2005年11月 8日 (火)

村上ファンドの株主責任(経営リスク)

この11月4日まで、18回にわたって日経夕刊に「企業買収(仕掛け人と用心棒と裁判官)」を掲載されておられた編集委員の三宅伸吾氏が、今朝(11月7日)の朝刊に「村上ファンド、初の経営リスク」と題する「大胆な」論評を掲載されていらっしゃいます。内容は、これまでの投資スタイルを変えて、新たなスタイルで阪神株を(実質的に)過半数取得し、経営リスクを負ってまで挑戦する村上世彰氏の手法は、果たして本当に通用するかどうか「疑問を呈する」といったものです。また、この村上氏による阪神株式の運用は、自ら経営リスクと株主責任を負担して、投資リスクを抱えた(村上氏としては)初の案件だが、これまで(村上氏は)「やすやすと巨額の運用益を上げてきた」けれども今回は、(傘下にいれた)「阪神はそうはいかない」と予想されておられます。(月曜の朝から胸がスカっとされた方もいらっしゃったかもしれませんね。)今日あたり、阪神電鉄からは200億円をかけて甲子園球場の改築を行う旨の発表もあり、村上氏と現経営陣との経営面での協議は、ますます長期化することが予想され、果たしてこの長期化は村上ファンドにとっては「新しい投資スタイルへの挑戦」として想定の範囲内にあったのかどうか、今後の興味ある焦点になりそうです。

ところで、この論評の副題は「阪神で試される株主責任」とされていますが、ここで使われている「株主責任」という意味は、企業経営によって持株の株価が下落して、損失を被るという通常の「株主有限責任論」のことを指しておられると思います。しかしながら、私はこの村上ファンドが阪神電鉄の経営権を握ることによって、「持株の株価下落リスク」ということのほかに、もうひとつの「株主責任」の問題も発生するのではないか、と考えています。それは株主間利害対立における「少数株主の保護」と裏腹にある「多数者株主の責任」の問題であります。このような意味での「株主責任」という言葉には大いに違和感を覚える方もいらっしゃると思います。(多数決が絶対でなかったら、どないすんねん!)しかしながら、今回問題となっているのは、親会社(阪神電鉄)から「有名ブランドの子会社(阪神タイガース)」を公開独立させよう、といった計画であります。阪神タイガースの資金調達は株式公開によってなされるでしょうが、公開後も阪神電鉄が子会社の公開基準に反しない範囲で親会社としての立場は保有するわけですよね。すると、どういった問題が発生するかと申しますと、いわゆる親会社・子会社間での利害相反関係が発生するわけです。たとえば阪神タイガースは、会社更生手続き中の大阪ドームを使用すれば、高収益を上げられるにもかかわらず、200億円をかけて改築して使用料も高い甲子園球場を使用することが親会社や多数株主によって決められてしまうわけです。本来子会社株主にとって高配当が期待されるにもかかわらず、親会社、子会社多数株主の意向によって親企業に収益が吸い取られてしまう。これは簡単に申し上げて、子会社株価の低迷をもたらす問題になってしまうのではないでしょうか。

実は、こういった「株主間利害対立」の問題は、私が勝手に空想したものではございません。東京大学出版会から出されております名著「会社法の経済学」(神田、柳川、三輪編)のなかで、神戸伸輔学習院大学教授が経済学的見地から問題提起され、その対策までを整理されておられます。こういった親会社・子会社間で株主間利害対立の発生する場合としましては、①親会社に有利な条件で相対取引をすること②子会社の重要な資産や営業権を親会社に有利な条件で売却すること、または有利な条件で合併されること③プロジェクトの選択や実施について、必ずしも子会社の利益を最大化するものを親会社が選ばないこと(さきほどの使用球場の例などはまさにこの部類に属するのではないでしょうか)などが先の書物で紹介されております。(たいへんおもしろい内容でして、具体的な対策までが記載されておりますので、興味をお持ちの方は原典にあたってみてはいかがでしょうか。)ただし、こういった株主間利害対立が発生するおそれがあることから、ダイレクトに少数株主の利益を保護せよ、と短絡的に結びつけるべきでないところが、また難しい課題のようです。なんらかの「法的な多数株主の責任論」と結びつけてしまいますと、今度は少数株主たるグリーンメイラー対策、ということも問題になってしまうからであります。(そのあたりの対策も、上記原典に詳細な具体例が試案として掲載されております)

すでに「村上ファンドと阪神電鉄」のエントリーは、このブログでふたつほど書かせていただきましたが、私は以前と同様、村上さんが経営されようと(もしくは村上さんが推奨される方が経営されようと)、現経営陣が経営権を維持されようと、電鉄の利用者および近隣地域の安全対策と建造物の耐震性を中心とした震災対策さえきちんとしていただければ、(野球協約問題も含めて)どちらでもかまいません。ただ、こういった子会社の少数株主といいますか、一般株主が被る可能性のある損失(リスク)対策というものは、親会社の多数株主として、ある程度の「株主責任」として対処せざるをえないのではないか、そうでないと阪神タイガースという公開企業の資金調達に問題が生じるのではないか、という疑問が湧いてくるような次第であります。

もうひとつ、今朝の三宅編集委員の論評では、軽く「企業の内部留保」についても触れておられます。この内部留保の問題については、私、最近「内部留保と企業価値」に関して独自の研究(というほどのたいしたものでもありませんが・・・)をしているところでして、ひたすら仕事の合間を見つけては、個別の企業の歴史のようなものを綴った文献に目を通しているのですが、それはまた別の機会にエントリーしてみたいと思っています。

PS こんなエントリーを書いているうちに、ニュースをみますと、あらためて現経営陣は球団の公開に反対の意思を表明した、とのことです。ファン投票についても同様。ほんとにこれから、どうなるんでしょうか。。。

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