横浜マンション傾斜事件-社長発言にみる闘うコンプライアンスの姿勢
もはやこの問題を「横浜マンション傾斜問題」と呼ぶべきかどうか迷っているのですが、マンション基礎工事に関するデータ偽装事件が大きな社会問題へと発展しています。13日には旭化成建材さんによる国交省への報告内容も出ましたが、時を同じくして杭打ち工事大手のジャパン・パイルさんのデータ偽装問題も報じられ、11月15日の日経新聞では同社の社長インタビュー記事も掲載されています。同社の発見されたデータ偽装18件については、すべて現場監理者が違う社員ということのようで、組織的な偽装の可能性が高いように思われます。
私は当ブログで何度も申し上げている通り、企業不祥事への対応は「安全思想」ではなく「安心思想」に基づくものでなければステークホルダーの納得は得られないと思うのですが、ジャパン・パイル社の社長さんのご発言は気持ち良いほどに率直で、業界を代表する意見だと思いました。つまり、たしかにデータ偽装が行われたことは現場の監理責任を痛感するが、データ偽装とマンションの安全性は別であり、現場の監理責任者はきっちり安全性を確認している、だからマンションの安全性には問題ない、杭の支持層未達問題とも関係はない(そもそも支持層未達とマンション傾斜との関係も不明であり、東日本大震災の影響ではないか)というもの。
コンプライアンスを「法令順守」と捉えるならば、たとえば建設業法26条の3で定める主任技術者、監理技術者の職務誠実義務については、現場の監理技術者が自らの熟練によって安全を確認していれば誠実に職務を行ったと言えるのではないか、いやそうではなく、紙ベースでの安全確認証憑をきちんと残すことがなければ誠実な職務執行を行ったとは言えないのではないか、といった論点に集約されるのではないでしょうか。したがって請負契約によって定められた安全配慮基準に反することがあったとしても、それは(元請けには誠実ではないかもしれないが)国民に対しては、誠実な職務違反とまでは言えない、もしこれを問題とするならば国交省が法令を変えるべきでしょう・・・ということでコンプライアンス違反ではない、といった「闘うコンプライアンス」の姿勢もありうるところかと。
しかしコンプライアンスを「社会の要請に対する適切な対応」と捉えるのであれば、たとえ建設業法違反が明確に認められるわけではないとしても、またそれが業界の慣行だったとしても、業界内の常識と業界の外の常識とのズレ、つまり「期待ギャップ」が認められる場合には、そのズレを埋める努力は企業側にも必要だと思います。たとえば業界内の方々は、たとえデータ偽装が安全性とは関係がないかもしれないけれども、国民へ「安心」を提供するためにはどうしても「安全性を最優先に考える企業風土」が組織にあることを形で示す必要があります。おそらく、今回の件で、消費者を含めた業界外のステークホルダーの方々も、この期待ギャップを埋めるための努力として「安心を手に入れるためには、販売元から下請けまで、系列等のサプライチェーンでつながっているかどうかが大切、大臣認定の杭打ち法等が採用されていたとしても、このサプライチェーンのバランスが崩れてしまうと問題が生じる」ということを学習しましたので、その情報収集を怠らないことになると思いますし、サプライチェーンの在り方を今後の購買の目安にするはずです。
私は上記のジャパン・パイルの社長さんのご発言を読んで、コンプライアンスはきれいごとでは何の役にも立たないことを再認識したような気持ちになりました。どんなマンション建設にも「採算が合う」「同業他社との競争に勝つ」ことが大前提なわけですから(現場の作業を生身の人間に委ねる以上)不正は必ず起きるはずであり、不正が起きない工事は存在しないということです。ただ、不正が起きた時に、販売責任者から下請けまで、これにどう向き合うのか、逃げる(隠す)ことなく、長い目でどのように誠実に対処するのか、そこが長く生き残る企業(親会社、もしくは企業グループ)の品質であり、マスコミ報道やIT化の中で賢くなっていく消費者の選別の対象になるものと考えています。
13日の日刊工業新聞朝刊に「トヨタ2050年計画」が報じられていましたが、(サプライチェーン企業に厳しい?)トヨタ自動車は、サプライチェーン全体で40年後も「自動車作りで飯を食っていけるように」ESG(環境、社会、ガバナンス)向上に知恵を絞るとのこと(具体的には自動車を作る人も、乗る人もCO2を一切排出しないことを目指すそうです)。企業が消費者から選別を受けるためには、企業グループ、サプライチェーンでコンプライアンスに配慮しなければならない時代だと思います。このたびの事件は、消費者がそこに目を向けて商品やサービスを選別することが重要であることを認識させたものといえます。
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