2020年12月 2日 (水)

ESGへの取り組みは「加点重視」なのか「減点重視」なのか

本日(12月1日)の日経朝刊17面に「ESG不十分なら反対票 英運用会社、開示巡り基準(株主総会)」との見出しで、英国最大級の運用会社LGIMが、自社ESG評価基準に満たない日本企業の株主総会にて反対票を投じることを報じています。他の運用会社もそうですが、環境面における取組みに関する情報開示について、日本企業への要求レベルはとくに厳しいように感じます。

ところで上記記事などを読みますと、機関投資家が企業に要求するESG評価は、企業の情報開示を前提とした「加点主義」ではなく「減点主義」のように見えます。先日のドイツ取引所によるISS買収事例などをみても、ESGへの取組みに関する情報をデータ化して徹底した分析のもとで同業他社と比較をすることに大きな価値がある。したがって、情報を出さない企業はペナルティを課す(反対票を投じる、社名を公表する、というのもこの流れかと)ということにつながるように思えます。つまり運用会社はESG経営に関するデータがほしい、というところかと。

このように考えますと、日本企業としても「減点主義」に乗り遅れないためのESGへの取組みについては必須であり、また「やらざるをえない」といった風潮から「虚偽記載」の事例も増えてくるように思います。ただしデータ収集と分析に重点が置かれる以上、個々の企業の取組みが真に「子や孫の代まで企業価値が向上すること」に寄与するものかどうかはわかりません。たしかに「倒産リスク」は把握できるかもしれませんが「ダイバーシティ」や「取締役会の実効性」では人的資源や組織風土、他社との協働(ネットワーク)までは把握できないのではないでしょうか。

消費者や株主から「次世代まで残ってほしい」と熱望される企業になるためには、私は「加点主義のESG経営」を目指す必要があると考えています。日経ビジネスの先週号(11月23日号)では「ESGが経営の真ん中に」とのタイトルで花王と味の素の社長さんの対談レポートが掲載されていましたが、「S」(公衆衛生)に熱心に取り組むことで、逆に「E」(ゴミの増加、脱炭素に反する商品製造)に反する経営をしてしまう可能性について議論されていました。これは「加点主義」を目指すうえでとても重要な視点です。

いま大阪湾では、川の水がきれいになりすぎてプランクトンが発生しなくなったため、漁獲量が減っているそうです。兵庫県では排水基準を緩和して、できるだけ漁業を保護する方向に転換しました(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。つまり企業の技術を発揮して環境問題に取り組めば取り組むほどエコシステム(生態系)を毀損する可能性も生じるわけでして(※1)、このあたりをどう個々の企業が克服していくか(それとも他社と協働するか)・・・というところが企業に説明が求められるところであり、「加点主義」に求められるESG経営の課題だと思います。

※1・・・たとえば気候変動への企業活動による影響を考えるならば、「脱炭素化」のように変動を食い止める「緩和策」を選択する企業と、変動することを受け入れて、その変動に人間が耐えられるための「適応策」(エコシステムの保全等はこちら)を選択する企業があるはずです(「異常気象と地球温暖化-未来に何が待っているか」鬼頭昭雄著 2015年岩波新書169頁)。

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2020年11月16日 (月)

日本企業のESG-なぜGはE・Sと並んでいるのか?

さて、先週月曜日に続いてESG経営に関するお話です。ESGへの取り組みは本当に企業価値向上につながるのか?等、世界的にも議論の対象になっているESG投資ではありますが、日本では投資総額が急増していることは間違いありません。そこで、賛否両論はあるものの、第三者機関によるESG評価基準にも関心が寄せられるようになりました。

ただ、私はずいぶん前から「なぜ、環境、社会(人権)と並んでガバナンスが評価対象となるのか」ということについては素朴な疑問を持っておりました。ただ、最近は国内外の機関投資家の方々と意見交換を行う中で、「なるほど」と思うところがありました。そこで「環境」「社会」とならんで、なぜ「ガバナンス」が評価対象とされているのか、という点について私見を述べておきます。

「ガバナンス」への評価といえば、取締役会の実効性評価、つまり多様性だったり、モニタリングモデルだったり、社外役員の数だったりが評価の対象になることが想定されます。ただ、非財務情報であったとしても、環境関連財務情報であったとしても、「ガバナンス」自体が独立して評価される、ということではないように思います。

地球環境の変動や世界的な人権・社会問題に企業がどのような影響を及ぼすのか(リスクと機会を把握することが前提ですが)、各企業はその実体面について定性的もしくは定量的なコミットメントを行う必要がありますが、では、本当に実行できるのかどうか。その実行可能性は各企業の実施プロセスが明確にならないと判断できないわけで、このプロセスを説明する基準が「ガバナンス」だと理解する必要があるのではないでしょうか。

たとえば英国のESG評価機関が採用している「ガバナンス」の評価基準は、単なる「企業統治システム」だけでなく、リスクマネジメント能力、課税コンプライアンス、腐敗防止(品質偽装や外国公務員贈賄)、競争コンプライアンス(カルテル防止や優越的地位の濫用防止)といった評価項目が含まれており、つまり社会(人権)への取り組みを進めるための経営陣のコンプライアンス意識の高さがあって、はじめて「E」への配慮に信用性が付与されるものと理解されます。

また、米国のパリ協定復帰で注目される「TCFG」ですが、企業が気候変動に向き合う姿勢(脱炭素化に伴うリスクと機会に関する課題、及びその課題解決策の実施手法)を財務数値で説明するとしても、課題解決のプロセスを示すモノサシのひとつが「ガバナンス」です。経営陣が開示している将来目標を達成するための途中経過を理解できるだけの構成員がそろっているか(環境経営に関する知見の保有)、もし不十分であるならば、将来目標を達成しうる取締役会を構成できるか(監査と監督)、といったところがガバナンスの評価項目になるものと思われます。

そして、ガバナンスの開示にあたって大切なことは、そのようなプロセス(ガバナンス)の実効性が高いことを、エピソード等でストーリーとして対外的に示すことだと考えます。おそらくESG経営への取り組みにおいて、もっとも難しいのは、この点ではないかと。こうやって私見を書いてみますと、やはりESGに熱心な会社とそうでない会社とでは、開示情報に大きな差が生じることになるように思います。もしESGに前向きに取り組むのであれば、上記のような点に配慮することが求められるのではないでしょうか。

 

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2020年11月 9日 (月)

米国新大統領の誕生と日本企業のESG経営の発想

11月8日あたりの内外のニュースでは、米国で民主党新大統領が事実上誕生した、とのこと。早くも日経ニュースでは「バイデン氏当確、21年1月、パリ協定復帰へ」との見出しで米国の政策転換の予想が報じられています。当ブログでの関心事としては、民主党の新大統領のもとで、米国はESG重視の姿勢に舵を切る可能性が高いと予想されているところですね。

日本でもESG経営に向けた関心が高まっていることは事実ですが、経営者の方々の「ESGへの取り組みの本気度」については未知数ではないかと。とりわけコロナ禍における業績悪化が避けられない企業では、「まずは来期の浮上案を具体的に示すことが先決。ESGはその先の話」といったところがホンネだと思います。

なぜそうなるのか、というと、これまで「ESGは儲かるのか?」「ESG経営が企業価値を向上させる、ということに有意な統計はあるのか」といったところで(つまりプラスの面で)議論をしているからではないでしょうか。関係省庁の研究報告なども「取組の好事例」は紹介されていますが、「悪事例」は紹介されることは全くありません。

しかし、受託者責任を果たすにあたり、ESGへの貢献についても説明責任を負わねばならなくなった機関投資家の方々のイメージは少し異なるように思います。「日本企業は、最近でこそESGに熱心になってきたと聞くが、そもそもESGに熱心でないと、どんな不利益を被ることになるのか、具体的に誰からどんなペナルティを課されるのか」「同業他社との比較において、非財務情報の開示に積極的でないことで、過去にどのようなハンデを背負ったのか、そのような分析がなされた文献はあるのか」といった質問を私自身も受けるようになりました。

日ごろからESGの面で、(たとえば情報開示等)取り組みが積極的でない企業は、実際、このような競争制限を受ける、競争上のハンデを背負う、といった「好事例」ではなく「悪事例」を分析したほうが、日本企業と投資家との対話においては有益なツールになりえるのではないでしょうか。今後、米国の新大統領の誕生とともに「日本企業におけるESG経営」への関心が高まるのであれば、「当社はESG経営を積極的に推進することによって、他社に起きた「このような悪事」を回避しています」といった(マイナス面での)議論を活性化させるほうが説得力を増すように思います。

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2020年7月17日 (金)

もはや「ESGおじさん」「SDGsおばさん」と揶揄できる時代ではなくなった(・・・ような気がする)

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このたびのパンデミックを契機として、会計監査も「リモート監査の時代になる」といった、とても威勢のいいことが報じられています。ただ、記事をよく読むと「これって企業側も監査資料のデジタル化のためにずいぶんと協力する必要があるよなぁ」といった感想を持ちます。

会計監査人が会社に来ない、ということは、必然的に企業とのコミュニケーションが不足します。会社側が「あれ、去年までの会計処理がなぜ今年は認められないの?」といった事態に突然遭遇し、よくわからないままに「うちの品質管理部の方針なので」と言われても、コミュニケーション不足では納得できる説明も期待できず、結局のところ信頼関係も失われかねません。もし「リモート監査」を本格化させるのであれば、リモート状況でコミュニケーション能力を高めるという「二律背反」の課題をどう克服するのか、そこを真摯に検討する必要があるように思います(以下本題です)。

さて、本日(7月16日)夕方の日経WEBニュースでは「SDGsに積極姿勢、企業の2割に 帝国データ調査」と題する記事が配信されています。帝国データバンクが実施したSDGsに関する企業調査によりますと、2割強の企業がSDGsに積極的な姿勢を示しているそうです。なお、配信の元ネタである帝国データバンクの調査結果はこちらです。

業種別にみると金融が42%と最多で、製造業が29%。SDGsへの対応が企業の社会的評価の向上に不可欠になりつつあるなか、大企業と中小企業の間で対応に差も生まれており、今後の課題になりそう、とのこと。たしかに、「まだまだ2割しかSDGsに関心を示していない」ともとれそうですが、先日ご紹介したみずほFGの株主総会の様子をみておりましても、、もはやESG経営を軽視している時代ではなくなったと痛感します。

ESG経営に向けた資源の導入が、どれほど企業業績に影響を及ぼすのか、いろいろと意見が分かれるところではありますが、上図(当ブログ管理人作成)に示すとおり、同業他社との競争条件(ハードル)を低くして、競争を優位に進めるためには(資源導入も)避けられないところまでは来ているように思います(なお、上図は単に私のイメージ図にすぎません)。

★★★★★★★

ところで、最近のESGの話題としては、①海外機関投資家や金融機関との対話においてサステナビリティ(持続性)への評価指標として重宝されていること、②コロナウイルス感染症によるパンデミックのもとで、社会的な課題を解決する企業としての評価が高まることと等が、しばしば指摘されるところです(もちろん、統合報告書等における上手な情報開示の能力も問われていますが)。ただ、コンプライアンス経営を支援する仕事をしておりますと、どうもESGやSDGsという名目が、一定の経営目的を達成するうえで(良くも悪くも)巧妙に活用されている場面に遭遇します。

たとえばグループ経営管理やサプライチェーン管理の場面です。日本の会社法は単体中心の規律なので、企業集団の規制やステークホルダーへの配慮(社会的責任論)は会社法規制の枠外にあります(内部統制という概念は、いちおう企業集団にもありますが)。そこで、最近はSDGsやビジネスと人権に関する指導原則等を活用してグループ内のコンプライアンスルールを定めたり、取引におけるエシックス・コードの順守を求めることが増えています。

リスクマネジメント全般ではありませんが、少なくとも企業集団のトップとしては、グループやステークホルダー全体のコンプライアンスへの配慮義務を尽くすためのツールとしての「ESGの意義」は次第に大きくなっているように思います。つまり「結合企業法制が存在しない」といった法の欠缺を、ESGやSDGsの精神が補完する役割を担っている、と考えられます。これまでは国の力ではコントロールできないほど力の大きなプラットフォーマーが出現したために、国際間協調ルールとしてESGの精神が活用されるケースが多かったと思いますが、ローカルの場面でも活用されるケースは今後も増えるように予想しています。

ただ、一方において、ESGやSDGsの精神の名のもとに、実質的な下請いじめ、優越的地位の濫用、カルテル、特許侵害等の隠ぺいが横行していることにも注意が必要と考えます。親会社と同じレベルの環境基準を(人的資源の不足している)グループ会社や取引先に要請することは、相手先企業の労働への負荷を助長することになり、また環境技術に関する研究会と題して、実際には販売価格に関する協議会が仮装されていたり、オープンイノベーションの美名のもとで知財の使用許諾を強要する実態なども見受けられます(明らかな法令違反ではないが、私はコンプライアンス違反だと思います)。上記日経の記事では「大企業と中小企業との姿勢の差が大きい」とありましたが、私は大企業がESG経営を推進することで、中小企業にしわ寄せが及ぶことに不安を感じます。

かつてCSR担当部署に長年在籍している社員の方々に向けて、「業績に何の責任も感じずに、社内できれいごとを並べて警鐘を鳴らす人たちはいいよねぇ」といった意味を込めて「ESGおじさん」とか「SDGsおばさん」と揶揄する声も聞かれましたが、今後は(企業の真意はどこにあるのかはわかりませんが)そういったインテグリティ溢れる真摯な職務については、様々な場面で活用される機会が増えるのではないでしょうか。今年は「ビジネスと人権に関する行動計画(NAP)」も日本で公表される予定です。益々投資家からESG経営に対する姿勢に注目が集まるはずです。

また、旧来の「ESGおじさん」「SDGsおばさん」に加えて、経営環境の変化にも耐えうるレジリエンスこそ競争優位の条件と認識されている今こそ、ESGに熱心であることから生じる「無形資産」や熱心でないことから生じる「負債」への定量的評価に注力する(新しいタイプの?)「ESGおじさん」が重宝されるかもしれません。上記帝国データバンクのアンケート講評でも「課題」とされていますが、やはり資源導入と企業の価値向上との「つながり」がわかりやすく説明できることが、ヤル気を起こすことになるのでしょう。

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2019年12月24日 (火)

企業のESGへの取り組みは「リスク管理」→「社会的課題解決」の順序が美しい

最近、経済産業省はいろいろな調査を行っています。私も最近、経産省のアンケート調査に協力しましたが(どんな調査かは、また公表されてからお話いたします)、このたびの機関投資家向け調査では、98%の投資家がESG(環境・社会・企業統治)情報を「投資判断の際に活用している」との集計結果が出たそうで、経産省が24日に公表するそうです(12月23日の日経ニュースより)。ESG投資はもはや時代の流れと言っても過言ではありません。

ただ、今年10月に書きましたエントリー監査役等の職務環境は「見える化」しなければ向上しない) でも述べましたように、世間でESG経営と言われているところと、機関投資家が期待しているところではギャップがあるように思います。

上記日経ニュースでは、

経産省は、「ESG投資に関する運用機関向けアンケート調査」として24日に公表する。ESG情報を活用する理由として、投資先企業の気候変動リスクへの対応力などをみることで投資リスクを低減させるとの回答が多かった。

と報じられています。つまり、これからの気候変動に企業はどう対応するのか、といった「企業のリスク管理能力」に関心を持っています。機関投資家としては、(有事における)株価のボラティリティが低ければ資本コストを下げてもよい、ということで、まずは中長期的な投資対象にふさわしい投資対象企業のリスク管理面でESG評価を検討している、ということが言えそうです。

一般に、ESGといえば「気候変動の要因を減少させる」といった「社会的課題の解決」(もしくはその解決が業績向上にどう関連するのか、といったストーリー)に思いを寄せる企業が多いのですが、それは順序からすれば「リスク管理」の次に来るのではないでしょうか。まずは中長期的な企業価値の向上というストーリーを描くにふさわしい土壌が存在することを投資家に説明し、そのうえで自社のビジネスモデルが社会の課題を解決できることを(同業他社との比較で)説明する、というのがESG経営の本道と考えます。

 

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2019年12月 3日 (火)

SDGs・ESGへの企業トップの取組みと「許された危険の法理」(の発想)

12月2日の日経朝刊トップに「『課題解決力』収益けん引 環境・社会問題への対応(本社SDGs調査)」なる見出しで、国連のSDGs(持続可能な開発目標)に取組んでいる上位企業ほど自己資本比率(ROE)などの指標が高いという調査結果が報じられていました(私が社外取締役を務める会社も偏差値60以上65未満のグループとしてネット版のほうでは掲載されておりました)。

拙ブログで毎度申し上げるところですが、こういった調査は「そもそも業績が良い会社だからROE向上やSDGsに取組む余裕があるのでは?」といった疑問も素直に抱くところでして、私も未だ企業業績とESG(SDGs)との関連性には懐疑的なところがあります。もちろんSDGsに取組むことは、企業として立派な姿勢であり企業品質の向上につながることは否定いたしません。ただ、「素晴らしい」と頭では理解できても、それだけで企業のトップによるSDGs推進の行動につながるかと言えば、そんなに甘いものではないはずです。

本日の日経産業新聞の記事「ESG投資、社外取締役が一役、呼び込みにプロの視点活かす」も読みましたが、ESG投資がさかんになったから対応する、というのも企業の主体性に欠けるようにも思います。私はESGやSDGsなる言葉を使うよりも、「許された危険の法理」の発想で考えたほうが、結果として経営トップがSDGsの目標達成への取組みを実行する確率が高まるのではないかと考えています。

「許された危険の法理」とは(私もあんまりエラそうに語る資格はありませんが)、

社会的に有益あるいは不可欠な行為は,それが法益侵害の危険を伴うものであっても許容されるとする理論。その行為から実害が発生したとしても,結果回避につき相当な措置がとられていれば違法ではないとする。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より)

と解説される法律(主に刑事法)用語です。自動車や飛行機の運行は典型例ですが、何が「許された危険」にあたるかは、時代の変遷とともに変わります。

たとえば本日の日経新聞朝刊(法務面)に、①MaaS進展のための電動キックスケーターが法の壁に突き当たって開発が進まない現状、②顔画像データの活用のための実証実験が進んでいるが、ビジネスの場では躊躇してしまう「人権侵害リスク」について報じられています。たしかにセブンペイのように、ビジネスのレベルで「安全」を秤にかけてしまうととんでもない社会的批判を浴びるので、各社とも技術革新に法の壁を感じることは常識的な判断かと思います。

しかし、そのビジネスモデルが社会的な課題解決に不可欠、世界規模での環境維持に有益なものであると認知されているとすれば、ビジネスリスクが顕在化したとしても経営者の法的責任、経営責任が免責されるだけでなく、企業自身の社会的信用が毀損される可能性も低下するのではないでしょうか。また、日々の業績に貢献している従業員の方々からみても、研究開発に多大な投資をして失敗したとしても「俺たちが汗して稼いでいるお金を無駄使いしやがって!」と糾弾されることもなくなるのではないかと。

もちろん危険のレベルが「許された」ものと言えるためには、相当程度の社会的な納得感が必要です。自らのビジネスモデルが社会的な課題を解決できることの説明と、結果回避に向けた相当な措置をとっていること、つまり「安全性」をステイクホルダーの「安心」のレベルに変えていく工夫が必要です。だからこそ「非財務情報」としての開示が不可欠と考えます。

コンプライアンス問題が目の前に横たわると、とたんに思考停止になってしまいがちですが、ビジネスを進めるうえで「ゼロリスク」はあり得ないわけです。企業自身の「儲け」と「安全性」を秤にかけることはコンプライアンス問題として許されませんが、社会的有益性と法益侵害とを秤にかけるのであれば、最後にモノを言うのは企業行動の誠実性(たとえばリスクが顕在化した際の消費者や当局との向き合い方)だと思います。ESGやSDGsを理解するにあたり、あまり高邁な発想とは言えませんが、経営陣を「その気にさせる」ためには、こういった発想が必要ではないでしょうか。

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2013年3月29日 (金)

三菱自動車の不具合情報の開示と「非開示のコンプライアンス」

リスクマネジメント協会さんが発行しておられる「TODAY」最新号(3月15日号)に、「三菱自動車を二次不祥事から救ったもの」と題する論稿を掲載していただきました。昨年、国交省から「リコール対応が誠実ではない」として口頭注意を受けた事件を契機として、あの2000年当時のリコール隠し事件の体質が変わっていないとの批判が出ておりました。少し逆説的に聞こえるかもしれませんが、国交省から指摘を受けた事件においては、二次不祥事を発生させなかった三菱自動車は、むしろリスク管理の面においては向上しているのではないか、といったことを述べたものであります。組織から見た場合、一次不祥事の発生は運、不運の問題もあるかもしれませんが、二次不祥事の発生は確実に自助努力でなければなくせないものと考えられます。

さて、昨日より、またまた三菱自動車のハイブリッド車について部品に不具合が生じ、リコール対応の可能性が記者会見で明らかになりました(たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。販売系列店での事故に起因するものだそうで、流通している販売車にとって、未だリコールの必要性がはっきりしたわけではありませんが、ともかく部品事故が発見されたので、十分な調査を行う、という段階で公表されました。これは過去にCSR対応で社会的に批判を受けている企業としては当然の対応だと思われます。つまり過去にCSR対応で失敗している企業では、製品の安全と、これを対外的に表明する「安心」の距離が、CSR対応で成功している企業よりも近づいてしまうからであります

またまた広告のようで申し訳ありませんが、拙著「法の世界からみた会計監査」の第10章「訂正と非開示のコンプライアンス」で述べておりますように、製品事故等によって消費者や投資家にとっていったん「安心」の意識に傷がついてしまいますと、次に(他の会社であれば、とくに製品の安全への信頼が崩れない程度の不祥事であったとしても)不祥事が発生した場合には消費者の「安心」のイメージが崩れやすくなり、直ちに製品の「安全」のイメージに大きな影響を及ぼすことになります。

拙著では、このように非開示を選択して、社会的に強い批判を受けた企業の事例をいくつか紹介しております。つまり消費者に強い印象を与えた不祥事が発生しますと、その企業の製品の安全に対するイメージは、ちょっとした不審行動によって毀損されてしまう可能性が出てきます。他の同業者であれば、同じように「非開示」を選択しても問題視されないにもかかわらず、CSRで失敗した過去がありますと、「なぜ開示しなかったのか」と国民から(マスコミから?)問題視され、その非開示の企業行動が製品の安全性への信頼に直結してしまう・・・という風潮はおそろしいものです。むしろ徹底的に調査の上、安全性を確保する、といった対応を世間に示すことが(これが安心の思想)、信頼回復のために求められる姿勢であります。

あのリコール隠し、そして昨年のリコールへの対応遅延、といった問題行動が続く同社においては、このタイミングで事故情報を国民と共有することは、(企業の事業戦略上ではたいへんな痛手ではありますが)リスク管理の面からすれば必要な経営判断だと思います。また、(これも本書において紹介しているところでありますが)三菱自動車社だけに限らず、海外戦略を必要とする自動車会社として、情報を行政や国民と共有しながらリコールの必要性を考えるという姿勢もこれから必要とされるのではないでしょうか(この点は別途エントリーにてご紹介したいと思います)。

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2013年3月 6日 (水)

製品リコール・回収率75%と企業への社会的評価

長崎市のグループホームの火災事故で、TDK社の製造した加湿器が火元の可能性が高いとのことで、先日謝罪会見が開かれておりました。当該ホームが使用していたTDK社製の加湿器は14年前に「発火の恐れあり」としてリコールが届けられていた製品です。その製品回収率は76%程度と報じられています。なお、「リコール」というのは企業が製品事故を防ぐための対応すべてを含みますので、世間一般に対して使用禁止を呼び掛けることなどもリコールにあたりますが、ここでは製品回収を伴うものをリコールと表現することにいたします。

リコール対応支援を経験した者として、この回収率76%という数字は、他の製品リコールの実情からみても、決して低い数字ではございません。通常、リコール対応はどこかで終息させることになりますが※、この7割を超える回収率というのは、(製品の通常の耐用年数も考慮したうえで)終息をさせるための一つの目途としての意味を持つものと思われます。もちろん販売先をきちんと追跡できる製品もありますが、トレーサビリティが機能しない製品については、おおむねこの程度が限界ではないかと思われます。パロマ工業社の湯沸かし器につきましては、ご承知のとおり元社長さんが刑事責任を負うことになりましたが、パロマ工業社の場合も、述べ50万人を動員し、158億円の回収費用をかけてきました。しかしそれでも湯沸かし器回収が完全に終了する、ということは不可能であります。

※リコールの終息には、宅配会社等による対応手続きの委託を終了する、関連会社による協力委託を終了する、自社による製品回収作業を終了する、製品の危険性を広報する作業を終了する、といったいくつかの段階があります。

全く人目につかないところで製品が使用されていたり(たとえば別荘に設置されている)、海外に中古品として再販売されていたり、さらには既に廃棄処分がされているといったことから、およそ販売製品のすべてが回収できるということは困難なのが実情です。ただ、これも法律問題(リスク管理)とは別に、CSR(企業の社会的責任)の一環として、販売製品をできるかぎり回収する努力を怠らない姿勢も大切かと。たとえばブリヂストン社の場合、リコールの対象製品である自転車用チャイルドシートについては、①人目につきやすいようにポスターを改良する、②町中の自転車置き場を巡回して当該製品を探す、③幼稚園や保育園等、子供が集まる場所を訪問して、ピンポイントで製品を探すという対応を現在も続けておられるそうです。こういった作業を続けることが、再発防止にもつながるものと考えられます。

製品被害を拡大させない、ということは不具合製品を世に出してしまった企業にとっては重大な使命ですが、これをどこまで企業(または経営者)の法的責任と結びつけて考えるかは、かなり難しい問題であります。海外に出回っている製品についての回収はどうすべきか、OEM製品については誰が回収義務を負うのか、といった問題なども併せて、リコール対応にはまだまだ考えなければならない問題がありますが、企業のリスク管理の視点からいえることは、事故情報を受領した時点から自浄能力を発揮した行動をとること以外にはリスクを低減する方法はないものと思われます。

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2009年9月17日 (木)

企業の社会的責任論(CSR)とソフトローの親和性

経団連では毎年10月を企業倫理月間とされているそうで、会長さんによる企業倫理推進のためのメッセージも発信されておりますが、このたび(9月15日) 「日本経団連:CSR(企業の社会的責任)に関するアンケート調査結果」が公表されましたので、概要版だけですが拝見させていただきました。(ちにみに437社からの回答結果ということですので、かなり客観性は保持されているのではないでしょうか)

そもそも社会的責任に関する基本的な考え方として、アンケート結果では「法令遵守を超えた社会的良識の範囲での活動」とか、「持続可能な社会の創造に向けた活動と」理解されていらっしゃる企業が多いところから、CSRはあくまでも法令遵守とはそれほど親和性はなく、社会的な貢献のひとつであると認識するのが一般的なところだと思われます。自社のCSR活動をWEBページなどでほとんどの企業が公開している(95%)、とのことでして、法令遵守という範疇にはないからこそ進んで広報できるのでしょうね。しかしながら、概要版を仔細に見ていきますと、たとえばサプライチェーン・マネジメントとして「(CSRを)契約条項に盛り込んでいる」企業が40%近くに上っておりますし(このあたりの問題点は以前のエントリー「CSRは法律を超えるのか?」をご参照ください)、CSRに関する情報開示としては「自社の不祥事への対応状況を広報する」企業が51%もあり、さらにCSRを推進する上で参考にしているガイドラインとしては「ISO26000の社会的責任に関する規格を参考にしている」企業が24%もある、とのこと。こういったアンケート調査結果を眺めてみますと、やはりCSRは法令遵守とは無関係とは言えないものであり、たとえばISO26000規格などがもっと国際規格として普遍化していけば、そのうちソフトローとして法規範化するのではなかろうか・・・との疑問が湧いてきます。

こういった疑問が私だけの素朴な疑問であれば、とくにブログで述べるほどのこともないかもしれませんが、早稲田大学の商法の大先生が同様のことを疑問に思っていらっしゃるとすれば、皆様方の関心度も少し変るかもしれません。ご興味のある方は、直接原文を参照していただければと思いますが、最新の「金融・商事判例」(9月15日号)「金融商事の目」のコーナーで、元早大総長の奥島先生が「社会的責任の国際規格と会社法」と題する意見を述べておられます。ご承知のとおり、ISO26000は特に企業組織だけを対象とした国際規格ではありませんが、奥島先生は実質的にみるとISO26000は会社法との関連性は決して小さくはないとされています。ISO26000が目指す社会的責任の原則が、直ちに法的レベルまで引き上げられることはないが、近い将来、企業経営に関するある部分はソフトロー化するのではないか・・・と予想されております。(適正な経営のための内部統制システムの整備が会社法で法制化されていることからしても、今後その可能性は十分にある、と論じられております)奥島先生の言われるCSR原則のソフトロー化の重要な結論としては、社会的責任の原則が規格化して、これが社会で強い支持を集めることになれば、やがてソフトローとして善管注意義務の判断基準を底上げする方向に進むのではないか・・・といったあたりかと思われます。

このあたりは、とりわけ企業社会における規制の手法が事後規制的、原則主義的に変わりつつあるなかで、とても重要な問題意識ではないかと私も勝手に共感いたします。法律と自主的な行動規範との境界が、取締役の法的責任を論じるうえで明確にならないケースが今後増加することになるでしょうし、その境目のモノサシとして今後使われる可能性があるのが、ある程度規格化されたCSR活動(CSRの考え方)ではないでしょうか。CSRについては、私もあまり普段研究しておりませんが、もし奥島先生が指摘されているように、今後ソフトロー化(つまり法的責任との関連性あり)との関連性が認められるのであれば、興味深く今後の議論の進展をみていきたいと思う次第であります。

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2005年10月11日 (火)

CSRは法律を超えるのか?

グローバル企業であるソニーが、部品調達先選びに「社会的責任」基準をアメリカIBMなどと共通化して採用する、という報道がありました。環境、安全、人権配慮に関する条件を取引先4000社に通知し、取引先選別に利用する(違反企業には取引停止などで臨む)というもので、今後は東芝、日立製作所などにも参加を呼びかける、というものです。いまだ日本では「CSR(企業の社会的責任)」というものの明確な定義はありませんが、欧州での素材規制問題や、日本における石綿問題など、昨今の環境問題からすると、世界レベルでの販売管理上やブランドイメージの向上のため、もはや避けては通れない課題になりました。東京商工会議所の今年7月の「CSRに関するアンケート調査」によりますと、大企業と中小企業との「サプライチェーンにおけるCSR」への意識には未だ大きな隔たりがあるようでして、大企業が喫緊の課題と捉えているのに対して、中小企業は「環境基準の調査報告すら提出できない」レベル(結局はCSRへ取り組む費用不足)のようです。ただ、取引先の選別や、取引停止といった事態が想定される以上は、いよいよこのCSR問題(とりわけサプライチェーンCSRの問題)も法律との抵触、ということをまじめに考える必要がありそうです。

たとえば、「サプライチェーンとCSRの法律問題」に限って考えますと、以下のような点について検討する必要がありそうです。

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企業が政府の役割を一部補完したり、中小企業に取引上のリスクを認識してもらうためには、こういったサプライチェーンにおけるCSR基準を導入することも、有用であることは間違いありません。しかしながら、取引先が自社のCSR基準に合致しないことをもって、取引先を選別し、また取引停止にするということは、いろいろな法律上の問題点を指摘しうると思われます。たとえば仕入原価は5%低いために利益計上に大きな差が発生するにもかかわらず、労働条件に問題があるとして、その取引先よりも5%高い企業から材料を納品する、という場合、これは株主に説明がつくのでしょうか。材料素材規制などによって、実際に販売できないおそれがある、というのであれば説明もつきそうですが、一般的な社会的責任論だけで、株主への説明責任が尽くされるというのであれば、「社会的責任」は法律を超える存在になりそうですが、どうも私には自信がありません。また、ある程度の裁量をもって取引先のCSR基準充足を判断するとした場合に、突然「取引停止」といった事態を生ぜしめることは独禁法上の「優越的地位の濫用」や、継続的取引における解除の「合理的理由」といった問題点をクリアできるのでしょうか。さらに、取引先に対して、その負担においてCSR基準の導入をはかるなど、大企業が積極的な関与を果たしている場合、もし取引先にそのステークホルダーとの関係において、人権問題や労働問題などによって不法行為責任が発生した場合には「共同企業責任」として、大企業が共同責任を負担するようなおそれはないか(いわゆる相手方との関係において、親会社の法人格が否定され、子会社ともども責任を負担する、という理論と同様です。実際に下級審判例ですが、こういった理論が認められたケースもあります)

2004年6月のマルチステークホルダー・フォーラムの最終報告書では、CSRの定義のなかでCSRは法的要請や契約上の義務を上回るものである、と明言されています。つまり、CSRは法律や契約上の要請以上のことを行うことである、と定義付けられています。2004年6月、ISOの国際会議において、日本は唯一、そのCSRの規格化に反対していましたが、日本には今後、民商法の解釈に影響を与えるような「CSRの波」が本格的に訪れるのでしょうか。これを本気で議論するならば、日本と欧米との宗教観、世界観の違いや、EU統合下における社会問題、労働問題と日本との差異など、とうてい私の認識では理解困難な問題がたくさんあるように思えます。ただ、ここのところの日本でのCSRに関する議論を聞いておりますと、取締役が企業価値を判断する場合においても、法的に無視しえないような論点を少しずつですが提供しつつある、と感じている次第であります。

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