2006年3月 3日 (金)

佐々淳行氏と「企業コンプライアンス」

私の所属しております弁護士団体の主催で、今夜は元内閣安全保障室長の佐々淳行氏をお招きし、ご講演いただきました。弁護士を対象とした講演ということで、メインテーマは「言葉の危機管理」でして、我々弁護士が記者会見でどういった受け答えをすればよいか、といったお話や詭弁術(小泉さんも、これをきちんと学んでいるのではないか、と)の上手な利用法など、本当に興味深いものでした。

そんななか、やはり「企業コンプライアンス」に関して言及されていらっしゃいましたが、消極的コンプライアンス、積極的コンプライアンスという言葉を使い分けていらっしゃいましたので、私の普段考えている発想が、それほど間違ってはいないのかなぁと、少しばかり意を強くした次第です。佐々さんの見解では、コンプライアンスを「法令順守」と表現することは「不十分」ということだそうで、これでは「なにもしないのが一番」といった消極的コンプライアンスの意味しか捉えられないとのこと。コンプライアンスの語源からみた場合、つねに「相手がある」ことが前提であって、相手がなにかを組織に対して仕掛けてきた場合の対応方法こそ、コンプライアンスの真意であり、またトップの行動規範が相手との対応を担当する社員にまで浸透しており、その行動規範の趣旨にそって対応ができるほどの組織力を有することが、真の企業コンプライアンスの実現である、といったものでした。(この「相手」というのは、内部通報制度における内部者も含む、ということなんでしょうね。)

これは私の感想ですが、佐々さんの歩んできた人生(東大安田講堂事件、あさま山荘事件の陣頭指揮から最後の大仕事であった「大喪の礼」警備まで)からの受ける印象では、「有事におけるクライシスマネジメントのアドバイザー」といったイメージが濃厚だったんですが、どうもよくお話をお聞きしますと、「平時における危機管理」がもっとも大切である、といった信念をお持ちのようです。といいますのは、有事における危機管理というものは、そこに存在する陣頭指揮をとる「人」の素養に大きく依存するところがあり、「その時に」人が「いるかいないか」は時の運、のようなものがあるようです。ところが、平時における危機管理といいますのは、組織としての努力次第で「有事にはどんな危機がおとづれる可能性があるか」最大限の想像力を働かせて準備をすることが可能でありますし、また有事に責任と権限を集中させるに値するような人材を探すこともできるからであります。つまり有事における特効薬はないけれども、平時における備えにつきましては、企業の努力がモノを言うということなんでしょうね。

さて、私もすこしばかり佐々さんに質問をさせていただいたのですが、危機に直面したときに陣頭指揮を行うことに適した人、適しない人といった区別はどこにあるんでしょうか?

佐々さん曰く、「もちろん性格による違いがありますよ。和を尊び、人とうまくやっていくために、自分の意見をはっきり言わない人はあまり向いていないでしょうね。ここぞという時に、自分の信念を曲げずに突き進む人こそ有事に力を発揮します。私なんか、有事には向いているかもしれませんが、平時には人とつまらんケンカばっかりしてますから・・・・・」(なんとなく納得)

奥様も一緒にお越しになってましたが、お互いにフォローしあってとてもいいご夫婦のようにお見受けしました。たとえ「けっこううるさい爺さんやなぁ・・」(失礼)と言われようとも、あのように頭脳明晰で、(激務を支えてこられた)奥様を大切になさる75歳、というのは私からみますと理想的な年齢の重ね方だなぁと、お見送りしながら考え事をしておりました。(なお、講演の内容につきまして、有益なお話を詳細にご報告することは、「録音禁止」といったご講演のお約束事に触れる可能性がございますので割愛させていただきました。あしからずご了承ください)

3月 3, 2006 佐々淳行氏と「企業コンプライアンス」 | | コメント (3) | トラックバック (0)