場面とは相当異なる状況にあると考えられます。有事ではなく、平時から「高い職業的懐疑心」を持つことは、監査役さんや内部監査部門には要求されるところですが、実際にはなかなか困難なのですね。「ハイ、きちんとアンケート調査もやりましたよ」と、監査手続きを履行すること自体に関心が向けられているわけです。毎度申し上げるところではありますが、「オオカミ少年」を社内で許容する組織風土がなければ「職業的懐疑心」自体が組織で成り立たない気もいたします。

ちなみに本日(8月29日)、デロイトトーマツさんが、内部通報制度の運用に関する調査結果を公表されており、3分の2の企業で外部に通報窓口を設置しているものの、年間通報受理件数が10件未満の会社は72%に上るそうです(デロイトさんの調査結果はこちら)。通報制度に関心の高い企業ですら、事実上は内部通報制度が十分には機能していないのが実態です。この結果をみるに、通報窓口担当者が通報者の秘密を保持しうるスキルを磨くことと同時に(実務をみていて、これは最も重要!)、「内部通報制度」を機能させる組織風土を、時間をかけて形成する努力が必要だと再認識するところですね。

8月 30, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年4月22日 (金)

厳格な監査の前提となる「オオカミ少年監査」を考える

(4月22日午前 追記あり)

竹野内豊さんと松雪泰子さんが共演する企業法務モノ弁護士ドラマが始まりました。どなたが法律監修をされていらっしゃるのかは存じ上げませんが、いやいやリアルです。東京駅近くに拠点を構える(?)大手法律事務所の先生方にぜひともご覧いただきたい!(タイムチャージの相場やアソシエイト弁護士の訴訟対応についてのご感想もお聞きしたい!)と感じたのは私だけでしょうか?(いや、別に嫌味でもなんでもございませんが・・・)

さて、7月から日本公認会計士協会の会長に就任される方のインタビュー記事によると、企業の会計監査を担当する会計士に不正事例の研修を義務付けられるそうですね(4月19日日経新聞朝刊より)。このたびの東芝事件による会計士の信用不安に対する対応のひとつですが、十分な監査時間の確保、監査報酬の引き上げ等に対する企業の理解を得る目的もあるのかもしれません(なお、次期会長さんの19日毎日新聞インタビュー記事のほうでは、とても共感できる提言をされており、また別のエントリーで話題にさせていただきたいと思います)。ちなみに4月1日の日経新聞では、監査法人が外部の目を採用して厳格監査に励む、との紹介記事もありました。

監査法人や監査役さん方が、会計不正に厳格な姿勢で取り組むことは素晴らしいと思いますが、いつも監査役さんや監査法人さんの危機対応を間近でみている立場からすれば、どうか「オオカミ少年」になることを怖がらないでください!と申し上げたい(これはもちろん自戒を込めて、そう強調したいところです)。会計不正など、会社側が本気で隠した場合には、平面図ではわかるはずもなく、時間軸を持った立体図で(たとえば3期分を比較して)ようやく不正の疑惑に気付くのが通常の経過ではないかと。しかも「疑惑」が「投資行動に影響を及ぼしうるほどの重要性のある会計不正」と確信できることは稀です。

したがって、監査役さんや監査法人さんが「これは不正ではないか?」と声を上げるにあたっては、10回中7回は「グレーだが不正は認定できなかった」との結論に至り、「あの監査役、あの監査法人はオオカミ少年だ!いいかげんなことばっかり言いやがって、何を考えているんだ」と会社側から批判され、情報を遮断される、契約を解消される、法人の信用を落とす、といったリスクも覚悟しなければならないと考えます。それが嫌であれば、疑惑を見つけても声を上げることもせず、勇気のない自分を「時間がない」といった理由で慰めながら不正を見逃してしまうリスクを甘受すべきです。そして内部告発や金融庁からの要請が先行するような、誰がみてもおかしな会計不正、今自分たちが「おかしい」と声をあげないと今度は自分たちが法的リスクを抱えてしまうと思われる会計不正だけに手を上げる・・・といった状況に甘んじることになり、今後も東芝事件はときどき繰り返されることになります。

結局のところ、私は監査法人さんや監査役さんが「オオカミ少年」と呼ばれることを覚悟しなければ、今以上の厳格な会計監査は困難だと思います。もちろんフォレンジック調査を導入し、個々の会計士のスキルを磨き、監査法人さんの品質を向上させることで、このオオカミ少年リスクを低減させることはできるでしょう。しかし最後は個々の監査人が不正の有無を判断するのですから、オオカミ少年リスクがなくなることはありません。それどころか、最近は監査法人が「不正疑惑」を指摘した場合には、(ご承知の方も多いと思いますが)法律事務所が会社側について「もしそちらの主張を通して当社が上場廃止になった場合、貴法人はどのように責任をとるつもりなのか」といった質問を繰り返し、また大手監査法人のコンサルタントチームが会社側をバックアップして会計処理の適正性を主張する、といった事態が増えることは間違いありません。そのような状況のなかで、監査法人さんは(追加報酬請求の拒絶や契約解消の意思表明におびえながらも)不正疑惑を解明する姿勢を示さなければならないのです。

それでも監査法人側が「不正と闘う」意思を明確に示しうるためには、「不正あり」と声を上げたにもかかわらず、不正の認定はできなかったということが上場企業の監査一般に「普通にありうる」といった土壌を形成する必要があります。監査基準委員会報告書240、同250あたりを活用して、会計監査を担当する監査法人の意見形成に関与できる法律家を増やす努力も必要かもしれません。もしくは、「それではあまりにも市場を混乱させてしまうことになり、弊害が大きい」といった意見が強いのであれば、そもそも不正の有無にかかわらず、会計不正を発生させる危険性の高い内部統制の不備をきちんと情報開示できるJ-SOXの運用を市場で形成する、といった方策も考えられます。3年ほど前に、J-SOXの効率性を上げるための法改正はなされましたが、未だに有効性を上げるための法改正はなされていません。本当に不正会計を許さない会計監査を目指すのであれば、監査法人さんや監査役さんが「おかしい」とか「取締役会(統制環境)に不備がある」といった声を上げやすい監査環境を早期に構築する必要があると思います。

(追記)

本文とは関係ありませんが、監査法人の国際監督機関IFIARの本部事務局が東京に設置されるとのこと、まことにおめでとうございます。やはり大手町のフィナンシャルタワーに設置されるのでしょうか?苦節5年?会計教育研修機構さん等、会計監査関係者の皆様方ががんばってきた甲斐があったのではないかと。

4月 22, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2016年3月13日 (日)

会計不正-監査法人規制の先に垣間見える事後規制について

Img_0471先日、こちらのエントリー(粉飾決算の不正)にて浜田康先生の新刊をご紹介しましたが、その浜田先生のご著書の中で、「衝撃的ともいえる感銘を受けた」とされる本の序文が引用されていました。その本(左写真の古書)をなんとかアマゾンで取り寄せまして、週末、(まだ3分の1程度ですが)一生懸命に読んでおります。いや、もう読み始めたら止まらないほどワクワクする一冊でして、3年前に出版した「法の世界からみた会計監査」を執筆する前に、なぜこの本の存在を知らなかったのか・・・と思うと後悔と反省しきりです(同じ同文館出版なので、編集者の方が教えてくれてもよかったと思うのですが・・・笑)。

本書は、執筆当時の河井検事が数多くの疑獄事件を手がける中で「異常な興味と関心をもって研究を続けた」成果とご自身で紹介されています。まさに法と会計の狭間に横たわる会計粉飾事件の解決に責任を持つ立場の方だからこそ本書を書きあげられたものと推察します。4年ほど前に、こちらのエントリー(公正なる会計慣行と古田最高裁判事の補足意見)でも申し上げましたが、長銀事件最高裁判決をテーマとしたシンポにおいて、「なぜ公認会計士や会計学者の方々は、検察官出身の古田最高裁判事の補足意見を絶賛するのか」といった疑問も、検察官ご出身の河井先生の本著を読んでナットクした次第です。やはり「粉飾摘発の歴史」を知ることは重要です。

会計上の粉飾と法律上の責任(三訂版) 河井信太郎著 同文館出版 1975年 3,800円)

500頁を超える力作です。本の内容を詳細にご紹介するようりも、上記浜田先生も引用されておられる序文(初版のはしがき)をご紹介したほうがよいと思います。

一般に簿記や会計を専攻したものは、法律に暗く、逆に法律を専攻したものにとっては、簿記、会計の素養は薄いにもかかわらず、企業会計における個々の会計処理は殆どすべて法律上の効果を生ずる問題である。まことに会計の実務は簿記、会計と民、商、刑事法や証取法、税法等の交錯する谷間に発生する問題の解決にある感が深い。本書は、この点の問題点を捉えて、解明を試みたもので、会計の実務に携わる人にとっては転ばぬ先の一本の杖として、同学の士に対しては問題点提起の意味において、多少とも参考となれば、私の望外の喜びである。思うに、資本主義経済の健全育成はその病根を発見して、これを解明することにあると確信する。この病根の基盤をなすものは会計上の粉飾であり、これを解明するものは、法律上の責任の追及である

私の手元に届いたのは三訂版でして、河井先生が広島高裁検事長に就任されていたころのものですが、初版は昭和39年(1964年)に出版されていますので、河井先生が東京地検特捜部の部長だったころに執筆されたものです(特捜部長という立場でこのような大作をよくお書きになれたものだと驚きます)。

もちろん50年前と現在とでは会計や監査を取り巻く環境が違いますし、また関連法令も変わっております。しかし大きな粉飾事件が発生して、監査法人は何をしているんだ!監査役はどうしたんだ!もっと規制を厳しくしろ!といった社会的批判が渦巻く中で、期待ギャップに悩みながら市場の健全性確保、債権者保護のために関係者が尽力されているのは全く現在と変わらないことがわかります。

ただ本書は一貫して「監査役など、社長の息のかかった人間が選任されているので何の役にも立たない。会計監査人による監査でも限界がある。そもそも経営者に迎合する監査法人は商売繁盛となり、良心的な監査を行う法人は閑古鳥が鳴くであろう。だからこそ最後は法律の出番なのだ」といった持論が展開されていますので、そのあたりは会計実務に携わる方々には少し異論のあるところかもしれません。

間もなく公表される金融審議会ディスクロージャー・ワーキンググループの報告書や、すでに公表されている会計監査のあり方に関する懇談会取りまとめ報告書、経産省「企業と投資家の対話促進委員会報告書」等で論点とされている事項の理解にも有益な一冊です。

また河井先生が提言されている①弁護士法23条による照会制度に匹敵する日本公認会計士協会による照会制度や②会社法上では行政罰として規定されている株式会社の計算書類等の記帳義務違反の刑事罰化といったことも、未だ実現はされていませんが、今後の法改正の課題になるのではないでしょうか。いや、おそらく東芝事件を契機とする会計監査制度に対する新たな規制手法の実効性が認められない場合には、今度こそ事後規制としての会計監査に対する司法の積極的介入が真剣に検討されるようになるものと確信しています(IFRS全盛の時代となればなるほど、会計基準の解釈に経営者自身による見積り、価値評価が重視されればされるほど、最終的には司法権による会計制度への介入が真剣に検討されるはずです)。

本書では1964年当時に河井先生が執筆されたもう一冊「経理不正と法律上の責任」についてもしばしば言及されておられるので、そちらも取り寄せました。また読み終えましたらご紹介したいと思います。

3月 13, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年2月19日 (金)

会計監査人を新日本監査法人から別法人に交代するリリースの解釈

東証1部のJACリクルートメントさんが、会計監査人の交代に関するリリースを出されています(3月の株主総会における付議案件の決定)。次期監査法人としては(新日本さんよりも)トーマツさんが適切と判断した、として新日本監査法人さんから交代するそうです。新日本監査法人さんが行政処分を受けた後、このように(新日本→別法人のように)会計監査人が交代するのは初めてではないでしょうか。

監査役会が会計監査人の選任議案の内容を決定することになるので、このたびの新日本監査法人さんの行政処分を受けて「別の監査法人に変更する」という監査役会の判断は十分考えられるところです。したがって、JACさんのような説明もありうると思います。逆に今後も新日本さんに会計監査を継続して選任する、という企業は(会社法430条やガバナンスコードとの関係から)株主総会、取締役会に対してそれなりの説明が必要になりますね(そもそも選任継続を決定するにあたり、新日本さんからどのような資料をもって説明を求めるか・・・というあたりも大事かと)。

ただ、新日本さんは改善計画のもとで監査の品質向上のために、いま、監査先企業への監査が適正であるかどうかを厳格に検証されているそうです(2月18日の日経ニュースによればば「東芝事件を受けて」とあります)。したがって逆に(品質向上のために)新日本さんのほうから企業の選別を図らねばならない・・・ということも十分考えられます。そうなると、新日本さんから別の監査法人に交代があった場合、「これは会社側から継続拒否となったのか、新日本側から拒否となったのか」株主や投資家としてはとても知りたいところではないでしょうか?

2月 19, 2016 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月 5日 (月)

東芝事件は不正リスク対応基準改訂の契機となるか?

9月末に、東芝さんの臨時株主総会が終了しましたので、東芝さんの会計不正事件も経営陣の法的責任問題、監査法人さんの監査の適正性に関する問題等、次のステージに入ります。10月3日の毎日新聞朝刊では、「不正会計問題、問われる責任 監査法人の指針策定を」と題するCPAAOB(公認会計士・監査審査会)千代田邦夫会長のインタビュー記事が掲載されていました。監査法人さんへの調査はまだ始まったばかりとのことで、コメントは何も述べておられないのですが、今後は監査法人さんの行動原則を定めたコード(指針)を策定することもひとつの方策だと述べておられます。

英国コードを模範とした監査法人向けの指針の策定は、当ブログでも書きましたが、今年1月の日経ヴェリタスにおける前CPAAOB事務局長のインタビュー記事でも「すでに検討している」とされていたので、このたびの東芝不正事件を契機に・・・というわけでもないように思われます。ひょっとすると上記千代田会長のコメントは、東芝事件を契機に検討のスピードが高まっている、といった趣旨なのかもしれません。ただ、この監査法人向けの指針というものは平成27事務年度の金融行政方針でも重点項目とされている「監査法人の品質向上」を目標(公益の番人たる監査法人の役割向上)としたものではないでしょうか。CPAAOBや日本公認会計士協会による監査法人検査や審査に資するものとして策定されるのではないかと。

むしろ今回の東芝事件を受けて検討すべきは2年前に施行された「監査における不正リスク対応基準」の見直しだと考えます。たしか同基準は会計監査に「より厳しいレベル」を求めたものではなく、従前からまじめな会計士さんが履行していた不正対応の監査の内容を明らかにしたものにすぎない、と(とりわけ監査法人サイドから)確認されてきました。したがって今回の東芝さんの件に関する基準適用においても、(基準施行後である前々期以降と限定することなく)すべての決算訂正時期について、この不正リスク監査基準によって監査の適正性を判断すべきだと思います。

これは野次馬の私見にすぎませんが、①とくに職業的懐疑心を発揮すべき「重要な虚偽表示の存在を示唆する状況」というのは、今回の東芝さんの件については認められるのか、認められるとするとどのような点を指すのか、②その状況が特定できた場合に、その虚偽表示(もしくはその虚偽表示の重要性)を打ち消すために監査人が収集した証拠は「心証形成に必要なほど相当程度収集した」と言えるのか、③証拠の収集や重要性判断において、監査委員会とは十分な連携を図ったのか、④たとえ未修正でも虚偽表示を認識した時点で現場の監査責任者と監査法人の審査部門とのコミュニケーションは十分だったのか、⑤有事監査を前提とした追加報酬に関する交渉はどのくらい行ったのか、といった点にはたいへん興味があります。

また、SELL-BUY取引が事業上の合理性に乏しく、実質的に循環取引に該当するのであれば、たとえば日立さんやシャープさんの同種取引の慣行との比較、取引相手方企業の監査担当者との意見交換等、もし不正リスク対応基準が改訂され、監査人間の意見交換が(守秘義務の解除特例として)容易になった場合には同種不正事件を防止できたのかどうか、といった点にも関心が向きます。「抜き打ち検査」というものがさらに基準で明確にされた場合にどうなるか…という点も同様です。

いずれにしても、このたびのCPAAOBの担当監査法人さんへの調査の結果、「やっぱり監査法人による監査の限界事例だ」として「おとがめなし」となれば、(社会的に見れば「監査の失敗」事例となるわけですから)なんらかの(監査における)不正発見機能を向上させるための施策が講じられることは間違いないと思います。それが監査法人向けコードの策定なのか、不正リスク対応基準の改訂なのかはわかりませんが、東芝事件の次のステージにおいて、監督官庁が監査法人に対してどのような施策を打ち出すのか、それは担当監査法人への調査結果と行政的措置が明確になってからの問題だと推測いたします。

10月 5, 2015 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年9月 1日 (火)

東芝をギリギリまで追い詰める「グループに残された自浄能力」

Img_0452昨日(8月31日)のエントリーで「今日は東芝さんが有価証券報告書を提出する日」と申しましたが、皆様ご承知のとおり、新たな不適切会計処理事案が国内外のグループ会社で10件ほど発覚したことで、報告書提出日が再延期(承認)されたそうです。一昨日(8月30日)に監査法人に報告書を提出して「なんとか明日までに監査を終了してもらえないだろうか?」と尋ねたところ、監査法人さんから「1日でなんてとんでもない!7日はかかる」と拒絶されたそうですが、そんなことってホントにあるのでしょうか?

しかも(そのような理由なら午前中に延期申請の開示があってしかるべきなのに)再延長申請の開示が31日の夕方ですよね?さらに夕方に再延長申請の開示をしたにもかかわらず、その1時間後には(再延期が)承認されたとする開示がなされています。ということは関東財務局の驚くべき「速攻承認」(超法規的措置?)が想定されますが、これは国策会社さんが申請者だからでしょうか、それとも他の新興上場企業でも同様の速攻は認めてもらえるのでしょうか?うーーん、これは謎です。いずれにせよ9月17日までは上場は廃止されることはないわけですが、とりあえずこれで名門企業の監理ポスト入りだけは回避されることになりました。

「守るべきは会社か正義か」

さて、今週の日経ビジネス(2015年8月31日号)は「東芝-腐食の原点」と題する特集が組まれております。私のコメントも42~43頁あたりに掲載されておりますが、そこには数々の東芝グループ社員から日経BP社に宛てた内部告発が紹介されています。中には録音によってパワハラの様子が克明に紹介されているものも含まれています。「まぁ、この程度はどこの会社でもあるんじゃないの?競争している組織なんだから」といった感想を持たれた方も多いかもしれません。しかしゼンショーさんの「職場環境改善促進委員会」の報告書を思い出していただけますでしょうか。みなさん、ご自身の成功体験や「自分もこうやって叱られて成長した」という思いがあるので、平時であれば(叱られる側も)「この程度なら」といった思いからグッとこらえておられるわけですが、いざ組織が有事となりますとパワハラ申告をためらわせる意識がなくなりますので、まさに不正発覚の起爆剤となります。

ここまではあまり驚くほどのことでもないのですが、本特集で驚くのは日経BP社の対応です。特集の最後に東芝グループの社員の方々に向けたメッセージとして、「守るべきは会社か正義か」と題して、さらなる内部告発を呼び掛けています。いまこそ、すべての膿を出し切るとき、新生東芝の出発のときとして、勇気を持って告発せよと慫慂しています。日経新聞が、このように内部告発を奨励する記事を掲載するのは本当に異例ではないでしょうか。紹介されている内部告発の中には、内部通報をしたが上司に筒抜けになってしまったという本社50代の研究開発部の社員の供述も掲載されていますので、公益通報者保護法上の「第三者通報の保護要件」を満たす可能性は高いはずです。

「日経がここまでやるか!?」と思っておりましたが、本日の東芝さんの対応(新たな不適切処理案件の発覚による報告書提出の再延期)と社長さんの謝罪会見の内容を聴き、たしかにまだまだ火種は残っているということがよくわかりました。わずか12日ほど前には「当然、31日には提出できます」と説明されていたにもかかわらず、このようなドタキャンに至るというのは名門企業としては考えられないところでして、グループ内では内部通報や内部告発に基づく不適切会計処理の発覚がいまだ相次いでいるものと推測されます(現に、社長さんの昨夜の記者会見では「今回新たに発覚した原因は監査法人の監査によるものと内部通報によるものがある」と明言されていましたね)。そして、そうであれば、日経BP社の上記のような呼びかけによってまだまだ東芝グループにおける不祥事が発覚する可能性は十分に残っています。9月7日の有報提出が無理となりますと、もはや上場を維持することも困難になるかもしれず、本当に東芝さんはギリギリまで追い詰められたことになりました。

ただ「ギリギリまで追い詰められた」といった表現は、野次馬的な片面的な物言いなのかもしれません。上記日経ビジネスの特集を読み、日経の対応だけでなく、もうひとつ驚くべきことは、日経BP社に集まった内部告発が問題としている不祥事の時期です。なんと告発は、不祥事が世間に発覚した後の社内問題にも寄せられているのです。つまり「守るべきは会社か正義か」というテーマは、今も続いていると思われる悪しき社内常識を、自浄能力をもって変えていかなければならない、といったメッセージが込められているとみるべきです。東芝という日本を代表する企業が上場廃止になるかどうか、といった問題はもちろん重要です。しかしそれよりも重要なことは、日本企業が真にグローバルに競争していく前提として、それにふさわしい労働環境を整備することであり、優秀な社員の方々がそのパフォーマンスを上げるための企業風土を自ら取り戻す契機が求められている、ということです。東芝さんにとって、上場を維持することと同じくらいに、企業風土の改革も大切なのでしょう。

9月 1, 2015 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年8月31日 (月)

東芝事件・有価証券報告書提出で始まるセカンドステージ

Iwanamisekai09(8月31日午後7時半 追記あり)

8月31日は東芝さんの15年3月期の有価証券報告書が公表される日ですね。概要・見込みについては既に8月18日に公表されていますが、P/Lに関連する会計処理の問題がB/Sにどのような影響を及ぼしているのか(また監査法人がこれを許容したのか)という点は注目したいところです。第三者委員会報告書の公表、これを受けてのガバナンス・内部統制の再構築のための新体制発表が第1ステージとするならば、今後は東芝を取り巻くステークホルダーがどのように動くのか、いよいよ有価証券報告書の提出後は第2ステージが開幕しますね。

※追記 本日夜、東芝さんの有価証券報告書提出期限の延長が承認されたそうで、9月7日期限とのことだそうです。

ところで第2ステージを読み解く上で、とても参考になると思うのが岩波書店さんの月刊世界9月号に掲載されている「東芝『不適切会計』事件の真相」というテーマでの細野祐二先生と郷原信郎先生の二つの論稿です。第三者委員会への批判や監査法人への批判という点は、私もすでに当ブログで私見を述べており、やや両先生方とは意見を異にしますが、やはり会計専門家、法律家の立場から、この会計事件を鋭く分析されていて共感できるところが多く、とても勉強になります。細野先生は同じく工事進行基準が問題となったIHI事件との比較において、東芝の場合には米国会計基準に基づく決算報告提出会社である点にスコープしています。WEC(ウェスティングハウス社)の「のれん」の減損テストや繰延税金資産の計上不能に関する論点のほかに「その他包括利益」を構成する株主持分変動(退職給付債務計算における数理差異等の調整額)にも焦点をあてて、「財務制限条項」抵触問題にツッコミを入れておられるところは興味深い。また郷原先生はオリンパス事件との比較において、東芝事件では会計事実ではなく会計処理上の評価に関する不正であることや金融取引ではなく日常的な取引に関する不正であることにスコープして、とりわけ監査法人の責任問題に論及されています。ココは私も別の機関誌で書かせていただいていますが、監査法人さんの問題を論じる上で重要なポイントかと思われます。

私的に第2ステージで注目したいのは(前から申し上げているところで繰り返しになりますが)監査法人さんと監査委員会との間でどんなやりとりがあったのか、という点です。どなたかがコメント欄でおっしゃっておられたとおり、これくらい大きな会社になると会計処理の方法やその結果など、経理担当者と監査法人で作りこんでいくのが実際の作業であり、その具体的な中身や適正性などは経営者にも監査役(監査委員会)にもわからないのかもしれません。しかし第三者委員会報告書を読むと、いくつかの場面で経理担当者と監査法人との証言が食い違っていたり、また経理担当者が監査法人対策をされていたことを示すメールも紹介されています。つまり会計基準の適用場面において両者が対立する場面もあったことが窺われます。

そのような場合、すでに2005年あたりからは、監査役(監査委員会)と監査法人との連携や協調によって解決を図ることが日本公認会計士協会や日本監査役協会の「共同報告」で示されていたはずであり、監査法人側が会計処理上で問題を抱えている場合には定期または臨時の監査役協議会において課題を共有するのが通常だと思われます。たとえば工事原価見積金額の確定による引当金の算定など、たしかに会計事実を隠ぺいしているものではなく、会計処理上の評価の問題ではありますが、評価のためにはその根拠事実が必要であり、根拠事実が不足しているのであれば監査役(監査委員会)に協力を要請するのではないでしょうか。会社は機関投資家ではありませんので、いくら「将来見積もり」が会計処理に影響するとしても、それは過去の実績からしか根拠事実として示すことはできないのです(これは企業会計の役割からみて当然です)。事業計画の評価など監査役(監査委員会)の業務ではありませんが、会計監査人が意見を形成するための根拠事実となる「過去の事実」を報告することは、監査役(監査委員会)にもできるはずです。

2005年ころまでの監査実務では「しょせん監査役(監査委員会)など、会計をわからない素人ばかりなのだから相談してもムダ」といった監査法人の意見が通ったのかもしれません。しかし2005年の会社法改正、2007年の金商法改正、同公認会計士法改正に伴い、会計監査人の監査役(監査委員会)への報告義務が強化され、法規範的にはもはや上記理由は通らなくなってきたのではないかと。会計監査上の課題はむしろ共有するのが当然の時代になったのですから、東芝のケースにおいても、会計処理上のどの課題は共有され、どの課題は監査委員会に伝えられていなかったのか、ぜひとも明確にしていただきたいところです。ここが明らかになると、会計監査人には責任があるが監査委員会には責任がない、逆に監査委員会には責任があるが会計監査人には責任がない、といった法的責任のトレードオフの関係も明らかになるのではないかと考えるところです。

8月 31, 2015 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年8月26日 (水)

東芝事件・監査法人の責任と「職業的懐疑心」

8月25日の朝日新聞朝刊経済面に「東芝不正、監査責任は」という見出しで監査人の責任に関する特集記事が掲載されています(ネットニュースではご覧になれません)。新日本さんだけでなく、トーマツさんのトップの辞任問題にも言及がなされています。なかでもCPAAOB(公認会計士・監査審査会)の千代田邦夫会長のインタビュー記事は興味深いですね(関西版は千代田先生の顔写真入りです)。東芝さんの9月の臨時株主総会が終了しても「監査の問題は残る」そうです。

CPAAOBとしても(新日本さんへの)検査に入る準備をされているそうですが、当局としては(予想どおり)原発事業とPC事業部門への関心が高いようで、「監査法人が職業的な懐疑心をもって監査していたのかが検査の主たる目的になる」とのこと。このあたりは私もJFAEL(会計教育研修機構)のニュースレター(もうすぐ発刊)の原稿にも一番のポイントとして書かせていただいたので、また関係者の方々はお読みいただきたいのですが、要するにいずれの場面も(第三者委員会報告書によると)東芝サイドの証言内容と監査を担当した新日本サイドの証言内容とが食い違っているところです。「東芝の内部統制報告を信頼していた」とか「セル・バイ取引は、実務において慣行化されていれば経済的合理性のある取引として容認できる」といった理由は通らないような気がいたします。

司法による責任追及とは異なり、行政による検査は監査法人にペナルティを課すということよりも、再発防止を目的とした業務改善を促すというものですから、不正リスク対応基準が施行されている現在、監査法人がどのように会社側と対面すれば職業的懐疑心を発揮したことになるのか、具体的な事例に沿って明らかになるのではないでしょうか。非常に注目されるところです。

なお、これは蛇足ですが、CPAAOBの事務局長さんは7月に交代され、現在は監査法人に対して厳しい対応をされる(との噂のある、女性大蔵官僚のあの)方が就任されました。監査法人さんとしては戦々恐々とされているのではないでしょうか(^^;。平成20年の大和都市管財事件大阪高裁判決以来、投資家が情報開示の不正によって被害を受けた事件において金融庁は「不作為の違法」による損害賠償責任(国賠責任)を問われかねない立場なので、監査法人に対して厳しい対応をとるのは当然といえば当然だと思われますが。。。

8月 26, 2015 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2015年8月11日 (火)

東芝のガバナンスにおける重要な不備-監査人の連携不全

お盆休みムードが漂う季節になりまして、私もようやく東芝不適切会計処理事件の第三者委員会報告書(全文)を読める時間がとれました。本日、同書を精読いたしまして「おや?これは・・・。」と思ったのが会計監査人と監査委員会との連携に関する事実認定がまったく記載されていないということでした。末尾の「再発防止策の提言」のところにも何ら記載されていないので、おそらく第三者委員の方々も、あまり関心が向いていなかったのかもしれません。もちろん、マスコミでもほとんど「連携」については報じられていないようです。

たとえば電力事業部門における海外子会社(ウェスティングハウス社)の原価見積額増加案件については、その損失計上における「引当金」の算定にあたり、会社と監査法人間で「未修正の虚偽表示」の重要性について議論がなされ、提携先であるE&Yの意見とも齟齬が生じていました。「引当金」の金額決定について、監査法人にとっては喫緊の課題となっていたにもかかわらず、なぜ会計監査上の重要課題を監査委員会と共有しなかったのでしょうか?(ちなみに監査役・監査委員会は、会計監査人の会計処理の方法及び結果について、その相当性を審査して監督する立場にあります)また、PC部品取引における押し込み販売案件では、ぎゃくに費用計上問題が監査委員会では問題視されていたにもかかわらず、なぜこれを監査法人と情報共有して是正を図ろうとしなかったのでしょうか?最近、私の本業(不正調査)で伺う上場会社では、不正リスク対応基準が浸透してきたためか、監査法人と監査役とで協議をして経営陣に過年度決算訂正を迫る事案も増えてきています。

日本監査役協会でも、また日本公認会計士協会でも、平成18年より「会計監査人と監査役(監査委員会)との連携に関する実務指針」が公表され、その指針内容はますます連携強化の方向に向かっています。不正の兆候を見つけた会計監査人は、これを監査役(会)に連絡をして、その兆候の真偽について対応を促します(もちろん、その結果として、計算書類や財務諸表の重要な虚偽記載の疑いが解消されればよいわけです)。また監査役が会計監査上の問題点を見つけたときは、専門職である会計監査人に連絡をして、その意見に基づいて会社法上の権限行使の可否を判断することになります。したがって監査役にとっても、また監査法人にとっても、適切な連携を怠ることはガバナンスにおける重要な不備であり、法的責任の有無に影響を及ぼすことになると思われます。

監査役といっても、所詮は経営トップの人選で決まることが多く、監査役会として厳しい意見を言えないことがあります。また会計監査人といっても、所詮は会社と報酬契約を締結しているわけであり、それこそ金融庁から課徴金検査等でも始らないかぎりは、会社側に厳しい意見をつきつけるには胆力が必要です。さらに東芝のケースでは、不適切な会計処理方針を自ら決めた経営執行部の方が監査委員会の委員長に就任していた、という事情もあったようです。

しかしいかに現実に「モノを言う」ことが厳しいものであったとしても、監査人に対して法が要求する行動をとらなければ善管注意義務違反と認定されてしまいます(この法理はすでに大原町農協監事損害賠償事件最高裁判決や、セイクレスト損害賠償事件大阪高裁判決が示すところです。また相談を持ちかけられたにもかかわらず、これを無視して会社役員の損害賠償責任が認められたのがライブドア一般株主損害賠償請求事件東京地裁判決であり、福岡魚市場事件株主代表訴訟の福岡高裁判決です)。会計監査人にとっても「この会社の監査役さんは頼りないからなあ。。。相談してもムダだよなぁ」は通用しないのです。「連携」というのは実務指針であり「法ルール」ではありませんが、監査基準や不正リスク対応基準でも取り上げられているところであり、もうそろそろ監査人の注意義務のレベルを判断するためのモノサシとして取り扱われる時代になってきているのではないでしょうか。

監査法人と監査役が一致団結して経営トップに自浄能力発揮のための決断を迫るのであれば、経営者もこれを無視するわけにはいきません。金商法193条の3に基づく監査法人の是正要求通知を発動するほどではないけれども、合理的に不正の兆候が疑われる場面においては、監査役(監査委員)も、会計監査人も、それぞれの疑問を相互に共有することを当たり前のものとして理解する必要があります。会計監査人や監査役個々では、なかなか経営トップにモノを言う勇気がなくても、団結することでなんとか監査人としての意見表明を明確に述べることが期待できるのではないでしょうか。株主との対話が求められる時代、機関投資家の方々には、ぜひとも監査役に対して「現在、会計監査人との間において、御社ではどのような点に重要な内部統制上のリスクがあると話し合っているのか?」と質問してみてはいかがでしょうか?資本コストを下げるためにはどうしても聴いておきたいリスク管理のポイントかと思料いたします。

8月 11, 2015 不正を許さない監査 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年6月19日 (金)

FCPA疑惑は直ちに報告すべきである(オリンパス贈賄疑惑事件)

6月17日の朝日新聞(法と経済のジャーナル有償版)において、オリンパス社の中国における贈賄疑惑調査の件が報じられています。これまで同社は(中国国内の件について)公表していませんが、現地法人に対する監査役監査で疑惑が発見され、監査役の指示で社外弁護士による調査が開始されているとのこと。調査開始からすでに4カ月が経過しているそうです。現地における税務処理を任せていたエージェントに対する報酬管理に問題があったようですが、エージェントとの間における報酬契約の内容を明確にしておくことはFCPAリスク管理において重要なポイントと言われています(そうでないとエージェントが政府高官に賄賂提供することを容認していた、と受け取られかねません)。

オリンパス社会長さんの発言では、「おそらく米国司法省が動く可能性は乏しい」とのことですが、日本および米国司法省への事実の開示は重要なポイントです。丸紅事件では、米国司法省に事実を申告しなかったことが重罰根拠(罰金額の増額根拠)とされているので、贈賄疑惑が発覚した場合には直ちに社内調査に乗り出すことが取締役の善管注意義務の履行になるものと思われます。とりわけFCPAでは内部告発奨励制度の適用があり、社内外の者が告発することで高額の奨励金をもらえるとなれば、不正は必ず発覚すると認識しておくべきです。そのような意味において、オリンパス社の監査役さんが直ちに外部専門家による社内調査委員会設置を促し、たとえ軽微な事件の可能性があったとしても、同社が速やかに米国司法省へ事実を開示したことは取締役の善管注意義務の履行を促すものとして正しい選択であったと考えます。

Uirfggただ、日本企業はどうも未だFCPAリスクについては認識が甘いようで、現地法人を含めたコンプライアンスプログラムを実践している企業は少なく、また現実にFCPA疑惑が浮上した場合であっても、これを日本や海外当局に報告するための社内調査を徹底する気運があまりないように感じます。

左は今年3月に国広総合法律事務所の方々が書かれた本でして、いわゆるFCPAの「お勉強」の本ではなく、FCPAリスクのマネジメントを示した実践本です。

海外贈収賄防止 コンプライアンスプログラムの作り方(国広総合法律事務所 レクシスネクシス 2015年)

内容は一般企業の経営者や実務担当者向けに書かれたものなので、非常に読みやすいもので、FCPAによる摘発の脅威、FCPAの未然防止から危機対応までの実践のイロハ等が示されています。とりわけファシリテーションペイメントの理解として、便益ガイドライン、経費負担ガイドライン、寄付手続き等を社内ルール化するという発想は、海外事業を展開する企業にとって必要なものかと思います。時代によってリスクは変わりますが、こういった基本的な発想を理解しておく必要があります。

日本企業を取り巻く最近のFCPA事件のリスクだけでも本書で認識しておかれてはいかがでしょうか。「共謀概念」やジョイントベンチャー推進上のリスクなど、あまり日本法においてなじみがない不正リスクについても理解しておくことは、企業および役員自身の身を守ることにもつながるはずです。上記の朝日記事には、会長さん自らパソコンの中身をすべて提供し、オリンパス社はガバナンスや内部統制に至るまで徹底的な調査を行い、米国司法省には「何も隠していない」ということを示すための情報開示を行っていることが報じられています。「司法省の調査が開始されたら対応しよう」では遅すぎますし、罰金の減額が得られなければ明確に役員の法的責任に直結するため、日ごろからのプログラム実施が求められる時代になりつつあると言えます。まさに企業集団内部統制の典型例かと。

6月 19, 2015 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年12月 9日 (火)

もう社内調査では済まされない?-不正リスク対応基準の浸透度

ひさしぶりの「不正を許さない会計監査」シリーズです。本日(12月8日)、清水建設系の日本道路さん(東証1部)が、不適切な会計処理に関する再発防止策を発表されましたが、これは先週金曜日(12月5日)にリリースされた同社不適切会計処理事件に関する第三者委員会報告書の提言を受けてのものです(「粉飾ハンター」の異名を持つあの方が委員長だったのですね)。

ある小さな出張所の元所長らが工事の損失隠ぺい等を目的として「原価付け替え」により工事原価を過少に計上し、また売上の前倒しを行っていた、というもので、建築系企業としては典型的な不正行為が行われていたものです。この報告書を眺めていると「この程度であれば社内調査委員会報告で足りるのではないか」「これは建設会社に独特の事情によるものであり、当社では特に関係はない」といった疑問や意見も湧いてきそうなところです。

ひとつの事業所の多数の社員が不正を認識しながら、誰ひとりとして通報制度を活用しなかったところに私の最大の関心がありますが、本日はそこには触れません。むしろ本日は「不正リスク対応基準が企業の不正リスクの顕在化に及ぼす影響はかなり大きなものになりつつある」といった(どこの上場会社にもあてはまる)ポイントに焦点をあてたいと思います。

たしかに今回問題とされている一事業所内の不正行為だけを取り上げれば、その事実関係を社内調査できちんと把握して会計監査人に報告すれば足り、わざわざ高い報酬を支払って第三者委員会まで設置する必要はないようにも思われます。しかし、同社ではこの5年間に同様の個別案件で担当者が懲戒相当となったものが4件ほど認められます。また2年ほど前の同種事案では、再発防止策なども検討されたようです。そこで会計監査人としては、この会社の「統制環境」を問題にします。なぜなら、ひとつひとつの不正事件は小さなものであったとしても、これを繰り返すことが「重要な虚偽表示リスクの存在を示す状況」だとみなされ、「他にも同様の不正が隠されているのではないか」との疑惑を生じさせます。ここで統制環境(全社的内部統制)がしっかりしていればよいのですが、そこに不安があれば「経営者の陳述を信用するには網羅性を判断できる証拠が必要」ということになります。

そこで、もはや社内調査委員会では対応できず、今回のようにフォレンジック部隊や多数の弁護士が1カ月間の調査を必要とするような「ないことの証明」が求められることになります。この第三者委員会報告書では、「他では同様の不正は起きていない」ということをフォレンジックや多数のヒアリングを通じてステークホルダーに説明しています。

第三者委員会の調査次第では、会計監査人の監査見逃しリスクさえ掘り起こされかねない事態ですが、それでもあえて会計監査人が「第三者委員会調査を必要とする」と会社側に要望するのは、やはり不正リスク対応基準の存在が大きいからではないでしょうか。上記第三者委員会報告書の内容も、監査基準委員会報告書240「財務諸表監査における不正」を意識した書きぶりになっているように思われます。ステークホルダーに向けて書かれたものではありますが、会計監査人の不正リスク監査を横目で見ながら・・・といったイメージがうかがえます。

このように不正リスク対応基準が監査の世界に浸透している以上、上場会社は、たとえ小さな事業者内のごく少数の社員による会計不正行為であったとしても、普段からこれを是正することに注力すべきです。単に担当者の懲戒処分で一件落着とせず、その未然防止や早期発見の具体策を運用に活かさなければ、今回の日本道路さんと同様「この不正は全社で起きているのではないか」との疑惑を抱かれ、高額な第三者委員会費用を支払うリスクが生じることになりかねません。まさに企業の「統制環境」という内部統制の「一丁目一番地」が問われることになります。

12月 9, 2014 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月30日 (金)

公認会計士の「不正との遭遇」と職業的懐疑心

本日(5月29日)の日経新聞ニュースによりますと、粉飾決算で会長らが逮捕されたインデックス社について、実は2007年の段階で、当時の会計監査人が架空循環取引を指摘していた(指摘によって同社は修正をしていた)と報じられています。当時、不適切な会計処理を指摘した監査人(監査法人)は、その年に監査契約打ち切り(正確には任期満了)となったそうですが、契約打ち切りを覚悟してでも、会計不正を許さなかった監査法人の姿勢は素晴らしいと思います。

ただ、この2007年の指摘問題については、当時から監査指摘事項書のような内部資料が流出していたもので、ここではリンクを貼りませんが、結構、業界では話題になっていましたね。なぜ監査法人作成資料が世に流出したのかはわかりませんが、不正リスク対応基準などが施行される以前から、監査法人さんが、指摘事項をきちんと書面にまとめることは「ごく普通に」やっておられたものと思いますし、まじめに不正監査に取り組んでおられた会計士さん方には、あたりまえの対応だったのかもしれません。

さて、このインデックス社の事例のように、会計不正事件が明るみにならなければ、なかなか会計監査人による不正の指摘といった事例には巡り会わないのですが、日本公認会計士協会さんは、5月23日、「監査業務と不正に関する実態調査」と題する会員アンケート調査の結果を公表しておられます。社会一般に対して、公認会計士が不正な財務報告とどのように対峙しているのか、その赤裸々な現実を公表したもので、いわゆる「期待ギャップ」を埋めるための第一歩として、たいへん評価すべき成果品だと思います。その調査結果から結果の評価・分析に至るまで、とても力のこもったものに仕上がっています。本年4月15日に当ブログでも結果概要が公表された段階で、「JICPA不正実態調査の読み方」と題して感想を述べさせていただきましたが、そのときの素朴な疑問に対しても、今回の報告書2頁で詳細に回答していただきました。

この実態調査の中で、なんといっても衝撃的なのは、マスコミでも取り上げられていたとおり、過去10年で、会計監査に携わっておられる中堅以上の会計士の皆様が、平均2件ほど不正と遭遇したと回答されておられることです。「ひとり平均で2件以上・・・、うーーん、結構多いのでは」といった感想を誰もが持たれると思います。もちろん、不正の内容としては、従業員の資産横領・流出という形態も多く、すべてが粉飾事案というわけではありません。しかし、会計監査人は、それほど不正を発見していながら黙っているのだろうか、それとも決算を修正させているのだろうか(たとえば先のインデックス事件のように)、将来の不正の危険については投資家に知らせる必要はないのだろうか、と若干の疑問を抱くところです。

それはともかく、4月の結果概要の公表時とは異なり、今回の正式版公表にあたっては、素直に最後まで読み、不正に立ち向かう公認会計士さんの赤裸々な姿に敬服しようと心に決めていたのですが、またまた(?笑)、どうしてもツッコミたくなってしまいましたので、一言だけ書かせていただきます。

先ほど、「ここ10年で一人当たり、会計監査人は平均2件の不正に遭遇している」との結果をご紹介しましたが、報告書8ページで紹介されている合計件数表を見ますと、一件も遭遇していない監査人が半分以上いらっしゃるのに対して、約3%の方が11件以上もの不正に遭遇していると回答されています(5件以上の方を合わせると、13%以上)。つまり、人数でいうと3分の2の会計監査人の方が、不正との遭遇は0または1回ということになります。また、「どうして不正と遭遇したのか」という、不正発見の端緒に関する質問に対しては、ダントツ(40%以上)で「証憑突合、文書の査閲等の監査手続きによる」ものと回答されています。つまり、偶然の出合い頭に不正に遭遇したのではなく、ご自身の疑惑解明に向けた対応によって不正に遭遇されている方が圧倒的に多いのです。

この結果から生じる素朴な疑問は、「このアンケートは、監査を担当する公認会計士の実力はすべて同じということを前提にしているのではないか?そもそも監査を担当する公認会計士にはそれぞれ実力の差があって、同じ事象を精査しても、不正に遭遇することができる会計士と、遭遇することが実力的に困難な会計士がいるのではないか?」といったところです。私、不正調査を本業としているものなので、ときどき会計士さんとお仕事をご一緒する機会がありますが、「不正調査」という会計監査とは若干異なる分野ではありますが、やはり公認会計士さんの実力の差というものは痛感するわけでありまして、不正との遭遇も、それなりの実力があるからこそ可能なのではないか、実力がなければ不正に遭遇すること自体ができないのではないか・・・とも思えるわけです。

誤解のないように、あらかじめ弁明いたしますが、私は「不正との遭遇が1件もない、ということは実力がない」ということを申し上げるつもりではありません。そうではなく、これほど不正との遭遇回数に差が生じるということは、たまたま財務報告に熱心な会社と、そうでない会社を担当した、という偶然だけでは済まない要素が、不正との遭遇回数には影響しているのではないか、と考えられるからです。そこに焦点を当てた質問がないかなあと探していたのですが、見当たりませんでした。

では、その実力の差とは一体なんだろうか?と考えますと、それは「とても頭が良い」とか「会計的素養に長けている」といった優秀さよりも、もっと泥臭いといいますか、基礎的なところといいますか、いわゆる職業的懐疑心をどれだけ発揮できるか・・・というところなんではないか、と思ったりするわけです(すいません、ここは全く門外漢なので、あくまでも素人的発想です)。優秀な弁護士といっても、それは法律構成が素晴らしいとか、切り返しの鋭い反対尋問で相手方証人をこてんぱんにやっつける、といった「頭の良さ」もあるかもしれませんが、私が訴訟の相手方にしたくない優秀な弁護士というのは、現場に出向いて丁寧に証拠を拾ってくるとか、関連判例をいくつも調べてくるとか、ともかく費用対効果を考えずに事件に勝つために人一倍汗をかくタイプの弁護士です。やはり会計士の方々の中にも、どんな事件でも職業的懐疑心を人一倍高めて、投資家のために熱心に重要な虚偽表示の可能性を検討するタイプの方々もいらっしゃると思いますし、そういった方こそ、不正監査というレベルでは実力者なのではないか・・・と考えるところです。

私の前著「法の世界からみた会計監査」の中でも、「なぜ弁護士には人気ランキングがあって、会計士にはないのか?」といったことを、まじめに検討してみましたが、会計士さんの実力というものは、図るモノサシがたくさんあって、いろんな角度から眺めると、ちがったランキングが出来上がってしまうものではないでしょうか。この実態調査報告書の最後のところで「不正と遭遇して、あなたはどのような顛末を迎えましたか?」という質問に、8%の会計士の方が「不正な会計処理は修正されなかったが、重要性の観点から最終的に無限定適正意見を表明した」と回答されています。これはとても危ないな・・と思います。自らのリスク管理に長けている会計士さんがこれを使うことについては何も言うことはありませんが、重要性の基準で、というのはおそらく経営者に何も言えない(勇気のない)自分を慰めるときにも使えてしまうような気がします。毅然とした態度をとり、たとえ契約を切られても「俺が会計基準だ」と言い切れるほどのかっこよさこそ、公認会計士の社会的使命を世間に印象付けるものではないかと思うところであり、そういったところを不正リスク対応基準が支える役割を果たせたらいいのではないか、と考えています(すいません、ひとこと・・・と言いつつ、また書きすぎてしまいました。今年も会計教育研修機構等でそれなりの貢献を果たしますので(笑)、どうか出入り禁止にはしないでくださいね>JICPAさま)

5月 30, 2014 不正を許さない監査 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2013年12月20日 (金)

きっと有能な監査役(監事)さんは世間にたくさんいるはず・・・(と信じたい)

読売新聞の地方版ですが、例の長野県建設業厚生年金基金の横領事件に関する監査の問題点が報じられています。記者さんが、かなり頑張って詳細に調査されたことが窺われます(読売新聞ニュースはこちらです)。

これを読みますと、組織として監査の重要性に関心がなかったように思われます。ルール通りに権限分掌、ダブルチェック、ローテーションが行われていたとしたら、たとえ監査にずさんなところがあったとしてもこれだけ大きな不正は防止できたはずです。しかし予算の関係等からか、ルールが守られなかったため、月例監査に大きな疑問が投げかけられているように読めます。

厚生年金のガバナンスについて、最近ある方からお教えいただいたのですが、内部統制に関するルールが遵守されていない年金基金も散見されるようなので、おそらく今回のような横領事件はひょっとすると他の基金でも発生した(もしくは発生しそうになった)ことがあるのではないかと思います。

ただ、昨日のエントリーにコメントをいただいたサンダースさんがおっしゃるとおり、監事さん(監査役)の頑張りによって不正を未然に防止したり、不正を早期に発見できていたのでしょうね。不正は発生しても、監事さんの日ごろからの頑張りによって早期に発見して、そのまま組織の中で処理をした、という成功例は、ひょっとして多く存在するのかもしれません。

本事例に即してみれば、たとえば加入会社に対して未収金の存在を確認する、運用に関する口座をチェックするといったことを監事監査でおやりになっていれば、そもそも経理担当者が(いくら長期にわたり、単独で責任管理をしていたとしても)不正の機会や動機が欠如しますので未然に防止できるはずです。

記事に登場される会計士さんは「第三者の目が必要」とおっしゃっておられますが、もちろんそれがベストだと思います。ただ、会計専門職の導入を必須とする前に、もう少し監査の重要性を組織として認識することが先ではないかと。第三者の目を必要とするのであれば、むしろ当該組織の内部統制や監事監査の様子を第三者が評価する、といったことも検討してはいかがでしょうか。内部統制の面では、先ほど述べたように権限分掌やローテーション、ダブルチャックの様子、そして監事監査においては、その監査の状況をきちんとモニタリングするだけでも違うと思います(内部統制システムと監事監査の総合的評価)。

こういった事件が発覚して「監査人や監査役は何をしていたのか」という批判が出てきますと、「チェックすべき資料について偽造されてしまえばお手上げ、見抜くことは困難」といった理由が関係者から漏れてきます。しかしそれでは思考停止に陥ってしまいます。今回の事件では、本当に関連証拠を偽造されてしまえば監査はお手上げだったのかどうか、検証する価値のあるものだと考えています。

12月 20, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (8) | トラックバック (0)

2013年7月11日 (木)

監査が杜撰(ずさん)だからこそ?発覚した経理担当者の横領事件

7月9日、広島県のウッドワン美術館は、経理担当の男性職員(41)が少なくとも約5000万円を着服したため5月20日付で懲戒解雇したことを公表しました(今後は刑事告訴の予定だそうです たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。約10年間にわたり、経理担当者としての地位を利用して売上の一部を帳簿から消していたり、経費を実際よりも多めに計上していたとのこと。東証1部のウッドワン社の保有する美術品等を所蔵する地元では有名な美術館なのですね。

実際の入館者数と売上金額とが食い違っていたこと、予算と決算額にかい離が認められたことなどから、今年5月の理事会で疑惑が浮上し、その後社内調査によってこの経理担当者の会計不正が発覚したそうです。読売新聞ニュースによりますと、経理担当者は「監査がずさんだったため、ばれないと思った」と供述しているそうで、このような供述内容を知りますと、組織側としてもなんともかっこ悪いところかと。ちなみに美術館のトップの方々も理事会で辞任の意向を示されたそうです。

さて、こういった記事を読みますと、「監査がしっかりしていたら業務上横領事件は防げたのではないか、組織側の怠慢ではないか」との声が聞こえてきそうです。しかし不正調査の実務に携わる者として、ときどきこういった横領事件に遭遇するのですが、本当に監査がきちんとできていれば横領を発見できたかというと、それほど甘いものではないと思っています。

よく、クレッシーの法則である「不正のトライアングル」を引用して、動機、機会、正当化根拠がそろった場合に不正事件は発生するといわれます。本件にあてはめて考えますと、この経理担当者には、遊興費欲しさという「私利私欲のため」という動機があります。また、経理担当者という立場で、帳簿を勝手に書き換えることができる「機会」が存在します。さらに、報道によるとすでに被害額5000万円は返還しているとのことなので、「いつでも返そうと思えば返せる(これは一時的な流用なのだ)」という正当化根拠もそろっています。ということで、この経理担当者が横領行為に走る要件はそろっていたといえそうです。

では、監査がズサンだったという理由は、どのように事件の中で位置付ければよいのでしょうか。一見すると横領を行う「機会」が存在したことの要件として取り上げることが素直に思えてきます。しかし、私は「監査がズサンだった」というのは、むしろ手口が次第に大胆になっていったことの理由として位置付けるほうが妥当ではないかと推測します。こういった経理担当者の不正取得事件というのは、最初はとても小さな金額から始まります。少し様子をみてバレないと安心すると、次第に1回の不正取得の金額が増えてきます。そのうち1回10万円だった金額が、1回で100万円ほどの大胆な不正取得に変わります。おそらく、この一気に取得金額が高まるときの自分の犯行への言い訳として「監査がズサンだからバレない」と言い聞かせていたのではないでしょうか。

少し逆説的な言い方かもしれませんが、監査がしっかりしていたら、経理担当者のチョロチョロとした横領行為は今でもバレていないのかもしれません。決算書に潜む数字の不自然さは監査によっても感じることができなかった可能性があります。むしろ監査がズサンだったからこそ、彼は一気に横領額を増やしたのであり、また大胆になれたのであり、だからこそ理事会が違和感をもって不正調査を開始するに至ったのではないでしょうか。10年で5000万円とすると年500万円の着服があったと想像できますが、実はそうではなく、最初の1年はお小遣い程度だったのが、最近は年に着服額が1000万円以上に膨らんでいた・・・というのが結構リアルな実態ではないかと。こういった事案を読みますと、いつも「監査の限界」というものを感じるところです。

7月 11, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2013年7月 3日 (水)

JICPAが「不正調査ガイドライン(公開草案)」を公表

本日(7月2日)、日本公認会計士協会(経営研究調査会)さんが不正調査ガイドラインの公開草案をリリースされました。「 日本公認会計士協会(経営研究調査会)では、公認会計士が実施する不正調査の業務が増えているものの、こういった不正調査業務が体系的に整理されていなかったことを踏まえ、現在一般的に不正調査業務で利用されている概念、手続及び手法について検討してまいりました」とのことで、意見を公募されています。70頁以上にわたる膨大な研究報告であり、このような体系的なガイドラインの素案をまとめてこられた研究会の皆様に敬意を表したいと思います。

まだチラっとしか眺めておりませんが、体系的には公認不正検査士協会(ACFE JAPAN)で、これまでまとめ上げたり、海外から紹介してきた理論が多数採用されているので、ACFEの理事を務めさせえていただいている私としましても感慨深いものがあります。この不正調査ガイドラインの広報により、カッコいい会計士さんが増えることを期待すると同時に、今後ますますCFE(公認不正検査士)の資格取得者が増えることを願っています。また、日弁連第三者委員会ガイドラインについても数か所において参照されているようですが、弁護士および会計士の協同作業が必要となる第三者委員会の活動について、双方の協議を行う上でも活用されるといいですね。

実際に不正調査を本業としている者としては、海外不正リスク、海外から訴えられるリスクへの配慮というものも含まれていたらいいかなぁと思います。たとえば海外子会社の会計不正事件の調査においては、証拠毀損による会社の不利益に配慮する必要がありますし、現地の(法人および従業員個人の)弁護士の秘密特権侵害のおそれもありますね。また、粉飾決算(証券詐欺)の不正調査においても、その調査委員会が会社とどのような関係にあるのか(会社の利益のための委員会なのか、それとも中立公正な第三者委員会なのか)といったところを(海外の司法当局や投資家から訴えられるリスクに配慮して)明確にしておく必要もあります。私も海外不正調査の専門家ではありませんので詳しいところまでは不案内ですが、初動対応を間違うと企業自身に更なるリスクを発生させてしまうので、気を付けておきたいところです。

7月 3, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年6月13日 (木)

アイレックス粉飾決算事件と監査役の調査義務のレベル

当ブログをご覧の皆様にとりましては、もうすでにご関心が薄れてしまっているのではないかと思いますが、拙著「法の世界からみた『会計監査』」の4回目の増刷が本日決まりました。本当にたくさんの方にお読みいただきまして、感謝しています。以下本題。

6月10日、システム設計・開発を手掛けるJDQ上場のアイレックス社は、幹部社員による架空の締め後売上の計上による不適切会計処理を調査した第三者委員会報告書を公表しています(リリースはこちら)。本委員会報告書では、内部統制における重要な不備について指摘するとともに、不適切な会計処理を実行したのは幹部職員だが、営業担当取締役、管理担当取締役も加担していたと言わざるを得ないと判断しています。また会社側も、リリースにおいて、この第三者委員会報告書の判断を認めているようです。

ところでこの事案では、親会社(56%支配)から派遣されたものではなく、ほぼプロパーといえる常勤監査役さんが活躍されていたようです。監査法人による(取引の実在性の疑義に関する)指摘を受けて(就任からわずか5か月後)、代表取締役社長に監査法人からの指摘事項の改善状況を質問しています。ところがなかなか改善状況が明確にならないことから、常勤監査役さんは、親会社の社長さんのところへ状況を報告し、相談をしたようです。そこで親会社の社員6名が中心になって調査委員会が立ちあげられ、今回の不適切会計処理が発覚、第三者委員会の設置という流れとなりました。

つまり、アイレックス社の常勤監査役さんの「親会社への状況報告および対応に関する相談」がなければ、この不適切会計処理は監査法人さんの監査結果を待たなければ発覚しなかったのではないかと思われます。親会社に子会社の不正の兆候を報告し、対応を求めるという行動がどうなのか、という点はありますが、監査役実務を考えますと、ずいぶんと評価される行動ではないかと。

しかし、アイレックス社の第三者委員会は、こういった常勤監査役さんの一連の行動にはある程度の評価をする一方で、監査法人から架空売り上げ計上に関する疑問点の報告を受けた段階で、なぜもっと早く自分で調査をしなかったのか、具体的な調査方法も容易に認識しうるところであったにもかかわらず、不正実行者らの虚言を信じ、決算年度末まで担当者らの修正を見守っていたのは、監査役としての職務執行が不十分であったと言わざるを得ないと判断されています。なるほど、なかなか厳しいご意見です。

たしかに「子会社監査役」という立場であれば、第三者委員会が指摘するように、子会社取締役の職務執行の適法性をチェックするための調査権限を十分に行使する必要があったと思います。ただ、親会社が子会社の営業戦略に絶大な力を誇るようなケース(本件も、そのようなケースであると第三者委員会報告書に記述されています)では、子会社監査役がどこまで独立性をもって子会社取締役の監査ができるか、という点はなかなかむずかしいというのが実務的な感覚です。子会社取締役が直接的に不正に関与しているのであればなおさらだと思います。むしろ子会社監査役が親会社監査役や(今回のように)親会社の経営トップに不正を報告できるような体制を整えておいたほうが、未然防止や早期発見ということからすれば効果的ではないかと思います。

もちろん会社法の解釈からすれば、子会社監査役は独立した立場で子会社経営陣の行動を監査すべきであり、そのための調査権限を行使すべき、というのが正当なものです。しかし内部監査部門に専業者もいないような組織において(本件ケース)、監査役監査が孤立した状況になってしまわないか、益々監査役としての職務執行が困難な状況となるのではないかという懸念が残るのも事実です。このあたり、現役の常勤監査役の皆様はどのようにお考えになるのでしょうか。

6月 13, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月28日 (火)

金融庁の佐々木審議官より書評をいただきました(経営財務)

Shohyo0342おかげさまで、発売から2か月で4刷となりました拙著「法の世界からみた『会計監査』-弁護士と会計士のわかりあえないミゾを考える」でありますが、このたび経営財務の最新号(3115号)にて、金融庁検査局審議官、公認会計士・監査審査会事務局長でいらっしゃる佐々木清隆氏より書評をいただきました。

佐々木審議官といえば、ご存じのとおり、当ブログでも「金〇庁のチョイ〇るおやじ ことS審議官」として著名な方ですが、このたびは金融検査、監査法人チェックでお忙しい合間をぬって最初から最後までお読みいただき、各章へのコメントをいただいております(どうもありがとうございます<m(__)m>)。もちろん佐々木審議官の個人的な意見という形だと思いますが、市場の健全性確保のために規制する側が「法と会計の狭間の問題」についてどのように考えているのか、というところをいろいろと推測するにはたいへん参考となる内容です。とりわけ当局の事前規制的手法の在り方、リスク・アプローチへの理解、会計監査人と監査役の連係問題などについては、佐々木氏の「思い」が垣間見られ、書評を超えて、一読の価値があります。

書店販売ではございませんが、もし会社等で定期購読されておられる方々がいらっしゃいましたら、ぜひともお読みいただければ幸いです。すばらしい書評を頂戴し、あらためて佐々木審議官には感謝申し上げます。なお、この後も著名な方々の書評が続々と登場する予定でございます。

PS  レックスHD事件の高裁判決が出ていることを旬刊商事法務で知りました。すでに川井先生のブログで解説されていますが、これ、たいへん興味深い判決内容です。最近の企業法務に関する裁判所の審査の在り方にも関連する内容で、私も判決全文を読んでみたいところです。

5月 28, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (6) | トラックバック (1)

2013年2月12日 (火)

私財を投入しても不正は隠せない-マツヤ会計不正内部告発事件

昨年12月28日、不適切会計処理に関するリリースが出ておりました食品スーパー展開のマツヤ社(JDQ)が、第三者委員会調査報告書(要旨)を公表しておられます(調査委員会の報告および当社の対応について)。経営トップまで粉飾に加担していた、とのことで社長、副社長の辞任も併せて公表されていますが、架空の仕入割戻しを計上することで過大な利益を計上していたものであり、過年度決算の訂正をされるそうであります。信濃毎日新聞ニュース が事件の概要を伝えております。

社内におけるリベート計上に関する(財務報告の信頼性向上のための)内部統制システムの整備および運用に問題があったことを、この報告書は丁寧かつわかりやすく検証しているため、再発防止策に説得力があります。経営者関与の粉飾事案について、どこまで実効性があるかは意見が分かれるかもしれませんが、本事案を読むと、内部監査部門の充実がいかにリスク管理にとって重要か、とても理解できるところです。また、地域(長野県内)における大手スーパーとの競争激化によって業績が悪化したため、他社から迎え入れた剛腕幹部の力量に期待したものの、この方が現場に相当のプレッシャーをかけてしまったことから粉飾を容認するに至ったストーリーは、他社にも参考になるところかと。

それにしても、経営トップが粉飾に気付き、副社長、専務と一緒に合計6000万円を(私財をもって)穴埋めした3か月後、同社の監査を担当する監査法人に粉飾に関する内部告発が届いています(告発事実の一部は不正確なものでしたが)。ここは単なる推測ですが、他社からやってきた剛腕幹部に対する社員の憤りだったのかもしれません。また、この内部告発によって社内調査が開始されることになりますが、これだけ多額の穴埋めをして「なかったことにしよう」と考えていた社長以下3名の方々は、この内部告発をどのように感じておられたのでしょうか。なんとか内々に処理できる、と考えていたところで、監査法人から不正の疑惑をつきつけられたものでありますが、やはり「不正の隠ぺい」は代償が大きいなぁと改めて認識するところであります。監査役も経営執行部に対しては、不正の端緒(在庫商品の急激な増加)を指摘し、内部統制システムの強化を求めていたところだったので、不正調査に関する監査役と会計監査人との足並みがそろっていたのかもしれません。

内部通報制度が機能していなかった点も気がかりではありますが、CFEとして最も問題だと感じるのは財務報告の信頼性を図るための社内ルール違反が公然と行われていたということであります。リスクアプローチの手法による監査等に基づいて、社内ルール自体が整備されていなかったことも問題ではありますが(これは社員教育等で長期的な能力向上が必要かもしれません)、すでに存在しているルールすら組織として守られていなかったことが、関係者の証言内容等から判明します。社内ルール違反は、平時こそ軽微なミスにしか映らないかもしれません。しかし、このような有事を招く最大の要因は、平時における小さな社内ルール違反の積み重ねであります。この積み重ねがなければ、経営トップが私財を投入して隠ぺいしなければならない事態に至るまでに、なんとか早期発見が可能であったと思われます。同業他社で辣腕をふるった営業マンをスカウトし、担当役員として活躍してもらいたい・・・という強い期待が、業績悪化によってプレッシャーを感じていた経営者の目を曇らせてしまったのかもしれません。

なお、本事例における第三者委員会は、不正な在庫操作について調査を進める中で、別途在庫商品の過大計上の事実を疑わせる端緒を突き止め(「異常値の発見」報告書15頁)、過大計上に至る原因を分析し、追加的に過年度決算の訂正に結び付けています。いわゆる件外調査によって他の虚偽記載事由を見つけ出したことになりますが、こういった件外調査によって虚偽記載を発見することにより、委員会活動の公正性が高まる一例かと思われます。

2月 12, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年2月 8日 (金)

会計監査人と監査役との「違和感」の共有-フタバ産業事件ふたたび

今年3月で当ブログも丸8年となりますが、2009年ころにずいぶんと取り上げましたフタバ産業事件につきまして(不適切な会計処理が発覚したのは2008年ですが)、ご承知のとおり元社長の刑事事件に発展して再び話題になっております。社長の肝いりで社外に設立したロボット製造会社(持分法適用会社)の業績が悪化し、これをフタバ産業が、社内の正式な資金支援の手続きを回避しながら、なんとか実質的支援を続けようとしていたところ、監査法人から「なんかおかしい」と勘付かれてしまい、苦し紛れに虚偽の伝票を作成してしまったというもの。本日(2月7日)の日経ニュースでは、逮捕された元社長が、監査役に対しても虚偽の伝票を示してウソの説明を行っていた、と報じられています。

2008年当時の役員履歴をみますと、監査役は5名で、トヨタ自動車出身の常勤監査役、社外監査役、東京銀行出身の監査役がおられますので、プロパー出身の元社長からみると、かなり「こわもての監査役」だったようです。当時の特別調査委員会報告書、責任追及委員会報告書の「事実経過」を読み返しますと、監査役会として、この「社長肝いり会社」とフタバ産業との取引については相当に注意をしており、取締役らに対して何度も説明要求を繰り返していたそうです。虚偽の伝票を監査役に示した、というのも、やはり監査役らに対する元社長の苦し紛れの対応だったのかもしれません。

昨年の日経ヴェリタスでも「監査法人が不正を発見した案件」と紹介されていたとおり、よく報告書を読み返しますと、2005年ころには、すでに会計監査人が違和感を感じていたようで、この違和感を監査役と共有していた事実が記載されております。「平成17年9月29日開催の取締役会における対応の是非」と題する項目では、会計監査人から指摘をうけた監査役が、元社長と対決するシーンが出てきます。この対決を議事録に留めておくよう監査役が要求したところ、元社長がこれを拒否したことも記されています。このあたりが、まさに「不正の兆候」が取締役会で顕在化し、フタバ産業社が有事に突入していったあたりかと思われます。その後も、これまで主犯格といわれていた元執行役員の方が、何度も社内ルール違反を繰り返すわけですが、なぜここまで問題になっているにもかかわらず、「社長肝いり会社」を支援するのだろう・・・と疑問に感じておりましたが、今回の刑事事件でなんとなく納得できそうです。

いずれにしましても、2005年あたりから、監査役会と取締役会との間で、緊張関係が出てきたことが想像できますが、(もっと早くなんとかならなかったのか・・・という疑問もありそうですが)会計監査人と監査役との連携によって経営者関与の不正が発見できた数少ない事例ではないかと思われます。

このフタバ産業事件のもうひとつの特筆すべき点は、2009年に三つの第三者委員会が設置され、それぞれ報告書を提出しているところです。いずれの第三者委員会もフタバ産業が依頼したものですが、後の二つは実質的には親会社ではないか、と言われています。2009年8月の日経法務インサイドの記事では、最初の第三者委員会報告書は、経営陣に責任なし、との結論だったそうです(これは公表されていません)。私が監査役の代理人を務めたアイ・エックス・アイ社についても、不適切な会計処理が発覚してから社長が逮捕されるまで1年を要しましたが、その間、第三者委員会が設置され、社長以外の主犯格が独断で架空循環取引をやったと結論つけていました。(ちなみにフタバ産業の二つ目の報告書では、元社長が主導していた疑いがあることを明記しています。)日弁連の第三者委員会ガイドラインが2010年に制定されたのも、こういった時代背景があったのではないかと。

2月 8, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月25日 (金)

不正対応監査基準の施行と市場の健全性確保(願望ですが・・・)

最新号の週刊経営財務(3098号)に、新春特別対談「不正対応の監査基準によりわが国監査は変わるか?」が掲載されており、たいへん興味深く拝読させていただきました。今年の新春対談は青山学院大学の八田教授と太陽ASG監査法人のCEO、日本公認会計士協会常務理事でいらっしゃる梶川会計士によるものでして、対談の柱は不正対応監査基準(案)と、公認会計士の将来というところであります。「攻めの会計士業界へ」と扇動する八田先生に、(協会常務理事という立場もあってか)「基本的に賛同」という穏健な立場を堅持する梶川先生というポジションがとても妙味かと。

さすが八田先生、不正対応監査基準の重要な意義として、

「これは単に会計士に対する要求事項ではない。会計士に対する実務指針ではなく、監査基準に格上げされ、公表されるということは『企業経営者に対する抑止力になる』のではないか、ということです」「こうしたものが発せられれば、経営サイドに対して『もう簡単にはごまかせない』といったメッセージになるのではないかと見ています」

とのこと。これに対して梶川先生も、監査基準は当然のこととして監査人に対する遵守事項ではありますが、被監査会社に対しても一定のメッセージになると思います、と回答されています。私もこれは賛同するところです。

先日ご紹介したアメリカの行動経済学者ダン・アリエリー氏の新刊書「ずる-嘘とごまかしの行動経済学」の中に、錠前屋さんが客に対して道徳に関する話(なぜ自宅のドアには鍵が付けられているのか?)をするシーンが出てきます(48頁)。錠前屋さん曰く

「ドアのカギは正直な人を正直なままでいさせることしかできないのです。1%の人はいつも正直で、決して盗みはしない。もう1%の人は、カギがかかっていても盗みに入る。そして残りの人たちは、条件がそろっているときは正直だけれども、しかしある程度の誘惑を感じるとやはり不正直になる。カギは泥棒から家を守るためにあるのではなく、98%のおおかた正直な人たちから家を守るためにあるのですよ」

私は本業として企業関連の不正調査の仕事をしておりますが、このエピソードはぞっとするほど真実を突いているものと感じます。この錠前屋さんの指摘は、まさに八田先生が不正対応監査基準について語っているところとつながるのではないでしょうか。不正対応監査基準は、監査人がこれまでやってきたことを「職業的懐疑心」という高次な規範をもってまとめなおしたものかもしれませんが、これを監査基準として世に公表することで、98%のほとんどのまじめな上場会社が不正に陥る機会を喪失させることが重要なのではないでしょうか。不正を発見する、ということが目的ではなくて、むしろ不正の芽を会社と監査人の協同作業で摘み取っていきましょう、といったあたりがオリンパス事件の教訓であり、またこの監査基準の主たる目的ではないかと。

前から当ブログでも申し上げているとおり、不正直な1%(確信的粉飾事件、反市場勢力、ハコ企業族)対応としては事後規制(SESCや検察庁に頑張っていただく)によらねば市場の健全性を確保することは困難でしょうから、残りの99%の「そこそこ誠実な上場会社」にこそ、この不正対応監査基準が効果を発揮できればよいのでは、と思います。そのことがひいては市場の健全性確保のために良い結果を生むことになるのが個人的な願望でございます。その中で会計士さんたちの自由職業人としての地位が上がれば最高ですね。

ただ、私は不正対応監査基準が「監査基準」として公表される、ということであれば、それは被監査会社へのメッセージになるだけでなく、監査人の真の依頼者である株主や投資家へのメッセージにもなるのではないか、と思います。「なるほど、会計監査人というのは、会社とこうやって対峙して、おかしなところがあれば追及する職業なのだ。職業的懐疑心をきちんと維持して、発揮して、高揚させる必要があるのだ。我々の情報不足については監査人が補ってくれるのだ」という意識が一般の投資家にも芽生えてくるのではないかと。つまり「期待ギャップ」の低減にもつながるように考えられます。

会計士の方々は、「この不正対応監査基準は、いままで要求されていた事項とは何も変わらない」と考えておられますが、その「いままで要求されていたこと」の中身が(真の依頼者である)一般の投資家や株主にとっては、初めて知るところだと思います。我々のために意見を表明する監査人というのは、本来このような仕事をするのだ、ということが広く周知されるということは、やはり会計監査人の責任の重さを再認識させるものとしての意味は大きいのではないでしょうか。中には「いままでやってきたことと同じことが要求されているとしても、いままでなら要求されたことをやれば済んだことでも、今度は違和感があれば『おかしい』と口に出さなければいけないのではないの?」といった素直な意見が投資家から出てくるかもしれません。(最後の二段落は会計士さん方には余計なお話だったかもしれませんが、私は素直にそのように感じました)。

1月 25, 2013 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年12月10日 (月)

抜き打ち監査は粉飾決算を発見できるか?(不正対応監査基準)

土曜日(12月8日)の日経新聞朝刊の一面トップ記事の見出しは「企業を抜き打ち監査 不正会計防止へ基準」というものであり、(世界初の)不正対応監査基準の原案が明らかになったことが報じられています。当ブログでも「法律家の視点から」ということではありますが過去に何度かご紹介させていただきました。この新しい監査基準については、素案(たたき台)が公表されて以来、日本公認会計士協会から「素案に対する意見書」も出ましたし、いろいろと監査基準に対する反対意見なども出されていましたので、「この素案は後退するのではないか?」との推測も流れていました。しかし、この日経の一面記事(および5面の解説記事)を読む限りでは、それほど後退しているとは思えませんし、むしろ「抜き打ち監査」まで会計士さんの行為規範として手続きに盛り込まれるということは、監査人、上場会社とも、かなり真剣な対応が求められるものになるのではないかと思われます。また詳細な意見は会計審議会監査部会における資料公開後に述べることとして、今回の記事に関する感想のみを記しておきます。

1 内部者の情報提供と「不正の端緒」

そもそも会計監査人が会計不正を発見する端緒の8割程度は会社側からの内部通報・内部告発による情報提供による、というのがCFE(公認不正検査士)としての私の実感です。昨年のオリンパスの粉飾事件でも、1999年の時点では社員から、そして2011年には元社長が(当時の)監査法人に対して情報提供をしています。情報を受領した監査法人の対応が適切であったかどうかは別にして、ともかく内部通報が監査人に届く、ということは不正の端緒としてはかなり重要視すべきものです。

こういった内部通報が「不正の端緒」として明記され、その後の監査手続きが不正対応という「非定例監査」に変わるということになりますと、監査実務にも影響が出てくるのではないでしょうか。公益通報者保護法が周知され、またヘルプラインが充実するにしたがって「まじめな通報」の場合、情報提供先が何も動かないということになりますと、通報者の関心が内部告発(外部のマスコミや行政当局、ネット掲示板等)に向かうか、もしくは内部通報の外部窓口(弁護士事務所等)に向かうケースが多くなりました。大きな会計不正問題に発展した場合、どの時点で監査法人に情報提供がなされたのか、ということが明らかになるケースが増えると思いますので、不正会計監査基準に従った行動がなされたのかどうか、客観的に判断できる場面が想定できます。

2 抜き打ち監査の実効性

つぎに監査対象企業の不正リスクが高い場合、会計監査人は「在庫や経理書類を抜き打ち監査すること」が求められる場面をあると上記記事では報じています。もちろん監査人に強制権限が認められるわけではありませんが、これは少し驚いています。一定の不正リスクがあれば抜き打ち監査が可能になる、という意味でしょうか?たしかにナナボシ事件の大阪地裁判決では、オーナー支配の強い会社である、ということから「不正を強く疑うべき」ことを前提に監査人の注意義務が論じられています。

しかし「抜き打ち監査」というのは、監査人と監査対象会社との信頼関係の維持に影響を及ぼしかねないものなので、相当な不正の嫌疑が疑われるような場面でないとむずかしいのではないかといった印象を持ちます。つまり不正リスクが高いということから、監査人の行為規範として「抜き打ち監査」の要請が出て、被監査会社の(抜き打ち監査に対する)反応から「不正の端緒あり」と判断するのか、それとも元々「不正の端緒」があり、いわば有事対応のひとつとして「抜き打ち監査」がありうるのか、そのあたりが記事からははっきりしていないように思います(ただし、記事からはなんとなく前者のように読めますが)。いずれにしても、抜き打ち監査といっても強制的に書類の開示や商品在庫の確認作業はできませんので、抜き打ち監査に対する会社側の反応次第では適正意見を表明できない、さらに深度ある不正対応監査手続きを行いうる、といったことにつながるものではないかと。抜き打ち監査によって不正が直ちに発見できる、というものではないと思います。

3 不正対応監査基準と監査役制度

また、こういった不正対応監査基準が施行された場合、今まで以上に監査役との連係が問題となるケースが増えるものと思われます。監査役との関係では会社法397条1項が会計監査人が「その職務を行うに際して」不正を発見した場合には、監査役への報告義務が明記されています。また、金商法193条の3においても不正を発見した場合の監査役への通知が求められています。会計監査人に、不正発見への対応を求められるようになりますと、たとえ確実な証拠に基づいて、会計監査人が不正事実を認識している場合でなくても、監査役への報告義務や通知義務が認められやすくなるのではないかと思われます。それは単に条文の解釈問題だけでなく、会計監査人が監査役に報告や通知をすることによって、その報告・通知に対する監査役の反応をみることができます。この監査役の反応も、当然のことながら会計監査人にとっては不正を発見するための過程になりうるはずです。もちろん監査役自身にも職務上、不正発見のための具体的な注意義務の判断に影響が出てくるはずです。

4 J-SOXの実務への影響

最後に、不正対応監査基準と現行J-SOX(金商法上の内部統制報告制度)との関係です。現在のJ-SOXでは、現実には不正が発覚した場合にのみ「開示すべき重要な不備」があったと開示される運用になっています。経営者評価が不正事実の発覚によって訂正されるケースが非常に多いことが、これを物語っています。不正対応監査基準が「不正リスク」というものを監査人の監査計画だけではなく、行為規範と結びつけて論じるのであれば、内部統制の有効性(とくに内部統制監査人による不正リスクに関する判断)にも影響が出てくるのではないでしょうか。不正が発覚したり、財務決算プロセスに大きな誤謬が見つかった、というケースではないけれども、この会社には財務諸表を作成するにあたり、重大な虚偽記載を生じさせるリスクがある、という(まさにJ-SOXの本来の目的である)開示制度の運用がなされるきっかけにもなるのではないかと考えたりしています。

他にも「市場の番人たる会計士」の象徴と思われる「監査引き継ぎ」の手続きなどもありますが、このあたりは具体的な内容が公表されてみなければ、正確なことは言えませんが、ともかく世界初の不正対応監査基準というものが出来上がるとなりますと、既存の監査や会計の制度とどのように整合性を保つのか、興味深い論点が多いように思います。

12月 10, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年11月 2日 (金)

「不正対応監査基準」案への批判・異論と「会計倫理」

以前「不正対応監査基準を法律的に考える」ということで、シリーズでエントリーをさせていただき、皆様方より貴重なご意見をいただきました。オリンパス事件や大王製紙事件における会計監査の実効性への疑問が、このような会計監査の基準策定の契機となったことは間違いないところかと思います。ただ昨日(10月31日)、間仕切りメーカーであるコマニー社(名証)からリリースされました「第三者調査委員会の調査結果に関するお知らせ」などを読みますと、海外関連会社の「子会社認定」の判断につき、大手監査法人の監査を評して「監査法人自体は信頼のおけるところではあるが、現場の監査には大きな疑問が残る」と(普通に)記されております。コマニー社の件は正確には「不正」とは言えないかもしれませんが、弁護士委員よりも会計士委員の数が多い第三者委員会の報告書ですら、個別の事案を通じて大手監査法人の監査に「大いに問題あり」として不信感が投げかけられるところをみますと、もはや不正対応監査というものに焦点を当てた基準の必要性は否めないところではないかと。

先日、日本公認会計士協会からも「不正対応監査基準の考え方」に対する意見書が提出されておりますが、私の周囲の会計士の先生方も、概ね会計士協会から出された意見書の内容に近いご意見をお持ちのようです。監査実務に精通されていらっしゃる先生の意見を集約したものが会計士協会提出の意見書だと認識してよいのかもしれません。ただ、私のように専門外の素人的発想からしますと、不正対応監査基準の内容は、とても違和感なく理解できるところでして、たとえ実務へのインパクトが強いとしても、やむをえないのではないだろうかと感じるところです(なお、会計士の方々の中には「実務にはそれほど影響がないのでは」と考えておられる方もいらっしゃいます)。

以前に、当ブログでもご紹介しましたが、「会計倫理の基礎と実践」(2012年 藤沼亜紀監訳 同文館出版)に感銘を受けて、たいへん分厚い本ですが一気に読ませていただきました。今回の「不正対応監査基準」の中身につきましては、この「基礎と実践」の中で紹介されている会計倫理の実践そのものではないかと思うわけです。会計士さんの職業倫理というものは、精神論ではなく実践的な理論です。とくに会計倫理の実践のためには、個人的努力と集団的努力が必要なのであり(同書333頁)、たとえば個人的努力といえば、以前当ブログで紹介したように、具体的な事件を想起させるようなルールを導入して規範性を高めたり、「不正の端緒を示す状況」や「不正の端緒」というメルクマールをもって行為規範を明確にすることで実践的活動に生かすことになります。

また集団的努力といえば、職業倫理の共感力です。現場の会計士の方々が「おかしい」と気づいた場合、「気づくこと」はトレーニングで訓練できるかもしれません。しかしこれを「口に出す」ことは勇気であり、職業倫理の問題です。ときどき「守秘義務」を口に出せない理由にされる方がいらっしゃいます。だからこそ、守秘義務を一定の場合に解除したのが金商法193条の3ですが、残念ながら守秘義務が解除されても「口に出す」方はいらっしゃいません。つまり職業倫理の実践を会計士個人の努力や勇気にゆだねても、あまり期待できないのが現実です。

そもそも、現場の監査人の方々からすれば、「不正があるのでは、と口に出すこと」にどれほどの得があるのでしょうか。もちろん、海外のようにリニエンシーが制度化されていたり、内部告発に多額の報奨金が支払われるというのであればインセンティブが機能するかもしれません。また、「勇気ある会計士大賞」のような制度があり、口に出すことの栄誉が称えられる社会が形成されていれば、これもインセンティブになるかもしれません。しかし日本の現実でいえば、監査法人は(現場の会計士が「おかしい」と口に出すことで)監査契約を解消されるリスクがあり、またそもそも監査法人の上司からは「そんなことは重要性の判断も含めて後回しでいい、それより定例の監査を先にやれ」と言われ、不幸にも会計不正が発覚した場合には誰も助けてくれず、(こんな会社の担当になったことで運が悪かった)とあきらめて、現場担当者だけが処分の対象となって退職を余儀なくされる、というところでは、何も得にもなりません。

こういった現場の会計監査人の考えは、現状では責められないものです。みなさん奥様もお子様もいて、(投資家に被害が及ぶような)不正に目をつぶっても、ご自身の生活を守ることが「夫」としての正義です。つまり会計倫理を実践するための個人的努力には限界があります。だからこそ、上記「基礎と実践」にあるように、集団的努力の必要性があり、「おかしい」と共感できる環境が必要なのです。職業的懐疑心を奮い立たせることができるような職場環境を形成する必要があります。組織内での共感であれば「監査法人の品質管理」の問題であり、組織外での共感であれば「監査人間の連携」の問題になります。監査人間の連携に極めて近いものとしては、上記「基礎の実践」のなかでも、不正が疑われる場面において、別法人の監査人や別法人のCFOから事情を聴取することの是非に関する事例が設定されており、倫理上は監査人等と協議することが適正な判断だとされています(同書229頁 シナリオ10)。むしろ、第三者委員会における委員の活動と同じように、会計監査には限られた時間内に、証憑を調査のうえ、心証を形成して意見を述べるという難しい職責があります。すべてのステークホルダーに褒められる仕事ではないことは、第三者委員会の委員と同じであり、さまざまの要請を、どのようにバランスを保ちながら職務を遂行すべきかを考えることが職業倫理の課題です。不正会計防止の職責と、クライアントの秘密を守るべき職責と、迅速かつ効率的な会計監査を遂行する(費用対効果を考える)職責を、どのようにバランスをとれば公認会計士の社会的信用を維持・向上できるのか、ひいては(最終的な成果である)投資家の期待に応えることができるのか、ということではないでしょうか。

会計士協会の意見には、そもそも海外の監査基準と矛盾するものだから、海外子会社の不正監査には適用できないとされていますが、それこそルールベースの考え方に傾斜しています。会計倫理は日本固有のものではなく、海外でも妥当するはずです。現に、上記「基礎の実践」は米国で最も読まれている会計倫理の本です。ルールベースでどのように書かれていたとしても、会計倫理の関する考え方は、それよりも上位概念になるはずです。だとすれば原則主義的に考えれば矛盾するところはないと思います。最終的に「投資家の保護、健全な証券市場の確保」に監査制度が寄与するものである以上、そこで語られる専門家の倫理には大きな差はないはずです。

このようなことから、私は「不正対応監査基準」の狙いについては「職業的懐疑心」を会計士の方々に発揮しやすい環境を作るという意味では、なんらおかしいところはないものと思うのであり、むしろ「おかしい」と口に出さねばならないときに、勇気をもって口に出せる状況を作るためのひとつの提案だと考えるところです。すでに「法律的に考える」シリーズのときに申し上げたとおり、この監査基準はむしろ法律的に会計士さんの勇気ある有事対応を守ることにも活用できるわけでして、決して「会計監査が委縮するもの」ではないことをご理解いただきたいと思います。私自身、本当に「かっこいい会計士さん」を待望しています。こういった職業倫理の実践は、コンプライアンス経営の実践活動として、すでに多くの企業で採り入れられているところでありますので、私にとりましては、何らの違和感もないところです。

11月 2, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2012年9月25日 (火)

会計監査人の監査報酬低額化と監査見逃し責任への影響度(後編)

昨日の前編には、多数のアクセス、またご意見ありがとうございました。コメント欄のKHさんは(おそらく)弁護士と会計士の双方の資格をお持ちの方と拝察いたしますが、基本的な考え方の方向性は私の意見と一致しているものと思います。とりわけ会計監査人の実務に精通された方からの視点は参考になりますので、ぜひご一読いただければと。

また、メールにて何通がご意見をいただきましたが、新規上場を担当する監査法人に中堅監査法人が増えているのは、おそらく監査報酬が低いことが原因ではないか、との意見に対して異論を唱えておられる実務家の方もいらっしゃいました。以下、引用させていただきます。

今朝の『会計監査人の監査報酬低額化と監査見逃し責任への影響度(前編)』拝読致しました。 新規上場に当たって、中堅会計監査法人が担当するケースが増えているとのお話しですが、私には苦い思い出があります。
ある新興市場に上場している某オーナー企業の成長を助けるために関与したことがあるのですが、その某オーナー会社はDD(デューデリ)の結果、色々とアヤシイ会計(利益の水増し)処理が目に付くのです。それにも増して、その中堅会計監査法人の代表者を、某会社のオーナー社長は経営指南のように慕っており、打合せに同席させる、などもしており、それを含めてではないでしょうか監査報酬も決して安くはありませんでした。
このケースでは、オーナー社長と監査法人の間で、適正な会計監査をするという目的以外に、上場審査をどう切り抜けるか、表向き上場企業としての体裁を整えるにはどうしたらよいかというアイデア出しに関する相談に乗るというようなどろどろの人間関係が形成されていたのです。今はこの会社とは縁を切っておりますが、嫌なものを見た思いしか残らなかった案件でした。
中堅会計監査法人にとって、真っ当な仕事をする能力だけでは、新規上場案件を受注するには不足で、その最中&その後のアフターサービスが伴わないと、とてもオーナー企業からは仕事は取れないことも多いのではないかと私のささやかな経験を通じてではありますが思っております。

なるほど、たしかに(中堅監査法人に所属する会計士の方々には怒られそうですが)IPO実務に携わる方からすると、そういった生臭い指南役を買って出る監査法人さんも実際には存在することがわかるのでしょうね(勉強になりましたです)。報酬の安い、高いとはまた別の需要があって中堅監査法人さんが登場する・・・ということなのかと。

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さて、昨日の続きでございます。証券市場においても新自由主義の考え方が浸透して、今後も「小さな政府論」が社会的な支持を得るものだとすれば、国民の生命や身体、財産の安全を確保するための行政的手法は、その一部を民間団体が担うことになります(行政規制の代替措置の要請)。市場の健全性確保という行政機能の一部も、当然のことながら民間団体が担い手として期待されることになり、その先鋒を務めるのが公認会計士(監査法人)になります。市場の番人としての役割が監査基準の中にも明確にされてくるでしょうし、そうなりますと、粉飾決算が発覚し、これを見逃してしまった会計監査人の法的責任が追及されるケースも出てくることになります。しかしながら、監査報酬がそれほど上乗せされることがないままに、会計監査人の法的責任だけが厳格化される、ということになりますと、優秀な人材が監査業界から遠のいてしまうことや、効率化だけが訴求されてしまうようなマニュアル化された監査業務が行われてしまうことになりかねません。世間から「公認会計士は正義の味方でかっこいい!」と言われ、また優秀な人材がたくさん監査業界に入っていただくためには、不正監査に積極的に挑みつつも、過度の法的リスクを背負わないような仕組みが必要になるものと思われます。

つまり、これまでの監査報酬の金額にそれほど変動がないままに、監査責任だけが上乗せされる、ということになりますと、会計監査人としてもたまったものではないと思われます。したがって現場における会計監査人としての責任を希薄化することを検討しなければなりません。その際に考えられるのは、①現場における会計監査人の注意義務を論じるというよりも、監査法人全体における過失(品質管理を含めた過失)を議論する方向性、もしくは②被監査企業の監査役に責任を共有してもらえるような法的な根拠を検討する方向性が考えられるものと思います。つまり現場の会計監査人の善管注意義務、一般的な注意義務を論じるにあたり、信頼の原則が適用される方向性での議論であります。

なお、誤解のないように申し上げますが、「会計監査人の責任を希薄化する」というのは、決して会計監査人の責任逃れを助けることが目的ではなく、日本の監査制度の更なる向上を目指して、構造上どこに問題があるのかを明らかにする、ということを目的とするものであります。たとえば個々の会計監査人の過失を論じるのではなく、品質管理チームとしての監査法人の過失を検討することで、監査の質の向上を図り、同時に現場のリスク(たとえば上場廃止の引き金を引いて、被監査会社の命運に多大な影響を及ぼすリスク)を低減させる必要があると思われます。すでに金商法21条、22条の2等では、継続開示書類に虚偽記載ある場合に「監査法人による過失」という概念が認められております。監査法人に過失がなかったことの証明がなされた場合には免責される、という規定です。監査法人自身の過失という概念が認められるのであれば、そこでは現場の公認会計士のミスだけでなく、監査法人の品質管理上のミスについても論じられることになるように思われます。また、法人の過失という概念が認められずとも、すでに最高裁では(医療過誤訴訟において)「チーム医療に対する過失の考え方」が示されています。主治医、指導医、執刀医、これを支援する医師それぞれにどのような過失があったのかを詳細に検討し、それぞれの過失を認め、連帯責任を負うものとしています。平成19年の公認会計士法改正により、監査法人には品質管理が厳しく求められるようになりました。そういった背景からすれば、会計監査人の監査見逃し責任についても同様の考え方を取り入れてもいいのではないでしょうか。

もうひとつの方向性は、監査役との責任分配論であります。こちらは会社法改正要綱の解説(岩原紳作教授の商事法務解説)にもあるように、今後ますます監査役と会計監査人との連係・協調には期待が寄せられるところであります。このたびの会社法改正要綱では、「はたして監査役に政策的判断までなしうるのだろうか」といった疑問があったために、会計監査人の選任議案の決定権までは認めたものの、報酬決定権までは認められておりません。今後の監査役と会計監査人や内部監査部門との連携状況を十分に見定めたうえで検討されるものと思います。オリンパス事件でも話題になりました金商法193条の3にみられるように、監査役が既に市場の番人たる役割を期待されている規定もあります。

法務省や金融庁などの行政当局からは、市場の番人たる役割は会計監査人だけでなく、上場会社の監査役にも寄せられるところであります(金融機関の監査役に対するものではありますが、平成24事務年度における金融庁の検査基本方針において、監査役と行政当局との緊密な連携が主たる取組みとして掲げられているところです)。たとえば不正の兆候(通例監査から抱いた違和感)に接した会計監査人や監査役は、それぞれ人的・物的資源に限りがあるのであれば、その違和感が非定例監査を必要とするものかどうか、相互に活用することが効率的であります。そういった手続きが通例のものとなるのであれば、いわゆる「信頼の原則」を適用することで、会計監査人が善管注意義務を尽くしたことを主張できることにつながります。世間で一般に言われるような「三様監査」(会計監査、監査役監査、内部監査)を機能させることにより、それぞれの法的責任の軽減にもつながることになろうかと思われます。

さらに、これまで「会計監査人の監査見逃し責任」を論じるにあたっては、どうすれば会計監査人は被監査会社の不正を発見することができるのか、なぜ発見できなかったのか、という点にばかり注目が集まっていたと思います。しかし、会計監査人は法律家ではありませんので、「不正」を特定しうる(判断しうる)立場にはありません。したがって、不正の疑惑が生じた時点で、会計監査人はどういった行動に出なければならないのか、つまり不正の兆候に接した会計監査人にどのような行動が期待されているのか、という行為規範についても検討しなければならないはずであります。開示規制の中で論じられるものなのか(会計監査人の守秘義務解除の問題が)、行為規制の中で論じられるものなのか(会計監査人に期待される具体的な行動の問題か)という点を整理することが必要ではないかと考えられます。

前編と後編を合わせますと、たいへん長くなってしまいました。ここまで述べてきたことは、まだあまり世間で議論されていないことばかりでありまして、私自身のまったくの試論にすぎません。ただ、会計監査人が不正監査に立ち向かう勇気については、これを法律でなんとかサポートしていく仕組みが考えられなければ、結局のところ「監査報酬が低いんだから、そんなのやってられないよ」的に思考停止の状態に陥ってしまい、いつまでたっても「期待ギャップ」を埋める努力はされないままになってしまうのではないか、と危惧いたします。まだまだ粗削りで、ツッコミドコロ満載のお話ではありますが、どこかでこういったことを議論できれば・・・・と考えている次第であります。

9月 25, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2012年9月24日 (月)

会計監査人の監査報酬低額化と監査見逃し責任への影響度(前編)

当ブログをlivedoorのRSSにて登録されていらっしゃる方はご存じかもしれませんが、このところ、当ブログのRSS登録数の記録が未だ更新されておりまして、アクセス数も伸びております(本当にどうもありがとうございます)。ということもありまして、本日は(当ブログ的には人気ネタのひとつである)会計と法の狭間ネタであります。少し長くなりますので、本日は「前編」とさせていただきます。

9月21日の日経新聞におきまして、新規上場企業の監査を中堅監査法人が担当する機会が増えたことが報じられております。「規模の小さい企業の上場が増えるなか、大手より低価格で上場を支援できる中堅と契約する企業が増えている。中堅監査法人側も上場支援を新たな事業の柱として体制を強化している」とのことだそうです。大手と中堅とで、どれほどの違いがあるのかは存じ上げませんが、上場準備企業にとっては、やはり監査費用は関心の高いところであることは間違いなさそうであります。

監査報酬につきましては、先週宇澤会計士のご著書「不正会計」をご紹介したときにも、いくつかの関連コメントをいただきまして、不正発見に積極的に努める会計監査ということであれば、監査報酬を相当に引き上げてもらわねばならない、とのご意見がございました。といいますか、当ブログで不正発見目的の会計監査についてとりあげますと、かならず監査報酬問題についてのご意見を頂戴します。とくに印象深いのは、会計監査人は職業的懐疑心をもって監査に臨め、とはいえども、3600にも上る上場会社のほとんどはまじめに財務諸表(計算書類)を作成しているのだから、実際のところ「不正があるのでは?」といった意識で臨むのはむずかしい、もし懐疑心を全面に出して監査計画を立てるのであれば、現状の監査報酬は低額すぎる・・・というものです。

私もこういったご意見は監査法人の現場の声として、ホンネのところではないかと感じております。「期待ギャップ問題」と言われ、不正発見目的の監査を会計監査人(監査法人)に要望する社会的な風潮が強まる中で、これに見合う監査報酬とはどれほどか?ということは、もうそろそろ社会的に議論したほうがよろしいのではないでしょうか。というのも、不正発見目的の監査についての社会的要請が強まり、市場の番人たる役割を会計監査人が背負うとしましても、監査報酬の低額化傾向は、会計監査人の法的責任を認めるにあたり、何ら免罪符にはならないからであります。

会計監査人(公認会計士)と被監査対象会社との監査契約は、法律上は準委任契約ですから、会計監査人は善管注意義務を尽くして監査業務を遂行することになります。不法行為責任を問われることを前提とする過失の根拠についても、その注意義務は、おそらく善管注意義務の中身と同じものと解されます。会計監査人の不正発見に努める義務(法的義務)の内容は、リスクアプローチに基づく監査が根拠とされるはずで、これは職業専門家としての一般的な水準の注意を払って監査業務を遂行することが念頭に置かれます。したがいまして、いくら特約事項で「不正会計目的による会計監査業務は含まれない」と合意したとしても、実質的な依頼者が投資家・株主である以上、職業専門家としての一般的な水準の注意義務には影響しないものと思われます。

これまでの判例でも、報酬をもらっていない監査役に善管注意義務違反による損害賠償責任が認められたり(法律的にみればあたりまえの話ですが)、弁護士資格を持った社外監査役であるがゆえに、他の監査役とは区別して、特別の注意義務違反があるとされたものがあります。また、社外監査役といえども、法律上の注意義務は常勤監査役と同等とするのが、法律学者の方々の通説であります。こういったことからすると、いったん会計専門職の方が、会社側と監査契約を締結した以上、それがどのような報酬条件で締結されたものだとしても、不正発見に向けた注意義務の中身としては変わらないものであり、監査報酬が低額である、といったことは会計監査人の法的責任を排斥する理由にはなりえないものと思われます。

このようなことを申しますと、「そんなアホな!それでは監査法人の経営が成り立たないではないか。」と会計士の方々に文句を言われそうな気もいたします。たしかに監査報酬が低額であることは、法的責任を排斥する理由にはなりません。しかし、抗弁事由として「この報酬では、ここまでのことが精一杯の作業であった。ここまでの作業で不正の兆候を発見することができなかったのであるから、追加報酬を求めることもできず、深度ある非定例監査業務は遂行しえなかった」といったことを、監査法人側が積極的に主張して免責を求めることは可能かと思われます(正確には抗弁事由ではなく、評価障害事実の主張ということなりますが、法律的な細かい説明は割愛いたします)。もし、こういった主張を会計監査人側が裁判で展開するようになれば、不正発見目的の監査とは何か?本業務を含む適正な監査報酬とはどの程度の金額か?追加報酬を求めるべき「不正の兆候」とは何か?といったことまで裁判の争点になりますので、監査報酬の適正性を公開の場で議論する土台が出来上がるのではないかと思われます。

最近は、社長を訴える監査役側の代理人弁護士の「適正報酬」(法律的には監査費用の相当性の問題)や、株主代表訴訟における株主支援代理人弁護士の適正報酬(ダスキン事件の原告支援代理人に関するもの)などを裁判所が判断する例が出ています。弁護士としては、実際に裁判所によって認められた適正報酬の金額には大いに不満でありますが、何が適正であるのか、第三者は弁護士の職務をどのように視ているのか、といったことを研究するにあたりたいへん有益なものであり、これは会計監査人の監査報酬においても同様に考えるべきではないかと思われます。

しかし現実問題としまして、このまま監査報酬が安い中で不正監査に関する厳しい対応が迫られる、ということになりますと、監査法人(会計監査人)はたまったものではない、ということになります。そこで、監査法人が期待ギャップを埋めるべく、市場の番人たる役割を積極的に果たしうるためには、一方において司法の場で会計監査人の法的責任が追及されるリスクは低減させることも検討しなければなりません。そのあたりの考え方につきましては、明日の後編で述べてみたいと思います。

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2012年7月18日 (水)

監査報告書の「無限定適正意見」の重みとは?

本日(7月17日)金融庁より、大手監査法人と同監査法人に(監査業務執行当時)在籍されていた3名の会計士の方々に懲戒処分が出されたとのこと。平成21年に経営破たんした会社の仕掛品在庫の実在性チェックに問題があったため、過大に利益が計上されていたにもかかわらず、これを見落として適正意見を出していたことが「監査人としての注意を怠った」ものと指摘されています。

そういえば経営財務の7月9日号(3072号)6頁に「監査部会を読む 無限定適正意見の質と監査報告書の改訂」と題する、とても興味深い記事が掲載されておりまして、最近の企業会計審議会監査部会での議論が紹介されています。格付け会社のチーフアナリストの方が、財務諸表を利用するときは、無限定適正意見が付されているだけでなく、どこの監査法人が監査報告書を作成しているか、ということもチェックされているそうです。また、あるシンクタンクの執行役員の方は、無限定適正意見といっても、その質には開きがあるのではないか、と述べておられます。なるほど・・・・、単純に「無限定適正意見」といっても、やはり監査の質には避けがたい差がある、ということなのでしょうか。(しかし、冒頭にご紹介した懲戒処分は日本を代表する監査法人に対するものなのですが・・・・・ウーーーン・・・)

たしかに不適正意見や意見不表明という監査結果を公表する、ということは、当ブログのプロの方々のコメント欄のご意見をご覧いただけばおわかりのとおり、監査法人にとっては(市場からの一発退場を宣告することになりますので、債務不履行リスクなどのために)かなり困難な状況です。有報提出期限との関係で、会社側とギリギリの交渉を行い、その末に適正意見が出される、というあたりがまさに現実の対応かと。したがって、上記記事で実務家の方から「監査人はレッドカードしか持っていない、イエローカードも必要ではないか」といったご意見も出てくることになります。

私自身、このご意見に基本的に賛成です。しかし監査法人が「上場廃止にはならないが、財務諸表利用者にリスクを知らせる仕組みが必要ではないか」との疑問が呈されるのであれば、それは内部統制報告制度の基本的な制度趣旨と基本においてかぶってくるのではないでしょうか?たとえばダイレクトレポーティングの制度を内部統制報告制度が採用する、ということであれば、まさにイエローカードを監査法人が示すことになるのではないか・・・とも(素人ながらに)疑問に思うわけですが。施行4年目の内部統制報告制度の運用をみますと、「開示すべき重要な不備」が期末に残っていると開示した上場会社は(2012年3月決算までの会社の合計では)10社程度。しかもその開示会社の内容をみますと、ほとんどが不適切な会計処理がらみ、ということになっています。つまり将来のリスクを投資家に示す、という機能はほとんど果たされておらず、過去の会計不正が判明したから「不備があります」と宣言するにすぎません(これでは何の意味もないような・・・・)。

もし本当に監査報告書の改訂を目指すのであれば、監査部会で指摘されているように、少しくらいは監査人がリスクを負担するような書きぶりにならざるをえないのかもしれません。そのあたり、ソフトランディングを図る、ということであれば、もう一度内部統制報告書の運用に光をあててみてはいかがでしょうか。

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2012年6月 7日 (木)

会計士問題「期待ギャップ」をどう埋めるのか?-その2

先日の「会計士問題・期待ギャップをどう埋めるのか?」にはたくさんのご意見どうもありがとうございました。非常に詳細にご解説いただいているコメントも、私を含め、世間一般人の理解を進めるものとして参考になります。たしか先日の監査法人アンケートに関するエントリーの際にも、多くのご議論をいただきまして、そちらと併せて読ませていただきました。基本的には元会計監査従事者さんのご意見が、私個人としては最もなじみやすいものと感じました。

今日も、ある会合で持論を述べましたが、当ブログでたびたびご紹介する山一證券監査人だった伊藤先生の本を読み「会計監査人が裁判に巻き込まれると、監査や会計を知らない人たちのなかで行われるわけで、適正な手続きによるのであれば10年もかかってしまう」という現実を認識しました。伊藤先生には申し訳ありませんが、この裁判に関係する方々は、私個人としてもよく存じ上げている方々です。立場が異なるとはいえ、やはり会計監査への疑問を感じておられました。決して名声とか報酬目的でなく、あるべき監査制度との矛盾に憤りを感じていたものと思います。しかしそこに「期待ギャップ」というものが横たわっていたのであれば、これをなんとかしなければなりません。

提訴の時は「甘い監査」「役に立たない監査」とマスコミから大々的に報じられ、10年後に最高裁で完全勝訴の決着がついたら誰も「会計監査人に責任なし」と報じないというのが現実なのです。つまり会計士さんは裁判に巻き込まれると、自宅を担保に入れてでも膨大な裁判費用をかけて、人生をかけて、元の平穏を取り戻さねばならないのです(勝訴しても弁護士費用は自己負担です)。いや、勝訴したとしても、きっと過去に一度失った信用は取り戻すことはできないでしょう。

これはマズイと思います。期待ギャップ解消の必要性は、投資家の自己責任の認識を高めるためにも、監査法人側からもアクションが必要です。かといって、どなたかが、以前のコメントでおっしゃっていたように、粉飾というのは発見しろと言われても、いきなりシロがクロになるのではなく、段階をおってグレーが黒に代わっていくわけで、どの時点で「おかしい」と言えばよいのか、むずかしいというのも十分に承知しております。監査報酬のこともあり、合理的保証のレベルが監査に求められる以上は、私も一般世間の方々が抱いている会計監査への期待を、そのまま体現しろ、などと申し上げるつもりは毛頭ありません。

ただ、前のエントリーで元会計監査従事者さんが述べておられるように、過剰な期待は投資家の理解を促進させるような対応が必要でしょうし、正当な期待(合理的な期待)のレベルがあるとしたら、そこへ到達する努力をしなければ、これからも第二、第三の山一証券元会計監査人の悲劇が生まれるように思います。ごく一部の不届きな会計士のために、全体の規制が厳格になるよりも、厳罰化で対処したほうがいいのではないか、とのご意見もあります。しかしその厳罰を課すプロセスには、また「適正手続」が求められます。そのプロセスは、(たとえ最終的には厳罰を免れたとしても)また長く苦しい道程になってしまうのではないでしょうか。

会計監査制度が世界共通のものであるとしたら、訴訟大国アメリカで監査法人を被告として争われた裁判の判例も、日本で援用しやすい、ということを意味することになるのかもしれません。会計監査人のリーガルリスクを低減させるためにも、今後は「物言う監査法人」こそ必要なのではないかと感じております。

6月 7, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2012年6月 1日 (金)

会計士問題「期待ギャップ」をどう埋めるのか?

監査基準の見直しを検討する企業会計審議会監査部会が昨日(5月30日)から始まりました。監査人は不正会計を見逃しているのではないか?監査人が社会の期待に応え得る監査とは何か?を議論する場として、私個人としてはとても期待をしております。昨日の審議の内容を報じているこちらのITフォーラムさんの記事がとても参考になります。また本日(5月31日)、金融庁HPに会計不正等に対応した監査基準の検討について(案)も公表されています。

上記の記事によりますと、昨日は社会が公認会計士・監査法人による会計監査に期待しているところと、実際の会計監査の仕事とのギャップ(いわゆる期待ギャップ)をどう解消していくべきか、ということが議論されたようです。上記の記事では、かなり監査法人さんに厳しいご意見が出ており、とくに会計監査の実務経験のある経済界の方の意見も特筆すべきところかと。

ただ、一方で、オリンパス事件や大王製紙事件における監査人の責任問題を検討した当ブログ4月26日付けエントリー「全国監査法人アンケートの結果を法律的に考えてみる」で寄せられた現場の会計士の方々のコメントを参照いただくとおわかりのとおり、近時の監査現場の意識と(少し前までの)現場感覚とはズレがあるようです。リスク・アプローチ手法やローテーション制度の導入、グループ監査や品質管理など、「期待ギャップ」を論じるには、監査現場の実務を踏まえたうえでの議論が必要です。

とくに印象的なのが、職業的懐疑心をもって臨め、と言われても、ほとんどの上場会社が誠実に決算書を作成しているわけですから、ほとんどの会計士はシロを前提に監査を行う、という点です。クロを疑いながら監査を行うのと、シロが当たり前と思って監査を行うのでは、監査の深度も変わってくるでしょうし、監査報酬にも影響が出てくるところかと思います。弁護士のようにクロの仮説を立てて、小さな証拠でも仮説を裏付けるものとして積み上げていく立証方法と、会計士のように、シロの仮説が否定されるべきものが存在しないことを検証によって積み上げる消去法的な心証形成方法とでは大きな違いがあります。弁護士は「クロ」を探り、会計士は「疑惑」を探ることになります。この職業的懐疑心の捉え方も、会計士の期待ギャップ問題と大いに関係があるように感じています。

先日、迷える会計士さんが「期待ギャップ」について以下のように解説されていました。

監査人が職業的懐疑心をもって監査を実施していれば、不正に気付く場合もあり、そうでなければ「期待ギャップ」は拡大してしまうでしょう。「期待ギャップ」は、実際の社会の期待と実際の監査実務との間のギャップですが、実際の社会の期待と正当な社会の期待との間のギャップ(過剰な期待)と正当な社会の期待と実際の監査実務との間のギャップ(不十分な監査)の二つの領域からなっています。監査人は全ての不正を発見すべきであるというのは、明らかに過剰な期待ですが、正当な社会の期待に応えることは、監査人の責務であると考えられます。

私もまったく同感です。そもそも「期待ギャップ」については会計士の法的責任論との関係で論じられるようになったことは認めるところですが、この期待ギャップについては、監査法人側からも解消に関する努力が必要です。解消の方向性としては、社会に働きかけて正当な社会の期待(過剰な期待→合理的な期待)を理解してもらうこと、そして会計士自身も、社会からの合理的な期待に応えるように監査業務に従事することの2点です。

そういった意味からすると、3月下旬に有限責任新日本監査法人からリリースされた「オリンパス監査検証委員会報告書」は、その賛否はいろいろと出ておりますが、画期的な一つの試みだったのではないかと考えております。守秘義務によるものなのか、監査法人の性格からなのかはわかりませんが、こういった不正会計事件が発覚した場合、当該企業の監査法人は沈黙を守る、という姿勢に終始していました。しかし、司法の場に出る前に、監査法人が自分たちの姿勢を世に開示する、という意味では期待ギャップ解消に向けた情報発信として注目すべきことと思います。企業コンプライアンスに関心のある者としては、裁判で負けることだけがリーガルリスクではなく、昨今は社会的評価が毀損されてしまう企業行動にこそリーガルリスクがあると考えます。同じように、監査法人も、もはや「沈黙は金」ではなく、自身の自律的行動に関する情報開示を積極的に行い、期待ギャップを埋める努力をすべき時期に来ているのではないかと思います。

9784495196714ただ、上記報告書については、第三者委員会に近い形の独立委員会だったので、新日本監査法人さんの法的責任の有無のみに焦点が当たっていたのが少し物足りないところです。私は期待ギャップを埋めるのに会計士の職業倫理を議論する必要があると思います。上記報告書には、ほとんど「会計士の職業倫理」について触れているところはなかったと思います。会計監査人の引き継ぎ問題について、監査基準に定められた細則を守っていれば法的責任は発生しないかもしれません。でも、それで会計士の行為規範としては十分なのでしょうか?細則の背後にある原則の趣旨を理解する必要はないのでしょうか?理解できるのであれば、それを実践する必要はないのでしょうか?そして構造的な利益相反関係にある被監査企業の利益(守秘義務)と投資家の利益との調整について、会計監査人はどのように考えるのでしょうか?

私は、最近出版された「会計倫理の基礎と実践」というアメリカの会計学者の方々が出版された書籍(藤沼亜紀監訳 同文館出版)を読み、とても感銘を受けました。「倫理」と聞くと、私などはすぐに顔をそむけたくなります。私の弁護士としての経歴を知る方からすれば「おまえに倫理のことなど言われたくない」と揶揄されることは承知しています。「どうせまた精神論や哲学的なお話。大切なことはわかるが、実務とは無関係」。そう思って初めは書棚に飾っておくつもりだったのですが、例題を読み進めているうちに、「これは最後まで読まなあかん」と。実務に密着した話ばかりであり、明らかに弁護士倫理と会計倫理とは発想が異なるのです。会計倫理というのは、日常の会計監査実務と密接にかかわっている利益相反状態をどう解決するか、監査チーム内での意見相違をどうまとめあげるか、(言葉は悪いですが)手を抜かざるをえないときに、どの方法が一番許される「手の抜き方」か、など、さすが訴訟大国、会計士の責任が認められた判例を参考にしながら学ぶ、というものです。会計倫理が会計士の優秀さとも関連性が深いことも理解できるところです。

この本を読むと、会計士の行為規範を考えるにあたり、法や会計基準、監査基準、日本公認会計士協会ガイドラインなど、いろいろと参考になるものもありますが、やはり細則の背景にある原則を理解するための会計倫理、そして理解したことを勇気をもって実践するための会計倫理というものがとても重要であることがわかります。そして、この会計倫理をどう理解するかによって、会計士は「企業会計の番人」にとどまるべきなのか、それともゲートキーパー(市場の番人)たる地位に就くべきなのか、その考え方にも差が出てくるように思います。

昨日の監査部会でも話題になった金商法193条の3問題。会計士さんも自主的に期待ギャップを埋める努力をして、さらに自主的に「市場の番人」たる役割を果たさなければ、結局は事前規制の世界(厳しい監督の世界)に戻ってしまうことになると予測します。期待ギャップを埋める努力を監査法人が自らしなければ、結局(行政当局の性質上)監査法人にも事前規制的手法で臨まざるをえないことになると考えます。ということは、193条の3以上に厳格な監査法人規制が「監査基準見直し」の名のもとに敢行される、ということです。結局は、いま企業がコンプライアンス経営を推進しているのと全く同じ努力を監査法人も遂行しなければ、職業自由人たる会計士さんの「かっこいい」姿は失われてしまうような気がいたします。

6月 1, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2012年5月25日 (金)

不正の芽と誤謬(ごびゅう)の芽(監査人の注意はどちらに向かう?)

本日(5月24日)の日経新聞で「不正会計防止へ監査基準」の見直しが行われる、との記事が目に留まりました。相次ぐ企業会計不正事件への対応として、金融庁は監査人の引き継ぎやリスクの高い企業への監視体制の整備など、企業の不正行為に対応する手続きを新たに定めるそうです。

不正の芽をつかんだとき、会計士は最善を尽くすためにどのような手続きを踏むべきか議論を深めたい、との金融庁幹部の方の発言が掲載されております。おそらくこの議論は、運よく会計士が不正の芽をつかんだ場合のことを想定しているのであり、「監査人は不正の芽をどうやってつかむか」という点についての議論にまでは発展しないのでは?と考えてしまいます。

会計不祥事を想定した場合、この「不正の芽」を監査人がつかむことは結構むずかしいはずです。なぜなら不正の芽といっても、誤謬(ごびゅう)の芽との境界線はあいまいなわけで、不正の芽らしきものを発見したとしても、まずは誤謬の芽として取り扱うのが「会社との信頼関係維持のため」にも無難だと思うからです。誤謬として会社側が認めて、訂正してくれればそれで一件落着にしてしまうのではないかと思います

※ここでは「不正」とは故意に虚偽の記載をするもの、「誤謬」とは不注意で虚偽記載をするものを指しています。

不正の芽をつかんだと確信できる場合としては、社員からの内部通報や内部告発によって不正の端緒が監査人のもとへ(運よく)届くのが一番確実かもしれません。しかし、通報を受領するような場合でさえ、たとえばオリンパス事件を例にとっても、1998年に初めて損失飛ばしの通報を受けたA監査法人さんは、どこまで対応できたのか、2011年にウッドフォード氏の告発文が送られてきたS監査法人さんは、これをどう受け止めたのか、その対応のむずかしさは申し上げるまでもないと思います。

ましてや、監査人自身が「不正の芽」に気づく、というのは至難の業かと。今の監査制度を前提とするならば、健全な懐疑心をもって監査業務に従事している場合、不正の芽以前に、誤謬の芽に気づくことのほうに監査人として細心の注意を払うのが普通ではないでしょうか。遡及修正に関する会計基準や経営者見積もり、将来予測に関連する会計基準の適用を前提にして経理担当者が決算書を作成しているかどうかのほうが、よほど監査人としては注意を向けなければならないように思います。確率的には圧倒的に誤謬による虚偽記載リスクのほうが高いと思いますので、現場の監査担当者は誤謬を見逃すリスクのほうが実務的な感覚としてはコワイと感じておられるのではないでしょうか。また、監査法人内の品質管理担当者も、現場から上がってくる報告においても誤謬の芽のほうに注意が向くのではないかと。

会計監査人による不正対応につきましては、(監査役制度と同様で)新たな規則を制定するよりも、いまある制度がなぜ監査人によって行使されないのか、その機能不全の構造的な欠陥を見つけるほうが妥当ではないかと考えています。たとえば会計監査人異動時の意見表明制度はなぜ使われないのか、金商法193条の3はなぜ行使されないのか、なぜ監査人と監査役の連携はうまくいかないのか、といったことをまず検討することが不可欠だと思います。

5月 25, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年4月20日 (金)

なぜ金商法193条の3は監査法人に嫌われるのか?

金商法違反(偽計)容疑で社長および元取締役が起訴されているセラーテムテクノロジー(JDQ)社に対して、4月18日、同社の監査を担当しているパシフィック監査法人より金商法193条の3に基づく「法令違反等事実に関する通知」が提示され、同社がこれを受領したそうであります(セラーテム社の適時開示はこちら)。同適時開示にもありますように、同社は社長らが金商法違反に該当するような行為は一切していないと主張しておられるそうなので、同社の監査役の方々も、監査法人の見解と相違があることが予想されます。(ん?といいますか、ひょっとして、もっとほかに意味があるのでしょうかね?)

同社としても、この通知に基づいて社内で調査を進める旨述べておられますが、社長らの刑事裁判との関連において前向きな是正措置が取られることは期待できないかもしれません。そうしますと、平成20年の金商法改正後、はじめて金商法193条の3に基づく「監査法人による金融庁への不正行為の届出」がなされる可能性もあります。

ところでオリンパス事件でA監査法人が監査役に対して「金商法193条の3の行使をほのめかした」ことから、やっと世間的にも監査証明業務を担当する監査法人(公認会計士)の不正届出制度が認知されるようになりました。最近、会計士の方々が、各種座談会等におきまして、金商法193条の3に言及する機会も増えておりますが、その際「これまで金商法193条の3は抜かずの宝刀であって、一度も行使されたことがない」と表現されることが多いようです。これは一面においては正しいのですが、一面においては誤りだと思います。たしかに監査法人さんが被監査企業の法令違反等事実を当局(金融庁)に届け出た事案はこれまで皆無かもしれません。しかし、2008年の当ブログのエントリーでもご紹介したとおり、春日電機さんの事件では、仮処分申立書のなかで監査法人が金商法193条の3に基づく通知を(監査役に)行ったことが登場し、証拠としても内容証明通知書が提出されております。つまり監査役に対する通知事例はすでに数例出ているはずです。

さて、この金商法193条の3でありますが、どうも監査法人(公認会計士)さんの世界では評判がよろしくないように感じております。私などは、不正行為を発見した場合に、これを監査法人さんが放置してしまうよりも、重い荷物を監査役さんに委ねることができるわけですから、むしろ監査法人さんにとっては「都合の良い制度」ではないか・・・と考えておりました。この通知が監査役さんのところへ届いた場合には、このたびのセラーテムテクノロジーと同様、監査役さんは社長と対峙するか、監査法人と対峙するか、二者択一の選択を迫られるわけでして、監査役の善管注意義務に従った対応が迫られることになります。

たしかに監査法人にとっては(社内事情を開示する、ということで)守秘義務の解除という問題がありますので、金融庁への届出はむずかしい法的責任問題を背負うことになります。しかし監査役に対する通知はそれほどの悩ましい問題が発生しないわけで、むしろ不正の兆候に接した監査法人としてはバンバン内容証明通知をもって警告を出せばよいのではないかと思うわけであります。つまり、193条の3に基づく通知は監査役に対しては門戸は広く、当局に対しては門戸は狭く、といった運用がベストではなかろうかと。ところが先のオリンパス事件でもそうですが、監査法人としては会計不正疑惑に直面しても、なかなか監査役に正式な通知を出さない傾向にあるようです。

また、いろいろと勝手な推測による意見であり、関係者の方々から怒られそうな気もしますが、おそらく監査法人さんとしては、監査役との連係・協調を推進します、有事には監査役と情報交換を密にして不正の発見に努めます、と表明しているところですが、ホンネのところでは「どうせ監査役は経営者にはモノが言えないだろう。そうなると第二ステップに移行せざるをえなくなり、金融庁に対して法令違反等事実を届け出ざるをえない。結局経営者から守秘義務違反、虚偽説明と言われてリーガルリスクを背負うのは監査法人になってしまう。そんな面倒なことになるくらいだったら、金商法193条の3を監査役にちらつかせる程度にしておこう」といった感覚ではないかと。今回のセラーテム社の事例のように、すでに強制捜査が開始されているのであれば届出もやりやすいのですが、事案によっては不正発覚の引き金を引くはめになるわけでして、このあたりが監査法人にとって193条の3の制度がやっかいと思われる理由ではないでしょうか。監査役との連係に関する「ホンネ」と「タテマエ」が交錯する場面であるがゆえに、この制度は監査法人さんに嫌われる運命にあるのではないかと。

この制度が誕生したからといって、財務諸表監査を担当する監査法人に「不正発見義務」が認められるようになったとは申し上げません。しかし、会計不正事件に直面した監査法人にとっては、自法人の法的責任問題に発展する可能性をもつ制度だけに、できれば最後まで「抜かずの宝刀」のままであってほしいと願うところなのでしょうね。

4月 20, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2012年3月20日 (火)

取締役の不正行為に関する内部通報を受領した監査役対応(ベリテ社事例)

先日の監査役協会の研修におきまして、取締役関与の不正事例の場合には「ガバナンス+ヘルプライン」でなければ内部通報制度は機能しない、と述べましたが、そのベストプラクティスに近い事例が3月19日に公表されております。

宝飾品小売大手のベリテ社(東証二部)の監査役会は、取締役関与のもと、①商品仕入れに関する架空取引、および②関連会社との間における経済合理性のない取引が行われた疑いがあるとして、これを取締役会に報告し、同時に監査役会の下で第三者委員会を設置し、さらに事実関係を調査するとのこと(リリースはこちら。取締役会も、これに対して全面的に協力するとされております)。

内部通報が監査役の下に届き、その通報事実の調査を監査役会で行い、取締役が関与していた不正の疑いが濃厚になったために会社法上の報告義務を履行したもののようです。もちろん、このリリースだけでは、以前から監査役の方々にとって不正の兆候が認められたのかどうかは不明ですが、社内の通報制度によって経営者不正が明るみになるのは唯一、このパターンしかないのではと思います。

もし本当に、監査役会による報告まで、不正の存在および第三者委員会設置の事実を役員会のメンバーが知らなかったとすれば、監査役間において「有事意識が共有」されたものとして監査が有効に機能した好例ではないでしょうか。また監査役会の下で、機動的な調査対応が要請されることから、「日弁連第三者委員会ガイドラインに完全に準拠するわけではない」と書かれているところも個人的には「好み」です。

1か月程度で出される予定の第三者委員会報告書を楽しみにしております。ということで、お休みモードではありますが、備忘録程度にご紹介いたします。

3月 20, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月15日 (水)

「わけあり監査法人」あぶり出し計画?

今週号(205号)の日経ヴェリタス47頁に、「企業会計の信頼回復へ監査法人を監査 不良会計士リスト化 離合集散を監視」なる記事が掲載されております。もう記事の見出しを読んだだけで、どなたが登場されるのか確実に予想がつくわけでして、あの「LEON風ちょい○オヤジ」こと金融庁審議官兼PCAAOB事務局長の某S氏のインタビュー記事。今年は監査法人の「お目付け役」としてお忙しい毎日を送っておられることと存じます。

監査役が監査法人の仕事ぶりをきちんとチェックできていない、株主にももっとこの点について関心をもっていただきたい、株主総会などで投資家は「どのように監査法人を評価しているのか」と監査役にもっと質問してほしい、と上記誌上でS氏が述べておられる点は全く同感でございます。当ブログでも、オリンパスネタ、大王製紙ネタにおきまして何度も触れてきましたし、これだけ監査役と会計監査人の連係・協調が会計士協会や監査役協会から力説されているにもかかわらず、世間ではそれほど「協働関係」が周知されているようには思えません。2月8日の朝日新聞朝刊にて、日本監査役協会の太田会長が「私の視点」で述べておられたように、これからの監査役には投資家への発信力(説明責任を尽くすこと)が必要であります。監査役が自社を監査する監査法人をどう評価しているのか、という点はまさに監査役の発信力を発揮するにふさわしい場面であり、これは決して監査役の「権限強化」の問題ではなく、既存の監査役の「権限を行使する環境作り」の問題だと認識しております。

さて、上記ヴェリタス誌におけるS氏のインタビューでは、やはり監査法人問題がとりあげられており、大手監査法人でも、監査法人統合の歴史からみて、地域によってはかなり実力の差があることにまで言及されております。また監査法人が頻繁に代わる上場会社を担当する監査法人には大いに問題があるとのこと。いわば「不良会計士」を開示情報からあぶり出す、ということのようであります。

そういえば上記記事を読み、昨年、大阪弁護士会にS氏をお招きしたときのお話を思い出しました。昨年は岡山の林原社の倒産事件を契機として、会社法上の非上場大会社(法律上は会計監査人の設置義務があります)の多くに、会計監査人が設置されていない(つまり違法状態にあること)が問題視されました。私もZAITEN2011年9月号でこの問題をとりあげ、「日本公認会計士協会は、500社以上の(会計監査人が設置されていない)非上場大会社に監査人を設置するよう各方面に要望しているが、そんな違法状態を放置しているような会社の監査など、危なっかしくて監査を引き受ける公認会計士さんはいないのではないか?」と疑問を呈しました(いわば自分で自分の首を絞めることになりはしないか、と)。たとえば金融庁としては、銀行検査権限を行使して(取引先の信用リスクの管理態勢のチェックを通じて)非上場大会社のガバナンス強化策を敢行しうるわけですから、非上場大会社も会計監査人の設置が実質的に強制されることになり、私のような疑問も現実化することになります。

S氏は私のこの疑問を受けて、会場の弁護士に向けてご自身の見解を述べられました。

そんな状態になってもいいじゃないですか。危なっかしくて普通の会計士さんは監査を受けないということでしょ?そしたらどうなりますか?そういった「わけあり大会社」は、監査を引き受けてくれる会計士さんを必死に探しますよね。そしたら、またそれを(喜んで)引き受けてくれる会計士さんのリストが作れるじゃないですか。銀行の信用リスク管理態勢が高まる、非上場大会社のガバナンスが向上する、そして不良会計士があぶりだされる、一石三鳥とはまさにこのこと!

なるほど・・・・・・、私とちがって、考え方が非常にポジティブ(^^;(どうしてこんなにポジティブになれるのかな?・・・)。「不良会計士」のあぶり出しについて、さすが監督官庁、執念を感じるお話でありました。非上場大会社の問題ではありますが、最終的には、これも証券市場の健全性確保に向けた施策のひとつ、ということになるのでしょうね。私も「あのビジネス法務の部屋とかいうブログの管理人弁護士は怪しい!」とS氏に名指しで指摘されないよう、これからも精進して参りたい、と思います(^^;

2月 15, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年1月25日 (水)

外から「あやしい」中から「おかしい」の関係

今週号の日経ヴェりタスの記事「会計不祥事 決算書に残る痕跡」を興味深く読みました。最近の不祥事続発の影響からか、「粉飾はこうして見破れ!」的な記事を新聞や雑誌でよく拝見いたします。確かにヴェリタス誌で紹介されているようなエフオーアイ、シニアコミュニケーション、メルシャン等の事例分析を読むと「なるほど、公表されている決算書等からでも、こくやって粉飾の兆候は出ているんだ」と納得いたします。

ただ、気を付けなければならないのは、最近の会計不祥事にしても、上記問題事案にしても、新聞で大きく取り上げられて、話題になったからこそ当該企業の決算書を熱心に分析できるわけでして、これもやはり「後出しジャンケン」の世界であります。では粉飾発覚前に同様に分析できるか・・・・といいますと、これは当該会社と余程の利害関係人でなければ分析は困難ではないかと。

たしかにヴェりタス誌で紹介されていらっしゃるクレディスイス証券のアナリストさんのように、オリンパス社の粉飾の予兆を2年前から気づいている方がいらっしゃったとしても、それは外部から「あやしい」と感じるところまでであり、「おかしい」と声を上げることはなかなかできないんじゃないでしょうか。いや、外部の方ですから「おかしい」と声を上げる必要もないわけでして、あやしいと感じるのであれば、投資家として「危うきに近づくべからず」とすればよいわけです。そういった意味では、「粉飾決算はこうして見破れ」的なハウツーは、投資家サイドの方々にとっては相当程度、意味のあるものだと思います。

しかしよく考えますと、投資家の方々が「危うきに近づかず」が金銭的に意味のあるものになるためには、誰かが「おかしい」と声を上げる必要があるわけです。誰かがおかしいと声を上げて、これを端緒として社内や行政当局の調査が開始され、最終的に企業側が不適切な会計処理であったことを公表して、初めて意味がある、といえます。上記ヴェリタス誌で紹介されているフタバ産業さんの事案などは「会計士が発見した」とありますが、おそらくこれも社内情報から会計士さんが「おかしい」と疑惑を抱いた事例だったものと推測いたします。

では一体だれが「おかしい」と声を上げるのか?おそらく社内の役員の方から「おかしい」と声を上げるか、もしくは複数の社員の協力をもって「おかしい」と声を上げる必要があるのでしょうね。いま内部通報によって会計不正が明るみに出た事案をいくつか分析しているところですが、やはり一般社員の内部通報が経営者不正につながる事案では、一般社員の単独行動だけでは明るみに出ることは難しいように思われます(大王製紙さんの事案などが代表例です)。たとえ投資家と同様、「あやしい」と感じることができても、「おかしい」との心証を形成できるところまで事実を解明することも難しいのですが、それより難しいのは声を上げること。ここに「あやしい」と「おかしい」の大きな差があるように思います。

上誌のプロが教える「ここに注意」なる欄も興味深いところですが、これを読んでおりまして「時間軸が必要だなあ」と感じました。外のコンサルティングがひょこっと会社に伺って、あやしいなあとは思えても、おかしいとは断言できないわけで、これが「おかしい」と断言できるためには相当に時間的な変化まで読み取る必要がありそうです。昨年末に公表されたゲオ社の社外調査委員会報告書などを読んでも、「おかしい」と声を上げることができるのは、社内力学が機能するなかで、いろんな経営判断に関する対立構造が生じたためであり、結局は役職員の「並々ならぬ欲望」に起因するところではないか、と感じました。外からみた「あやしい」を中からの「おかしい」にどう結び付けることができるか、このあたりはきれいごとでは済まない、不正の早期発見のための重要な論点だと思います。

1月 25, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2012年1月18日 (水)

オリンパス株主代表訴訟と監査法人の法的責任

各紙で報じられているとおり、オリンパス社の個人株主の方が、同社不祥事案では初めて取締役に対する責任追及訴訟(株主代表訴訟)を提起されたそうであります(朝日新聞ニュースはこちら)。会社がすでに取締役の責任追及訴訟を提起しているにもかかわらず、なにゆえさらに株主代表訴訟を提起したのか、といった理由は、まさに私が1月11日付エントリーで述べたところとピッタリ一致するようです。勝敗は別として、取締役責任調査委員会の報告書には、なぜウッドフォード氏が、昨年2月に社長、そして同6月には代表取締役に選任されたのか、その理由が記載されていないわけですから、素朴に考えますと、株主から代表訴訟が提起されるのも当然のことではないかと思われます。

さて、取締役の責任追及とは別に、オリンパス社より監査役等責任調査委員会報告書がリリースされております。(以下は、単なる私見であり、思いつきの意見にすぎませんのでご注意ください)

この報告書では、主にオリンパス社の長年の損失飛ばしによる粉飾決算を見逃してきた監査役および監査法人に対して、法的な責任が認められるかどうかが検討されております。ウッドフォード氏による告発時における監査役監査の問題については、上記取締役責任調査委員会報告書に対するものと同様の疑問がありますが、他の部分については監査役が定例監査から非定例監査に移行すべき「異常兆候」の具体的内容が記されてあり、おおむね妥当なものではないでしょうか。ただし「最後に」のところで、法律や会計の専門家でもない者に、調査報告書の「限定条件」等に配慮せよ、というのは酷である・・・との言い回しが出てきますが、監査役の責任認定の中で、2009年調査報告書を検討したとしても、監査役の任務懈怠は左右されない、といった趣旨のことが書かれているように思うのですが、これは矛盾していないのでしょうか?(同調査報告書96頁と同161頁との比較。単純に私の読み方が悪いだけなのでしょうかね??)。

あと、この報告書の結論として、ニュースでは「監査法人の責任が否定された」とありますが、当委員会は両監査法人から監査計画書、監査調書等の提出を受けていないわけですから、その責任を追及できないのはむしろ当然のことであります。たとえば同報告書も引用しているナナボシ事件判決(監査法人が敗訴した事案)では、原告側が文書提出命令によって裁判で膨大な監査調書の提出を受け、原告側代理人がこれを念入りに調査したうえで監査法人の過失立証を組み立てたわけですから、監査法人の法的責任追及には監査調書の提出は不可欠であります。なんら監査調書も所持しない状況では到底「監査法人に責任あり」とはいえないはずです。したがいまして、裁判にならないと監査法人の責任が否定されるかどうかはわからないわけでして、これは調査委員会の限界であります。

また、監査法人の法的責任を論じるにあたり、現場担当者の行動に照準をあてるのか、それとも監査法人の組織としての対応に照準をあてるのか、そのあたりが明確にされていないように思いました。平成19年の公認会計士法改正により、監査法人は品質管理が求められるようになり、現場担当者が問題を解決できないような場合であれば、組織内で審査会等を通じて意見形成を行うはずです。つまり、裁判になれば監査法人のだれのどのような判断に問題があったのか、特定されなければならないと思います(個々の会計士にとってどこまで不正の疑惑を認識していたのか、当然に異なるわけでして)。チーム医療に関する裁判例がいくつも出てきており、専門家組織による委任事務処理の法理が少しずつですが明らかにされているところですから、監査法人による監査上の注意義務の認定においても、同様の法理が成り立つのではないかと。つまり現場担当者の判断に問題があった、ということであれば従来と同様の訴訟となりますが、問題案件について、持ち帰って上層部における判断が意見形成に影響を及ぼしているのであれば、だれのどのような判断が問題視されるのか、そこを訴訟では明らかにするような形になろうかと思います(現場担当者が認識していた不正疑惑の事実が、きちんと伝達されないまま上層部が意見形成に関与しているのであれば、それは監査法人の内部統制構築義務違反に該当する可能性があります)。

1月 18, 2012 不正を許さない監査 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年12月27日 (火)

組織ぐるみの会計不正に立ち向かう社外監査役の事例(共同PR社)

(12月28日 追記あります)

昨日(26日)九電の取締役会招集に関するエントリーを書きましたが、驚くことに、昨日臨時取締役会が開催され、その後の記者会見にて、社長さんは1~2か月後には辞任することを表明されたそうであります。会見では「やらせメール事件のめどが立ったため」とのことだそうですが、おそらく「物言う監査役」さんの存在も大きかったことと推察いたします。

さて、年の瀬も迫った26日、しかも午後9時前の適時開示として、ひさしぶりの「物言う監査役」シリーズにふさわしい事例がJDQ上場企業より公表されております。

危機管理広報、IR等のコンサルティングを業務とされる共同PR社(JASDAQ 2436)は、代表取締役が会社資金を自己目的で不正に流用しているとして、監査役を中心とした調査報告書を適時開示として公表しております(「危機管理広報、IR支援」を業務としている当社ですが、なぜか自社HPにはリリースがされていないようです・・・)。←27日の時点で自社WEB上にリリースが掲載されております。

取締役会への内部調査報告書の提出について

先日の週刊東洋経済による当職へのインタビュー記事でも、また当ブログのエントリーでも述べましたように、経営者の関与する不正は「ガバナンス+内部通報」の組み合わせが機能しなければ発見は困難でありますが、本事例はまさに監査役に対する内部告発と社外監査役3名を中心とした徹底調査によって経営トップおよび他の取締役2名が関与する資金流用事件を解明したものであります。

とくに本件では「物言う監査役」として社外役員が中心となっておりまして、「結論」として40年にわたり君臨してきた現社長の辞任要求、不正に加担した取締役2名への辞任勧告、他の取締役に対して上記3名への懲戒処分勧告や刑事訴追要求など、毅然たる対応が印象的であります。ここまで徹底して経営トップの不正を社外監査役が糾弾するのは、あのなつかしい太陽誘電社の事例(温泉コンパニオン交際費事件)以来ではないかと・・・・・(あのころは、当ブログも勢いがあったような気がします・・・(^^;;  )。太陽誘電社のケースでは、温泉コンパニオン宴会を知った関連子会社の社員による内部告発が発端でありましたが、今回の例では、やはり社長に不正加担を命じられた社員が社外監査役にSOSを送ったものと推測されます。

当調査委員会は、今後の外部第三者委員会による事実解明も求めております。これは社内における派閥争いなど組織力学による調査結果ではないことを内外に示すためにも必須だと思いますし、なにより「自浄能力があること」をステークホルダーに説明するためにも必要な対応であります。したがいまして本格的な事実調査はこれから、とも思われますが、「内部通報+ガバナンスが経営者不正の抑止に効果的」という、典型例としてご紹介させていただきます。

(28日追記)このエントリーを書いた日のニュースによりますと、本報告書の提言に基づき、代表者が辞任を発表した、とのこと。すでに自社WEB上でも公表されておりますことを付言いたします。

12月 27, 2011 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年12月 7日 (水)

ゲートキーパーとしての監査法人への期待(オリンパス報告書への感想)

商事法務さんのNBL「新春特別号」の編集のお手伝いをしている関係で、到底オリンパス事件の第三者委員会報告書を精読する時間がとれないようです。自身が興味を持っているところを「つまみ食い」のような状態でパラパラとめくってみたのですが、監査法人さんの責任評価に関する詳細な検証が目に留まりました。「予備審査会」などという、監査法人さんにとってあまり表で議論したくない(?)フレーズなども登場して、かなり興味深いところです。

当ブログで何度も扱っておりました金商法193条の3について、あずさ監査法人さんが、監査役に「権限発動を仄めかせた」とありますので、結局のところ193条の3に基づく監査役への通知はしなかったのですね。このあたりは事実上解任されたから、ということなのでしょうか。

監査法人が金融機関から「残高証明でだまされた」構図は山一の飛ばしと全く同じだなぁと感じました。しかし、山一事件の頃とちがって、現在は金商法193条の3が規定されています。つまりゲートキーパーとしての監査法人としての責務を尽くしたかどうか、という点が重要であります。

報告書を読むと、(とりわけ)あずさ監査法人さんは、不正を主導していた経営陣とバトルを繰り返し、監査役とも協議を行い「けっこう頑張っていたのではないか」との印象を持ちました。しかし、これは不正の発見のための尽力する、という事後規制の問題です。しかし193条の3が規定された以上、監査法人さんには、ゲートキーパー(犯罪抑止)として、事前規制の分野で職責を果たさねばならないはずです。つまり監査法人と金融庁の連係です。J-SOX(内部統制報告制度)でも、「開示すべき重要な不備」は、将来における財務報告の虚偽記載の危険(おそれ)を開示するわけですから、これと同じ理屈です。

投資家保護のために、まずは監査役と連係し、それが機能しなければ最後は当局と連係する、という構図であります。監査法人が金商法193条の3によって不正の届出をしなければならないのは、過去の不正を暴く義務があるからではなく(事後規制)、不正の兆候を知らせて、投資家にこれ以上の被害が拡大することを防ぐことが目的だからです(事前規制)。だからこそ、監査役を通じて企業の自浄能力で不正を抑止し、これがダメなら最終的には「おかしい」と思ったことを監督官庁である金融庁に報告せよ、と規定されているわけで、監査役に権限行使を促す目的で「193条の3を仄めかせて」済む問題ではないと思います

オリンパス社の監査役(監査役会)の対応から判断すべきなのは(これは前にも書きましたが)不正の兆候が合理的な理由によって減殺されるかどうか、であり、事前規制の観点からすれば、(2009年の第三者委員会の結論である)経営判断の適法性などあまり関係のないことです。また金融機関の残高証明に疑義が残るのであれば、事後規制の観点からすれば「金融機関からだまされたのだから、不正が発見できなくても仕方ない」で済むでしょうが、事前規制の観点からすれば「私たちが要求する形式の残高証明を出してこないのだから、これは怪しい。これでは適正意見はだせない。投資家が被害を受ける可能性が高い」といった警告を発する(金融庁に報告する)というゲートキーパーとしての役割としては全く機能していなかったのではないでしょうか(このあたりは、日本公認会計士協会報告書第○号のような規則があるかかもしれず、私が無知なだけかもしれませんので、またご指摘いただければ幸いです)。

第三者委員会は、監査法人さんに対して「問題なしとはいえない」と、非常にあいまいな言い回しをされていますが、この金商法193条の3による「ゲートキーパーとしての監査法人の役割」を第三者委員会がどう理解されているのか、そのあたりが不明なままであります。さて、この第三者委員会と行政当局(金融庁、検察庁)の役割分担・・・ということも、いろいろと考えさせられるところが多いのですが、それはまた報告書を精読したうえで、別の機会にエントリーしたいと思います。

12月 7, 2011 不正を許さない監査 | | コメント (8) | トラックバック (1)

2011年8月15日 (月)

決算黒いのは七難かくす・・・・・粉飾決算(経営者不正)への誘惑

私が監査役を務める会社も1Q決算報告が終了し、第一回の監査報告会(会計監査人と監査役との意見交換会)も終わりましたが、ここ数年、当社は開示されているとおりの業績不振が続いていたこともあり、これまでになかったほどの「ホンネの意見交換会」が続いております。毎回、社外監査役としていろいろなことを考えさせられます。

今の時代、あまり慣用句として使うのは適切ではありませんので恐縮ですが、「色の白いのは七難隠す」といいますが、「決算黒いのは七難隠す」であります。1円でも黒字が出ていれば監査法人との折衝は楽です。しかし(とりわけ業績が悪いために)赤字となると、継続企業の前提に疑義が生じる事象に関して一気に監査法人のチェックが厳しくなります。中期経営計画の進捗状況、銀行の融資状況に関する変動の有無、決算・財務報告プロセスへのチェック等。また当然のことながら繰延税金資産の取り崩し、固定資産の減損、子会社株式の評価、資産除去債務等、会社側の将来見積もりにも厳しい目が向けられます。監査法人の品質管理に行政当局の厳しいチェックが入るようになったからだと思いますが、それぞれの審査のために必要な資料も細かく要求される、もちろん業績が悪化しているところであるにもかかわらず、こういった複雑なチェックが要求されるために監査法人から求められる報酬金額も当然に増えるわけであります。

つまり監査法人と会社との関係は、黒字が出ていればハッピー、1円でも赤字となれば「職業的懐疑心」との闘いとなるわけです。頭ではわかっていたつもりでも、いざ自分がそういった会社の監査役を務めておりますと、いやいや、本当に身に沁みます。

当社では絶対にありませんが、こうやって厳しい折衝のなかで感じるのは経営陣の関与する粉飾決算への動機づけです。やはり経営者は粉飾決算をしたいと思うのは当たり前であります。最近のようにフェアーバリューや将来見積もりを必要とする勘定項目が増えているなかで、悪気がなくても数字をよく見せよう、との意欲がない経営者などいないのではないでしょうか。利益さえ出ていれば、上述のとおり監査法人との関係はハッピーであり、経営計画の内容にも、その実現可能性にも、子会社の事業にも他人から余計な口出しはされないのであり、また会計監査人との折衝も基本的には経理担当者に任せておけばよい。監査法人の現場担当者も、法人内部の契約審査部や監査審査部の人たちに細かいツッコミを入れられずにOKサインが出るわけで、後ろ向きの仕事をしないで済むわけです。これだけ赤と黒では大違いなわけですから、少々無理してでも赤を黒に変えておこう、という気持ちになるのはむしろ経営者としては当然ではないかと。継続企業の前提さえ崩れなければ、複式簿記の世界ですから「あとで必ず利益が出るから、そのときに帳尻を合わせておけば済むし」で終わり。経営者は将来展望に自信を持っていますから、何も悪いことをしているという意識はないのです。

「なぜ監査法人、監査役は長年粉飾を見逃したのか」と非難されますが、こういった構造があるからではないかと。1円でも利益が出ていればみんなハッピーであり、思考が停止する、「おかしい」といえば「お前はあほか」と言われる。むしろ誠実に赤字決算を出せば、みんなが身構えて、「おかしい」と言われても不思議ではない雰囲気となる。株主からはセグメント毎の業績を指摘されて、(決算書には出てこない無形資産がいっぱい詰まっているにもかかわらず)赤字を垂れ流しているセグメントの切り離しを要求される。それなら毎年粉飾を重ねてでも利益が出ているようにして、みんなハッピーな状況のなかで経営を続ける方を選びたくなるのはあたりまえであります。「それでは株主や投資家をだましていることになるではないか?」との反論が考えられますが、いえいえ、それは後出しじゃんけんの発想であり、経営陣は後でかならず粉飾は利益で消せると考えているのですから、むしろ株主や投資家のためにも今は粉飾で切り抜けようという意識の方が強いはずです。現にこれまでも粉飾決算によって凌いで、あとで利益が出て、結局何も問題にならなかった企業は山ほどあるはずです。

また利益が出ているから、監査法人や監査役が何もリスク感覚がなくなっているかというと、そうではありません。利益が出ている会社であるからこそ、今度は会計処理方針等が正しいかどうかに資源を集中するわけでして。でも会計処理の原因となっている会計事象が存在するのかどうか、というところまでは疑わないのであります。(監査役がそこを疑うということは、会社の存在自体を否定することになるため、ほとんど困難かと)会計不正の調査でむずかしいのは、このように不正発見には「時間軸」の意識が必要だからであります。不正の兆候に気づくためには、会社がどのような局面になると、どのようなリスクが高くなり、そのために誰のモニタリングが期待できるのか、タイムリーな判断が要求されるからであります。つまり、監査法人も監査役も粉飾を見逃してはいけないという意識で仕事をしているけれども、(利益発生という結果から逆算して)「見つけやすい粉飾の発見」に注力しているわけでして、「何もしていない」のとは理由が違うのであります。

※業績が好調だけど、内部統制には重要な欠陥(開示すべき重要な不備)がある、といった内部統制報告書が出てくればおもしろいなあと思います。この会社は儲かってはいるけれども、間違った財務諸表を公表して投資家に迷惑をかけるおそれがある内部統制です、といった評価結果を自ら公表する会社があるならば、本当に誠実だなと思います。まあ、これはほとんど難しいかもしれませんが。。。

モニタリングする側からみると、子会社や特定事業部における会計不正についても同様の傾向があるかと推測いたします。子会社経営者や事業部長が社内で評判が高ければ高いほど、その会計処理のチェックまではできても、会計事象の存否までは調べることができない。たとえば利益を出している子会社のトップに「それはスルー取引ですか?循環取引ですか?」とは聞けない。そんな愛社精神のない監査役には誰も口をきいてくれないでしょう。たとえ監査役といえども、利益追求のために同じ方向を向いていないとわかれば、相手は警戒して真実の情報を流してはくれないのであります。また監査役の心構えとしても誰も最初から、自社では循環取引が行われているなどとは夢にも思っていないのであります。その結果、粉飾は長年発覚せず、取引先の破たんによって表面化するまでわからない、というのが実際のところではないかと。

内部統制のチェック・・・、これは不正の予防に関わるものであり、監査役としても従事しやすい作業かと思います。しかし不正を見つけ出す作業は上述のとおりむずかしい。ただそれでも監査役は不正をみつけなければならない。唯一の方法は、利益追求のために経営陣と同じ方向を向きながらも、何もお膳立てされていない「生のビジネス情報」が飛び交うなかから、法律や会計、あるいは社内ルールや企業倫理綱領に関わる事象を抽出し、そこから異常な兆候を見つけ出すことだと思います。「経営者をはじめ、会社はどんなに誠実な顔をしていても、粉飾決算を当然にやってしまうし、また悪いとも思わないものである」ということを十分に認識したうえでなければ、私は監査役が不正を発見することはむずかしいのではないか・・・・と最近は考えたりしております。

8月 15, 2011 不正を許さない監査 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年6月16日 (木)

エフ・オー・アイ被害者株主、会計監査人・監査役を提訴

エフ・オー・アイ事件といえば、株主の方々が引受証券会社や証券取引所に損害賠償請求訴訟を提起されていることは知っておりましたが、このたびエフ・オー・アイ社の元会計監査人、監査役の方々を被告として「監査見逃し責任」を追及する訴訟を提起されたそうであります(東京新聞ニュースはこちら)。以下では、とくに監査役さんの「監査見逃し責任」追及について一言。

原告の方による「不正会計の兆候についての確認調査を怠った」との会見内容から推察されるところでは、当ブログで従来から申し上げておりますとおり、監査見逃し責任の追及では、「おかしな兆候」の存在、そしてこれに対する「監査役の気づき」が争点となるものと思いますので、争い方としては正鵠を得たものではないかと思われます。

ただ、アイ・エックス・アイ事件の監査役3名の代理人を務めた経験からいたしますと、監査役、会計監査人の責任追及のハードルはめちゃくちゃ高いです。原告側に「不正の兆候」の立証責任がありますので、膨大な記録から、なにが不正の兆候なのかを裁判官に説明しなければなりません。いっぽう、まじめに監査役を務めていた方からすれば、いかんせん社内の事情に精通していますので、「それは不正の兆候ではない」と、合理的な理由をつけてあっさりと反論してしまいます。

私の感想として申し上げますと、監査役が敗訴するのは、①経営執行部と粉飾を共謀していた場合、②明らかに粉飾を知っていて、これを放置していた場合、③上場企業の監査役としての、ごく普通の職務すら怠っていたような場合、のいずれかのケースではないかと。ですから、「異常な兆候」で争う「正道」でいくよりも、少し荒っぽいかもしれませんが、「監査役もグルだった」的な争点形成の戦法でいくほうが勝てる見込みがあるかもしれません。

たしかに、ライブドア株主損害賠償訴訟、大原町農協事件、釧路生協事件、大和銀行株主代表訴訟事件、ダスキン株主代表訴訟事件等で、まじめに勤務していた監査役さんに任務懈怠が認められたケースもありますので、これらを工夫して引用して、いかにして「異常な兆候」が監査役の目の前に存在していたのか、説得的な主張を展開する必要がありそうですね。

できれば、会計監査人と監査役が同一の訴訟で審理され、「会計監査人の第一次的責任」や「監査役による会計監査人監査の相当性判断」あたりの論点にまで踏み込んだ判決がでることを期待したいと思います。

6月 16, 2011 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月30日 (木)

法律家も気付いていない(と思う)監査法人の法的責任問題

ちょっと大げさなタイトルで、ひょっとしたら私だけが気付いていなかったのかもしれませんが、昨年の日本監査研究学会(西日本支部)で特別講演をさせていただいたときの反応や、今年6月の会計不正シンポで登壇させていただいたときのご質問等から、「なんでだろう?」と疑問に思っていたことが、どうやら少しばかり理解できてきました。いや、理解というのは言い過ぎで、少しばかり問題意識を共有できるようになったように思います。

いままで「粉飾決算の監査見逃し」に関する会計監査人の法的責任が問われる場面といいますと、会社側の偽装工作を現場の会計監査人が見抜くことができず、「一般的な監査人に要求される注意(相当な注意)をもって監査すれば見抜けた」か否かが争点となることがほとんどだったように思います。この「一般的な監査人であれば」というのは、監査調書や監査報告等から、現場の監査責任者の業務を注視して、そこに過失があったかどうかを判断するわけであります。「監査法人の過失」といいましても、それは手足となって法人の監査証明業務を執行する現場担当者の過失を認定する、というものであります。

しかし、昨年の監査研究学会での発表の際、時間がなくなって「チーム医療に関する平成20年以降の最高裁判決の紹介」を(ここはあんまり重要ではないから省略しよう、との思いから)飛ばして解説させていただいたところ、後で多くの会計士の方から「なぜ、一番聞きたかったところを解説しなかったのか?」「あのチーム医療の責任負担のところは、また別の機会に解説してほしい」等との感想を多数いただきました。また、今年の不正会計シンポでも司会の方が、しきりに「品質管理担当者は同じように法的責任は負わないのですか?」「信頼の原則というのは品質管理者にとって有利なのか不利なのか?」といったご質問を受けました。(学会での発表の時、私はおそらく監査役と会計監査人の連携・協調のなかでの責任分担を説明すべく、チーム医療に関する判例解説を用意していたものと記憶しております。)

監査における「品質管理」の重要性、というものは、おそらく法律家にはあまりなじみのないものでして、現場の会計監査上の過失と並列的に考える・・・というのはどこか違和感があります。どうして監査法人の方々は、こんなに「品質管理云々」と問題視するのだろうか・・・という点は(おそらく私だけではなく)法律家にとってはよく理解できていないところではないか、と思われます。2005年10月に「品質管理基準」が出来上がったようでありますが、これは監査法人に対して向けられたもので、どちらかといいますと組織体制や業務管理、ルール作りを志向しているように思われます。私などは、「品質管理」といいますと、現場の会計士の質の確保に向けられている・・・というイメージを持っておりますが※、それよりもむしろ監査法人自身が監査証明業務を行うわけですから、全体としての監査法人による「監査の質の確保」というのが本来の趣旨に近い理解ではないでしょうか。(「法律事務所全体としての質の確保」というイメージはあまり聞かないですし・・・・笑)

※・・・よく考えてみると、「現場の会計士の質の確保」というのは、どうやってその質を検証するのでしょうか?会計士さんの監査証明業務というのは、そもそも「事故なく100点満点」をとってあたりまえの世界ですし、業務の性質上「会計士人気ランキングベスト10!」のようなことも考えられませんし。。。やはり「監査法人全体としての監査証明業務の質を確保する」と考えたほうが自然なように思いますが。(「新版・公認会計士法」羽藤秀雄著55頁以下参照)

昨日、お昼のある会合で、某監査法人の某大先生とお話をしていて、ようやく少し理解できたような気がいたしました。民事上の問題はともかく、上場会社を監査する監査事務所の登録制度が充実して、きちんと現場の監査の品質を管理するスタッフも充実してきた、現場の会計士が監査対象会社のビジネスリスクまできちんと把握しているかどうかを法人内部で審査する制度も充実してきた、ということで、会計士協会や行政当局による「品質管理」に関する要求も高まってきたことが背景にある、ということではないでしょうか。少なくとも、行政上もしくは会計士協会上での処分対象としては、すでに実例もあり、かなり監査法人側も品質管理への意識が高くなっている、ということなのでしょうね。おそらく行政処分の厳格性から、民事責任への影響度について関心が高まっているのではないでしょうか

このあたりは監査の現場に立たれている会計士の先生方からすれば当然のことなのかもしれませんが、法律家サイドでは、果たして民事上も連帯責任を負担しなければならないほどの問題意識、あるいは現場では過失はなかったけれども、品質管理の面で監査法人には注意義務違反が認められる、という問題意識は未だ持ち合わせていないのではないでしょうか。とくに「ビジネスリスク」に着目する・・・という発想は、理解に乏しいところであり、現場実務というよりも、監査法人による品質管理実務にまで精通していなければ、民事賠償責任を追及する場面に反映させることはなかなか困難なように思います。「品質管理」と一口でいってみても、パートナーレビューのように比較的現場に近い審査業務もあれば、審査会による合議手続もあり、また内部統制システムの構築のような監査法人のマネジメントに近い業務も含むようですので、法的責任が問題になる場面というのも、品質管理のどの部分を指しているのか、細かく検討する必要がありそうです。ちなみに、公認会計士法施行規則の第26条は、監査法人の品質管理について以下のように定めております。

品質の管理)
第26条  法第三十四条の十三第三項に規定する内閣府令で定める業務の遂行に関する事項は、次に掲げる事項とする。
一  業務に関する職業倫理の遵守及び独立性の確保
二  業務に係る契約の締結及び更新
三  業務を担当する社員その他の者の採用、教育、訓練、評価及び選任
四  業務の実施及びその審査(次に掲げる事項を含む。)
イ 専門的な見解の問い合わせ(業務に関して専門的な知識及び経験等を有する者から専門的な事項に係る見解を得ることをいう。)
ロ 監査上の判断の相違(監査証明業務を実施する者の間又はこれらの者と監査証明業務に係る審査を行う者との間の判断の相違をいう。)の解決
ハ 監査証明業務に係る審査♪

ただ、「通常の監査人の水準」を基準として「過失」や「相当な注意義務」の中身が検討されることになりますので、「品質管理上の過失」という法的概念も、今後は監査法人さんの監査証明業務の在り方の変遷と同じ流れの中で形成されていくのかもしれません。また法律の趣旨が異なることから直接の関連性はありませんが、ナナボシ事件判決のように、先行した行政上の処分が、その後の民事賠償責任判断に事実上は影響する、ということもありますので、今後は品質管理における法的責任論が研究の課題になることも考えられます。「チーム医療における医療過誤の法的責任(集積されつつある最高裁判決の意味するところ)」になぜ多くの会計士の方々が関心をお寄せになったのか、すこしばかり合点がいきました。このあたりも法と会計の隙間の問題なのかもしれません。

9月 30, 2010 不正を許さない監査 | | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年8月25日 (水)

シニアコミュニケーションの上場廃止事例こそきちんと検証すべきである

東京証券取引所のHPにて、シニアコミュニケーション(マザーズ)の上場廃止決定に関するお知らせが出ており、廃止理由についてもかなり詳細に記載されております。以前ご紹介した当社の不適切な会計処理に関する社外調査委員会報告書でありますが、予想どおり多方面で話題となりました。私は条件反射的に「秀逸」と書きましたが、ある方面では(この報告書により)かなり「困惑」されたように聞き及んでおります。

本件では監査法人から架空売上の計上ならびに不良債権の隠ぺい工作の事実を追及されないための手法が一番の話題となりましたが、なぜここまでして上場しなければならなかったのか、なぜ経営陣は粉飾を重ねていったのか、なぜ有能な社員達が経営陣の粉飾に加担するに至ったのか、なぜ主幹事証券会社に変更があったのか、監査役、監査法人はいったい何をしていたのか、そのあたりの諸事情を検証することが、新規上場を目指す企業への監査ならびに審査のあり方を考える上では有益ではないかと思われます。正直申し上げて、私の場合は「後だしジャンケン」にすぎませんが、エフ・オー・アイ社同様、当社についても平成18年の新規上場時から「ここはおかしいぞ」とはっきり「粉飾あり」と指摘しておられたブロガーもいらっしゃるくらいですから、なにゆえ売掛金残高を「異常な兆候」とみることができなかったのか、(関係者の方々を非難するのではなく)監査役監査を含めた「監査の実態」「審査の実態」から合理的に説明できるかどうか検証することが極めて重要ではないでしょうか。このあたりは残念ながら、詳細な上記調査報告書によっても十分に解明はされていないようであります。

あまりに厳しい規制を一律にかけることはせず、しかしながら投資家を欺く手法を用いて上場を図ろうとする企業をふるい分ける監査(監視)、というものは理想ではありますが相当抽象的な議論でありまして、一朝一夕には実現困難であります。ところで私が訴訟代理人を務めましたアイ・エックス・アイの事件と本件のシニアの事件とは、多くの点で酷似しておりまして、これらの事件を比較してみますと、新興企業への監査体制(従業員不正ではなく、会社ぐるみの不正への監査という意味ですが)のモデル例がみえてくるようにも思われます。このあたりを手掛かりとして、もう少し具体的な議論ができないものかと思案中であります。

この点はまた別の機会に詳細に検討してみたいです。シニアの事例は「あ~ぁ、またひとつ逝っちゃった」で済ますにはたいへん惜しい。。。

8月 25, 2010 不正を許さない監査 | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年7月28日 (水)

企業不正の「おかしな兆候」を発見するための思考過程(典型例)

7月26日の朝日新聞ニュースに「事故米の不正転売」を見破った農水省職員の方に関する記事が掲載されておりました。(ニュースはこちら)具体的には、農水省地方農政事務所の方が酒造業者への定例監査を行っていたところ、そこで不正の疑いを抱かせるような「おかしな兆候」を発見し、この疑惑を専門チームに申告した、というものであります。もちろん、不正転売の事実を現実に見破ったのは、この専門チームの方々でありますが、最初の農水省職員の方の「もしや?」がなければ今回の不正転売は発見できなかったわけでして、この「もしや」こそ、不正発見のためのスキルとして重要なところであります。ニュースの事例は外部者による発見事例でありますが、社内調査でも同様の発見的手法は不可欠ではないかと。

社内における不正の早期発見は、不正リスク管理のキモであり、重要ではあるものの、もっとも実行が困難な場面であります。ただ、私としては内部統制(予防的手法)や危機管理(事後的手法)と異なり、不正リスクを低減させるためには費用がもっとも低廉で済むものでして、社内でスキルアップをはかるには効果的なポイントではないかと考えております。また、社内にコンプライアンス遵守の風土を育成しつつも、いっぽうであまりに厳格な社内ルールで職場のヤル気を喪失させることも回避する、というバランスを確保するためにも、こういった発見的手法の向上は今後の企業コンプライアンスの課題になってくるのではないでしょうか。

考えてみると、実はそれほどむずかしい思考過程ではないと思います。

定例監査→酒造業者の伝票チェック→伝票に「米穀業者から米国産MA米仕入れ」と表示→「おかしい!普通なら米国産MA米はお酒には使わない」→「たしかに例外はあるが、その場合は酒造組合を通して使われる(つまり直接仕入れはありえない)」→「もしかして??」

ここで定例監査が「おかしな兆候」発見に至るには3つの前提が必要です。つまり①米国産MA米は酒造には通常使用されない、②たとえ使用されるとしても、その場合には酒造組合を通じて酒造業者には流通する、③米国産MA米は不正転売事件に使用された過去がある、という知識を持っていることであります。①と②が不正の早期発見のスキルであり、③は平時における全社的リスク評価の問題であります。この前提事実を職員が認識していたからこそ、合理的な疑いを抱くに至るわけでして、認識がなければ「おかしな兆候」発見には至らないと思われます。よく不正チェックマニュアルには「Aという事実を認識→Bのおそれあり」というパターンが使われておりますが、この思考過程で不正が発見できるほど甘くはないのが現実でありまして、たとえば本件のように「Aならば、普通はB。だけど結果はC」「かりに結果Cが正しいとしても、それはDという結果も引き起こしているのが通常だが、ひきおこしていない」といった知識や経験に裏付けされた前提事実があって、はじめて「合理的な疑い」を抱くものであります。

毎度講演等で同じことを申し上げておりますが、こういった早期発見の「勘」をもっておられる社員がひとりでもいらっしゃれば、企業はずいぶんと救われます。しかしこれはある意味で「運」のようなものですから、実力を具備するためには、額に汗して「Aならば通常Cとなる」という社内事情を体得する以外には方法はないものと思います。もちろん「おかしな兆候」を発見しても、これを農水省職員の方が専門チームに申告する「勇気」も必要ですし(実際、上の朝日新聞ニュースでは、不正転売米がまだ流通していたことを『調査のずさんであったことが明らかとなった』と批判的に報じております)、また専門チーム自体が存在しなければ不正発見という結果をもたらすことはできないわけであります。しかしいったん「合理的な疑い」が浮上すれば、監査役や会計監査人、あるいは外部のCFE(公認不正検査士)による非定例調査が可能となるわけですから、企業不正を早期に発見できる可能性は格段に高まることは間違いないと思われます。なかなか申告する勇気がなければ、内部通報制度などを活用することも考えられます。この「発見力」向上のスキルなどお持ちの方がいらっしゃいましたら、また具体的なお話などお聴きしてみたいものであります。

7月 28, 2010 不正を許さない監査 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 1日 (木)

「不正発見監査」はもはやトレンドなのか?

修了考査に合格された皆様、まことにおめでとうございます。登録を済ませば晴れて公認会計士ですね。高い志をいつまでも忘れずに、精進されますことを祈念しております。(いろいろと問題になっておりますが、「実務補習所」というのもたいへんなんでしょうね。)さて、私は畑違いではありますが、日本監査研究学会が発行されていらっしゃる「現代監査」第20号(2010年3月号)に、「会計不正に係る判決と課題」なる報告を寄稿させていただきました。このような由緒正しい論文集に拙稿を掲載していただき、関係者の方々に厚く御礼申し上げます。

同文館出版さんより、この「現代監査」を送っていただいたので、初めて拝読いたしましたが、著名な会計学者の方々の論文表題に少し驚きました。イマドキの論文はIFRS(国際会計基準)に関係するものがズラリと並んでいるものと予想しておりましたが、さにあらず、不正監査に関連するテーマが非常に多いのであります。「不正リスク」「内部監査人の不正に対する責任」「不正に関する監査人の役割」など。最近の会計監査に携わる会計専門職の方々のご関心は「不正に立ち向かう監査」に向いておられるのでしょうか?

そういえば3月30日、大阪弁護士会館におきまして、大阪弁護士会と会計士協会近畿会合同による研修会「企業及び非営利法人における反社会的勢力に対する防御策」が開催されましたが、ここでも弁護士(民暴委員会副委員長の先生)と並んで中堅の公認会計士の方が講演をされました。「反社会的勢力排除」に関する問題は、弁護士の専門分野かと思っておりましたが、IPO支援業務に従事しておられる会計士さんが、「反社会的勢力からの企業防衛の提言」について具体策を講演されたのであります。しかも、金商法193条の3を引き合いに出して「法令違反等事実を発見した場合には、この条項を用いましょう」ということでありました。

コーディネーターの若い会計士の方が「私たちはいつも『重要性がない』とか『証憑がそろっていればそれで十分』という認識で監査に従事していますが、もっと不正に立ち向かう姿勢で監査に臨まなければいけないのですね」とおっしゃったのが印象的でありました。えー!?会計監査人の意識はそこまできているのですか!?ホンマに?(涙)・・・と私は心の中で叫んでおりました。ちなみに会計士さんのお作りになったレジメを再確認しますと、反社会的勢力排除のための事後対応として、たしかに「金商法193条の3による対応も必要となる」と書かれております。厳密には「財務報告の信頼性に重大な影響を及ぼすような法令違反等事実」に反社会的勢力との癒着問題が含まれるかどうかは若干の疑問もございますが(反社会的勢力との癒着について守秘義務が解除される、ということも含めて)、少なくともそれくらいの意識をもって監査に望まれる会計士さんがいらっしゃるということは非常に心強いものを感じました。

しかしながら、この「不正監査」は監査業界においても時流に乗ったテーマなのでしょうか?もしそうだとすると、何が原因でこうなったのでしょうか?例の監査法人解散、公認会計士法改正あたりからなのか、それとも私の報告にあるような最近の裁判の流れからなのか、それとも会計士さんご自身の意識変化によるものなのか、よくわからないところであります。ただ、いずれにしましても、内部統制報告制度と同様、「不正監査」につきましては、法律家と会計専門職との共有できるテーマでありますので、垣根を越えて共同研究を行うべき重要な課題だと認識しております。法律家にとって非常に難解な「リスク・アプローチ」の概念とともに、もうすこし議論が深化することを期待しております。

4月 1, 2010 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月 6日 (月)

日本監査研究学会報告「会計不正に係る判決と課題」

7月4日土曜日、第32回の日本監査研究学会西日本部会(於 あずさ監査法人)におきまして、「会計不正に係る判決と課題」というテーマで特別報告をさせていただきました。私の報告内容につきましては、また「現代監査」第20号で改めて掲載されるようでして、詳細はそちらでご覧いただきたいのですが、報告要旨は以下のとおりです。

1 司法と会計 この異質なるもの

  相対的真実、重要性の原則、リスク・アプローチと絶対的真実、当事者主義、善管注意義務

2 会計監査上の過失が問題とされた最近の判決より

  ナナボシ判決と東北文化学園大学判決を題材として法律要素たる「善管注意義務」と会計監査要素たる「リスク・アプローチ」の関係を考える

3 医療過誤訴訟におけるチーム医療訴訟と会計監査訴訟

  高度な資格保有者間における協働作業上の法的責任論につき、信頼の原則はどこまで適用されるか

4 弁護過誤訴訟と会計監査訴訟

  金融庁の懲戒処分と自主規制ルールによる懲戒処分の関係(それぞれの処分の目的、会計処理方法の妥当性は誰が判断するのか)

5 法律家からの提言

  鉄道事故調査委員会、医療事故調査委員会のような会計不正事件における事実認定・原因分析を行う委員会の設置、民事・刑事事件における専門委員会の設置、会計監査上の責任を問うエンフォースメントの多様性(ハードローとソフトローの使い分け等)

会計士協会の増田会長曰く、「(一学会員として)たいへん勉強になりました。でも、証拠(証憑)の評価については先生が言われるよりも、会計士はもっと厳密に精査していますよ。弁護士さんとはそんなに変わらなと思うけどなぁ。ちょっとあれは異論があるなぁ。。。」

太陽○SG監査法人の某会計士の方曰く「相対的真実主義の取り上げ方がちょっと違和感があった。70%で正しいとする合理的な心証の問題というよりも、複数の会計基準選択の余地がある場合に、どれを選択しても正しい・・・という例の方がわかりやすかった」

有限責任監査法人○ーマツの某会計士の方曰く「うーーーん、そういわれてみると、たしかに私もリスク・アプローチってようわかりまへん(笑)」(←たぶんご冗談でしょ・・・)

等々、ご意見をいただきました。(どうもありがとうございます)西日本部会としては、これまで以上に多くの方にご参加いただいたそうでして、大証の○○さんや、新○本有限責任監査法人の○○先生、また私が監査役を務めるフ○ンドリーの常勤監査役の○○さん、○○新聞の○○さんなど、応援にかけつけていただいた方もいらっしゃって、たいへんうれしかったです。また、とりわけチーム医療訴訟における医師の過失責任の考え方と会計監査人の責任との比較については、みなさま非常に関心が高いことがわかりました。

しかし、一番うれしかったのは、昨年の7月青山学院における日本内部統制研究学会の基調報告の際、かなり厳しいご意見を頂戴しましたT北大学のT田教授より、(懇親会の席上)「いや~、今日の報告は良かった! キミ、ずいぶんと成長したね~。去年は幼稚なこと言っとったけど・・・」←( ̄∇ ̄ ;)
とおほめの言葉(ですよね?)を頂戴したことであります。(なんか雪辱を果たしたような気分♪)この歳になって人様から「成長したね」などと言われることは、ほとんどありませんので、ホント嬉しかったですね。(あっ、でも私は部外者ですから、これからもホンネでお話させていただきますね)

学会員以外の者に、1時間も特別報告をさせていただき、またパネリストとして討論に参加させていただいた(開かれた)日本監査研究学会に敬意を表するとともに、貴重な勉強の機会を与えていただいた関係者の皆様(特にあずさの佐伯先生と北山先生)に、この場を借りて厚くお礼申しあげます。(東日本部会も盛会となりますよう祈念しております。そういえば、監査学会の会長選挙も「直接投票」に変わったそうですね。H田先生からお聞きしました)

7月 6, 2009 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月 9日 (火)

会計監査人の「期待ギャップ」リスク

当ブログでも最近とりあげましたが、コーポレートガバナンス改正論議におきまして、会計監査人の選任権を監査役に付与すること、そして報酬決定権 を同じく監査役に付与することについて、いろいろなところで是非について検討されているようです。日経の6月7日社説「会計監査の質高めるために」においても、日本監査役協会、経団連、そして会計士協会の提言内容が紹介され、日経(社説)の立場としては監査役の権限強化への制度改革を推進すべし、とありました。(おそらく会社法上の会計監査だけでなく、財務諸表監査も念頭に置いての議論だと認識しております)会計監査人の外観的独立性を確保して、公正透明な監査証明業務を果たすためにも、また今後ますます重要になると思われる「監査役と会計監査人との連携協調」を実現するためには、制度として監査役による選任、報酬決定が不可欠、とする意見もかなり強いようであります。

かりに監査役による会計監査人選任、報酬決定という制度が実現した場合には、会計監査人としては仕事もやりやすく、また適正な報酬も確保できるということで、「いいことづくめ」のようにもみえるのでありますが、いっぽうで「期待ギャップ」リスクのようなものは発生しないのでしょうか。

Cocolog_oekaki_2009_06_09_01_40 ざっくりとした印象でありますが、会計監査人の方々を取り巻くリーガルリスクとして、いま一番大きな課題とされているのは、会計の分野においては「公正なる会計慣行とは何か?」といった問題ですし、監査の分野においては、おそらく法定監査における目的論(会計監査において、不正発見はどの程度の目的とされているか?)が大きな課題とされているのではないでしょうか。(上図参考)とくに、粉飾決算が発覚して、その企業(おもに管財人)から監査責任を問われるような事態になった場合、細かいところの議論では、監査基準に従った監査が行われたのかどうか、という点が法廷で争われるわけでありますが、司法判断において、まず裁判所が判断するのは、法定監査が何のために行われるのか?という点であります。もちろん、会社の財務報告の内容が会社の実態を適正に映し出しているかどうか、という点への第三者としての意見表明にあることは当然でありますが、そこにどれだけ「不正発見」という目的をとりこむか、という点について、最近の判例などを読みますと、裁判官によって微妙に濃淡があるように思われます。

これまでは会計監査人に厳格な不正発見作業を求めようとしても、被監査会社から直接委託を受けていることや、報酬面での限界(効率的な監査手続き)などから、裁判所としても「不正発見目的」ということを強調することはなかったようであります。(会計監査人の責任を一部認容したナナボシ地裁判決でも、同様かと思われます)しかしながら、もし昨今のガバナンス論議にみられるように、そもそも「取締役の職務執行における不正発見を目的とした」監査役監査との連携が重視されるのであれば、「被監査会社から委託を受けているので、その委託の範囲において監査をする」という概念は後退するでしょうし、また監査役が報酬を決定するということになりますと、会計監査人側としても、リスクアプローチに基づいた監査計画を基準として報酬要求をしやすくなるわけですから、やはり報酬面での限界ということが監査の目的論の根拠とはいえなくなってくるように思います。

そう考えますと、会計監査人と監査役との連携・協調を重視したガバナンス整備が実現される場合には、懸案事項であります「法定監査の目的論」というものも、むしろ会計監査人にとっては要求される法的な注意義務のレベルが上がる(より、不正発見目的が強調されやすい)ことになるのではないでしょうか。つまり、一定程度「期待ギャップ」の隙間が埋められ、会計監査人に厳格な司法判断が下されることで、その会計士さん方の職務への期待感が高まることになろうかと思われます。このあたりは、まだまだ思いつきの意見にすぎませんが、会計監査人のリーガルリスクとして検討されるべき課題のひとつであると思います。

PS 本エントリーは、旬刊商事法務1866号の「コーポレート・ガバナンスにおける会計監査人の役割」(神戸大学志谷教授)の論文に大いに示唆を受けております。アメリカの制度などを参考にされながら、「妥当な解」を目指しておられる教授の論文はたいへん勉強になり、考えさせられる点も豊富であります。

6月 9, 2009 不正を許さない監査 | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年9月 8日 (月)

会計士疲弊~監査現場の再生を急げ~

日本公認会計士協会近畿会の前会長でいらっしゃる佐伯先生が、9月5日の朝日新聞「私の視点」において、タイトルのとおりの意見を述べておられます。佐伯前会長は、ご存じの方も多いかとは思いますが、ズバッと自説を述べられる方ですので、(ご異論も多いかもしれませんが)論旨明解でわかりやすいご主張内容です。(引用されている日本公認会計士協会東海会の調査では、主として監査業務に従事しておられる会計士の半数以上の方が「子供には勧めたくない」業務と回答されているとのことで、これにはちょっと驚きましたし、事態はかなり深刻であることを思い知らされました。このあたりは、多くの会計士が第一線の会計監査の現場を離れて、コンサルタント業務に足場を移す傾向にあるといった引用や、20%を超える会計士の方々が「将来的に魅力を感じないため、やりたくない」といった回答とも相通ずるところがあるように思います。ご自身のやっておられる職業を娘や息子に誇らしげに説明できない、ということはけっこうつらいところではないでしょうか。)

疲弊する監査現場の再生の道筋として、佐伯先生は三点を挙げておられ、どれも当ブログで何回か話題となっていたものでありました。ひとつは訴訟を意識した「過剰ともいうべき監査マニュアルの導入」であり、今後は経済事件において逮捕、起訴、判決のありようとその報道について、事後的に専門家が検証できる仕組みが不可欠、と主張されています。裏を返せば「司法は経済事件を裁けるか?」という問題を真剣に検討すべき時期に来ているということであり、これは法曹においても真摯に会計専門職の方々の経済事件への率直な意見に耳を傾ける時期に来ている、ということでもあろうかと思います。ふたつめは「期待ギャップ」に関するものであり、会計士側としてはこれには言い分もあるようですが、どういった理由があるにせよ、会計監査への社会の期待には応えなければならないとして、日本公認会計士協会の会計士不正への対応に厳しい注文をつけておられます。

そして三つめとして「制度のねじれ」を挙げておられますが、(制度のねじれとは、一般に企業を監査する立場の人が、その対象企業から報酬をもらっているために、どうしても甘い監査になってしまうのではないか・・・という制度の構造上の問題のことを指します)これもまた社会から期待されている会計監査の実現を妨げる要因である、とされています。特徴的なのは、ここでは佐伯先生は、監査役の存在を重視されている点です。いわゆる報酬決定権限および会計監査人選任権を監査役(会)に付与すること(上場企業の場合でしたら、これと併せて財務諸表監査に関する実質的な委託権限も監査役に付与する、ということなんでしょうね)、および監査役と会計士との連携強化という点に求めておられます。これまでも監査役制度の充実という点からは(つまりコーポレート・ガバナンスの視点から)会計監査人の選任権や報酬決定権の問題がとりあげられたり、内部統制報告制度の統制環境の問題として、監査役と会計監査人との連携が謳われることはありましたが、社会の期待に応える会計監査の実現のためにも監査役の地位強化が図られるべき、とか会社決算の早期開示の要請との関係で会計士と監査人がいかに連携強化を図るべきか、といった意見が出されることは少なかったように思われます。

監査役の地位強化や、会計監査人と監査役との連携強化、という問題は、これまでも現役の監査役さんの立場からは発信されていますし、会社法改正や公開会社法の検討のなかでも議論されていることは承知しておりますが、私はやはり会計士さんの立場や、証券取引所等の自主規制機関の方々、金融商品取引業者の方々などからも問題提起がなされなければなかなか前に進まないのではないかと思っておりますので、こういった立場の方が今後の監査役の役割や会計監査人との協働に言及されることは大きな意義があると考えています。(なお、監査役の役割への期待と同時に、粉飾決算等が社会問題化した際には、会計監査人と同等に監査役も責任を問われるべきである、と明言されていることも、これまた当然のことだと認識しております)ただ、以上の三点が再生の道筋だとしましても、それで本当に会計士の皆様が「子供に職業として勧めたくなるような会計監査」となるのかどうかはちょっと疑問のような気もいたします。かといって、NHKドラマ「監査法人」の主人公(社会悪を暴く正義の味方)のような仕事こそ、皆さんが理想の姿として見ておられたという感じでもなかったようですし。「あの人はできる会計監査人だから、あの人に依頼しよう」とか「あの監査人がいるから今度は○○監査法人にしよう」といった被監査企業側の声が出てこない職域である以上、「子供に勧める職業」というものがどうもイメージしにくい業務であることは間違いないかもしれません。「期待ギャップ」の問題とは若干異なりますが、「100点とっても誰もほめてくれないのが会計監査」であるならば、もっと「会計監査の社会的使命や責任」を世間的に認知されることが必要だと思います。

9月 8, 2008 不正を許さない監査 | | コメント (9) | トラックバック (0)

2006年8月 1日 (火)

会社法における会計監査人の将来像

今年の近畿弁護士連合会の夏季研修(第一日目)では、相澤参事官をお招きして、会社法における内部統制システム整備に関する講演をしていただきました。講演の際にも2点ほど質問させていただいたのですが、いろいろな方のご厚意によって講演終了後1時間ほど、別室にて個人的にいろいろとお話をさせていただく機会を得ましたので、日ごろ疑問を抱いておりました「財務、会計的知見を相当程度有する監査役とは」「COSOフレームワークは会社法における内部統制システムとは無関係なのか」「会社法における会計監査人の将来像とは(相澤氏の個人意見として)」「監査役が報告を受ける会計監査人(監査法人)の内部統制とは」などなど、相澤氏に質問へのご回答をたいへん熱く(文字どおり熱かった・・・)語っていただきました。

表題にあります「会社法における会計監査人の将来像」といったものは非常に新鮮な考え方でありました。なんせ会社法の立案担当官というお立場の方ですので、私がここで「こう言った」「ああ言った」などと無責任にご報告するわけにもまいりませんので、質問へのご回答内容を頭のなかでいったん整理したうえで、また今後のエントリーのなかで私個人の意見などを通じてご紹介していきたいと思っております。

8月 1, 2006 不正を許さない監査 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年9月26日 (月)

不正を許さない監査

昨日、カネボウ粉飾決算に関与していた会計士全員が、容疑を認める供述を始めた、との報道がありました。これで、どこまでの会計士が起訴されるのかは不明ですが、いちおうチーム全体としての粉飾関与というものが認定され、監査法人としての責任を追及される可能性が強まりましたね。ただ、金融庁の処分というのは、やはり刑事責任確定の後追いになるようですから、監査法人に対する処分がなされるとしても、おそらくまだ先のことなんでしょうね。

金融庁パブコメ回答集 をみておりますと、業務停止処分が発令された場合の経済界における混乱については、金融庁も重々承知しているようです。こういったケース、結局のところ「戒告」やら「一部支店における業務停止」など、ソフトランディング可能な処理が検討されているのかもしれません。ただし将来における不正監査を絶対に許さない、という断固たる意思を示す、というのであれば、相当ドラスティックな結末もありかもしれません。大きな会社の場合ですと、引継ぎ処理を行うだけで「業務停止期間」が経過してしまう、ということもあるかもしれません。仮監査人を選任する立場の「監査役会」が、こういったケースでどのような対応をとるのか。(企業の対応が興味あります)

さて、タイトル名の書物、まえにも申し上げましたが、ブログをごらんの方より、お奨めいただき、読んでみました。中央青山監査法人の浜田代表社員が執筆された書物でして、不正監査に絡む問題点を監査人という特別の視点から論じておりまして、会計監査と内部統制構築との関連なども非常に参考になりました。なお、この本の最後に、まとめて「不正を許さないための監査事務所の工夫」ということが掲げられております。

一、獲得収入などを監査人個人の報酬決定に過度に反映させない

二、これまでの監査上のミスは、徹底的に分析究明して、監査人共通の経験とする

三、制度として相互牽制ができる協議相手を作る(つまり、責任者が判断上の問題などを、  別の監査人に報告、相談する体制を作る)

四、仕事の閑散期において、会社ごとの監査戦略レビューをつくる。などなど。

おそらく、こういった体制は中央青山でもとられていたんでしょうね。もし、本当にこういった不正監査防止システムが体制として確立していながら、運悪く不正監査が発生したということであれば、金融庁の処分につきましても、アメリカの連邦量刑ガイドラインのように、その体制が十分機能していたことを立証して、すこしでも軽い処分をお願いする、ということも可能かもしれません。(どんなに厳格な体制をとったとしても、100%不正監査を防止することはできない)逆に、不正監査防止システムを構築していると言いながら、実際にはほとんど機能していない、などというケースであれば、「監査法人ぐるみの関与」と言われてもしかたないのかもしれません。厳格な対応も必要かもしれませんが、一生懸命、不正監査を防止しようとする監査法人の努力も、なんらかの形で認めるほうが、今後の不正防止への機運を高めることにもなるんじゃないでしょうか。

9月 26, 2005 不正を許さない監査 | | コメント (1) | トラックバック (0)