今朝(1月5日)の日経新聞では、対照的なふたつの記事が掲載されておりました。ひとつは法務大臣が「公開会社法」(仮称)について、2月にも法制審議会に諮問する方針を固めたというものでありまして(本日の法務大臣の記者会見でも確認されたようであります)、もうひとつは特集記事「2010年資本市場~新ルールでどうなる~」で、東証・大証が改訂したガバナンスルールの解説であります。いずれも上場会社法制に関わるものでありますが、公開会社法がハードローの世界、そして上場ルールはソフトローの世界であります。私的には今年、来年あたりの株主総会に大きな影響をもちうるのは東証・大証ルール改訂だと思いますので、後者の方にとても関心が高いのでありますが、多くのブログ等ではすでに「公開会社法」に関する話題が優先しているようであります。なお、この民主党PTによる公開会社法に関する素朴な疑問につきましては、すでに民主党・公開会社法素案に関する素朴な疑問において記したとおりであります。
日経新聞1面の記事にもあるように、法制審での議論のたたき台になりそうなのは、民主党公開会社法プロジェクトチーム(PT)(座長:鈴木参議院議員)が2009年7月にまとめた公開会社法の素案であります。その公開会社法PT座長でいらっしゃる鈴木克昌議員は、中央経済社ビジネス法務2009年12月号にて、公開会社法への思いを詳細に語っておられます。(同書60頁から62頁)我々法律家からしますと、ちょっと「おや?」っと首をかしげたくなるような誤りもみられますが(たとえば金商法上の「公認会計士」の用語と会社法上の「会計監査人」の用語の使い分けの意味など)そういったことは無視しまして以下、要約いたしますと、
公開会社法には大きく3つのポイントがある。①情報開示の徹底、②内部統制の強化、③企業集団の明確化、ということである。公開会社法はドイツ法に倣っている。ドイツの監査役会は業務執行役員の人事権や重要な経営判断について同意権を持つが、その構成は出資者側と労働者側の半分ずつだ。まずは会社法と金商法の規定を整理しなおし、公開会社法に採り入れて整理することで金商法との二重規定を解消する。社外取締役は義務化し、経営監視を強化する。親会社や大口取引先、株式持ち合い先にある企業の出身者は認めない。社外取締役は構成員の3分の1程度がのぞましい。経済界からは反発があるかもしれないが、嫌なら委員会設置会社にすればいい。監査役会は従業員参加型とする。これにより従業員のインセンティブが高まることが期待される。企業集団規制については、企業集団としての経営の透明性向上や経営者規律の向上を図る。たとえば子会社の重要な意思決定については親会社の株主総会での承認を求める。また子会社の取引先などの債権者が親会社やその取締役に対して損害賠償請求できる制度にする。また持株会社の株主が事業子会社の取締役らに対して株主代表訴訟などを起こせるようにする。
といった内容であります。(なお要約責任は当ブログ管理人にあります)以前の「素朴な疑問」のエントリーでは、民主党素案でも、社外取締役導入義務化はソフトローに委ねるのではないか、と書きましたが、実はそうでもないようですね。つまり法制化のなかに含まれるようであります。
私は日弁連の企業コンプライアンスPT委員としての立場がありますので、ちょっと私見を述べることは差し控えますが、(また、監査役制度の改訂や社外役員の導入問題など、その内容の是非については触れませんが)まず「法制化ありき」で進む前に検討いただきたいのが「ソフトローの活用」の是非であります。
社外役員導入問題については「上場会社への一律適用」がどうしても必要なのか(人数を含めて)、独立性要件についても必要なのか、という点であります。たとえば今回の上場ルール改訂のように、ソフトローとしての証券取引所におけるルール改訂では十分に対応できないのか?という意見も成り立つのではないでしょうか。どうしてもソフトローでは株主主権主義を貫徹できないから・・・ということであれば理解もできそうですが、民主党議員の方はそもそも「会社は株主のもの」という思想には反対されているようですから、そうであればまずソフトロー的な施行で様子をみてから、ハードロー適用の是非を検討する、という手法をとらないのでしょうか。たしかに時事通信ニュースなどによりますと、民主党は東京証券取引所と協力して、ソフトローによる先行実施を働き掛ける・・・という報道もなされておりますが、そうであれば、もうそういったニュースも法制審議会諮問と同時に出てこなければおかしいような気もいたします。
もしステークホルダーの利益まで保護する必要があるのであれば、それは「従業員の目」とか「株主の目」「投資家の目」というソフトローに期待する、という意見もあろうかと思われます。(だからこそ情報開示が必要なのでは?)王子製紙と北越製紙の敵対的買収の際、北越製紙はいち早く「労働組合声明」をとりつけ、いっぽうの王子製紙は「北越製紙従業員の皆様へ」とする声明を発表していましたが、結局M&Aは従業員の方々の協力がなければ成功しないことからあれだけ精力的な協力要請合戦が繰り広げられたものと思います。従業員の方々の「経営判断への関与」は、むしろこういったソフトローでこそ形成していくべきであり、一律に法制化することは、行政手続法同様、「ほら、ちゃんとあなた方の代表者の方々と協議しましたよ」といったアリバイ作りだけのために利用される可能性のほうが高いものと思われます。また、社外役員についても、前回のエントリーでkatsuさんが指摘しておられたように、「社外役員を置かないとか、独立性の要件が甘い会社であれば、売ってしまえばいい、買わなければいいだけの話」ということも言えそうであります。こういった株主の目、投資家の目が怖いからこそ、経営者は「原則」が示されれば、その原則に従うような体制を敷く努力はするでしょうし、どうしてもその原則が気に食わなければ、株主や投資家に対しては「うちの会社はこのような会社だから、現在のガバナンスのほうがパフォーマンスは上がります」とか「うちの会社はピーター・ドラッガーの教えどおり、利益獲得を最優先とするのではなく、顧客獲得を最優先とする方針だから、こうしています」といった各社独特の説明責任を果たせばいいのではないか、とも思われます。(いえ、私がこの意見に賛同している、というわけではなく、こういった意見も成り立ちうるのではないかと?・・・すいません立場上このような表現しかできません・・・)
このあたりは、いろいろなご意見があるとは思いますが、日本取締役会で検討されている公開会社法ではなく、あくまでも今回の民主党PT素案による「公開会社法」の法制化について、私的に共感できる論稿等がございましたので、ご興味のある方はそちらをお読みいただき、意見形成の参考にされてはいかがでしょうか。民主党素案に賛同される方々も、こういった意見を乗り越える必要はあろうかと思っております。ひとつは先に掲げました「ビジネス法務」2010年2月号「2009年企業法務10大事件」のなかで書かれた中村直人弁護士の論稿「民主党政権が始動 企業法制の『揺り戻し』をどう捉えるか」、つぎにプレジデント2009年11月2日号で書かれた神戸大学加護野忠男教授の「こうすれば良い会社統治が行われるという唯一最善のモデルはない」、そして最後は旬刊商事法務1865号(2009年5月1日、15日合併号)東京大学比較法政シンポジウム「上場会社法制のポイント」なる座談会記事における、最後の藤田教授の「総括意見」であります。とりわけ最後の藤田発言は、単に意見を述べる立場ではなく、本当に上場会社法制を変えていく責任(および権力)のある立場の者であれば、こういった見解になるのではないか、と思える非常に共感の持てる意見ではないかと考えております。