法令違反が放置されている内部統制報告制度の運用
昨日(10月15日)の日経新聞ニュースによると、ベンチャー企業の上場促進策として現行の内部統制報告書の提出義務が新規上場時から3年間猶予されるような措置が講じられることになる、とのこと。ちなみに正確には経営者の内部統制報告書提出義務は残って、内部統制監査を受ける義務が免除される、ということではないでしょうかね?ともかく、J-SOXの一律適用に例外を設けるということで、上場会社の負担を少なくするもので、アメリカと同様の軽減措置(中小上場会社に対する適用除外)が設けられるようです。なお、あたりまえのことですが、J-SOXは開示規制なので、これでベンチャー企業の経営者の(上場会社レベルの財務報告作成に関する)内部統制システムの構築義務が軽減される、ということは一切ございません(上場準備会社の取締役、監査役の皆様方のために一応、念のため)。
ところで同制度に関連する話題ですが、JDQのクリーク&リバー社は、10月11日に内部統制の訂正報告書を提出しています。平成23年3月から同25年2月までの二期分について、内部統制は有効である、としていた報告書について、「間違っていました、有効ではない、と訂正します」との内容です。訂正の理由は、同社の連結子会社において、不適切な会計処理が発覚して過年度訂正をせざるをえなくなったが、内部統制において子会社役員のコンプライアンス意識の欠如、当社および子会社における全社的内部統制の不備があり、重要な欠陥(当時)がみつかったから、というものです。
あまり知られていませんが、週刊経営財務9月9日号(3129号)によると、ここのところ上場会社による内部統制訂正報告書の提出が急増しています。平成23年度は8社だったものが、同24年には23社となり、経営財務によれば「これらは、不正や不適切な会計処理が発覚し、それを契機に訂正した会社がほとんど」とのことです。一方において、内部統制報告書で「当社は開示すべき重要な不備があり当社の内部統制は有効ではない」と開示しているのは、平成24年度にはわずか7社にすぎません。「有効ではない」とする内部統制報告書を提出する企業が少なくなっていることについて、上場会社の内部統制は良好なものになっているとの評価もありますが、客観的にこの運用状況を分析すれば、「とりあえず有効と開示しておいて、何か会計上の問題が発覚したら有効ではない、と訂正報告書を出せば一件落着」という制度運用が慣行になりつつあることは明らかです。つまり、3800社ほどの上場会社の中には、内部統制が有効ではないにもかかわらず、(たまたま会計不正が見つかっていないために)内部統制は有効である、と虚偽開示している企業がかなり含まれているといっても過言ではありません。
この慣行は、どうみても金商法24条の4の4の運用において法令違反の状態にあると考えます。そもそも不適切な会計処理や粉飾決算が発覚した場合に、内部統制を有効ではないと訂正することに問題があります。「結果として重要な虚偽記載が存在する以上、そのような虚偽記載を作成するプロセスにも問題があったのだから、訂正するのは当然」という意見もあることは承知しています。しかし、内部統制報告制度はシステムが有効か、有効でないかの(経営者の)判断を表示するものであり、有価証券報告書のように相対的真実主義に裏付けられた「真実かつ公正なる概観」を表示するものではありません。要は財務報告作成のプロセスをどう評価するか、ということであり、そもそも内部統制には(粉飾発生の際に無効化される場合があるとして)限界があることは所与の前提なのですから、たとえ結果として粉飾が見つかったとしても、経営者は堂々と内部統制は有効と評価した、その評価プロセスにおいて問題はなかったと表明すればよいのです。システムは(評価基準にしたがえば)有効だったが、残念ながら限界事例だった、と表明することが求められるはずです。
そもそも金商法上の内部統制報告制度は、経営者が「リスク」を開示する制度なのですから、そのリスクが現実化したからといって、リスク評価がすべての場合に間違っていたということはないはずです。かりに「間違っていました」ということで訂正報告書を提出するのであれば、なぜ作成プロセスを有効と判断したのに、有効ではないと訂正するのか、その判断のどこに誤りがあり、これをどう修正すれば不備が解消されるのか、そこを経営者が説明しなければ訂正報告には形式上の不備があるはずです。しかし実際には、「不正が発覚したから訂正します」ということだけであり、訂正報告書についての監査法人の意見もこれを適正としています。
この運用上の誤りの由来は、そもそも真実かつ公正なる概観こそ投資家に開示しなければならないという有価証券報告書提出の制度趣旨とその監査制度の趣旨をまちがって内部統制報告制度にも適用してしまっている現状があると考えます。今のままでは、投資家にリスクを開示することによって投資判断に資する・・・という内部統制報告制度の趣旨は実務上全く機能していないと言わざるをえません。また、現状の運用では有価証券報告書とは別に内部統制報告書についても「虚偽記載に関する開示責任」の条文が金商法に別個に存在する意味も説明がつきません。また有価証券報告書の場合には、(粉飾が認められる場合に)比較可能性という意味でも過年度の決算を訂正する必要性がありますが、内部統制報告書に比較可能性を認める必要性があるならば、なおさら有効ではないと判断された過年度との比較のためにどこにプロセス判断の誤りがあったのか、開示されなければなりません。
このように考えますと、そもそもリスクを開示せよ、としている金商法の適用において、経営者も監査法人も法令違反の状態にあると言わざるを得ません。制度施行から5年が経過して、この点について誰も疑問を抱かないということは、まさに上場会社のすべてが、そして監査を担当するすべての監査法人が思考停止状態にあると言えます。ちなみに今年3月に出版しました拙著「法の世界における会計監査」の中でも、この問題について疑問を呈しましたが、これまで、この点についてはどなたからもご異論をいただいておりません。
会計処理の問題が後日発覚し、有価証券報告書を過年度にさかのぼって訂正しなければならない場合が生じたとき、では合わせて内部統制報告書も訂正すべきかどうか十分な検証が必要です。経営者として「判断当時は有効だと思っていたが、いま考えると、こういった判断プロセスに誤りがあったために、有効ではないと訂正する」といった運用、監査法人としても「このような内部統制監査の基準に従えば経営者の判断プロセスとその結果について適正と表明したが、その判断プロセスのどこにどのような誤りが認められるため、今回の訂正を適正と考える」といった運用がなされる必要があります。また、断固として内部統制は有効だったがこういった限界があったために残念ながら過年度決算修正に及んだという経営者の説明があっても良いと思います。そのような運用がなされて初めて、個々の上場会社の財務報告の信頼性を向上させるための知恵が蓄積されることになり、またそのような運用が行われないかぎり、内部統制報告制度が今後の上場会社の開示制度の向上に資する道はないものと考えます。同制度の費用対効果が問題視されていますが、その効果を減殺しているのは、まさに運用主体である上場会社と監査法人ではないでしょうか。
市場に個人投資家の資金を呼ぶための施策が打ち出されることには大賛成なのですが、このような「合法的虚偽記載」の運用がこのまま放置されてしまいますと、その被害を被るのは内部統制の有効性という開示情報を信用した個人投資家です。現状の内部統制報告制度の運用を早急に改める必要があると思いましたので、あえて問題を提起いたしました。
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