田中論文と「濫用的買収者」
(9月9日夜 追記あります)
大杉先生のブログで「9月5日号の旬刊商事法務にビックリ論文がありますよ」といった予告が出ておりましたので、期待しておりましたところ、ホンマ、これは「監査役制度改造論」以来のビックリ論文ですね。(ブルドックソース事件の法的検討 田中亘 成蹊大学准教授)圧巻はブルドック高裁決定がスティール(関係者)を「濫用的買収者」と認定した理由付けはおかしい、とする見解であります。
ブルドックソース事件で「濫用的買収者」に関する議論をされていた方々のうち、高裁決定の「スティールは『濫用的買収者』である」との判断理由に「日本のM&Aの行く末」を悲観的に嘆いておられた方にとりましては、まさにナミダモノの論文ではないでしょうか。ちょうど二年ほど前に田中論文と企業価値論というエントリーをアップしておりますが、当時の論文を拝見して以来、取締役の責任論やMBO論考など、田中亘准教授(成蹊大学)の論文はいつも楽しみにしておりました。ただ、いつも田中先生の論文は、何度も読み込まなければ私のような凡人には理解できない部分もあったのですが、このたびの「ブルドックソース事件の法的検討(上)」は、なんといっても「論旨が明解でわかりやすい」のが特長かと思います。おそらくこれだけわかりやすい論文ということは、田中先生がブルドック高裁決定に触れたとたんに、「これはおかしいぞ?」と脊髄反射的に疑問点を感じ取られたからではないでしょうか。とりわけ高裁決定がスティールを濫用的買収者と認定(断定?)したことへの「法と経済学」的な視点からの的確なご批判は、日経新聞の記者(?)さんはじめ、MAに携わる多くの方が「これまでの辛酸をなめていた日々」を忘れさせてくれるほどに胸のすく思いを味わえたのではないかと推測いたします。(ただ、私自身はこの田中教授の論文を読んだ後でも、日本の当事者主義的な訴訟制度および、濫用的買収者かどうか、といった判断は規範的要件の解釈に関するものであって、評価根拠事実や評価障害事実に関する当事者の主張にひきづられるところもあるので、裁判所が「濫用的買収者」にスポットをあててしまった以上は、こういった結論になるのもやむをえないところもあるかな・・・と思ったりもしておりますが。ただ、正確には高裁や地裁レベルにおける双方の準備書面(主張書面)まで確認しなければなんとも言えないところではあります。なお、このあたりの議論につきましては、私のブログでもたいへん盛り上がりました7月中旬ころの 濫用的買収者って何だろう? あたりをお読みいただけますと幸いです。)
田中先生の論文では、最高裁決定および東京地裁決定(論文では原々決定)の論旨を客観的に手堅くまとめあげていらっしゃいますので、逆に東京高裁決定の濫用的買収者認定に関するご批判がますます際立っている感がしております。「濫用的買収者かどうか」といった論点は、TBS・楽天事件におきまして、企業価値評価特別委員会の報告書でも議論されているところですし、事前警告型防衛策の発動要件として、今後も有識者の方々によるいろんなご意見が出るところだと思いますので、この田中教授の視点も今後議論の対象になってくるものと推測いたします。なお、この「法的検討(下)」ではブルドックソースの株主の意思決定に関する問題点についても検討されていらっしゃるようですので、大杉先生の経済刑法に関する判例評釈とともに、ますます次号が楽しみになってまいりました。
(追記)田中先生の上記論文以外にも、この商事法務9月5日号では「スクランブル」で「ブルドックソース事件最高裁決定の射程」なる小稿が掲載されておりまして、買収防衛策と「濫用、非濫用の買収ニ分類」に関する考え方の整理が示されております。そもそも買収防衛策の発動は「濫用的買収者」が現れたときのみ許されるとする考え方と、濫用的買収者の定義に含まれない者であったとしても(非濫用的買収者)、企業価値(ひいては株主共同価値)を毀損する者に対しては、買収防衛策を発動できるとする考え方の比較ということであります。TBSの企業価値評価委員会の判断過程などを報告書から検討しておりますと、そもそも「非濫用的買収者」が企業価値を毀損するおそれのある場合でさえ「濫用的買収者」の概念に含んで考えていらっしゃるように読めますので、こういった考え方の違いというのも、まだまだ流動的な部分が多いように思えます。要は、アクティビスト的な買収者の場合と競争事業者的な買収者の場合とで「濫用的買収者」の概念を同じに扱うのか、違う定義とするのか、また上記のとおり買収防衛策発動が許される場合というのを「濫用的買収者」の場合に限るのか、非濫用的買収者にも一定の要件のもとで可能とするのかなど、まだまだ整理しなければならない余地がありそうですね。
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