ジェイコム株式利益返還と民商法の適用
昨日のエントリーに対しましては、またご意見を頂戴いたしまして、ありがとうございました。UBS証券はじめ、誤発注されたジェイコム株式買付で利益を得た証券会社の利益返還という問題は、その前提として「当然のごとく」誤発注による売買契約の成立が有効であることから対策が始まっているものですが、私自身はその「当然」のところに疑問を呈しておりますので、奇異な考え方かもしれません。金融機関の法務部員であるsakuritaさんからも「参加者において、民法が適用されるなどとは、予想もしていない」といったご意見を頂戴しましたし、この問題について、少数派であることを承知のうえで、もうすこし考えてみたいと思います。(また、知識や考え方におかしいと思われる部分がございましたら、ご指摘いただきたいと思います)
立会場が廃止され、コンピューターシステム売買に移行した現在におきましても、市場参加者が証券会社であって、証券会社どうしの間で売買が成立する、というものであれば、そこに有価証券(みなし有価証券を含む)が概念される以上は、やはり民商法の適用は否定されることはないと思います。想定されるすべての事態を事前に予想して、規約、約款を定めておけば問題ないでしょうが、今回のことをみてもおわかりのとおり、想定されない「異常事態」は発生するものでして、そういった場合の問題処理に個別具体的に適用される約款が存在しないかぎりは、民商法に立ち戻るしか方法がないわけです。たとえば、平成16年に成立しました「社債・株式等振替法」には、その152条において善意取得に関する規定が置かれておりますが、そもそも善意取得といったことが問題となるのは「異常事態」です。そういった異常事態にどういった民商法を適用すべきか、ということから明確に善意取得に関する法理の適用を規定しており、同法153条以下では、この善意取得の規定を適用することによって、株数に異常をきたした場合の事後処理に関する規定も定められております。では、今回の誤発注の問題についてはどうか、といいますと、約款も法律の明文規定も存在しないわけです。したがいまして、当事者間の問題処理はいったい何を基準に解決すればよいか、という点は必然的に問題点として取り上げざるをえないんじゃないでしょうか。
さて、こっから先が肝心な問題だと思うのですが、それでは証券取引所におけるシステム売買には、誤発注が生じた際にも「契約は有効に成立」とみる根拠はどこにあるのか、その基準というか法理のようなものが必要になってくると思います。「それが慣習だから、ルールだから」は明らかに成り立ちません。なぜなら、今発生している事態は「異常事態」であって、異常事態が頻繁に発生しているのであれば「慣習」「ルール」もあるかもしれませんが、「あってはならないこと、ありえないこと」が発生しているからです。したがって、結局は「理屈」と「世の中に及ぼす影響」から判断するしか、しかたがないように思います。株券が存在しており、その交付が「効力発生要件」とされている以上は、民法の二重譲渡の考え方が適用されて、「原始的不能ではなく、すべて契約としては有効に成立している」、この理屈ならわかります。しかし、民商法の法理が適用されない、となると、「すべての契約を有効と扱う」理屈は別に探してこないといけないのでは、との疑問が湧いてまいります。(また、セットで事後処理に関する理屈も探してこないといけないわけです)
ちょこっとだけ、sakuritaさんのコメントを引用させていただきますと、
その特徴(注 市場取引の特徴)は、大量性、画一性、迅速性、匿名性、などがあげられ、およそ民法が予定した特定の者との相対の取引とは異なる世界だと考えています。さらに、市場では現実に存在しない株数の取引を行うこともありえますし、自分の売り注文と自分の買い注文が取引として成立することもある訳です。
私は、金融実務に精通しておりませんので、この「市場では現実に存在しない株数の取引」といったものがどういったものかは存じませんが、そういった取引もアプリオリに認められているのか、なにか特別法によって認められているのか、そのあたりも整理してみたい気がいたします。(ご教示、どうもありがとうございました)「取引のプロ同士がやってる世界なんだから、勘違いで無効取消なんて、通用しませんよ」といった暗黙の了解があるのか、それとも「取引のプロ同士がやってる世界なんだから、勘違いで契約成立なんて、あるはずがない」といった了解なのか。
私としましては、民法の法理の適用があるとすれば、当然のこととして錯誤無効の検討がされるべき、と認識しております。これを否定するのであれば、どういった理由で錯誤無効が主張できないのか(たとえば、市場に参加するにあたって、その誓約書で「取引における意思表示の瑕疵はいかなる理由あるも、これを主張しないものとする、との約款の存在など)もしくは何か民法の特別法もしくは約款の法理を類推して、民法の適用が否定され、排除される、といった説明がなければ、その適用を否定することはできないと考えております。
さらに「錯誤無効」を主張することによる「世の中の弊害」を考えてみたいのですが、いったいどのような弊害があるのでしょうか?よく理屈のわからない「利益返還」という手法をとるようりも、数段平易でわかりやすいのではないでしょうか。ただ、混乱が生じるとすれば、返還に応じない個人や証券会社の存在と返還に応じる証券会社との不平等、最終的な損失負担者の不合理性といったところでしょうか。(ただ、こういった問題こそ、当事者間における協議や法的交渉によって解決すべきだと思います)錯誤無効を認めてしまうと市場の混乱を招き、信用を毀損する、といったご意見もあろうかと思いますが、しかし証券取引に携わる方がたが、「もはやありえないこと」と自信をもってコメントできるのであれば、同様のことは起こりえないと評価できるわけですから、もはや混乱を招くこともないはずです。「錯誤無効」の濫用というのも、今回の事例は「特別な異常事態」という評価である以上は、あまり心配することもないように思います。したがいまして、「理屈」と「世の中に及ぼす影響」いずれをとりましても、民法の原則を排除しなければならない理由は見当たらないんじゃないでしょうか。「民商法の考え方を排除してまでも、証券取引所の取引の安全を保護する」のであれば、その旨の特別法、約款、もしくは関連法規の準用、類推適用などの根拠が必要ですし、証券取引法などによる取締法規によっては実現できないことも議論される必要があるのではないか、と思っています。
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