3月10日、会社法上のコーポレート・ガバナンスの議論に多少なりとも影響を及ぼしそうな最高裁判決が出たようであります。(判決全文はこちら)司法試験の受験生の方なら典型的な論点としてご存じかと思いますが、株主代表訴訟の対象となる「取締役の責任」(旧商法267条1項)とは、取締役の地位に基づく責任(及び旧法下の資本充実責任)だけを指すのか(限定債務説)、その他取締役が会社に対して負担しうる一切の債務まで含むのか(全債務説)、といった解釈上の争点がありますが、当判決において最高裁の初めての判断が示されました。本最高裁判決は、旧商法適用時の事案ではあるものの、この中間あたりに位置する(と思われる)取引債務包含説を採用したようであります。(高裁判決は限定債務説に立脚し、株主による代表訴訟の提起を不適法なものとして却下しております)なお、毎度申し上げるところですが、本判決はおそらく多くの法律雑誌で採り上げられるものと思われますので、正確な判例解説につきましては、著名な法律学者の方々による正規の「判例評釈」をご参考ください。
事案の概要等
A株式会社は、不動産取引によってある不動産の所有権を取得したところ、(どういった事情かは不明ですが)A名義の登記をせずに、A社の取締役であるB(被上告人)名義を借りて登記を行っていたということのようでして、A社の株主であるC(上告人)が、不動産所有権に基づき「この登記は間違っている!」ということ(真正なる登記名義の回復)を原因としてBに対してAへの所有権移転登記手続きを(代表訴訟により)請求した、というものであり、予備的にA社とBとの間には、期限の定めのない名義借用契約が締結されており、この借用契約の終了を原因として、同様の登記手続き請求をした、というものであります。最高裁は、真正なる登記名義の回復による移転登記手続請求は代表訴訟の対象にはならないとしたものの、予備的に主張されている契約終了による移転登記手続請求については「取締役の取引債務」に属するものであるから、代表訴訟の対象となり、再度高裁で審理を尽くすよう、破棄差し戻しとしております。なお、これまでの本争点に関するリーディングケースとされてきた大阪高裁判決(昭和54年10月30日;判例時報954号89頁以下)は、真正なる登記名義の回復義務についても代表訴訟の対象たる「取締役の責任」に含まれる、とされていたところ、本最高裁判決は取締役の所有権移転登記義務の一部については代表訴訟の対象にはならないことを明らかにしたものと思われますので、少なくとも「全債務説」には与しないことは明確になったと評価していいのではないでしょうか。
会社法における本最高裁判例の射程距離
まだ思案中でありますが、会社法における代表訴訟の対象となる「取締役の責任」について、一般的な解釈指針が(旧商法下の事案における)当該最高裁判決によって明らかになったといえるかどうかは、多少疑問が残るところであります。一般には全債務説が多数説であるといわれておりますし、立案担当者の方々も会社法のもとでも全債務説に立った解説をされているようにも思われますが、この最高裁判決を読む限りでは、どちらかといえば最高裁は限定債務説に近い立場で判断しているのではないでしょうか?理由付けだけを読めば、全債務説に立つ学説や下級審判例と同様に思えますが、そもそも最高裁が「取締役の取引債務」を代表訴訟の対象に含めた根拠については、旧商法266条1項3号(取締役を代表して他の取締役に対してなされた金銭貸付)の責任規定と、金銭借受け取締役の取引上の債務の取扱の整合性を最も重視していることによるものと思われます。だとするならば、会社法の下でも、条文上の整合性などに問題が発生していれば格別、そうでないとすれば取締役の地位に基づく責任の追及が原則である、とみる余地もあるのではないかと思われます。(最高裁判例における他の理由付けについては、例外的に取引債務も「取締役の責任」に含ましめてよいことの根拠にすぎない、と考えてもよさそうな気もしますが、いかがなものでしょうか)また、会社法においては代表訴訟の相手方として、外部の第三者にすぎない「会計監査人」が含まれている、ということも、取締役としての職務上の責任追及に限定して考えるべきことを合理的に推認させるようにも思えるのでありますが。
なお、本最高裁判決における予備的請求については、そもそも主位的請求の潜脱的な主張ではないか?このような請求を認めることは、実質的には全債務説を採用した場合と同じようなことになるのではないか?といった疑問や、こういった代表訴訟における対象範囲の問題が、どのように監査役の不提訴理由通知(提訴判断)に影響を及ぼすのか、そしてさらに根本的なところでは、株主による「提訴」といったガバナンス体型について、上場企業と閉鎖会社と同じように考えていいのだろうか?(たとえば対抗要件具備のための登記請求といった会社の行為請求について、閉鎖会社であれば株主が強力な権利行使を行う必要性もあるのではないか?)といった実務的な観点からの論点も検討する必要があると思いますし、その2以降でさらに考えてみたいと思います。