2006年1月23日 (月)

証券取引等監視委員会の権限強化について

(1月23日お昼 追記あります)

ライブドアショックを受けて、与謝野金融担当大臣や自民公明与党の国対委員長らは証券取引等監視委員会の権限強化検討を示唆した、との報道があります。金融相、証券監視委の権限強化検討を表明(日経ニュース)

このたびのライブドアの強制捜査および(まだ捜査中ではありますが)その進展からすると、こういった意見が権力者側から表明されることは、ほぼ予想されるところでしょうね。広く国民が金融商品にかかわる社会を迎えるにあたって、その取引の安全を図り、大きな投資家の被害を最小限度に抑制するために、市場監督者である専門家集団としての証券取引等監視委員会(以下、証券監視委といいます)の組織としての規模拡大、権限拡張を切望するところは理解できるところと言えるでしょう。ただ、こういった議論につきましては、強制権限を行使できる機関が増えることや、(私のブログで以前より主張しておりますとおり)いままで権力を行使したことのなかった人たちが権力を持つことのおそろしさ、といったことを考えますと、ちょっと「その前に考えておくこと」があるような気がします。

1 自主規制機関(証券取引所、証券業協会)との関係は?

そもそも、証券取引におけるルールの確保といえば、証券取引法や内閣府令などの法律、規則が存在し、そのうえで証券取引所や日本証券業協会などの自主規制機関による事前規制や実効性確保手段といったものが存在するはずです。私のブログでも過去数回にわたって、「証券取引所の法的根拠の正当性」などとの関係で、自主規制機関の権限についても議論させていただきました。そこでの議論におきましては、今後の自主規制部門における迅速性、専門性からするならば、今後も証券取引におけるルール作りやルールの確保のために重要な位置を占めるということでは争いはなかったはずです。そこで、私は今後の証券取引法上の経済事犯、つまりこのたびの偽計取引や風説の流布、そして相場操縦やインサイダー取引など、そういった一般投資家の保護を目的とする刑罰規制の遵守につきましても、第一義的には自主規制機関による対応が強化されるのではないか、と予想しております。したがいまして、証券取引委による権限強化よりも先に、自主規制機関がどのような規制手段を強化していくのか、そちらのほうが優先順位が高いものと思います。そのあたりの議論なくして、単に証券取引委の権限強化といったことだけを短絡的に検討課題とすることは、すこし違和感を覚えます。

2 公正取引委員会の権限強化と比較する

先の日経ニュースによれば、証券取引委としても(公正取引委員会のように)犯則調査権限を拡充すべき、とのことでありまして、公正取引委員会による犯則調査権限(これも平成18年1月4日施行による改正独禁法で犯則調査権限が拡充されました)を念頭に置いておられるような発言になっています。しかし、この議論もライブドアショックという、本当に驚くべき出来事が発生した直後であることからやむをえない面もあるでしょうが、少し乱暴な意見ではないか、と思います。まず、なんといいましても、公正取引委員会が強権を発動する世界は、証券業界のようなしっかりとした自主規制機関のない「荒野」に出掛けていくわけですから、調査しようとしても、真実の情報を入手できるルートもなければ、事前規制を期待できる土壌もないわけでして、当然のことながら武装(強制捜査権限)の必要性は高まってくるわけです。しかしながら、証券取引委の場合には、そういった「荒野」における調査とは状況が異なるように思われます。また、常に適正に強権が発動されるかといいますと、やはりデュープロセス違反の疑いの高い場合も考えられるわけでありまして、そういった適正手続が行使されることを期待して、公正取引委員会においては準司法手続きが確保され、対象者の弁明、反論の機会が伝統的に確保されてきたわけです。いっぽう証券取引委はと言いますと、検察庁への告発の前段階におきまして、公取委のような準司法手続きが確保されているとはいいがたく、犯則調査権限を恣意的に行使した場合においても、対象者自身がこれを是正する道は存在しないことになりそうです。これではおそらく、ルールの確保ということが最重要視される結果を招来して、活気ある市場取引を阻害し、上場企業の健全な金融手段の抑制に働くことが危惧されます。こういった公正取引委員会の権限行使状況との比較によりまして、単に(証券監視委も)公取委の権限拡充と近い道を歩むべき、といった意見に与することには、未だ躊躇してしまいます。

細かい検討課題や、そこにおける議論の内容につきましては、また証券取引法のご専門の先生などのご意見をお聞きしてみたいと思っていますが、少なくとも証券取引におけるルールの確保と、市場における活気ある金融活動との間には、おそらく「ある程度の衝突」は避けられない現実だと思います。とりわけ、先週のブログで何度か取り上げました証券取引法の157条から159条あたりの刑事罰規定につきましては、その適用範囲が不明確でありまして、対象者としましては、犯則調査に対する不服申立の迅速な機会確保は不可欠だと思われます。(証券取引に絡む刑事問題に関しましては)そういった衝突時における利益のバランス(一般投資家保護と市場参加者の自由な活動によるファイナンス機会の確保)をうまく調整する必要があるわけですから、「証券取引上の事故発生」→「証券監視委の権限強化」といった発想には、すこしばかり条件整備の前置きは必須ではないか、と思う次第です。

(注記)これまでも、数期にわたる証券取引法の改正によって、証券取引等委員会の規模や権限も拡大・拡充されてきておりますが、その目的とするところは、有価証券取引の複雑化、高度化による専門官の必要性や、クロスボーダーによる国際化の要請、さらに証券会社に対する検査権限の一元化など(証券会社からの要請による)に起因するところが大きく、直接的に証券犯罪の防止、ということではなかったように思います。(もちろん、証券取引等監視委員会の新体制発足における基本方針には組み込まれておりますが)

(追記)株式分割規制に関する毎日新聞ニュースの記事(規制論に金融庁困惑)が掲載されておりました。投資家を含む国民一般の意見を代弁しようとする政治部門と、市場育成と参加者規制のバランスをとりたい実務部門とで、今後こういった「せめぎあい」が頻繁に発生するようになりそうですね。

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