2005年11月29日 (火)

黄金株と司法判断(その2)

先日のエントリー「黄金株の東証の存在意義」とも関連しますが、上場企業の敵対的買収防衛策としての黄金株導入の原則禁止を定めた東証の規則(案)に対して、11月28日の金融審議会で批判が出ているようです。

東証の黄金株規制案に批判・金融審(日経ニュース)

辰のお年ご さんの上記エントリーへのコメントで、東証における規則制定権の「正当性」についてご意見を頂戴しましたが、日本の証券取引法は、戦後アメリカ主導型で制定されたものである以上、「投資家保護」という基本にたって解釈されるべきものですから、その正当性の根源も、どこかに「民主的コントロール」が働くべきもの、と考えておられるところは私と一致しているものと受け取りました。私は、証券取引法の解釈として、そのコントロールは薄いと判断して、正当性に疑問を呈しましたが、辰のお年ごさんは、丁寧に条文解説をされたうえで規則制定権の正当性を肯定される立場のようであります。このあたりは、ご意見を拝読させていただき、私もある程度納得いたしましたが、この「民主的コントロール」を前提として「規則制定権の正当性」を基礎付ける以上は、先日の金融担当大臣の発言や、上記金融審の批判などについて、これを東証が真摯に受け止めて、「当然のこととして」修正を余儀なくされる、という結論に至るのではないでしょうか。(金融審の意見を反映した金融庁の正式判断に対して、ということになりますが。)現在、東証はこの規則(案)についてはパブリックコメントを募集しておりますが、このパブコメで東証の黄金株原則禁止案に賛同するコメントが多かったとしましても、これは単なる国民の参考意見を聴取しただけであり、法律上の「正当性」がない以上は「民意を得たから規則案どおり」とは到底いえないものと思われます。何度もくりかえし申し上げますが、私は強く東証の行動に反対しているわけではございませんが、国民の総意によって作られた「会社法」で認められている企業行動を規制するほどの権力(上場廃止)が東証にあるならば、その国民の総意に優位しうる権限を行使できるだけの国民からの委託(特別法)がなければならないはずです。ワールドのMBOの際には「一方的な退場はいかがなものか」と批判し、会社法では禁止されていないものの東証には気に入らない制度を導入しようとする企業に対しては退場を求めるという万能の権限は、「投資家保護」という錦の御旗のもとでのみ正当性を有するはずであります。しかしながら「企業の規制のありかた」について会社法と証券取引法に権限を分配することができるのは、唯一国民であるはずですから、「投資家保護」の中身を決めることもやはり国民の権限に由来するはずでありましょう。そうであるならば、民主的コントロールの及ぶ行政府の意向に(権限を委託されている)東証がコントロールを受けるべきは当然のことでありまして、東証が金融庁を協議において説得できないかぎりは、金融庁の判断に従わざるをえないとしか解釈できないと思います。「だから大臣の「東証の細則」に対する承認があるから、いいんじゃないの?」という反論も聞こえてきそうですが、それなら最初に立ち返って「東証の存在意義って、なんなの?」という問題に戻ってしまいそうですし。自主規制機関という組織そのものが、とてもムズカシイ存在に思えてしかたありません。

さらに、東証と「司法判断」という問題も非常に興味深いものがございます。ペイントハウスがジャスダック証券取引所を相手に、上場廃止禁止の仮処分を本日、東京地裁に申立たようです。

ペイントハウスのリリースはこちら。

私の以前のエントリーでも紹介しましたが、昨年もメディアリンクス社が上場廃止禁止の仮処分を申立てまして、鹿子木決定によって棄却されておりますが、このときは正面から東証の規則の正当性が議論される場面はなかったようです。(そういった意味で、あまり先例としての意味はないものと解されます)しかしながら、今回はペイントハウスの争い方によりましては、証券取引所の規則について、司法判断が及ぶのかどうか、という問題が争点となる可能性もありまして、この裁判の行方は注目してみたいと思います。私自身は、今後の市場の活性化、IPO企業の増加、会計監査の厳格化、そして弁護士数の飛躍的増加のなかで、この「上場廃止禁止の仮処分」というのは、飛躍的に増えるものと予想しております。こういった証券取引所規則の要件解釈のほかに、会計監査人と企業との「企業会計基準に関する意見の食い違い」を是正する手段としても有益と考えられるからであります。コーポレートファイナンスや制度会計の適法性に関する事後規制の分野につきましては、多数の弁護士が参入することが予想されます。

黄金株の取扱をめぐる金融庁と東証の問題、そして証券取引所の規則制定権の規範性の問題は、「投資サービス法」時代を迎える日本の金融法務の将来にも、きわめて大きな影響を与えることになると、(少なくとも私は)考えております。

11月 29, 2005 黄金株と司法判断 | | コメント (5) | トラックバック (2)

2005年11月20日 (日)

黄金株と司法判断

いつも愛読させていただいている「ふぉーりん・あとにーの憂鬱」の47thさんから、「黄金株原則禁止?」のTBをいただきました。以前、「会社法トリビア」のエントリーでも、たいへん感動いたしましたが、このたびのエントリーは「ブログやっててよかった・・・」としみじみと思うほどの珠玉の作品に思えてしかたありません。先日「LLM留学日記」のneon98さんのラブホ研究論文にも驚きましたが、「自分の頭で考える筋肉の発達しておられる若い人」には(正直なところ)同業者としての嫉妬すらおぼえます。(まあ、「嫉妬」というのは、人間の感情としては、あまりよろしくないものですから、前を向いて歩くしかないのですが。)

前フリはこれぐらいにして、とりあえず、東証の「黄金株導入企業の上場廃止論」に関する正式なリリースが出るまでに、このブログをご覧の方も、一度47thさんの上記エントリー、ご一読されることをお勧めいたします。黄金株(といいますか、この定義自体がまず問題である、との指摘がなされておりますが、一般的には単純化したほうがわかりやすいので、あえて黄金株という言葉で括ります)というものが、いったい何のために使われるものか、どういった場面であれば効力が最大化されるのか、そういった知識を比較的(?)コンパクトに頭に納めることができそうです。

トラッキングストックのM&Aへの利用、事業再生時における利用など、「投資家平等原則」をはかるために黄金株を利用するということも非常にわかりやすい事例だと思いましたが、なんといっても、一番感心したのが敵対的買収防衛策を導入するということは、「オトシドコロ」を探るための道具である、という「いつもの47thさんの一貫した考え方」が、ここでも貫徹されているところだと思います。本来、大手の法律事務所の弁護士さんであるならば、企業にリーガルコストをかけてもらうほうが「営業としてはおいしい」話でして、ぶっちゃけて申し上げるならば、「紛争拡大路線」を推奨してもいいはずでありますが、47thさんが啓蒙せんとする話の先、といいますのは、限りなくリーガルコストを少なくして、平和的解決を図り、株主に無駄な損失を与えない、というきわめてシンプルな(理想的な)対処法に向いているように思えてなりません。スゴイ。実務家として敬服いたします。

ただ、一言、私なりに意見を述べさせていただくならば、「この感覚が日本に定着するには、あと20年かかるんじゃないでしょうか」。47thさんのおっしゃるように、もともとトラッキングストックや事業再生に利用する黄金株は、いわば元々「平和的利用」の場面であり、おそらく法律専門家、会計専門家主導によって最適利用が可能な場面だと思います。ただ、それは黄金株の最適利用に関する予想がつくからこそ、当事者双方の経済的価値の均衡がルールとして定着し、スキームの導入にも納得がいくように思われます。そこには、やはりアメリカでの裁判の歴史というものが横たわっているのではないでしょうか。(このあたりは、あまり自信をもって議論できるだけの知識を持ち合わせてはおりませんが)

私も、東証が黄金株の導入一律禁止を決定することは反対です。47thさんがおっしゃるとおり、「投資家平等原則」実現の機会を逸することにもなりかねないと思いますし、まずなによりも司法判断によって、事案ごとに適正な防衛策のあり方を形成する機会が奪われてしまうことが「もったいない」ように思います。これから本当に国内、国外の企業が日本の市場で企業再編を繰り広げるのであれば、今以上に弁護士、会計士、証券会社、機関投資家、ファンド、そしてなによりも経営者の戦略的知識という「社会インフラ」が不可欠です。そこに関与する人たちが、みなさん47thさんのように経済的な理論にも精通できればよいのですが、おそらくそうはならないでしょう。とすれば、やはり最も依拠しやすいものは日本における司法判断ですし、その集積だと思います。黄金株導入というのが、もし根こそぎ「ダメ」ということになり、さらには葉玉検事さんが提起されたような種類株式を用いた防衛策も「投資家平等原則違反」ということで無理、ということになってしまうと、おそらく敵対的買収時における平和的解決へのバランス感覚というものは社会インフラとしては育たないのではないか、ひいては双方が疲弊するまで紛争を繰り広げ、株主の利益が悲しいほどに無為に失われてしまうのではないか、と危惧しています。(まあ、それで一部の業界は儲けを出すことにはなるわけですが)

まあ、黄金株というものが「百害あって一利なし」ということが、社会的な合意とされてしまえば、どんなに反論しても覆らないのでしょうが、47thさんのおっしゃるような「平和的解決のための道具としての価値」があるとすれば、一律禁止は、そういった意味でたいへん残念な気がします。

最後になりますが、この東証のコメントにある「投資家平等原則」という言葉、ちょっと使い方が気になります。普通は投資家がこれから市場に参加しようとする場合に、そのスタートラインにおける経済的な面における機会均等ルールを決めるときに用いられるのであって、株主平等原則と同義に使われるものではないと思っていますが。

(11月20日 昼 追記)

今朝の読売のニュースによると、ちょっと報道のトーンが変わっていますね。

黄金株、原則禁止(一定条件満たせば容認も)

22日の東証取締役会で概要が決定されるそうですが、もしこの記事内容が真実に近いとすれば、かなり経済産業省の発表した指針に近い運用も期待できるのではないでしょうか。

11月 20, 2005 黄金株と司法判断 | | コメント (6) | トラックバック (1)