66才を前に「生成AI」にハマる
5月30日の共同通信ニュースによりますと、最高裁は、AIを民事訴訟で補助的に活用する可能性を検討しているところ、大量の主張書面の要約には有効とする一方、証拠の拾い漏れや誤った誘導などのリスクがあることが判明した、とのこと。最高裁は結果を踏まえ、さらにAIの活用の検討を進めるそうです。
レベルは全くちがいますが、私も諸事情ございまして、毎日寝食も忘れて(?)生成AIと向き合っております。もうすぐ66才になりますが、こんなに動画を作ったり、画像を作ったりすることがおもしろいものとは知りませんでした。
もちろん、自分で楽しむだけですので、自分が出すテキストデータさえ気をつけていれば権利侵害のおそれは少ないのですが、さすがに素人丸出しの「AIの壁」に突き当たっているところです。プロンプトジェネレータまで購入しましたが、やっぱり適切なコマンドプロンプト、ネガティブプロンプトを出すことに1000回以上は失敗しており、ITリテラシーの限界を感じております。自分の頭の中にある成果物のイメージが、なかなか成果物に反映されないのです。「なんでやねん!」と思うことばかりです。しかし、どれだけアメリカのAIプラットフォームにお金を流出させているのか、ほんとに情けない。いや、ホントに電気だけでなく、お金も、時間も、それからたぶん人的資源もむちゃくちゃ必要です。
プラットフォーマーの倫理ポリシーも、法律家の立場からすれば「あたりまえ」かもしれませんが、作る(「創る」といいたいが、とてもじゃないけど「創る」レベルではございません)立場からすると、とんでもなくジャマに思えますよね(笑)。ある漫画の主人公にいくつか指示を出すと、すぐに顔が変わってきませんか?(笑)著作権保護の世界的な技術レベルも、実際には高いのでしょう。
あまり偉そうなことは言えませんが、自分で生成AIを使ってみて、このAIの汎用品の技術は「脳科学」と「進化生物学」そして「哲学」と一緒に進歩しなければ人間の幸福にはつながらないのではないか、と思います。先週、東京大学の物理系の先生と1時間ばかりお話をする機会がありましたが、やっぱり人間の脳は本当にうまくできています。5才くらいまでは、視覚、聴覚がとても優れているが、社会生活をうまく送れるように、脳に届く情報を、次第に省略していくそうです。見えなかったことにする、聞こえなかったことにする、という脳の働きはすごい。しかしAIは、テキストで送られてきた情報は、すべて見えるもの、聞こえるものとして処理するので、素人は、こんなにもプロンプトで苦労することになるのでしょう。
もちろん、本業に支障が出ないように気を付けておりますが、こんなにもハマったのは2000年初頭のブログ以来です。「失敗を許容する文化」に乏しい日本で、本当にAIは活用されるようになるのでしょうかね?みんなから笑われるような(恥ずかしいと思うような)極端な意見や発想を堂々と出さないと、実務で活用できそうなAIは生まれないように思います。ということで、すでに高齢者の域に達している私としては、AIネイティブの世代に、大いに期待する次第であります。


