広報コンプライアンス-焼き肉チェーン食中毒事件のケース
金沢市内に統括事務所を有するFF社経営に係る焼き肉チェーン店でO-157等による食中毒事件が発生し、痛ましい死亡事故が生じました。外食産業の役員を務める立場として、「食の安全・安心」は企業として最大限の配慮を要する課題であり、他社事例とはいえ沈痛な思いであります。現時点での個人的な感想は以下のとおり。
まずFF社のHPを閲覧しましたが、おそらく広報コンプライアンスに関するプロの支援を受けておられることが推測されます。被害者の方々への最大限の配慮、潜在的被害者への呼びかけ、自分たちでできる限りのことは手を尽くしていたことの主張、またマスコミの報道の誤認に関する素早い対応等的確なものが読み取れます。
しかし、この対応は「マスコミを本気にさせる」パターンです。社長さんの記者会見の発言を聞き、またこのHPのリリースを閲覧して感じるのは、死亡事故を発生させたことは申し訳ないが、ヒヤリ・ハット事例はどこのお店でもあり、たまたま自社のレストランで甚大な事故が発生したもの、危険を認識しながら手ぬるい行政規制が行われていたのであって、自分たちの責任範囲で事故発生を回避する手段としてできるだけのことをやっていた、という主張。
こういった事故の場合、マスコミは「行政規制違反」つまり形式的な違法行為を捉えて、事故と結びつけるわけですが、うまく「形式的違法行為」を捕まえることができないために、甚大な事故の責任を国民にうまく伝えることができない。こうなると、次にマスコミが考えるのは経営者のキャラクターの特殊性、もしくは実質的法令違反、つまり経営者の過失を根拠付ける事実の報道です。ここでマスコミの心に火をつけるのは、記者本人の「許せない」といった感情です。この「許せない」という火をつけてしまうとマスコミはコワイです。
コンプライアンス支援の経験を持つ者として、「マスコミを本気にさせる」ことは正直コワイです。何がコワイかと申しますと、たとえば危険の認識、とりわけ納入業者や販売業者の経営トップが「危険だとわかっていても、売れるんだから仕方がない」といった認識をもっていたことの客観的な証拠(物証もしくは供述)を、そのとてつもなく大きな組織によって上手に拾い出してくるからです。これはほかの組織ではできないマスコミ特有の力かと。
もうひとつ、FF社だけがマスコミのターゲットとなり、業務上過失致死傷の捜査が始まり、また国民の反感を買うことになれば、不謹慎な言い方ですが、行政も業界団体も、他の焼き肉チェーンのお店も安心するわけです。なぜなら安価な値段でユッケを一般家族に提供していた構造的な問題が不問に付される可能性が高まるからです。これは日本のコンプライアンス問題の典型だと思います。国民の生命、身体、財産に重大な危険をもたらすような組織の上での課題が存在したとしても、誰かが悪者になって社会的な制裁を受けてしまえば、その構造上の欠陥についてはマスコミも国民もあまり指摘しないままに忘れ去られてしまう、そしてまたどこかの焼き肉チェーン店で同様の事故が発生する、というパターンです。今回の事故では、ぜひそのようなお決まりのパターンで終わらせないよう願うだけです。
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