2005年11月 4日 (金)

敵対的買収と「安定株主」策の効果

11月3日の日経朝刊「楽天・TBS Q&A」は「企業にとって安定株主とは」というテーマで、いろいろとわかりやすい解説が掲載されていました。ご承知のとおり、これまでの報道では、すでにTBSが安定株主工作によって過半数の株式については「流動性を喪失させた」ものとされています。そこで、このQ&Aですが

Q 安定株主は絶対に株を売却しないのか。

A 安定株主といっても、その企業と何かの契約を結んでいるわけではな い。たとえばTOB価格が時価よりはるかに高ければ応じざるを得ない。この場合、年金の運用機関や生命保険は合理的な理由がないのに保有し つづければ、受託者や契約者から訴えられる可能性がある。

とされておりまして、この日経の記事にかかわらず、ほかの報道でも「安定株主といっても、TOBの価格によってはTOBに応じざるを得ないことがある」と解説されています。これ、本当にTOBに応じないと、株主や受託者から訴えられるのでしょうか?まあ、訴えられることはやむをえないとしても、TOBに応じないことが役員の損害賠償責任を負担することにつながるんでしょうかね。いろいろな疑問が湧いてきまして、この意見に私はかなり懐疑的です。

まえから申し上げておりますとおり、現金で買取るTOBの場合、被買収企業の株主にとって「企業価値を高めてくれると判断した企業」の株を、どうして手放さなきゃいけないんでしょうか。もし、時価とTOB価格の比較に被買収企業の株主の保有の可否が縛られるとするならば、そもそも「この企業の株主価値をどちらの企業が高めるか」といった説明など株主にする必要はないわけです。株主価値の最大化のために、双方の経営陣が株主へ事業計画を説明する、ということは、株主がどちらの経営陣による企業の株式なら保有したいか、ということを決めるためだと思いますし、それなら株主がTOBに応じるかどうか、の問題と時価とTOB価格との関係はないはずです。そもそも、運用成績によって受託者や株主に縛られる企業であれば、「安定株主」になること自体が問題とされるべきであって、その後の対応自体が問題視される、といった議論自体がどうもよくわかりません。

つぎに、被買収企業の株主自身が企業の場合、その株式保有自体こそ、株主企業の企業価値を高めることにつながると言えるのではないでしょうか。今回の件でみましても、TBSから安定株主として要請を受けている企業にとっては、単にTBSを誰が経営することによってTBSの企業価値が高まるか、という判断だけでなく、自身が安定株主となることによって、TBSとの事業提携や取引における効果が期待されているわけで、その効果という面は無視できない「利益」であるはずです。そういった株主自身の利益を放棄してまで、時価とTOB価格の比較に拘束されるということは、まずありえないものと思います。おそらく今後は投資サービス法の施行との関係から、証券取引法によって少数株主の経済的利益保護施策が講じられると思われますし、そうなりますと「保有することの利益」というものも、株主にとっては重要になってくるんじゃないでしょうか。

そして最後に、時価とTOB価格の比較において、被買収企業の株主がTOBに応じざるをえない価格を買収企業が提示した場合、かりにTOBが成功したとしましても、今度は逆に買収企業の株主から買収企業の経営陣に対して、損害賠償請求の訴えが提起される可能性があるんじゃないでしょうか。安定株主たる立場にある株主がTOBに応じざるを得ないほどの価格というのは、おそらく買収プレミアムの合理的価格を超えたものと推測されるのであって、不必要に「出しすぎ」と評価されることはないでしょうか。いずれにせよ、安定株主の切り崩しを意図したTOB価格というのは、買収側にもそれなりのリスクが発生するので、現実的ではないと思います。

このブログを始めたころから、ずっと「企業価値論」について検討しているわけですが、最近のいろいろな議論をお聞きしておりましても、どうも「企業価値」というものが、そのまま裸で司法判断の基準として登場することはないような気がしています。IBMのパソコン事業の価格算定において、レノボは1800億円、そして東芝は1000億円と評価したわけです。これ、どっちが正しいという問題ではなく、どっちも正しいわけですよね。たとえば企業の内部留保についても、成長期、競争期に内部留保がなくても企業価値が高いと評価されるわけですが、安定期にあるとしたら企業価値は低いと評価されるわけで、でもその企業が「競争期」か「安定期」かなんて、タイムマシンでも乗らないかぎり、人間が客観的に判断できるようにも思えません。相対取引の基準としてのモノサシ、投資対象としてのモノサシとしての企業価値論というのは、市場性を高めるために必須であることは理解できますが、「違法、適法」を判断するモノサシとしての「企業価値論」というのは、これからもっと議論していかないといけないと思いますし、「株主価値」という言葉も含めて、慎重に適用場面を検討しなきゃいけないものと考えています。

国際会計基準が整い、内部統制システムにアメリカの企業改革法に準じた基準が導入され、そしてM&Aのルールが国際標準化しても、やっぱり最後は日本法による日本の裁判システムで規律されるタテマエは崩れないわけでして、どういった部分で日本企業の発展のためのバランスをとるべきなのか、具体的な事例による経験則にしたがって解決すべき道を模索しなければいけないのかもしれません。

PS

このたびは、また日経新聞の著名な編集委員の方より、激励のメールを頂戴いたしました。「これからも辛口のご批判、よろしく」とのことですが、私自身には「辛口」の意識がないもので、どうお答えすればよいのか逡巡しております。ただ、これからも「社外監査役」「社外取締役」からの視点、ということだけはブレないように気をつけたいと思いますし、いろいろな方のコメントやメールによって勉強させていただく気持ちは忘れないように心がけたいと思います。

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