「公正なる会計慣行」と長銀事件(その8・有罪判決の時代背景)
今日は特別に「公正なる会計慣行」の内容について検討するものではありませんが、このたびの長銀粉飾決算事件の最高裁判決に関連して、有罪判決を出した原審当時の時代背景について少しだけ記述しておきます。裁判は、その判決当時の時代背景(ひょっとすると世論の流れ)に影響されることもあるかもしれません。なぜなら、裁判には紛争解決機能もあれば、政策形成機能もあるわけでして、後者を重視する刑事裁判官であれば、当時の「国民の声」に敏感に反応することも考えられるからであります。
1 長銀の検査忌避・検査妨害事件の影響について
今回の長銀最高裁無罪事件が出たことで、マスコミの論調は「法的には無罪が証明されたわけだが、当時の金融機関としての道義的責任まで晴れたわけではない」というものが多いようです。しかし、本当に今から10年前の長銀経営陣には、道義的責任は別として、法的責任はまったく残っていないと言い切っていいものでしょうか?
ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんが、長銀は平成10年7月から同年9月までの金融監督庁(現金融庁)による立入検査において、系列ノンバンクへの融資に関する資料を改ざんして金融監督庁に提出し、また「融資の資料は存在しない」などと虚偽の報告をして検査忌避・妨害を行ったとして、(長銀および旧経営陣は)平成11年9月に金融監督庁から長期信用銀行法違反として刑事告訴されております。そして東京地検は、旧経営陣が粉飾決算を隠ぺいするために、組織的な検査忌避・妨害を行ったものと認定したわけですが、平成12年3月、法人および担当者について起訴猶予処分としております。当時の新聞報道によりますと、起訴猶予処分とした理由は、すでに長銀自身が平成10年に破たんしてしまったために、すでに罰則を科する意味がなくなってしまったことと、旧経営陣らも、粉飾決算による証券取引法違反事件で起訴されたことから、とされております。
粉飾決算による証券取引法違反事件が無罪と確定した現時点において、もはや上記検査忌避・妨害事件の処分が復活する、ということはもちろんありませんが、東京地裁判決が下された平成14年当時において、この平成12年の起訴猶予処分の事実がなんらかの影響を及ぼしていたのではないか、という点は少しばかり検討しておくべきものではないでしょうか。「公正なる会計慣行とは何か?」といった論点に影響を及ぼしていたとまでは言えませんが、すくなくとも証券取引法違反の故意を立証するための有力な資料として用いられた可能性は高いものと推測されます。
2 長銀副頭取の死
平成11年5月6日、(東京地検特捜部による事情聴取の直後)平成10年3月期決算の作成を直接担当した長銀の副頭取の方が、妻に宛てた遺書を残して亡くなっておられます。長銀事件さえなければ、次期頭取と目されていた長銀のエース級の方のようでした。当時とくに醜聞も聞かなかったこの副頭取の方の死は、実質的には「経営陣による粉飾決算共謀の事実」が闇に葬られる可能性を高めたものといえるのでありまして、こういった事実は原審の判断にどような影響を及ぼしたのでしょうか。平成11年当時の「国民の声」そして内部調査委員会における厳格な責任追及の意見が飛び交うなかでの出来事であり、当時の裁判所としての判断において、この副頭取の死が、すくなからず旧経営陣の有罪の心証形成に与えた影響は否定できないのではないかと推測いたします。
もちろん、いずれの上記推測も、単なる私見にすぎず、明確な根拠はございません。ただ、この最高裁判決までに10年を要した長銀事件の判決を「冷静に分析」する場合にあたり、時の流れとともに、原審判断時における当時の時代背景についても、きちんとわきまえたうえで検討することが、この事件に関係するすべての利害関係者(当事者)への私なりの礼儀ではないかと思った次第であります。
8月 5, 2008 「公正妥当な企業会計慣行」と長銀事件 | Permalink | コメント (2) | トラックバック (0)
