「シノケン」のリスク情報開示と内部統制
(11月28日午前 追記あります)
先週金曜日、構造強度偽装マンションの販売会社であるジャスダック上場企業「シノケン」は一週間ぶりに証券売買が成立しておりましたが、株価は依然、大きく落ち込んでいるようです。まだまだ今週の情勢も不明なところかと思われますが、はたしてこのような企業リスクが、そもそも事件発覚よりも以前から予想できなかったのかどうか、すこし検討してみたいと思います。
平成15年の監査基準の改訂によりまして、経営者は財務諸表の作成にあたっては、継続企業の前提が成立しているかどうかを判断すること、継続企業の前提に関する重要な疑義に関わる事項を注記することといった情報開示の仕組みを導入することが明記され、現在では多くの公開企業がいわゆる「リスク情報」を開示するようになりました。突発的なリスク情報というものは、通常「適時開示」ということで公表されるようですが、将来的に企業の継続性に影響を与えうる事情というのは、有価証券報告書等に開示されることが多いようです。このシノケンの場合、どういった「リスク開示」がなされていたかといいますと、平成17年3月期の有価証券報告書(13ページから17ページあたり)では、比較的詳細に自社の事業上のリスクを評価されておられるようでして、それに対するリスク回避手段についてもかなり明確な対応方法が記載されているようです。たとえば、自社の建設したマンションの地盤調査が不適切であったために、マンション居住者に迷惑をかけた場合には、一世帯あたり3000万円までの保証を行い、そのための保険もかけていることが公表されております。しかし残念ながら、今回のような取引先の不祥事により、自社が瑕疵担保責任もしくは品確法上の責任を負担するおそれ、というものにつきましては、リスクとして評価されていなかった模様でありまして、それは このたびのIR情報にもうかがわれます。マンション販売会社にとりましては、地盤の調査会社だけでなく、建築設計事務所や指定確認検査機関、そしてマンション建設請負会社など、その販売にあたって多数の取引先機関の関与があるわけでして、どの機関に「ミス」が発生いたしましても、購入者との間では第一次的責任は販売会社が負担(あとは、求償の関係)することになるわけですから、このたびのようなリスクは十分予想されてしかるべきと思うのですが、そういった損害賠償責任を負担するリスクを認識していることが開示されていないのは非常に残念なことのように思われます。姉歯建築士は(建築主から)「経費が削減できるように」と指示を受けた、と国交省の審問で述べたとされていますが、もしこういったリスク情報がきちんと開示されていたとすれば、シノケンとしましても、世間に対してその開示情報を根拠に、強く関与を否定できたのではないでしょうか。
ただ、このリスク情報の開示というものも、「詳細に書けばいい」というわけではないようですし、あまりリスク情報を詳細に記載するとかえって、投資家によって継続企業の要件に疑問をもたれてしまうこともありますので、どのあたりまで記載すればよいのか、むずかしいところかもしれません。このあたりのバランスを検討するにあたっては、ちょっと前のUFJ総合研究所のHPを参考してみてはいかがでしょうか。(普通の上場企業の事業上のリスクに関する記載は、ずいぶんとサラッとしていますが)
つぎに、リスク情報の開示とはあまり関係ありませんが、そもそもシノケンがこういった耐震強度偽造による多大な代金返還、建物撤去費用負担義務が発生するリスクを回避するための内部統制システムは構築できたかどうか、今後の大きな課題となりそうです。
1 取引先との業務上の意思伝達経路が適切であったかどうか。
このたびの耐震構造不足の事実は施行業者の現場監督人も認識していたところもあったと報道されています。工事監理者と施行業者(請負業者)は、建築主とともに何度も現場会議を行いますから、そのときに施行業者の意向や設計図面の変更意思をいうものが建築主に届いているはずです。(議事録をみれば出席者と打ち合わせ内容が記載されていますので、施行業者や監理者がどのような協議をしているかは、すぐにわかります)このたびの建築主たる「シノケン」が、耐震強度偽造の事実を完成まで知らなかったとすれば、これは明らかに取引先業者(施行業者および建築設計監理業者)との意思伝達上のミスであり、上場企業としての内部統制システムが有効に機能していなかったといえるのではないでしょうか。
2 不正を発見できる仕組みを工夫していたか
さらに、平成15年から、専攻建築士制度が始まり、建築士も専門分野ごとに仕事を分担すべき、との提言が日本建築士会連合会等を中心に広く公表されるに至っています。こういった風潮のなかで、設計、構造、設備といった各建築士の分野ごとに、シノケン自身によるチェック機能を備えることは考えられなかったのかどうか、(たとえシノケン自身によるチェックが働かないとしても、建築士相互におけるチェックが有効に機能していれば事件は防止できたかもしれません)事実を確認しておく必要があろうかと思います。ただ、これはおそらく費用のかかるチェックシステムでしょうから、経費(予算)との関係は無視できないところだと思います。(この専攻建築士制度をみて思ったんですが、法令建築士制度というものがあるんですね。こういった方がいらっしゃると、法律面において確認申請から完了検査まで、各専攻建築士を統括できる責任者になってもらえるでしょうから、業務の有効性という面では、かなり評価が高まるんじゃないでしょうか。もちろん、それなりに大きな販売会社などに限定されるでしょうが)
なお、こういった内部統制システムの構築に関しましては、あくまでもシノケンに「過失があった」ということが前提でありまして、「耐震強度偽造に関与していた」ということでしたら、それは刑事問題にも発展しかねない問題となりまして、そもそも内部統制システム構築の有効性の限界を超えるものでありますから、上の議論は妥当いたしません。
(11月28日午前 追記)
今朝の日経ニュースに、行政が建物解体費用を助成する、といった報道があります。
迅速な対応、という点では評価できると思うのですが、これもあくまで建築主に低利融資を行うという意味でしょうか、それとも補助するといった性格のものでしょうか。近隣地域への安全を配慮して・・・という趣旨ということでしたら、なぜ今回の姉歯設計事務所の設計した建物だけを対象とするのか、全国に2割から3割も存在する耐震性に問題のある建物について、もし区分所有者全員の合意があれば、同様の対応をとってもらえるのか、そのあたりはどのように対応されるのでしょうか。
また、先週の「行政責任を考える」のエントリーの図でも、おわかりいただけると思いますが、建築確認申請は、指定確認検査機関を通す場合と、特定行政庁を通す場合があり、実際に群馬県あたりでは、特定行政庁自身が偽造を見逃しているわけで、イーホームズが指定を取り消されるのであれば、行政責任も当然に認められるのではないのでしょうか。このあたり、釈然としないところが残ります。
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