2017年10月10日 (火)

神鋼品質データ改ざん事件-被害企業側の説明責任

つい先日、日産自動車さんの無資格検査事件が発覚しましたが、今度は神戸製鋼さんの品質保証に関するデータの改ざん事件が発覚しました(不適切検査問題も同時に発覚)。神戸製鋼さんとしては、もう少し実態調査の内容が明らかになるまで公表しないつもりでしたが、「取引先さんのいろいろな動きのため」に公表を急がねばならなかったそうです(朝日新聞ニュースの記事より)。同社グループによる昨年のJIS規格強度偽装事件では、自浄作用を発揮した対応が目立ちました。しかし今回の件は「なぜ昨年、同じように公表できなかったのか」という点で疑問が残り、個人的には非常に残念です。影響度があまりにも大きくて公表を躊躇していた、ということでしょうか。

安全性よりも「納期を守る」ことが「誠実な企業」として大切だと考えたのか、それとも事業戦略上の重要領域であるがゆえに失敗は許されず、自社基準、法令基準さえクリアすれば保証品質をクリアできずとも「安全性に問題なし」と、いつしか拡大解釈されるようになったのか、品質基準には広い裁量の範囲があったのか、「相手方企業による監査手続がないので絶対にバレない」との考えがあったのか。いずれにしても企業風土の問題と言われても仕方ないように思います。

ところで本件は取引先から要求されていた品質を具備していないにもかかわらず、さも具備しているかのような品質保証書を作成して取引を行っていた・・・というところに特色があります。CFE(公認不正検査士)の本場米国では、こういった際に、被害企業から委託されたCFEが取引先企業に乗り込んで実態調査を行うことがありますが、日本企業ではそこまで行かないようですね(品質保証契約の際に、そのような条項が元々挿入されていない、ということでしょうか)。

このようなデータ偽装事件において、被害者側企業の危機対応を支援したことがありますが、品質偽装を受けた企業側が、当該製品をお使いの顧客の方々のためにリコール等の対応を最優先事項とすることは当然です。しかしそれだけでなく、被害者側企業が上場会社の場合、被害回復の徹底を図ったことを株主に説明しなければならないので、「偽装をした相手方にどこまで厳格に対応すべきか」という点も、一つの大きな課題となります。ここに、平時からのリスク管理の巧拙が、他の被害企業との明確な差となって浮かび上がります。

詐欺事件として刑事告訴をする企業、詐欺を理由に不法行為責任を民事賠償として追及する企業、契約責任(瑕疵担保条項)による民事賠償として追及する企業、不正を発生させた企業が何らかの対応を決定するまで静観している企業など、いろいろと対応が分かれると思います。実は「品質保証を要求する」と言いながら、保証された品質が具備されているかどうかきちんと確認していない企業も多いのではないでしょうか(品質保証書が提出されていれば、あとは保証表明による責任のみ?)。お互い信頼関係で結ばれている日本企業ですから、安全性さえ確認できれば、どこかで円満にトラブルを終結させたいところです。

ただ、最近は株主の方々に、1円でも多くの被害回復に尽力したことを説明する必要性が高まっているので、被害企業の対応も厳格にならざるをえないように思います(あたりまえといえばあたりまえですが・・・)。しかし、たとえば法が要求する安全基準を満たしていない、といった事例であれば問題ないのですが、合意に基づく品質基準を満たしていないということについては、「品質基準を満たしていない製品の確認義務は尽くしていたのか」ということについて、一点の曇りもなく「尽くしていた」と言えるかどうか、悩ましいことがあります。被害回復を徹底的に行う(つまり法的責任を追及する)ということになりますと、自社の行動に問題がなかったどうかも明るみに出る可能性があります。そのあたり、とても慎重に行動しないと、今度は不祥事の火の粉がこちら側に飛んでくることになりかねません。

今回の神鋼さんの品質データ改ざん問題のように、10年以上もの間、幹部クラスまで関与していたとなりますと、たとえば取引先にも過去に神鋼さんの社員だった方が勤務している可能性が出てきます。たとえば昨年の神鋼さんのJIS規格強度偽装事件では、「トクサイ品」として、取引先もJIS品質の強度不足を知っていながら取引を継続しているということもありました(2016年7月11日付け日経ビジネス参照。ブランド品を破格の値段で購入できるわけですから、いわば「三方よし」のようなものかと・・・)。取引先は日本を代表する「安全性重視」の企業ばかりなので、あまり失礼なことを推測だけで語ることは控えますが、それでも要求した品質保証のレベルをどのように確認してきたのか、そのあたりの日本企業の実情は、法律レベルではなく商慣行レベルでどうだったのか、知りたいところです。

 

10月 10, 2017 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年10月 2日 (月)

日産の無資格検査事件-「安全性に問題なし」言及のジレンマ

日産自動車さんで新規登録車の最終検査を認定外の自動車検査員が行っていたとして、リコール問題に発展しています。朝日新聞の記事によりますと、国交省の抜き打ち検査によって発覚したとありますが、定例のパトロール検査だったのか、それとも内部告発があったのかは不明です。ちなみに、今年から消費者庁と各行政庁との間で、労働者通報に関する行政機関ガイドラインを遵守する申し合わせがなされ、そもそも内部告発があったのかどうかも秘密にすることになりました(そうしないと内部告発者が特定されるおそれがあり、会社から不利益処分を受けるからです)。いずれにしても、日産さんにとっては、道路運送車両法上の保安基準を満たさない車両が見つからない以上は「法令違反」には該当しないにもかかわらず、大きな不祥事に発展してしまいました。

事実関係は第三者委員会の調査結果を待たなければ確かなところはわかりませんが、とりあえず日産さんとしては「補助者といえども検査をしているので車両の安全性には問題ありません」と大きな声で言いたいですよね。オーナーさんや販売店の混乱を回避するためにも、危機対応としては「とにかく安全です」とリリースしたいところです。しかし、これがそんな簡単でもないと思います。

「安全です」と言ってしまえば、それではなぜ国交省の通達(新車の最終検査は社内で認定した自動車検査員が責任をもって行うこと)があるのか、それは安全性の確保のためではないか、といった道路運送車両法の趣旨を真っ向から否定することになります。以前、同じような事件を担当したときに、監督官庁さんから「それを言っちゃおしまいでしょ。過剰規制ってワケ?お上にケンカ売るってこと?」ということで、安全性に関する発言はコソっとしか言えませんでした。また、世間からは「無資格者が検査しても安全ですからどうかご安心ください」って、そんな気持ちで仕事してるんだから、会社ぐるみで故意で無資格検査を放置していたということですよね?と批判を受けることもありそうです。

ただ「安全性については回答できません」とも言えないでしょうね。そんなことを言ったら販売停止に追い込まれますし、第一、一回目の車検を控えている「販売から3年未満の自動車オーナー」を混乱させることになります。ここはなんとか「安全性」に関する話題を、「とりあえず安心」を顧客の皆様にもたらすストーリーに変える努力が日産さんには必要かと。あと、こんなことを申し上げると「弱気」に聞こえるかもしれませんが、ともかく国交省と二人三脚で消費者、顧客の皆様の不安を除去するために全社挙げて対象車両を特定する以外には方法はないと思います。検査員、補助検査員とも、すでに退職している方もたくさんおられるので、ずいぶんたいへんな作業だとは思いますが。

記者会見で「なぜこうなったのか、いつからこうなのか、わからない・・・・」と経営陣の方がおっしゃっていましたが、現場の社員の方々にとっては安全性も大切ですが、納期を守るというお客様への誠実性も大切です。中にはルールを知らなかった社員の方もいらっしゃったのかもしれませんが、実際には誠実な社員の方々が、決してやってはいけない「安全と商売を秤にかける」ことをやってしまったのではないかな・・・、と推測いたします。現場の社員の方が疑問に感じて、内部告発に向かう典型的なパターンのような気もします。

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2017年3月21日 (火)

DeNAキュレーション問題-この不祥事を事前に止めることはできたか?

(最終更新 3月21日午前11時0分)

三連休にDeNAキュレーション事業に関する第三者委員会調査報告書をじっくりと読みました。やはり要約版(約30頁)では見えていなかったものが、全文(300頁)を精査しますといろいろと興味深いコンプライアンス問題として浮かび上がります。コンプライアンス経営にご関心のある方は(かなり時間はかかりますが)全文をお読みになるのもよいかもしれません。以下は私がとくに関心を抱いた点だけをピックアップしておりますが、読まれた方それぞれに興味が湧くところは異なるかもしれませんね。

iemo社、ペロリ社をDeNA社が買収するにあたり、法務デューデリの時点で著作権侵害やプロバイダー責任制限法違反のリスクが認識されていたとしても、買収に向けて組織全体が前のめりになっている状況では誰も買収を止めることはできない、ということがわかります(いや、ホントは止めなければいけないのでしょうけど、私にも自信がありません・・・笑)。法務リスクへの対応として、「抜き打ち調査」といったPDCA活動が同社法務部を中心に実践されるのですが、結局のところ3回ほどで打ち切りとなり、数値目標達成を至上命題としたスピード経営が優先されることになります。

報告書にも評価されているように、DeNA社の法務部は、過去にも重大な案件を処理した実績もあって、一部上場会社の法務部にふさわしく、コンプライアンス意識はかなり高いものでした。そのような優秀な法務部門が、なぜキュレーション事業における著作権侵害、プロバイダー責任制限法違反、薬機法違反といった「法令違反行為」を放置しつづけたのか、これは相当にむずかしいコンプライアンスの課題です。報告書ではとりあえず買収対象会社への遠慮、経営トップへの遠慮ということが挙げられていますが、ではなぜ監査役や内部監査部門への報告や連携がなされなかったのか、そのあたりには言及されていませんでした。

また、報告書では、DeNAには「トライアル&エラー」によるコンプライアンス経営を実施する組織風土も具備されていた、とあります(自浄能力、自己修正力は具備された会社だ、と評価されています)。ではなぜ、医療情報を扱うキュレーション事業サイトWEKQ(ウェルク)が社会的に批判を浴びだした時期において、徹底した社内調査で軌道修正を行わなかったのか、これもやはり疑問が残るところです。中長期の事業計画で対外的に約束した数字をクリアすることが最優先であったとのこと。しかし、結果からみれば法令違反行為が問題とされていますが、そもそも医療健康情報に関するキュレーション事業さえ中止していれば、(良い悪いは別として)今回のような重大不祥事に発展することはなかったといえそうです。

Dna02

今回、報告書全文を読んで、他社のコンプライアンス経営に最も参考になると思われるのが、DeNAグループの運営する10のキュレーションサイトのビジネスモデル、管理体制に関する比較です。ペロリ社が運営するサイト「MERY」の社長さんはDeNAの経営トップの意見を聞かず、グループ内で独自路線を貫いたからこそ高収益を上げていたのですね。もし親会社の経営トップの指示に従っていたら、おそらく業績は上がっていなかったと思われます(私個人の意見としては、この「MERY」だけはキュレーションサイトとして今後早めに再開されるのではないか、と予想しています)。調査報告書を読むと、「MERY」に対する解説部分が一番わかりやすいのです。おそらくこれはMERYの責任者の第三者委員会に対する協力姿勢が報告書の解説記述に反映されているものと推測されます。これはグループ企業の内部統制を考えるにあたり、また、今後のキュレーション事業の展開を考えるにあたり、とても示唆に富む比較です。なお、上記図表は私なりのイメージで比較したものであり、作成責任は私にあります。

また、同じように健康医療情報を流すWELQとcutaの比較において、なぜWELQでは多数の苦情が届いたにもかかわらず、cutaには一件も苦情が届いていなかったのか、WELQと同様、外部委託に頼っていたCAFY、JOOYにおいて、なぜWELQほどの苦情が集まらなかったのか、このあたりもたいへん読み応えがあり参考になります。泥臭いかもしれませんが、日ごろからのコンプライアンス経営に対する意識の違いが如実に結果に表れているように思います。

本件不祥事を考えるにあたり、「DeNAのキュレーション事業」と一括りにしてはいけない・・・ということが全文を読んでよくわかりました。「MERY」の運営をみると、無断画像使用を中心とした著作権法違反の数が突出していて決してコンプライアンスの優等生ではありません。しかし、MERYのキュレーション事業は「どんな企業にも不祥事の芽は存在し、また不祥事は発生するけれども、不正リスクとどうやって付き合っていくか、(芽を摘み切ることはできないとしても)不祥事の芽を大きくしないためにどうすればよいか」といった(理想論ではなく)現実論としてのコンプライアンス経営の実践方法を知るうえで、とても参考になるものと思いました。競争にさらされている組織においては不正を止めることはできない、しかし大きな不祥事に発展することだけは平時からの努力によって防ぐことができる、ということがリスクマネジメントとしては大切かと。

3月 21, 2017 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月 8日 (火)

電通労基法違反事件を企業コンプライアンスの視点で考える

朝から電通本社等に労働基準法違反の容疑で(東京労働局による)強制捜査が入ったことが報じられています。過労死事件を契機に、同社の労基法36条、32条違反問題が注目され、今後さらに同社における「組織としてのコンプライアンス意識の欠如」が指摘されることが予想されます。

たとえば日本監査役協会(関西支部)の労働法研修も、人気講師が担当している講座とはいえ、電通さんの過労死事件発覚までは例年どおり1回開催の予定でした。しかし事件発覚後この講座がすぐに満席となり、協会事務局側は追加講座を開催することにしましたが、これもすぐに満席となっています。今回の過労死事件が、大企業を中心に労務コンプライアンスに大きな意識改革をもたらそうとしていることは間違いないようです。

今後「電通という会社はもともとブラック企業だった」といった論調で様々な報道がなされるかもしれません。大企業であるがゆえに「みせしめ」として刑事立件の対象になることも予想されます。その場合「過去にこんな事件があったのに是正しなかった」「組織的な時間外労働過小申告がなされた」といった電通固有の事情に光をあてて、「ほら、こんなブラックな会社だから悲惨な事件が発生したのだ」といった不祥事のオトシドコロを探ることになるような気がします。しかし亡くなられた社員のお母様が記者会見に臨んだ本当の目的、つまり「このようなつらい事件を世間で二度と起こさない」ことを考えるためには、もう少し別の視点から考えることも必要だと思います。以下、多くの方から反論されることを承知のうえで(こういった見方もあるという意味で)私なりの企業コンプライアンスの視点から検討してみます。

ひとつは、同様の労基法違反は他社でも同様に発生しているのではないのか?という視点です。横浜の傾斜マンション事件の際、旭化成建材さんは「支持層への杭打ちデータを偽装した」として社会から大きな批判を浴び、最終的には親会社である旭化成さんのトップが退任を余儀なくされました。しかし、あまり報じられていませんが、この件では同業他社合わせて9社が、同じ日に国交省から処分を受けています(国交省のリリースはこちら)。つまり杭打ちデータ偽装というのは「どこの会社でも起こりえたこと」が行政の調査によって判明したわけでして、単に社会で騒がれるまでは性善説で調査をしていたためにわからなかったということです。労基法違反問題は、口頭注意によって終わっているケースも多いわけですから、今回の電通さんの件を契機として、厚労省が性悪説に基づいて調査をした場合、同業他社ではどうなのか・・・という点は冷静に検証することが必要です。

次に、「電通はコンプライアンス意識が欠如していたために、このような悲惨な過労死事件を引き起こした」といった因果関係がすんなり納得できるものかどうか、といった視点です。たとえば偽装請負や偽装派遣を防ぐため、もしくは親会社がしっかりと事業部門を監視する体制を整えたいために、同業他社であれば子会社や取引先に丸投げしている業務についても、電通の場合にはコンプライアンス経営を徹底させるために「正社員」として抱えていた、その結果として正社員に対する労基法違反が顕著であったという見方は成り立たないのでしょうか?(これは同業他社の状況をみてみなければわかりませんが)。ひょっとすると、同業他社では発生していない労基法違反事件も、実は子会社や丸投げしている中小の下請会社ではもっと過酷な事件が起きていて、話題性が乏しいために表面化していないということも考えられるように思います。電通さんと、同業他社さんのいずれのほうがコンプライアンス意識が高いのか、そのあたりをきちんと検証してみなければわからないのではないかと。

そして最後に、過労死事件の直前に話題となりました不適切広告事件との関連性から、電通さんの構造的欠陥を考察する視点です。たしか亡くなられた女性社員の方もインターネット広告の分析作業を担当されていたかと思います。いくらAIが発達したとしても、運用型広告の分析作業は日夜を問わず人間が行います。年々、広告代理店ではネット広告による売上比率が高まっていますが、枠広告とは異なり、運用型広告は単価が著しく安く(たとえば数百万円単位)、広告効果を高めるためには多様な分析を用いた広告主へのプレゼンが求められます。高度なスキルが必要ではあるものの単価の安い作業をこれからも広告売上の柱として拡大する事業戦略をとるのであれば、当然のことながら特定社員の加重労働が発生しやすいビジネスモデルということが言えるのではないでしょうか(だからこそ、不適切広告という不正も発生しやすい環境にある、ということではないかと)。つまり不適切広告事件と過労死事件の根っこ(不祥事の芽)は同じところにあり、これは同業他社さんでも同様ではないでしょうか。

もちろん以上の視点は、あくまでも私のコンプライアンス経営支援という視点からの意見なので、推論に基づく仮説にすぎません。しかし、電通さんはこんなブラック企業だった、といった個社事情だけで判断せず、こういった仮説の検証をひとつひとつつぶしていかなければ、電通さんだけでなく、他の広告代理店さんや他の業界でも、同様の事件が再発してしまうのではないかと危惧します。何度も申し上げますが、亡くなられた女性社員のお母様が会見で「二度とこんなつらい事件は起こしてはいけない」とおっしゃっていましたが、理性ではなく感情論として私も全く同感です。不正は決して単純な因果関係で発生するものではありません。様々な要因が重なり合って、誠実な社員がたくさん存在する企業でも発生するものと考えておくべきです。

11月 8, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月 9日 (金)

PCデポ問題-「社会からの要請」の内容は御社の姿勢次第です。

8月中旬に高額解約料騒動が報じられて以来、株価が低迷を続けているPCデポコーポレーションさん(東証1部)ですが、いよいよ運用大手が次々と同社株式を売却しています。正直に申しますと、私は同社の対応は速やかだったので、1か月もすれば株価は回復するのではないかと予想していましたが、そんなに甘くはなかったようです。

認知症の高齢者の方に対して、解約手数料20万円を請求した(最終的には10万円に減額した)、という事実の「不適切さ」もさることながら、おそらく同社の高齢者サポートビジネスへの懐疑的な見方が広まった(知られてしまった)のかもしれません。月額契約料のほかに、高額の解約手数料をとらなければ、そもそも手厚いサポートを維持する費用を捻出することができないと思われますし、その点が世間で明らかになると、今度は契約者間における不公平感が解約への誘因になっているのではないでしょうか(「俺が払っている月額契約料は、ごく一部の契約者の利便性のためだけに使われているのか?」といったこと)。今後、同社の対策が奏功して株価が上昇するのか、注目しておきたいところです。

しかしPCデポ騒動をみるに、今回ほどSNSの脅威を感じた不祥事はなかったのではないでしょうか。SNSの脅威といえば、過去にもリコール対応の杜撰さが暴かれた事件や「おバカ投稿」が拡散して企業が謝罪するような事例はありましたが、株価が半減して戻らないといった、まさに企業価値を低下させるきっかけとなった事例はあまり記憶がありません。コンプライアンスは「法令順守」ではなく、「社会の要請への適切な対応である」とは言われますが、まさに社会の要請に対して同社が(これまでのところ)対応できていなかったといえます。

大きな不祥事を起こしてしまった企業が、よく「世の中の風を読み間違えた」と釈明することがありますが、私が危機対応の実務で感じることは、「世の中の風」といったものは、どこの企業にも同じように吹いているものではなく、御社次第で風の向きや風の強さは変わるということです。「割れ窓理論」というものがありますが、人は誰も手入れをしていない割れ窓の空家では、土足で立ち入り、平気でごみを捨ててしまい、その結果不正発生率も高まります。しかし手入れが行き届いている家の前では道徳心が発揮され、その結果として不正発生率は下がります。まさに「性弱説」の発想です。同じ不祥事を起こしても、平時から示している顧客に対する接し方や有事における不祥事対応が異なれば、同じ顧客でも別の顔を見せるのは当然です。

御社に吹く世間の風も、御社が世間に対してどのような姿勢で臨むかによって変わります。マニュアルのような「クレーム対応の手引き」だけに頼って、その顧客をクレーム客に仕立ててしまった要因に目を向けなければたいへんなことになります(すべてとは申しませんが、普通のお客様をクレーム客に仕立てているのは御社の姿勢かもしれません)。「顧客のために」と言いながら、実は自社の利益優先の行動に出ていれば、それなりの風が吹きます。「顧客の視点で」事業を遂行していれば、同じ顧客でもまったく別の顔を御社に向けてくれます。このことがよくわかっておられない会社がとても多いと痛感します。コンプライアンス経営の基準となる「社会の要請」は、もちろん時代によっても変わりますが、御社の姿勢によっても変わるということは肝に銘じておいたほうがよいと思います。

9月 9, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 2日 (金)

三菱自動車の不正ふたたび-行政を敵に回すには覚悟が必要

公益通報者さんがコメントで述べておられるように、燃費偽装事件で揺れる三菱自動車さんでさらなる不正が指摘されています。同社は、国交省の指示に従って、正しい燃費データを測定するために実施していた社内試験で、本来であれば複数の試験結果のうち中央値に近いデータ3つを採用すべきところを、下方の(自社に都合の良い)データ3つを選んで使用していた、とのこと。国交省はこれを「不正」と断定したそうです。

私の素朴な疑問は①なぜ70回も試験を繰り返して、そのうち都合のよい3回分だけを選ぶという方法に誰も疑義を持たなかったのか、②ルールに書いていない点の解釈について自社でわからないのであれば、なぜ国交省に問い合わせるといったことをしなかったのか、③自社の再検査方法によれば、国交省自身による検査と自社の検査結果に差が生じることは想定していなかったのか、ということです。①については私なりの解釈がありますが、長くなりますのでここでは触れません。②と③については、いわゆる企業の危機対応と行政との関わりに関連する課題です。国交省の再検査指示というのは、私から見れば(自浄能力を発揮して企業の誠実性を示すための)「助け舟」のひとつだと認識しています。スズキさんは、その助け舟にうまく乗りましたが、三菱自動車さんは、いわば行政に泥を塗った(国交省の顔をつぶした)形です。

三菱自動車さんとしては「試験方法には問題があったが、決して品質(燃費)では負けていない」「たしかに燃費偽装の意図はあったが、発表値とそれほど大きな差はない」といった、これまでの対応にこだわりすぎたことが、今回の新たな不正の原因だったのかもしれません。しかし、不祥事発覚時の有事対応では、行政を味方につけて乗り切れば、世間に公表せずに済むケースもあれば、公表せざるをえない場合でも信用毀損を最小限度に抑えることができるケースが多いのです。行政だって国民から(行政対応を)批判されることを嫌いますので、企業の不祥事対応を真剣に後押しすることもありますし、オモテから後押しすることはできなくても、そのサインを出してくれることもあります。

行政の出すサインを見落とすか、サインを無視してしまえばオワリです。もはや助け舟は出してくれません。とりわけ監督官庁は、自分のところの監督責任を免れるために、「ふまじめ企業」のレッテルを貼る準備をします。「こんなふまじめ企業は監督不能です」と説明したいがために、それまで入手した情報はマスコミに伝達され、その結果、不祥事企業はマスコミの餌食になってしまいます。不祥事企業が国民から「とんでもない」との印象を強くするにしたがって、行政監督を批判する国民感情はやわらいでいきます。

もし再検査によって国交省による検査結果との間にかい離が生じた場合、「国交省の検査がまちがっていました」といった結論になるでしょうか。おそらく国交省としては三菱自動車さんの検査方法を厳しくチェックして、少しでも間違いがあれば「不正だ」と断定するはずです。本来ならばルールの趣旨を解釈すれば「平均値中央値に近いところから3回」の試験結果を採用しなければならないはずですが、かりにわからなくても、国交省とのコミュニケーションが必要だったのではないかと。もちろん、企業にはルール(もしくはルールの適用)の方がおかしいと感じた場合には「闘うコンプライアンス」も必要ですが、それなりの覚悟が必要です※。三菱自動車さんのクライシス・マネジメントの観点でいえば、このたびの燃費偽装事件においては、行政を味方につけるべきだったと考えます。

※・・・9月1日深夜のニュースによりますと、金融コンサルタントの方がインサイダー取引による課徴金処分を争って勝訴されたそうですね。課徴金納付命令が取り消されるのは初めてとのこと。情報伝達者(証券会社社員)の解雇無効判決も出ているそうで、コンサルタントの方と情報伝達者がそろって記者会見に臨んだそうです。課徴金処分は2013年、金額は6万円ということですから、やはり行政を敵に回すのには相当の覚悟が必要ですね。

9月 2, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年8月 5日 (金)

突然の会計不正事件疑惑にみる「経営者の思い込み」を考える

世間では海外のショートセラー(株の空売りで儲ける投資家)が日本の某総合商社さんを「第2の東芝事件」と指摘して大儲けをしている事件が話題に上っております(当該ファンド作成にかかる日本語版の44頁のレポートを読みましたが、最初と最後に「この会社は第二の東芝になる」との推測が明記されていますね。ずいぶんと煽りすぎのような気もしますが)。

日本の企業では社内の「オオカミ少年」は肩身の狭い思いをしていますので、商売のひとつとして社外のオオカミ少年が登場しても不思議ではないかもしれません。そもそも日本の内部統制報告制度が機能していない以上、「不正会計の可能性情報」を投資家が渇望していることは十分考えられます。

エンロン事件の発端は、一地方経済誌に掲載された推測記事に興味をもったショートセラーの空売りでした。当初エンロン社はその非倫理性に怒りつつも冷静さを失わずに反論し、エネルギー業界に精通している有力な機関投資家も「エンロンは全く問題なし」と冷静さを保っていました。その後、いくつかのショートセラーが追随して株価が下落したことにより、エンロンの会計手法に多くの投資家が関心を向け始めました(「エンロン~内部告発者」 ミミ・シュワルツほか著 ダイヤモンド社 283頁以下参照)。

私は某総合商社さんに不正会計の疑惑があるとは全く思いません。ただ、エンロン会計不正事件の首謀者らは今でも意図的な会計不正をやったわけではない、あれは「思い込みの強い希望」によるものだったと述べていますし、行動経済学者のダン・アリエリーも、このように考えるのは不自然ではないとされていますので、会計不正というのは「これは会計不正ではない、一点の曇りもなく断言できる」と誠実な企業ほど説明されるものだと認識しています。意図的な不正であればおそらく嘘が顔に出るかもしれませんが「盲目的希望」であればウソ発見器も反応しないわけです。このあたりは著名なショートセラーであれば百も承知でしょうから、会社が反論すればするほど、世間が騒げば騒ぐほど喜んでおられると思います。

エンロン事件はご承知のとおり最後は監査法人から転職された経営幹部の方が内部告発をすることで大事件に発展するわけですが、今回の事例でも狙われた某総合商社さんに内部告発者が現れることをショートセラーは期待しているのかもしれませんね(そういえば8月3日の日経ビジネスさんの記事では、東芝事件と同様に記事の末尾に「内部告発を求む」とあります)。ちなみに個人的感想としては(すいません、ホントにお世話になっている会社さんなので主観が入っておりますが・・・)、ここ7,8年でビジネスモデルも大きく変わったとはいえ、どうも内部告発という形で何かの疑惑が浮上する風土には思えません。

8月 5, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2016年6月16日 (木)

JTB社情報漏えい事件からみた情報セキュリティとコーポレートガバナンス

さて、ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズのエントリーでございます。少々長いですが情報漏えい問題に関する(上から目線ではない)私の思いを綴っておりますので、よろしくお付き合いください。

すでに報じられているとおり、JTBさんは6月14日、自社のサーバーが不正アクセスを受けてオンラインサービスから793万件の個人情報が流出したおそれがある、と公表しました。今年3月15日に取引先を偽装したメールがグループ会社に届き、20代の社員が添付ファイルを開けてしまいました。これが原因で端末がマルウェアに感染したそうで、25日になってようやく遮断措置を完了、その後、データファイルが作成されていたことが確認され、ファイルを復元したところ顧客情報が流出した可能性があることが判明しました。マルウェア感染から2月半後に公表に至ったという流れのようです(6月15日までの報道に基づく)。

私は情報セキュリティ全般については素人ですが、昨年の日本年金機構事件によく似た事件だと感じます。標的型メールを想定して、JTBグループ会社は月2回の割合で不正アクセス対策の予行演習をされていたそうですが、それでもやっぱりメール添付ファイルは開けられてしまうのですね。専門家の方々もおっしゃるように、不正アクセス対策が個人の注意力に依拠する以上、もはや感染を100%防止することは困難で、PCやサーバーはマルウェアに感染してしまうもの・・・といった前提で情報漏えいリスクを管理しなければならないのではないかと。

情報漏えい事件がこれだけ厳しく問われ、ベネッセ社のように社長交代に至るほどの業績悪化を招く事態が想定されますと、JTBさんのように「漏えいの可能性」という段階で公表する企業はまだコンプライアンス的にはマシなほうで、おそらくサーバー感染が確認された企業においても、まったく公表していないところが多いものと推測します(そもそも情報漏えいの可能性があったとしても、実際に漏えいの事実が確認されるまでは公表しない、という経営判断を下している会社は多いと思います)。

ここ2年で5件ほど情報漏えい事件の危機対応に関与させていただ経験上、業務の効率性と不正アクセス防止の有効性を両立させるためには、(私個人の意見ですが)当社グループは不正アクセスによって感染するのは仕方がない、そのうえで感染しても情報を漏えいさせないためにはどうするか、といった管理指針が必要だと考えます。そのために必要だと痛感するのが親会社におけるCISO(最高情報セキュリティ責任者)の選任です。取締役や執行役員の中から、CISOを選任して、どの専門業者に委託するのか、どれだけのセキュリティ予算を組むのか決定する権限、そしていざというときのセキュリティ権限(遮断権限)をCISOに委譲し、その最終責任を担っていただきます。

最近のコーポレートガバナンス改革において「モニタリングモデル」への移行が議論されていますが、リスク管理という視点において本当に情報セキュリティの重要性を認識している役員は、実際に痛い目に合った方以外には、ほとんどいらっしゃらないように思えます。みさなん「情報を漏えいされたことの被害者意識」が強いためか、「顧客に対する加害者意識」が不足しています。他の会社に対するサーバー攻撃の新たな「踏み台」として、さらなる被害を出しかねない「加害者意識」にも思いが至らないようです。したがって、有事になったら専門業者に任せておけばよい、といった風潮が危機に直面した企業でも根強く残っています。

しかし、情報セキュリティの専門会社にしてもそれぞれ得意分野があり、急場に稼働できる人的資源にも限りがありますので「このタイプの事件はこっちが受託者で、こっちが下請け」といった役割分担が求められます。おそらく日常から専門会社と信頼関係を形成しておかなければ、有事にこのような手配は困難です。そして実際に情報漏えい事件が発生すると、そもそも権限も持っていないのに「社内処分」として、社内の担当者が責任をとらされます。「そんなアホな」といった事態が見受けられます。情報セキュリティの重要性を取締役会で認識するのであれば、処分にふさわしいほどの権限をまずCISOに付与して、自由にセキュリティ対策をとれるような体制が必要です。

「むずかしいことは担当者にまかせる、予算が必要なときはみんなで決める」といった取締役会の雰囲気の会社では、おそらくJTBさんと同じ事件は間違いなく発生すると思います。公益通報の対象にもならない事件ですから内部告発の可能性は少ないはずですし、取締役の方々は顧客に被害が及ばないことに「賭けて」あえて公表しない、といった経営判断を下すことになってしまいます(情報漏えいの事実確認は、広く国民の協力を得なければ困難だと思うので、可能性が判明した時点で公表すべきであり、このような判断は取締役にバイアスがかかった最悪の事態だと申し上げたいですが、これが現実です)。法律専門家や調査分析を担当したセキュリティ業者が「公表すべき」と進言しても、これに応じる会社さんと応じない会社さんがいらっしゃいます。警察の捜査に協力することは重要だとしても、捜査に必要な範囲で情報開示を控えることと、顧客の利益保護のために必要な範囲で情報を開示することの違いは冷静に判断しなければ、取締役の善管注意義務違反になりかねません(情報漏えい事件が起きた時に、警察捜査がどのように行われるか、という点を大手法律事務所や監査法人のリスクマネジメント部隊の方々に指導いただくことも有益です)。

取締役会改革の中で「執行と監督の分離」ということが言われますが、経営判断の迅速性を高めるために「担当者に任せる」ということは、責任を負わせるにふさわしい権限を付与することです。情報セキュリティが重要な経営判断だとすると、企業には、ひとりの取締役、執行役員に、予算編成や業者選定そして、企業活動にとって重大なネット環境の制限という権限まで、すべて任せる覚悟はあるでしょうか。「こうすれば情報漏えいは防ぐことができた」「こうすれば感染せずに済んだ」といった後だしジャンケン的な議論がなされることが多いと思いますが、私はまさにCISOの選定(情報セキュリティは重大な経営判断事項であることの共有)、そして責任に見合う権限を委譲する取締役の覚悟が最も大切だと考えます。

最後に「執行と監督の分離」における「監督」ですが、情報セキュリティ部隊をまとめるCISOに必要なスキルはセキュリティ会社との信頼関係の維持とグループ会社における人材確保(縦割り部隊をマネジメントする力)だと思います。ともすれば業者の言いなりになってしまったり、利益相反を疑わせるような癒着が生じたり、グループ会社の協力体制の空洞化(情報セキュリティの重要性に関する認識が親会社とグループ会社で大きな温度差が生じてしまうこと)が問題視されます。これらの点だけは取締役会としてCISOを監督する必要がありますが、それ以外は彼の良心に委ねて職務の遂行に期待するほうが適切ではないでしょか。

6月 16, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年4月21日 (木)

三菱自動車燃費性能偽装事件-やはりコンプライアンス経営はむずかしい

すでにマスコミで大きく報じられている三菱自動車さんの燃費性能偽装事件、私も午後5時からの社長さんの会見を生中継で視聴しておりました。毎月、毎月、外部委員を中心に企業倫理委員会をまじめに開催してきた三菱自動車さんですが、ホントにコンプライアンス経営はむずかしいと痛感します。また、いろいろと事実が明らかになれば詳細なエントリーを書きたいと思いますが、最初に気づいた点をいくつか述べておきたいと思います。

ひとつは同業他社(OEM供給先)からの指摘(正式な指摘は先週だったそうです)によって不正発覚に及んだこと。これはどう考えても自浄作用を発揮できなかったといわれてもしかたないところです。三菱自動車さんが最初に公表した文章は、かならず日産自動車さんの広報または法務のチェックを受けていますので、その文章内容から何が読み取れるかがポイントです(日産の指摘で発覚したこと、三菱の意図的な不正であることを明示することにより、日産はまちがっても不正に加担しているわけではない、むしろ日産は三菱の公表を後押しした、との強い日産側の意思が明確になっています)。なお、これに呼応して日産自動車さんも お詫び文書をHPで公開しています。

心配といいますか、懸念されるのは、三菱自動車英国法人が、英国・欧州向けに「不正はないから心配しないで」と公表している点(こちらのニュース)。今回の性能偽装はどこまで広がるかわからないのに、早々と英国法人が「海外向けは関係ない」と公表して大丈夫なのでしょうか?これから開始される第三者委員会による調査は、日産自動車から指摘された不正だけでなく、同様の不正がどこまで広がっているのか、という点も当然に調査範囲に含めるはずです。しかしこの英国法人のリリースからすると、もはや第三者委員会の調査範囲も三菱側が限定してしまう、ということになってしまうのでしょうか?このあたりも今後の重要なポイントです。

そしてもっとも気になるのが昨年11月の毎日新聞さんのこちらのニュースとの関係ですね(これは工場労働者さんもコメントで述べられているところかと)。開発が遅れていることを経営者に報告すると「しめしをつける」(同社広報部)として担当者の退職を余儀なくされ、また開発の遅れを隠すために偽装に走らざるをえないとなると担当者が責任をとらされてしまうって、まさに「チャレンジ」「工夫しろ」のジレンマの世界かなぁと。「攻めのガバナンス」が推進するスピード経営、効率経営を高めるため、三菱自動車さんはこの6月から監査等委員会設置会社に移行する予定ですが、まさにスピード経営、効率経営を目指した末にこのような不祥事が発生したわけです。今後、取締役監査等委員に就任される方はたいへんですね。

3年前、当ブログでも(こちらのエントリーで)取り上げましたが、三菱自動車さんは2012年に国交省から不適切なリコール対応で厳重注意を受けています。これは内部通報によって発覚したのですが、今回は一切内部通報や内部告発はなかったと会見で社長さんが述べておられました。現場でも性能偽装の事実を放置していたとすれば、コンプライアンス意識の欠如はかなり深刻なのかもしれません。

 

4月 21, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年4月 5日 (火)

横浜マンション傾斜事件-難問山積の三井不動産求償権問題

先週3月29日の日経朝刊13面において、横浜の傾斜マンション問題に関する三井不動産レジデンシャル(販売元)社長さんの会見記事が掲載されていました。住民の方々への陳謝とともに、傾斜に関する原因調査の終了時期は5月以降までズレこむこと、施主である三井住友建設さんには(建替え費用の)求償権を行使する予定であること、さらにその費用負担に関する協議は長期に及ぶ、との予想が述べられています。

マンションの傾斜が生じた原因を客観的に確定させること自体、こちらのブログ等も拝見したうえで、私はかなり難問だと理解しておりました。今年1月27日の拙ブログ「サプライチェーン・コンプラアンスと役員の法的責任との交錯点」におきまして、私は「マンション傾斜の原因が十分に判明しないまま費用負担に応じることは、施工会社や下請業者にとって法的にも躊躇せざるをえないのではないでしょうか」と書きました。ただ、5月下旬ころまでには関係者間で傾斜原因の調査を確定させる、ということなので、費用負担協議に向けてとりあえず一歩前進、というところではないかと。

しかし、たとえ関係者間で事後原因が明確になったとしても、やはり誰がどれほどの費用を負担するのか・・・という点についてはさらなる課題が待ち構えており、関係当事者による解決方法について、企業コンプライアンスの見地からたいへん関心を持っています。BtoC企業である三井不動産さんにしてみれば「安心思想」によって「全棟建替え」という数百億円を要する工事を率先して行うことは理解できます(たとえ法的責任として補修を超えて全棟建替えまでは不要だとしても、企業の社会的信用を維持するためにはやむをえない、とする経営判断もありえます)。

しかしBtoCではない施工主やその下請企業にとっては、たとえマンション傾斜の原因が工事にあったとしても、「建替えまで行う必要はなく、補修作業を行えば法的責任を尽くしたことになる」と考えるはずです。今後の販売主との信頼関係を重視して、建替え費用を前提に費用負担を行うとすれば、その経営判断は(法的責任を超過した費用を合理的な理由なく支払ったものとして)施工主や下請企業の役員にとって株主代表訴訟に耐えうるものでしょうか。←ここで企業コンプライアンスの視点からは「敗訴リスク」を低減させるための「提訴リスク」コントロールが考えられますが、これはまた別のエントリーで検討したいと思います。

さらに、旭化成建材さんの現場責任者によるデータ偽装問題が、たとえマンションの傾斜とは関係がなかったとしても、「全棟建替え」という販売元の対応決定にどの程度寄与したのか、という問題もありそうです。今年1月の国交省の行政処分によって、同業他社でも同じようなデータ偽装が行われていたことが明らかになりましたが、単なるミスによる工事の瑕疵と、どのような理由があるにせよ、故意によるずさんな工事が行われていたことによる工事の瑕疵とでは、おそらく一般消費者の視点からみれば物件への金銭的評価としては大きな差があると思われます。したがって旭化成建材さんが果たして費用負担問題にどのように対応されるのか、企業コンプライアンスという見地からは注目されるところです。

それぞれの企業のブランド維持のために早期決着を図る方向で協議がされるのか、それともそれぞれの企業における役員の法的責任問題を回避するために、司法の場で費用負担を決着させることも辞さないのか。コンプライアンス経営があたりまえの時代となり、「安心思想」による対応と「安全思想」による対応について企業が選択肢を有するなかで、事故の原因が明らかにされた後にも、大きな難問が横たわっているように思います。

4月 5, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年2月 7日 (日)

外国公務員贈賄疑惑(FCPA、不正競争防止法違反)はどこまで開示すべきか

2月5日、オリンパスさんはHP上に「当社子会社に対する米国司法省の調査に係る追加の特別損失の計上に関するお知らせ」と題するリリースをアップしておられます。この海外不正事件は昨年5月に「米国医療事業関連活動に関して平成23年11月より米国司法省の調査を受けていた事件」としてリリースされた件の続編リリースですが、このように突然特損の追加リリースが出されるのが海外不正事件疑惑の特徴です。

ところでひとつオリンパスさんの事件で気になるのが、昨年6月に朝日新聞「法と経済のジャーナル」で報じられた中国国内における「コンサルタント契約問題」(海外公務員への贈賄疑惑)です。オリンパス社の社外監査役さんの要請で「中国におけるコンサルタント契約に関する事件」が社内調査の対象になりました。たしか当時の会長さんが取材に応じられて、社内調査が開始されたことが報じられ、さらに同ジャーナルでは昨年10月に調査報告書を経営陣に提供されたことが報じられました。中国税関当局への贈賄事件だと報じられていますが、外国公務員への贈賄は米国、中国、日本でそれぞれ現地法違反が問題となります。したがってFCPA、不正競争防止法違反事実の有無等、はたして社内調査の結果はどうだったのでしょうか?

FCPA疑惑の場合、米国司法省による捜査対象となり、弁護士秘密特権や弁護士作成文書保護の要請がありますので、社内調査には外部弁護士が加わり、報告書は米国の司法制度に耐えうるものとして作成されているはずです。したがって日本の第三者委員会報告書のように全文が開示されるということはありません。しかし中国における贈賄事件が事実だとすれば、(今後の捜査進展の状況次第では)制裁金の金額は投資家の損害につながる事件なので、社内調査の概要の結果だけでも開示する必要はないのでしょうか。それとも未だ中間報告ということなのでしょうか。このあたりは投資家への適切な開示という視点からとても気になっているところです。

経産省の外国公務員贈賄防止指針(平成27年7月改訂版)などでも、親会社による海外贈賄事件の調査はとてもむずかしいことが示されています。たとえば現地子会社のトップや担当者のヒアリングはできたのでしょうか、また代理店(コンサルタント会社)の担当者のヒアリングは可能だったのでしょうか。この現地の二者のヒアリングが困難ですと、たとえフォレンジック等を活用したとしても、そもそも違反事実は確定できないものと思われます。また、コンサルタント会社のオ社子会社との取引比率やコンサルタント委託事業の内容、資金の流れなども、ゼネコンによるわいろ疑惑と同じような「不自然さ」が認定のキモになります。さらに、調査委員会の結論が「真っ白」だったのか「真っ黒」だったのか、それとも「グレー」だったのかも注目です。先に述べたように、関係者ヒアリングがとても困難なのが実際のところなので、「真っ黒」というのはなかなか認定はできず、「社内調査の限界としてのグレー」という結果だとすれば、かなり疑惑が深まるということになるのではないかと。

本日、某研究会で、某メーカーの会長さんから、ロシアでの事業開始直前、同国公務員からわいろを要求され、これを拒否したことによって事業が1年以上停止し、たいへんな損害を被った話をお聴きしました。業界挙げて外国公務員への贈賄禁止に取り組む必要性を語っておられましたが、私自身も本当に海外贈賄への取り組みの必要性を痛感しています。当初から何らの開示もなければ問題にはなりませんが、中国における贈賄(と思料される)疑惑について社内調査が開始されたとマスコミ報道がなされたこをと前提としますと、オリンパスさんにとっても、何らかの追加開示が必要になってくるように思うのですが、いかがでしょうか。いずれにしましても、社外監査役から調査要請のあった「海外不正疑惑」を発生させたオリンパス社の内部統制には、かなり重大な問題があったのかもしれませんね。

2月 7, 2016 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年11月 2日 (月)

横浜マンション傾斜問題にみる危機対応としての「件外調査」の重要性

今年は本当に企業不祥事が発覚する事例が多いようです。アイベックスさん、三省堂さんの偽装、虚偽報告事件などは、おそらく他の企業不祥事の報道がなければ(いずれも)大きく報じられるところと思いますが、なんとなく「救われた」感が漂っていますね。

さて、先週のエントリーから数日経過しました横浜マンション傾斜事件ですが、ここ数日に報じられているところによれば、旭化成建材さん固有の不祥事というよりも、もはや「データ偽装など、いまごろ騒いでどうするの?そんなのマンション監理の世界では慣行ではないか、納期を守るために他にどうすればいいの?」といった世評も聞こえるようになりました。ただ、ほんの数日前までは、監理データ偽装は特定企業の特定社員による「あってはならない不祥事」であり、その特定社員の関与物件だけを精査すればとりあえず「安心思想」による危機管理としては適切なものと考えられていました。

しかし、その後の自治体による必死の調査によって同社の他の管理責任者によるデータ偽装が発覚し、もはや組織の問題、さらには業界の体質の問題まで原因究明をしなければ国民の安心を得られないことになりました。ここまでくると、もはや「あってはならない不祥事」という言葉もむなしく聞こえてきます。結局、特定社員の不正の範囲を調査するだけでなく、「件外調査」つまり同じ組織における他の社員の類似行為の「不存在」まで調査しなければ国民の安心は得られないということが強く印象付けられました。企業不祥事が発覚した場合の危機対応として、企業の自浄能力を発揮したと認められるためには、自らこの「件外調査」に乗り出すことが重要課題になります。

10月26日に公表されたコネクトホールディングスさん(東証2部)の不適切会計処理事件に係る第三者委員会報告書などを拝読しても、企業の危機対応として、この「件外調査」が非常に重要であることがわかります。同報告書によると、コネクト社の重要子会社の会計処理に架空循環取引の疑惑が生じ、会計監査人から「このままでは監査意見は出せない」と言われて第三者委員会が設置されたのですが、当初会社側から調査を委嘱された2つの案件の調査は、その調査過程において8案件ほどまで対象が拡大されています(実際にも、この拡大された疑惑案件について、収益認識時期のズレや売上計上方法の問題点が数多く指摘されています。なお、このコネクト社の第三者委員会報告書では、時間の制約からこの範囲に調査を絞ったが、会社としてはさらに件外調査の必要があると締めくくられています)。

もちろん、独立公正な専門家が委員として関与するわけですから、スコープした調査対象事実の真実性を明らかにすることは第三者委員会の役割です。しかしそれだけでなく、なぜ調査範囲を拡大していったのか、その合理的な説明はコネクト社の報告書にも記載されていますが、社外調査だけでなく社内調査においても、やはりこのように件外調査を常に意識した調査でなければ報告書としての意義は乏しく、消費者や投資家の安心は得られない時代になったと考えます。とりわけ会計不正に関する件外調査については、このように不正の範囲を合理的に限定できる説明がなければ会計監査人の意見は書けないのが現状ではないでしょうか。

ところで「件外調査」の合理性を示すものとして、私は「有事における内部通報制度」も有用かと思います。東芝さんの会計不正事件は度重なる内部通報、内部告発によって事件規模が拡大されていきましたが、逆にみると「これだけ世間で叩かれて、事件が公表されているにも関わらず、内部告発も内部通報もされない、という状況は、そもそも不正・不祥事の範囲が限定的であることを示す」ことになるからです。建築基準法も建設業法も「直罰規定」がありますので、内部通報や内部告発は公益通報者保護法上の公益通報に該当する可能性は高いと思います。

ただ、実際に旭化成建材さんの事件のように下請関係において、下請会社の社員が発注者に対して内部通報を行うということは、現在の公益通報者保護法では下請会社と通報労働者との関係だけしか保護の対象とはなりません。しかしこれでは発注企業に内部通報をすれば発注企業が下請企業に不利益な対応をとる可能性もあるので実際には発注企業に下請事業社の社員が内部通報を行うことは期待できません(現行法上で企業間取引が保護されるのは労働者派遣業における派遣元企業と派遣先企業の契約のみです)。

いま公益通報者保護法の改正が検討されていますが、労働者が公益通報を行ったことで保護されるのは労働者の地位だけでなく、請負契約のような企業間取引についても保護されるように改正されるべきだと思います。住宅建設のように多数の事業者が関与する中で、監視システムを徹底するといった性悪説を採用することは難しいかもしれません。これまで通り性善説を前提としながらも、より消費者の利益を守るためには、こういった内部通報制度や内部告発を促進する制度が有効ではないかと考える次第です。

11月 2, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年10月29日 (木)

横浜マンション傾斜問題-旭化成建材社は「やぶへびコンプライアンス」?

2012年6月、ミキティこと藤本美貴さんがイメージキャラクターを務めていた美貴亭の食中毒事件を題材に、当ブログで「やぶへびコンプライアンスの脅威」について論じました(「やぶへびコンプライアンス」の定義についてはそちらのブログエントリーをご参照ください。当時、ご異論を含め、たいへん多くのアクセス数をいただきました)。

いま大きな問題となっております横浜マンション傾斜事件ですが、2次下請けの旭化成建材さんの管理責任者が関わった建造物の調査が続いており、あたかも特定された建造物の安全性が確認されれば、横浜のマンション居住者の補償問題を残し、少なくとも国民の安全性に関わる事件は解決するような様相を呈しています。特に国交省の旭化成建材さんへの厳しい対処は、旭化成建材さんが適正な調査を行えば事態は収束するようなイメージを与えています。

しかし10月22日の役員記者会見などを拝見しますと、データ偽装と基礎工事の欠陥との因果関係があいまいであり(偽装されたデータの中で、8本分は支持層に杭は届いていたとのこと)、基礎工事の欠陥を隠ぺいするためにデータを偽装していた、ということではないようです。ということは、現場の安全性確認が不十分であったことは否めないとしても、データ偽装が行われた建物を調査することによって支持層に届いていない基礎工事の不存在はなんら証明されるものでもありませんし、マンション傾斜と旭化成建材の不正との因果関係自体も不明のままだと思われます。

さらに本日報道されたところによると、この横浜のマンションの管理責任者とは別の責任者が担当した北海道(釧路)の物件でも旭化成建材社員によるデータ偽装が認められたそうで、基礎工事の欠陥とデータ偽装との関連性はさらに薄まり、国交省が目指す事態の収拾はさらに遠のいたのではないでしょうか。

2日ほど前、日経新聞さんが1次下請業者である日立ハイテクノロジーズさんの情報開示の消極性を批判しておられましたが、そもそも2次下請け会社の不正と「マンション傾斜問題」との関連性が不明である以上、「事実関係の調査中」を理由に開示を控える日立ハイテクさんの広報姿勢も(ひとつの考え方として)十分に合理性があるのではないでしょうか。事実関係も不明のまま積極的に情報開示をして、後日訂正を繰り返すほうが企業の信用を低下させることも考えられます。

ただ、そうはいっても、旭化成建材さんの調査に注目が集まる中で「安心思想」による対応が求められることは当然であり、国交省からも法令違反を根拠に調査要請がある以上は、これに誠心誠意対応せざるをえないのが現実です。仮に旭化成建材さんの管理責任者によるデータ偽装が存在しなかったとすれば、本件は安全管理ミスという「過失」は指摘されるかもしれませんが、少なくとも支持層に到達していなかった杭を現場に持ち込んだ施工主さんの工事にこそ注目が集まったように思います。

私はこのようなコンプライアンスリスクのことを、10年ほど前から「やぶへびコンプライアンス」と呼んでいますが、今回の旭化成建材さんの件も、その典型例ではないかと。当該不正はどこの会社でも日常的に起こりうるものであり、当該不正が直ちに大きな問題を招来するわけではないのですが、他の事件や事故が生じることで、その因果関係を問われることなく、当該不正のほうに世間の注目が集まり、ひいては企業の社会的信用が毀損されるという例です。マンション傾斜の原因分析とは別のところで、旭化成建材さんのずさんな業務がクローズアップされていくことになります。

ほんの少しの努力によって不正を早期に発見し、是正できる機会はあるのですが、そこから招来されるリスクの発生可能性が低いために対応が後回しになります。しかし企業において、このリスクが顕在化した場合には、当該企業のコンプライアンス経営の軽視と社会的に評価されるため、私は「やぶへびコンプライアンス」も徹底的に防止すべき二次不祥事だと解説しています。まさに「やぶへびコンプライアンス」は、コンプライアンスが「法令遵守」ではなく「社会の要請への適切な対応」と訳される時代だからこそ生まれた概念です。本件では、この二次不祥事は、旭化成建材さんだけでなく、日立ハイテクノロジーズさんや三井住友建設さんとの複合的な欠陥によって招いたものかもしれませんので、むしろ不正リスク管理の視点から光をあてるべきなのは、そのような構造的な問題ではないかと考えています。

10月15日のエントリーにおいて、まじめな企業の典型的な不正の動機としては「誠実な企業≒不正をしてでも納期を守る」と書きましたが、そのあたりが建設業界における構造的な問題の要因ではないかと思えてなりません。

10月 29, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年7月29日 (水)

企業不祥事はいつ社内で「沸点」に達するのか?

さて、ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでございます。今朝(7月28日)の日経新聞「迫真ルポ-堕ちた東芝その1(発端は一本の電話)」は、第三者委員会報告書にも記載されていなかったような内部事情が満載で興味深いものでした。金融庁審査の発端となった内部通報(内部告発)→社内で第三者委員会設置を覚悟することになった特別調査委員会への内部通報→組織関与を第三者委員会が認定することになった第三者委員会への内部通報と、企業不祥事が明るみになる経過は、他社も十分に認識しておく必要があると思います。平時の内部通報の存在も大きいのですが、有事の内部通報も、これまた重要であることがわかります(なお、この「迫真ルポ」も面白いのですが、いよいよ毎日新聞で始まった連載記事「東芝が抱えるアキレスけん-ウェスチングハウス」がこれからもっとも事件の核心に迫るのではないかとひそかに期待しております)。

今年3月から東芝さんの事件を取材されていた各紙記者の方々のコメントや、上記「迫真ルポ」を読みますと、東芝社内における経営者の不祥事対応に変化が生じていることがわかりますね。4月ころまでは「いやいや、インフラ部門で工事進行基準の取扱いに凡ミスがあったみたいで。すぐに修正しますから」といった雰囲気です。金融庁からの調査要請が出た際、社外取締役のひとりが「すぐに危機対応をしたほうがいいのでは?専門家に依頼しては?」と進言したにもかかわらず、取締役会では誰もこの意見に耳を貸さなかった、というのも頷けます。

いまでこそ、多くのマスコミや有識者が池に落ちた犬を棒で叩くように東芝経営陣に厳しい糾弾の目を向けていますが、この3月、4月ころに「これは重大な問題だ」と東芝の経営者に指摘して、自ら真実を解明することができたかどうかはむずかしいところです。私も5月に初めてこの事件を取り上げた こちらのエントリーは、大きく論点をはずしています。恥ずかしいですが、このように第三者委員会報告が出た後に読み直しますと、事件の見立てというものはむずかしいものだと痛感します。過去の類似事件がバイアスになってしまって、お決まりのパターン思考に陥ってしまったのですね。

本当に東芝さんが再生するためには、今後、早期に有事意識を共有できるかどうかが重要だと思います。今回の東芝さんのケースでは、まったく自浄能力が発揮できなかったからこそ厳しい批判を受けていますが、早期に有事意識を共有できれば少なくとも自浄能力を発揮することは可能だったはずです。しかし周囲が平時にもかかわらず、「今は有事だぞ」と声を上げることに対しては「またアイツおかしなことを言い出した。これだから社外役員というのは役に立たないんだよなぁ。これからはアイツには情報を流すなよ」といった対応が目に浮かびます。たとえ10回のうち、9回までが事なきを得るとしても、これを「狼少年」として嘲笑しない企業風土というものは果たして作れるのでしょうか?人間がやることですから、この「10回中1回くらいは彼のいうことは正しいはずだから彼の忠告を聴こう」という風土がないかぎりは、どこの企業でも東芝さんと同じようなことが起きるのではないでしょうか。いや、ひょっとすると社外役員が増えてくると、そういった「おかしい」といった声に同調する役員があらわれて、沸点が低下するかもしれません。社外役員が複数存在することは、こういった有事意識の共有には役立つのかもしれませんね。

今回の東芝事件では、社内調査委員会にインフラ部門以外から内部通報が届いたことによって、社内では「これはエライことになった・・・(企業不祥事の沸点)」ということになりました。また東洋ゴムさんの免震ゴム偽装事件では、「沸点」に達したのは今年2月、東京の大手法律事務所に相談して「今すぐ公表しなさい!」と指示された時点でした。御社ではどうでしょうか?最初に金融庁の開示検査課から電話が入った時点でしょうか?それとももっと早い時点、たとえば社内のヘルプラインに内部通報が届いた時点でしょうか?それとも監査役さんが「監査報告に問題を指摘する」と明言したときでしょうか?いずれにしても、「原理主義者」と揶揄されても平然としていられるような方が(運よく?)ボードに残っていたか、あるいは経営者がリスク感覚にすぐれており、経理や法務、監査の重要性を認識している場合でなければ、どこの会社も東芝さんと同じように池に落ちたあとに棒で叩かれるような「後だしジャンケンバッシング」に遭うことになるかもしれません。

7月 29, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年6月24日 (水)

東洋ゴム工業社事件-「隠ぺいの意図はなかった」は真実か?

本日(6月23日)、東洋ゴム工業さんは臨時取締役会を開催し、その後の記者会見にて社内取締役5名全員の退任が発表されました(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。昨日公表された免震ゴム性能偽装事件に関する外部調査委員会報告書の認定事実を受けての決定かと思います。それにしても2011年以来、業績は絶好調、株価も急上昇でここまできた東洋ゴム工業さんにとって、売上比率わずか0.2パーセントにすぎない免震ゴム事業における性能偽装問題の躓きは非常に厳しいものとなり、この最高業績の中で退任せざるをえない経営陣の方々にとっては、さぞや悔しい気持ちではないかと推察いたします。

ただ、本日の記者会見で「経営陣に(偽装について)隠ぺいの意図はなかった。計算数値がどこまで信用性を有するのか把握するのに時間を要した」と社長さんが説明をされていた点については、(外部の素人的発想からしても)やや疑問を抱くところです。なぜなら本件偽装問題について、社外取締役や監査役の方々が、最後まで蚊帳の外に置かれていたからです。昨日公表された調査報告書によりますと、同社の社外取締役、監査役が本事件を知ったのは今年2月初旬ということで、すでに経営陣が国交省への報告や世間への公表を決意した後です。もし安全基準の測定数値がどこまで信用性を有するのか判断がつきかねていたことが真実であり、さらにいったん製品の出荷停止の準備まで整えていて、これを解消したことが真実であるならば、本事件への対応については同社の取締役会で協議されていたはずです。しかし実際は監査役や社外取締役が在席しないところで協議が続いていたということですから、これは経営陣に隠ぺいの意図があったと考えるのが素直なところではないでしょうか。

もちろん「隠ぺいの意図があった」と断定するつもりではなく、「隠ぺいの意図がなかった」ということであれば、なぜ監査役や社外取締役に相談をしなかったのか、在席の場で議論をしなかったのか、という点に関する合理的な説明が必要だと思います。あの違法添加物入りの豚まんを販売してしまったダスキン事件では、ダスキンさんの取締役会で「不祥事を公表すべきか、公表すべきでないか」が議論されました。その際、当時のダスキン社の社外取締役の一人は「いまこそダスキンの信用を守るためにも不祥事を公表すべきである」との長文の手紙を当時のダスキン社長に提出しています(結果として公表はされませんでしたが・・・)。今回の東洋ゴム工業社の社長さんも、第三者の目を入れてしまうと、試験データ改ざんの事実を公表せざるをえない状況に追い込まれる・・・という判断があったのではないかと考えるのが素直のようにも思われます。

このたびの会社法改正では、企業集団内部統制や監査役への報告体制の整備がテーマとなっていますが、昨日の報告書では子会社監査役から親会社監査役へ「性能偽装疑惑」の事実が適時報告されなかったことが記載されています。親会社取締役からも、また子会社監査役からも「蚊帳の外」の置かれてしまうということになりますと、いくら「モノ言う監査役」が存在したとしても有事に機能不全となってしまいます。同報告書の「再発防止策」には監査役制度に対する提言はありませんが、やはり平時からの監査環境整備が不可欠だと改めて認識するところです。監査役への報告体制を構築するための平時からの監査環境整備の手法については腹案がありますが、それはまた別の機会に述べたいと思います。

6月 24, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年6月23日 (火)

東洋ゴム免震偽装事件-偽装に気付いた社員はなぜ内部通報できなかったのか?

本日(6月22日)、東洋ゴム工業さんは免震ゴム性能偽装事件に関する外部調査委員会報告書の全文を公表しました。300頁を超える大部であり、私は前半の「問題行為」についてはもっとも代表的な「G0.39」に関する問題行為の説明部分だけしか読んでおりませんが、240頁以降の「問題行為の発覚状況並びにTR及びCIの対応状況」「原因、背景」「再発防止策」等は精読いたしました。4月27日のエントリー「空白の3カ月に何が起きたのか」で投げかけた私の疑問は、やはり重大なポイントだったようでして、東洋ゴム工業社のトップの不正関与の有無を評価すべき根拠事実は、昨年10月23日から今年1月末までの事実関係から判断されることになります。

ただし、(法律専門職という立場上)東洋ゴム工業さんの役員の方々の不正関与を詳細に論じることは控えさせていただきまして、本日は私にとって関心の高い内部告発・内部通報に関連する事実関係のみ取り上げたいと思います。東芝さんの不適切会計問題が内部告発によって明るみになったことがご承知のとおりですが、私はこの東洋ゴム工業さんの免震偽装事件についても内部告発や内部通報の有無について関心を抱いておりました。ちなみに、このたびの不正事件に先行する2007年の断熱パネルの偽装事件でも、やはり内部告発がきっかけとなって発覚したことがあったそうです。

本日公表された外部調査委員会報告書によりますと、免震性能計算を引き継いだ社員が、前任者の改ざん疑惑に気付いたわけですが、この疑惑については内部通報も内部告発もされなかったそうです。つまり疑惑に気付いた社員は「前任者の計算がどうもおかしい」といった相談を上司に持ちかけ、その上司が調べたところ、やはり偽装疑惑が高まることになるわけですが、(内部通報が窓口に届く、ということはなかったために)最初に社員が気づいてから親会社のトップに疑惑が知らされるまでに1年を要したことになります。また、きちんとした社内調査部隊が構成されなかったことも問題とされています。

東洋ゴム工業さんには内部通報制度があり、それなりに通報の件数も多かったようですが、ではなぜこの疑惑に気付いた社員が通報制度を活用しなかったかというと「乙B(偽装の実行者)が行っていた補正に技術的根拠がないことが明確とはいえなかったため」だそうです(同報告書276頁注参照)。この理由は内部通報制度の活用において非常に重要なポイントであり、ヘルプライン規程等に通報対象事実として「不正事実」とある場合には、通報者はとても悩むわけです。自身が通報したい事実は、果たして「不正事実」に該当するのだろうか、もし該当しない場合は私自身が処分されるのではないだろうか、と逡巡し、最終的には通報をあきらめることがあります。もしヘルプライン規程の文言を「不正、もしくは不正のおそれ」として、できるだけ通報対象事実を広くとらえ、さらに社員研修等で「不正のおそれ」の概念を周知させていれば、上記のような社員の理由で通報を断念するケースは少なくなるものと思われます。本事件でも、仮に疑惑に気付いた社員が内部通報制度を積極的に活用できていたとすれば、親会社のトップが偽装疑惑をもっと速やかに知ることができたのではないでしょうか。

そしてもうひとつ、上記報告書には内部通報制度の活用を阻害するような重要な事実が記載されています。昨年10月23日、つまり東洋ゴム工業さんのトップが出荷済の免震ゴムを回収すべきか悩んでいたときに、「回収もせず、公表もしない場合のデメリット」が取締役間で議論されています。そのデメリットの第一として「公表しないままでいると、内部通報されてしまうデメリット」が挙げられています。同社の取締役らは、これを懸念して内部通報を行うおそれのある関係者リストを作成し、「事前説明」を行うことが提案されました(同報告書260頁参照)。この「事前説明」とはどのようなものか、外部調査委員会は不明としていますが、おそらく通報するおそれのある者を呼んで、もし通報した場合には社員等の身分がどうなるのか、あらかじめ説明をしておく、という意味ではないかと推測されます(これは私自身の推測です)。つまり内部通報・内部告発のリスクを同社は認識したうえで、このリスクをつぶしておこうと考えていたようです。

報告書のこの記述には少々驚きました。取締役が内部通報(内部告発)しそうな社員のリストを作成すること自体、尋常ではありませんが、その対象者に事前説明を行うというのも前代未聞です。会社の経営陣というのは、追い詰められてしまうとこのような対策まで真剣に考えてしまうのだろうか・・・と驚愕いたします。このような事実を知ると「やはり公益通報への不利益処分に対しては、なんらかのペナルティが必要ではないか」との思いを抱かざるをえません。

本事件が経営者関与、組織ぐるみの不正といえるかどうかは、昨年10月23日前後の同社役員の行動の評価次第であり、あまり明確にはされていません。また、監査役監査や内部監査等がなぜ機能しなかったのか、そのあたりも「情報が届かなかったから」で済ませてよいのかどうかは不明であり、このあたりは読む方にとって意見が分かれるかもしれません。ただ、公益通報者保護制度の改正を考えるうえで(なぜ内部通報制度は機能しないのか等)、本事件の事実経過が参考になることは間違いないものと感じました。

6月 23, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年4月28日 (火)

ステークホルダーが真剣に悩む景表法コンプライアンスリスク

断熱効果をうたう窓用フィルムの表示に根拠がないとして、消費者庁は2月27日、あるメーカーとその子会社の販売会社に対し、景品表示法違反(優良誤認)で再発防止などを求める措置命令を出しました。これに対してメーカー側は命令を不服として、国を相手に措置命令の取消しと損害賠償を求める訴訟を提起し、併せて措置命令の執行停止申立てを行いました。そして、4月20日付けで、東京地方裁判所より措置命令の執行停止の決定がなされたそうです。つまり、地裁は決定で、命令の正当性については判断しないまま、「申立人の重大な損害を避けるため、緊急の必要がある」として、取消し訴訟の一審判決が出るまで命令の効力を停止したことになります。

従業員30人の企業が消費者庁を相手に裁判で真っ向から対決するというのは「闘うコンプライアンス」の典型であり、これまで商品の価値に喜んでいただいた消費者の方々のためにも、断熱効果があることをきちんと証明していくべき責任があります。コンプライアンス経営のためにあえて行政を相手に闘うことにも正当性があります。また、消費者庁から質問状を受領して以来1年半もの間、消費者庁に全面的に協力しながら実証作業を行ってきたメーカー側の姿勢なども、この執行停止という裁判所の判断に影響を及ぼしているのかもしれません。ちなみに損害賠償請求額である3億円は、(このたびの措置命令によって)取引先からの納品キャンセルによる損失だそうです。

景表法違反を争う裁判が継続する間、その宣伝を継続してもよい、というのは企業にとってはありがたい一方で、悩ましいのが断熱フィルムを仕入れて販売する小売業者ではないでしょうか。上記メーカーの専務さんが記者会見で述べておられるように、消費者庁から措置命令の対象となった商品については納品がキャンセルされたそうですから、すでに仕入れた商品は売り場から撤去される可能性もあります。たとえ断熱フィルムが売れ筋商品だとしても、小売業者としては売りたいけれども売れないということになります。そうなりますと、いくら製造会社が宣伝を継続できたとしても、自社で販売する以外に方法がないため、製造会社は裁判が長期化すればするほど打撃を受けることになります。こういったことがあるため、そもそも製造会社は(泣く泣く)消費者庁の措置命令に従った行動を余儀なくされるというのがこれまでの実情のようです。

では今回のように(判決が下りるまでの間)宣伝を継続してもよいとされた場合、はたして小売業者はこれまでどおりに断熱フィルムを仕入れて販売も継続すべきでしょうか。これはメーカーを取り巻くステークホルダーにとっては極めて悩ましいと思われます。コンプライアンス経営(社会の要請への適切な対応を重視する経営)という視点からみた場合には、消費者庁から措置命令は出されたけれども、裁判所が宣伝をしてもよいとお墨付きを与えたのだから(裁判所の最終判断が出るまで)小売業者としては販売を継続してもよいはずです(いや、むしろ裁判所の執行停止命令の趣旨からすれば、これまで通りに取引を継続すべきともいえます)。

しかし法的視点からみた場合、表示に優良誤認のおそれがある商品について、そのような疑惑があることを知りながらあえて店舗で販売に関与するとなると、これは景表法上の「事業者」として、景表法規制の主体として扱われることはないでしょうか。つまりメーカー側が敗訴した場合、小売業者も表示の適正性について関与した者と法的に評価されるか否か、という問題です。たとえ小売業者が景表法上の「事業者」に該当しないとしても、そのような商品を消費者に販売することの違法性からみて、たとえば売買の無効を消費者側から主張されて返品に応じなければならない、といったことも考えなければなりません。このあたりは極めて難しい問題ですが、後日裁判において措置命令が有効であると判断された場合、小売業者と消費者との民事的な紛争リスクは否定できないように思われます。

機能性表示に関する制度が4月1日から施行されましたが、こちらは届出制ということで、かなり性善説に立った運用が予想されます。仮に消費者に迷惑をかけてしまうような業者が現れたとしても、その機能性表示に問題があるとすれば、消費者庁側が立証責任を負うことになります。そうなりますと、今回のような消費者庁と事業者との訴訟がさらに増え続けるのではないかと。そうなりますと、今後さらに小売業者(販売者)の有事対応が問題となることも予想されます。平時から個々の小売業者もしくは事業者団体において、このように製造会社が裁判で争ったケースにどのように対応するか、検討を要するものと思われます。

4月 28, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月13日 (金)

ツルハHD子会社不正にみる企業集団内部統制のむずかしさ

一昨日、調剤大手ツルハホールディングス社(東証1部)の連結子会社である「くすりの福太郎」において、17万件に及ぶ薬剤服用歴未記載事件が発覚したことが報じられましたが、記事を読んでいて、なんとなく解せない点がありました。子会社による社内調査で当事件が判明したのが平成25年3月であるにもかかわらず、どうしてその2年後の今年2月になって公表したのだろうか?という点です。おそらく誰でも素朴な疑問が抱くにもかかわらず、どこのマスコミも、この点を報じたものはありませんでした。

そして今朝(2月12日)の朝日新聞ニュース(記事はこちら)と12日付けのツルハHD社のリリースによって疑問はほぼ解消できたように思います。つまり、「福太郎」の元薬剤師の方が3年前から行政当局等に内部告発をしており、その後の内部通報(もしくは厚労省からの調査要請)等を契機に福太郎側では本件について社内調査をしていました。そして、平成25年3月の時点で薬剤服用歴未記載の事実を「福太郎」側は把握していたにもかかわらず、この事実を当局にも親会社であるツルハ社にも報告していなかったようです。(ここからは推測ですが)おそらく事態が何も動かないことから、告発をされた元薬剤師の方は、今度は朝日新聞に告発を行い、記者からツルハへ質問状が届き、親会社が確認したところ今回の公表に至ったものと思われます。

私は本日(12日)、日本監査役協会(関西支部)にて講演をさせていただきましたが、企業集団内部統制の話の中で、子会社不正の発生可能性について述べました。子会社経営の独立性を尊重する場合には人事を滞留させることが、そしてグループ経営の効率性を上げるために親会社のオペレーションを重視する場合には子会社担当者の能力不足によりブラックボックスを作ってしまうことが、それぞれ不正の温床になる(不祥事の発生可能性を高める)と解説させていただきました。本件では「福太郎」の薬剤師の方々が、ツルハから導入されたオペレーションを使いこなせなかったことが薬剤服用歴未記載の主な原因だったそうで(たとえばWSJの記事参照)、まさに「一次不祥事」としての子会社不正の発生する典型例ではないかと思います。

本件は診療報酬の過大請求に該当するというものであり、「福太郎」の不正はかなり問題だと思いますが、親会社が子会社不正を把握することが容易でないことも浮き彫りになりました。薬剤服用歴未記載という点、その状況における報酬請求という点も問題ですが、なによりも元薬剤師の告発があったにもかかわらず、不正を親会社に報告していなかった点であり、これは典型的な「二次不祥事」です。一次不祥事だけであれば「社員による不正」で済むところですが、把握していた不正を報告していなかったとなると、「組織による不正」と評価されることになり、その社会的評価を毀損してしまいます(ちなみに福太郎の社長さんは引責辞任されるようです)。ツルハHDは他業種との提携によって事業展開をされる予定だそうですが、このような不正が発生することで、事業展開に影響が出ることも予想されます。

このたびの会社法改正において、企業集団における内部統制システムの整備・運用が(多重代表訴訟の適用範囲の制限によって)大きな課題とされていますが、とりわけ子会社社員による親会社に対する報告体制の整備・運用への取り組みが開示されることになります(たとえば改正会社法施行規則100条1項5号イ、同条3項4号ロ、同118条2号等)。本件でもし「福太郎」の元薬剤師の方が、親会社へ直接告発するルートが確立していたのであれば、もっと早くツルハHDが福太郎で発生した問題を把握することができた可能性がありますし、さらに言えば、そのような体制が確立していれば早期に福太郎自身が動いていたかもしれません。

ツルハHDの会見によると、福太郎は誠実な事業活動が特色ということで、このような問題を起こすとは思っていなかったとのこと。しかし誠実な企業だからこそ、親会社に子会社不正を報告することには前向きになれないわけでして、企業集団としての体制整備が求められます。それにしても、毎度申し上げることながら、不祥事を把握した経営トップはどうしても不祥事を隠ぺいしたいと考え「バレない」ことに賭けてしまいます。社長だけでなく、経営陣も冷静な判断ができない傾向があるようです。今回の例が典型的ですが、告発者が存在する以上、不正はかならず発覚します。たとえ厚労省の動きがにぶくても、マスコミ等は確証を得た場合には速やかに対応します。バイアスで頭がいっぱいになってしまった経営者に、冷静なリスク管理を語る人がどうしても必要だと痛感します。

2月 13, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月20日 (火)

企業も肝に銘じておきたい-法の不知はこれを罰する

19日の朝日新聞夕刊(関西版)に掲載されていますが、無許可で中古車オークションを開催したことが古物営業法違反にあたるとして、ダイハツ工業系列のディーラー会社および同社社長さんらが書類送検されたそうです。そういえば2011年にはゲオさん、TSUTAYAさん等で盗品買取事件が続発し、2012年にはソフトバンクさんがiphoneの下取りキャンペーンを実施しようとしたところ、警視庁より「古物営業法違反のおそれあり」と警告を受け、下取りを実施する会社を変更したことがありました。古物営業に関する企業規制にはわかりづらいところがありますね。

このディーラーの社長さんは「古物営業の許可を持っていたので、市場主(いちばぬし)としての経営については別の許可が必要だとは思わなかった」と供述されているそうで、7年もの間、無許可で古物市場主を「業」として継続していたようです(今回はオークション会場に警察が立入り調査を行ったようなので、事前に告発があったのでしょうね)。

そもそも(営業市場主の許可という)法律の存在を知らなかったのだから、故意が必要となる古物営業法違反の罪は成立しないのではないか?とお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、「法律の不知はこれを罰する」(刑法38条3項)ということなので犯罪はもちろん成立します。たしかに(犯罪が成立しない)事実の錯誤なのか、法律の錯誤なのか微妙な場合もありますが、本件では3回のオークション開催を容疑事実として、さらに手数料収入の事実も認定されているので、古物市場を「経営」していたことは間違いなく、単純に「市場主としての許可を得ていない」ということだけの錯誤のようなので、犯罪成立には問題ないと思われます。

大手自動車メーカーさんの系列ということなので、まじめに経営をされておられる会社だと思いますが、古物営業についての許可を得ている、ということからコンプライアンス上の問題意識は思い浮かばなかったものと思います。また「前任者の時代からやっているから」ということだけでリスク感覚が乏しかったのではないかと推測します。おそらく現場社員の方の中には、無許可ではないか?といった疑問を抱いていた方もいらっしゃるのかもしれませんが、そのような疑問も「今まで7年間も大阪府警から何も指摘されていないんだから、これって形骸化した法律なんだろう」といった認識を持たれていたのかもしれません。

ただ、たしかにペナルティの執行が緩い法律もあるかもしれませんが、本件のように執行されてしまえば大きな報道につながります。これがもし、この無許可市場で大規模な盗品売買が行われたとすれば、市場を無許可で開催していた企業は、さらに大きな社会的批判を浴びることになります。このような「ペナルティの執行が緩い」と思われている業法は多くの業界に存在します。だからといって業法違反を放置していると「法の不知はこれを罰する」ということで、経営者の犯罪だけでなく法人の犯罪につながります。

遵法経営に真摯に取り組む企業であることを全社的に浸透させることが経営者の役割であり、また、たとえ法の執行が緩い、罰則が形骸化している、といった業法が存在するとしても、社会の変化によって厳格に執行されるようになり、社会から厳しい目で批判されてしまう「リスク顕在化の可能性」を理解することは管理部門の役割だと考えます。法令を理解するだけでなく、法令を取り巻く社会環境の変化にも目を配ることがコンプライアンス経営の要諦です。

このたびのディーラーさんは、事実関係の調査と再発防止のために外部有識者委員会を設置されるそうですが、組織の構造的欠陥にまで踏み込んだ原因究明を期待しています。

1月 20, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月 9日 (金)

不祥事・重大事故の公表について企業が留意すべき3つの視点

昨日のエントリーに対しては、たくさんのアクセスをいただき、ありがとうございました。事務所のほうへ4社ほど、メディアの方々より電話取材の申込みがありましたが、あいにく出張続きのため、取材はなかなかお受けできないのが現状です。そこで、個人的な意見ではありますが、いま問題となっている食品事故に限定して、不祥事・重大事故発生の事実を公表する際の留意点などを、昨日の続編として書かせていただきます(不祥事公表における留意点は、業界や事業規模、上場非上場の有無等、企業ごとにポイントが異なりますので、すべての企業に妥当するとまでは言えません)。なお、拙著「不正リスク管理・有事対応」(有斐閣)でも、このあたりは「経営者の有事の知恵」として詳細に述べておりますので、詳しい解説はそちらの本をご参照ください。

1「消費者のために」ではなく「消費者の視点で」公表の要否を考えよ

1月7日、ベビーフードに虫が混入していたと報告を受けていた和光堂さんは、「商品の回収はしない」とコメントされていましたが、親会社の意向により一転「すべて回収する」と企業対応を変えています。「過剰反応ではないか」との声も聞かれますが、企業グループのレピュテーションリスクに敏感な親会社としての対応は、これが現実なのです。日本の企業はステークホルダーの利益保護には非常に熱心なので、消費者のために安全を最優先に考えることは誠実な企業として当然であり、それにふさわしい品質管理がなされています。

しかし、だからといって100パーセントの商品の安全は絶対に確保できないのであり、それは内部者不正事件などをみても明らかです。だとすれば、商品の安全に疑惑が生じた場合、それは企業だけで解決するのではなく、ステークホルダーと一緒に解決する姿勢を示すことが求められます。消費者との関係でみれば、どのような食品事故が発生したのかをHP等で速やかに開示し、同様の事故が別の消費者に発生していないかどうか確認し、また事故に対する注意喚起を行うことが大切です。ときどき「同様の事故は聞いていないので、固有の問題として個別対応で済ませた」という企業広報を聞きますが、これは「事故があれば消費者のほうから何か言ってくるだろう」という、かなり上から目線での対応であり、消費者に対するコミットメントを感じることができません。

異物混入は、企業にとっては何十万食のうちの1食です。しかも第三者による悪意による混入かもしれません。しかし消費者にとってはその1食が企業と結び付くすべてです。「消費者のための安全」と「消費者の視線からみた安心」、法令違反が問われない状況において、そのいずれに重きを置くかは企業自身が自己責任で判断すべきです。

2 被害者からの連絡にはファーストコンタクトで決める

これは拙著「不正リスク管理・・・」の中でも述べているところですが、今朝のニュースなどで、実際にマクドナルドや和光堂の異物混入を会社に申出た方のインタビューを聞いていると、「こんなものが入っているから気を付けて・・と、他の購入者にも教えたかった」という真摯な気持ちから会社に連絡をしたことが窺えました。異物混入の事実を会社側に申し出る消費者の気持ちを逆なでするような企業側の対応が、行政当局に訴える、SNSで会社側の対応を非難する、といった消費者の行動を惹起することも多いのではないでしょうか。つまり、被害を訴える消費者とのファーストコンタクトがとても大切です。

1で述べたこととも重複しますが、私は被害を受けた消費者とともに問題を解決する姿勢をきちんと示すべきだと思います。昨年発生したアクリフーズ社の農薬混入事件の第三者委員会報告書をご一読いただければおわかりになると思いますが、決して犯人とは結びつかないものの、あの農薬混入事件までに数件の異物混入事件が発生していました。その段階で、もし会社側が有事意識を高めていたとすれば、あの農薬混入事件の発生可能性は低下していたかもしれません(あくまでも推測の域を超えませんが)。今の時代、消費者がSNSを活用する等によって、自ら事故情報を広めることが容易ですが、逆に悪意による告発は偽計業務妨害や威力業務妨害等によって容易に摘発される時代でもあります(昨日、奈良県のコンビニで釣銭を多く渡されて黙って受け取った男性が逮捕されましたが、以前ではなかなか立件できなかったと思います)。消費者による情報提供には真摯に耳を傾けるほうが会社にとっては得策だと思います。

3 しかるべき部署に情報を集約する

全国展開をされている外食さんだとかなり難しいかもしれませんが、商品に対するクレームを、本部に一極集中させることができるかどうか、これが重要なポイントではないかと。たとえば和光堂さんのケースでは、7日の時点で「ほかに同様の異物混入の情報は入っていない」と公表していましたが、8日の夜、新たに別の商品で虫混入の事実(昨年夏の事件)が判明したと公表しています。店舗ごとですと、なかなか対応にばらつきが生じ、マクドナルドさんのように、大切な異物さえ紛失してしまう、という事態にも発展してしまいます。また、「異物混入があった」ということは、現場社員にとってはミスにつながるものとして、誰も報告したがらないはずです。しかし、重大な食品事故が発生して会見を開くや否や、同じような事故情報が後から本部の耳に入る、ということになると、「事故隠し」という二次不祥事を発生させかねません。

こういったことは企業風土に関わる問題であり、一朝一夕にリスク管理として体制が構築できるわけではありませんので、愚直に地道にふだんから取り組む必要があります。昨日のエントリーでも書きましたが、「当社の製品は100%安全だと確信している」と思えば思うほど、「これまで一回も事故など聞いたことがない」と誇りを持てば持つほど、クレームは「お客様のほうに問題があるのでは」というバイアスにとらわれてしまいます。昨日のエントリーで「ひろさん」がコメントを寄せておられるとおり、安全管理にはどこかで例外を許容する部分もあるのではないでしょうか。誰かのミスとかではなく、そういったブラックボックスが存在しうることを許容してこそ、「事故は当社でも発生する」という思想のもとでのリスク管理も可能だと思います。

1月 9, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年1月 8日 (木)

不祥事・重大事故の公表ルールは柔軟に作るべきである

食品への異物混入事件の報道が連日続いています。ついにスーパーで販売する「ひき肉」から金属の刃まで見つかるような事態になってますね(読売新聞ニュースはこちら)。なかでもマクドナルド社(日本マクドナルドホールディングス社)の異物混入事件は連日のように伝えられ、本日、取締役の方が謝罪会見を開きました。各社の対応をみていますと、異物混入の原因が不明であるだけでは公表も回収もせず、第三者機関で混入経路が判明し、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)等で騒がれ始めた場合には公表するといった対応が目立ちます。マクドナルド社の場合は公表ルールに沿って判断している、といったコメントがありました。

不祥事や重大事故が発生した場合、当該事件を世間に公表すべきかどうか迷うところです。企業にとって本当に悩ましい問題ですね。行政当局に報告するケース、刑事手続きが進行しているケース、被害が拡大するおそれのあるケース等、公表の要否を検討するにあたっては、状況を把握し、「社外の目」をもって判断しなければなりません。食品事故の場合、消費者の生命、身体の安全にかかわるものなので、とくに「社外の常識」で判断することは大切だと思います。誠実な企業ほど、自社製品に対する安全への自負がありますから、これが有事には裏目に出てしまうケースが目立ちます。

以下は私の個人的な意見ですが、公表の要否を判断する基準が必要ですが、その基準は原則主義で策定すべきであり、あまり詳細なものはかえって問題を悪化させるのではないかと考えています。毎度申し上げることですが、会社が有事となった場合、どんな誠実な役職員でも会社を守ろうとするバイアスが働きます。かならず、なにか言い訳をして「これは公表するほどでもない」と考えます。「当社が公表することで、取引先にも迷惑をかけてしまう」といった言い訳も聞こえてきます。タカタのリコール問題に対してホンダ社が「調査リコール」に踏みきるべきかどうか逡巡していたところ、社長が社外取締役から「消費者の視線で対応せよ」と一喝されて決心がついた、という話が昨年12月12日の日経新聞に掲載されていました。社内の常識で判断することが、後でいわゆる「不祥事隠し」のレッテルを貼られる要因となります。したがって、公表ルールをあらかじめ策定しておくことは、こういったバイアスを少しでも減らすために有効かと思います。

しかし、一方で公表ルールが詳細なものだと担当者が思考停止に陥ります。品質問題が生じた場合には公表するが、異物混入の場合には公表しない、といったルールについて、常にこのルールに従ってよいものではありません。たとえば単発的に事故が発生した場合であればよいとしても、すでに事故が公表され、世間から対応が注目されている中で、二度、三度と事故が続くようなケースでは、たとえルール上は公表は不要と判断されるものであったとしても、これを公表すべきです。ご承知のとおり、JR福知山線事故の後のJR西日本のATS作動問題、大阪エキスポランドにおける遊技機事故の後の、別の遊技機の故障問題など、平時であれば公表せずにすむ程度の事故であったとしても、世間の目が向いている時期に発生したからこそ、「不公表」の判断が世間から大きな非難を浴びました。

また、SNSで騒がれていたり、内部告発や内部通報によって第三者による公表のおそれがあるケースでは、自社で公表することが「事故隠し」と評価されないためにも望ましいと思います。これも「当社では不祥事は必ず起きる」といった思想から出発しなければむずかしいところですが、不祥事や事故を公表するためのルールを平時のリスク管理として検討し、有事には柔軟な対応が可能になるように策定することが望ましいのではないでしょうか。公表ルールの存在は、インサイダー取引等の法令違反を防止する効果もあるかもしれませんが、有事における自浄能力発揮のための意識高揚・・・といったところに主眼を置くほうがよいと思います。

1月 8, 2015 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年10月 6日 (月)

景表法改正(課徴金制度導入)をコンプライアンスから考える

現在会期中の臨時国会に景表法改正法案が提出される予定、と報じられています(たとえば朝日新聞ニュースはこちら)。商品やサービスの「不当表示」が認められる場合、事業者から、過去にさかのぼって売上の3%を課徴金処分としてはく奪する、というのが今回の改正の目玉です。不当表示を自主申告した場合の課徴金減額制度や自主返金制度(自主返金した場合には課徴金の金額を減額する制度)など、企業コンプライアンスの視点からも重要な制度が含まれているので、法案が成立した場合、企業側としても、その運用には多大な関心が向けられるものと思います。

ただ、その運用にあたり「コンプライアンス」の発想の違いから、企業に大きな影を落とすことが懸念されます。たとえば2週間ほど前、大阪の萬野畜産(事業者)が一般国産和牛を「飛騨牛」と偽装した事件が発生しました。関西の大手百貨店や通販会社は、この萬野畜産の商品をギフト商品として販売していたことから、購入者に謝罪の上、自主返金を行いました。もちろん、百貨店等が表示に関する決定権限を持っているわけではないので、自社が悪いことをしたわけではありません。したがって自主返金分は萬野畜産に求償しようとしたところ、萬野畜産は自己破産宣告の申し立てを行い、事実上、損失を小売業者や通販業者が負担せざるをえなくなりました。

おそらく、景表法が改正され、事業者に高額の課徴金が課されることになると、この萬野畜産と同様の事態が起きるのではないでしょうか。大手の小売業者、通販業者は、コンプライアンスを「社会からの要請に適切に対応すること」と考えていますので、事業者が行政当局から有利誤認、優良誤認といった「不当表示」を認定された場合には、消費者に対して何らかの対応をせざるをえないことになると思います(なお、小売業者が不当表示を行ったと解釈されるケースもありますので、詳しくは消費者庁のQ&A等でご確認ください)。牛肉偽装は詐欺罪に匹敵するような重大な商品偽装であるがゆえに対応したが、景表法違反の場合には何ら対応する必要はない・・・と割り切れればよいですが、おそらくそういった判断には至らない場合も多いと思われます。

一方、事業者にとって「課徴金処分」というのは、口頭での指導や排除措置命令とは異なり、事業継続上の死活問題にもなりかねません。だとすれば、コンプライアンスはあくまでも「法令遵守」として認識せざるをえないのであり、「売上の3%をはく奪されるくらいなら、不当表示ではないと最後まで争う」といったことも当然に考えられるところです。事業者の中には、いったん倒産手続きを活用して、課徴金や自主返金分の求償債務を免れて、再度別個の法人を設立して再開すればよい・・・と考えるところも当然に出てくるはずです。

課徴金制度に自主返金制度が新設される以上、「企業が景表法に違反すると消費者にお金が戻ってくる」といった感覚が、これから社会に根付く可能性があります。そうなりますと、小売業者、通販業者も、そのような社会一般の認識を無視できず、自社のレピュテーションリスクを考えざるをえないことになります。そこで、この「コンプライアンス」に関する認識の違いについて、小売業者、通販業者側はどう考えるのか、消費者への最終販売者として、全額返金は当たり前と考えるのでしょうか、それとも自分たちが不当表示をしたわけではないので、事業者の様子をみながら対応するのでしょうか、とくに個人情報保護法の関係から、販売業者にとって、販売履歴は保存期間終了後は消去せざるをえない場合もあり、明確な証拠なしにジャブジャブと返金をしていますと、株主に合理的な説明がつかない状況になってしまうおそれもあります。

「コンプライアンスとは、社会からの要請に適切にこたえることである」といった最近の認識を全面に出しますと、こういった事後規制的手法による行政対応が採用された場合に、企業が窮地に陥るケースもあるということを、あらかじめ理解しておいたほうがよろしいのではないかと。景表法における課徴金処分の運用は、誠実な企業だけでなく、不誠実な企業にも適用される「事後規制的手法」であることに注意が必要かと思います。

10月 6, 2014 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 5日 (金)

自社のみでは完結しにくいコンプライアンス問題への対応

またまたひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズですが、協和発酵キリンさんは8月29日、腎性貧血治療薬ネスプの医師主導臨床研究に同社MRらが不適切らに関与した問題を受けて、渉外倫理室を統合する形で新しいCSR推進部を10月1日付で発足させ、コンプライアンス体制を強化すると発表されました(たとえばこちらのニュースが参考になります)。

担当医師との信頼関係を維持するために、MR担当者は医師の不適切行為を指摘しようとせず、また営業担当取締役は「医療機関よりも先に、当社が厚労省に事実を報告してしまうと、医療機関との関係が悪化してしまう」と考え、他の経営陣にも報告していなかった、ということなので(ちなみにこの営業担当取締役の方は「一身上の都合」ということで辞任されています)、たいへん「不祥事の根」は深いように思います。

かならずしもコンプライアンス意識が高いとはいえない方々を相手とする企業は、自社だけでコンプライアンス経営を完結しにくいわけでして、このような意思主導型の臨床研究に関与する製薬会社にとっても自浄能力を働かせることはむずかしいかもしれません(なお医師の方々にも、もちろん倫理意識が高い方もたくさんいらっしゃることだけは申し添えます)。最近よく話題となりますFCPA(連邦海外腐敗行為防止法)等の海外政府高官への利益供与の禁止などにも共通するところであり、現場担当者にとっては、売上向上のためどうしてもコンプライアンスを秤にかけながら仕事をしてしまいたくなるところに同情したくなる点があります。

ただ、最近、ノバルティスファーマ、武田薬品、協和発酵キリン等の不祥事の実例を挙げて、複数の製薬会社の方に御意見を伺いますと「うちでは絶対にありえない」と、自信に満ちた回答が返ってきます(正直、意外ですが・・・)。その時に出てくる言葉が「たしかにMRがそのような不正に走ることはあるかもしれない。しかし、それは会社が絶対にダメだと繰り返し述べているにもかかわらずやってしまうわけだから、不正に走るには相当ハードルが高いはず。だから会社に責任は及ばない」というものでした。国際カルテル事件対応としてのコンプライアンス・プログラムの実践に近い感覚だと思います。もしMRが臨床医師研究に不適切に関与するのであれば、それは相当に会社の指示に反する意識をもってやらなければならない・・・、そういった意識を現場に持たせるのが内部統制の重要なポイントのようです。

私自身も、このレベルの不祥事防止となりますと、企業倫理研修では生ぬるいと思います。人は倫理意識をもっていても、いざというときには無意識に「すべきこと」よりも「したいこと」を選んでしまうということを、行動心理学的に冷徹に見つめる必要があると考えます。「ほかの会社でもやっているから」「前任者もやっていたから」「ルールには建前とホンネがあるから」「上司も黙認しているから」といった意識を現場に持たせる環境こそ根絶しなければ今回のような製薬会社の一連の不祥事はなくならないように思います。上記の協和発酵キリンさんの事例では、(第三者委員会報告書において)昨年の8月に営業担当取締役が臨床研究への不正関与の事実を知りながら、今年4月まで他の経営陣に報告をしていなかったことが強く批判されていますが、社長さんを含め、他の取締役から「最近は臨床研究不正関与事件で他社の不祥事が明るみに出ているが、うちの会社はだいじょうぶなのか?」といった話題が(半年以上)なかったのでしょうか?そういった話題が取締役会等で一切出なかったとすれば、相当にコンプライアンス経営の感度が低いといわれてもしかたがないのかもしれません。

昨年のメニュー偽装事件で批判の対象とされた阪神・阪急ホテルズさんの事例では、昨年6月に東京のプリンスホテルさんでメニュー偽装事件が報じられたことから「うちは大丈夫か」と(社長さんが)心配になって調査を開始されたのが発端だとされています。それでも、マスコミから厳しい批判を浴びた事件となったわけですから、「営業担当取締役からの報告がなかったから他の取締役は知らなかった」「問題は社会規範の変化に対する感度不足」では済まされない問題が残っているように思います。いや、本当にコンプライアンス経営はむずかしいです。

9月 5, 2014 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月22日 (火)

遅まきながらベネッセHD個人情報漏えい事件への雑感

(7月22日 夕方 追記あり)

企業不祥事としては、今年の代表的な事件となるであろうベネッセホールディングス社の個人情報漏えい問題(不正競争防止法違反事件)ですが、なかなか犯人逮捕までは事実関係も把握できなかったので、ブログでのコメントは差し控えさせていただきました。ようやく第三者委員会の設置も決まり、まだまだ新事実が出てくるものとは思いますが、現時点までに判明しているところからの感想を述べさせていただきます。あくまでも個人的な意見でございます。

今回のベネッセの問題を企業コンプライアンスの視点から考えますと、大きく分けて内部統制と危機広報の問題が検討すべきポイントだと思います。そのうち、危機広報に関する論点は、現在連載中の月刊誌「広報会議」で述べることとしまして、ここでは内部統制に関連する論点だけ触れておきます。

もう当ブログでも何度も申し上げておりますので、とりたてて新しい意見ではないのですが、内部者による情報漏えい対策について考えるべきことは、「不祥事は起こしてはいけない」という発想で対応するのか、「不祥事は起きる」という発想で対応するのか、御社はどっちですか?という点に尽きると思います。アクリフーズ社の食品農薬混入事件の第三者委員会報告書(最終版)でも明らかにされたように、社員の故意による農薬混入を完全に防止することは困難だったとしても、昨年12月の農薬混入までの半年間に13件ほどの「異物混入」の事実が判明していた(もちろん、これらの異物混入が誰の仕業かは不明なのですが)ということですから、もう少し早くリスクへの感度を上げることはできなかったのかどうか・・・ということが焦点となりうるのです。

「当社において、不祥事は起こしてはいけない」という発想が強くなりますと、情報管理をどこまで徹底するか、という事前規制と、社員教育や厳格なペナルティということに配慮することになります。もちろん不正の防止という点は大切ですし、社員教育も委託業者を含めて徹底することも必要でしょうが、はたして企業の費用対効果…という点からみて本当に徹底管理は可能なのでしょうか。それだけ徹底すれば現場での情報活用に時間と手間を要することになり、営業面で他社には遅れをとることになり、情報管理にとんでもない経費もかかります。また、どうしても管理ルールに反するような運用を許容せざるをえない場面も出てきますので、ルールに例外的処理が増えて、ブラックボックスを許容する雰囲気が蔓延することにもなりかねません。

「不祥事は当社でも起きる」という発想で考えるのであれば、たとえば個人情報漏えい事件は発生することを前提として、ではいかに早期に情報流出の事実を発見するか、という点にリスク管理の重点を置くことになります。ベネッセの事件においても、犯人が最初に情報を流出させてから、会社が気が付くまでに約半年を要したとされ、もっと定期的にアクセス情報やコピー履歴をチェックしていれば早期に発見できたのではないか、と報じられています。つまり内部統制システムの整備は十分に行われていたのですが、内部統制システムの運用面に問題があった、という典型的な例です。

ベネッセの事例では、犯人逮捕後に判明したことですが、犯人は670万件の個人情報をコピーして名簿業者に売却した後、さらに2000万件の情報をスマホにコピーしていました。しかし、会社が情報流出に気づき、社内調査を始めたことを犯人が知ったことから、その2000万件については名簿業者に売却するのをあきらめたと報じられています(なお、本日の追記をご参照ください)。つまり、不正の早期発見はさらなる不正を予防するという意味でも大きな意義を有していたことになります。ホワイトカラーによる会社資産流出事件特徴は、最初はバレないかどうか不安なために、ほんの少し流出させ、バレないとわかるや大胆な手口に発展していくというものです。したがって、今回のベネッセの例でも、もし定期的なチェックをもって早期発見が可能だったとすれば、もっと被害は少なくて済んだ可能性があります。

「不祥事は必ず起きる」という発想での内部統制は、どうしても性悪説に立った対策となるために経営者の賛同が得にくいのが実際のところです。また、内部統制の運用面を重視するので、たいへん地道な努力が求められます。しかし、他社とのし烈な競争を繰り広げている会社が、スピード経営を犠牲にしてでも「情報漏えいを完全に防ぐための徹底した情報管理」など、掛け声としては素晴らしいとしても、ほとんど不可能ではないでしょうか。収益を上げながらも、顧客の安全に配慮するのであれば、自社でも不祥事は起きることを前提に、いかにして安全被害を最小限度に抑えるか・・・というバランス感覚を持つことが必要です。そうでなければ、いつまでたっても「掛け声だけのコンプライアンス」という思考停止状態からは抜け出せず、不祥事のたびに社長が謝罪会見を繰り返す・・・ということになってしまう気がします。

7月22日夕方 追記

本日のベネッセ発表によると、実際に個人情報が漏えいしたのは760万件ではなく、2260万件であったとのこと。「最大でも2070件」と発表していたのですが、それ以上の漏えいが確認されたそうです。なぜ、いまごろになって数字が訂正されるのか???また、このこと自体が問題視されそうですね。

7月 22, 2014 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年7月16日 (水)

オムロン社画像情報無断使用事件における同社の説明責任

オムロンさんといえば、関西でも(日本でも?)有数のコンプライアンス経営推進に熱心な会社です。私のような者の講演にも、同社の関係者の方が頻繁にいらっしゃいます。CSR経営推進の会合等でも主幹事(?)的な役割を果たしておられるように記憶しています。そういったことから、同社子会社の不祥事を伝える7月12日の朝日新聞朝刊トップ記事には驚きました。同社子会社が、施設管理者の許可なく人物画像情報を無断で利用し、また商業施設において、人物画像情報処理システムの開発のために、無断で撮影を繰り返し、これを利用していたと報じられました。親会社であるオムロン社は12日付けで、この問題についてHP上で事実関係を説明し謝罪をされています(同文章はこちらです)。個人情報保護法違反という「法令違反」に該当するものではありませんが、いわゆる「不適切な画像情報処理」として、ここ数年問題になっているところです。

不審人物を割り出すためのセンサー開発、ということで、その社会的意義が高い研究だったようですが、総務省の外郭団体から2億5000万円を受領していたということで、やはり不祥事としては決して小さな事件ではないと思います。画像情報の無断撮影等の事実を確認し、この点について謝罪をされることは理解できるのですが、私としては本当に説明責任を果たすべき点は別にあるのではないか、という気がしています。

というのも、本件の発覚は朝日新聞のスクープ記事です。他の全国紙やニュースが、オムロンさんの事件を後追いするまで、かなりの時間を要しました。こういったニュースの出方をみますと、おそらくオムロンさん(もしくは同子会社)の社員による内部告発(マスコミへの第三者提供)が行われた可能性があります。オムロンさんは当初、朝日記者による取材に対して、無断画像情報使用の事実関係を否定されていました。しかしその後、どのような理由かはわかりませんが、一転して事実関係を認め、さらに時間が経過した後に、商業施設における無断撮影の事実も明らかにされました(たとえば、こちらの朝日新聞有料版ニュースの記事をご参照ください)。こういったケースでは、告発者の手元資料の存在が明らかになるにつれて、事実関係を認めざるを得ない状況に至ってしまったのではないか、との推測が働きます。

普段から、コンプライアンス経営に真摯に向き合っておられるオムロンさんの件なので、この事件がこれ以上大きく報じられることはないと思いますが、普通の企業であれば、これはツッコミどころ満載の「二次不祥事」として大いにマスコミに取り上げられる事態になるものと思います。不特定多数の人たちを、研究のために無断撮影して活用した、ということも不祥事ですが(一次不祥事)、むしろ、外部から指摘を受けて、これを否定し、その後更に追及されて一転して事実関係を認める・・・という経緯は、組織ぐるみで不祥事を隠ぺいしようとしたのではないか、と疑われてもやむをえない「二次不祥事」だと思います。もし自浄能力を発揮して、徹底した社内調査によって不祥事を発見した、ということであれば、約1カ月半もの間、新聞社から指摘を受けた事実をなぜ否定し、そして認めるに至ったのか、自らのHPにて明確に説明すべきかと。

こういったケースで、もっともおそろしいのが「取材を受けたけど、この程度のことで公表するに値するのか?」といった感覚です。いわゆる「社内と社外の温度差」というものです。わざと隠した・・・ということであれば再発防止は容易ですが、この程度で問題になるのか?といった感覚は、正直申し上げて再発防止には相当程度の組織体質の変革が求められます。

人は有事になると、平時では考えられないほど思考停止に陥ります。社内の暗黙知(社内力学)によって、意思決定できる人の方しかみえなくなり、その最終決定者が自分たちに好ましい判断を下してくれれば誰も文句は言いません。今回のオムロンさんの例がこれに該当するかどうかは不明ですが、同様のことは他社でもよく起こるところであり、まさに「コンプライアンス経営はむずかしい」といえます。有事に至った企業として、果たして社内と社外の温度差をどう埋めるのか、また埋めることができる人が存在するのか、そのあたりの問題解決の姿勢に、一次不祥事で止めることができ、不祥事企業と言われずに済む企業かどうかの境界があるように思われます。

7月 16, 2014 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年1月27日 (月)

社会的反響に怯える(おびえる)名門企業の広報リスク管理について

さて、ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでございます。日テレ系ドラマ「明日、ママがいない」の放映について、ドラマ内容の適切性が社会的な話題となっています。同番組にCMを提供している名門企業8社のうち5社がCMスポンサーからの降板を決定、他の2社も現在検討中(1社は継続決定)・・・という事態に至りました(1月26日現在)。時を同じくしてANA(全日空)は海外からのCM批判(外国人の要望を揶揄する不適切表現)によってCM中止に追い込まれ、またファミリーマートも商品発売に対するネット上でのクレームによって商品提供を中止する事態になりました。なかでも、とりわけ「明日、ママが・・・」の問題は、近年の企業コンプライアンスやリスク管理を考えるうえで、とてもむずかしい課題を含んでいるように思います。以下は、あくまでも私個人の勝手な意見です。

いつも申し上げているとおり、企業コンプライアンスには100点満点の正解はありません。今回のCM提供スポンサー企業の行動についても、スポンサーを降りるべきか、そのまま継続すべきかは、当該企業の置かれている状況ごとに検討する必要があります。すでにスポンサーを降りた5社については、「このまま番組スポンサーを続けていると、この番組への社会的批判が強まる中で、企業イメージに傷をつけてしまうことになる」という経営判断を優先させたものと思料いたします。企業の信用を毀損させてしまうことを回避する、という意味において、これもひとつのリスク管理(危機対応)の手法なのかもしれません。

ここでひとつ私が申し上げたいことは、この「明日、ママがいない」にCMを提供している企業にとって、これだけ番組に対する社会的批判や擁護(継続支持)の意見が飛び交う状況は、企業にとって「有事」の状況にある、ということです。企業にはたくさんのステークホルダーが存在します。消費者、株主、地域住民、取引先、監督官庁、従業員などなど、企業は多くのステークホルダーの利益を考慮しながら事業を継続しなければなりません。社長は「すべてのステークホルダーのために」企業を経営するわけであり、ステークホルダーの利益に優劣はない、というのが平時の対応です。しかし有事となれば別です。平時とは異なり、どのステークホルダーの利益を優先し、どの利益は後回し(もしくは切り捨て)にするか、企業は非情な判断を下す必要があります。

有事において、企業がその優先順位を検討する場合に大切なことは、企業行動が合理的・論理的に対外的に説明できるかどうか、という点にあります。ここを間違えますと、社会的な批判の対象は、あやふやな行動に及んだ企業に向けられることになり、企業はいわゆる「二次不祥事」を抱えてしまうことになります。たとえば統合報告書に記載している内容と、有事の企業行動との間に矛盾は生じていないのか、ISO26000の社会的責任を果たしているといえるのか、また、今回のように社会的な批判が向けられているテレビ番組へのCM提供の場合、降板するのであれば、「社会的批判が強いからCMをやめる」というだけでは、今度は社会から「声の強い世論に負けた弱腰企業」という批判を受けることになるのではないか、といった点です。もし降板するのであれば「当社は番組内容が不適切と判断し、このような番組は支援できない」もしくは「全体を通じて作品を視聴せずとも放送法違反が明らかであり、資金支援はできない」という意思をきちんと示すことが重要です。

たしかに番組を制作するのは放送局ですから、ドラマ継続の可否、不適切表現の修正を含めて、その制作責任を負うのは放送局です。しかし一般的に、スポンサー企業が番組内容にいろいろと要望を述べることは(良い悪いは別として)行われるところですから、「内容に問題があるからお金はこれ以上出さない」とする判断は可能だと思います。しかしながら、そのような判断も下すことなく、世間の風向きをみて「これはマズイ・・・」ということで番組スポンサーから降りるというのは、まさにうつろいやすいレピュテーションに左右される企業行動として、私は賛成できません。

では「番組は厳しい社会的批判にさらされているが、それでも当社は番組を降りない、CM提供は継続する」という企業の判断はどのように合理的に説明できるのでしょうか。私は番組制作の前提となるルールメイキング(事実を曲げて放映する、放送内容に政治的な偏向がある、明らかに公序良俗に反する方法で放送を行う等)に不適切な問題がある場合にはCMは降りるべきだが、制作された番組内容の適切性については一切関与しない、という判断は十分成り立つ、と考えています。たしかに社会的な批判が高まる番組のスポンサーとなれば、自社商品のイメージを傷つけるという考え方もわかります。しかし、総務省による放送への関与や放送と人権の調整問題は、まさに自主規制としてのBPOが担うべき問題であり、レピュテーションに委ねることなく、BPOでの判断を尊重すべきではないでしょうか。また、自社が不正行為に及んだ場合は別として、企業のブランディング(企業イメージを向上させる戦略)は、もはやCM広告だけでなく、それ以外の日常の企業行動によるところが大きい時代です。たとえレピュテーションリスクが顕在化するおそれがあったとしても、その企業がどれだけ有事に毅然とした態度をとるのか・・・という点も含めて、企業の社会的な信用が形成される、という考え方も成り立つものと考えています。

企業が有事においてレピュテーションリスクに配慮しなければならない場合、「レピュテーションはうつろいやすいものである」という点に留意しなければなりません。私は「企業は時には闘うコンプライアンスの姿勢を示すことも必要」だと考えています。社会と共生できない企業は不要です。しかし、何が社会との共生にとって必要なのか、その判断基準は時代によって変わるものであり、今回の事例からすると、放送局、広告代理店、そしてスポンサー企業とのリスクコミュニケーションが求められると思います。

社会的な批判の出ている番組にスポンサーとして資金を提供することは、商品イメージを落とすころになり、短期的には損害を発生させるかもしれません。また、社会施設に対する社会一般の偏見等を助長してしまう結果に加担することになるかもしれません。しかし、番組制作者ではなく、スポンサーという立場において社会問題にどうアプローチすれば社会的な価値を創造しつつ、長期的な視点で事業を成長させることができるのか、そこをきちんと社会に対して説明する必要があると思います。企業はレピュテーションリスクから逃れられない以上、いかにして社会と共生していくか、その方法を地道に考えることが求められています。企業不祥事のリスク対応を担当する者として、広報コンプライアンスの課題は社会的な批判から逃げることが最もマズイ行動であり、その批判を重大な問題として受け止めて逃げない姿勢を示すことが最も大切だと考えています。

1月 27, 2014 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年12月12日 (木)

社内ガイドラインの作成は企業不祥事の未然防止に役立つのか?

ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズです。昨日(12月10日)の日経朝刊に、5日に逮捕者を出してしまったドイツ証券による厚生年金基金への過剰接待問題についての記事が掲載されていました。AIJ事件の後も、懲りずに過剰接待を続けていたのは、同証券の営業担当者が過剰接待禁止に関する社内ルールを無視して突っ走ったことが問題だったと、監視委員会幹部の話として紹介されています。

食品偽装事件の防止のために、今後は各ホテル、レストラン等が社内ガイドラインを作成して食品の虚偽表示問題を未然に防ぐことが報じられています。「上から規制」に限界がある以上、下から規制の典型としての社内ルール作りが推奨されるのは当然です。しかし、本当に社内ガイドラインを作成すると不祥事は防止できるのでしょうか?

先のドイツ証券の問題のように、いくら社内ガイドラインを策定したとしても、残念ながら不祥事はなくならないと考えます。たしかにドイツ証券の場合は逮捕されるという事態なので、確信的な社内ルール違反だったのかもしれません。しかし最初から確信的ということはないわけで、最初は「これくらいなら過剰接待にはならない」といった判断だったと推測します。昨年公募増資インサイダーで課徴金の対象とされた某信託銀行の社員の人たちは、証券会社の接待攻勢にあたり「これは証券会社と銀行との職員の関係からではなく、個人的な友人関係からの接待だ」と勝手に解釈したり、「たとえインサイダー情報を教えてもらったとしても、自分たちが扱うポートフォリオのごく一部にすぎない」と勝手に合法化したうえでの不正行為でした。

なぜこのように勝手な解釈がまかり通るかといいますと、不正な行為とそうでない行為は境目がなく連続性を持った概念だからです。また、その境目は客観的なモノサシでは測れないからです。「過剰接待」とそうでない接待、偽装とそうでない表示、「やらせ」と「許される演出」、「粉飾」と適正な会計処理はいずれも境目が見えない連続性のある概念です。ガイドラインを策定したとしても、解釈が伴う以上は、その判断権者のバイアス(偏見)のかかった解釈は避けられません。とくに経営者からノルマを課された営業担当者からすれば、「ガイドラインに書いてないからだいじょうぶ」と考えるのが当然かと。

もちろん不祥事がなくならない、ということと、ガイドラインが役に立たないというのは別です。ガイドラインによってコンプライアンス経営への現場の関心が高まることは事実です。ただ、ガイドラインが不祥事防止に役立つためには、上記のように、不正か否かは境目がみえにくい概念であること、自分に課せられたノルマによって判断が正常にできなくなってしまうことを理解しておく必要がありますし、またバイアスリスクの存在について注意喚起をしてくれる監視者も必要です。

適法な行動と不正な行動との境目がないことのリスクを理解していても、かならず不正行為は起こります。ただ、注意喚起やリスクの認識によって行動は不正と適法の間で振り子のように動くので、大けがはしません。しかし、このリスクの認識が欠如していたり、注意喚起を行う者がいない組織では、残念ながら振り子運動にはならず、気が付いたら誰がみても違法行為になってしまっていた、ということで不祥事が発覚します。したがって社内でガイドラインを策定した場合には、ガイドラインが絶対のモノサシになるのではなく、そのガイドラインを活用する社員の意識、組織の意識の変革がなければ役に立たないものと考えています。

今後、企業の接待交際費の一部損金処理が認められるようになるそうですが、公務員(みなし公務員)への利益供与問題だけでなく、接待交際費は不透明なお金の流れにつながるものとして、多くの企業不正の温床となります。単純に会社資金の流用防止のためではなく、社内に不幸な犯罪者を作らない、というためにも、ガイドラインの策定と共に、交際費を使う社員の意識改革も企業の重要な内部統制だと思います。

12月 12, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年10月 7日 (月)

銀行を責める前に考えるべきこと-「もしかして反社」への対応は?

今年7月19日、全銀協(全国銀行協会)にて、コンプライアンスに関する講演をさせていただき、その際、以下のような(概要)講演をさせていただきました。金融機関の皆様方には講演録がございますので、そちらをご参照いただければと思います。

皆さん方の銀行は、何か不祥事が発見されたときに、それを早く摘める銀行なのか、それとも「彼は社長から好かれているから、彼はとても有能だから、ここの稼ぎ頭だから、見て見ぬ振りをしておかなければしょうがない」と考え、不正が大きくなるまで黙っている組織なのか、どちらだろうか。私はそれが知りたい。何かあったら、自分の同期で仲が良くても「それは駄目だ、告発する」と言える組織なのか。それとも「やっぱり言えない、誰かが言ってくれるだろう」という組織なのか。私はそこが知りたい。それがコンプライアンスの要諦である。
・・・・・我々が言う「組織の構造的欠陥」があるかないか、安全思想、安心思想が如実に現れてくる。最近、上場企業を見ていると、ここではっきりと実力の差が出始めている。駄目なものは駄目と、はっきりしている企業が増えている。つまり、マスコミ報道になる前に同じように不正は起きているのに、早期の段階で、不正行為を行っている役職員が、親しくても、優秀でも、自浄能力を発揮して止める企業と、「やっぱり彼のことは言えない。誰か言ってくれるだろう」と言っているうちに、結局隠ぺい、放置にまでつながっていくような大きな問題に発展する企業がある。最近はこの差がはっきりと出てきている。これからのコンプライアンス問題は、こういったところに対応していく必要がある。

銀行や公務員、公営事業会社は不祥事を発生させること自体で信用を落としてしまう組織なので、どうしてもコンプライアンス経営は不正予防主義(一次不祥事を発生させないための仕組み作り)が中心となり、不正発見主義(不祥事はどうしても発生してしまうが、これを早期に発見して自浄能力によって解決し公表すること)にウエイトを置くことがありません。なので、実際に不祥事が発生すると、発生させたこと自体が社内(部署内)でペナルティの対象(人事問題を含む)となりますので、どうしても不正は隠す方向にインセンティブがはたらきます。隠しきれない不正であったとしても、不正を報告することで間違いなくペナルティが課せられるのだから、隠しきれる可能性に賭ける・・・という発想になってしまいそうです。

みずほ銀行さんの提携ローン不適切融資放置問題は、(本当に頭取に問題を報告していなかったのかどうか、若干疑義も残りますが)マスコミの報道が真実だとすれば、担当役員自身のペナルティになることをおそれて、コンプライアンス担当役員としても頭取に報告できなかったのではないかと推測されます(コンプライアンス委員長が頭取、ということなので、このあたりは担当責任者が取締役であっても、執行役員であっても「報告を怠っていたこと」には変わりません)。銀行のコンプライアンスの発想も、そろそろ不正予防主義から不正発見主義に切り替えてもよいのではないでしょうか?「金融機関でも不正は起きる」ということを素直に認めて、起きたときにどうすべきか?という視点からコンプライアンス対応を考えなければ、いくら役員の交代で責任を全うしたとしてもまた同様の「放置、隠ぺい」という二次不祥事はなくなりません。ただし一般事業会社の場合も同様ですが、不正発見主義を中心に据える場合には、「敗者復活戦」や「報告者に対する報奨」が認められることが前提となります。

さて、このように不正発見主義によって反社会的勢力への利益供与(取引関係の維持も立派な利益供与です)を排除することを考えた場合、相手が反社会的勢力であることが明白ならば対処の仕方もあります。今回のみずほ銀行さんの件でも、反社会的勢力であることが明白であったとすれば「放置」は厳しく責められるのは当然かと。しかし、もし明白ではない場合、どうすべきか?というリスク管理方法は考えておかなければなりません。反社会的勢力への対応を厳格に行うということは、反社会的勢力ではないのに、「反社」というレッテルを張って商売の息の根を止めるリスク(名誉毀損、信用毀損で訴えられるリスク)が生じることになります。

これは銀行だけでなく、一般の事業会社でも問題になるかもしれません。明白ではないからそのまま放置しておいてもよい、という考え方は、おそらく一般常識からみたら問題ではないでしょうか。もしこういった考え方が許されるのであれば、反社会的勢力はコワイ、ということで放置することの正当理由として使われてしまうことになります。たとえば属性要件が不明な場合には行為要件が明白になったところで対応する、ということになるのか、それとも富士通元社長損害賠償請求訴訟事件の判決で示されたように、組織としてできる範囲で調査をすれば、たとえ相手が反社会的勢力かどうか明確にならなくても取引断絶は違法行為にならないという方針を貫くべきなのか、という問題です。

みずほ銀行さんは、今後(提携ローンについて)事前審査にも関与する、とのことですが、それでもグレーな相手方(もしかして反社)への審査ということはかならず生じることですし、結果として反社会的勢力もしくは密接関連者との取引を開始してしまう可能性もあります。まず、この可能性を認めたうえで、では疑わしい場合に、名誉毀損などで銀行が訴えられるリスクを承知のうえで、どのように取引を中止させるか、ということを検討しておくべきだと思います。キレイごとでは済まない課題であり、だからこそ起きた時の行動を検討して「思考停止」に陥らないような体制を構築すべきだと考えます。いつまでも担当役員の交代という形で経営責任をとっていては、まさに実効性に乏しい対応として反社会的勢力のオモウツボであり、ホッと胸をなでおろすだけだと思います。

10月 7, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 3日 (木)

田辺三菱製薬に業務改善命令⇒二度あることは三度ある?

昨年10月、試験データの改ざんにより業務停止および業務改善命令を受けていた田辺三菱製薬社と子会社バイファ社ですが、その後、匿名社員からの内部通報により、製造の承認書に記載されていない成分が含まれていたことが判明し、このたびまたまた田辺三菱社には業務改善命令が下された(子会社には業務停止命令)ことが報じられています(たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。

当ブログでは過去に何度か申し上げているとおり、一度企業不祥事が発生しますと、これを機会に内部通報や内部告発が一気に噴出することがあります。そしてそういった告発は、同じ不祥事に関連するものもありますが、全く別の事件に関するものもあります。田辺三菱社は昨年10月以前にも、大きな不祥事を発生させていますので、これは類似のパターンであり、「二度あることは三度ある」という典型例のようにも思われます。

しかし今回のケースでは、今年2月に通報があり、4月には親会社・子会社合同での社内調査が行われ、その結果として不適切行為の事実を確定し、自ら厚労省に届けています。その後の厚労省の調査にも積極的に協力しているようです。さらに多くの製品が患者さん方に利用されていたそうですが、これまでのところ健康被害が認められたケースはありません。こういったケースでは、匿名の内部通報事実ですから、もし社内で公表しないという選択肢を採用した場合、通報は外部への告発に代わり、「隠匿した」と評価されるリスクはあります。

そのあたりは、はたして田辺三菱社が自浄能力を発揮したといえるのか、それとも「バレる前に公表してしまおう」といったやむをえず届出に踏み切ったのかは明らかではありません。ただ、通報事実を認知した時点から社内調査の結論が出るまでにわずか2カ月しかかからなかったということは、ほとんど躊躇することなく自社で不正を認識して自社で公表する、つまり以前の不祥事とは異なり、田辺三菱社としては過去の教訓を生かしてまさに自浄能力を発揮したものと評価できるのではないでしょうか。前回までの不祥事と、今回とではマスコミの取り上げ方が全く異なる(今回はニュース価値が乏しい)というのも、これを裏付けるものではないかと。

たしかに患者への思いやりに欠ける、というご批判もあるかもしれませんが、今回の田辺三菱社の一連の行動は「不祥事は起こさない」ということよりも「不祥事が起きるかもしれないけど、起きたとしても逃げない」という思想のもとでの対応です。これまでとは異なり、不祥事はもし起きた場合には自分で調査をして、自分で届出・公表に走る姿勢が垣間見えたものと思いたいところです。「二度あること三度ある」ではなく、「今度こそ、三度目の正直」としてコンプライアンス経営の精神が具備されてきたものと期待しています。

10月 3, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年9月13日 (金)

カネボウは自浄能力を発揮したとは言えない-第三者委員会報告書より

カネボウ化粧品社の白斑様症状事件(まだら美白事件)について、9月11日、第三者委員会報告書が公開され、ロドデノール配合化粧品の厚労省承認申請から自主回収決定までの経緯が詳細に明らかにされました。同報告書は、時系列に沿ってたいへん事実関係が明確に記されており、事件の概要を理解する上で、とても参考になります。

同事件は、内部告発等によって外部から暴露されたものではなく、商品自主回収を自ら公表したものであることから、いわゆる「自浄能力」が発揮されたものではないか・・・と期待していたところもありましたが、残念ながら自浄能力を発揮したとは言えない状況であったことが報告書で明らかになっています。また、同報告書を拝読してゾッとしたことは、このカネボウ社の不祥事は、カネボウ社独特の事情によって発生したものではなく、どこの会社でもボタンの掛け違えによって発生してしまう典型例だということです

9900名以上の白斑様症状被害をもたらした今回の事件ですが、カネボウ社はどうすれば被害を未然に防止または最小限度に食い止めることができたのでしょうか。この報告書を読み、私は「平時のリスク管理」と「有事の危機対応」に分けて検証すべきものと思いました。

平時のリスク管理として問題とされたのが、「エコーシステム」という、化粧品使用者の声を社内に集積するシステムの運営に関するものです。親会社である花王社が導入しているシステムをカネボウ社も利用することになったのですが、「窓口対応による全件集約」を原則とする花王社に対して、カネボウ社は窓口を一本化せず、さらに「相談」と「問題案件」を分けていたので、いわゆる「ヒヤリ・ハット事例」が集約できなかったということです。これはすでに当ブログにおいて述べたとおり、問題事案を集約するシステムとしてはお粗末です。

窓口担当者は何かイレギュラーな事態に直面したとしても、必ず平時対応で済ませたいと思うわけで、決して有事だとは思いたくありません。心のバイアスが働く以上、情報を共有しなければならない問題、問題案件として処理しなければならない情報といった認識は現場に期待できず、結局情報は集約されないことになります。これは社内の空気を読むのが上手で、真面目で誠実な社員であればあるほど、こういった事態に陥ります。その結果、ヒヤリ・ハット事例が集積されないために「どこに問題があるか」後日別の部署が審査することもできなくなるわけです。ヒヤリ・ハット事例をどこまで集積するか、という点は、効率性の点から判断せざるをえないわけですが、国民の生命・身体の安全・安心に配慮すべき化粧品会社としては、「費用がかかるだけ」という理由で雑な運用をすることは許されないものと思います。

もう一点、平時対応で要求されるのが「技術者コンプライアンスの思想」です。私がいろんな会社からお招きいただき、コンプライアンス研修をさせていただくときに、意外に思うのは技術社員の参加者の少なさです。研究所が離れているから、不正リスクに直面しないから、普段の業務には参考にならないから、という理由で参加者が少ないのですが、そのような理由はあくまでも個人的な不正に関する理由であり、「組織としての構造的欠陥」が発生するリスクは、むしろ技術社員の集まる場所のほうが高いのです。そのあたりの技術者コンプライアンスの要請こそ、平時に必要なリスク管理ですが、カネボウ社において、そのあたりが不十分だったのではないか、との懸念が残ります。

そして第三者委員会の委員やマスコミが最も関心を抱くのが有事の危機対応です。カネボウ社の担当部署に、ヒヤリ・ハットではなく、本当の被害らしき事例、つまり「この白斑様症状は化粧品によるものではないか」と疑われる事例が次第に集積されていきます。そこでカネボウの社員は厚労省申請までの同僚の苦労をみてきたからでしょうか、「いままで製品に問題は発生してこなかったのだから苦情を言ってくる利用者の病気が原因だ」と思いこむことになります。これは決して悪気があってのことではなく、本当に社内の常識として「これは病気である」と思いこむわけです。そしてカネボウ社が普段からお付き合いのある医師に相談に行くわけですが、そこでも「白斑様症状の原因は、化粧品によるものではなく個人の病気によるもの」との意見を、医師から引き出すために都合のよい資料だけを持参して意見をとるわけです。このあたりは、おそらくどこの組織においても「いまは平時だ」と思いこみたいがために、やってしまうのではないでしょうか。決して隠ぺいしたいというわけではなく、有事に至って面倒な状況になるくらいなら、専門家のお墨付きをもらって一件落着にしたい、これですべてが丸く収まるのならばそうしたいという気持ちの表れだと思います。

カネボウの社員らは、被害者が診察してもらった医師の技量を疑い、「大きな病院で診てもらってください」と勧め、また化粧品の成分に疑惑を抱いた医師に対しては「発表するときには、学会での常識どおり、化粧品の名前は伏せてください」とお願いして済ませています。つまり、まじめで誠実なカネボウの社員らは、「ストレスや病気によって白斑様症状が出ると、お客様たちは、どうしても化粧品が原因だと思い込みたくなるものだ。そんな利用者に我々は辛抱強く対応しなければならない」といった気持で対応を続けていたところが窺えます。しかし、担当者は次第に集積される症状例に「何かおかしい」と思うところはあったはずです(このあたりは、第三者委員会の委員も詳細に検討されています)。

そして今年3月、カネボウ社にとって「運命の医師」が登場します。「化粧品を使用して症状が出たという患者さんが複数いる。私のほうで化粧品が原因だということを調べたいのですが、どのような調査をすれば判明しますか?ぜひ教えてください。」との質問が飛んできます。これまでも化粧品に疑惑の目を向ける医師の方が登場しますが、いずれも患者さんの診断結果の回答の中でのことであり、それ以上の要求はありませんでした。しかし、今回の大学病院の医師は、お金にもならないにもかかわらず、(おそらく正義感から)自ら化粧品を調査したい、と申し出たのです。これに慌てたカネボウ社は、この医師との面談までの2週間、いろいろと対応への準備をするわけですが、その準備の段階において各部署における情報が期せずして集約されることになります。ここで初めて社員の人たちは「自分が今有事の中にいる」ことを認め、社長ら経営陣に事態を報告の上、製品の販売停止を申し出ることになりました。

大学の医師論文の信用性が大きく崩れてしまった降圧剤(ディオバン)事件の発覚も、一人の勇気ある京大医学部教授の「おかいい」と叫んだ声によるものでした。カネボウ化粧品社にはたいへん厳しい言い方になりそうですが、今回の事件は、もしこの大学病院の医師の「調査させてもらえないか」というメールが届かなければ、まだ「これは病気です」の一点張りで美白化粧品は販売され続けていたものと推測します。つまり、今回の自主回収の公表は、カネボウ化粧品社の自律的行動に基づくものではなく、早く問題視しなければ手遅れになる、といった後ろ向きの判断によって公表されたものと評価せざるをえない、と考えます。

こういった不祥事が発覚すると「責任者探し」が始まります。しかしこの報告書を読むかぎり、誰が悪い、といった特定の責任者が判明しません。あえていえば内部統制システムの構築義務違反でしょうか。しかし、だからこそこのような不祥事はどこの組織でも起こりうるはずであり、責任追及の光があたらない「組織としての構造的欠陥」が大きな要因だと思われます。カネボウ化粧品社は、今回の報告書を受けて、さっそく原因究明、再発防止に向けた施策について公表していますが、「組織としての構造的欠陥」に目を向けないかぎり、また今回と同様の不祥事は形を変えて発生することになります。そして、最後になりますが、エコーシステムが機能していれば、早期に問題解決が可能だったのではないか・・・と思うと、平時のリスク管理の重要さを改めて痛感するところです。

9月 13, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年9月 4日 (水)

公表前のリコール決定の事実は、どこまで知らせておくべきか?

相変わらず不適切写真投稿に関する騒動のニュースが続いているようで、王将フードサービスさんも2件続けて不適切写真騒動に関する事件を公表し謝罪しています(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。しかしこれまでの投稿写真騒動と今回の王将さんの例では少し様子が違いますね。これまでは、投稿写真がすでに世間で騒がれた後に会社側が認識し、謝罪をするというパターンでしたが、今回の王将さんの2例は、いずれも騒ぎが大きくなる前に会社側が社内調査や通報によって把握し、騒動になる前に公表した、というものです。いわゆる「自浄能力」が発揮された事例と言えそうでして、これからは、騒ぎになる前に会社側で用意周到に調査をして、その後公表する・・・というパターンも増えるかもしれませんね。

さて、ここからが本題ですが、ひさしぶりのカネボウ「まだら美白」事件に関する話題です。本日(9月3日)の産経新聞ニュースによりますと、カネボウ社は、対象化粧品の回収を幹部会で決定した後、1週間ほど、販売店には何も知らせずに対象化粧品の出荷を継続していたそうです(産経新聞ニュースはこちらです)。つまりこの1週間の間にも、まだら美白の被害者が増えていた可能性があるということで、消費者庁幹部も「消費者を裏切る行為ではないか」と述べている、とのこと。なぜ販売店に速やかに知らせなかったのか、という点について、カネボウ社側は「決定後、苦情窓口体制を整備しなければならず、その間に情報が出回ってしまうと混乱を生じさせるおそれがあったため」と弁明されているようです。

リコール対応という企業の有事において、このリコール決定後に(公表までに)誰にどこまでの決定事実を知らせておくべきか・・・という点は本当に難しい判断です。被害が拡大するおそれがない場合には、決定後に対応が万全に整ってから関係者に事前通知をする、ということも考えられますが、今回は被害拡大のおそれが十分にあった中での発送停止や事前通知が問題となっており、消費者庁の批判もゴモットモかと思います。

一方で、公表すべき内容も明確にならない状況の中で関係者への事前通知を行う、ということは、関係者によるインサイダー取引等を助長することになります。社内や取引先に不幸な犯罪を発生させたくないとすれば、「混乱を避けるために」できるだけ公表内容が明確になってから(関係者にも)公表したいと考える企業側の対応も、なんとなくわかる気がします。ただ、混乱が生じるおそれはあったとしても、被害拡大の可能性が高い中で、カネボウ社が公表すると同時に販売店が対応できるような仕組みにしておく必要性は高いはずです。美白化粧品を購入した顧客の方々が、販売店に問い合わせる可能性のほうが本社に問い合わせる可能性よりも高いわけで、そちらの「混乱」のほうがより重大ではないでしょうか。

ちなみに私がリコール対応を経験したときには、公表と同時に販売店さんにも顧客説明に協力していただくことが不可欠だと判断し、販売店さんに事前通知をすることに決めました。情報の拡散を極力防止し、かつ各販売店さんに漏れなく正確な情報が届くように、メーカーの販売統括責任者から、全国の販売店の店主会会長さんあてに事前連絡をしてもらい、これが販売店さんの公表後の対応(顧客対応および販売店のメーカーに対する苦情対応)にとても有用でした。ふだんからの会社と販売代理店との信頼関係の構築が、いざというときに役に立った好例でした。新聞で報じられているところだけの情報しか知りませんので、もっと他にカネボウ社が斟酌すべき事情があったのかもしれませんが、公表に至るまで販売店に事前通知をしなかったというカネボウ社の対応については、どのようなバランス感覚での判断であったのか、どうしても疑義が残るところです。

ところで、最近のカネボウ社の事件報道を読んで気になるのが、カネボウ社はこの「まだら美白」被害について公表をした当初、ここまで被害が拡大するリスクについて、どれほど認識していたのだろうか・・・ということです。今回の事前通知の遅れに関する報道を読んでいても、それほどの重大な事件であるという認識が当初あったのかどうか、少し疑問を感じました。このあたり、これから明らかにしてほしいところです。

9月 4, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2013年7月25日 (木)

どの時点で有事と悟ることができたのか-カネボウ美白化粧品問題

7月5日のエントリー「他人事ではないカネボウ化粧品の自主回収事件-二次不祥事のおそろしさ」でも取り上げていましたカネボウ社の「美白化粧品・まだら皮膚(白斑様症状)問題」ですが、公表から20日が経過した時点で、重大な症状が残っているものと判明した使用者の急増が伝えられています(カネボウ社のリリースはこちら)。今回のカネボウ社の件は、過去の不祥事を公表する事例とは異なり、被害拡大を防止するための公表措置(リコール措置)に関する事例なので、このように症状を訴える人が急増しますと、「なぜもっと早く公表しなかったのか」と、二次不祥事への批判が高まることになります。

消費者庁長官も、本日の記者会見で「もっと早く公表すべきだった」と対応の遅れを批判し、遅くとも皮膚科の医師から異常性を指摘された5月の時点で公表していれば被害はもっと少なくて済んだのではないか、と述べています。こういった経過からか、残念ながらカネボウ化粧品の親会社である花王社の株価は6パーセントも下落(東証1部の中で2番目の下落率)したようです(たとえば産経新聞ニュースはこちら)。

著名な制作コピーライターの方の言葉を借りるならば、資生堂とカネボウの化粧品が全盛だったころ、後発である花王は、販売にあたり「化粧品を売るのではなく、皮膚科学の正しい知識を売るソフィーナ」という新しいコンセプトを全面に出し、いわば美しさと健康をセットにした商法で化粧品販売の業績を伸ばしていったそうです(「発想ノート-クリエイティブの根っこ」高橋宜行著58頁以下)。お肌の健康に良い化粧品を知っている消費者にこそ使ってほしい・・・そのような販売手法で伸びてきたわけですが、その花王社が、子会社となったカネボウ社の白斑様症状問題で株価を下落させる・・・・というのは、なんとも皮肉なものです。

前回のエントリーでも疑問を呈しましたが、なぜもっと早くカネボウ社は今回の「まだら美白」症状について公表し、対応を急がなかったのでしょうか。一番可能性の高い理由は、カネボウ社の社長さんが謝罪会見で述べておられる通り、「苦情を受け付ける現場担当者が、苦情申立者は病気であった、と思い込んでいたのではないか」といったことです。しかしそうであるならば、このたびの対象商品は新製品ではないのですから、これまでもある程度の割合で苦情は発生していたはずです。それまで同様の苦情が日常的に認められなかったのであれば、なぜゆえに窓口担当者が「病気だと思い込んだ」のか、そこまで踏み込む必要があるはずです。そのあたりの情報は今のところマスコミからは報じられていません。

さて、ここからは私の勝手な推測であり、根拠となる証拠もありませんが、こういった「まだら美白問題」(白斑様症状問題)は、親会社である花王社の化粧品販売に関するコンセプトとはあまりにもかけ離れた事故であるがゆえに、子会社であるカネボウとしても親会社に適時に報告することができなかったのではないでしょうか。これまで事件が発覚してから20日が経過していますが、このまだら美白問題を、親会社の花王がいつ知ったのか・・・という点についての事実はあまり報じられていないようです。今回の公表に至るまで、親会社が一切知らなかった・・・ということであれば、これはカネボウ社のほうで親会社に知られたくなかった、という思いが公表を遅らせた要因である可能性も残ります。謝罪会見をされたカネボウ社の社長さんは花王の執行役員の方ですが、この社長さんの耳にはいつ苦情が入っていたのか、具体的にはその時期によって親会社の対応まで批判されるかどうか、分かれるのではないでしょうか。

3年前のメルシャンの架空循環取引事件でも、親会社であるキリンからやってきた社長さんにだけは知られたくない、プロバーの社員・役員だけで相談してなんとか乗り切りたい、といった気持ちがあったがゆえに、長期間にわたりメルシャンが架空循環取引を継続させてしまったと、メルシャンの第三者委員会は報告していました。

カネボウの窓口担当者も、そして報告を受けた上司も、そして経営層も、「皮膚を科学する」という花王社のコンセプトからして、皮膚に症状が出る化粧品を販売した、という事実は、到底認めることができないのであり、だからこそ有事意識が希薄のまま2年が経過してしまったというのが真相なのではないかと。カネボウ社としては、このような大事件になってしまった以上は、全社挙げて自浄能力を発揮すること(お客様の被害回復と製品回収)が最優先事項ですが、この事件を外からみる者からすれば、どうして2年間も平時の感覚が維持されたのか、どこの会社においても、同様の問題が発生すれば(組織として)有事と認めることに躊躇するのではないか・・・という点を真摯に検討すべきではないでしょうか。

7月 25, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (6) | トラックバック (0)

2013年7月 5日 (金)

他人事ではないカネボウ化粧品の自主回収事件-二次不祥事のおそろしさ

すでに大きく報じられているとおり、花王の子会社であるカネボウ化粧品は、製品の自主回収を決めたそうです。同社と子会社が製造販売する美白化粧品54商品について、肌がまだらに白くなる被害情報が39件確認された、とのこと。

薬事法の認可を得て製造販売している商品に、このような被害症例が発生したということですから、ブランドイメージを毀損するものとして、カネボウ化粧品には相当厳しい事件です。もちろん原因が特定されてませんので、これをカネボウ化粧品の不祥事だと断定できるものではありません。また厚労省からは重篤な被害が出たとまでは言えないことから「回収命令」の対象とはされてなかったため、自主回収を決めたようです。しかしマスコミはカネボウ化粧品の「まだら美白」製品を世に出したこと以上に、その後の対応という、いわゆる「二次不祥事」に注目しています。これがカネボウにとっては厳しいところではないでしょうか。

これまで確認されている被害例は39件だそうですが、すでに2011年ころから発症事例がお客様窓口に報告されていたとのこと。この消費者窓口に寄せられていた報告について、社長は「病気(持病)であるという(窓口担当者の)思い込みが問題の認識を遅らせた」と悔やんでおられるそうです(時事通信ニュースはこちら)。

しかし、毎度申し上げていることですが、こういった苦情対応において、窓口担当者が「たいしたことではない」と思い込むのは通常の感覚であって、会社にとってマイナスの報告を窓口担当者が行うことを期待するほうがかなり無理があります。思い込みがまずかった、というのは後出しジャンケンの言訳であり、会社の構造的な欠陥を窓口担当者のミスにすり替えることになります。これでは再発を防止できるわけがありません。

NHKニュースが報じるところによると、これまでも窓口担当者は発症を報告していた人たちに対して皮膚科での診察を勧めていたそうで、会社側から医院を紹介していた、とのこと。「会社側は病院を紹介しましたが、病院側からは、利用者が持っている肌の病気と報告される場合が多かったことから、化粧品が原因とは認識せず、発覚が遅れた」と報じています。つまり、会社から紹介を受けた(会社と関係性のある?)医院の医師も、やはり会社側に対して「これはたいへんなことだ」と診断結果を報告することはかなりむずかしかったのではないかと推察されます(そもそも薬事法上の承認を得ている医薬部外品の化粧品の成分に問題あり、と断定する方向の意見は、通常の医師であっても困難ではないでしょうか)。

現に、カネボウ化粧品が今回自主回収を発表するに至ったのは、会社とは全く関係のない皮膚科医師より被害状況に関する報告がなされたことが原因です。会社とは何ら利害関係のない第三者の立場にある医師からの報告だからこそ、会社側は「これはまずい」ということになったものと思われます。

もし、最初に被害症例が報告されていた2011年ころから真摯に対応され、「被害のおそれがある」という段階で自主回収に出ていれば、多大な回収費用を必要とすることにはなりますが、一番大切なブランドイメージの毀損は防ぐことができたのではないでしょうか。リコール問題はメーカーにとって厳しい判断を迫られる場面ですが、社会的信用を守ることが大切な時代、そのあたりの経営判断について、どこの企業でも他人事では済まされない教訓を示している事例だと思われます。リスク判断を真剣に検討しれいれば、会社が本質的にもっている構造的欠陥、たとえば窓口担当者のバイアス問題や委託先医師の意見が会社寄りになってしまうリスクにも思いが至るかもしれません。今後の続報について注目しておきたいところです。

7月 5, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2013年5月23日 (木)

KDDI不当表示事件にみる情報共有のむずかしさ

既にご承知のとおり、消費者庁はKDDI社に対して景表法違反(優良誤認)による排除措置命令を下したそうであります(消費者庁公表資料)。同社の販売するiphone5について、最大高速通信可能な人口カバー率が14%であるにもかかわらず、96%のカバー率であるかのように広告で表示をしていたことが問題とされているようです(同社のお詫びとお知らせはこちら)。

当ブログを長年ご覧になっている方ならば「ん?この事件、どこかで聞いたことがあるような・・・」とお思いになられるかもしれません。そうです、平成21年の日立アプライアンス社のエコ大賞冷蔵庫事件とそっくりであります。環境にやさしい部材が冷蔵庫に使用されているとパンフレットに書かれているのですが、実際の冷蔵庫には使われていなかったという、まったく「ありえない」事態が発生してしまった、というものです。この事件で日立アプライアンス社は「エコ大賞」を返上したものの、実際に夏のボーナスシーズンに売り上げが激減し(日経新聞記事より)、経済的損失という事実上の制裁を受けてしまいました。

あの事件のときも、ありえない不祥事がなぜ発生したか、というところで、関連部署間における情報共有ができていなかった、ということが発表されました。今回のKDDI不当表示事件でも、上記お知らせによると同じことが記載されています。

しかし「情報共有ができていなかった、情報の相互確認が不足していた」というのは、たしかにそうであるとしても、ではなぜ情報共有ができなかったのか、相互確認ができなかったのか、そこまでさかのぼって原因を分析しなければ、いくら研修をしてもまた同様の不祥事は再発すると考えております。

たとえば制作部門は経営者から「もっと品質の良いものを早く作れ」と指令が出ます。また、サービス部門には経営者から「もっとiphone5の販売を促進しろ」と指令が出ます。いずれの部門も、与えられた別々の課題に取り組むことが最重要課題であります。そうなりますと、いくら情報を共有したとしても、関心のある情報、価値のある情報は各部門で異なります。制作部門ではAという情報が、そしてサービス部門ではBという情報が最も優先的に配慮される情報です。このことを知らないで情報を正確に共有しようとしても、伝達にミスが生じるのはむしろあたりまえのことかと思います。また、すべての情報を正確に伝達するなどということは非効率であり、お客様にとって何が大切な情報なのか、そこが部門相互間で共有され、確認されなければミスはますます増えるだけだと思われます。

ちなみに日立アプライアンス社の場合は、再発防止策として、冷静に情報の価値を判断できる「第三者機関」を新たに設置して、ここで最終チェックを行う仕組みを構築していました。

さらに、会社組織は人間の組織であります。情報の送り手にとって、伝えたい情報とあまり伝えたくない情報であれば、情報伝達の正確性に差が生じます。また受け手のほうも、聞きたい情報は(耳に心地よい情報として)ほぼ正確に記憶しますが、自分たちにとって都合の悪い情報は、聞きたくないか、もしくは記憶から遠ざけようとします。これが情報の共有を困難にする最大の要因です。こういったリスクが存在することを情報の伝え手、受け手相互に理解しておくだけでも大きなミスは防止できるものと思います。今回KDDI社は「承認フロー」をルール化するとしていますが、この「ルール化」も自分に都合のよいようにルールを解釈してしまうおそれがあることは、過去の多くの不祥事が物語っているのでありまして、やはり第三者機関等による確認手続きが望ましいといえます。

今回のKDDI社の事件に関する一連の報道を読み、とてもこわい(他社でも同様のことがあるのでは)と感じたのが、「もうすぐホントにiponeでも実人口率96%が実現するのだから、まあウソにはならないのでは」という驕りであります。ちょっとおかしいのでは?と心の中で悩むコンプライアンス違反が発生したとしても、それを正当化する根拠というものを人間は常に探します。本件では、そんな言い訳を模索している中で、「あと3カ月もすれば、この表示のとおりに実現するんだから、たいしたことではない」と自分で自分を納得させてしまったのではないでしょうか。社外の人間ならば「そんな理由は通用しない」と冷静に判断できるのでありますが、いざ自分が当事者になってしまいますと、そういった理屈で自分の判断を正当化してしまう、つまり社内の常識が判断基準となってしまうわけです。意外とどこの企業においても似たような判断をされているケースに出会います。誰かの責任に押し付けられない、いわば組織の構造的欠陥に属する問題なので、こういった企業風土に誰かが気づかなければならないと思うところです。

5月 23, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年5月20日 (月)

企業はどこまで不祥事を公表すべきか?-ダスキン事件を参考に

先週金曜日(5月17日)、関西で開催されたスタートアップエンジン2013におきまして、「法の世界からみた上場会社の悲喜こもごも」と題する講演をさせていただきました。たくさんの起業家の皆様、起業家の方を支援する皆様が熱心に聴講しておられましたので、こちらもたいへん気持ちよくお話することができました。また私自身も、クックパッド社の元CFO成松淳さん、シナジードライヴ社の板倉雄一郎さんのお話をお聴きできて、たいへんラッキーでした。

講演の最後に会場から三つほどご質問を受けたのですが、そのひとつにブログのエントリーでも書かせていただいたトリドールさんの「ざるうどん事件」における会社対応に関する質問がございました(たぶん、私のブログをお読みになった上でのご質問だったと思います)。今回のトリドールさんの「ざるの裏にカビが残っていた」という問題は、現場対応で済む話ではないか、果たして公表までしなければならない問題だったのか、そもそもあの程度であれば、社長は不祥事すら知らなかったのではないか、そのあたりの意見を伺いたい、とのことでした。

企業不祥事が発生した場合に、その不祥事から更なる消費者被害、取引先損害が発生する可能性がある場合には、これは公表(当局への報告を含む)しなければならないことは明らかです。これは経営者の法的責任(善管注意義務違反)につながるところです。問題は、すでに不祥事に起因する損害が拡大するおそれはないけれども、当該不祥事発生が消費者を含むステークホルダーの関心事である場合です。ここが結構判断がむずかしいところではないでしょうか。

たとえばトリドールさんの例では、会社が公表したのは「衛生面で不行き届きがあった。申し訳なかった。今後は安全面で十分に配慮します」というものです。しかしマスコミの報道は、別のところに関心があり「4月に苦情があり、社内調査の結果他にもカビが残っていた事例があったことが判明していたのに、フェイスブックで写真が公開されて話題になるまで公表しなかった」というところにあります。いわば、会社は「一次不祥事」を起こさないことに関心が向かい、マスコミは「二次不祥事」の可能性に関心が向いています。

では、違法添加物の入った肉まんを(違法だと知りつつ)売り切ってしまい、この事実を公表しなかった取締役や監査役に多額の損害賠償責任が認められた「ダスキン事件」を例にとって考えてみたいと思います。あの事件では、過去の不祥事を公表しないという方針を決定した取締役らの善管注意義務違反が認定されたわけですが、「では、どこまで公表していれば善管注意義務を尽くした、と言えるのか」は明らかになっていません。

具体的には、①違法添加物の混入した肉まんを消費者に販売したこと、②違法添加物の混入した肉まんを、違法と知りつつ消費者に販売したこと、③違法添加物の混入した肉まんを、違法と知りつつ販売し、後日、これを知った外部の第三者に口止め料6300万円を支払って隠ぺいしたこと、の三つの選択肢があるかと思います。いわば一次不祥事だけを公表するのか、二次不祥事まで含めて公表すべきなのか、というところです。もちろん大阪高裁の判決文にも明記されているとおり、会社役員の法的義務として議論する前提として、「後日、隠しきれない可能性がある」場合を想定しています。

有事に直面した企業担当者の方々であれば、おそらく①で済まそうと考えるものと思います。上記大阪高裁の判決文にも出てきますが、人間は有事になると「たいしたことではない」と思いたくなるものです。なので「公表するといっても、この程度で十分」と軽めに判断することもやむをえないかもしれません。

しかし冷静な判断が可能である平時に考えてみますと、会社の信用を毀損してしまう②や③の事実についても公表しなければならない、という方向で検討しなければ善管注意義務違反になるように思われます。企業価値の喪失を最小限度に抑えることが取締役らの義務だとすると、その「企業価値の喪失」に最も関係のある事項こそ公表すべき対象だと思います。先のダスキン事件の大阪高裁の判決も、明確には示していませんが、取締役会で検討すべき公表事項を検討するにあたり、このあたりを区別して検討されていません。また、①で済ませたとしても、事情を知っている第三者や社員の内部告発によって、公表されていない②や③の事実が追加で公表される可能性というものも否定できないと思われます。

なお、先のトリドールさんの事例に関するご質問に対して、取締役の善管注意義務違反の問題ではありませんが、むしろ不祥事を公表することが企業価値の向上につながる可能性もある、ということを申し上げました。どんな企業でも不祥事は起こすわけでして、消費者の関心は、不祥事が起きた時に消費者の事を最優先に考えた対応をしているかどうか(いわゆる安全思想と安心思想との区別)に関心があります。そこでの対応が適切なものであれば、むしろ企業のファンを増やすことにもつながるのではないでしょうか。不祥事が昔とは比較にならないほど発覚しやすくなった時代、このあたりも有事の経営判断として検討すべきではないかと思うところです。

5月 20, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2013年3月14日 (木)

関西テレビ不適切映像事例とコンプライアンス体制の進化

私も以前(一度だけですが)出演したことがあります関西テレビ制作の報道番組で、取材対象者の撮影に不適切な映像が使われたようでありまして、3月13日、同報道番組内で謝罪されたことが報じられております(たとえば読売新聞ニュースはこちら)。不適切な映像を使用したことについて謝罪されたものの、同局としては、「ねつ造」や「やらせ」を行ったものではないと説明されたようであります。

本件が報じられた後、同局には視聴者から多数の苦情が寄せられている模様で、「あるある大事典事件のときの教訓が生かされていない」「ねつ造体質は変わっていない」との有識者の方のご批判もマスコミで紹介されています。私もすぐに「あるある大事典事件」のこと(関西テレビの内部統制体制)が頭をよぎりましたが、ただ本件については、もう少し問題点を整理して考える必要があるように思います。

民放局は、どうしても視聴率を獲得することが必要なので、視聴者を惹きつける番組制作に熱心になることは当然であります。したがいまして、あるある大事典事件の第三者委員会報告書にも書かれていたように「許される演出」と「許されない誇張表現」の境界の線引きをどうすべきか、というところが常に問題となります(つまり常に「不祥事の芽」は事業経営の中に存在するわけです)。この線引きのリスクを常に意識していれば、編集の独立という問題はあるものの、早期の軌道修正が可能となりますので、「あるある大事典事件」は発生しなかったのであります。しかし局側がリスクを意識していないことを奇貨として(視聴率をどうしても稼ぎたい)番組制作会社側はどんどんエスカレートしていった、というのが不祥事の最大の原因でありました。

今回の不適切映像事例も、やはりこの線引きの問題であります。関西テレビ側は、とくにねつ造でもない、やらせでもない、「内部告発者を保護するという立派な名目がある以上、後ろ向きの映像をスタッフが演じても、許される演出の範囲だ」と考えたものと思います。ところが、報道番組の視聴者からすれば、テロップでも流れていない限り、本人が後ろ向きで語っていると誤信するのが通常の感覚ではないかと。このあたり、関西テレビ側の境界線が少しずれていたものであり、苦情が集まることも仕方ないものと思います。

しかし日経新聞の報じるところ(日経ニュース13日午前11時30分)によりますと、この撮影を行った3名の取材班のうちの1名(おそらくこの方は制作会社の方ではないかと)が、「このような撮影手法は問題ではないか」と疑問を呈し、報道局の幹部社員に相談したそうであります。そして相談を受けた幹部社員がこの問題を調査し、自社の判断において今回の不適切映像事件を公表し、今回の謝罪に及んだとのこと(現場にいた報道部記者に対しては口頭による厳重注意処分とのこと)。

たしかに「おかしい」と声を上げたのは同局の社員ではなく、制作会社側かもしれませんが、これを社内で問題視した関西テレビ社には一定程度の自浄能力があるところが示されたのではないでしょうか。2007年のあるある大事典事件のように、一部週刊誌による「やらせ追及」による質問状を受け取り、これに回答する形でねつ造を認めたものとは明らかに異なります。コンプライアンス経営にとって大切なことは、「当社にもかならず不祥事は発生する」という覚悟を前提として、もし不祥事が発生した場合にはどうすべきか、というリスク管理を内部統制としてきちんと具備しておくことであります。これが最低限度、視聴者を裏切らない放送局としての姿勢だと思います。

もし今回の件で、経営執行部は「番組編集の独立を侵害しない」といった名目で、社内で問題にせず、また社外に公表されなければ、おそらく誰も問題行動には気づくことなく、今後も不適切映像の活用が繰り返されていたかもしれません。そしてオソロシイことは、そういった映像を使ったことが第三者から暴露されてしまうことであります(そういったケースであれば、あるある大事典のときと変わっていないと指摘されても反論できないと思います)。

今回の公表に至るまでの一連の同社の対応は、社外の常識と社内の常識との食い違いがあったという意味においては批判されてもしかたないものではありますが、番組制作側の「線引きのリスク」を意識した上で自浄作用を発揮して、「隠す文化」が根付くことを回避した、という意味においては「あるある大事典のころよりもコンプライアンス体制は進化している」ものと評価できるように思います。今後は行政当局から、なんらかの改善要求があるかもしれませんが、それを承知で公表することは、社内的にもコンプライアンス経営の重要性を浸透させることにつながるものと確信しております。

3月 14, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2013年2月27日 (水)

市場を制する者はコンプライアンスを戦略として活用する?

2月25日の日経法務インサイドでは、「薬の登録販売者制度 相次ぐ不正受験に動揺」と題する特集記事が掲載されております。当ブログでも昨年11月に、西友社による医薬品登録販売者制度の不正受験をとりあげまして「虚偽申請は西友だけなのだろうか」等のエントリーを3本書きました。組織ぐるみでもないのに、これだけ露骨な不正行為が全国的に堂々と行われるというのは、おそらく他の小売業者でも同様のことがまかり通っているからではないか?と推測しておりましたが、案の定、別の大手スーパーさんや、ドラッグストアさん等でも大量不正受験の事実が発覚しております(ちなみに25日の上記記事によると、もうすぐ西友社でも大量不正受験に至った経緯について公表されるそうであります)。

上記記事のように、不正受験によって取締役らの株主代表訴訟リスクが高まるかどうかは、私はなんとも言えませんが、この西友社をはじめとした不正受験問題にひそむリスクは、なにも医薬品登録販売者制度に限るものではなく、業界を超えた他社においても同様の不正リスクがあることを物語っているように思います。

これだけの競争関係にある企業社会において、他社もやっているのに自社だけはやらないのはマズイ・・・といった意識が働けば、残念ながら誰でも不適切な行動に出る動機があります。「みんなで渡れば怖くない」症候群が社内に蔓延することで、不適切な行動によって利益を最大化することに、誰も社内で異を唱えないという事態に発展していきます。「営業が泥をかぶって働いているからこそ利益が出ているのに、管理は涼しいところから偉そうな口を叩くな!」と担当取締役から一喝されてしまえば、それでコンプライアンス軽視の社風が形成されていくのかもしれません。こういった中でコンプライアンス経営の重要性を唱えることはなかなか難しいところであります。

ところで医薬品登録販売者制度は規制緩和の一環として制度化されたわけでありますが、ドラッグストアや調剤薬局だけでなく、この制度のおかげでスーパーやディスカウントストア、コンビニまで大衆薬という売れ筋商品を販売する道が開かれたことになります。ただ、既存の市場占拠者たちも、新規参入組に対して手をこまねいているだけではありません。行政に働きかけて、できるだけ競争条件のハードルを高くしたいところであります。

たとえば今回の「実務経験証明制度(業者側が、資格試験受験者について、一定程度の医療品販売に従事していた経験があることを証明するもの)」というものも、これまでの医薬品販売業界が行政に対して強くプッシュをして採用された条件だとお聴きしております。もちろん消費者の生命、身体の安全を守るための制度であることは間違いないところでありますが、そのための具体的な条件設定を強く求めたのは競争を有利に展開するため、といった狙いがあったからではないかと推測いたします。たとえ規制緩和によって市場の競争が激しくなったとしても、容易には新参者が市場を席巻してしまうことができないよう、コンプライアンスルールを活用して対抗する、ということも十分考えられるところかと思います。この先、大衆薬のネット販売の議論とも関係しそうな論点になりそうです(たとえばネット販売の原則全面解禁を認める代わりに、到底「実質的な解禁」とは言えないような厳しい安全基準を設けるとか・・・)

市場を制する武器としてのコンプライアンスは、このような規制緩和が問題となる場面だけではないように思います。たとえば景表法違反によって消費者庁から排除措置命令が出されるといったケースで、とんでもない誤認表示を理由に排除措置命令を受けるのであれば仕方ありません。しかし、それなりに企業が商品の性能について自信をもっている場合、「表示された性能は具備されていない」とする排除措置命令(もしくはその予告)に不満を持つことがあります。

表示通りの性能を具備していると確信を抱いているにもかかわらず、行政が「これが正しい測定方法」として指定している方法によって基準をクリアしなければ、何ら効果がないものとして評価されてしまうおそれがあります。業者側としては「ほかにも表示通りの性能があることを示す測定方法がありますよ」と反抗してみても、なかなか覆りません。このあたりも、国民の権利保護が究極の目的ではありますが、表示の適正を判断するために、いかなる測定方法によって製品の性能を測定すべきか、という点は市場に強い力を持つ企業がイニシアティブをとっていることがあるのではないかと。実質的には行政に強い力を持つ大きな企業が中心となり、新規参入者側へ参入条件を高く設定する、ということも起こりうるのではないでしょうか。

2月 27, 2013 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月21日 (月)

闘うコンプライアンス-DOWA社、水質事故の賠償請求を拒否

ひさしぶりの「闘うコンプライアンス」シリーズであります。2012年5月、利根川水系の浄水場で、基準値を上回る有害物質が検出された問題で、東京都や埼玉県等の5都県がDOWAホールディングスの子会社であるDOWAハイテック社に2億9000万円の賠償を求めていたところ、DOWA社が、この賠償請求を拒否したことが報じられております。(たとえば   産経新聞ニュースはこちら)。今後、都県はDOWA側に対する訴訟提起を予定しているとのこと。また、DOWA社も昨年12月26日付で、当該問題に関する自社の判断をWEB内で開示しておられます。

DOWA社側の言い分としては、産廃業者への委託手続きは適正であり、なんら基準に抵触している事実はない、また埼玉県の調査結果では、委託していた産廃業者の水質汚濁防止法違反行為が推定される、とされているにもかかわらず、当該産廃業者の法令違反の事実が十分に調査されることなく、当社側に賠償責任の負担を求めるのはおかしい、といったところかと思われます。一方の行政側は、(上記産経新聞の記事によると)産廃業者への説明義務を十分に尽くしていなかったことを賠償請求の根拠とされているようであります。

水の安全・安心に関わる問題なので、有害物質を排出している企業が、行政当局(水道事業者)からの賠償請求を拒否する、というのはなかなか難しい経営判断のように思えます。環境整備を主たる業務とする上場会社としてのレピュテーションリスクにも配慮する必要があるでしょう。しかし、あえてDOWA社が5都県からの賠償請求を全面的に拒むには、それなりの理由があるのではないかと推測します(あくまでも個人的な推測ですが)。

たしかにDOWA子会社は、金属加工業者として有害物質を排出する企業でありますから、その故意・過失を問わず、危険物を排出して利益を上げている以上は、その危険物による社会的損失についても損害を負担すべきである、との理屈(PL訴訟的発想)も出てくるかもしれません。ただ今回は、実際に国民に被害が発生したものではなく、各都県が基準値を超えた有害物質排出の原因調査等に要した費用の負担分を賠償請求しているものと思われます。だとすると、民法の原則に戻ってきちんとDOWA側の故意・過失が特定されなければ責任を負担すべきでないとも言えそうであります。また、仮に行政当局からの賠償請求に安易に応じるようなことになりますと、親会社役員も含めて、株主代表訴訟のリスクが現実化することも考えられます。ということで、危険物責任の発想で、都県の調査費用を企業が負担すべき、という考え方にも異論も出てくるように思います。

さらに、「飲み水の安全をどのように確保すべきか」という点に関してのDOWA社側の考え方についても検討すべきだと思われます。有害物質を排出する企業であるがゆえに、産廃業者と共に、基準値を超える有害物質を排出しないための未然防止策をさらに検討すべきことには異論ありません。しかし、今回の有害物質排出の原因となった事実を徹底的に追及することが、まず第一ではないでしょうか。DOWA社としては最善の努力を尽くしていたとしても、委託先の産廃業者がルールを守っていなかったり(現に産廃業者のミスが推定される、といった埼玉県の報告結果があるようですし)、そのルール違反を行政が放置していた、ということがあれば、事故が再発するおそれは残ります。つまり今回の水質事故に関する徹底した原因調査がなされなければ、飲み水の安全対策が「利用者の安心」につながらないのではないか、と考えられます。

まずは産廃業者にどのようなミスがあったのか、そこに行政の監督違反はなかったのか、といったところが明確になって初めて「更なる防止策」の検討の必要性が認められるのではないでしょうか。環境ビジネスを展開するDOWA社として、飲み水の安全・安心は、徹底的な原因調査と、これに基づく再発防止策がなければ責任を果たしたことにはならない、と考えるのであれば、今回のような賠償拒否(徹底的に原因調査を優先する)という対応もコンプライアンス経営の在り方としては選択の余地があるように思えます。国民の生命の安全にかかわる問題である以上、単なる事故処理の問題ではなく、「これから水の安全を確保するために、我々と行政と委託先とで、どのように事故防止に努めていくべきか」を最優先課題とするのであれば、まずはどこに今回の事故の原因があったのか、徹底的に分析することが必要、との判断ではないかと。

行政は、DOWA社側が委託先の産廃業者の監督責任まで含めて認めることによって、国民の「安心」を維持できると判断したのかもしれません。しかし、DOWA社側は、事故の責任が(行政の対応を含めて)どこに存在したのか、そこが明確になることが、国民の「安全」を維持するためには一番大切なことだと判断しているのではないでしょうか。「闘うコンプライアンス」は、レピュテーションリスクを伴うものである以上、企業側にとっても覚悟が必要です。以上は勝手な推測によるものではありますが、私はDOWA社側が、安易な責任逃れによる理由ではなく、自社の企業行動規範に基づき、CSR(企業の社会的責任)の見地から、堂々と賠償請求を拒否しているのではないかと思うところです。今後の本件の展開に注目しておきたいと思います。

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2013年1月17日 (木)

続く重大事故~「安全」と「安心」はどこでつながるのだろうか?

※ 追記あります

※ 追記2 あります

全日空のドリームライナー(ボーイング787型機)が何らかの異常により(まだ原因不明とのこと)高松空港に緊急着陸し、安全性に配慮した全日空と日航は、それぞれ保有する同機の運航を見合わせる、とのことであります。事故機の乗客の方々の証言によると、「機内に煙臭が漂っていた」ということですから、些細な整備ミスというよりも、やはり装置や設計の安全性に相当の問題を抱えているのかもしれません。国交省もアメリカの航空当局も今回の件につき「重大事故」として調査を開始するようです。産経ビズニュースによりますと、もしボーイング社の設計ミスによる原因だとすれば、787機を運航させることはできず、全日空も日航も経営面で大きな打撃を受ける、とも報じています。なお、部品を供給している日本の各名門企業も、いまのところ「うちの製造した部品に限って安全性には何ら問題はない」と自信をのぞかせています。

もちろん利用者の生命の安全が最優先ですから、ボーイング社の「設計ミス」に該当すれば計画がとん挫してもやむをえないと思います。また、そもそも787機を導入したのは、従来機では採算の合わないところに運航ルートを開拓できる、とのビジネスチャンスを狙ったものだそうですから、単純にビジネスリスクの問題だと割り切ることもできるかもしれません。しかし、果たしてこの段階まで来て「設計ミス」という結論(意見)を出すだけの勇気のある人はおられるのでしょうか??私は(運行再開を前提として)日本と米国が、どのような経過をたどって「安全」と「安心」をつなげるのか、むしろそちらにとても関心があります。

この787機の事故に関して、どうしても知りたいことは、「安全性感知の面でも最新ではないのか?」という点であります。つまり同機には、今までの航空機よりも、運航設備に異常があれば早期に感知できる能力があるのか?という点です。もし20年前に運航が開始された航空機よりも早く異常を感知する能力があるのであれば、それは「そもそも惨事を回避するための航空機の安全性が向上している証拠」と言えるわけですが、その分、早期に行政当局への報告や国民への開示が必要になりますので、「国民の安心」は後退する可能性が高まることになりそうです。各企業が製品の安全性向上に努めれば努めるほど、(客観的な安全性は高まっているものの)国民の不安は逆に高まってしまう、というジレンマであります。

また、787機は日本で初めて就航しているそうですが、同様の事故が常に初動故障としては当たり前に起きている、ということでしたら、少しは「安心」できるかもしれません(機内に異臭が漂っていた、ということですから、そもそも「初期故障」と言えるのか、といった疑問もありますが)。航空機の安全性など、素人の目にはわからないものですから、我々はどうしても「安心」を求めたがることになります。絶対安全という理屈が航空機には通用しない以上、安全性をどのように「安心」につなげていくのか、もしつながらなければ、そもそも設計思想から問題があるのではないか、そのあたりがとても興味を惹くところであります。また、「安心」を導き出すために、品質管理面における「安全」であることの説明方法が日本と米国でどのように異なるのか、という点も注目です。

先日の中日本高速道路の笹子トンネル事故においても疑問に感じたところですが、重大事故が発生して、いったん使用を停止し、安全性に問題のあるものの使用を再開する場合、「安全」と「安心」はどこで重なり、またそれは誰が判断するのでしょうか。絶対に安全とは言えない以上、どこかで「安全」と「安心」の妥協点を見出す必要があるはずです。

トンネルの老朽化が原因で重大事故が発生した、ということになりますと、同様に老朽化が進んでいる全国の高速道路のトンネルをすべて止めて徹底した工事を行うべし、ということが「安全思想」からは求められるわけですが、それでは国民の生活全般にとんでもなく支障を来すことになりますので、どこかで「安全」と「安心」の接点を求める(または「安心材料」の十分な提供を受けることで、安全だと思い込む)必要が出てくることになります。たとえば、トンネル天井部分の接着剤の耐用性が失われてボルトが毀損し、その結果天板が崩落してしまうのか、それとも接着剤の耐用性が失われてボルトに過度の負担がかかっても、ボルトがはずれないように(毀損しても落ちてこない構造に)なっているのか、という違いは、突き詰めて考えれば50年前のトンネル工事の設計思想に依拠しています。本当は、こういったことが明らかになることが「安全」と「安心」の接点を判断するために必要になることと思うのですが、いかがなものでしょうか。

重大な事故が発生すれば、責任を担当する企業が一生懸命安全性確保のために(目に見えない品質管理のために)尽力されていることは理解いたします。しかし事故再発防止に求められる安全性のレベルは見えるものではありません。「787機の安全は、私たちが大丈夫だと言っているのだから信頼してください」だけで、本当に大丈夫なのでしょうか。以前は感知できなかった電気系統の異常もきちんと感知できるようになったがゆえの事故なんです、他の航空機も、初期就航の際には同様の事故が発生していましたが、これまでは日本は初期就航の航空機は使っていませんでした、といった(素人にもわかりやすい)安心材料が提供されなければ、「大人の事情」で運航が再開されてしまうのではないか・・・といった疑問が残ることになります。

「よく調べてみたらこの部品に原因があった。この部品はすべて取り換えたからもう安全だ」などといった最悪のシナリオだけにはならないことを祈ります。どなたかこういった品質管理としての「安全」と社会契約(社会的合意)としての「安心」の関係について真正面から研究をされた方などはいらっしゃるのでしょうか。企業コンプライアンスの見地からはとても重要なテーマだと思うのですが。

※ 17日未明、日経ニュースでは「設計見直しの可能性」との記事が出ています。ちょっと予断を許さない状況ですね。ホントに設計見直しという判断は出るのでしょうか?

※ 17日午後 アメリカ運輸当局が異例の運航停止命令を出したそうです。昨日までは初期故障としていたものが、素早い対応です。まさに安全性をどのように証明して安心につなげていくのか、注目したいと思います。

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2012年12月21日 (金)

三菱自動車をリコールへと導いたもの-内部通報制度の威力

すでにマスコミ各紙で報じられているとおり、三菱自動車さんはリコールの届出において不適切な対応があったとして国交省から厳重注意を受けたそうです(なお、国交省のリリース内容を報じる物流ニュースこちら)。同社は2000年に「リコール隠し」によって企業の信用が地に落ちたことがありましたが、今回の不祥事発覚によって「企業体質が変わっていない」と批判されています。

今回の件については、2005年の時点において「事実と異なる報告を行っていた」という点についても厳重注意の対象になっていますので、「リコールに消極的だった」ことにつき情状酌量の余地もなく、企業体質が批判されることは当然かと思います。ただ、上記国交省のリリースによりますと、「リコールの届出が不適切だ」とする内部通報が三菱自動車内に届き、この通報への対応として「こういった社内での通報があった」と国交省に報告をしている点においては「リコール隠し」とまでは認められないように思います。報告を受けた国交省はリコールが適切であったかどうか、自浄能力を発揮して再調査せよ、と三菱自動車さんに指導した結果、同社は(自浄能力発揮の手段として)外部調査委員会を設置して、リコールが不適切であったことを認めた(更なるリコールを届出た)というのが経緯のようです。

この自浄能力発揮の経緯は、最近の内部通報制度の効用の典型的なパターンです。不祥事を知らせる内部通報が社内に届いた場合、この通報を無視したり、通報による調査がずさんだったりしますと、今後は外部通報(内部告発)に向かいます。つまり内部通報者は国交省に対して不正を知らせる可能性が高いわけで、そうなりますと(たとえ隠す意図がなかったとしても)世間一般からは「リコール隠し」があったと評価されることになり、企業にとっては致命的な打撃となります。

昨年(2011年)1月、田辺三菱製薬さんでは、関連子会社において注射剤の品質検査を怠ったままこれを販売していた、という不祥事が発覚しました。この不祥事はマスコミの取材を起因として第三者委員会を設置して、その結果、不祥事を認めることになりましたが、それ以前に内部通報がありました。その内部通報に対しては、親会社である同社が十分な調査をしないままに「不祥事は確認されなかった」との結果を示し、そのままうやむやになっていたところ、マスコミに内部告発がなされたのです。結局、世間からは「また不祥事を隠していたのか」と受け取られ、その後、業界団体から同社が脱退を余儀なくされました(なお、すでに同社は業界団体に再加盟しておられます)。三菱自動車さんも、この田辺三菱製薬さんの事例のような対応だけは避けたい、との気持ちが強かったのではないでしょうか。

企業にヘルプラインがあたりまえに設置されるようになったために、不祥事が発生した場合には自浄能力を発揮するのが当然と思われるようになりました。これを逆から考えますと、内部通報に対してこれを放置していると、後日「不祥事を知りながら隠していた」との評価を受けやすくなったことを示しています。したがいまして、今回の三菱自動車さんのように、「内部通報を受領した場合には、ともかく内部通報が内部告発に変わる前に、なんとか自社で対応しなければならない」という傾向が強くなってくるのです。これが近時における内部通報制度の威力です。

「わざとリコールの範囲を限定的に報告していたのではないか」といった疑問もわくところですが、正確なことは今後の国交省の立ち入り調査等の結果をみなければわかりません。ただ、リコール対応の支援を行った経験からしますと、今回問題となっている「対象車種の範囲」や「対象時期の範囲」というのは合理的な判断によって確定することがとても困難なのです。企業にとってリコールには多大な費用負担が生じますので、どうしてもリコールの対象範囲を狭く解しがちになります。そこで、なぜそのように狭く解したのか、外部第三者に説明がつくような理屈が必要になります。ここがあいまいですと、今回のように社内の関係者からも「対象範囲の限定理由が合理的ではないのでは」と疑問の声が上がります。こういったことからしても、恣意的にリコールを隠していたというよりも、リコールに対する審査が甘かった、というのが本当のところではないか、と推測しています。

本件は、ヘルプライン(内部通報制度)の運用をひとつ間違えると、一次不祥事で止まるはずだったものが、二次不祥事に発展してしまう典型的な事例です。他社でも十分に起きるリスクを内包している事例ではないかと思われます。

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2012年10月23日 (火)

「経営トップと現場社員の情報の共有」は幻想にすぎないのだろうか?

昨日に引き続き、コンプライアンス関連のネタであります。よくリスク管理や危機対応のマニュアルに「経営トップが瞬時に危機管理ができるように、情報は共有されなければならない。そのためには、常に重要な情報が正確に経営トップに届くような仕組みを構築しなければならない」と言われます。企業不祥事発生時に、企業の信用を毀損するような二次不祥事を起こさないために、この「情報の共有」が大切であることは私も間違いないと思います。

ただ、ときどき当ブログにもどなたかがコメントをされているとおり、果たして一次不祥事が発生したような有事において「現場と経営トップとの情報の共有」などできるものなのだろうか?ひょっとしてそれは「幻想」にすぎないのではないだろうか?と不正調査や検証活動を通じて感じるときがあります。

まず第一に情報の送り手の問題。先日の日本触媒の工場事故の件、今年2月の東証システム障害の件などにもみられるところでありますが、情報を伝達するためのプログラム(エスカレーションプログラム)はきちんと構築されていたとしても、これを現場社員が解釈する余地がある場合、果たして冷静に判断ができるでしょうか。たとえば「経営に重大な支障を来すと思われる不具合が認められた場合、直ちに担当取締役に報告すること」とプログラムにあったとしても、おそらく現場担当者は「経営に重大な支障を来すほどではない」と判断することケースがほとんどであります。現場担当者からすれば、ミスにつながる報告になることを承知で「これは経営に重大な支障を来す」と冷静には判断できないからであります。上掲の東証システム障害でも、日本触媒社の工場事故の件でも、現場の報告が遅れたことが問題とされていましたが、これは人情からすれば「重大な事故」だとは思いたくない、という気持ちが前提となりますので、当然にそのような結果になるかと。

また第二に情報の受け手の問題。これは私も事故の検証活動などに参加したことで初めて認識したところで、あまり想像ができなかったのでありますが、情報の送り手がきちんと情報を伝達しようとしても、受け手が「聞く耳を持たない」ということがあります。人間は自分の関心事については耳をそばだてて注意深く人の話を聞きますので、ある程度は送り手の情報を認識することが可能であります。しかしながら、自分に関心のないこと、とりわけ自分が聴きたくないことについては送り手の情報を全く記憶していなかったり、自分にとって都合のよい情報だけをピックアップして認識することになります。情報の受け手である担当取締役自身が、この不祥事によって社内処分を受ける、昇進が遅れる、といった不利益をもたらすものであれば、おそらく送り手の情報をそのまま認識することは困難だと思われます。

そういえば先日ご紹介いたしました沖電気工業社の海外子会社不正事件におきましても、親会社の担当者が現地で調査の上、これを親会社幹部に報告したところ、当該幹部は「監査法人がこれまでおかしいと報告してこなかったし、彼(疑惑対象者)がこれまで実績を残してきた社員です、あなたの調査もわずか三日ほどであり、果たしてあなたの調査が正しいとは言えないのではないか」と難癖をつけて、別に再調査を命じたということがありました。この実例では、当該幹部が会計不正事件によってどれほどのリスクが親会社に顕在化するのか、その全容が不明だったために不安にかられていたようであります。不安が現実化することを認めたくない・・・という気持ちが強ければ、おそらく誰でも同様の理由によって冷静な調査結果を受け止めることができなくなってしまうのではないでしょうか。

このように考えますと、迅速な対応が要求される有事の場面におきまして、現場の情報が経営トップに正確に伝わるというのは「幻想」とまでは言いませんが、かなり困難な作業であることがわかります。私の考えとしては、まず何よりも情報が正確に届かないリスクこそ共有すべきであること、情報は事実と主観的判断を区別して伝達すること、「重要情報」とそうでない情報を仕分けする担当者が平時から(事後検証でもよいので)判断基準に慣れておくこと、どのステークホルダーにとって重要な情報なのか、その優先順位を明らかにしておくことなど、有事における情報共有がせめて合格点に達するための「運用」が大切だと思います。

10月 23, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 9日 (火)

イケア(IKEA)の事業戦略にみるコンプライアンス経営のむずかしさ

京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学賞を受賞された、とのことで、誠におめでとうございます。ちょうど5年前に、当ブログでもご紹介しましたとおり(万能細胞への熱き思い)、大阪弁護士会で(ブレーク前夜の)山中教授にご講演いただいたことがありました。たまたま以前から存じ上げていた関係で、ご講演を依頼したものでありますが、あの京大再生医学研究所のなんとも言えぬ動物臭の中で、講演の打ち合わせをさせていただいたことが思い出されます。私はiPS細胞作製の功績は不案内ですが、山中氏の開発技術を日本の国益にどう結び付けるべきか、というあたりの政治的才覚については、本当に素晴らしいものがあると感じておりました。山中氏も、「コテコテの大阪人」の悲しい性(さが)からか、講演ではかならず笑いをとろうとされるところが、また素晴らしい。スウェーデンでの授賞式を、奥様とご一緒に堪能される姿を楽しみにしております。

さてノーベル賞ではございませんが、スウェーデンに関連するお話であります。先週、少しだけ話題になっておりましたが、家具・インテリア販売大手のイケア社が、サウジアラビア向けのカタログから女性モデルの掲載を消去したところ、母国スウェーデンでは大きな批判を受けたたことで、正式に謝罪をされたそうであります(たとえば毎日新聞ニュースはこちら)。イケア社としては、中東国の宗教上の慣習、文化に配慮して女性モデルを表に出さないようにされたそうでありますが、それがダイバーシティを企業綱領とするイケア社や母国政府の姿勢と合致していない、ということだそうで、政府からも遺憾の意が表明されたとのこと。

昨今、コンプライアンスは「法令遵守」というよりも、「社会からの要請に応えること」と定義付けられることが多くなりました。しかし、この「社会からの要請に応える」という定義も、きちんと考え出すとむずかしいところがあります。このイケア社の例でもわかりますように、グローバル企業にとって海外の地域住民や相手国政府もステークホルダーであり、当該地域でビジネスを展開する以上、その地域の慣習や伝統を守る姿勢は正に「社会の要請の応える」ことであります。グローバル展開する企業が当該地域で尊敬されるのは、まさに当該地域の利益向上に資するがゆえのものであります。当該地域に溶け込むためには、(良い悪いは別として)その宗教的慣習や伝統文化を受け容れる必要があるのではないでしょうか。

しかし一方で、イケア社の母国スウェーデンは世界有数のダイバーシティ推進国であります(男女平等担当大臣、という方がいらっしゃるのですね)。とくに男女平等の精神に反する企業行動は、おそらく母国では受け容れがたいものとなり、サウジアラビア向けとはいえ、販売用カタログに女性モデルだけを消去するという対応は到底許容できないものに映ったものと思われます。これもやはり「社会の要請に応える」という趣旨からすると、全世界共通のカタログを中東国でも配布すべきである、ということになりそうです。母国の国民や政府も立派なステークホルダーなので、結局のところ、グローバル展開を図る一企業としては、どちらのステークホルダーの利益を優先させるか、という難題にぶつかることになります。

このようにコンプライアンスを「社会からの要請に応えること」と解釈いたしますと、結局のところ「コンプライアンスに100%の正解はない」ということになります。よくCSRは「企業が本業によって持続的成長を図ること」と捉えられますが、いくら持続的成長が大切とはいえ、市民との共生を図る形をとらずに持続的成長する企業はいらない、というのが世界のCSRの趨勢かと思われます。したがいまして、こういったステークホルダーの利益の優劣の判断は、自社の企業綱領や企業倫理のモノサシに従って、社会の流れをみながら経営者が行わなければならないものと考えます。また、そういった取締役会での合意形成は、有事になってからでは遅すぎるのでありまして、平時から(現実を直視して)ある程度の優劣判断を合意しておく必要があるものと思われます。100%の正解がない以上、企業綱領に基づいて、どのように判断すれば株主等への説明責任が尽くせるのか、そこでは理屈と倫理と数(管理)の側面から考察しなければならないものと思われます。

ただイケア社の事例でひとつ関心がありますのは、全世界に事業展開をするイケア社のようなグローバル企業において、ある地域の販売戦略が経営マターとされているのかどうか、ということであります。つまりある地域の販売戦略は、その地域の責任者レベルで判断され、経営陣が判断すべき重要事項とはされていなかったのではないか、という問題です。カタログから女性モデルを消去する、という販売戦略が、はたして今回のように母国で担当大臣から遺憾の意を表明され、経営トップが謝罪をしなければならないような大問題に発展することになるとは、想像できたでしょうか。単純に「どっちのステークホルダーの利益を優先すべきか」という問いは、後だしジャンケンの思想であり、リスク管理の視点から本当に大切なことは、誰かが「これって大丈夫?」と、コンプライアンス問題に気付き、これを経営者レベルの問題だと認識できるかどうか、というところではないかと思います。

10月 9, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年9月26日 (水)

気づいても口に出せないファジーコンプライアンス問題

ここ1週間ほど、ちょっと信じられないような企業不祥事が続出しております。パナソニック社のスマート家電事件(電気用品安全法違反疑惑事件)、ソフトバンク社のiphone4下取り事件(古物営業法違反疑惑事件)、そして生協連合会さんの下請法違反勧告事件(勧告額としては過去最高額!)など、どれをとっても「なんで?」と首をかしげたくなるようなコンプライアンス違反事件であります。世間的にみれば「こんな立派な組織がどうしてこんなアホなことやったんやろか」とあきれてしまうところかと。どこもコンプライアンス問題にはきちんと対応できる組織をお持ちでしょうし、法令遵守には極めて厳格な組織であるにもかかわらず、どうしてこのような不祥事が発生してしまうのでしょうか。「うっかりコンプライアンス」の恐ろしさは、今般の不祥事で国民が受けた損害はそれほど大きなものではないとしても、「この会社は、うっかり不祥事を起こす会社なのだ」といった印象を国民に与えてしまうことによる信用毀損に至るところであります。

これは私の推測にすぎませんが、こういった問題は現場から法務部門に「これってどうなの?」と相談があれば、おそらく法務部門からはほぼ100点満点の答えが返ってくるものと思います。法務部門が悩むような場合には、法律専門家の意見を聞くなどして、現場の不安に応えるはずであります。だとすれば、このような「うっかり不祥事」発生の最大の原因は、「現場の情報が管理部門に届いていない」ということであります。よくコンプライアンス経営の基本として、社内における情報の共有(情報の自由な伝達)が挙げられますが、管理部門が把握すべき重要な情報が残念ながら上がってこないということによるものかと思います。

ではなぜ現場から重要な情報が上がってこないのでしょうか。ここから先が問題であります。重要な情報が伝達されない要因のひとつは、現場担当者がリスクに気がつかない、もしくは気付こうという意欲がないことによるものであります。たとえばパナソニックのスマート家電問題では(スマホによって遠隔地から自宅のエアコンのスイッチを入れる、という装置が電気用品安全法違反にあたるのでは、と経産省から警告を受けたことについて)、現場でリーガルリスクについては全く気がつかなかった可能性があります。これって常識的にみて問題はないのだろうか・・・と若干の不安を抱いたとしても、「NTTさんだって、制御装置を活用して遠隔スイッチ操作を販売しているではないか」という一言でおそらく自己の行動が正当化されてしまったのではないでしょうか。ソフトバンク社についても、まさかソフトバンク社が古物営業の許可を持っていないとは思いもよらなかったでしょうし、「経営トップが初歩的なミスをするわけない」といった気持ちから、コンプライアンス違反に関する不安など吹き飛んでしまった可能性があります。

さて以上は現場がリスクに気付かない、もしくはバイアスが働いてリスク感覚がマヒしてしまったので、現場の情報がバックオフィス部門に届かなかった例を示したものですが、もうひとつの要因も考えられます。それは「リスクには十分気付いたけれども、社員が見て見ぬふりをした」可能性であります。実際にはこちらの可能性のほうが高いのではないでしょうか。

コンプライアンス経営に、真剣に取り組んでいる企業ほど、各部門間における情報共有のシステムが内部統制の一環として構築されています。つまり各部署の社員間で自由に情報が伝達される仕組みが整っているわけであります。これは一見するとコンプライアンス経営にとってはプラスです。しかしマイナス面があることも忘れてはなりません。つまり各部署で情報の共有化が進むということは、各部署が他部署の努力の跡を理解している、ということであります。数年かけて製品化した技術開発部門、一生懸命広報作業を行って販売にこぎつけた営業部隊、そういった姿をみるたびに、他部署の社員は頑張っている部署に対して後ろ向きの意見がいいにくい環境が醸成されていきます。つまり他の部署が努力してきたことを情報として知りつくしているからこそ、他部署への思いやりの気持ちが先に立ってしまい、「これって問題ではないか」といった意見を出しにくくなります。「おかしい」と気づいても、これを口に出して言えないのは、こういった状況の中から生まれるわけでして、これはたいへん深刻なケースであります。

パナソニック社のスマート家電戦略も、またソフトバンク社のiphone下取りキャンペーンも、いずれも今秋の重要な営業戦略です。おそらく組織全体が、「この戦略で一気挽回」という雰囲気に包まれていることが想像されます。そんな中で何人もの社員が「ちょっと大丈夫なのかな?」と法令違反疑惑に気がついたとしても、それを口に出して言えるものなのでしょうか?さきほどまで、私は某東証一部上場メーカーさんの法務部員、総務部員の方々と夕食を共にしておりましたので、その席で、この疑問をぶつけてみました。その法務部門の方曰く「もし、ウチの会社だったら『お前、会社が起死回生に向けて努力してるときに、なんでそんな水を差すようなこと言うねん!』で終わってしまうだろう」とのこと。もちろん、法務部門まで「おかしいのでは」といった相談が来ていれば、自分たちがリスクをきちんと説明するし、職務である以上、「勇気」などといった問題ではないそうです。しかし、法務部門まで現場の声が届くかどうかということについては悲観的な感想をお持ちでした。

生協連の下請法違反も、(もちろん私の推測ですが)確信犯的なコンプライアンス違反ではなく、いわゆる「うっかりコンプライアンス」だと思います。自分たちは長年の慣行に従って取引先との返品処理を行っていたつもりでも、「おかしい」と先に感じたのは返品を受ける下請け業者の方々だったのではないでしょうか。公正取引委員会の判定理由には不満があるかもしれませんが、「長年の慣行」というだけで、社内の常識と社外の常識に食い違いが生じているのではないか、と疑ってかかる気持ちは失せてしまっていた、ということは事実かもしれません。

本日、お昼に開催された某研究会の席上、ある弁護士の方が「グレーな企業活動について、適法性を相談されることってたいへんですよね。グーグル検索だって、いまでこそ当たり前になってしまったけど、最初は『これって著作権法違反ではないか』と話題になってましたよね?あのとき、著作権法疑惑に関する相談を受けて、これは大丈夫だ!って自信をもってアドバイスできた弁護士っていたんでしょうかね?」とおっしゃったのが印象的でした。たしかに「大丈夫か」と聞かれて、私もうーーーんと悩んだかもしれません。後付けでモノを言うのは簡単ですが、「これって下請法違反では?」と不安を抱いたとしても、それを口に出して問題にするには相当の勇気がいるでしょうし、「たしかに問題だよね」と同調することにも、相当の勇気がいることかと思われます。内部統制がしっかりしている企業でも、ファジーコンプライアンスには、多くの難問が潜んでいることを、こういった実例からも想像されるところであります。

9月 26, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (9) | トラックバック (0)

2012年9月13日 (木)

内部統制がしっかりしている企業ほど大きな不祥事が発生する?

逆説的なタイトルで申し訳ございませんが、企業の社会的信用を大きく毀損させてしまうような企業不祥事を発生させるのは、意外と内部統制がしっかりしている企業ではないか・・・といった感想を持つことがあります。ちなみに、ここでいう「内部統制」とは、経営管理としての統制プロセスのことを指すもので、経営トップの意思決定が迅速に業務執行の最先端まできちんと伝わる、という意味でございます。

今年1月25日に当ブログエントリー「外から『あやしい』中から『おかしい』の関係」でも触れましたが、大きな不祥事が発生しているのではないか・・・と外部第三者が「あやしい」と感じても、それを外部から公言するには莫大なエネルギーが必要なわけでして、ましてや組織内部の者が「おかしい」と口に出すにはそれ以上の力を必要とするわけであります。昨年のゲオ社の不明朗取引事件において、「おかしい」と一部取締役が口に出すようになったのも、社内における支配権争いが存在したことに起因しており、またオリンパスの損失飛ばし・飛ばし解消スキーム事件において、外国人社長が「おかしい」と口に出すようになったのも、当時の会長との決定的な対立関係が生じたことによるものであります。さらに今年のアコーディアゴルフ社のコンプライアンス問題も、やはり元専務の方の記者会見が発端でした。こういった事例からしますと、ただ単に「全社的な内部統制は良好である」といいましても、それだけで企業が不祥事を積極的に公表し、自浄能力を発揮することはかなり困難ではないか、と思われます。

ましてやカリスマ的な経営者が存在し、トップの意思決定が末端にまで迅速に伝わるような(まじめな)組織においては、上記のとおり「あやしい」とか「おかしい」と感じたとしても、組織内部の者が、それを口に出すことは至難の業であります。昨年の九州電力賛成意見投稿依頼文書事件(やらせメール事件)の際にも述べましたが、企業としての組織の結束力が強い場合、会社にとって不利益な情報はなかなか外部第三者に伝わることはなく、一枚岩となって不祥事を表面化させることを防ぐのではないかと。先日ご紹介しましたAIJ投資顧問の元企画部長がお書きになった本のなかにも、年金情報誌ではずいぶん前から「AIJの運用は怪しい」と公表されていたにもかかわらず、AIJの役職員としては、社長の普段の言動に全幅の信頼を置いていることから、誰も「当社は怪しいことをしているのではないか?」といった疑念を持っている気配すら感じられなかった、と記されています。リーマンショック時にも、東日本大震災の時にも、AIJが大きな損失を出さなかったことも、「たまたま大きなポジションをとらなかった」という社長の説明に納得していたために、誰も年金雑誌の疑惑記事など問題にしていなかったようであります。

社内抗争などのゴタゴタが発生していない組織において、不祥事の疑惑が持ち上がった場合、すぐに「社内が有事に至っている」などと認識する役職員はいないのが通常であります。その理由は、①楽観視「たいしたことではない」、②先延ばし「もう少し疑惑がはっきりするまで様子を見よう」、③社内常識の優先「なんだか騒いでいる人がいるけど、あの人はちょっと社内では変わっている人だから」、④根拠なき確信「あれだけ会社に功績を残した人が、へんなことするわけない」などによって、すでに役職員の心のバイアスが働いてしまうからであります。つまりいくら内部統制がしっかりしていても、役職員の心の働きとして、不祥事発生の可能性を打ち消してしまったり、保身目的が強く意識されるからであります。そうしますと、一次不祥事を発見してなんとか早期に信用回復を図る機会が喪失され、不祥事が大きくなった後に、内部告発等によって発覚する、というパターンになるのが通例かと思われます。

支配権争い等を繰り返していない組織では、内部者が「おかしい」を口に出すことが現実に困難であり、いわゆる「二次不祥事リスク」がどんな組織にも長年存在するのであれば、やはり組織内部の者が口に出さずに有事意識を社内で共有できるシステム(不正の「おそれ」まで間口を広げた内部通報制度+ガバナンス+企業倫理)をもって対処せざるをえないと思います。とりわけ外部第三者からの「あやしい」なる声が上がった場合には、社内の役員には保身目的によるバイアスが働くことが当然のことと考え、せめて会社が有事に至っているのかそうでないのか、冷静に意見が述べられる役員の存在はガバナンス上ではとても重要かと。

9月 13, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月29日 (水)

社長にはなぜ社内の不祥事情報が届かないのか?(増資インサイダー事件)

本日(8月28日)金融庁より、平成24事務年度監督方針が公表されましたが、同監督方針には、重点項目のひとつとしてインサイダー取引への適切な対応が掲げられております。その金融庁の増資インサイダー事件解明のための並々ならぬ意欲が、本日の日経新聞2面「ルポ迫真」で報じられている野村證券(野村ホールディングス)社へのSESCの調査活動の内容から読み取れました。

増資インサイダー疑惑について、野村HD社は当初は楽観的な見方だったようで「問題はあるが、法的にはグレー」といった認識だったそうであります。SESCによる特別検査の後、第三者委員会による調査に委ねたところ、そこで解明された事実は、これまで社長が報告を受けていた事実とは異なったものとなり、社長は声を荒げて怒ったとのこと。

上記記事によれば、野村HDの経営陣は当初「社内処分で事足りる」と考えておられたそうですが、本当はそこにコンプライアンス上もっとも深刻な課題が横たわっているものと思われます。そもそも社内処分で済ませられる、ということは、その社内処分を受ける者だけが馬鹿をみる、ということになります。ほかの社員も同じことをやっている、私の(顧客への情報提供サービスという)営業努力で上司が成績を上げている、といったことが頭をめぐるのであれば、なぜ幹部社員や担当者が真実を上司に語るのでしょうか。私からすれば、自分の出世や家族の生活を守るために、「たいしたことはしていません」と報告することは当然なわけでして、組織としての野村HDを守るために自分が正直に社内処分を受ける動機など、ほとんど見当たりません。ましてや、社内処分の対象となるのが担当執行役員なども含まれるのであれば、(彼らにとって出世競争はそこで終わってしまうわけですから)到底社長に真実の情報が届くはずはないのは自明のことであります。

上記記事で興味深いのは、MOF担(大蔵省との交渉役)経験のある会長と、経験のない社長との間で、インサイダー取引リスクに関する温度差があったことであります。会長は4月の時点で金融庁の本気度を認識していた、つまり野村HDが有事に至っていることを肌で感じていたようで、的確に金融庁の意向をくみ取ることになります。残念ながら、社長さんはこの有事意識を共有していなかったために、部下から上がってくる情報をもとに「法的にはグレー」との甘い認識を持ち、その情報の確度を疑わなかったものと思われます。もし疑惑発生当初から経営執行部が有事意識を共有していたとすれば、部下から上がってくる情報のバイアスを(リスクとして)感じることができたのではないでしょうか。つまり社内処分で済ませられるほどの個別社員の特殊事情に基づくインサイダー事件ではなく、組織に蔓延している構造上のインサイダー許容風土に要因があることに思いを巡らせることができたのではないでしょうか。これは決して社長さんに責任がある、などと申し上げているものではなく、社長さんはたとえ有事に至っても、会社を背負っていくためにやらねばならない「日々の課題」が山積しています。まさにリーマンショック以降の経営立て直しに頭がいっぱいだろうと推測されるのでありまして、インサイダー問題など、頭の隅っこにほんの少し思い悩んでいる程度のことです。その隅っこの問題がいかに大きなことなのかは、誰かが口に出さねば社長は有事意識は持てないだろう・・・ということではないかと。

7月26日に野村HDの社長さん、最高執行責任者の方々は辞任会見を開くことになりましたが、金融担当大臣は、同日の記者会見で「野村の自浄能力は概ね認められた」と述べています。つまり、社長さんはインサイダーとリーマンショック後の経営責任とは別だといった意味で会見したにもかかわらず、金融庁側は、インサイダーの責任をとって辞任したのだ、と受け止めています。いくら「風通しのよい企業風土」を目指すといっても、組織や他の社員の問題を背負ってまで(つまり自分が犠牲になってまで)社員が真実をトップに語るものと考えるのは甘すぎると思います。第三者委員会が迫ったような、組織構造上の問題まで遡った原因究明を、社内調査の段階で徹底するトップの意欲が社員に伝わらない限り、自浄能力が発揮されることはないものと考えています。今回は行政当局がステークホルダーとして登場してきますが、これを一般国民に代えて考えますと、昨年の九電のやらせメール事件にとてもよく似た構造ではないかと思います。社内の常識と社外の常識が食い違っている・・・・ということに、社内のだれが気づき、それをいつ口に出すのか、これこそ不祥事対応の明暗を分けるポイントになるケースが多く見受けられるようになりました。

8月 29, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年6月14日 (木)

美貴亭食中毒事件と「やぶへびコンプライアンス」リスク

藤本美貴さんをイメージキャラクターとした焼肉店「美貴亭」の食中毒事件については、あまりにも反響が大きく、当ブログのネタとしては「ふさわしくない」と思いましたので、もうブログネタにはしないつもりでおりました。しかし、ご承知のとおり本日の急展開にビックリしておりまして、もう一回だけこの事件について触れておきたいと思います。

ニュース等で皆様ご承知のとおり、「美貴亭」を実際に運営していた会社の代表者の方が本日(6月13日)、労働基準法違反で逮捕された、とのことであります。美貴亭の食中毒事件に関連して、というわけではなく、京都や神奈川で経営している「ガールズ居酒屋」で未成年者を雇用し、よろしくない格好で客に飲食物を提供させた、とのこと。京都府警と神奈川県警の合同強制捜査ということだそうですが、美貴亭事件と実質的経営者逮捕との時間的な近接性は単なる偶然とは言えないと思われます。

単なる偶然ではないと考えますと、ふたつの可能性があります。ひとつは美貴亭食中毒事件の捜査を展開しているなかで、たまたまガールズ居酒屋の経営状況を調べていたところ、労基法違反の事実が発見された、というもの。そしてもうひとつは、美貴亭食中毒事件の真相究明のためには、どうしても実質的経営者の強制捜査が必要となり、「すでに把握していた」ガールズ居酒屋の労基法違反容疑の事実を活用して身柄を確保した、というもの。新聞ニュースだけでは、いずれかは不明であります。しかしビジネス法務の視点から本件を考えますと、いわゆる「やぶへびコンプライアンス」事例の典型例かと思います。

もうすでに当ブログでは何度か解説させていただきましたが、「やぶへびコンプライアンス」というのは、①事件や事故を原因として企業が行政当局による調査対象になってしまったところ、それまで社内で眠っていた不祥事が行政当局やマスコミによって掘り起こされてしまって、むしろ眠っていた不祥事が発覚することで企業の信用が毀損されてしまうケース、②行政当局が「違法状態」にある企業をそのままマークしておいて、一般国民や消費者に(当該違法状態とは別件の)被害が生じたり、苦情が出てきた場合に、その「違法状態」を活用して被害の拡大や事故の発生を未然に防止するケースなどが典型であります。いずれのケースも、発端となる問題が生じることで、「この程度なら大きな問題にはならない」と考えていた不正が突如、後戻りできない企業不祥事として大きな問題に発展してしまうものです。

たとえば①の事例は、昨年の東京ドーム事故や天竜川川下り事故などにみられます。遊戯施設の事故によって、その事故の本当の原因は不明なのですが、事故調査の時点で行政規制や社内ルールに反する施設運営の実情が明るみとなり、これをマスコミが大々的に報じることで「こんないい加減なことをしているから事故が起こる」と一般国民に認知されるものであります。 事故の原因が不明であり、その責任主体はどこにあるのか不明であっても、こういったニュースによって企業の信用が地に落ちる、というパターンです。②の事例は、風俗店などが軽微な消防法違反の状況にあることを警察が認知しておき、風俗店に対する町民の苦情が出た場合に、苦情対応を主たる目的として、別件(消防法違反)で検挙する、というパターンであります。警察行政の在り方として、企業における形式的な違法状態を把握しておくことで、その営業から生じる国民生活への侵害行為に備える、というものです。

最近のクラブ規制も、取締の主たる目的は大麻や脱法ハーブなどによる薬物犯罪を検挙するというところにあるが、とりあえず摘発がしやすい風営法違反(営業許可の必要な風営法上の「接待」にあたる、というもの)として立件するという流れであり、②の典型例といえます。ひょっとすると「コンプガチャ問題」も、賭博的な(射幸性の高い)行為が行き過ぎてしまったので、景表法違反という「より立件しやすい違法行為」を問題視して、こちらを前面に出して本来規制すべき「賭博性の高い営業活動を抑止する」ということが目的だったのかもしれません。

企業コンプライアンスの視点からすると、企業内において「これぐらいなら軽微な違法であり、とくに問題となることはない」と思料できるような形式的違法行為はそのまま放置することなく、早めに社内で対応せよ、という教訓であります。美貴亭食中毒事件がなければ、実質経営会社の社長さんが、いきなりガールズ居酒屋の件で逮捕されることはなかったかもしれません(よくありますように、食中毒事件で企業不祥事が発覚しますと、いきなり内部通報や内部告発が増えますが、そういった告発が警察に届いた可能性も考えられます)。また労基法違反の状況をすでに解消していたとすれば、(立件できるだけの証拠が把握できないという趣旨から)食中毒事件の捜査に活用されることもなかったかもしれません。上場会社においても、この「それだけでマスコミが騒ぐような不祥事とはいえないけれど、別の不祥事が発生した場合には、合わせ技一本で企業の社会的信用が地に落ちてしまう」といった類の不祥事を、社内に抱えているケースが結構多いはずです。「合わせ技一本」によって苦しい立場に追い込まれることがないよう、「やぶへびコンプライアンス」のリスクについては平時から留意しておきたいところであります。

6月 14, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年4月18日 (水)

特別コンプライアンス委員会?or第三者委員会?(アコーディアゴルフの乱)

またまた脊髄反射的に取り上げてしまいそうな企業不祥事ネタであります。東証一部のアコーディアゴルフ社におきまして、社長さんの会社資産の私的流用疑惑を(役付を解任された)専務さんが告発したそうであります。アコーディアゴルフ社といえば、高い評価を受けているコーポレートガバナンスで有名のようで(ISSユニバースに組み込まれている企業のうち、上位0.2%に位置しているとのこと)、実際にも取締役10名のうち、3名が社外取締役、監査役に至っては4名すべてが社外監査役(常勤1名、非常勤3名)で構成されています。東洋経済さんの記事では「お家騒動」と報じられておりますが、見方を変えれば企業の自浄能力が機能した事例・・・ということも言えそうな気もいたします。そもそも社長さんの会社資産私的流用の事実は大株主から監査役に届いたようで、この監査役さんがコンプライアンス委員会に情報提供、専務の方が本格的に調査を開始しようとしたところ、臨時取締役会で解任された、というもの。

ただ、ここからが難しいところですが、会社側は社外取締役3名から構成される「特別コンプライアンス委員会」を設置して、専務を含む社内取締役4名を(接待費流用等で)調査対象とするとリリースしたのでありますが、この告発をした専務さんは、「社内の調査では公正さは担保できない。第三者委員会の設置を臨時取締役会で提案したところ、否決されてしまった」そうであります。また特別コンプライアンス委員会は社長の資産不正流用の件は特に明示して調査対象とはされていない、とのことであります(あくまでも東洋経済さんのニュースに基いています)。

現在、世間では社外取締役制度の義務付けの是非が論じられておりますが、この時期におきまして社外取締役のみで構成される委員会がどのような活躍をみせるのか、今後の論議の行方を占う試金石として重要かと思うのでありますが、いっぽうにおいてコンプライアンス委員会の委員長まで務めておられた専務の方の告発では「社外取締役による調査体制では不十分。第三者委員会による調査が必要」と述べておられるのであり、非常に複雑な状況を呈しております。専務さんのおっしゃるように、社外取締役といえども、公正な調査は期待できない・・・というのが正しいということであれば、またまた「ほれみろ、社外取締役といったって、しょせんは社長の子飼いではないか」と揶揄(やゆ)されることになりそうです。企業法務で著名な弁護士の方が社外取締役として調査に関与される以上、調査には非常に期待がかかるところではあるのですが・・・・・

社長さんの私的流用の内容が、これまた「すさまじい」だけに、おそらく新聞や雑誌ネタになる事件かとは思いますが、いずれにしましても、これだけコーポレートガバナンスがしっかししている(と思われている)上場会社において、今後社内調査(特別コンプライアンス委員会による調査)のみで問題終息に向かうのか、それとも第三者委員会が設立されるような事態になるのか(ちなみに専務は東証にも調査依頼を要請しているとか)、今後の展開に注目したいと思います。とりいそぎ、本日は速報版のみにて失礼いたします。

4月 18, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年3月13日 (火)

生活者の企業観の変遷と「企業不祥事の公表」について考える

一部の新聞でも報じられておりますが、財団法人経済広報センターさんが、第15回生活者の企業観に関する調査結果を公表しておられます。「企業を信頼できる」と回答した方が43%(前回よりも8ポイント下落)と、調査以来初めて下落したそうであります(朝日新聞ニュース)。朝日が報じているように、おそらく昨今の企業不祥事のイメージが生活者の意識に残っていることによるものかと思われます。

個別のアンケート集計結果のなかで興味深いのは、「企業からの情報で不足していると思われるものは?」との問いに対して、「不良品や不祥事に関する情報」で57%と最も多く、次いで、「企業の社会的責任に関する方針・行動指針に関する情報」(38%)、「企業理念やビジョンなど、経営の考え方に関する情報」(37%)とのこと。その一方で生活者の方々は、商品・サービスを購入する際、何を重視して決めるのか、という問いに対して「不祥事を起こしていない企業の商品・サービスを優先して購入を決める」(2011年度27%、2010年度21%)との回答が増えております。

つまり生活者にとってみれば、不祥事を起こした企業は、その不祥事情報は誠実に公表してほしい、と願う反面、不祥事を起こした企業の商品は買わない傾向にあるわけでして、企業業績に及ぼす影響を考えるならば、(できることなら)不祥事を隠して商品を売る、というインセンティブが企業に働くことが考えられます。とくに消費者の安全・安心に関わる商品であれば、不祥事情報は商品の売上に直結するものでしょうから、「できることなら墓場まで持っていく」つもりで自社の不祥事は隠したいところでしょう。

もちろん本当にバレる可能性がないのであれば、(取締役の信用回復義務なる発想がそもそも出てこないわけですから)それはもはや法律の世界ではなく、企業倫理や経営理念、トップの経営方針に拠るところの話だと思います。しかしこれだけ内部告発やネット上の犯人捜しが横行する現代社会において、本当に墓場まで持って行ける不祥事がどれだけあるのでしょうか?今朝(3月12日)の日経法務インサイドでも話題になっておりますように、急激なSNSの発展によって犯人探しがあっという間に展開されます。以前、当ブログで「日清ラ王騒動」を取り上げましたが、高齢者の朝日新聞への投稿記事が発端となって、2ちゃんねるで犯人探しが始まり、わずか半日で日清食品さんの問題行動が発覚、翌日に謝罪広報となりました。日清食品さんの対応は極めて速やかなものでしたが、後日、不祥事が「発覚」してしまった場合、自ら公表する場合とはくらべものにならないくらい「安全、安心」への信頼は喪失されることになります。「不祥事発覚の可能性」を十分に検討しない場合は、リスク管理体制の構築に関する問題となり、役員の善管注意義務違反が法的責任として問われる事態となります。

それでは不祥事を公表することで事業自体が継続できなくなる可能性が高いケース、逆に公企業に近い法人で、不祥事隠しが非難されて信用が落ちても、売り上げが落ちない企業のケースではどのように考えればよいのでしょうか。こういったケースでは、レピュテーションリスクの恐ろしさを経営者が共有できないため、不祥事を隠すことへのインセンティブが高まるように思われます。しかし「不祥事の公表」は企業の隠ぺい体質を体現するものとして企業の社会的評価に関わるリスクと考えられるだけでなく、企業による情報提供の一環とも言えるものと思います。企業が財やサービスを国民に提供している以上、その商品を世に出す企業は(通常の耐用年数に至るまで)国民の生命、身体、財産の安全を確保する義務があります。たとえば商品リコールは、企業だけで判断するものではなく、国民との情報のやりとりのなかで国民と一緒に(その要否および原因を)判断する、というアメリカの思想があります。企業が国民に情報を提供しない、ということは、当該企業が世に出した製品の安全性を保証しないことを意味するのであり、パロマ工業事件刑事事件判決のように経営者には厳格な法的責任が認められる場合が生じます。これはリスク管理の領域を超えて、企業経営の根幹に関わる問題だと理解しております。

「不祥事」といっても、公表しなければならないほどの重要性があるケースはそれほど多くないと思いますが、たしかに上の調査結果からすれば、不祥事を発生させてしまった企業の商品は(公表することで)一時的には売れなくなってしまうかもしれません。しかし「自浄能力」のある企業であることを発信すれば、市民と企業との間における信頼関係を、かろうじてつなぎとめ、名誉挽回のチャンスは訪れるものと思います。いっぽうで、公表しないことが後日発覚する企業では、もはや社長がなんと弁解しても国民からは信頼されず、社会的責任を全うできない企業、というイメージがいつまでもつきまとうことになるかと思われます。

3月 13, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月26日 (木)

二次不祥事を「自社で公表すること」と「不意に見つかってしまうこと」

つい先日、コンプライアンス研修でおじゃました某社の件、やはり残念な結果となりました。用地買収にからんで、採石会社との間で立退き交渉を担当していた社員が所得税法違反ならびに詐欺罪で起訴されていた事件でありますが、当社員が逮捕された時点では「会社は裏取引の事情は一切関知していない」と全面否定し、各報道機関も「組織ぐるみでは?」と疑いつつも会社側の主張を尊重しておりました。

しかし昨日(1月25日)日経、毎日、読売等が報じるところでは、当社員の第二回公判における検察冒頭陳述で、同社が(当社員と採石会社との間における)裏取引の事実を知りながら、ゼネコン等を通じて(裏取引の一部を履行するため)この採石会社に便宜を図っていたことが公表された、とのこと。日経記事では、具体的にこの採石会社をゼネコンの下請けとして使うよう、強くゼネコン側に要求していたことまで記されております。検察側の冒頭陳述の内容から、会社側の事件への関与が公表されてしまう・・・というのは、事実無根だと反論したり、無視するわけにはいかないため、会社側としても非常にキビシイ状況かと思います。

研修講師としてお招きいただきながら、たいへん失礼かとは思ったのですが、その当時同社幹部職の皆様方の前で私は、

先日の事件ですが、会社の皆様方も知っておられたのではないですか?だって、誰でも尻込みしてしまう仕事(採石会社との立退き交渉)を彼(被告人)が、その特異なキャラクターをもってやっていたわけで、彼が「やりたい放題」やっていても、代わりの社員がいない以上、黙認せざるをえなかったのではないですか?彼だって「文句があるなら告発してもいいよ。でも、この仕事、いったいほかに誰ができる?」みたいな行動をとっていたのではないですか?会社にとって用地買収は避けられない仕事。その重要な仕事を彼以外に代替できない・・・ということで、おかしなことをやっていても「しかたがない」で済ませていたのではないですか?

と申し上げました。(当時、ご担当者の方から、ぜひ事件についても触れてほしい、との要望がありましたので、私の率直な感想を述べました。もちろん、みなさんシーーーーンとされておりましたが。)昨日のニュースを読み、やっぱりなぁ・・・といったところですが、「組織の認識の有無」は、被告人の犯行の重要な背景事情になるわけですから、こういった形で表に出てくることはどこまで会社として予想されていたのか、そのあたりがとても知りたいところであります。担当社員の違法行為が「一次不祥事」であれば、組織が裏で便宜を図るのは「二次不祥事」でしょうし、かつマスコミからの問い合わせに「裏の確認書の存在は一切知らない」と言い切ってしまったのは「三次不祥事」に該当します。

この「二次不祥事」はまだ企業の性格からして、(もちろん悪いことですが)用地買収を進めるうえでやむをえなかった行動、ということで同情の余地があるかもしれません。しかし問題は「三次不祥事」(マスコミからの追及に対して虚偽説明をしてしまう)であります。会社側は「現在調査中」とのコメントを出しておられますが、昨年11月当時、あれだけマスコミが「組織ぐるみでは」と質問責めをしているなかで否定をされていたわけですから、どうにも始末が悪い。有事に直面した企業の危機対応は、それ自体、企業の本当の姿を表すといえます。「これが企業風土」と言われても反論できないわけでして、そのあたりがとても残念なところであります。

「待ってました」とばかり各紙が報じるわけですから、これが一般の民間企業でしたら信用の著しい低下は避けられないところかと。傾く心配のない企業ですから、大事にはならないわけですが、できれば「四次不祥事」など発生しないような誠実な対応をとっていただきたいと願っております。

1月 26, 2012 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年11月24日 (木)

大王製紙の「創業家支配」排除は必要か?

大王製紙エリエール・オープンが終了するのを待って元会長さんへの強制捜査が始まりましたが、本日報じられているところでは(106億円の子会社からの流出のほかに)大王製紙の非連結関連会社からも、さらに5億円以上の迂回融資が元会長氏の口座へ流れていたそうであります。強制捜査に踏み切るにあたり懸案とされておりました被害弁済(会社損害の有無)や資金使途(自己の利益を図る)の要件もクリアされてきたようです。ただ子会社役員の「共謀」を認定している点や、東京地検特捜部が今年4月の時点で元会長氏の海外口座を把握し、内偵していたと報じられていますので、本当は今年3月か4月の時点で社員(子会社社員?)から当局あたりへ内部告発があったのではないでしょうか?9月の時点における子会社財務担当者からの内部通報は、あくまでも社内調査を開始するきっかけにすぎなかったのかもしれません(通報伝達ルートがイレギュラーであったことが不正発覚につながったことは既に述べたとおりです)。このあたりは今後、捜査等では明らかにならないかもしれませんが。。。

オリンパス事件と並び、今年の企業不祥事の代表格となってしまった本事件ですが、こういった事件をきっかけとして、10月以降、ガバナンス論議が盛んになっております。「ほとんどの上場会社はまじめに仕事をしているのであって、これらの事件は特殊事情にすぎない」とも指摘されているわけですが、私は当たっている部分と違う部分があるように思います。

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大王製紙事件などの同族企業を例にとって、経営者関与の企業不祥事発生のメカニズムを表現したのが上図であります。あらかじめ申し上げますが、これは大王製紙に関するものではなく、あくまでも同族企業に関する一般的な傾向、という意味でまとめたものです(念のため)。

左に「不祥事の芽」と書いておりますが、これはあくまでも不正リスクが存在することを述べているものでありまして、決して創業家一族によるグループ支配体制が「悪」と決め付けたものではありません。絶対的支配があるからこそ、指揮命令系統が明確となり、震災対応など緊急時の意思決定が迅速となって企業の社会的責任を果たし得るケースもあるでしょう。うまく機能すれば企業倫理も社員一般に広く浸透するのではないでしょうか。以前も書きましたように、たとえば営業部門の不祥事というのは、根っこは顧客、取引先、同業他社担当者らとの「信頼関係」と裏腹にあります。ステークホルダーとの信頼関係を維持することは営業にとって重要でありますが、その信頼関係が共謀や個人的な貸し借り、競争制限という病巣の発端にもなります。同じように同族企業における経営者関与の企業不祥事は、絶対的な支配力が企業の強みである反面、一歩間違えると企業のガバナンスがマヒする、というリスクの上で発生することとなります。

大王製紙事件の特別調査委員会報告書では、今後当社の再発防止に向け、この企業グループ全体を井川家が絶対的権力で支配する構造を変えなければならないと結論つけておられます。たしかに、大王製紙社の支配力が排除されることがもっとも立ち直りのきっかけとしては大きいものと思います。しかし一族系企業が多くの会社の支配株主である以上、一朝一夕にそういった体制が変わるはずもないわけで、むしろ絶対的支配力が存在するなかで、今回のような経営者不正が起きないようにするための仕組み作りを検討することが「思考停止」に陥らない対応ではないかと思います。

ひとつの案としては、経営者不正は経営者だけで完結するものではない、という点を捉えることが考えられます。架空循環取引等、会計不正に関する事件をみれば明らかですが、経営者に近い者だけで不正を継続して犯すことは不可能であり、からなず支援する社員の存在があります。オリンパスの事件にしても、20年あまり損失の飛ばしを経営者だけで敢行できるわけもなく、そこには将来の昇進を約束された社員の協力が不可欠であります。大王製紙のケースでは、通報システムの伝達経路は元会長と実弟である元取締役が管理しているため機能しなかったのかもしれませんが、たとえば不正に加担した社員が監査役や社外役員に直接通報できるシステムなど、特別予防的にも、また一般予防的にも経営者を不正から遠ざけるシステムによって「不祥事の芽」によるリスクの顕在化を防止すべきであります。こういったシステムの構築と、ガバナンス改革を併せることで、はじめてそこそこの不正予防、不正早期発見の可能性が高まるのではないでしょうか。

大王製紙事件のように、一次不祥事自体が「明らかに特殊事情」である、という事情がなければ、そもそも二次不祥事が表面化することもないわけでありますが、企業はどこでも不祥事の芽を抱えているのでして、また大事件に発展してしまいますと、それが直接の原因か否かは不明なまま、監査役や監査法人の無機能、取締役の監視義務違反といったことが批判されます。そう考えますと、どこの企業もガバナンス改革の必要性は指摘されるところであり、「うちは経営者の倫理意識は高いからだいじょうぶ」と安心してはいられないものと考えます。

11月 24, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年11月18日 (金)

「清武の乱」とコンプライアンスの本意

(18日深夜 追記)

このエントリーは、昨日いったんアップしたものの、世間のご批判にさらされるのではないか、「お前の方がコンプライアンス感覚が欠如しているぞ」と言われるのではないか、と臆するところとなりましたので、非公開としておりました。しかしブログをご覧の皆様にいろいろとお教えいただくほうが、自身の勉強にもなると思い、改めてアップした次第です。(以下本文)

電車の中で聞こえた会話。。。 「そらぁ、清武がかわいそうやがな。ナベサダが悪いねん、ナベサダが諸悪の根源やがな!」
  ・・・サックス奏者に罪は無いと思うのですが、とんだとばっちりです。。。

(フェイスブック仲間である某大手メーカーの労組執行委員長の方のつぶやきのパクリです)

さて、オリンパス事件にエントリーが集中していたせいで、話題に完全に乗り遅れてしまった株式会社読売巨人軍の内紛問題でありますが、ナベツネこと渡辺読売新聞グループ取締役会長と読売巨人軍清武取締役(代表職)との対立におきまして、清武氏側よりナベツネ氏による重大なコンプライアンス問題が指摘されております。しかし、「コンプライアンス問題」と指摘されているわりには、いったいなにがコンプライアンス上問題となるのか、いまいちよく把握できておりません。世の中で「コンプライアンス」という言葉が当たり前のように使われる今日、その言葉の認知度が高まるにつれ、内容が希薄化していくのも若干不安がございます。そこで、この騒動の中で語られている「コンプライアンス違反」とは何を指すのか、考えてみたいと思います。

とりあえず、清武氏による声明文から察するところでは、ヘッドコーチの人事計画をナベツネ氏に報告していったん了承してもらっていたのにもかかわらず、後日「俺は聞いていない」とナベツネ氏が激怒し、別の方をヘッドコーチに据える案をひそかに原監督と協議して清武案をひっくり返したことを「重大なコンプライアンス問題」ととらえているように思われます。ヘッドコーチ予定者に清武氏が内示をすでに済ませていたことから、親会社の役員といえども、契約法理に従って考えれば一方的に内示を反故にすることはコンプライアンス違反である、といったところでしょうか。

しかし選手同様、監督、コーチも(労働基準法上は)読売巨人軍の従業員ではなく、個人事業主ですから、その契約は労働法上の雇用契約ではなく、また契約社員でもなく、いわば請負契約に近いものかと(子会社による対外的な事業活動に近いのかもしれません。そうでなければ解任など簡単にできないはず)。しかもまだ内示の段階ですから、契約の拘束力はあまり強くないのでは・・・と考えられます。就職時における「内定違反による損害賠償」といった問題も出てこないのではないでしょうか。そのような段階で、100%親会社の役員が子会社の事業活動に関わる経営判断に口をはさむのは、普通どこの会社でもあると思うのでありまして、子会社役員がこれを嫌うのであれば断固拒否すればよいだけの話ですし、また親会社として、そのような子会社役員の対応が気に入らなければ臨時株主総会を開いて解任すれば済むことであります。そのような事態は普通によく耳にするところでありますが、これが特に「重大なコンプライアンス違反」と言えるのかどうか、私はちょっと自信がございません。

むしろナベツネ氏が桃井代表取締役(オーナー職)からオーナー職をはく奪し、また清武氏の処遇問題も独断で決める、ということは、子会社の事業活動ではなく、純粋な組織規律への介入であり、そっちのほうが問題ではないかと思われます。ご承知のとおり、会社法362条4項では、「支配人その他重要な使用人の選任及び解任」は取締役会の専決事項、つまり企業の重要な従業員を指名することは業務執行者に委任することはできず、かならず取締役会で決議をしなければならないことになっております。この「支配人」には、たとえば執行役員、営業本部長等も含む(会社法概説 大隅・今井・小林著)とされておりますので、オーナー、GMといった職務上の地位もこの「支配人」に準ずるものと解されます。したがいまして、100%親会社といえども、勝手に支配人人事を実質的に決定することは子会社の独立性を侵害する法律上の問題となり、これはコンプライアンス違反、内部統制上の問題(企業の業務の適正を確保するための体制構築に問題あり)とされる可能性もあると思われます。

しかしよくよく考えますと(よくよく考えるほどでもないかもしれませんが)、子会社の独立性を侵害するといいましても、子会社人事、たとえば子会社のトップを親会社が指名する、定款を変更させて常勤監査役を設置する、といった重要な人事政策を親会社は普通に行うのでありまして、たしかに法律上は疑義が残るかもしれませんが、とくに「重大なコンプライアンス違反」とまでは言えないようにも思えるのであります。「株式会社読売新聞プロ野球課」の課長さんの降格を行うことと、今回のこととではどれほどの差があるのでしょうか。内部統制上の問題と主張されているようですが、親会社はむしろ読売新聞グループの経営目的を達成するために企業集団としての内部統制を構築する必要があるわけで、子会社の内部統制といえども親会社のコントロールに服することも求められるわけでして。

感情的には清武氏に同情するものですから、脊髄反射的に「ナベツネ氏の重大なコンプライアンス違反、内部統制違反だろ。清武氏はよくやった!」と反応してしまうわけでありますが、きちんと考えていくとよくわからないところがあります。一般の中小の子会社とは異なり、ファンや選手など、プロ野球球団特有のステークホルダーが存在するので、その夢を壊す、といったことを「コンプライアンス」という言葉で表現しようとされているのでしょうか。しかしそうなりますと、ますます希薄化した言葉になってしまうような気がします。

この清武VSナベツネの紛争におきまして、コンプライアンス違反の中身がいったいどのようなものなのか、きちんと頭で整理されていらっしゃる方がおられましたらお教えいただきたく存じます。そもそもコンプライアンスなる言葉は「法令遵守」ということだけでなく、「企業が社会の要請に誠実に対応すること」を含む概念として、かなり抽象化されてきているわけでして、定義づけはあいまいであります。したがいまして、今回の巨人軍騒動にように双方から「あんたのほうがコンプライアンス違反だ!」という主張が繰り広げられる事態も考えられるわけでして、いわば世論を味方につけるための常套句になりつつあるのではないかと思われます。以前「裸の『正義』なる言葉を使用することは危険である」という趣旨のことを述べましたが、この「コンプライアンス」なる用語も、あまりに世論誘導型に使用されてしまいますと、中身が空疎なものとなり、法律の世界から離れていって、「ソフトローとしての規範性」すら喪失してしまうおそれが生じるのではないか・・・と少し危惧するところであります。

(追記)

いやいや驚きました。まさかエントリーをアップした当日に「清武氏、解任」なる事態となるとは全く予想もしていおりませんでした。なお、コメントをいただいている皆様が、たいへん有益なご意見を述べておられ、いろいろと勉強になりました。あらためてお礼申し上げます。<m(__)m>同じように疑問を抱いておられた方も多かったのでしょうね。(気持ち的には清武氏に同情するのですが・・・・・。今後の展開がまだありそうなので、注目しておきたいと思います)

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2011年11月 4日 (金)

コンプライアンス-経営トップのコミットメントと社外役員の目

11月2日の日経WEB経営者ブログにて、マクドナルドHDの原田社長が「オリンパスへの疑問」と題する小稿をリリースされておられます(ちょっとリンクが貼れないのが残念)。長年、オリンパスのトップを務めた方が、社長交代の記者会見にお出にならなかったことを「疑問」とされています。「オリンパスが潔白というのであれば、堂々と記者会見に出て、社長交代の理由などを話さなければならない」とのこと。

この原田ブログにて、非常に感銘を受けたエピソードが掲載されています。マクドナルド店舗が消費税総額表示に移行する際、レジの打ち間違いなどによって151件、総額にして1万円に満たない程度の消費税の二重徴収が発生したことが社内で判明しました。そのことを社長に報告してきた管理職の方が「原田さん、お客さんからのクレームは1件も来ていません(謝罪の必要はありません)」と告げました。これを聞いた新任の原田社長は「なんて企業統治のできていない組織なんだろう」と唖然としたそうです。原田社長は、(社内で一部反対はあったものの)わずか9000円のために、2800万円をかけて新聞に謝罪広告を出しました。

それまでのマクドナルド社のガバナンスがどうだったのかは知るよしもありませんが、私は二重徴収を報告したときの管理職の方の言い分もわかるような気がします。人は自分に責任がふりかかりそうになると、できるだけ「たいしたことはない」ように理解してもらう雰囲気で情報を上に伝えるのが自然な成り行きです。おそらくこの管理職の方も、二重徴収についてお客様からクレームが来ていないことで、社長にホッとしてもらえるものと考えての発言だったのではないでしょうか。しかし新社長に「長年の社内の常識」は通用しなかった。

よく「コンプライアンスは経営トップの率先垂範が重要」と言われますが、この原田社長の謝罪広告の決断こそ、そういった「率先垂範」のイメージにふさわしいものであり、社長の「コンプライアンス経営、リスク管理への本気度」を示すものであることが理解できます。おそらく社内ではビックリした方も多かったでしょうし、「なにもそこまで・・・」と思った社員もおられたでしょう。しかしながら、社長のコンプライアンス経営に対する本気度が社員に伝わったことは間違いないと思います。

ただ、原田社長が疑問を抱いたオリンパス社の元トップの方も、いろいろと報道されているところを総合しますと、オリンパス社を一流の光学機器メーカーに押し上げた功労者のようです。他の経営陣の反対を押し切って高級デジカメ路線を選択し、画素数で常に他社を一歩リードして好業績企業への道筋を示し、多大な貢献をされた、とのこと。「彼の戦略には間違いない」と誰もが評価したからこそ、企業買収戦略についても他の役員から高い信頼が置かれていたのではないでしょうか。その結果、きちんと法で定められた手続きさえ履行してしまえば「問題なし」との経営判断が下された・・・ということではないかと。

昨日(11月2日)、私は広島県のある上場会社(東証)にお招きいただき(どうもいろいろとお世話になりました<m(__)m>)、約1時間、社長さんとお話させていただきましたが、社長さん曰く

「先生ね、私はプロパー出身のサラリーマン社長なんですが、もう何年も社長やってますとね、時々『自分はオーナー社長じゃないか』と錯覚することがあるんですよ。株主構成や従業員の出身地、会社を取り巻く環境が、そのように錯覚させるんでしょうね」

コンプライアンスは時間軸を持っていると思います。どんなに立派な方であっても、時間の経過によって、社長の個人的な生活環境、会社の業績、業界の情勢など、そしてこの社長さんのように周囲の見る目によって、社長の常識が世間の常識と次第に食い違ってくることもありうるのではないでしょうか。先のマクドナルド社の原田社長の言動は、とても感銘を受けるものであり、「ああ、この方なら、きっと会社は正しい方向に進むだろう」と思えるはずです。そして一回、そのように思い込んでしまいますと、人間は楽な方向に自己の行動を正当化したいために、「彼の判断ならば間違いない」と確たる根拠もなく軽信し、そのまま思考停止に陥ってしまいます。ただ、こういう会社こそ、社外役員の方々は、「経営トップのコンプライアンス意識」が高いとしても、バイアスに捉われることなく、常にステークホルダーから「平均的に期待される職責」を果たす必要があるのではないでしょうか。それができるのは、社外取締役や社外監査役など、ビジネス情報に接しつつも、冷静に経営判断の妥当性、適法性を思料する地位にある人たちだけではないかと思う次第です。

11月 4, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年10月14日 (金)

ゼンショー社の経営判断とレピュテーションリスク

「すき家」を運営するゼンショーさんが、警察庁による防犯体制強化の要請を受け、来年3月からは深夜の営業店舗に複数従業員体制を敷くことを発表されたそうであります。私は体調面への配慮から、深夜に食事をすることを控えておりますので、あまり存じ上げないのですが、「すき家」の店舗では深夜の従業員一人体制が恒常化していることが要因となり、外食店舗における強盗事件の8割から9割程度が「すき家」で発生しているとのこと。だとしますと、まぁ常識的に考えますと警察から防犯体制について要望が出るのも当然のことかと(読売新聞ニュースはこちら「警察庁指導受けた『すき家』、夜間勤務を複数に」 )

私は、かつてのヤマハ発動機さん、プリンスホテルさん、ファッションしまむらさんのような「闘うコンプライアンス」を敢行される企業さんが大好きなので、警察庁からの要請に対して、ただペコペコするだけではなく、正しいと思うところがある時には、堂々と主張はすべきと常々考えております。そこで今回の件でも、ゼンショーさんのコメントにも期待していたのでありますが、

「経営を度外視してまで防犯体制を強化する必要があるのか考えたい」

と、当初は広報されていました(たぶん、ホンネではないかと・・・)。ただし、ゼンショーさんの公式ツイッターでは、読売新聞の報道内容について否定しておられます。念のため。 しかし、従業員の職場環境配慮義務を負う企業が「経営を度外視してまで防犯体制を敷く必要があるか?」と開き直ることは、「闘うコンプライアンス」が大好きな私からみましても、さすがにちょっと・・・と思われます。2009年に、労働法違反をパートの女性店員から指摘され、刑事告訴をされたことへの反攻として、この女性店員が「ごはん5杯」をただ食いした事実を(ビデオ撮影を証拠として)「窃盗罪」として逆に刑事告訴したゼンショーさんの姿勢をひさしぶりに思いだしました(^^;;。(ちなみにこちらのエントリーです)。

しかしレピュテーションリスクを考慮されたのでしょうか、当日のうちに、ゼンショーさんは先の広報を一転して撤回し、

「深夜の複数従業員制を採用しても、牛丼の価格に影響を及ぼさないことが経営判断として明らかになったので、防犯体制に全面的に取り組む」

と公表されたそうであります。従業員の職場環境配慮だけでなく、強盗事件にお客様が巻き込まれる可能性もあるわけですから、ここは防犯体制への取り組み姿勢を示す必要があると思います。とくにゼンショーさんの場合は、カップルや女性のみのお客さまも多いと聞いておりますので、そのあたりの配慮は不可欠かと(ただ、よくよく考えますと、撤回前の広報内容と、撤回後の広報内容とでは、「一転して」といえるほどの違いがあるのかどうか、私には理解困難なのでありますが・・・・)

10月 14, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (7) | トラックバック (0)

2011年10月 1日 (土)

九電やらせメール事件にみる第三者委員会設置のむずかしさ

本日(9月30日)午後、九電のHPに今回のやらせメール事件に関する第三者委員会報告書、弁護士チームによる調査対象ごとの報告書2部が掲載されました(九州電力ホームページ)。前のエントリーで私が「九電さんは、とんでもなく内部統制がしっかりしているのではないか」と書きましたが、この報告書をお読みいただきますとおわかりのとおり、委員の方々の(同様とまでは申しませんが)これに近い印象が調査結果として詳細に書かれております。

現在、私も某会社の調査委員をしておりますが、私の場合は社内調査委員会の外部専門家委員として入っておりますので、(とんでもなく忙しいですが)このような第三者委員会の苦しみは味わっておりません。ちょっと時間がとれないので、まだ第三者委員会報告書しか読んでおりませんが、企業コンプライアンスにご興味のある方は(メルシャン事件の報告書以来の)必読書ではないかと。。。以前、常連の経営コンサルタントさんがコメントされていたとおり、プルサーマル佐賀県討論会の「仕込み質問」に関する事実調査は秀逸だと思いました。おそらく廃棄された資料をつなぎ合わせて執念で調査をされたのでしょう。頭が下がります。なお、恥ずかしながら「ソーシャル・ガバナンス」や「企業ドック」なる用語は、私自身存じ上げませんでした。

この最終報告書についての九電さんの紹介文がスゴイ。(第三者委員会ならびに弁護士チームに対して)短期間に公正独立の立場でここまで調査されたことに厚くお礼申しあげます、としながら、

第三者委員会からいただきました今回問題の本質や、再発防止、信頼回復に向けての提言及び要望等につきましては、社内で早急に検討した上で、当社の「最終報告書」に反映し経済産業省へ提出することとしています。

うーーーむ。普通、不祥事を起こした企業の最終報告書は、調査委員会の報告書(要旨)を添付したうえで、同時にリリースするわけですが、この様子からしますと、またまた第三者委員会報告の内容になんらかの反論をして、社会に公表、経産省に報告・・・となるわけですか。第三者委員会報告書のなかにも、「中間報告の際に、九電側から意味不明な反論があったのはけしからん」として委員の方はけん制されておりますが、その「けん制」にもめげず、また九電側としては何か対応されるような気もします。

最近の大手メーカーさんや一次サプライヤーさんが「地産地消」を展開するために、次々と海外に進出していく背景には6重苦のひとつである「電力価格の先行き不透明」が大きな要因になっているでしょうし、電力価格の安定が、いままさに国策であることを考えますと、「なんでやらせメールくらいで辞任しないといけないの?国家の将来、子供の将来のために、なんとしてでも安定供給の道筋をつけなければ国民に申し訳ない」というのが九電社長さんのホンネではないかと。ただ、やはり社会の意識が3月11日を境にして変わったのでありまして、プルサーマル佐賀県討論会の頃と同じような県知事と公共事業会社との関係が許容されるとは、到底私も思えません。

かつて日弁連の第三者委員会ガイドラインを作成したおひとりである國廣正弁護士が、日経新聞のインタビューで

委員会設置にあたっては、就任直前の経営トップとの協議が重要である。ここで、きちんと委員会と会社との関係をはっきりさせないといけない。私なんか、会社から委員就任の要請を受けて、最初の経営トップとの協議の時点で、3社のうち2社からは要請をひっこめられる。

と述べておられました。ホント、この九電と第三者委員会との関係を眺めておりますと、どこまで詰めて最初の協議がなされたのだろうか・・・・・と、そこに興味を抱くと同時に、こういった反応が会社側から返ってきますと、本当にしんどいだろうなあ・・・と感じます。とりいそぎ、第一印象のみ記しておきます。

10月 1, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (1)

2011年9月20日 (火)

経理担当社員に対する不正調査の限界(山陰放送社の事例)

山陰放送さんの元派遣社員の方が、8月22日に会社の金(約100万円)を着服したとして逮捕されていたのですが、9月16日、大阪地検は嫌疑不十分として、当該元社員の方を釈放したそうであります(毎日新聞ニュースはこちら)。別の新聞報道によると、この派遣社員の方は長年経理担当だった、とのこと。大阪府警(天満署)は業務上横領で立件可能とみて逮捕したのでありますが、検察側は本人が否認している以上、このままでは公判は維持できないと判断した模様です。山陰放送さんとしては、昨年11月に、この派遣社員が社内で不正を行なったとして刑事告訴をしたわけで、その後実名報道による逮捕、そして今回、嫌疑不十分(つまり犯行が認められなかった、ということ)で不起訴となり、今後の対応が注目されるところです。

今年の1月と4月、私が二度にわたりCFE(公認不正検査士)研究会の合同研修等で解説をさせていただいたのが、この業務上横領事件における社内調査の「むずかしさ」であります。今回の事件の被疑者のように、経理部に在籍している社員の資産流用事件に関する不正調査の方法を間違えますと、疑惑の目を向けられた社員の人権を傷つけたり、社内の不正を効果的に摘発できなかったりするわけでして、企業の行動が人権侵害につながる「おそろしさ」があります。とりわけ横領、背任事件に関する社内調査にはきわめて慎重な対応が要求されます。

たとえば今回の山陰放送さんの事例をモデルに考えますと、平成13年6月から同21年12月まで、総額500万円ほどの横領が(社内で)認識されたそうですが、警察に告訴した場合、そのうちのごく最近のものだけに被疑事実を絞ることになります(警察から強く勧められる、というのが本当のところです)。本件では平成21年10月から12月までの約200万円に絞られ、「数回に分けて被疑者は会社口座から引き出し、そのうちの半分は着服した」とあります。山陰放送さんが告訴したのが昨年の11月ですから、この8月の逮捕までの約10か月間、企業は警察と協力して、立件のための証拠の発見、提出に尽力します。すでに社内で被疑者のヒアリングをしていることも考えられます。よく皆様誤解されるのですが、社内不正を告訴した場合、あとは警察の方が立件に向けてなんでもやってくれるわけではなく、告訴を受理し、あるいは告訴ではなく被害届提出の状態で、立件可能な証拠を企業側が積極的に提出しなければ警察が動いてくれない・・・というのが実情であります。

業務上横領の場合は、身分関係を証明するものは特に問題ありませんが、被疑者の「領得意思の実現行為」の特定が難しいところです。被疑者が会社の口座からお金を引き出したとしても、口座からお金を引き出す権限があるかどうか、また入金する権限があるかどうか、いったん引き出した金額が、後日返金されている可能性はないか、またどの口座引き出しが職務であり、どれが私的流用のものか、入金はどうなのか・・・・・といったことが証拠書類によって明らかにされ、結局長期間にわたって返金されていない事実が特定されなければ立件は困難であります(だからこそ、否認事件の場合には、身柄拘束まで長期間の捜査を要することになります)。逆に、経理担当者であるがゆえに、経理特有の処理に関連する証拠が残っていたりしますが、これが「領得意思実現行為」を示す証拠となることについては、捜査関係者もわからないために、会社側が報告書等で積極的に説明する必要もあります。本人へのヒアリングのタイミングも、ひとつ間違えますと、証拠隠滅によって重要証拠がなくなってしまうことにつながりますので、非常に神経を使うところであります。

通常は、身柄拘束に至るというのは、警察が「これなら十分に業務上横領で立件できる」と確信できたからでありますが、検察のほうで「嫌疑不十分」(犯罪事実は明確だが、諸事情によって不起訴とする「起訴猶予」ではありません!)ということで、釈放となるのは非常に珍しいケースではないでしょうか(立件がもっとむずかしい背任罪のケースではときどきありますが・・・・・)。現に、この方は大手の新聞社では実名報道で逮捕の事実が報じられ、山陰放送さんも「このようなことが社内で発生することは誠に遺憾」とコメントされているのであり、今となっては、(告訴が発端である以上)被疑者に対して、たいへんなことをしてしまったことになります。この元社員の方と企業側においては、労働紛争などの事情もあったようですし、ひょっとするとパワハラ的な問題が根っこにあるのかもしれません(単なる推測ですが・・・)。しかし不正調査の巧拙が、企業のレピュテイションを著しく低下させてしまうこともありますので、調査の限界を認識しつつ、効果的な方法を理解しておく必要がございます。

9月 20, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年8月25日 (木)

他社をかばうことと「コンプライアンス経営」-九電メール事件と組織力学-

日経新聞の記事によりますと、佐賀県知事と6月21日朝に面談した九電の元幹部の方々3名が、8月23日に県の原子力安全対策等特別委員会に参考人として出席され、あらためて「悪いのは九電、県知事の思いを誤って発言メモに書いてしまい、たいへん迷惑をかけてしまった」と弁明されたそうであります。つまり九電の元佐賀支店長の方が、支店に帰ってから作成したとされる知事発言メモの内容について、あいまいな記憶によって作成してしまったのであり、やらせの要請が県知事からあったわけではない、と回答されたようであります。また8月24日の県知事の会見において、知事は、改めて発言メモと知事の発言とは趣旨が異なるものであり、九電に対する名誉毀損に基づく法的措置も検討中と述べておられます。

ちなみに九電メール事件に関する第三者委員会委員長は、「知事の発言が引き金になったことは否めない」と本日付の週刊ダイヤモンド特別リポート でコメントされております。

以下は私の単なる感想ですが、この九電元幹部の方々のお話はそのまま額面通りには受け取れず、やはり知事発言メモの内容は正確に記載されたものではないか、と考えております。その理由としては

①8月6日に各マスコミが公表した「知事発言メモの要旨」には、「九電へのお願い」として、知事から要請のあった事項が2つ記載されており、他の要旨部分とは趣を異にしていること、

②面談は午前10時からの(知事が出席しなければならない)県議会開催の直前に1時間程度のものであるにもかかわらず、場所を知事公舎に移して行われているため、単なる挨拶ではなく特別な意味があったと推測されること、

③この発言要旨に記載されている(当時)未公表だった予定事実は、そのほとんどが実際の公開説明会で実現しており(たとえば商工会議所の専務理事は実際に出席され、また放射線の専門医も予定どおり出席されています。また反対派の参加要請は困難という予想も当たっております)、発言メモの内容はほぼ正確であることが裏付けられていること、

④この発言メモは佐賀支店長の単なる備忘録として作成されたものではなく、面談直後、佐賀県のそば屋における当時の副社長の指示で作成されたものであり(ただし作成は佐賀支店に戻ってから、とのこと)、当初よりメモ作成における慎重さが要求されるものであったこと、

⑤翌日、原子力部門の部課長級社員100名にメール添付されることが予定されたものであり、あらかじめ社内で公開されることが前提であるため、まがりなりにも県知事の発言については正確に記載されていなければならないことは、一流のビジネスマンである九電幹部としては当然に認識していたものであること

等からであります。

ただ、あまりにも正確に記載されていたものがメールに添付されていたがために、これまた一流のビジネスマンである他の幹部社員が「このような知事の発言が企業グループ全体に知られてはまずい」と気が付き、翌日慌てて添付ファイルの抹消を、メール送り先の社員に指示したのではないでしょうか。

「発言メモ」はなぜ作成されたのか?(九電は一枚岩なのか?)

ところで、今回の九電メール事件をコンプライアンス的な発想で語るなかで、「九電の企業風土(体質)」なる言葉で括ってみたり、「第三者委員会と九電との対立」といった構図で現状を説明するようになってきましたが、そこに反映されているような「九電組織は一枚岩」を前提とした見方で果たしてよいものかどうか、少々疑問を持っております。

たとえば社長から「公表していない重大な問題があります」といったことがポツリと第三者委員会に報告されたり、社長の知らないところで証拠隠滅工作が行われ、内部通報によって社内調査が行われたり、というあたり、どうも社内派閥のような力学が問題をややこしくしているのではないか、と推測されます。

この「県知事の発言メモ」というものも、なぜ副社長(当時)が佐賀支店長に指示をして作成させたのか、最初から賛成派のやらせメールを意図していたのではないか、それは経営トップというよりも、いくつかの派閥(グループ)のなかでの意思決定として「メモ作成」に至ったのではないか、といったことも疑われるところです。

これだけ巨大な組織、それも現社長は14人抜きの異例の抜擢ということで、現会長さんの命を受けて社長就任となったわけで、おそらく人事は派閥単位で動くことになるのではないかと。昨年のメルシャンの架空循環取引における第三者委員会報告書では、キリンとメルシャンの人事模様にまで踏み込んで、なぜ疑惑が長期にわたって解明されなかったのか…という点の原因を究明しました。今回も、やらせメール事件を「不祥事」と位置づけるのであれば、なぜこのような問題にまで発展したのか、その組織力学にまで踏み込まなければ、真相は解明できないのではないでしょうか。

ちなみに、第三者委員会は九電社員等による内部通報を受け付ける窓口を設置されたそうであります(こちらのニュースより)。こういった私の予想からすると、結構、窓口には内部通報が届くのではないかと思っております。

8月 25, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年8月 9日 (火)

九電やらせメール事件-幹部社員の「残念な行動」-

第三者委員会の調査が本格化し、ますます混迷を極めている九電メール事件でありますが、実は「社内の常識と社外の常識」の違いに気づいていた社員の方がおられたようであります。朝日新聞ニュースによると、知事発言メモを添付して賛成意見依頼メールを送ってしまったことを聞いて、ある幹部の方が「知事発言がメールで広がるのはまずい」ということでメールは削除しておくように、と担当者に指示したことが報じられております(朝日新聞ニュースはこちら)。

6月末の株主総会用の想定問答集のなかに、「やらせメールはありました」と回答する準備を整えていたにもかかわらず、関連質問がなかったことを奇貨として7月2日の鹿児島県議会では「やらせメールはなかった」と発言するなど、いよいよ九電メール事件も「かばう」から「かくす」へと、第二ステージに入ってしまいました。こうなりますと、やらせメールをやってしまったことよりも、やらせメールが問題であることを知っていて隠したことへの批判が集中する、いわゆる「二次不祥事」が報道の関心事となり、事件の鮮度が落ちることなく、マスコミの報道価値が長続きすることになります。

それにしても、社内常識と社外常識のズレに気づく幹部がおられたのですから、なぜメールを送る前に止めることができなかったのか、九電側からすれば非常に残念な行動であります。この幹部の方が、やらせメール依頼文書の発送自体を止めることは困難だったとしても、知事発言メモの添付を止めておけば、(おそらくですが)今回のメール事件は九電自身に責任があり、軽率な行動で申し訳なかった、という、いわば「一次不祥事」で終わっていた事件だったと思います。第三者委員会招へいの原因が「知事発言メモの存在に苦慮していた」(経営トップの発言)ということですから、この佐賀支店長作成のメモが内密のままであったとしたら、ずいぶんと展開が変わっていたのではないかと。しかし、事前にメモの添付を止められなかったために県知事の進退問題だけでなく、県知事をかばう、という裏事情まで推測される事態となり、また組織ぐるみでネット等を通じて賛成意見を依頼することの問題性を知っていてこれを隠そうとしていたこと等が明らかになってしまったわけで、いわば「二次不祥事」が世に明らかにされてしまうことになってしまったようです。

ここまで来ると「やらせメールのどこが悪いのか?反対意見だって組織票でしょう?」とか「保安院や知事からの要請があったからやむをえない行動だったのでは?」といった九電擁護論が奏功しない事態となります。「一次不祥事」ならばあのプリンスホテルVS日教組事件のように断固自社の行動の正当性を主張しつづける、というパターンもあるわけですが、「まずいと思って隠していた」ことがばれてしまう、という「二次不祥事」には自社行動の正当性主張は通用しないのであります。機野さんのコメントにもありましたが、もはやここまで来ると企業の体質であり、何を言っても信用してもらえない風潮が長い間社会に蔓延する可能性が高いと思います。

私は決してコンプライアンス経営に反する行動を推奨するつもりはございませんが、どのような組織にも、この幹部社員の方のように、社内のリスクに「気づく」ような勘の鋭い方がいらっしゃいます(ときどき不運にも、全くいらっしゃらない組織もありますが)。たとえば「やらせメール」事件においても、中部電力では浜岡原発の事務所長の方が「やらせメール依頼」を拒絶した、と報じられております(たとえばこちらの記事など)。このような素質を持った方が管理責任者であれば一線を越えない可能性が高いと思います。毎度同じ例えで恐縮ですが、あの関西テレビのあるある大事典事件のときも、東京支局の某部長さんが「許される誇張表現」と「許されない詐欺的表現」の一線を常に意識して番組制作会社と対峙していたために、当該部長さんの時代には大きな問題に発展しなかった、とのこと。同じようにコンプライアンスの「すれすれ」のところを意識した発言のできる人がいれば、多少の問題は発生しても、二次不祥事に発展することがありませんので、どうにか致命傷にならずに済みます。

コンプライアンス経営とビジネス戦略は、今の時代、表裏一体の関係にあり「こういったリスクがある」と発言するだけでは管理部門の社内での地位は上がりません。リスクを呈示したうえで、そのリスクを「ゼロにはできないけれども、最小限度にするならこうしましょう」とか「そもそもリスクをとってまで遂行しなければならないほどのビジネスチャンスではないので、ここは撤退しましょう」といった意思形成過程にも踏み込む必要があると思います。法令違反ではないが、敢行すれば社会的非難を浴びる「レピュテーションリスク」があるかもしれない、それでもビジネスを進めるか・・・・・・・そういった判断過程に踏み込むためには、どうしても「気づく人間」が必要なわけで、リスクが顕在化した場合にも、どこで会社が踏みとどまることができるのか、大きな影響を及ぼすことになります。

それにしても「第三者委員会」の存在は大きいですね。少なくとも第三者委員会による調査がなければ「一次不祥事」どまりで終わっていたのではないでしょうか。個人的な感想で恐縮ですが、ちょうど1年前、郷原弁護士が東京医科大学の第三者委員会委員長としての契約を中途解消したときの記者会見、あの組織にコンプライアンスの体質を根付かせるための意気込みと(果たせなかった)無念さを、是非今回の九電メール事件でも活かしていただきたい、とひそかに期待をしております。

8月 9, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年8月 1日 (月)

他社をかばうことと「コンプライアンス経営」-その2-

(8月1日午前 追記あり)

先週末に急展開をみせております九電やらせメール事件でありますが、第三者委員会委員長のお話では、佐賀県知事による「経済界からの意見も必要」との指示を受けて、九電側が原発容認意見要請に走った可能性が高いとのことであります。会見メモも残っており、また第三者委員会就任の際、九電社長から「どう対応すべきか困惑している」との話があったそうです。

ただ、日経新聞ニュースでは、九電側が(本件は知事の責任ではなく)当社の責任ということを主張されており、知事との会見メモの存在を明かさなかったのは①社内調査との食い違いがあった、②不確実な情報で知事の政治生命に影響を及ぼすことは避けたい、③当社が責任逃れをしていると思われる、との判断があったそうです。私の講演等をお聴きの皆様はおわかりのとおり、これは4年前に当ブログで説明いたしました「他社をかばうこととコンプライアンス経営」の典型的なパターンであります。この4年前のエントリーから今日までも、同様のパターンのケースは数多くの企業で発生しております。不祥事発生に他社が関与していることを公表してしまっては(それによって自社の評判は落ちないことになるけれども)他社に迷惑をかけることになるため、そのまま黙って「罪をかぶってしまう」パターンであります。もちろん「罪をかぶること」が自社にとって今後の経済的な利益に直結するからでありまして、紛れもない経営判断であります。

あるときは監督官庁との今後の関係悪化をおそれ、検査機関(行政の天下り先)との「なれあい」があったことを最後まで伏せて性能偽装事件の非難を一身に浴びた上場企業、OEM供給先に迷惑をかけてはいけないとの理由で食品偽装を隠ぺいした企業、著名な世界遺産の運営に傷がつけばユネスコから登録取り消しを命じられかねない、との不安から、あえて某団体の不祥事の責任を一手に引き受けた上場企業など、マスコミが報じる裏で、「貸し借り」が演じられるケースは枚挙にいとまがありません。もちろんこのような事実調査、原因分析で終わってしまっては、なんら有効な再発防止策は生まれることもなく、再び不祥事の芽が(忘れたころに)伸びてくるわけであります。今回の件も、私は保安院から九電に対してなんらかの圧力があったのではないか、と書きましたが、保安院ではなく地方自治体の首長さんからの要請があったことまでは想像しておりませんでした。

先の九電側の弁明内容も、他社をかばうコンプライアンス経営の非常に典型的なものであります。「社内調査との食い違い」というのは結局、社内調査が徹底していなかったにすぎず、「知事の政治生命云々」もメルシャン事件のときに何度も申し上げましたところの「社内バイアス」(隠ぺいすることが先にありきであって、真実を直視する勇気のない自分をかばうための正当化理由だけを判断根拠としたがる)であります。また「責任逃れ」というのも、会見メモを公表しても事件の責任から逃れられるものではなく(中部電力のようにきちんと要請時に拒絶すれば責任を逃れられますが)、後付けの理由にしかすぎません。結局のところ、やらせメール事件の本当の原因を九電側が(行政をかばって)隠ぺいしていたのではないかと推測いたします。

ただ以上のお話の趣旨としましては、どこの組織でも考えることなので、とくに九電側を非難する意図はほとんどございません。むしろこのような経緯があるならば、この事件の冒頭、九電の社長さんが「そんなに大きな問題なのか」とマスコミに逆に質問された意味も少し理解できるところであります。九電の経営トップは辞任をされるよりも、この組織で今後も陣頭指揮を執り、現在の組織体質を変革することのほうがメリットが大きいのではないでしょうか。そもそも「不祥事があってもつぶれない会社」の場合、「会社が傾く」という社会的制裁が機能しないぶん、不祥事の後始末は責任者の進退問題でケリをつけるのが慣行のようであります。しかし2002年の東電のデータ改ざん事件でも明らかなように、関係者が複数辞任したとしても、優秀な方々がたくさんいらっしゃる組織では、これまでの組織体質を変革せずともかじ取りができる経営トップが次々と登場するわけで、結局組織体質は変わらないまま不祥事は忘れられてしまうことになります。

いま原発問題を企業側からみた場合に一番大切なことは、今後も発生するであろう「ヒヤリ・ハット」事例が、はたして人災なのか天災なのか、きちんと分析できる体制作りであります。そうでもしなければ安全性の向上を誰が真剣に考えるのでしょうか。そのときに肝心なのは情報の正直な開示であり、まさに電力会社の隠ぺい体質からの離脱であります。このやらせメール事件の経過に九電の隠ぺい体質が垣間見えるのが一番の問題ではないかと。その隠ぺい体質がどのように変わっていくのか、リスク管理体制の運用を逐次開示していくことが重要だと思います。

(8月1日:追記)

本日、九州電力のHPに6月21日の佐賀県知事との面談経過ならびに、本件に関する九電としての意見が掲載されております(昨日の日経ニュースの内容とほぼ同様かと)。あらためて「隠ぺいの意図はなかった」とされておりますが、もし今回のやらせメール事件がここまで大事にならず、第三者委員会設置がなければどうなっていたのでしょうか?

また本日の朝日新聞ニュースによる佐賀県知事へのインタビュー記事によりますと、メールによる賛成意見依頼等にも踏み込んだ要請があったようですので、知事の要請が本件に占める役割が大きかったことを裏付けるものと思われます。私には、このような重要な事実を社内調査において軽視されていたとは到底措信しがたいところであります

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2011年7月29日 (金)

保安院の「やらせ意見依頼」問題と九電のやらせメール事件の関連性

やらせメール事件は急展開を見せております。中部電力に続き、四国電力でも過去の説明会に対する保安院の「やらせ意見依頼」があったことが判明とか。

ということは、過去において九電に対しても保安院からの「賛成意見者を増やせ」といった依頼があったのでは?今回もあったのでは?かりに今回はなかったとしても、以前から保安院による依頼があったのであれば九電にモラル違反を問うことはどうなのか?はたして社長が辞任しなければならないのか?・・・・・・いろいろと疑問が湧いてまいります。

少なくともこれまでの九電さんの社内調査では、保安院からの要請といったことはどこにも出てこないわけであり、真の原因を隠ぺいしておられたのでしょうか?(当ブログを長年ご覧の方であれば、どこの組織でもよくあること、とおわかりのことだと思いますが)

とりいそぎ、仕事中なので速報版ということで。。。

7月 29, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (2)

2011年7月25日 (月)

法律関係者がイマドキのコンプライアンスを語る理由

九電やらせメール事件やユッケ食中毒事件など、最近の企業コンプライアンスに関わる問題を考えているときに思うのは、法律家(法律関係者)がコンプライアンスを語る理由であります。最近は法令遵守だけでなく「社会的要請に柔軟に応えること」こそコンプライアンスの要諦である、と様々なところで語られるわけでありますが、そうであれば特に我々法律家がコンプライアンスを語る必要性はどこにあるのだろうか?もし必要性があるとしても、どのような視点からアプローチすべきなのか?とくに法律家でなくても、リスクコンサルタントの方々にこそ語る資格があるのではないか、と思うわけであります。先日、ある方が当ブログのコメントにおいて、そもそもコンプライアンスは法務部の仕事ではなく、もっと広い分野にまたがる課題である、といったご指摘をされましたが、これも同様の問題意識によるものではないでしょうか。

コンプライアンスを古典的に「法令遵守」と訳すのであれば、たとえば具体的な企業活動にとって、どのような法律が関連しているのか、またその活動は当該法令に違反したものではないのか、といったことがリスク管理の中心となるわけで、これは法律家の判断が必要な場面であります。とりわけ最近のように海外展開を必須とする企業の活動においては現地の法令に関する知識なども不可欠ですから、そういった要請は高いものであります。

しかしコンプライアンスを「社会的要請に柔軟に対応すること」といった最近よく聞かれる定義を前提とするのであれば、たとえ法令に違反するような企業行動はなくても、企業の社会的信用を毀損してしまうような行動は慎まなければならないわけであり、これは果たして法律とどのような関係にあるのか、ということを検討する必要がありそうです。「法令」にはハードローだけでなくソフトローも含まれるとするにしても、それだけで企業の社会的信用が毀損されるリスクをすべて網羅できるかというと、そうでもないように思われます。なぜなら企業が対応すべき社会的要請なるものは、法やソフトローのような普遍的かつ恒常的な規範を示すものではなく、もっとうつろで、属人的かつ一時的なものだからであります。結論から申し上げると、私は経営判断におけるレピュテーションリスクへの配慮、ということが法律家の視点からみるアプローチではないかと考えております。

たとえば金融庁による金融機関に対する規制のなかで、利益相反取引に該当するような行動を禁止するものがありますが、そこでは親会社の立場にある金融機関に対してグループ全体の利益相反取引禁止体制を求めています。そのなかで、「社会的評価又は金融市場における信用が傷つくリスク」と定義され、グループ企業としてのレピュテーションリスクへの配慮、ということが明記されております。利益相反取引によって顧客の利益が害される場合だけでなく、そういった企業行動が企業の信用を傷つけることに留意せよ、ということを示すものであり、ある程度は世間の空気にも配慮した経営というものも規制の対象となることを示したものといえます(ただし行政当局自身が、金融機関にとって「どの程度レピュテーションリスクに配慮すべきか」ということを具体的に指針として示すものではなく、これはあくまでも個々の企業の経営判断のなかで考慮すべき、としています)。

また司法の分野においては、経営判断においてレピュテーションリスクを十分に斟酌しなければならない、といったことに触れた裁判例はあまりありませんが、著名なダスキン高裁判決においては、社内の不祥事を公表しなければバレない、といった役員らのリスク認識を批判したうえで、直ちに自主的に公表することによる信用回復を図る必要性を認め、また損害論ではありますが、後日不祥事が発覚することと、直ちに自主的に公表することでは会社の損害額が異なることを前提としております。つまり取締役会における企業の意思決定が、たとえ法令違反ではないとしても、当該企業の社会的信用を低下させるようなものであれば、本来斟酌しなければならない事情を十分検討していなかったこととして取締役や監査役らの善管注意義務違反が認められる可能性があるのではないでしょうか。

社会の空気が常に正しいものではなく、企業活動が不適切なものではない、ということを経営陣は社会に説明すべき場合もあるかとは思いますが、社内の誰かが「社内の常識と社外の常識のズレ」に気づかなければ、レピュテーションリスクへの配慮がないままに、企業の社会的信用が毀損されてしまうことは、どこの企業でもありうる話かと思います。コンプライアンス軽視の企業体質が、そのまま経営トップの法的責任に結び付くことが考えられる以上は、やはり法律家がコンプライアンスを語る理由はあるだろう・・・・と思う次第であります。

7月 25, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年7月12日 (火)

九電やらせメール(依頼文書)の送付と「規範意識の鈍麻」

「九電やらせメール事件に複数の役員関与?」のエントリーには、多数のコメントをいただき、ありがとうございました。九電では、いよいよ外部有識者による第三者委員会が設置され、社外者を中心に調査がされるそうであります(毎日新聞ニュースより)。やらせメール依頼の事実については、九電子会社従業員の内部告発によって明らかにされた、ということだそうですが、私も最初は「2000通以上も子会社従業員に対して、やらせメール依頼を送信するのであれば、内部告発がなされるのはあたりまえで、それくらいどうして九電幹部がわからなかったのだろう」と考えました。また同旨のコメントもいただいております。

しかし、皆様方のコメントを読んでおりまして、どうもそんな簡単なものでもなさそうだ・・・・・と、少し思い直しております。たとえば従来から開催されていた地元説明会などでは、同様の依頼メールを送っていたのかもしれませんし、子会社も(以前は)組織的に動いていたのかもしれません。そのような中で、いつものように依頼文書を大量に送付してしまったのであれば、ひょっとするとコンプライアンスの発想については思考停止(規範意識の鈍麻)していたのかもしれません。このあたりは、もう少し調査委員会による調査の進展を待つ必要がありそうです。

これまで「規範意識の鈍麻」といえば、「なしくずし型」と「権威付け型」については皆様にもご紹介してきました。「なしくずし型」といえば関西テレビ「あるある大事典」事件が有名です。「許される誇張(強調)表現」と「許されない詐欺的表現」の境界があいまいなために、手綱を締める人がいなくなった瞬間、「視聴率をとってナンボ」の世界であるがゆえに、なしくづし的に詐欺的表現へ傾斜していき、規範意識が次第に希薄化していく、というパターンであります。そして「権威付け型」については、私自身が経験した「司法修習生近鉄電車運転事件」であります。司法修習生の毎年の恒例行事・・・ということだけで、それがコンプライアンス上問題ではないか、といった意識がとんでしまい、だれも問題視せず、後日新聞で問題にされて謝罪会見を開く、というパターン。今回のものは「潮目の変化型」といいますか、経営環境が変わったり、会社経営の危機に至った場合に、世間の会社に対する見方が変わっていることに気づかず、規範意識が鈍麻してしまう、というパターンになるのかもしれません。

実際、「やらせメール」とマスコミがこぞって表現するほどに、時期が悪かったと思います。「空気」が読めなかったのではないかと。平時の説明会であれば子会社従業員も問題にしなかったのかもしれませんが、こういった有事の説明会となると、「本当にやっていいのか。不公正ではないか」といった感覚を持つ方も出てくるわけで、平時には問題とされなかった依頼文書も、有事には大問題とされる可能性は十分にあります。「やらせメールのどこが悪いのか」といった理屈の問題ではなく、いまの時期にやってはいけない、といった空気の問題、世間の風潮の問題かと思われます。たとえばこんな「空気」の中で、九電側が正論を述べたとしても、いよいよ火に油を注ぐことになり、それこそ世論によって九電の対応は「炎上」してしまうのではないでしょうか。

「いままで何も問題が起こらなかったのだから」という九電幹部の方の気持ちがあったのであれば、それも無理からぬところであり、内部告発のリスクなどは考えていなかったのかもしれません。むしろ九電が平時から有事の体制となったにもかかわらず、世間の空気が予測できなかったことに最大のネックがあったように感じます。第三者委員会の調査に希望するものは、教科書的な規範論というよりも、有事における組織力学、行動心理学的な分析を重視したうえでの原因分析であります。

7月 12, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (9) | トラックバック (0)

2011年7月 8日 (金)

(速報)九電やらせメール事件に複数の役員関与?

(追記あり)

最近、連日のようにマスコミ報道に驚いておりますが、本日(7月8日)お昼のニュースを見てビックリいたしました。一昨日の私のエントリーは、一部訂正する必要があるかもしれません。私は今回の「やらせメール」事件について、これは中堅幹部の方々が仕組んだものであり、まさか組織ぐるみ、ということはないだろう、と書きました。しかし本日の日経や産経のニュースでは複数の役員、しかも副社長クラスが関与していた、と報じられており、ただただ驚くばかりであります。しかも、実際にこの依頼文書の趣旨が関連会社の社員2300名ほどに届いていた、ということですから、ますますわけがわからなくなってまいりました。天下の九電さんの、どこをどう叩けば、このようなリスク管理思想が生じてくるのでしょうか???最近「想定外」という言葉が巷間よく用いられますが、この問題はまさに私にとっての「想定外」でありました。

この問題の重要なポイントは、私が昨日出席した会合でも(複数の方々から)出ていた意見であり、また本日コメントをいただいているケンさんや、直接メールでいただいている方々のように、「やらせメールというのは、どこがやらせなのか?」「やらせメールというネーミングが悪いのであって、単に意見促進メールにすぎないではないか?単にマスコミに踊らされているだけである」といった、九電メール「騒ぎすぎ」派の方々がかなり多い、という事実であります(これは紛れもない真実です)。たしかに今回の九電メールは、それ自体が法令違反、ということにはならないでしょう。しかし、(これは私見にすぎませんが)ここで問題となっているのは、九電は単なる平時のリスク管理ではなく、有事のリスク管理(いわゆるクライシス・マネジメント)の在り方であり、しかもそれは国民の生命・身体の安全にかかわるリスクだというところに特徴があります。たとえマスコミが報じていなくても、すでに6月25日の時点からネット掲示板等で話題になっていた、ということがこれを物語っているのではないでしょうか?

以前、JR西日本の福知山線事故に関するエントリーでも申し上げましたが、事故後に現場付近で自動運転停止装置が作動した事実を公表しないJRの姿勢について多くの批難が集中しましたが、あれは平時であれば(とくに報告するまでもなく)問題が生じなくても、痛ましい事故が発生したからこそ、市民がそのことに関心を抱いていたからであります。そういった感覚がリスク管理にはどうしても必要になってくるわけで、マスコミや世間が憤るのは、「またスピードオーバーの運転が行われた」という、うっかりミス自体ではなく、非公表という事実から垣間見える、企業としての安全軽視による利益第一主義の姿勢なのであります。

とりあえず、いまは新幹線の中ですので、速報版とさせていただきますが、この九電メール問題は、今回の東電情報開示問題と並び、どこの企業にでも、また明日にでも起こりうる不祥事として、今後長く「企業コンプライアンス」の視点から語り継がれていくような気がいたします。

(7月8日午後5時 追記)

読売新聞ニュースによると、やはり発端は子会社社員による内部告発だったそうです。「こんなコンプライアンス違反を許していいのか」と思い、共産党事務所に告発した、とのこと。そりゃ2300名以上の社員が知るところとなれば、告発があるのはほぼ100%の確率だと考えられます。そのあたり、九電の原発担当部署の方々はどう考えておられたのか。今後おそらく第三者委員会等による調査が行われると思いますが、ぜひきちんと認定していただきたいと思います。

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2011年7月 7日 (木)

九電やらせメール事件にみる組織力学とコンプライアンス

(7月7日午後 重要な追記あります)

(7月7日午後 2度目の追記あります)

九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)2、3号機運転再開問題を巡り、経済産業省が6月26日に放送した県民向けの説明番組について、九電側が関連子会社に原発再稼働に賛成する内容の電子メールを番組あてに送るよう依頼していたそうであります。(6日、九電社長が事実を認め謝罪した、とのこと-読売新聞ニュースはこちら  なお依頼内容はこちらです。)国会議員が、九電の内部文書をもとに国会で追及した、とのことですから、子会社従業員または九電社員による内部告発があったものと推測されます。番組放送前の6月25日より、ネット掲示板などで噂になっていたようですので、このあたりが告発の端緒となっていたものと思われます。

このような「やらせ」は、九電トップが仕組むことはまずありえないと思いますので、公表されたように一部の九電中堅幹部の社員が関連会社社員向けに依頼をしたことに間違いないと思います。まさに5月17日に当ブログのエントリー「東電社長はなぜ現場で陣頭指揮をとれないのか」において(某社専務さんがおっしゃっていた内容として)書かせていただいた組織力学が働いた模様。社長が矢面に立とうとしても、「いえいえ、ここは私がさばきますから、社長はしっかり構えておいてください」ということで将来のある中堅幹部の方々が前線で(愛社精神という美名のもとに)功を急ぐあまり暴走してしまう。平時の暴走は社内で処理できますが、有事は世間の注目を浴びている分、外部に漏れてしまう可能性が高いわけでして、その暴走が、再開が有力視されていた玄海原発の再開時期が遠のいてしまうほど、九電の社会的信用を毀損してしまう事態となりました。なんとも恐ろしい話であります。

(2度目の追記)7日午後のニュースによりますと、実際に依頼メールを送った課長さんは、部長級の方の指示で送ったことが判明したようであります。ということは、やはり「組織力学」によって、今回の事件が発生した可能性は高まったように思われます(今回の事件は、企業コンプライアンスという視点からは極めて関心の高いものであります)。

ところで、このやらせメール依頼を行った中堅幹部(もしくは指示をした部長)の方は、いったいどのような気持で依頼文書を送ったのでしょうか。

「課長、これまずいんではないですか?」

「いやいや株主総会にだって、社員株主っているじゃない。あれと同じだよ。我々だって九電の社員であると同時に一市民なんだからメールを送ることは問題ないよ」

といった気持でやってしまったのか。それとも、やらせメールはまずいとは知りつつも、送り先は九電ファミリーなんだから裏切るようなことはしないはず、みんな依頼どおりに番組に意見書を送ってくれるにちがいない、といった気持でやってしまったのでしょうか。

後者であるとすれば、毎日新聞ニュースによれば、この幹部社員が送信した依頼メールは合計7通ということですから、そこから外部に情報が漏れたとすれば、内部告発のおそろしさ、といった時代の流れを感じさせる出来事であります。もしくは、国会議員による追及は「九電関連会社が社員にメールを送った」とありますので、まず九電の幹部社員が数通のメールを流し、その後メールを受け取った関連会社の方が、社員に一斉メールを送ったのかもしれません。そうだとすれば告発リスクは非常に高まるものであり、ネット掲示板等へ流出するリスクを認識していなかったとすれば話にならないのではと。

そして前者であるとすれば、まさに「社内と社外の常識にズレがある」典型例であり、コンプライアンス経営の核心部分であります。社内の人間からすれば、九電の原発再開は悲願でありますので、問題の適否を考えるにあたっても、九電にとって好ましい結論に導く理由しか考えられない頭(偏見)になっております。国が主宰する会議の場では、九電と利害関係のない一般市民の意見が求められているわけですから、一般市民に扮して意見を送る、という行動は番組の進行を妨害する行動ととられてもいたしかたないわけでして、マスコミや原発付近住民から「どう映るか」を冷静に判断する必要があったと思われます。

本日の九電社長の謝罪会見においても、マスコミから「社長の指示はなかったのか」と聞かれ、「それは大きな問題なのですか?」と社長が回答したのをみましても(その後、ペーパーが回ってきて、あわてて「指示は一切ありません」と回答)、やはり世間からどう映るか・・・という点への意識が全社的に欠如していたのでは、とも推測されます。結果だけをみれば「アホやなあ」と思われるかもしれませんが、けっこう、どこの会社でも似たような「不正の芽」が見つかります。コンプライアンスを「法令遵守」と訳してしまうと、「屁理屈」で正当化してしまう問題行動が増えてきます。よく最近言われる通り「社会からの要請への柔軟な対応」と訳すことで、はじめて「うちの会社の行動が、外からどう映るのか」を冷静に考える余裕が生じます。あとは、これに気付いた社員が口に出す勇気の問題です。

最後にひとつだけ疑問が残ります。おそらく、依頼文書を送られた子会社社員から、まず九電本体に「これはまずいのではないか」といった質問が届いたはずであります。かりにそういった質問が届かなかったとしても、6月25日頃からネット掲示板で話題となり、マスコミからも九電に問い合わせがあった、ということですから、何らかの九電側の対処はあったものと推測されます。この質問等に対して、九電はどのように対処されたのか。その対処さえ適切なものであれば、内部文書が国会議員の手に渡ることはなかったのではないか、仮に渡ったとしても、国会で追及が始まる前に、九電本体によって自浄能力を発揮して、その社会的信用の毀損を少しでも抑制することが可能だったのではないか。この事件の報道に触れて、疑問を抱いたような次第であります。

(追記)

たいへん反響が多く、数名の方からご異論を頂戴いたしました。私も本エントリーをアップする時点より予想はしておりましたが、「九電のやらせメールのどこが悪いのか?」「支援企業であれば、これくらいは当然だろう!」「愛社精神があるなら、依頼メールを送るのが当然」「これは典型的な九電パッシングであり、世論とマスコミは意見が違う」など、であります。これはコンプライアンスを考えるうえでたいへん貴重なご異論の数々だと思います。一度、こういった問題を「企業価値」という視点から真剣に考えてみる必要があるのではないでしょうかね。

7月 7, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (2)

2011年6月29日 (水)

キッコーマン野球賭博事件にみる形式的違法放置のリスク

東電の株主総会が開始される時刻に、私が役員を務める会社も株主総会が始まりましたが、お昼前には終了しました(ホッと一息・・・・・)。

さて、「コンプライアンス経営は難しい」シリーズでございます。すでに各社ニュースで報じられておりますとおり、キッコーマン食品(キッコーマンさんの関連会社)の工場勤務社員64名(元社員4名を含む)が、野球賭博被疑事件で書類送検された、そうであります(たとえば産経新聞ニュースはこちら)。胴元となった社員は逮捕されたものの、他の職員はほぼ事実を認めているとのこと。1口500円で総額135,000円、「ほんのお小遣いかせぎ」のつもりだったのでしょうが、これだけ大きく報じられますと、企業コンプライアンス問題として無視できないものとなってしまうようであります。

このニュースに触れた方々の印象としては、「この程度のお遊びで、なんで書類送検なの?どこでもやってるでしょ。これくらい大目に見てやれよ」というところではないでしょうか。胴元となった社員は、トイレや食堂などで参加者を募っていた、とのことですから、胴元に限らず書類送検された64名の方々も、同じような感覚で10年前からの恒例行事として遊興していたのではないでしょうか。発覚したのはおそらく工場職員による内部通報もしくは内部告発があったものと推測されます。

私の拙い講演をお聴きになった方でしたら、すでに企業リスクについておわかりかと思いますが、実はこういった現場社員による形式的な不正を放置するリスクというのは結構、会社にとっては問題でありまして、最近でも、某上場会社の代表取締役の方が「現場社員による工場廃棄物の無断持ち帰り」について、自社の内部通報制度を活用した、というお話もございます(当番を決めて、工場から出る廃棄物を持ち帰り、処理業者に売却したお金を現場職員の送別会費用に充てている、というもの)。

こういった不正を放置するリスクといいますのは、現場の軽微な不正を放置していては社内にコンプライアンス意識が徹底しない、という「もっともらしい」理由もあるのですが、実はもっと深刻なものがございます。それは、先の廃棄物処理問題もそうですが、せっかく全社あげて反社会的勢力との絶縁を実現した、という矢先に、現場において反社会的勢力との癒着が生じるリスクがある、というものであります。ひょっとすると、キッコーマン事件におきましても、警察・検察が小さな野球賭博にも厳格な対応を示したのは、大手企業において反社会的勢力との癒着の温床となる賭博からは隔絶させる必要がある、と考えたためではないでしょうか。

また内部通報窓口の経験から申し上げますと、昨今のパワハラ問題への社会的関心の高まりもコンプライアンスリスクとなります(この7月からは厚労省においてパワハラ円卓会議が設立され、今年度中には提言がなされるとか)。たとえば外食産業におきまして、頭の痛いコンプライアンス問題のひとつが現場社員の無銭飲食、残食品持ち帰り、というものがあります。現場では「持ち帰り、ただ飯あたりまえ」という風潮などもあり、まじめな社員や新入社員にも、これを勧誘するのであります。こういった違法行為の強要は、まじめな社員さんにとっては非常に苦痛を感じるものであり、最近はパワハラにまで発展するケースもあります。もしキッコーマンの件が内部通報・内部告発によるものだとしますと、こういった社員の精神的苦痛から生じたものと思われます。現場の雰囲気に耐えきれず、内部通報を行う社員も増えており、そのようなところから現場における長年の不正が発覚する、ということもございます。

そしてもう一つのリスクが「二次不祥事リスク」であります。力士の野球賭博事件における警察の捜査(携帯電話の解析)がきっかけとなり、協会に蔓延する八百長事件が大騒動となった大相撲協会の事例が典型例です。軽微かつ個人的な不正について警察や検察が捜査をすることにより、いままで表面化していなかったような(別の)大きな不正が見つかる、という例は企業不祥事でも数多く見受けられます。警察や検察としても、見つけた以上は黙認するわけにはいかず、会社自身で調査するなり、告発するなりして、不祥事の公表を勧める事態となるわけであります。これは結構シビアな問題でありまして、まさにコンプライアンス経営のむずかしさを物語るものです。

今回の件も、実際に個々の社員の刑事処分とまではいかないものと思いますが、「この程度なら」という軽い意識のもとで職場の不正を放置しておりますと、大きな企業不祥事に発展してしまう可能性があることが理解できるものと思います。コンプライアンスリスクは、社内の至る所にころがっていることを認識していただければ、と。

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2011年6月15日 (水)

フツーの会社も「焼肉酒家えびす」と同じ運命をたどるのか?

本日(6月15日)より、いよいよ2011年の株主総会シーズンが本格化するため、本業に近いお話を書こうかと思っておりましたが、ちょっと気になるニュースが報じられておりますので、ユッケ食中毒事件関連についてのエントリーとさせていただきます。169名の食中毒被害者(6月10日現在)を出したユッケ集団食中毒事件に関連するニュースでありますが、昨日(6月14日)深夜の各紙報道によりますと、生食を提供している52%の飲食店が国の衛生基準を満たしていなかった、とのことであります(厚労省の調査結果の発表によるもの)。ちなみに東京や大阪では約80%の飲食店に違反がみられた、とのこと。

「焼肉酒家えびす」を運営するフーズ・フォーラス社は経営再会を断念し、60名の社員全員を解雇した、とのことであります。提供した生食肉により4名もの犠牲者を出した以上、これはやむをえない事態といえるかもしれません。ただ、被害者に対する損害賠償金の支払も困難になったと思われますので、被害者の方々はやり場のない怒りが残ることとなります。

ただ、冒頭の調査結果、および警察の捜査経過(まだ明確な結論は出ておりませんが)などを考えますと、フーズ・フォーラス社と同じように、生食の衛生面に十分な配慮をしていない飲食店は全国に多数存在するわけでして、固有の違法事実が特定されていないフーズ社の経営者としては、なぜ自分の店だけでこのような事故が発生したのか、本当に運が悪かった、という気持ちになっているのではないでしょうか。現に、解雇されたフーズ・フォーラス社の従業員の方々には、すでに大手飲食チェーン店より採用募集の声がかかっているそうで、「従業員は何も悪くない」といった気持ちをお持ちの同業者の方々もいらっしゃるようであります。

もちろん、国の衛生基準を満たしていない生肉の取扱いをしていた以上、フーズ社は悪くなかったとは言えないはずであります。しかし、なぜフーズ社の提供した生食だけに、このような惨事の要因が潜んでいたのか、そのあたりが解明されない以上は、どこの飲食店でも起こりえた事件であり、他店としましては、たまたまY商店から生食用牛肉を納入しなかったことで助かった、だけに過ぎないのではないかと思われます。

コンプライアンス経営に関する講演をさせていただくなかで、よく「形式的違反を放置しますか?」というお話をいたします。どこの会社にも、「同業者も同じように放置しているから」とか「違反していても、とくに誰かに迷惑をかけないから」といった理由で、そのまま放置されている形式的な行政取締法規違反が存在します。建築基準法違反の建物、消防法違反の付属設備、労基法違反の労働慣行、風営法違反の営業形態、そしてマニュアルに反した遊戯施設の運営などなど、挙げればきりがありません。それらの形式的な法令違反状態は、たしかに普段の企業活動では何も問題となることはなく、事業リスクに直面する可能性に乏しいものであります。

しかし、今回のフード社のように、他の飲食店でも同じように衛生基準は満たしていないから、というだけで普段は問題がない企業活動であったとしても、いざ自社内で事故が発生し、消費者に多大な迷惑をかけてしまえば、これが命とりになってしまうわけであります。「俺は悪くない、たまたま運が悪かっただけだ」と人から同情してもらおうとしても、やはり形式的にでも法令違反(もしくはルール軽視の企業対応)が見て取れるのであれば、「それはルールをきちんと守らなかった自分が悪い、人もやっているから、というのは理由にならない」わけでして、だからこそ、平時より社内を見回して、放置されているような形式的な法定違反は存在しないか、十分に配慮する必要があると考えます。

どうしても、このように悲惨な事件が発生してしまいますと、だれの責任なのか「犯人捜し」が始まります。そして一般社会的な見地から、犯人と思われるものが特定されますと、そこに批難が集中してしまい、その背後にある構造的な問題が見失われてしまいます(つまり、効果的な再発防止策が検討されなくなるため、また同じように悲惨な事故が発生してしまいます)。とくに今回のフーズ社の事件では、代表者が特有のキャラクターの持ち主であったようにも見受けられましたので、その責任批難の対象が容易に特定できたように思われます。しかし(前にも書きましたが)ひとつの責任追及のターゲットがみつかった場合には、運よく摘発を免れた同業者は胸をほっとなでおろすことになろうかと。そう思いますと、ユッケ食中毒事件というのは、ゾッとする事例であります。このフーズ社と同様の運命のたどり方は、おそらく当ブログをご覧の皆様の会社でも十分に発生可能性があるのではないか、と考える次第であります。

6月 15, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年5月26日 (木)

震災後の企業行動が積年の恨みに変わる?

本日、東京の某開示研究会に参加してまいりましたが、長年大手電機メーカーで資材調達に携わっておられ、現在経営コンサルタントでいらっしゃる方のご講義を拝聴させていただきました。主に阪神大震災、中越地震の際の有事の資材調達というご経験からのBCPに関するお話であります。いわゆる「有事対応」というものは、属人的な資質に依拠する部分が多く、マニュアルには書いていないところで事業継続の浮沈が決まるのでは・・・・・と、私自身漠然と考えていたところがありましたが、本日の講義を拝聴して、それを再確認したような気がしました。

ところで、お話のなかで、私が最も「ゾッと」しましたのは、「企業の積年の恨み」に関するものでありました。昭和20年、30年代に事業継続の危機に瀕した会社への取引先の対応、そのあまりにも自己中心的な対応が、今の時代にも尾を引いており、著名な企業どうしの間でも、まったく取引がない、という事例を3つほどご紹介されました。講義後、直接質問させていただいたところ、こういった事例は3つどころではなく、多くの会社で不文律のごとく残っているそうであります。もし「企業の積年の恨みシリーズ」のような本が出たら、私はきっとネット予約してでも真っ先に購入したいですね。

ただ、「ほかの取引先は当社を信用して手形のジャンプをしてくれたのに、○○会社だけは絶対に首をたてに振らなかった」といって積年の恨みをかうことになってしまうのであれば、今の内部統制の時代、積年の恨みをかってでも例外事例を作らないことに執心する企業もありそうな気もいたします。これはまた難しいところではないかと。

社長どうしの個人的な関係から、ある一定期間取引が断絶する、といったことであれば理解できますが、日本を代表するような企業間で、何の経済的合理性もなく、長年取引がまったくなされない、というのはとても違和感を覚えるものであります。もう50年、60年も前に受けた仕打ちを肌で覚えているような役職員は存在しないにもかかわらず、組織というものは、こういった過去の恨みのようなものも引き継いでいくのでしょうか。

被災地もしくは被災地周辺地域に本拠を置く取引先企業の安否を気遣う電話の内容ひとつとっても、当社へのイメージがずいぶんと変わるそうであります。こういった応対は、決してBCP(事業継続計画)で「付け焼刃」的に身に付くものではなく、普段からの(平時からの)サプライチェーンに対する接し方、つまり当該企業の企業風土に依存するところが大きいようです。CSR経営というのは、どちらかというと前向きな企業行動の印象を持つわけですが、ひょっとすると事業のリスク管理という側面も重要なのかもしれません。

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2011年5月 9日 (月)

ユッケ食中毒事件に伴う規制強化とコンプライアンス上の苦悩

先週、 「ユッケ食中毒事件-その事前規制と事後規制」のエントリーにおきまして、ユッケの流通、提供の規制強化が図られると更なるコンプライアンス上の課題がある、と書きました。新聞報道等によれば、今後食品衛生法の改正により、生食用牛肉の販売、流通、飲食店での提供等において衛生基準が改訂され、罰則が設けられる方針だそうであります。現在、牛肉は「生食用」として販売流通しているものは一切ない、とのことですが、規制強化により、今後はユッケ等の生食用牛肉も取扱業者による自主的な安全配慮措置だけでなく、法に基づく衛生基準を遵守しなければならないこととなります。

しかし問題は、食中毒事件が現実に発生しない状況で、牛肉販売卸しや焼き肉店等の業者が法令を遵守することをどうやって担保するか(事前規制の実効性の担保)という問題であります。いくら法が罰則を設けたとしても、法違反をきちんと取り締まる方策がないかぎり、おそらく誰も衛生基準を守ろうとしないのではないか、という懸念がございます。

現在の馬肉流通、提供に関する「衛生基準」(これは牛肉にもそのまま適合するものでありますが)を眺めてみますと、生食用食肉の取扱い方法に関する基準、生食用食肉であることの表示に関する基準が中心であります。しかし表示に関する基準はといいますと、表示すべし、とされているのは①生食用である旨、②解体された都道府県名、そして③加工した食肉処理場の所在場所だけであります。ということは、原産地を偽装するような「食品偽装」というよりも、公的な品質検査を虚偽の試験結果によって通してしまったような「性能偽装」に近い法令違反行為が横行する可能性が高いと思われます。そうであれば、商品を検査しただけで、一連の衛生基準に準拠した行為がなされたかどうかは全くわからないため、おそらく行政の抜き打ち検査によっては「法違反行為」を特定することは困難であります。これでは何ら実効性は担保されません。

また、刑事罰の新設により、規制を強化することも考えられます。しかし刑事罰といいましても、業務上過失致死傷罪の立件ように現実に食中毒事件が発生した場面ではありませんので、罰金による制裁が量刑の相場ではないでしょうか。たとえばフグのケースと比較してみますと、「東京都ふぐ取扱条例」には刑事罰が設けられております。このなかに、フグ調理師がフグ料理を客に提供する場合の、フグの取扱い方法が規定されており、これに反する取扱いによってフグ料理を提供した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられます(同条例11条1項3号ないし8号、同23条)。たしかに懲役刑に関する処罰規定がありますが、これはフグの調理師は許可制が採用されており、いわゆる「免状」がなければふぐを調理することはできません。つまり身分犯として規定されたものでありまして、フグ調理師には高度な注意義務が課されているからこそ、これだけ厳しい刑事処分が設けられていることになります。ユッケの提供にあたって、このように許可制を採用することは現実的ではありませんので、身分犯として刑事罰が課されることはないため、懲役刑が新設されることはなく、せいぜい罰金による制裁となると思われます。

そうしますと、「みつかっても罰金で済むのだったら、みつかるまで違法行為を繰り返したほうがかしこい」つまり、やったもん勝ちの世界になってしまう可能性があります。これは事前規制によるコンプライアンス対応として、もっとも悩ましい問題であります。フグやカキなどとは異なり、危険性に関する国民の認知度が低く、かつ現実的にも食中毒事件に発展する確率が低い生食用牛肉の流通においては、このように「やったもん勝ち」になる可能性は十分に考えられます。また大手の焼き肉店等では、自社の責任を回避するために、取引先に安易に証明書を発行させることも横行するのではないでしょうか。これでは、消費者が安全安心な生食用牛肉を食することはできないことになってしまいます。今回のような痛ましい事故をなくすために、規制強化の実効性を確保しながら、なおかつ消費者が、これまでのように安全安心にユッケを口にすることができるためには、どのようにすべきでしょうか。

私も未だ十分に考えているわけではありませんが、たとえば刑事罰と行政措置の両面において取締規制を検討すべきではないでしょうか。これまでは食中毒事件が発生して営業停止措置がとられるところを、たとえば衛生基準に反した業者に対して、それだけで公益目的の見地から営業停止処分を発するということも考えられるのではないでしょうか。またこういった行政措置を新設したうえで、内部告発に対する奨励金制度を設けたり、自社や取引先の不正行為を告発した業者に対しての行政措置の減免(リーニエンシー)を導入するなど、内部から不正を通報することを促進する制度を設置することも検討されるべきだと思います(さらに行政措置ということであれば、公表制度も実効性があるかもしれません)。刑事罰を併設しておけば、公益通報者保護法の対象事実にもなり得ますので、内部通報や内部告発を促進することにもなります。性能偽装事件の発覚と同様、不正が内部から申告されなければなかなか法令違反行為が発覚しにくいのではないかと思われますので、「抜き打ち検査」や「罰則強化」ということだけでなく、実際に法令違反を取り締まるための対応策についても十分に検討しておく必要があると思います。

事前規制を強化する手法については、ほかにも衛生基準の改定等を含め、いくらでも思いつきますが、加工基準や保存基準等、これを強化すればほとんどユッケは庶民の口に入らない高価なものになってしまうのではないでしょうか。生食牛肉による事故防止のためにはそれもやむをえない、といった意見もあるかもしれません。しかし、ここまで日本の食文化に浸透しているユッケを「高価品」としてしまうことは、なんとなく国民感情に合わない道理のような気がいたします。これまで真面目にやってきた業者の方々も、おそらく取り扱わなくなってしまうのではないかと。ただ、飲食店側が販売業者に対して衛生基準に準拠した履行を確認したり、証明書を受領する際の確認事項を定めるなど、流通全体において生食用食肉の安全性に関する情報を共有するシステムを構築する程度であれば、なんとか実効性のある事前規制の手法が考えられるかもしれません。このあたり深入りしますと、上場会社の内部統制のお話になってしまって、今回のお話としてふさわしくなくなってしまいそうなので、これ以上は触れないことにいたします。

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2011年5月 7日 (土)

闘うコンプライアンス-中部電力VS経産省(菅首相?)

(5月8日 午後:追記あります)

(5月8日 夜:追記あります)

(5月9日 午前:追記あります)

5月6日午後7時に、経済産業省から中部電力に対して「浜岡原発の全ての発電基について停止してほしい」旨の要請があったそうで、本日(5月7日)中部電力は臨時取締役会を開催し、これに応じるかどうかを慎重に審議した、とのこと(出席者は取締役14名、監査役5名の合計19名)。本日現在では結論は出なかったため、8日以降に継続審議とされたそうであります。中部電力の役員の方々からすれば、株主代表訴訟のリスクを考えれば要請を拒絶したいが、これを拒絶してしまうと社会的な批判の的になってしまったり、電力不足の事態となってさらに多くの訴訟リスクをかかえてしまう可能性もありそうです。

まず、確認しておかねばならないのは、福島原発事故が発生した状況での要請ということで、あたかも「有事体制」かのように錯覚してしまいますが、中部電力管内における浜岡原発に関する要請ということなので、平時の法治行政としての要請があった、ということであります。どうしても世論の流れが「原発停止はやむなし」との判断に向かいがちになりますが、本件は平時の法治行政の原則が妥当する場面であり、首相の有事判断が優先することはないものと思われます。ここはきちんと最初に確認しておく必要があります。

そのうえで、菅首相(経済産業省)による中部電力への要請は、行政手続法2条6号の「行政指導」に該当するかどうか、ということがまず問題かと思います。同法に定める行政指導とは

行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を達成するために特定者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう

とされています。そもそも「行政指導」について行政手続法のなかで規定しているのは、行政指導の弊害を除去することが目的なので、本件のように要請への応諾に事実上の強制力を伴うような事実行為についてはほぼ間違いなく「行政指導」に該当するものと思われます。この行政指導は口頭によってなされるものでも足りるのですが、中部電力からの要請があれば、当該行政指導の趣旨及び内容並びに責任者を明記した文書を交付しなければならないため(同法35条1項)、このような中部電力の営業の自由を制限する重大な指導については、おそらく当初から同法35条の趣旨に則った文書で交付されたか、もしくは中部電力側は、文書交付の要請を行ったものと推測されます。

行政指導は、菅首相の記者会見のとおり、法に基づくものではありません。行政手続法32条から36条に規定されているとおり、任意の要請であり、これを中部電力が拒絶したとしても、なんら不利益を受けるものではありません(同法32条2項)。したがって、中部電力の役員の方々は、自主的な経営判断として、この要請に応じるか否かを検討しなければ、今後会社に損害が発生した場合、株主代表訴訟によって法的責任を問われる可能性があります。とりわけ、規制的行政指導(あらかじめ規制する法的根拠があるにもかかわらず、より柔軟な対応を求めるために行政指導の形で要請をするケース)の場合であれば、役員の方々も結論を出しやすい(要請に応じる、という結論を出しやすい)のでありますが、原子力基本法にも原子力災害対策特別法にも、こういった原発停止命令のようなものが規定されていないため、非常に困難な判断を強いられることになります。

まがりなりにも、国(行政)から中部電力の具体的なリスク管理体制に関する提案が出ているわけですから、これを採用するか否かは、経営判断原則(会社法上?もしくは判例上?)に従って必要事項はすべて資料に基づいて判断せざるをえず、したがって「継続審議」となることは役員の方々の法的責任を考えた場合当然のことだと思います。また、適法な行政指導に従い、価格統制を行った者に対する独禁法違反が問われた事例におきまして、最高裁は

「価格に関する事業者間の合意は、形式的には独禁法に違反するようにみえる場合であっても、適法な行政指導に従いこれに協力して行われるものであるときは、その違法性を阻却される」

としています(最高裁判決昭和59年2月24日 判決文は最高裁HPにて閲覧できます)。これも石油業法において法的根拠がない場合の行政指導に関するものでありますが、今回のケースにおきましても、行政指導が適法であり、かつこれに協力するにあたり、提案されているリスク管理体制を採用することに合理的な根拠があれば、中部電力の役員の方々に善管注意義務違反の責任が問われる可能性はかなり乏しいのではないでしょうか。まちがっても「首相の要請は断れなかった」「首相の要請を応諾することを前提として、事業に支障が出ないかどうかを考えた」という理屈は通らない、と思います。

会社法上、取締役は「社会的責任を果たす」といっても、やはり一般株主の利益を第一に考えて行動する必要があるわけでして、たいへん重い決断をしなければなりません。ただ、注意すべきは上記最高裁判決も「適法な行政指導」という言葉を用いているとおり、行政指導が法の根拠に基づかずに行われるものであったとしても、適法な行政指導と違法な行政指導はありうるわけです。行政指導には行政法上の比例原則(最低限度の規制か否か)、平等原則(他の電力会社への要請は不要なのか)も当然に妥当します。そこで中部電力の方々は、今回の経産省大臣による原発停止要請は、適法な行政指導に当たるかどうか、法律判断を必要とすることに留意する必要がありそうです。

(5月8日午後 追記)

資料保管庫管理人さんのブログからTBをいただきました(どうもありがとうございます)。中部電力社のガバナンスの状況が把握でき、参考になります。個人的な印象ですが、なかなかガバナンスがしっかりしているように思えますね。どういった協議結果となるのか、注目してみたいです。

(5月8日夜 追記)

unknown1さんから、電気事業法を根拠法規とする規制についてのご指摘を受けましたが、こちらの専門紙の記事によりますと、やはり電気事業法や原子炉等規制法によっても法的根拠の見当たらない要請と報じられています。やはり、規制的行政指導にはあたらないように思われます。

(5月9日午前 追記)

中部電力における経営判断として、損失補てんに関する行政契約を条件とするのはどうだろうか、これが前提であれば株主に対して説明できるのでは・・・・・といった意見を持っていましたが、(行政契約の手法まではいかないようですが)どうも火力発電所の稼働に要する天然ガス供給についての国の支援をとりつける方向で協議がまとまるとの報道がなされています。これは経産大臣の要請受諾の方向性を決定づけるものになりそうな気がします。

5月 7, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (8) | トラックバック (3)

2011年5月 6日 (金)

ユッケ食中毒事件-その事前規制と事後規制-

3日前に広報コンプライアンスの視点から雑感を述べておりましたが、あれからまたFF社運営にかかる系列店でユッケを食された方の犠牲者が増え、相当深刻な事態となっております。予想通りマスコミの報道は混迷を極めており、なにゆえここまで大きな事件となってしまったのか、その責任や原因が特定できないため、加害者としてのターゲットが見つからない状況が続いております。FF社の代表者は犠牲者が出た時点で直ちに、ご遺族のもとへ謝罪に出向き(お父様は謝罪を拒絶されましたが)、4人目の犠牲者が出た時点の記者会見では土下座をして今後の精一杯の補償を誓いました。

事後規制としての「業務上過失致死」の立件ですが、誰のどのような行為によって今回の痛ましい事件が発生したのか、食中毒事件の証拠はあっという間に散逸してしまって因果関係の立証が困難になりますので、当局としては強制捜査(身柄というよりも証拠確保のため)に乗り出す可能性はあるのではないかと思われます。(追記:6日午前のニュースでは強制捜査の方針とのこと)

そして前回のエントリーの最後で懸念しておりました「事前規制」、つまり食品衛生法改正ですが、本日あたりの報道内容からしますと、厚労省は今回の事件を機に、食品衛生法の衛生基準を満たさない生肉の流通販売に罰則規定を設け、合わせて抜き打ち検査も行うよう行政規制を厳格にすることを決めたそうであります。つまり、特定の誰かを厳罰処分として事件を終結させるだけでは不十分であり、二度と同様の事件が発生しないよう、抜本的な方針で臨むということです。

フグの食中毒で死亡された方のご遺族が自治体(国や兵庫県)を相手取って国賠訴訟を提起された事件の判決(昭和55年3月14日大阪高裁判決 判例時報969号55頁)におきまして、原告はフグの肝の流通販売を行政で禁止するのではなく、行政指導で対応していたことに過失がある、と主張したのですが、裁判所はこの主張を棄却して原告敗訴となっております。そのときの裁判所の判断理由では、フグのように高価なもので、これを食する消費者は限られており、なおかつフグの肝が危険であることは、消費者は十分に認知している、また流通販売においてフグを取り扱う業者は認可もしくは届出制とされており、自主的な規律が期待しうる、したがってこのような食品については現行の食品衛生法の弾力的運用(つまり検査の厳格化や行政指導など)によるか、行政取締(罰則や販売流通の禁止)によるかは行政の裁量にゆだねられている、しかしそれ以外の食品については、国民の安全を確保するために行政取締をしない、という場合には国の不作為が違法行為と評価される場合がありうる(国賠法1条1項)、と明示されております。

フグの場合と異なり、ユッケというのは、本事件の販売価格をみてもわかるとおり、多くの国民に提供される商品であり、また消費者がフグほどの「命の危険性」を感じながら食するものではないと思われます。そうしますと、上記昭和55年の大阪高裁判決を前提とするならば、ユッケについて食品衛生法上の取締りに行政裁量の範囲は狭く、これを事前規制として厳格に規制しなければ国の違法性が問われることになるのではないかと。このように現実に事故が発生するとなれば、もはや行政が規制強化に乗り出さないのは「不作為による過失」に該当するのではないかと。こう考えますと、今回の厚労省の素早い対応も、当然のことのように思われます。また、規制の厳格化によって、事後規制(業務上過失致死罪)の立件も容易になります。

ユッケは出しません、とするお店も実際にはあるそうでうが、そのようなお店は消費者から「あの店は古い肉を使っているから、メニューにユッケがない」との風評が立つそうです(むずかしいですね・・・・・)。事前規制によってユッケが食べられなくなる、ということではなく、今後は馬肉(馬刺し)流通の現状基準に沿った形の運用になるのではないでしょうか。生肉による提供に関する運用基準に合致したもの(生食用)は消費者に提供されることになるでしょうけど、維持管理に非常に大きな負担を要しますので、ユッケだけが非常に高価なものとして提供される、ということになるのではないかと。

ただ、事前規制が厳格化されると、今度はまた別のコンプライアンス上の悩ましい課題が発生します。これはまた別の機会に。

5月 6, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年5月 2日 (月)

広報コンプライアンス-「訂正」と「非開示」のジレンマ

数日前の森トラスト社長さんのインタビュー記事(ロイター)を読んで、「あれ?これってイオンはパルコに圧勝したわけじゃなかったの?ひょっとして森トラストにうまく活用されたの?」といった感想を持ちましたが、5月1日の産経ビズのこちらのニュースを読んで、政策投資銀行の意向も動いていたことを知りました。また、私は従前のエントリーで「イオンと森トラストがいつまで利害関係が一致するかわからないのでは」と書きましたが、やはりM&Aは人間模様によって左右されることが再認識されました。本件につきましては、ずいぶんと冷ややかな目で眺めておられた方もいらっしゃいましたが、本当はけっこう熱かったようですし、記事にあるように「第二幕」も始まる可能性が高いのではないかと。

★★★★★

さて、トヨタ、東電、ソニーといずれも日本を代表する企業の情報開示の在り方が問題になっております。いずれも企業活動が国民の生命、身体、財産に対する安全を破壊するおそれのある情報を、早期に開示しなかったことへの批判が、とりわけ海外において高まりました。トヨタの場合、製品の不具合については認められなかったという判定が強まりつつあるものの、情報の早期開示を怠ったことが15パーセントほどの企業価値低下につながったとするロイターの報道もなされております。またソニーの場合も、情報漏えい(流出)は人為的ミスではなくハッカーの侵害によるものと言われておりますが、それでもすでに情報開示の遅れについて訴訟が起こされる、と報じられています(私個人としては、事故情報を入手して1週間、というのはそれほど開示が遅延している、というものでもないように思うのでありますが・・・)。

情報開示が遅れる、というのは、それだけ正確な情報を開示したいといった企業側の論理があり、とくに拙速な情報開示によって国民に誤った情報を提供し、後日これを訂正することを嫌うところにあるように思います。ひたすら国民の生命、身体、財産の安全を、有事においても企業がしっかり保護する、ということでしょうか。

しかし、トヨタのリコール事件の後、広報リスクコンサルタントの方のお話をお聞きする機会があったのですが、日本と欧米とでは「リスクコミュニケーション」の手法が異なるため格別の注意が必要、とのお話が印象的でした。たとえばリコール対応の場合、我が国でも消費者庁設置によって少しずつ変わってはきているのですが、日本では正確な情報を企業自身が集約して、リコール対応の必要性を判断し、対応を決断した時点で情報を開示する。しかし、アメリカではリコールの是非は企業と市民が一緒になって考え、そもそも企業活動が万能の会社などありえない、どんな企業でも不具合製品を出したり、ミスが発生することはある、という発想から出発するのだそうです。したがって、市民が企業と一緒になって考えるだけの情報を速やかに提供しないことについては多くの批判が集まる。

情報漏えいや流出問題も同様だそうです。情報流出の疑義が認められた時点で情報を開示し、被害状況などを含めた情報を市民から集約し、市民が自己防衛手段をとる支援を行うのが企業の責務だとか。ここでも、リコール対応と同様に市民の自律の精神が基礎にあるそうです。日本の場合、情報漏えい(流出)事件が発生しても、あまり訴訟にまで発展するケースは少なく、お詫びの文書とともに、500円の図書カードが送られてきて満足する、といったことも聞かれるところです。

事故情報(不祥事情報)開示の在り方は、各国の国民性によって変わってくるのかもしれませんし、消費者保護に関する国の考え方によっても違うのかもしれません。ただいずれにしても、タイムリーな情報開示、とくに不利益情報の開示方法については、今回の東電事故に至るまで、あまりコンプライアンスの視点から議論されたことはありませんでした。東電事故は論外ですが、企業活動が国民にそれほど大きな損失を与えなかった場合であっても、不適切な情報開示により社会的信用を大きく毀損してしまい、企業価値を失ってしまう可能性があることを認識すべきであります。これもおそらく平時からの体制整備の差が生じる問題のひとつなのでしょうね。

5月 2, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年4月 7日 (木)

闘うコンプライアンス(しまむらVS加茂市)その4・政策法務はむずかしい

toryuさんから教えていただきましたが、売り場面積拡張でもめていたファストファッションのしまむら社と加茂市でありますが、このたび刑事告発問題は決着がついたようであります。4月1日の毎日新聞ニュース(新潟版)によりますと、県警から書類送検されていたしまむら社の60代男性役員について、地検は「構成要件該当性なし」として不起訴処分とした、と報じられております。お上にたてつくと、「江戸の敵を長崎で討つ」状況になってしまわないか、と萎縮してしまう企業が多い中、法令遵守の気持ちを強く持ち、行政と是々非々で向き合う「闘うコンプライアンス」の姿勢が実を結んだ好例であると思います。

当ブログでも過去3回にわたり、「闘うコンプライアンス」シリーズとして取り上げましたが、この事例は非常に興味深いものであり、また私自身もたいへん勉強になりました。本日はあまり時間もありませんので、多くの感想を抱いた中で、一点だけ疑問に感じているところを指摘しておきたいと思います。

今回、県警および地検は、加茂市の当該条例制定について、しまむら社を狙い撃ちした「後だしジャンケン的」な条例であることに注目したわけではないようです。注目していたのは、当該条例が建築基準法による規制を前提としているにもかかわらず、建築基準法が想定していない「売り場面積」(正確には売り場の床面積)という概念を新たに持ち出している点でありました。そして、地検は「建物自体を増築したわけではなく、もともとあった建物の一部を売り場として拡張して使用したのであるから、これは建築基準法の趣旨からすると売り場面積の拡張にはあたらず、構成要件該当性がない」と判断したようであります。

本事例を「線として捉える」、つまり条例制定前後の事実関係を詳細に認定して不起訴処分とするならば、後日の検察審査会への異議申立ての可能性が高まったり、当事者間における民事賠償問題の根拠事実として利用されたりする可能性があるので、「点として捉える」、つまり法と条例との関係という、きわめて法律的な解釈問題を持ち出して処理しようとする地検の対応は、なるほどと納得するところであります。

しかし、私の手元にあります政策法務に携わる公務員向けのハンドブック「自治体法務サポート 行政手法ガイドブック」(鈴木・山本著 第一法規 平成20年3月初版)によりますと、刑罰を伴う条例を制定する場合には、条例案が完成した後、議会にかける前に「検察審議」が行われることになっております(同書 146頁)。この検察審議といいますのは、法律で義務化されているわけではないのですが、罰則のある条例を制定したり、改廃したりする場合に、事前に地検と通例的に協議する機会のことであります。条例の実効性を確保するためには、自治体と検察庁との円滑な連携を図る必要性が高いために審議の場が設けられるそうであります(同書 75頁)。

もしこのたび、加茂市が検察協議を経て条例を制定しているとなると、上記の地検の判断はおかしいのではないでしょうか?条例には「売り場の床面積」という用語が出ており、これは建築基準法には出てこない用語であります。「点として捉える」のであれば、そもそも検察協議のなかで、今回の判断は地検が指摘していたはずであります(たとえば「売り場の床面積の拡張」というのは、既存の建物のうち、売り場でなかったところを拡張するようなことは含まないのかどうか曖昧である、など)。それとも、加茂市が事前に検察協議をしていなかったということなのでしょうか?(おそらくこれはないと思いますが・・・・)県警の判断と地検の判断とでは微妙なニュアンスの違いもありそうで(たとえば県警は「条例自体がおかしい」という見解で、地検は「条例は有効だが本件へのあてはめがおかしい」という見解ではないか等)、どうもよくわからないところもあります。

いずれにしましても、企業が「法令遵守」のために行政と闘うケースにおきましては、まず「点として捉える」手法を活用することの有効性が認識できたと思われます(たとえば本件でいえば「上乗せ規制」「横出し規制」「法律と条例の優先適用関係」等)。ほかにも、今回の不起訴に至る顛末を知ると、いろいろと疑問が出てくるのでありますが、とりあえずまた続き・・・ということで。

4月 7, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月 5日 (土)

京大ネット投稿事件から考える企業コンプライアンスへの教訓

それにしましても、この1週間の「京大入試漏洩事件」の展開は早かったですね。前のエントリーへのコメントでも書きましたが、私はそもそも京都大学がどのようにして入試問題漏えいの事実を知ったのか、という事実についてとても興味を抱きました。

5日未明の産経新聞ニュースを読んで、「なるほど」と思いました。(産経新聞ニュースはこちらです)どうも京大新聞の問題文検索が発端のような感じですね。この検索作業のなかで、関係者のどなたかが大学当局へ匿名通報し、その後ツイッターで火が付いた、という経過だったのでしょうね。ツイッターで話題になっている以上、京大としても(内部者によるものか、受験生によるものなのか確認作業を行う間もなく)早期に公表せざるをえなかったのではないか、と。私立の大学が合格発表後まで(また、人から指摘されるまで)「問題漏えい」に気がつかなかったにもかかわらず、なにゆえ京大だけが試験終了直後に気がついたのだろうか・・・・・と不思議に思っておりましたが、この「京大新聞社」の存在が大きかったのではないでしょうか。しかし、そう考えますと、グーグルやヤフーなど、検索エンジンの存在意義は大きいですね。問題漏えいの事実がこうやって早期に発見できてしまうのも、こういった検索エンジンの効果だと思います。

被疑者が逮捕され、普通の受験生の単独行為によるものだった、ということになると、今度は大学側への監督責任を問うマスコミや世間の声が大きくなりました。ここまで大きな騒ぎにして「被害者ヅラ」するな、という声が寄せられている、とのこと。しかし、上記のような入試問題漏えいの事実を大学側が知って公表に至った経過からするならば、京大は当初「内部者による試験前の段階における情報漏えい」を相当に疑っていたのではないでしょうかね。少なくとも受験生によるカンニング行為によるものなのか、試験準備段階による内部者の情報漏えい行為によるものなのか、そのあたりは不明だったのではないかと。現に毎日新聞の記者は、当初京都大学側に対して「内部者の犯行ではないか」と尋ねています。(大学側はこれを否定しておりましたが、明確に調査をしたわけではないと思われます)

また、かりにマスコミが当初予想していたとおりの展開になっていた場合、つまり入試問題の漏えいは、ひとりの受験生による単独行為ではなく、複数人の関与する組織的な不正であり、しかも愉快犯であったとしたら、「逮捕は行き過ぎ」「大学側の監督責任はどうなのか」といった批判は現在されていたのでしょうか。19歳の浪人生の単独行為、しかもセンター試験の成績が芳しくなく、「合格したかった」という動機、そして逮捕後の素直な供述、といった報道で、ずいぶんと不正行為者に対する処罰感情が、国民こぞって萎えてしまったことに起因していないでしょうか(いわゆる、後出しじゃんけんで大学側を批判していないでしょうか)。

このあたりを検証することは、企業の社会的信用の毀損という「企業コンプライアンス」の本質を考えるにあたって、たいへん教訓となるものだと思いますが。もし京大新聞社による問題文検索の作業がなかったならば、果たして今回の騒動はなかったのではないか、他の3大学は、本当に指摘を受けるまで「入試問題の漏えい」の事実を知らなかったのだろうか、など色々と疑問は残っておりますが。。。

3月 5, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年2月27日 (日)

大手企業社員の破廉恥罪と企業の社会的信用への影響

コンプライアンスセミナーでは毎度申し上げているところでありますが、一般的に世の中に名前が知れ渡っている名門企業の社員の方が、痴漢・盗撮・児童買春などのいわゆる破廉恥罪を犯してしまったとき(身柄拘束されたとき、もしくは在宅でも起訴されてしまったとき)、その社員の方の名前とともに、会社名が付記されます。以前、某新聞社の社会部記者の方にお聞きしたところ、「公表したほうが、ニュースの公益性が高まると判断した場合には社名を付記します」とのことでありました。つまり、皆様方のお勤めになっていらっしゃる会社の方が刑法犯で逮捕された場合、そこに社名が付記されている場合には、かなりの名門企業と一般的には評価されている、ということになりそうです。なお、横領背任など、会社が被害者のケースでは、調査が先行しますので「D社元社員、40億円横領」という見出しになりますが、破廉恥罪のケースは、ほとんどが会社にとっては寝耳に水でありますので、現役社員の犯罪、つまり「M社部長逮捕」という見出しになってしまいます。

ただ、破廉恥罪で社員が逮捕された場合に、社名が冠として付いていなかったからといって安心はできません。とくに上場会社の場合にはヤフー掲示板がございます。「昨日、新聞で痴漢で逮捕された、と報じられていた○○という人は、たしかこの会社の総務部長さんだよね」というパターンがありますので要注意。また新聞報道でもヤフー掲示板でもそうですが、身柄拘束された後、結局起訴されなかった、という結末については誰も公表してくれません。つまり名誉挽回のチャンスはほとんどない、ということになります。以前、社員によるインサイダー取引が、情報管理のずさんさ、というフィルターを通じて企業自身の社会的信用を毀損することを取り上げましたが、個人的犯行である破廉恥罪についても、企業の信用を事実上毀損してしまうケース、というのもあるように感じております。

本日、東証一部の名門企業の法務部長さんが盗撮で逮捕されてしまいましたが、やはり大々的に社名入りで報じられてしまいました。某不祥事によって、2月に愛知県警から会社自体が告訴されていますので、法務部長という立場上、そういったことによるストレス等があったのでしょうか?会社の中もたいへんでしょうが、こういった事件が報じられますと、50代という年齢もあり、なんともやりきれない気持ちになりますね。。。

2月 27, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月 9日 (水)

例外的取扱いが招く企業不祥事の教訓的事例

話題の林原社が会社法上の「大会社」に該当するにも関わらず、会社法で設置義務のある会計監査人を置いていなかった、と報じられております(私はてっきり公認会計士さんが粉飾を見逃している事例だとばかり思っておりましたが、会計監査人がそもそも設置されていなかった、ということのようであります)。会社法上の大会社でありながら、公認会計士(監査法人)さんの法定監査を受けていない非上場会社というのは、あまりめずらしくもないように思いますが(もちろん法令違反ですからいけませんよ~笑)、ただメインバンクであります中国銀行さんが、林原社の計算関係書類に関する会計監査報告書を確認せず、また会計監査人が「誰か」ということの確認も(登記をもって)調査していなかった、というのは少し驚きであります(会計監査人の氏名は登記事項)。

中国銀行さんはきちんとした金融機関であり、事務リスクへの対処も厳格にチェックされていると思われますので、「会計監査人が登記事項とはだれも知らなかった」ことはないと思いますし、会計監査報告書の徴求についても、会社側からの口頭説明だけで「つい信用してしまった」という事態もちょっと想定できるものではございません。私は、むしろ中国銀行さんはきっちりとしたマニュアルをお持ちのはずで、ただ林原社が中国銀行の筆頭株主(10パーセント)であり、銀行さんと特殊な関係にあったがために、マニュアルの例外的取扱いが全社的に黙認されていた結果ではないか・・・と思いますが、いかがなものでしょうか(もちろん、私の推測でありますが)。昨年末になって、中国銀行さんがあわてて林原社の資産に担保を設定した・・・という報道にも、両社の特殊な関係が窺われているものと思われます。

産経新聞ニュースでも触れておられるように、「もし会計監査人の有無について、もっと早く銀行側が確認していれば、粉飾決算も早期に発見されていた可能性が高い」というのは(もちろん本当に発見できたかどうかは不明でありますが)、中国銀行さんにとっては重い不祥事として捉えるべき内容でありますが、こういった「内部統制の例外的取扱い」が不祥事を招くことは世間でも結構多いような気がいたします。大株主であり、また地元の名門企業と言われていた取引先であるがゆえに、社内で誰も疑問に思うところなく、例外的な取扱いが長年の慣行であったというのが真相ではないでしょうか。社長案件や専務案件、昔からの先代さんのお付き合いのあるお客さんなど、一般の新規案件であれば当然確認されるような信用情報についても、持ち込みが特殊なケースではノーマークで融資がなされるところだと思われます。このニュース、ドキっとされた銀行さんもあるんじゃないでしょうか?一笑に付すことができるような不祥事だとはちょっと思えないですね。

2月 9, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年1月20日 (木)

闘うコンプライアンス(しまむらvs加茂市)その3

おかげさまで当ブログの人気シリーズ(?)となりました「ファストファッションしまむらvs加茂市」の闘うコンプライアンスシリーズでありますが、1月17日、18日と読売、朝日で新たな動きが報じられました。いずれの記事も(条例違反により)しまむら社を被告発人とする刑事告発を受理した県警は、そもそも加茂市の条例に無理がある、として立件には消極意見を付記して「しまむら社」を書類送検する方針、とのことであります(読売新聞ニュース朝日新聞ニュース)。

おもしろいのは、加茂市が地元で売り場面積を拡大して売上拡大を狙う「しまむら」社の計画を阻止しようと「売り場面積拡大を規制する」条例を制定し、これを無視して面積拡大を図った「しまむら」社を刑事告発するわけでありますが、県警はこの条例の内容を問題視して立件に消極的、とのことであります。報道では、もちろん加茂市の後出しじゃんけん的な条例制定、つまり手続きに問題があることも考慮しての判断とされておりますが、県警の消極判断では、条例の内容そのものに問題がある、との見解が主たる理由のようであります。

手続きの問題としては、一昨日「もこさん」からコメントをいただいておりますとおり、「余目町個室付き浴場最高裁判決」(刑事事件は昭和53年6月16日判決、民事事件は同年5月26日判決)が著名な先例とされているようで参考になります。刑事事件のほうだけご紹介いたしますと、A氏が個室付き公衆浴場(いわゆるソープランド)を作ろうとしたところ、山形県は急きょソープランド予定地の近くにある「無認可児童遊園」を「認可児童遊園」に格上げして、ソープランドの営業禁止区域にしてしまい、そのまま営業を開始したA氏について風営法違反で刑事告発した、という事案であります。(児童福祉施設から半径何メートル以内では風俗営業はできない、といった規制がもともとありますので、児童遊園を格上げされると営業規制の対象となります)最高裁は、そもそも児童遊園を認可対象施設に格上げすべき合理的な理由もないのに、A氏の営業直前にこれを認可する山形県の行為は、まさにA氏の営業を阻止することだけのための行政処分であり、行政権の濫用にあたり違法、したがってA氏は無罪、と判示しております。

たしかに本件とよく似た事例でありまして、特定の営業主体の事業を阻止することを目的とした行政の行動…という点からすれば、本件最高裁判決は加茂市にとって不利になるように思われます。ただ、上記の余目町個室付き浴場最高裁判決の事例は、山形県の認可処分の適法性が争われたものでして、条例という立法行為が争われたものではございません。上記最高裁判例に関する調査官解説も、「認可処分が適切とはいえないことから、今後は条例等によって対処すべきである」と述べておられますので、あながち加茂市としても「条例制定」によって対応しているのですから、決して法律的に無理であることを承知のうえで行動に出た、とも言えないように思われます。ただ、(その1)でも述べましたように、最近は「条例」といいましても、その制定経緯などから特定人の行動を規制することを目的とするようなものであれば「行政処分」性を認めることができる、という最高裁判決も出てきておりますので、そのあたりを重視しますと、やはり加茂市の対応は手続き的にも問題が残るようであります。

さて、まだまだしまむら社と加茂市の対決は続きそうでありますが、条例の中身自体が問題・・・とする県警の意見が付されているのであれば、今後は加茂市側としてはこの条例をどうするのでしょうか?手続き的な面で問題があったのであれば、すくなくとも「しまむら」社との間においては営業の自由を侵害するものとして違憲、つまり「適用違憲」として、(しまむら社との間では問題があるとしても)条例自体の有効性、適法性には問題なし、と考えることもできそうですが、中身が問題だとすれば、条例自体の存在が違憲のおそれがあり、条例の改廃も検討しなければならないかもしれません。加茂市としても、決して「しまむら」社が憎いわけではなく、地域の経済を守るための対応であります。地域経済の保護、営業の自由、法律と条例の関係など、いろいろな問題のバランスをとりながら、最終的にはどのような決着をみるのか、私自身は企業コンプライアンスの視点から、今後も注目をしていきたいと思います。

1月 20, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2011年1月17日 (月)

午前中だけで6万アクセス突破・・・・・(みなさんのご関心がわかります)

当ブログは平日約7000~9000アクセスというところでありますが、本日はなんと午前中だけで6万アクセスを超えております。(NINJA TOOL 調べ)はじめて当ブログをご覧になられた皆様、あまりのマニアックさに落胆されたことでしょう(^^;;これで丸6年、やってきたのであります(笑)

最初「アクセス解析」の故障かな??と思ったのでありますが、読売ニュース、Yahooニュースで「ファンション しまむら VS 新潟県加茂市」の新たな動きが報じられていたのですね。「闘うコンプライアンス」の代表例ですし、皆様方のご関心の高さがよくわかります。とくにYahooのほうで私のエントリーがリンクされておりますので・・・それにしてもYahooの力はスゴイです。

私自身もたいへん関心のあるニュースですので、また改めてエントリーしたいと思います(とりいそぎ、執務中なのでご挨拶のみにて失礼いたします <(_ _)> )

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2011年1月 5日 (水)

「バイク王」比較サイト偽装疑惑への企業対応

すでに多くのブログで紹介されておりますが、「バイク王」経営母体のアイケイコーポレーション社(東証二部)は、バイク買取価格の比較サイトにおいて「バイク王」以外の全ての買取業者の経営母体だったという「お粗末」なお話。消費者庁は、それが事実なら景表法に抵触する可能性がある、とのことだそうですが、予想通りアイケイ社の株価にも大きく影響が及んでいる模様であります(ブルームバーグニュースはこちら。昨年末と比較して、4日のアイケイ社の株価は8.5%下落)。

各紙報道をみますと「バイク王、比較サイト偽装」との見出しもあり、一般の方々も「高値買取」を偽装していた、との認識を持っておられるのではないかと思います。しかし会社側コメントを読みますと、今回の事件は誤解を生じさせるおそれのあるものであり、再発防止に努めます、として決して会社ぐるみの不正が行われた、というものではないことを強調しておられるようです。朝日新聞に対するコメントでも「今回の件は遺憾であり、残念です」とありますので、決して悪いことをしたわけではない、顧客に誤解を生じさせたことについては再発防止のため努力する、とのスタンスは崩しておられないように思えます。しかし、このようなサイトで、あたかも他の業者と買取価格で競争している外観を作出していたのですから、これをバイク王の広告だと理解することは困難でして、なぜ「偽装」にあたらないのか、会社コメントを読んでも理解できないところであります。再発防止の前に、まず事実関係をきちんと調査のうえ公表することが先決ではないかと思われます。

今回の件、顧客からの苦情によって疑惑が浮上したのであれば、消費者庁が先に情報を収集しているはずでありますが、新聞社が先に事実を解明しているところをみると、やはり内部告発による情報提供の可能性が高そうであります。社会部の新聞記者さん達は、入手した情報をもとに会社側に取材を求めるのでありますが、事前に会社側に送られてくる質問事項で、だいたい漏洩した情報の内容が判明し、どのペーパーが漏れたのか特定できることが多いように思います(私の経験からですが・・・)。その場合、会社側の対応としては、自社で調査のうえ真摯に対応するケースと、新聞記者さんを完全に無視するケースに分かれるようです。私は原則として前者をお勧めします。なぜなら内部告発者の情報は、告発者自身のストーリーに基づくものであり、決して企業不祥事の全貌を知りながら告発するケースが少ないということ、たしかに不祥事に近い事実が存在していたとしても、記者さん方にも「ニュースとしてのストーリー」があり、これに沿った形の不祥事ではない場合には「報道に値するほどのおいしいネタ」にはならないからであります。こういったケースでは、自社の言い分を記者さん方に堂々と主張することで、結局のところ没ネタになる可能性が高いと思います。また教科書的な回答ですが、本当に申し開きのできない不祥事が発覚した場合には、事実調査のうえ自社において不祥事を公表し謝罪するほうが、「自浄能力」を示すことができ、再発防止策への信頼も高まるため、社会的評価の毀損の度合いはそれほど大きくないものと思われるからであります。

1月 5, 2011 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年12月15日 (水)

業界トップ・ヤマダ電機のCSR経営への熱き思い(?)

(16日未明:追記あり)

ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでありますが、業界大手のヤマダ電機さんが、日経ビジネス誌上「お客様満足度ランキング最下位」と報じられたことで名誉をいたく傷つけられたとして、日経BP社を相手に損害賠償請求訴訟を提起していたそうであります(裁判自体、私は存じ上げませんでしたが)。そして12月14日、東京地裁はヤマダ電機さんの請求を棄却する判決を下したようです。(読売新聞ニュースはこちら

法人にも(不法行為に基づく)名誉毀損は成り立つ・・・というのが判例通説でありますので、5500万円分の社会的信用を毀損された、とするヤマダ電機さんの気持ちもわからないではありません。ましてや世は正にCSR経営の時代。家電量販店にとりましてステークホルダーの中心にある顧客様へのアフターサービスが最下位・・・という評価を「天下の日経ビジネス誌」で公表されたとなると、これはエライ痛手でありますし、ヤマダ電機さんは企業としての社会的責任をまったく果たしていない、と評されているに等しいものでありますので、「闘うコンプライアンス」の必要性も十分に認められるように思われます。

ただ、どうでしょうか。。。皆様がもし、ヤマダ電機さんの経営者だとしたら、「何を書いとるんや!」と怒り心頭で訴訟を提起するでしょうか??私はかなり悩みますよね。法人の社会的評価(信用)を毀損するに足りるほどの具体的な事実の摘示を原告であるヤマダ電機さんのほうで主張・立証する必要があるわけですが、そもそも顧客の満足度・・・というのは、お客様の主観的な評価にすぎないわけでして、たとえば顧客がブログで「ヤマダ電機はアフターサービスが悪い」と書いたとしても、それは個人の主観的な嗜好の問題であって、名誉毀損は成り立たないものと思います。そういった満足度をマスコミがアンケートで集計して、その結果を公表する、ということになりますと、「ヤマダのサービスが悪い、という人がたくさん存在する」ということが具体的な事実になりそうであります。ただ「集計作業」はかならず1番から最下位まで順位が必然的についてしまうものでありますから、マスコミが集計結果を意図的に作り上げなければ名誉侵害行為と評価することはできないようにも思われます。この世の中にヤマダ電機の顧客満足度が悪いと考えている人がたくさんいる・・・という具体的な事実に何らの根拠もない、という点の立証はかなり困難ではないかと想像いたします。

いずれにしましても、この東京地裁の判断をみてもわかるように、決してヤマダ電機側に明らかに(一方的に)正義があるわけではなく、敗訴の可能性はあるわけでして、こういった状況で裁判を起こすことは、かえって、「ホントだ。ヤマダ電機のアフターサービスの悪さは、裁判で証明されたのだ。あれは真実だったのだ」といった一般市民の認識を増幅させてしまう結果になるのではないかと。これはかなりマズイなぁと思うのでありますが。ましてや、相手は日経BP社であり、相手が敗訴すれば最高裁までとことん争う筋の裁判ですよね。おそらく著名な裁判例になると思いますし、先の読売新聞ニュースではすでに「ヤマダ電機満足度最下位訴訟」といったネーミングまでされてしまうわけであります。つまり、これから10年も20年も先まで「ヤマダ電機最下位訴訟」なる事件名で、幾度も紹介されることになるわけですから、どうもCSRの時代において、トホホな判例を形成してしまったのではないか、と危惧いたします。これは高裁で逆転判決が出たとしても、完全にヤマダ電機さんの名誉が回復されるわけではなく、どっちかといいますと、「ヤマダ電機顧客満足度最下位」のネーミングが一般国民の脳裏に焼き付いてしまうように思います。

押しも押されぬ業界トップのヤマダ電機さんですから、週刊ダイヤモンドや、日経ビジネスなどの売れ筋企画「●●ランキング」で○○部門最下位になったとしても、悠然と構えていることはできなかったのでしょうかね?少なくとも、日経BP社の悪意が明確でない以上は、「ちょっとうちの会社も反省すべき点があるのではないか」と真摯に受け止める、ということもできなかったのでしょうか?それとも「ウチに何かいちゃもんつけてくる奴は、みんなこういう目にあうぜ」といった一般予防的効果を狙ったものなのかもしれません。(これならとくに勝訴しなくても、それなりの効果はあるかと・・・)

ひょっとすると、裁判に至るまでになにか伏線があったのかもしれません。企業のCSRに関連する問題であるがゆえに、今回のヤマダ電機さんの訴訟につきまして、コンプライアンスの視点からは結構悩ましい事例であるように思えました。今後の展開に注目しておきたいところであります。

(追記)問題の日経ビジネス誌のランキングでありますが、コメント欄にてgo2cさんが詳細に解説、分析しておられます。たいへん参考になりますので、ご興味のある方はそちらもご覧ください。しかし、この「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズは、本当にいつもたくさんの方に閲覧していただき、またツイッター等でも話題にしていただいているようで、どうもありがとうございますm(__)m

12月 15, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (7) | トラックバック (0)

2010年10月28日 (木)

JR西日本・脱線現場でのATS作動に関する公表の要否

2005年4月に発生したJR西日本福知山線の脱線事故現場において、ATS(自動停止装置)設置以降、はじめて(運転手の速度超過によって)停止装置が作動したそうでして、このことをマスコミが取材するまでJR西さんが公表しなかったことが問題になっているようであります。(ATSが作動して電車が停止したのは10月14日のことだそうです。多くのマスコミで報じられておりますが、たとえば毎日新聞ニュースはこちら

これに対するJR西日本さん側のコメントが「事故につながる問題でもなく、また公表するとなると運転手に制裁的なものとして萎縮的効果を与えてしまい、自主的な報告を妨げてしまうおそれがあるため」とのこと。つまり、JR西日本さんは、今後も同様の停止事態が発生したとしても公表はしない、という意見表明だと思われます。停止させてしまったことは謝罪するが、公表しないことには何ら問題はない、というもの。

JR各社において、ATSによって電車が停止することは日常茶飯事であり、それをいちいち公表することまでは必要ではない、事故につながる可能性のあったヒヤリハット事件でもないかぎり今後も公表はしない、という対応は、冷静に考えてみるとその通りでありまして、少しマスコミが騒ぎ過ぎではないか・・・といった見解も出てくるものと思います。

しかし、当ブログでは過去に何度も引用したとおり(たとえば2007年12月11日のこちらのエントリー)、悲惨な事故を起こしたエキスポランドは、市民の応援もあり、なんとか営業を再開したのでありますが、再開直後および再開1カ月後に故障事故を起こし、これをマスコミが知った後に、会社側は「とくに大阪府へ報告しなければいけないほどの事故だとは思っていなかった」と述べました。いままで応援してくれていた市民は、この報道内容に怒り、多くの方のひんしゅくをかってしまいました。たしかに事故が発生していなければ報告するほどの事故ではなかったかもしれませんが、あの痛ましい事故が発生した直後の故障だからこそ、市民はどんな事故にも敏感になっていたのであります。結局、これが引き金となってエキスポランドへ足を運ぶ人も少なくなり、閉園へと追い込まれてしまったわけでして、今回のJRの対応にも通じるところがあると思います。

コンプライアンスは「相手の行動に従って適切に対応する」という意味を含んでおります。つまりATSが作動する事態が発生した場合すべてに公表する必要がなくても、福知山線脱線事故発生の現場で作動したからこそ報告・公表の必要性がある、と考えるべきではないでしょうか。そう考えるならば「ATS作動の事態が、運転手の自主的な報告を委縮させるおそれがある」というのはまったく的外れなコメントになろうかと思われます。事件の重大性を認識しているからこそ、他の場所での作動については公表すべき問題ではなくても、遺族や被害者の気持ちを考えるならば、作動原因まで含めて報告または公表することが、社会の要請への適切な対応に該当するものだと私は考えます。またエキスポランドのように「不祥事によって事業が閉鎖となる」ようなものではない鉄道事業であるからこそ、国民の信頼を得るための細心の対応が不可欠になるのではないかと。

今回のJR西日本のATS作動問題でもう一つの重要なポイントは、先日の日清ラ王CM騒動と同様、隠そうと思っても、今の世の中、なかなか不都合な事実は隠ぺいしきれるものではない、という点であります。今回の件につきまして、運転手から報告を受けた問題につきまして、私は絶対にJR西日本の幹部の方々は「まずいことやっちゃたなあ」という意識は持っておられたと推測いたします。ただ、「適切にATSが作動した、ということは事故につながる問題ではないし、この程度でいちいち公表していたら運転手もかわいそうだから」といった「社内の常識」で不公表を判断されたものと思われます。

しかし、こうやって現実には社内にも「これって、やっぱりそのままじゃマズイのではないか。本当にあの事故で反省している、ということが言えないのではないか」といった別の常識を持った人たちがいて、その方々による外部への事実連絡があったから発覚したのではないかと思います。また、ひょっとすると実際に停止していた車両に乗り合わせていた方がいて、大きな問題だと認識したうえでマスコミへ通報されたのかもしれません。いずれにしましても、社内の判断の前提には「公表しなければ、とくに問題となることはないだろう」といった非常に甘い考えがあったと思われます。もしくは、「たとえマスコミが知るところになったとしても、ATSが適切に作動して停止した・・・ということくらいで報道する価値はないよね」といったバイアスのかかった認識がまん延していたのではないかと思われます。

私は「不祥事はかならずバレる!」などといった教訓めいたことを申し上げるつもりはありませんし、実際には不都合な事実はバレずに済むケースも多いと思っております。しかし、「バレる可能性」は格段に高くなっていることは確実だと思いますし、こういった問題はもはや企業において管理すべき不正リスクのひとつであることは間違いないものと考えております。コンプライアンス経営にとって「一次不祥事」は回避できない場合があるとしても、必ず「二次不祥事」だけは回避しなければならない、というのが鉄則であります。今回の件につきまして、世間一般にはマスコミの騒ぎ過ぎ・・・といった意見も出てくるかもしれませんが、ご遺族、被害者の方々の気持ちを再燃させてしまう・・・という意味においては、会社経営上においてもマズイ対応ではなかったかと思います。

10月 28, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年10月20日 (水)

日清ラ王撮影騒動とイマドキのコンプライアンスリスク

(16時55分:追記あります)

ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでありますが、日清食品さんが、槍ヶ岳でのCM撮影において登山者に迷惑をかけた、として電通さん、製作プロダクションさんとともに環境省から異例の文書指導(厳重注意)を受けた、とのことであります。事件の内容等につきましては、こちらの朝日新聞ニュースをごらんいただだければ概ねおわかりになると思います。8月3日の槍ヶ岳山頂での撮影について、9月6日に問題発覚、その日のうちにCM撮影が日清食品のラ王に関するものであることが判明、9月8日には日清食品さんが「お詫び」をHPに掲載し、CM放映は自粛とのこと。

日清食品さんの不祥事対応はたいへん素早く、その危機管理能力の高さが図り知れるものではありますが、今回はむしろ日清食品さんがCM放映自粛にまで追い込まれた経緯についてのお話であります。こうやって企業の不祥事は発覚することもあるのだなぁ・・と、たいへん興味深いものがございます。

CM撮影のために登頂をいったん制止され、30分も足場の悪い場所で待機させられた67歳の登山者による「槍ヶ岳頂上を私物化?」という投稿が朝日新聞に掲載されたところ、朝日の読者がこの話題を2ちゃんねるにアップ。2ちゃんねるで「これはひどい!」「どこの食品会社だ?男性タレントって誰だ?」と盛り上がり、そこに別の登山者のブログが紹介されることで、男性タレントが特定されることになります。その男性タレントのCMに関するツイッターが紹介され、これで食品会社が特定され、その日のうちに日清食品さんの不買運動、といった話題にまで盛り上がってしまう、という経緯であります。ちなみに、食品会社特定のためのブログやツイッターは、とくに2ちゃんねるの盛り上がりに感化されて・・・というわけではなく、ごくごく私的なものが検索にひっかかって、「犯人探し」に活用されたようであります。この段階でマスコミも反応するようになり、2日後には日清食品さんが謝罪文書をHPに掲載する、ということになりました。

この2ちゃんねるの盛り上がりがなければ、日清食品さんの謝罪も、また環境省の厳重注意もなかったわけですので、今更ながら「2ちゃんねるの脅威」については認めざるを得ないでしょう。子細にこの経緯をみていきますと、

①67歳の登山者が、CM関係者の制止にもかかわらず「しびれを切らして」頂上まで上り、CM撮影の様子をみて、これを投稿内容に記述したこと(これがなければ、おそらく読者が2ちゃんねるに投稿する意欲がわかなかったと思われます)

②朝日新聞を丁寧に読んだ人が、「これはひどい」ということで、自ら2ちゃんねるにスレッドを立てたこと(おそらく「犯人探し」が始まることを期待してのことと思われます)

③2ちゃんねるの盛り上がりによって、食品会社と出演男優の特定のための作業が熱心に行われ、まったく別の登山者のブログやツイッターが見つけられたこと

などが重なって、今回の不正発覚に及んだものでありまして、著名な企業の不祥事は、このようにして大きな問題に発展していくこともある、ということを認識しておく必要があると思います。たとえば、この67歳の男性登山者が、「ヘリコプターが近づきますから、少し登山を待ってください」と言われ、しぶしぶ待っていて、「何の説明もなく登山を制止された」ことをボヤいただけでは今回の事件には発展しなかったのであります。義憤のあまり、関係者の制止を無視して登頂し、そこで垣間見たものを投稿の中で表現したからこそ、読者の心を奮い立たせたことは間違いないもので、こういったいくつかの偶然が重なっての不祥事発覚だったと思われます。

たしかに状況からみて、今回の件は日清食品さんも、電通さんも「申し訳ない」と謝罪するしかないと思われますが、こういったことに発展してしまう、という予想は「現場においては」まったく思い至らなかったのでしょうか?事前の(頂上における)撮影許可は得ておられるようで、許可条件としては「登山者に迷惑をかけないこと」「ヘリコプターは自粛してほしいこと」を申し渡されていたようであります。したがいまして、たとえ(自粛要請に反して)ヘリコプター撮影を敢行するにしても、その分、状況には十分に配慮しなければならなかったはずであります。(この状況で、制作会社にすべて委託していた・・・という理由は通らないものと思います)そこで、コンプライアンスリスクについては、3社間でどこまで認識されていたのか・・・というあたりは非常に関心を抱くところであり、日清食品さんのコンプライアンス委員会において十分に検証していただきたいところであります。

日清食品さんとしても、この登山者の方の投稿が朝日新聞に掲載されただけでは、「実はその会社はウチです。すいませんでした」とは(もちろん)ならなかったわけでして。67歳の登山者→2ちゃんねるでの盛り上がり→グーグル検索での犯人探し→不買運動という一連の流れはまったく想像がつかないところだったのかもしれません。著名な食品会社が絡んでいたからこそ、ここまで盛り上がってしまったのでしょうか。ヤフー掲示板における「犯人探し」は結構定番になりましたので、私も上場企業のリスクのひとつとしては認識しておりましたが(たとえば新聞で名前が掲載されている「犯人」が、実は●●会社の総務部長である、との指摘など)、こういった2ちゃんねるでのコンプライアンスリスクがあることも肝に銘じておきたいと思います。ホント、コンプライアンス経営はむずかしい。

(追記)午後4時55分にBLOGOSにて、意外にもランキング1位となりました。あまりブログでも話題になっていなかった件を取り上げましたので、ホントに意外です。

10月 20, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2010年9月 1日 (水)

闘うコンプライアンス(課徴金は払うけど・・・・・ビックカメラ社の巻)

8月30日(月)の日経朝刊「法務インサイド」では、有価証券報告書等の虚偽記載があったとして課徴金処分(約2億5000万円)を下されたビックカメラ社の対応が報じられておりました(本当にこの事件は話題が絶えませんね)。ビック社自身が株主代表訴訟に補助参加をして「決算訂正をして課徴金は払ったけれども、会計処理は適正だった」と主張しておられることが報じられております。(なお株主代表訴訟の被告は代表取締役ら9名の経営陣でありまして、ビック社が被告となっているわけではございません。ただ、会社法849条1項により、会社自身は被告である役員の方々に有利な主張を行うために「補助参加」することができます。)

つまりビック社は過年度の有価証券報告書につき、決算訂正を行い課徴金を払っているのですから、いったんは有報の重要な事項に「虚偽記載」であることを認めたのであります。しかしその後の株主代表訴訟では一転して「会計処理は適正であった」と主張されているようであります。この論理は普通に考えますと、「?」というものでありまして、ビック社のオフバランス処理(不動産流動化スキームの会計処理)はおかしいと自身で認めたからこそ過年度に遡って決算訂正したにもかかわらず、なにゆえオフバランス処理を選択した経営陣に任務懈怠がないと会社側が主張するのか不可解と思われます。このあたりの不可解さに原告株主が反発したために当ブログでもすでにご紹介したとおり、金融庁に対する文書提出命令の申立を行ったものと記憶しております。(文書提出命令が認容されるに至りました)

ビック社と豊島企画社との関係が親子か否かという点は、いろいろな方にご意見を聴きましたが、やはりビック社と元会長さんが「緊密者」という点で、ちょっとビック社の主張は苦しいのではないか・・・・という意見が強いように思います(訴訟係属中ですので、あくまでも噂程度ということで・・・)ので、不動産の売買取引というよりも、金融取引として処理すべき事案であったのかな・・・と。税務当局との見解の相違、という主張もありますが、税務行政と金融行政では法目的が異なる、という見解もありますし。

ともかく有価証券報告書に重要な虚偽記載ある場合に課徴金が課されるわけですから(金商法172条の4第1項)、ビック社はこれを認める答弁書を提出して課徴金を支払っており、「重要な事項に関する虚偽記載」を行ったことはいったん認めたものと評価されると思われます。ただし、たいへん苦しいのではありますが、ビック社の事例というよりも一般論として、課徴金を支払いつつも「実際には虚偽記載ではなかった」と主張することがまったく無理とまでは言えないように思われます

後日過年度の決算訂正をしても、開示当時の状況からみれば法律上の「虚偽記載」にはあたらない場合もある、という説は著名な法律学者さんや実務家からも主張されておりますし(金融法務事情1900号95ページ以下参照)、会計における相対的真実性から私もこの理屈に同調するものであります。ということは、たとえば課徴金を支払う時点において、金融庁との見解の相違があるが、種々の混乱を回避するために、やむをえず課徴金は払うものである、といったリリースを出すことも考えられるのではないでしょうか。とりあえず経営陣らについては善管注意義務を尽くしたうえでの会計処理を前提としながらも、諸事情による課徴金支払いである旨を示す、というものであります。ところで、この点に関するビック社側の当時のリリースをみますと、

「当社は、平成14 年8 月23 日に当社池袋本店ビルおよび当社本部ビルの不動産流動化を実行いたしましたが、本件流動化の会計処理については、当社のリスク負担割合が5%以下であったことから、「特別目的会社を活用した不動産流動化に係る譲渡人の会計処理に関する実務指針(会計制度委員会報告第15 号)」に定める売却処理の条件を満たしているものとして、売却処理(オフバランス処理)をしておりました。また、株式会社豊島企画の株主は名義人である個人3名でありましたが、同社の実質株主は当社代表取締役社長(当時)であること、更に同社の資金調達に同人の担保提供があることから、当社としては財務諸表等規則第8条第4項第2号ニおよび第3号により同社を当社子会社と判定するべきと認識しました。」

闘うコンプライアンスの立場からすれば、このようなリリースよりも、むしろ日経の記事にあるように、四半期報告書におけるレビューが得られず、株主に多大な迷惑をかけることを回避するため、金融庁との見解の相違はあるものの課徴金を支払うことにいたしました、とリリースすることが考えられないでしょうか(もちろん、ここは異論のあるところだとは思いますので、あえて個人的な見解でありますが)。

先日のトヨタリコール問題におきまして、トヨタ社は米国運輸省道路交通安全局による民事制裁金支払命令に対し「民事制裁金は支払うが、不具合があったことは否定する」とリリースしたうえで、当局と支払合意に至りました。民事制裁金は「不具合があることを知りながら報告をしなかったこと」に対して課されるものでありますので、そのまま制裁金を払ってしまいますと「不具合があること」まで認めたように受け取られます。そこで、「不具合はなかった」という留保つきで制裁金支払いに応じるのであり、闘うコンプライアンスのあり方を示したものと理解しております。またインサイダー事案ではありますが、2007年5月に大塚家具さんが「うっかりインサイダー」事案によって、3000万円程度の課徴金処分を受けたときにも、たしか「この状況における自社株取得がインサイダーに該当するか否か、当局と見解の相違があるが、無用の紛争長期化を避けるために当局の判断に従うものである」といったIRを出しておられましたように記憶しております(たとえばこちらの記事ご参照)。このような事案からみましても、課徴金は払うけれども、それは課徴金対象事実を全面的に認めるわけではなく、不正は一切なかった、と主張を展開することも、これからのコンプライアンス経営のなかでは予想される選択肢ではないでしょうか。そもそも課徴金制度は行政目的を達成するためのものであり(たとえば不当な利得のはく奪)、そこには制裁的な性質はないということですから、そういった課徴金制度の趣旨からも検討されるべき課題ではないかと。世間から非難の嵐が吹き及んでも、謝罪すべきは素直に謝罪し、間違っていないと思えば、断固企業としての主張を貫くというのが正しいコンプライアンス経営の姿ではないかと思います。

9月 1, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年8月19日 (木)

闘うコンプライアンス(イトーヨーカ堂とウナギ偽装事件の巻)

なにかと物議をかもしだすウナギの流通問題でありますが、今度はイトーヨーカ堂さんの現役社員、その上司であった元社員が食品衛生法違反で逮捕される、という事態になってしまったそうであります。食品衛生法および同法施行規則によりますと、指定加工食品(たとえばウナギのかば焼き)には輸入元業者の住所氏名が法定様式で記載されていなければならないところ、この輸入元業者の記載を偽ってウナギの加工品を販売した、とのこと。ウナギの偽装といえば原産地偽装あるいは消費期限の張り替えというのを連想しがちでありますが、今回は輸入業者名の偽装ということです。「食品衛生法」違反ということは食の安全に関わる問題ですので、つまり輸入業者名を変更するということは、トレーサビリティ確保の信頼性を毀損することになります。したがいまして、かなり事態は重く受け止められるわけでして、県警の生活安全課が動くことも当然かと。(先日の米の不正転売と同じく神奈川県警です)

とりあえずイトーヨーカ堂さんはHP上で、今回の社員逮捕については残念、としつつも、会社としては法令違反はなかったものと言明されております。現時点では、逮捕された社員らも容疑を否認しておられるようですし、組織上での関与ということもみられないようですので、「法令違反はないと信じております」ということも納得できそうであります。しかし、どうしても報道されたところだけでは、よくわからない点もあり、そのあたりがコンプライアンス経営を考えるにあたっても、重要な点ではないかと思われます。

1 「箱のつめかえ」作業は2006年?2009年?

食品衛生法による公訴の時効は3年ですから、2007年ころまでの事件なら関係者を逮捕できそうですが、それ以前の事件については公訴時効が成立しているところであります。「箱の詰め替え」作業というのは、イトーヨーカ堂が輸入業者と記載されている箱から、別の業者が輸入業者と記載されている箱へ移し替えることであります。この作業をイトーヨーカ堂さんの社員らが手伝ったことが、「社員による事件関与」のキモになると思っております。報道では、新聞社によって、この詰め替え作業が2006年に行われたとするもの(たとえば読売新聞夕刊記事)と、2009年に行われたとするもの(たとえば朝日新聞ニュースの記事)に分かれております。公訴時効の関係からみますと、2009年が正しいような気もいたしますが、よくわかりません。もちろん、共犯者も最終の実行行為が終了した時点から時効の起算点が開始される、ということですから元社員らが箱の詰め替えを2006年に行ったものの、最終の犯罪成立が販売時点の2009年であれば時効は成立していない、という考え方もありそうです。続報では、このあたりはきちんと報じられるものと思いますので、またチェックしておきたいと思います。

(8月19日午前:追記)今朝の新聞などを読みますと、詰め替え作業は2006年ころに行われた、しかも詰め替え作業は複数の人間によって宮城県の某冷凍工場で行われた、といった新事実も報道されております。なかには「最初から箱の詰め替えを前提に費用負担が合意されていた」といった報道も(^^;;。。。スゴイなぁ

2 第三者へのウナギ転売は「異常な取引」?

2005年ころにイトーヨーカ堂さんが中国からウナギを輸入したところ、売れ行きが芳しくなく大量に売れ残りが発生してしまったこと、この売れ残りのウナギを第三者に販売したことについては間違いない事実のようであります。とくにこれは「法令違反」でもなく、またイトーヨーカ堂さんによれば公的な機関によって食品の安全検査を受けたものだけを転売したということですから、これもとくに法令違反には該当しないものと思います。ただ、よくわからないのが、大手小売業(ここではセブン・イレブンだそうです)で販売された加工食品が売れ残った場合に、これを第三者に転売する、という取引形態は日常茶飯事なのか、それとも異常事態なのか、という点であります。とくに朝日と毎日WEBの記事では、流通業界の話や、大学教授の話として「大手業者でいったん売って、その売れ残りを転売するというのはありえない」という話が引用されております。しかし私の感覚からすれば、在庫がキレイになるし、資金回収もできるのであるから、賞味期限等に問題がないかぎりは普通に転売してもよさそうに思うのでありますが、それは「常識外れ」なのでしょうか?もしこれが異常事態だったのであれば、イトーヨーカ堂さんさんとしては、この異常事態を把握しておられたのかどうか、とくに法令違反とは言えないまでも、「輸入業者」として商品に関する責任者たる地位にあるわけですから、ましてや当時はウナギから禁止薬剤が検出される、という事態もみられた時期ですので、そのあたりをまったくフォローしていなかったということであれば、また別の意味で議論が必要なのかもしれません。

朝日新聞の取材に対して関係者が「イトーヨーカ堂の元社員は『ヨーカ堂の名前はださないでくれ』と言っていた」とのことですから、やはりヨーカ堂の名前を出したくないインセンティブが元社員にははたらいていたものと思われますし、読売新聞夕刊記事では、逮捕された転売協力業者の方が(逮捕前の読売新聞の取材に対して)「ヨーカ堂さんが仕入れた商品をよそに売らないといけない、というのはただことではない、と思った」と証言されておられるのをみますと、やはり大手小売業者が輸入した加工食品がそのまま流通することの異常性は感じられるような気がいたします。

3 賞味期限切れのウナギ販売の認識は?

かりに2009年に「箱の詰め替え」作業が行われていたとしますと、転売時期から3年も経過した後に、なにゆえ輸入業者の名前を変更しなければいけなかったのでしょうか?この時期はすでに賞味期限も切れている時期であります。もし2009年に詰め替え作業をしていたのであれば、イトーヨーカ堂の元社員らも賞味期限切れのウナギの加工品が消費者に販売されることを前提として、販売に加担していたことにはならないのでしょうか?

4 事件はなぜ発覚したのか?

朝日ニュースによりますと、昨年10月にウナギの賞味期限切れ事件が発覚し、その事件を調べているうちに、輸入業者の表示が改ざんされた事実が発覚した、とあります。また、そもそも賞味期限切れ事件が発覚したのは、業者の出したゴミ箱に2年前の賞味期限の表示が記載されていたそうであります。ということは、農水Gメンの方々は、一般的な調査方法として業者工場のゴミ箱までチェックしている、ということなんでしょうか?こういった事件の発覚は、通常内部告発によることが多いのでありますが、そうではなく調査員の一般的な調査活動のなかで発見した、ということでありますと、ゾッとするほどコワイなぁと感じるのでありますが。

PS 「闘うコンプライアンス」シリーズといえば、「ファストファッション しまむら 対 加茂市」・・・・・市による刑事告訴、どうなったんでしょうね?

8月 19, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月26日 (月)

社内コンプライアンス規定違反行為に対する解雇処分は有効か?

法律雑誌「判例時報」の最新号(2010年7月21日号)におきまして、社内のコンプライアンス規定に違反した元社員がその解雇処分の有効性を争った仮処分事件(地位保全等仮処分命令申立て事件)が紹介されております。東京地裁は社内倫理規定違反行為を根拠に会社(フィリップ・モリス・ジャパン株式会社)が従業員を解雇処分(正確には「諭旨退職」勧告)としたことを正当なものと認め、元従業員からの仮処分命令申立てを却下したそうであります(平成22年2月26日東京地裁決定→抗告あり)。ちなみに、元社員の行動で最も問題とされたのは、自社で禁止されているタバコの営業方法を部下に指示したこと(自らの営業成績を伸ばすため)と、自らの問題行動への社内調査が行われることを妨害した行為であります。

本決定に関する解説(同号158頁以下)でも指摘されておりますが、これまで会社の倫理規定(コンプライアンス規定)違反を認めて解雇処分としたことの有効性が争われた事例としましては、セクハラに対する解雇処分の有効性が争点となった東京地裁平成21年4月24日判決(「労働判例」987号48頁以下)程度しか見当たらないようであります。ちなみに、この東京地裁平成21年判決の解説と、今後のセクハラ事件への社内調査の在り方への提言につきましては、私の新刊「内部告発・内部通報-その光と影-」のなかでも詳しく論じているところでありますが、同セクハラ事件における会社の解雇処分は無効とされ、このたびの社内倫理規定違反行為は有効、と裁判所の判断は分かれております。従業員の身分をはく奪する社内処分でありますので、倫理規定違反の程度や事実認定の厳格性が当然に問題となるわけですが、両事件とも、解雇処分の根拠となる事実は犯罪事実には該当せず、あくまでも社内倫理規定違反であります。また、対象事実が「解雇相当事実」として明記されているわけではなく、概括的な規定(たとえば「著しい社内規定違反が認められた場合」等)に基づいて解雇処分が選択されているわけでありまして、「他の従業員に対する懲戒処分の公平性」との関係でも、今後十分に検討すべき判決ではないかと思われます。

ほんの出来心でやってしまった行為(元社員はこれを「交通事故のようなもの」と表現しておりますが)であり、他の社員もやっているのだから解雇処分は厳しすぎる、と元社員側は主張しておりますが、裁判所は「コンプライアンスやインテグリティ(高潔さ、廉直さ)を重視する債務者(会社)において、債権者(元社員)が・・・・・という行為を行うのは、債務者の方針に合わない無責任な態度といわざるをえない」と判示しており、会社のコンプライアンス体制整備に向けての姿勢が考慮されております(実際にも、フィリップモリス社の普段からのコンプライアンス研修や倫理規定周知対策などが認定されています)。また、内部通報に基づく調査活動を妨害した行動も斟酌されております。最近はどこの企業も「企業倫理行動規範」が示され、社内規則の一環として「懲罰規定」とリンクされていることが一般ではないかと思いますが、「これまで他の社員に対しても、まぁ大目にみてきたことだから・・・」といった気持で「軽めの処分」で済ませてきた企業も多いでしょうし、だからこそ「処分の平等原則違反」を問われなかったのかもしれません。しかしながら、コンプライアンス違反に対する世間の目が厳しくなっている現状と、事前の社内での倫理規範違反への厳格な社内対応の周知徹底によって、「一発レッドカード」の適法性は高まってきているように思われます。

先に掲げた東京地裁平成21年判決もそうですが、ここでも通報を受理した会社側の調査のあり方が争点のひとつとされており、たとえば解雇処分を決定するにあたって、どの程度の証拠をそろえておけばよいか、その証拠をそろえるために、関係社員へのヒアリングを含め、どのような手段を用いるのが効果的か、といった問題にもヒントを与えてくれる事案であります。内部通報に基づく社内調査の進め方を検討するにあたっては有益な示唆を含むものでありまして、コンプライアンス経営に関心をお持ちの方で、「判例時報」が入手できる方でしたら、ご一読をお勧めいたします。

7月 26, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月 1日 (火)

コンプライアンス経営はむずかしい・・・(大手生保のセクハラ編)

ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズです。もうすでに5年ほど前ですが、リスクマネジメント会社の社長さんから、「日本で一番職場環境の整備に熱心なのは住友生命さんですよ。」というお話を聞いておりました。たしかに住友生命CSRのWEBページ(人権への取組み)を拝見しますと、なるほど当該社長さんから聞いていたとおり、セクハラ専用窓口が社内と社外にふたつ設置されており、おそらくカウンセリングも受けられる体制が整備されているようであります。

実際にも、住生さんはセクハラ・パワハラ防止体制は十分に整備されている会社ではあると思うのですが、そのような会社でも起こってしまうのがセクハラ事件であります。本日(5月31日)の読売新聞ニュース、時事通信ニュースなどによりますと、上司にセクハラを受けたとする女性(原告)が提訴していた裁判で、神戸地裁柏原(かいばら)支部は、この上司とともに住友生命さん(法人)にも損害賠償責任あり、とする判決を出していたそうであります。報道によると「男性から体を触られそうになったり、キスを強要されそうになった」とのこと。

セクハラやパワハラ事件がコンプライアンス経営上とても問題となるのは、たしかに裁判所で認められる賠償金額は少ないのかもしれませんが、マスコミで大きく報じられること(本件裁判も、5月中旬に判決が下りたにもかかわらず、マスコミが認識した5月末でも取り上げられてしまうこと、また午後10時半現在、読売新聞ニュースのアクセスランキングで第8位にランクインしております)、今後、判例が紹介されるたびに「○○生命セクハラ事件」と呼称されてしまい、いつまでもイメージの悪さが残ってしまうことにあります。できれば調停や審判で和解を成立させたいと思うのは、このあたりにあるわけでして。

会社側が損害賠償責任を負う根拠は民法715条の使用者責任でありますが、さすがに普段から平時の研修やマニュアル作り、有事の社内調査などを熱心に履行されておられたのか、職場環境配慮義務違反による債務不履行責任は退けられたようです。

ところで当ブログをご覧の皆さま、「セクハラ」という言葉を聞いて、思い浮かぶのはどのような行動でしょうか?おそらく「肩を抱きながらカラオケで『ロンリー・チャップリン』や『愛が生まれた日』のデュエットを強要する」とか「社内旅行の宴会で、前に座っている部下の女性に『あれ?最近ちょっと髪の毛がツヤツヤしてるみたいやけど、○○ちゃん、女性ホルモンの分泌が盛んになってるんちゃうか!?』などとからかう」ことが想起されるのではないでしょうか。しかし、そういった典型例はさすがに減少傾向にあり、実際に問題になるケースは「プチ・セクハラ」型というものであります。私が内部通報窓口を担当している会社さんでも、そういった「プチ・セク」事案にときどき遭遇いたします。

社内研修やセクハラ禁止マニュアルによって「理性で抑える」ことが可能なものはよいとしても、プチ・セクハラはなかなか抑制が効かない態様のものが多いように思います。たとえば「社内恋愛なし崩し型」は、女性の心が離れているにもかかわらず、男性社員のほうが、未だ自分に恋心を抱いていると勘違いして、いつまでも追っかけまわすパターン。同年代であればそれほど問題も大きくなりませんが、やはり40代上司と20代から30代の女性社員という場面がやっかいです。(これは最近の判例でもよく出てきますね。)あと「うっかりインサイダー」ならぬ「うっかりセクハラ型」というものがあります。たとえば社交辞令でバレンタインのプレゼントを40代の女性社員からもらって、ホワイトデーに、その女性社員に「白髪染め」を贈ってしまった、というもの。(これは私が苦労した実話であります)男性は本当に喜んでもらおうと思って贈ったのであります。「彼女が最近とても白髪が増えたから、きっと喜んでくれるにちがいない。意表を突くプレゼントでナイスガイな上司と思われたい」という真摯な気持ちからでありました。こういったプチ・セクハラは、女性側は堂々と内部通報窓口やセクハラ相談窓口に通報してこられるものの、男性側には悪気がないため、なくそうと思ってもなかなかなくならないと思われます。

前にも書きましたが、セクハラ調査、セクハラによる社内処分がムズカシイのは、セクハラは基本的に人格権侵害事案だからであります。つまり女性(2007年の雇用機会均等法改正後は男性も対象ですが)の主観的な意識を基本とせざるをえない。当該女性が嫌な気持ちを抱いているのであれば、その気持ちは尊重しなければならない。しかし社内処分となると「行為規範性」が必要です。つまり罪刑法定主義ではありませんが、「あなたはこんな行為をしたから懲戒処分となります」という「行為」を特定しなければならない。したがいまして、主観的な部分と客観的な部分のどちらにも配慮しながら社内調査をしなければならないし、このバランスをどうとるか、ということが「社内対応で終わせるのか、裁判にまで突入してしまうのか、それともマスコミへの告発にまで至るのか」を分けるキモとなります。

男性側への処分がなされずに「隔離政策」だけで女性の気持ちはおさまるか?「けん責処分」だけでおさまるか?極めてむずかしい判断ですし、いっぽう社内調査があいまいなまま懲戒処分を受けた対象者から会社に向けられた裁判で、対象者が勝訴した事例も出ております。これもマニュアルがあるわけではなく、人事部や総務部等に、こういった感覚に長けている方がいらっしゃるかどうかが課題であります。上記のようなプチ・セクハラ事案が減少しないことに加え、こういったセクハラ問題への対応の特殊性にもコンプライアンス経営のむずかしさがあるわけでして、いかに立派なセクハラ防止体制を整備していたとしても、当該リーガルリスクがゼロにはならない所以ではないでしょうか。

6月 1, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2010年4月 2日 (金)

商事法務のコンプライアンス-その光と影-

本日の話題はおそらく一般の方々にはあまりご関心がないテーマかと思いますので、アクセスはガクっと落ち込みますが、ビジネスローで生計を立てている弁護士としましては、避けて通れない話題であります。しかもこれだけ著名な先生方が委員会報告書を公表されているのに、誰も何も言わない・・・というのも不気味ですし、あえて「にくまれ役」になることを承知のうえで(笑)、この話題にそろっと触れてみたいと思います。こういったお話はブログという媒体がちょうどいいかもしれませんね。

商事法務さん(株式会社商事法務と社団法人商事法務研究会)といえば、真言宗派の私にとりましては総本山高野山のようなものでして、おいそれとその編集権に批判をすることなどできない存在であります。(今日も、思わず新刊「会計不祥事対応の実務」を衝動買いしてしまいましたし・・・・・私自身も7月ころに共著ですが改訂版でお世話になりますし・・・・・)ましてや旬刊商事法務やNBLなど、いわば経典のごとくありがたい教本として日夜参考にさせていただいておりますが、そのNBLの編集に問題があり、第三者委員会が立ちあげられ、一昨日(3月31日)その委員会報告書が公表されました。(なにが問題だったのか、という点は商事法務さんのWEBサイトをご覧ください)

第三者委員の方々は、「今回はあえてコンプライアンスという言葉は使わなかった。なぜならこれは編集倫理の問題であり、またジャーナリズムの価値や原則の問題、ひいては編集の自由、出版の自由に関わる問題だからである」とされております。また第三者委員の方々による提言のなかでも、「記事の内容が中立であるか否かにかかわらず、紛争の一方当事者の関係者作成にかかる判例解説記事を編集部名義で紙面に掲載することは問題だと考える」「判例解説記事の執筆者が紛争の一方当事者の関係者であることを秘して掲載することは、読者をあざむいたことになる」「係属中の事件当事者(関係者)が、論文掲載をしてはならないというものではないが、堂々と立場を明らかにして顕名で著して世に問題を問うべきである」と記されており、これはまさに正しいご指摘かと思います。

なぜほぼ同じ内容の判例解説記事が判例雑誌である「金融・商事判例」と「NBL」にほぼ時を同じくして掲載されたのか、著作権侵害に関する問題はなぜ表面化しないのか、というあたりの疑問が解消されなかったことにつきましては、報告書でも記されているとおり、調査の限界があるのでやむをえないものと思います(本当はそのあたりが一番知りたいところでありましたが・・・)。

ただ、どうも腑に落ちない点が若干ございます。一読して、すぐに疑問に思ったのでありますが、この報告書のどこにも「原稿料」のことが記載されておりません。商事法務さんは、この執筆者の方に原稿料をお支払いになったのでしょうか?それとも無報酬で12000字余りのたいへんレベルの高い論稿が掲載されたのでしょうか?これは当然に調査の範囲内のことですから、情報は関係者間で共有されているはずでありますが、なぜ報告書には記載がないのでしょうか。執筆者に原稿料が払われたのかそうでないのかによりまして、この問題がコンプライアンスなのか、編集倫理の問題なのかという点が変わってくるように思われます。

それともう一点は、「企画は編集権の範囲外なのか」という問題であります。執筆者にあてられたNBL編集長からのメールでは、二日にわたり「この件については旬刊商事法務を窓口にしてください」との要望が書かれております。おそらく最終的には「判例のダイジェスト版は旬刊商事法務、判例解説はNBLでいきましょう」という社内での合議で大枠の企画が決まったものだと思われます。そうであるならば、話題の大裁判(東証VSみずほ証券)の判決文紹介と判例解説はひとつの企画であり、その役割分担を社内合議で決めたのではないかと素直に読めました。そうしますと、そもそも編集権を論じるのであれば商事法務全体の問題として論じる必要はないのでしょうか?ちなみに、NBL編集長の編集が不適切であったことが、歴代のNBL編集長ヒアリングから読み取れますが、現在の旬刊商事法務の編集長の方のヒアリング結果は掲載されていないのであります(そこが知りたかったのですが・・・)。それとも、これは私の独断的思考であって、企画と編集は別、とみるのが正しいのでしょうか?このあたりも、本件がコンプライアンスなのか、編集倫理上の問題とみるのか、見解が分かれるのではないかと考えます。

これは私の推論にしかすぎませんが、おそらく東京高裁の裁判官も、NBL編集部作成にかかる判例解説記事には目を通すものと思われます。先日の「個別株主通知は価格決定申立事件の申立要件か否か」という争点で、東京高裁は判断が分かれているのをみても、前例のない裁判では裁判官も心証形成のための拠り所を求めたがるのではないでしょうか。そこに地裁判断は大いに疑問、と「編集部名」で書かれてあれば、いくら聡明な裁判官の方々でも、格式の高い法律雑誌であるがゆえに参考にされるところもあろうかと思います。(ただ、私がこの記事を読んだかぎりにおきましては、だいたい2頁目あたりで「これは当事者が書いた」とすぐにわかりそうにも思いますが・・・笑)

これは調査委員会報告書とは関係ありませんが、「金商判例」と「NBL」双方の記事を比較してみますと、どう考えても第三者から苦情が出ることは明白であります。明白であるにもかかわらず、どうして執筆者は双方の出版社に原稿を提出されたのでしょうか?おそらくこれは法律事務所のご判断ではなく、その方もしくはそのチームのご判断ではないかと思います。このあたりも、実際はどうであったのか、知りたいところです。

実際のところ、出版社はどこも経営がむずかしい時期に来ており、社員数などもギリギリのところで賄っておられるものとお聞きしております。そういったなかで、編集担当者がどこまで目を通すことができるのか、というところも気になるところであります。執筆者と編集担当者との個人的な信頼関係が「無形資産」ではないか、という点も長所と短所があるのかもしれません。率直に申し上げて、こういった問題が発生したからといって「不買運動が始まる」ものでもなく、とくに経営面に影響が出るものでもないでしょうが、だからこそ「あるある」で民放連を除名され、最近ようやく復帰された関西の某テレビ局と同様、外部有識者による編集オンブズマン制度を発揮され、自浄能力のあるところを見せつけていただきたいと真に願うところであります。以上、旬刊商事法務をこよなく愛するひとりのファンの檄文としてお読みいただければ幸いです。

4月 2, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (9) | トラックバック (1)

2010年3月29日 (月)

第一生命「不払い隠し」問題と消費者目線による内部告発の取扱い

4月1日にIPOを果たす第一生命さんは、6月下旬の第1回株主総会を幕張メッセで開催されるそうであります。2万人の株主が出席するといわれる株主総会が華々しく開催される予定・・・というこの時期に、あまりにもタイミング悪く(良く?)朝日新聞の日曜日朝刊1面に「第一生命 不払い隠し 2万件超 金融庁に内部告発」との記事が掲載されました。(朝日の記事に追随して、ブルームバーグも掲載されているようです)

「大量の保険金不払いを幹部が隠している」との複数の職員による内部告発が第一生命社内および金融庁になされている、とのこと。内部告発者には保険法に詳しい弁護士の方も代理人として就任されておられるようです。2万件以上、金額ベースでは数十億円分ということで、金融庁も現在調査中と報じられております。金融庁からの調査依頼に基づいて調査を行った際に「隠していた」とのことですから、告発事実が本当であるならばかなり問題かもしれません。

ところで、第一生命さんの件をどうこう申し上げるつもりはございませんが、こういった内部告発が新聞で報じられることは、これまで以上に事業者にとりましてはリーガルリスクのレベルが相当に上がるものと認識しております。ご承知のとおり、昨年9月1日に消費者関連3法が施行され、公益通報者保護法は消費者庁に移管されました。また、たとえば保険商品の説明義務が論じられる金融商品販売法も、金融庁と消費者庁の共管となりました。つまりこれまでは内部告発がなされたとしても、それは金融庁と生命保険会社の間における監督関係のなかで論じられるものでありまして、おそらく金融庁に集約された情報と調査結果によって処分を行えば、その金融庁の処分に不満があっても文句はいえなかったのではないかと思われます。

しかし、消費者安全法上の「消費者事故」(たとえば生命、身体の安全に関わる商品以外で、財産取引に関わるもののうち、「正当な理由なき債務の履行拒否、遅延」が問題となる商品であれば、消費者安全法施行令第3条による第三類型に該当する消費者事故に該当します)に該当する商品の事故が発生した場合には、おそらく消費者庁が商品事故情報を一元的に集約し、かつ分析することになります。したがいまして、こういった保険商品の説明義務違反が問題となるような事例につきましても、金融庁だけでなく消費者庁への情報提供も可能になってくるのではないでしょうか。たとえばトヨタの大規模リコール問題につきましても、本来は国交省の主管ではありますが、早々と消費者庁は国交省と連携して情報集約にあたることを公表しております。

平成20年1月末のマクドナルド事件東京地裁判決が報道されて以来、全国の企業で「名ばかり管理職」に関する内部告発が相次ぎました。新聞報道が内部告発を誘因する典型例でありましたが、たとえばこのたびの第一生命さんのように、大きな会社であれば、全国の職員の方々がこういった内部告発の事実を知るところとなり、しかも監督官庁以外の官庁が情報を集約、分析する可能性があるわけです。これからも消費者庁サイドに全国から告発が集まる・・・という事態になりますと、結構たいへんな状況になってしまうのではないかと。そもそも縦割り行政の弊害を除去するために消費者庁による情報集約機能があるわけですから、金融庁の対応もずいぶんとこれまでとは変わってくるのではないでしょうか。本件が単発の報道で収束に向かうのか、それとも株主総会で話題になるような事態になってしまうのかは、今回の報道に追随する内部告発の有無によって左右されるのではないかと推測いたします。

内部告発といえば、企業の法令遵守と労働者の保護が中心課題であります。しかしながら、今後は消費者行政のための重要情報源のひとつ、という位置づけが確立し、その自由な情報伝達が有為的に阻害されるようなことには、おそらく社会的には大きな批難が集中することになろうかと思われます。いよいよ公益通報者保護法の見直しも1年後に迫ってきましたが、内部告発への対応について、今後真剣に企業が向き合うべき時期が到来しているものと認識しております。

3月 29, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (6) | トラックバック (0)

2010年3月 1日 (月)

所詮コンプライアンスとはこんなもの?(温泉偽装事件)

トヨタ社のリコール問題やプリンスホテル社の消費期限切れケーキ販売など、コンプライアンスを考える材料には事欠かない今日この頃であります。「消費者を裏切る対応ではないか?」とマスコミが大きく採り上げ、経営トップが謝罪する様子がテレビで毎日のように流されています。コンプライアンスとは「法令遵守」だけでなく、社会からどのように信用ある企業として受け止められるのか、これを日々考えることこそ重要である、と言われております。

そのようなことを真剣に考えていた週末、私の家から車で30分ほどの「いよやかの郷」という温泉施設の不祥事が産経、朝日で報じられました。とくに27日土曜日の産経新聞社会面では大きく「温泉偽装事件」として採り上げられておりました。(ちなみに朝日ニュースはこちら)岸和田市の指定管理者である施設運営会社は、この温泉に近くの「川の水」を混ぜて使用していたとのこと。その川の水は、普段温泉施設のトイレ用に使用していた、とのことであります。また一時は成分調整のために塩を混ぜていたこともあるといったことも報道されておりました。私もお気に入りの温泉レジャー施設(宿泊も可)でありまして、毎年1回は必ず家族で利用しておりますが、何時行ってもたいへん人気の施設であります。3月1日より大阪府の立ち入り調査が入る、とのことですので、私の経験からすれば、この立ち入り調査で新たな不祥事が発見された場合には大きな事件に発展することになりますし、温泉法違反事実以外になにも出てこなければ、ほとんど人々からは忘れ去られる不祥事、ということで大きな問題には発展しないものと推測いたします。なぜかよくわからないのですが、行政調査の内容はマスコミに筒抜けになるので、ここでまた別の不祥事が発見されるリスクが生じるわけであります。(いわゆる「やぶへびコンプライアンス」)

それはさておき、実はこの「いよやかの郷」の不祥事、テレビニュースでも報じられておりましたが、これが実に興味深いニュースであります。わずか1分ほどのニュースでありますが、朝日放送の女性キャスターが、この「いよやかの郷」の不祥事を、きわめて重大な事件のように紹介します。

「たいへんです!岸和田市の温泉施設が、温泉に『川の水』を混入していました!井戸水のポンプが故障した期間、近所の川の水を引いて温泉に混入させていたそうです!」

(ここで、現場の利用客のインタビューとなる。さぞや利用客が怒り心頭でインタビューに答えるかと思いきや・・・)

(夫婦で来られた方のご主人曰く)「え~!?ホンマですか?そんなん聞いたら、わて、ガックリ!笑(最後のフレーズは吉本新喜劇のギャグ風に・・・)」

(また別の夫婦の奥様曰く)「そんなん、あんまり気にならへん!笑

(ご主人曰く)「そやそや、たいしたことあらへん。そんなん、どこでもやっとるで

うーーん、すごい!さすがわが町、南大阪の利用客の皆様は太っ腹であります。この朝日放送のキャスターやレポーターの方々が、「とんでもないことが起こった!」と盛り上げていらっしゃるのに、ステークホルダーである地元利用客のこのリアクション。おまけに温泉に入っている利用客はクルーに手を上げて温泉の気持ちよさをアピールする始末(^^;すごいギャップであります。朝日放送のクルーの方々も、「これはひどい!即刻営業停止だ!」とか「我々利用客を裏切る行為だ。許せない!」といった利用客の声をひろえるかと思って期待したにもかかわらず、放映されるのがこのような発言なので、おそらく他も推して知るべし・・・でありまして、放送局の方々も落胆しながら帰路についていたことが推察されます。

ちなみにこのニュースはこちらの動画でご覧になれます。(ご休憩時間にでもどうぞ)

よくクライシス・マネジメントのコンサルタントの方々が、「マスコミに謝罪するときは、その後ろに1000万人の生活者がいることを忘れてはいけない」とおっしゃられます。しかし、その中には、わが町南大阪の人々も含まれているのでしょうか??いや~、コンプライアンスって奥が深いですね(^^;;

3月 1, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (10) | トラックバック (0)

2010年2月16日 (火)

JR東海道新幹線事故にみる「情報と伝達」の重要性

(本日はとくにムズカシイ内容ではございませんので、どうか気楽にお読みください)

今日の日経ニュースによりますと、1月29日に発生したJR東海道新幹線の架線切断事故につきまして、社長さんが「初歩的なミスだった」と謝罪の会見をされたそうです。(日経ニュースはこちらです)たしかパンタグラフのボルトの締め忘れが原因だったようですが、12号車のパンタグラフにだけ「確認シール」を貼っていなかったために、比較的早期に事故原因が判明したもののように記憶しています。

これはブログに書くべきか迷っていたのですが、実はこの日、私は日本監査役協会中部支部の講演がありまして、終了後、大混乱の名古屋駅で2時間ほど新幹線を待っておりました。そして「のぞみ33号」博多行きに乗車してヘトヘトになって大阪まで帰ってきました。(15時15分発ののぞみ33号が名古屋駅に到着したのが19時10分ですから、私などまだマシで、東京から乗車してきた人は本当にお疲れさんだったと思います)車内は本当に「修羅場」でした。

ボルトの締め忘れも初歩的なミスであり、二度と同じミスを繰り返してほしくないのは当然です。ただ私と同じようにJR名古屋駅で復旧を待っていた人たちにとって、もうひとつの大きなミスに遭遇しましたのは(忘れもしない)駅のアナウンスでありました。

大混乱の名古屋駅のアナウンスはこのようなものでした。

「たいへんご迷惑をおかけしております。ただいま新横浜・小田原間におきまして、沿線火災のために架線が切断され、現在復旧工事を行っております。列車が遅れておりますのでもうしばらくお待ちください。」

おそらく私を含め、名古屋駅で駅員に詰め寄りかけていた人たちは、このアナウンスを聞いて「もらい事故」だからしかたがない・・・といった気持ちになっていたと思います。しかし自宅に帰ってニュースを見ましたら、なんと名古屋駅のアナウンスは大嘘でして、皆様ご存知のとおり、切断された架線が沿線の野原に落ちて、焦げた架線から火災が発生した、というものでありました。これは架空の話ではなく実話でありまして、おそらく名古屋駅にあのとき待機していた大勢の方がアナウンスを記憶しているはずです。

「この大嘘野郎!」と一瞬思いましたが、本当のところはあのアナウンス駅員には悪意はなかったのではないか、と冷静に考えるようになりました。人間は有事になると自分に都合のいいようにしか考えない、というコンプライアンスの原則がまさに適合する場面だったのではないでしょうか。おそらく本部から名古屋駅への連絡では、ほぼニュースと同じような情報が第一報として入ってきていたのではないかと推測いたします。しかしながら、あのように乗客に詰め寄られた状況のなか、本能的に自分に都合のよいように真実を取り違えてしまうのですね。いくつかの情報伝達経路を経るうちに架線事故→沿線火災、という順番が沿線火災→架線切断というように変わってしまい、それが真実であると信じ込んでしまったのではないでしょうか。(本当に悪意で虚偽の説明をした・・・ということでしたら、大問題でしょうけど)

今回は「笑い話」(でもないか?)で済むようなものでしたが、情報が混乱するために大きな企業不祥事につながるケースも出てきます。いまリコール問題が大きくクローズアップされていますが、法律上のリコールに該当するかどうかはむずかしい事実調査が必要ですよね。情報の伝達に不手際があり、調査に時間がかかりますと、せっかく事実調査が終了しても、そのころにはマスコミがすでに報道していたりして、「マスコミが騒いだので、やっと重い腰を上げた」といわれることになります。一方、事実調査が早期に終了しますと、世間で問題になる以前にリコールを公表することになりますので、かえって会社の信用が高まることにもなります。つまり「情報と伝達」は、企業の社会的信用が毀損されるのか、維持されるのか、を分ける大きなモノサシになりかねません。

「情報と伝達」の関わる内部統制については、平時から訓練は可能だと思いますし、けっこう小さなトラブルの解決でもトレーニングになります。この名古屋駅のアナウンス事件のような例は、探してみるといろんなところで見つかるかもしれませんね。

2月 16, 2010 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年11月 1日 (日)

上場企業による反社会的勢力排除への取組と「利益供与」

あいかわらず「不適切な会計処理」に関する社内調査報告書、社外調査報告書、改善報告書などを読み続けておりまして、だいたい平成18年以降、最近までの間に、こういった報告書が提出されている会計不正事件というものは70を超えるものであることがわかってまいりました。ここに経営者主導型の比較的著名な会計不正事案の報告書が加わりますと、おそらく80を超えるのではないでしょうか。なかには小説を読むよりもオモシロイ報告書もありまして、とりわけ会社ぐるみの粉飾モノよりも、(影響額は小さいかもしれませんが)幹部職員による資産横領(資産流用)事例、しかも長年発覚しなかった事件の報告書は「なるほど」と思わせる手口もあり、読む者を退屈させないものであります。

さて10月28日の日経新聞(夕刊)のニュース解説によりますと、福岡県(福岡県議会)ではじめて暴力団排除条例が制定された、とのこと。この条例では暴力団組員らに対する利益供与の禁止を明記し、土地や建物などを賃貸した業者には懲役や罰金を含むペナルティや公表措置などが盛り込まれているそうであります。ところで、このような刑事的制裁とは別に、反社会的勢力排除の仕組みについては、内部統制の基本方針として各上場企業にも盛り込まれるようになりました。また、昨年のスルガコーポレーションの事例でもありましたとおり、反社会的勢力との関係を断絶しなければ銀行や証券会社等の金融機関との取引が停止されてしまう・・・という事態も考えられるところですので、反社問題は各企業にとってコンプライアンス上の重要な課題になっております。

とりわけ上場会社にとって、これまで取引のあった相手方が「反社会的勢力である」と判明した場合(たとえば取引先銀行から、「あそこはヤバイ会社ですよ。」と指摘された場合など)、その取引をどうやって中止すればよいのか、悩むケースも出てくるのではないでしょうか。たしかに「反社会的勢力排除条項」を盛り込んだり、念書をとりつけている相手方も多いとは思いますが、「あなたのところは反社会的勢力だから、今後一切の取引はしない」と言い切るだけの証拠をどうやってそろえるのか、むずかしいところだと思います。(一歩間違えると反対に名誉棄損や信用毀損で損害賠償請求訴訟を提起されてしまうリスクも考えられるところです)

そんな困難に遭遇してしまった会社のリリースが10月30日の適時開示情報のなかに出ておりました。(不適切な取引に関する結果報告について-株式会社鶴見製作所)東証・大証1部の鶴見製作所さんの場合、子会社が(どのような経緯なのかは不明でありますが)ある個人(事業者?)に6000万円を貸し付けていたところ、貸付金の返済を受けている途中で(当該借主が)反社会的勢力であることが判明したそうであります。これはマズイ!ということで、鶴見製作所さんとしてはすぐに契約解消に乗り出し、この個人借主との間で、一括返済に関する交渉を行いましたが、残念ながら交渉は決裂したとのこと。そこでやむをえず貸付責任者だった、当時の子会社役員と協議のすえ、貸付残金(約1000万円)に関する債権を、この元役員の方が会社から買取り、債権譲渡手続をおこなったうえで、鶴見製作所グループと反社会的勢力との関係解消をはかったそうであります。鶴見製作所さんの場合、発覚時点で適時開示しており、また本リリースのように、交渉過程を開示しておられるわけで、きわめて透明性が高く、反社会的勢力との断絶に関する意識の高さがうかがえるところであります。また、このように取引先との関係断絶に関するスキームについても、私自身も参考にさせていただきたいと思った次第であります。

ただ、2点ほど、この鶴見製作所さんの交渉について疑問を抱いた点がございます。まずひとつめは、「債権譲渡手続をとることで、鶴見製作所グループと反社会的勢力との関係は解消されたのか?」という問題であります。たしかに貸付債権の譲渡手続は、鶴見子会社と元役員との間で合意すればよいわけでして、借主には譲渡通知を発送すれば対抗要件も具備できることになります。しかしこれはあくまでも「債権譲渡」に関するものでありまして、「契約上の地位の移転」ではありません。いまだこの反社会的勢力の借主に対する貸主としての契約上の地位は鶴見子会社に残っているはずであります。たとえば利息に関する合意の定めに反して、かりに鶴見子会社が多く利得していたケースや、残金計算にミスがあった場合などにつきましては、借主は、債権を譲り受けた子会社元役員に対してではなく、貸主たる鶴見子会社に対して返還を請求することになるはずであります。この「契約上の地位の移転」につきましては、借主の合意が必要になりますので、借主が承諾しない場合には、どうすることもできないわけであります。このような状況においても「反社会的勢力との関係は一切解消された・・・」とリリースで言いきっていいものかどうか、ということに一抹の不安をおぼえるところであります。(金銭消費貸借の場合、金銭を交付した貸主に残された義務はあまりありませんので、債権譲渡の手続によって、ほぼ契約関係も解消された・・・と実際には解釈できるのかもしれませんが法律上の理屈の問題としてはやや疑問が残るところであります。)

そしてもうひとつの疑問が、子会社元役員が鶴見子会社に代金を支払って、この1000万円の貸金債権を譲り受ける行為については、実質的には借主(反社会的勢力)に対する「利益供与」に該当しないのだろうか…という点であります。鶴見子会社としては、債権譲渡をしてしまった以上、もはやこの借主に対する債権管理を行う必要がなくなったはずであります。ということは、今後の個人借主の不払いリスクについては債権譲受人たる元子会社役員が負担していることになります。これは個人借主にとっては願ってもないことでして、債権者が上場会社であれば、不払いのケースはどれだけ訴訟費用がかかっても回収(担保権の実行を含めて)するはずでありますが、債権者が個人ということになりますと、たしかに担保権を含めて譲渡されているとしても、裁判を提起して、もしくは担保権の実行をして、なおかつ反社会的勢力による担保権実行の妨害リスクまで背負うとなりますと、これは並大抵のことではございません。(これは執行業務を経験した弁護士でないと、なかなか理解しがたいところだとは思いますが・・・)正直申し上げて、個人借主側としてもいろいろな和解に関する手法が検討されるところであります。また、実質的に考えても、このスキームですと、反社会的勢力とされる個人借主の貸金債務を元子会社役員の方が代位弁済することと同じ状況になっておりますので、(弁済による代位によって求償権を取得し、担保権を譲り受けているのとほぼ同じ状況)いわば鶴見製作所さんと元子会社役員さんが協議のうえ、代払いに関する合意を得たものと言えるのではないでしょうか。

早期に契約関係の解消を図りたい・・・という鶴見製作所さんの意図は十分に尊重されるべきですし、とりあえずできるだけのことをやれば金融機関から指摘を受けることもなくなりそうですので、当該処理方法そのものに賛同できない、というものでは毛頭ございません。ただ、こうやって検討しておりますと、すでに(排除条項なくして)取引関係に入っている相手方が「反社会的勢力」と判明した場合の対応というものは、やはりコンプライアンス経営の観点からみてもかなり困難を極める状況になることが認識できそうであります。有事を想定したうえでの、平時の取組み(内部統制の構築-たとえば排除条項の導入、念書の取り交わし、どのような事態となれば「反社会的」と推定するか、といった社内ガイドラインの策定など)が重要であることを痛感するような事例ではないでしょうか。

11月 1, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (1)

2009年10月29日 (木)

やっぱり気になる日本興亜損保の「支払い先送り問題」

いろいろなブログでもっと話題になるのかと思っておりましたが、意外にもほとんど採り上げられていないのが日本興亜損保の保険金支払い遅延問題であります。10月23日に業務改善命令が金融庁から発出されましたので、これで一件落着・・・ということかと思っておりましたが、日経だけが28日朝刊で報じている「専務さんの社内通知問題」であります。(ニュースはこちら)一部、記事の引用で申し訳ありませんが、

目標について「通常では達成が困難なレベル」としたうえで「『必要な無理』をして最大限の努力をすれば必ず達成できる」として、支払いの先送りを示唆したとも取れる内容となっている。

とのこと。もしこの報道内容が真実であるとすれば、文書にある「必要な無理」って、いったいどのような行動を指すのでしょうかね?普通に(自然に?)解釈すれば「たとえ違法行為と思われる行動に出ても、会社としては目をつぶるから、なんとかしろ!」という意味ですよね。社内広報部は「決して支払い遅延を示唆するものではない」と否定されているようですが、ではどういう意味なのか説明いただければ・・・と思いますが。しかも、この文書は金融庁には提出されていない、ということですが、もし私のような解釈が正しいのだとすれば、組織的な関与のもとで支払い遅延が推奨された、ということになってしまいますので、このたびの金融庁の解釈(支払いが放置されることがないような社内体制の構築を促す)とはずいぶんと違ったイメージの問題になってしまうのではないでしょうか。

とりわけ日本興亜損保の件は、お家騒動的なイメージで報道されているところでありますが、前会長さんが「当社の一部役員が、今年の2月か3月ころ、支払い遅延を指示したのではないか?」と会社側に詰め寄ったとのことでした。私的には「おそらく(前会長さんのご主張は)推測でのクレームではないか?」と考えるところでありました。(以前、朝日新聞ニュースでは当該専務さんのインタビューの一部が報道されておりまして、完全に否定していない様子はうかがえましたが・・・)しかし、この日経のニュース内容からしますと、前会長さんの言い分にも、かなり信憑性を帯びてくるところがありますので、どうも今後の展開に注目したくなるところであります。ともがく、この「必要な無理」っていったいどんなことを指すのか、興亜損保さん側の言い分も聞いてみたいところであります。この文書の存在を受けて、またどこかの新聞社でこの専務さんのインタビュー記事など、新たに掲載していただけないでしょうかね?

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2009年9月10日 (木)

ペッパーFS社のコンプライアンス「合わせ技一本」

O-157(病原性大腸菌)の発症・・・ということで、連日ペッパーフードサービス社の件が報道されておりますが、ペッパー社に引き続き、9日は吉野家HD傘下の「ステーキのどん」でも事件となり、すでにニュースでも報道されているようであります。(追記:10日朝、株式会社どんより適時開示として「食中毒事故の発生に関するお詫びとお知らせ」がリリースされております)また北海道のホクレン社でも、牧場に遊びに来ていた子供たちに発症者が出てしまい、ホクレン社のHPではお詫びの文書がリリースされております。(株式会社どんのHPでも、早速お詫び文書が公表されております)

150店舗以上のチェーン店を2日以上にわたって閉店するということは、ペッパー社にとりましては業績に多大な影響が出ると思いますし、今回の食中毒事故を発生させた社会的責任を痛感していることを形で示したことになりそうですが、どうも同時期にO-157事件を起こしながら、「ステーキのどん」さんや、ホクレンさんとは少し世間からの「叩かれ方」に相違があるように思えます。保健所の連絡から公表まで3日を要したことや、被害者の人数が多いことなどにも起因するようですが、なんといいましても、一昨年の心斎橋店の店長(および店員)による強盗強姦事件、昨年の傷害事件と、一連のペッパー社の社員不祥事によるところが大きいのではないでしょうか。(とくに心斎橋店の事件は当時2ちゃんねるなどでも話題になりましたし)

おそらくここ2年ほどの不祥事がなかったら、ペッパー社も今回のように(スポーツ紙を含めて)大きく報道されることはなかったのではないかと思います。今回の事件が今後のペッパー社の業績に大きな影を落とすことになるとすれば、おそらく過去の不祥事との「合わせ技一本」として評価されることになるのでしょうね。不祥事も、それだけでは後追い記事も出てこないようなものであったとしても、他の不祥事と重なって、大きく社会的評価を落としてしまうケースもありそうですね。当時の事件の記憶が喚起されてしまうことも大きなイメージダウンになってしまいそうであります。

しかしペッパー社事件に関するJ-CASTニュースの記事でありますが、この記事の最後に掲載されている会社側のコメント、もし本当にこのように広報したのだとすれば、かなりゲンメツする方も多いのではないでしょうか。

「お客さまの声は、真摯に受け止めて対応しています。しかし、今回は、加工工場の過失割合が高いようです。『運が悪いね、頑張れよ』といった声も寄せられています。食中毒発生後も客が大幅に減ることはなかったので、再開してもそれほど変わらないのではないかと思っています」

うーーーん。。。(ホントにこんなこと言ったのかなぁ??)この時期に(たとえ本当にそうであったとしても)、他人に責任を転嫁するような物言いだとか、「運が悪かった」といった言動はクライシスマネジメントとして最も回避すべき対応ではないかと。

9月 10, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月 3日 (木)

空飛ぶDHJ(コンプライアンス経営はむずかしい)

ある上場会社の常勤監査役の方より、「2年目のJ-SOX」に関するたいへん興味深い論文をいただきました。(どうもありがとうございます)私信扱いにしてください、とのことですのでブログではご紹介できませんが、今後のエントリーにおける参考にさせていただきます。まじめに年月をかけて社内でのプロジェクトを推進してきた会社にとりましてはJ-SOXの効率化はまさに喫緊の課題であるようでして、今後の展開が非常に楽しみであります。

さて、本日はひさびさの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでありますが、5日ほど前の朝日新聞ニュースに気になる記事が掲載されておりました。ご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、三沢基地に勤務していた航空自衛隊の女性空士長(26)の方が、昨年5月ころより派遣型風俗店でアルバイトをしていたことが発覚し、報告を受けた上司(2等空佐)が、彼女の将来のことを考慮して、本来ならば懲戒処分(兼業禁止に該当するものではなく、自衛隊員にふさわしくない行為に該当するものとして)とすべきところを依願退職扱いとした、とのこと。この空士長さんは、依願退職となったのでありますが、その後再び防衛省の非常勤職員となり、さらに驚くべきことに風俗嬢アルバイトも継続していた、ということだそうであります。(朝日新聞ニュースはこちら

私の今年のコンプライアンス・セミナーをお聞きになった方ならばご存じのとおり、皆様方と一緒に考えましょう・・・ということで例題をいくつか出させていただきました。たとえば以下のようなものであります。

(例題1)私(課長)の課に配属されている女性職員であるAさんが、男性社員であるB主任より執拗にデートの誘いを受けて困っている、という苦情を相談されました。私はAさん、B主任ともに以前からよく知っているので、間に入って私的に解決したいのですが、よろしいでしょうか?

(例題2)私の部下であるCさんが、帰宅途中で交通事故を起こしたということで、Cさんから事情を聴いたところ、飲酒運転のうえでの事故とのことでした。幸い双方とも物損だけの事故でしたし、警察にも要請に応じて出頭する旨を申し出ていますので、このまま会社には内緒にしておこうかと思っています。

実は、こういった例題は単なる空想によるものではなく、後日会社の社会的評価を低下させるほどの大きなコンプライアンス問題に発展してしまった実話を元にしているものでして、その問題の発端となる事実を掲載したものであります。先の朝日新聞ニュースで報じられていた航空自衛隊の問題につきましても、やはり上記例題にかなり近い状況がうかがわれます。そこで、この航空自衛隊デリヘルバイト事件につきまして、まじめに考えてみたいと思います。

1 なぜ空士長のデリヘルバイトが部隊内で発覚してしまったのか?

上記朝日の記事によりますと、この女性空士長のアルバイトが2008年5月ころ、同じ部隊内の同僚が知るところとなり、これを女性空士長の上司(2等空佐)に報告をした、ということであります。では、なぜ同僚に知られるところとなったのでしょうか?たまたま同僚が指名してしまった・・・などということはまずないものと思いますし、「ナイトウォーカー」や「シティヘブン」のような紹介雑誌に彼女が掲載されていた、ということでもないものと思います。一番可能性が高いのは、彼女のプライベートを知っている男性もしくは女性との人間関係のこじれ・・・という線ではないでしょうか。先の(例題2)では、課長と部下であるCさんとの後日の人間関係の破たんが大きな問題に発展する原因となりましたが、上記事例におきましても、その可能性が一番高いように思われます。(ただしあくまでも推測にすぎません)

2 同僚から報告を受けた上司は、なぜ彼女を懲戒処分にしなかったのか?

先の朝日の記事によりますと、この上司(2等空佐)の方は「彼女の将来を考えて」あえて懲戒処分とはせず、依願退職扱いとして処理したようであります。この上司の方は、おそらく真意として彼女のことを考えて人間味ある処理をされたものと思います。(きっとこういった方は、社内でも信頼が厚く、部下からも尊敬されるタイプの方だと思いますし、この方と同様の振る舞いをしよう、と考えておられる方も多いのではないでしょうか)セミナーに参加された方も、例題1および2におきまして、正規の社内規約があることは知りつつも、人情味あふれる上司として、「俺の胸にしまっておくから」ということで内々に処理する方向を選択された方もいらっしゃいました。たしかに、問題が発覚しない可能性が皆無、ということでしたら、このような選択肢が(コンプライアンス違反か否かは別として)一番落ち着くところかなぁとも思われます。

3 なぜこういった一連の事件が、マスコミの知るところとなったのか?

防衛省は、この風俗アルバイトを継続していた元空士長への処分を検討している、とありますが、もちろん懲戒処分の対象となる行為に及んでいたのですから、これもやむをえないところかと思います。しかし、なぜこういった内々で済ませておきたかった事件がマスコミの知るところとなるのでしょうか?やはり可能性が高いのは、そもそも「こんなことが隊内であっていいのか?」との思いで通報をした同僚の方による更なる内部告発ではないでしょうか?(もしくは、彼女と人間関係がこじれた者による内部告発かもしれません)とくに行政が公式に公表すべき事件とも思えませんので、マスコミ数社(もしくは1社)に対する事件の通報があったとみるべきではないかと思います。こうなった以上は元空士長だけでなく、この上司の方も、なんらかの処分対象になるのかもしれません。

私はしゃくし定規に、セクハラ規程、内部通報規程、飲酒運転規約等が存在するのであれば、私的に相談を受けた事例につき、相談に応じることはせず、正規の社内ルートによって解決を図るべきである、とまで申し上げるつもりはございません。ただ、かっこ良い上司として内々に処理するのであれば、そこに潜むリスクについて十分認識したうえで行動を起こすべきである、と申し上げたい。「そこに潜むリスク」といいますのは、外に潜むリスクと当該上司の方の内に潜むリスクであります。「外に潜むリスク」とは、たとえば元空士長についてよく思っていない同僚の存在だとか、人間関係のこじれだとか、内部通報や内部告発のリスクだとか、マスコミの関心というものであります。いわば「不祥事発覚リスク」というものですね。そして最もおそろしいリスクは「上司自身にあるバイアス(偏見)リスク」であります。たとえばその上司が元空士長に対して「かわいい部下」という認識を抱いていたとすると、「こんな部下を悪く思うやつはいない」とか「こんな部下の友達が彼女を裏切るわけはない」といった偏見が消えず、先に説明したような「外に潜むリスク」を見えなくしてしまいます。また同僚による内部通報にしても、「同じ部隊の者がマスコミに通報するようなことはしない」とか「そもそもマスコミが面白おかしく書きたてるような話題ではない」というように、有事になるとどうしても楽観的な方向での思考に走る傾向になってしまいます。さらに上司の方は「彼女は将来のある身だから」と真摯に考えていたとしても、朝日の記事にあるとおり、人間はまた同じ行動を繰り返す傾向にあるのが現実であります。(先の例題2においても、結局のところ、部下は再び飲酒運転による事故を発生させてしまい、人身事故によって内々の処理が表面化していくことになります)

血の通った人間どうしで構成される組織である以上、法律では捉えられない義理人情が組織の潤滑油として不可欠であることは否定いたしません。しかしながら、リスクの存在を知りつつあえてグレーな対応に出る場合と、リスク自体が見えないままにグレーな対応に出る場合とでは、その後の企業不祥事へと発展する過程において大きな差が生じます。(リスクを承知のうえで、あえてグレーな対応に出た場合には、その後有事に至る場合でもなんとかなるケースが多いと思います)思考停止のコンプライアンスに陥らないためにも、(いろいろとご異論はあるとも思いますが)誰でも悩みそうな身近な事例を元にして、コンプライアンスリスクの存在を丁寧に分析してみることも、有益ではないでしょうか。

9月 3, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年7月29日 (水)

セクハラ事件と企業の内部統制構築義務(コンプライアンスの視点)

本日(7月28日)の日経夕刊「ウォール街ラウンドアップ」によりますと、米国では企業統治の不調が今回の金融危機の発端となった、との見方が強まっているようで、これまでSOX法404条(企業改革法における内部統制ルール)の適用が猶予(延期)されてきた中小上場企業に対しても、ついに今年12月より適用されることが決まったようであります。(すでにSECは中小上場会社向けの内部統制ガイドラインを整備済み)もはや監査法人からも延期要請の声は聞かれなくなったとか。米国監査法人幹部の話では「内部統制ルールがなければ、米国証券市場も、もっと会計不信問題に悩まされていただろう・・」とのことで、ずいぶんと風向きが変わったようですね。(ほんまかいな?と思わず言いたくなりますが・・・)

さて本日は、最近当ブログでもトレンドな話題となってきましたセクハラ・パワハラ関連の話題でありますが、本日の読売新聞ニュースによりますと、東海大学においてセクハラ事件後の大学側の対応に問題があったとして、セクハラ被害を受けた女性を原告とする損害賠償請求訴訟において、東京地裁は(大学側に)330万円の賠償を命じたそうであります。ちなみに加害者は同大学の助教授(元)。大学側が助教授退職後に退職理由を明確にしなかったため、女性が周囲から「助教授が退職したことについて責任がある」とみなされ、これを原因として女性も大学を辞めた、とのこと。裁判所は「大学が被害女性が研究を続けるための配慮を怠った」と判断したようでして、これは通常の職場環境配慮義務(セクハラが起こらないような職場環境を作る)とは少し異なり、事件発生後の大学側の配慮義務を問題としたもののようであります。具体的な事件の内容がわかりませんので、軽々しく論じることはできませんが、セクハラというよりも、パワハラ(アカハラ?)があったとみるべき事案ではないかと思われます。大学側として(具体的には)、被害女性にも悪いところがあった、ということが疑われないように、助教授が退職した理由をきちんと開示する必要があった、ということなんでしょうか?ただ、逆に大学側としてどこまで理由を開示すればよいのか、かなりむずかしい判断を迫られるのではないでしょうか?そもそも理由を開示するとなりますと、その前提としてセクハラに関する詳細な事実調査が必要になりますよね。事案によっては被害女性の人権侵害につながることにもなりかねませんので慎重な配慮が必要だと思われます。

また、退職理由について、あまりにも具体的に事実を記載することになりますと、逆に助教授側から名誉棄損や信用毀損で訴えられる可能性も考えられます。たとえば7月10日の朝日新聞ニュースによりますと、関西学院大学の元名誉教授の方が、弁明の機会も与えられないまま女子学生へのセクハラ行為を(大学側から)認定されたことについて、神戸地裁は大学側の不法行為を認定して、この大学教授の方に対する220万円の損害賠償責任を認容しております。(ただしこの判決はセクハラ行為を認めたものの、大学側の処分が過度に厳しい、としているようです。ただ「弁明の機会も与えられなかった」とありますので、やはり事実認定についても問題があったのではないでしょうか。)これはセクハラ認定を学内(企業であれば社内)の事実調査委員会が行うことのリーガルリスクを示すものでありまして、先日ご紹介した「わかりやすいパワーハラスメント裁判例集」に収録されている裁判のなかにも、調査方法が不適切であることを理由に被調査対象者に対する名誉棄損(不法行為)の成立を認めた判例もあります。(クレジット債権管理組合事件 福岡地裁判決平成3年2月13日ただし、不法行為の成立が認められたのは個人としての調査担当者だけであります。)これらの事案をみるに、セクハラやパワハラ事件が刑事問題として先行して立件されているような事案であればともかく、民事事件に先行して社内(学内)調査で事実を認定したり、法的判断を下すことの困難性(リーガルリスク)を物語っております。

企業コンプライアンスの視点に立ち、セクハラ・パワハラ問題に対処するにあたっては、上記のようにいたるところにリーガルリスクが横たわっております。私も(何度も申し上げるように)10数社の企業・学校法人の内部通報窓口を担当しておりますが、匿名通報に基づく社内調査の結果、その被害女性が特定されてしまい、当該匿名女性から糾弾された経験がございます。(社内ではもっぱら「通報窓口である弁護士が通報女性の名前を漏らした」とのこと。もちろん事実無根でございますが、噂というものはホントにコワイですねェ・・・。だから最初の東海大学の事案について、被害女性が噂によって精神的にマイってしまうのは私も十分に理解できるところです)コンプライアンスの視点からではありますが、有事にバタバタするよりも、平時にきちんと社内調査マニュアルや、ガイドラインを作成したり、シミュレーションを行っておくことも有益かと思います。

7月 29, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年7月15日 (水)

ロッテリアの戦略は「食への冒涜」ではないか?

タイトルはずいぶんと批判的なイメージにとられるかもしれませんが、あくまでもコンプライアンス上の問題として客観的に考えてみたいと思います。ロッテリアが16日から31日まで「絶妙バーガー」なる新製品を販売するにあたり、買った人がおいしくないと判断した場合には代金(ただし単品価格のみ)を返却するとのこと。(日経ニュースはこちら)ブログ上でもずいぶんと話題になっているようです。

そもそも半分以下のハンバーガーを食べた時点において「おいしくない」と申し出た場合に代金を返す・・という商品売買契約の法的性質(契約内容)についてもかなり興味がありますが(たとえば2個買って1個食べた時点で1個返して代金全額の返却を請求した場合はどうなるのか?)、これは他の法務系ブロガーの方にお任せするとして、この「おいしくなければ代金返却」なる宣伝戦略はロッテリアにとってマズイことにはならないのでしょうか?コンプライアンスは「法令遵守」だけではない・・・というのは、すでに耳にタコができるほど聞いたフレーズですし、企業の社会的信用を低下させることを防止することこそがコンプライアンス経営の主流だと思います。現実にいろいろな場面を見てきた経験からしますと、法律に照らしてあれもダメ、これもダメと企業の創意工夫を元から毀損してしまうようなものがコンプライアンス経営とは言えない時代になってきたように感じております。

ただ、だからこそ、社内で「これでいこう」と創意工夫の下で作られた企業戦略が社会においてどう受け止められるか?という感覚(理屈ではなく)はとても重要ではないでしょうか。私としては、この「食べたのが半分以下ならば返金する・・・」という条件がとても気になってしまいます。私も外食産業の役員をしておりますので、食べ物に対する思い入れはとても強いほうだと認識しておりますが、最初から「食べ物を残す」ことを前提に商品を販売する、というのはとても違和感を覚えます。企業が自信をもって商品を開発し、お客様に提供するのであれば、到底「おいしくなかったら残してください」とは言えないですし、一生懸命ハンバーガーを開発し、また現場で売ってくれている社員の方々に対しても、役員として(そんなことは申し訳なくて)言えるものではないと思います。さらに、お客様が残されたハンバーガーは再利用できないわけで、最初から(報道によれば1%から5%程度は)廃棄されることを前提として販売する・・・というのは、あまりにも食への冒涜ではないでしょうか?私には、いっそのこと、全部食べた後でも「おいしくない」と感じたら返金するほうが、よっぽど企業理念としての「食へのこだわり」を感じます。また、美味しいものを提供したいと思って新商品を販売するのであれば、その商品は売り切って、代金を払った人のクレームを真摯な態度で拝聴するからこそ、その苦情を次の商品開発に生かせるのではないでしょうか。(よくよく考えると、返金してもらった代金で、さらに絶妙バーガーをその場で購入して「美味しいね!」と食べつくす方々のクレームというものは信用できるのでしょうか?・・・・・・(^^;  )

いえ、私はとくに上記のように憤っているわけではなく、あくまでも、そのように考える人たちも多いのではないかと推測いたしますと、この戦略は商品自体の広報戦略としては上出来だとしても、ロッテリアという伝統的な食品会社のイメージを毀損する戦略になるのではないかと考えますが、いかがなものでしょうか。長年、日本で培われてきたロッテリアの商品なのですから、絶妙バーガーが美味しくないわけがありません。(主観的な判断で足りるのか、また他社製品と比較して感じるものなのかはわかりませんが・・・)大阪地裁堺支部への行き帰りに、南海堺東駅下の店舗に立ち寄るロッテリアファンのひとりとして、今回の戦略がロッテリアの社会的評価を低下させることがないように祈念しております。テレビショッピングで「膝当てサポーター、もし効果がなければ2週間以内なら返品可能!」というものとは、食品の場合にはわけがちがいますし、また消費期限問題のように、「売りたかったけど消費期限が切れてしまって廃棄せざるをえない」場合とは状況があまりにも異なると思いますが、どんなものでしょうか。

7月 15, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (8) | トラックバック (0)

内部通報窓口からみたパワハラ問題のむずかしさ・・・・

昨日のパンデミックと法律問題につきましては、TETUさんから耳の痛いコメントを頂戴しましたが、もうひとつ、企業の安全配慮義務に関わる問題をエントリーしておきたいと思います。これも精神疾患に対する労災認定基準の緩和によって、今後ますます大きな企業リスクになるであろうと思われる「パワー・ハラスメント(パワハラ)」問題であります。パワハラといいますと、新聞報道などではたいへん痛ましい事件が報道されておりますが、そこまで大きな事件でなくても、「職場のいじめ問題」として、結構通報事実に占める割合は多いものと理解しております。グーグル検索や大きな書店でお探しになるとわかりますが、法律家が執筆した本としてはセクハラに関するものはあっても、労働者側にせよ、企業側にせよパワハラに関する本というのはほとんど見当たらないのが現実であります。(代表的なのは水谷英夫弁護士による「職場のいじめ」くらいではないでしょうか?)しかしながら、学校法人や企業の内部通報窓口をやっておりまして、パワハラ(アカハラ)に関する告発がたいへん増えているのが現実でありまして、「労働問題はわかりまへん」とも言っておれず、それなりに法律家らしく検討する必要性に迫られております。(実際、全国の労働局に設置されている総合労働相談センターに持ち込まれるパワハラ相談の件数は、6年前と比べると約5倍に増えているようであります)法律関係は(企業の場合を例にとりますと)以下のとおりであります。

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被害者と加害者の関係について「不法行為」と書きましたが、ここは上司と部下の関係もあれば、同僚による集団いじめ、というものもあります。また正社員による派遣従業員いじめもあります。企業にとってむずかしいのは、パワハラによる被害者従業員に対する安全配慮義務(労働環境配慮義務)の中身については、きわめて曖昧な点であります。ここはセクハラの場合も同様ですが、セクハラにつきましては男女雇用機会均等法の改正によって配慮措置義務が明確化され、ガイドラインも豊富に出されているところですので、まだ規範化はパワハラよりも容易かもしれません。なお、企業からは安全配慮義務と書きましたが、民事賠償問題としては、不法行為(使用者責任)も問題となります。ただ、債務不履行責任の追及が容易となれば、今後は安全配慮義務違反をもって被害者側から追及されるケースが増えると思われます。労働審判の場合にも、基本的には同じような構図になるのではないでしょうか。

さらに企業の安全配慮義務の側からみて、セクハラよりも困難と思われるのは「グレーゾーンをどうするか?」という問題であります。たとえばガイドラインを作成する場合、セクハラ行為というものは、企業にとって「あるまじき行為」ですので、セクハラなのかどうかよくわからない行為というものも一応禁止行為としてガイドラインで規範化しても問題はそれほど発生しないものと思われます。(もちろん加害者と被害者との民事上の問題は別として、ここではあくまでも安全配慮義務との関係で、ということですが)しかしながら、パワハラの場合、対象行為となるのは、上司による指揮命令権の行使だったりするわけでして、単純にグレーゾーンだからといって禁止するわけにはいかないのであります。(適切な指揮命令権の行使を委縮させてしまうおそれがあります)いまのところ、内部通報で上がってくるパワハラ事件というものが「誰がみても明らかないじめ」と認定できるのは、被害者本人からではなく、同僚や部下、パート社員など「職場のいじめ」を目にした第三者からの通報が多く、事実認定のための証拠も比較的容易に収集できるから(いわゆる公開型のパワハラ)でありますが、これがセクハラ通報のように閉鎖型のもの、つまり被害者本人から上がってくるパワハラ通報が増えてきますと、この判断の困難性に悩むケースが増えてくるものと思います。(ただ、パワハラのケースでは、被害者本人が「自分が悪いからしかたがない」とか「通報したら制裁がこわい」ということからなかなか上がってこない傾向があり、これもパワハラの根を深くしている事情のひとつだと思われます)

といいつつも、内部通報窓口をやっていて、「むずかしいなぁ」などと弱音を吐いて思考を停止させるわけにもいきませんので、自己流でもなんとか判断していかないといけないわけでして、とりあえず以下のような判断基準をもって臨むようにしております。

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おそらく裁判ともなりますと、パワハラ問題は属性要件と行為要件の総合的判断によって不法行為責任や使用者責任、安全配慮義務違反(債務不履行)が問われることになると思われます。その総合的判断の中身を整理しますと、図のように行為要件と属性要件に分類できるのではないでしょうか。そもそもパワハラもセクハラと同様、個人の人格権の侵害を意味するので、被害者の主観的判断を無視するわけにはいきません。しかしながら、企業側からみた場合、パワハラの成否が被害者の主観的な要素に左右されてしまっては、そもそも配慮すべき内容が不明確となり、対策を立てることが困難になってしまいます。そこで、被害者の主観的な要素は「属性要件」として、たとえば加害者と被害者との関係とか、事件発生までの経過(以前加害者には同様の行動があったかどうか、いじめの原因になるような問題が被害者にあったのか等)として考慮することにして、客観的な加害者の行動については「行為要件」としてその是非を検討することにしています。つまり、企業がパワハラを認定するにあたっては、被害者の主観的な判断は二の次として、平均的な社員であれば当該行為を「指揮命令の裁量を超えた個人的ないじめ」と判断するかどうか、といった客観的な判断基準を基礎とすべき、と考えております。(結局、ガイドラインを策定する場合も、この客観的な判断に基づくしか方法がないように思いますし、加害者と被害者との民事問題は別として、たとえばパワハラを認定して懲戒処分を検討するような場面でも、この行為要件を中心に考えるべきなのかな・・・と。)閉鎖型のいじめにつきましては、なかなか企業側にとっても情報収集が困難であり、自主申告があれば配置転換等の対応を個別にやっていくしかなく、原則としましては、研修や内部通報窓口の充実、ガイドラインの設定等をもってパワハラの未然防止に努めるのが原則ではないかと考えております。

7月 15, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2009年4月13日 (月)

三菱UFJ証券個人情報流出事件にみるリスク管理のむずかしさ

4月8日付けで三菱UFJ証券さんが個人情報流出の被害に遭われた方々に送付した「お詫び」文書を入手いたしました。とくに報道された内容やHPで公開しているところと変わったことは書かれておりません。警察と協力して、全容が解明され次第、また改めてご報告します、ということと、流出した情報内容(年収区分や勤務先の役職等を含む)、名簿業者3社への対応、名簿業者の販売先への使用中止要請等の活動内容も付記されておりますが、なんら具体的な進捗状況については記載されておりません。流出させた元社員が全ての顧客情報を売りつけようとしたところ、名簿業者側より、新規顧客しか情報の価値がないとされたことから、平成20年10月以降に新規に口座を開設した顧客のみの個人情報が売却されたわけですから、被害者側とすればこの名簿業者の氏名住所も知りたいところですよね。(損害賠償請求の被告になりうるわけですし、また三菱UFJ証券さんに損害賠償を求めるにしても、被害と情報漏洩行為との因果関係を立証するためには名簿業者の特定が必要ではないかと。)現時点では警察捜査との関係で、明らかにされないでしょうが、時期をみて個人情報流出の被害者には公開していただきたいところであります。三菱UFJ証券さんが完全な補償ができないのであれば、せめて被害者らの自力救済の道だけは保証すべきでしょうね。

しかし、元社員の供述によると、消費者金融からの借金返済のために、(しかも売却額は30数万円だとか)このような個人情報漏洩の事件を起こしたしまった、ということについて、なんとも金融機関のリスク管理の恐ろしさを痛感するところであります。そもそも個人情報にアクセスできる人間が8名で、他のアクセス権者のIDとパスワードを使用して自ら管理していたパソコン端末によって情報にアクセスしていた、ということですから、社内調査が開始されれば容易に情報を漏洩した人間が判明するものと(冷静に考えれば)理解できるとこだとは思うのですが、やはりせっぱつまった状況にある人間にとっては、自分にとって都合の悪い結果となる予測というのが正常にできなくなるのかもしれません。(自分でネット情報から名簿業者を探しだした、という事情にも、なにか元社員が金銭を必要とする切迫性が感じられます。そういえば公認不正検査士の研究会でも、同じような金融機関の不祥事が紹介されていました。倫理研修は、そもそも正常な判断ができる状況にある社員には理解できても、個人の諸事情により、そのような正常な判断ができない状況に陥った社員にはほどんど効果がない、といわれるところであります。)おそらく元社員としては、顧客から多くの問い合わせがなされることはないだろう、といった短絡的な予測があったのではないでしょうか。(ただ、流出させた情報には「年収区分」がありますので、特定の顧客に勧誘が殺到することについては容易に予想がつくところではないかと思うのでありますが)

さて、こういった不祥事の発生が報道されますと、金融機関のリスク管理が甘かった、とするコメントがよく出てきますし、実際にリスク管理が不適切であったことも認められるかもしれませんが、これまでも銀行や証券会社において、こういった個人情報漏えいなど、自社にとって不都合な事件が正直に公表されていたのか、という疑念もありますし、また顧客からの苦情(問い合わせ)に対して、これまでも誠意をもって社内調査を開始していたのかどうか、といった疑念も残りますので、なんとも言えないところであります。また、本事件につきましては、情報管理対策の限界を超えるものとして、「内部統制の限界」事例として処理されるのかもしれませんが、せめて再発防止策・・・という観点からは、本件が発覚した経緯から、漏洩社員が特定されるまでの事情を広く社内に報告し、「金融機関のリスク管理が厳格化してきており、情報漏えいは犯人が容易に特定できる」という認識を、ひとりでも多くの社員が共有することにあるように思われます。

4月 13, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (7) | トラックバック (1)

2009年3月25日 (水)

品質偽装事件にみる企業コンプライアンスの「官民格差」

Haramitugu WBCの優勝監督である原辰徳氏は、私と同郷(福岡県大牟田市)の方でありますが、彼の父である原貢氏は、私の父と同じ会社(東洋高圧、現在の三井化学)に勤務しておられた方で、東洋高圧時代は「名三塁手」として有名な方でした。その原貢氏が監督として采配をふるい、炭鉱の労働争議で真っ暗闇だった大牟田の町を明るくしてくれたのが三池工業高校野球部の甲子園初出場初優勝という偉業でした。当時私はやっと物心がついたくらいの頃でしたが、大牟田の町が本当にひとつになって、みんな感涙に浸っていたことを記憶しています。(その後、貢氏はヘッドハンティングによって東海大相模高校の監督に就任することは皆様もご存じのとおりです)あの原貢氏の息子である辰徳氏が、こうやって世界一のチームを率いて日本中を感動させるのを見て、なつかしい三池工業高校の優勝を思い出す方々もいらっしゃるのかもしれません。

さて、田辺三菱製薬株式会社のリリースによりますと、子会社の品質管理責任者ら数名による試験データ改ざんが判明したために、厚生労働省への薬剤の製造販売承認申請を取り下げると同時に、これまで販売された製品の自主回収を行うことになったそうであります。(読売新聞ニュースはこちら)これはちょっとビックリであります。製薬会社において試験結果の改ざん、ということが今の時代でも行われているということになりますと、耐震偽装や耐熱板の試験材偽装と比較しても、かなり社会的な不安を抱かせる度合いが大きいのではないでしょうか。田辺三菱社のリリースを読んでも、また読売新聞ニュースを読んでも、どういった経緯で試験データ改ざんの事実が親会社である田辺三菱社の経営陣の知るところとなったのかは不明であります。(承認申請期間中に発覚した、とありますので、自社内で端緒を認識したのか、それとも厚労省からの指摘があったのかはちょっとわからないです)

ところで、こういった品質データ改ざんや、性能偽装などによって国の検査をパスした、という問題がよく報じられるところでありますが、どうもこういった場面では問題をふたつに分けて考察することが必要のようであります。ひとつは、そもそも偽装やデータ改ざんを行わなければ、品質検査にパスしなかったような商品について、これを偽装して検査申請を行う場合であります。こういった事例の場合には、消費者の安全・安心にそむく行為として偽装を行った企業は厳しく処分されるべきであります。もうひとつは、そもそも偽装やデータ改ざんを行わなくても、ほぼ確実に検査を通るのでありますが、(サンプルテスト等による現場の経験から)1000分の1程度の確率で検査に一発で通らないという事態が発生する可能性があることから、(念のため)品質や性能を偽装して検査申請をする、という場面であります。こういった場合には、品質や性能偽装の問題が発覚した場合でも、検査対象となった商品を調べてみると、そもそもなにもしなくても十分に検査はパスしていた商品ばかりだった、という結果となります。報道された事例をよく観察してみますと、同じ「品質・性能偽装、データ改ざん」という問題も、このふたつに分類されることがわかります。

たしかに民間企業にとって、国の検査にパスするために品質偽装、データ改ざんを行うこと自体、企業の姿勢としては厳しく糾弾されてしかるべき、ということでありますが、再発防止策、という観点からすると、前者と後者ではずいぶんと内容が異なってくるように思います。また、前者の場合には、そもそも企業の詐欺的行為が明確になりますので、社会的な非難は企業に集中しますが、後者の場合ですと、そもそも品質検査の必要性や、検査の形がい化といった国の機関への批判というものも同時に議論されることになりますので、品質偽装やデータ改ざんをした企業とともに、その検査機関である国までも非難の的になる可能性が出てきます。ということで、国の検査機関としては、問題の事後処理としては企業が劣悪な商品を、優良な商品のように装って検査申請を行った、というストーリーに仕立てたいという動機がはたらきます。民間企業としては、性能偽装、データ改ざんを行って検査をパスした・・・という後ろめたさがあることと、今後の検査機関との信頼関係に傷をつけてはいけない、という政策的な配慮から、「当社製品に問題があったため、これを隠ぺいすべく品質管理責任者が独断で偽装した」といったストーリーを作り、これを基に再発防止を誓うというパターンで落ち着きどころを探る傾向があるようであります。しかしながら、時として企業には「闘うコンプライアンス」の精神も必要なのであり、たとえ自社に落ち度があるとしても、その落ち度は正確に調査をして、これを正直に公表することが必要であります。正確な事実認定があってこそ、不祥事の原因究明のためのプロセスチェックが効果的となるのであり、また有効な再発防止策が検討される、ということを肝に銘じておくべきであります。

PS

トライアイズ社の「監査役解任議案」は取り下げられたようですね。仮処分関連の事件については、常勤監査役さんの完全勝利ですね。あとは総会における(計算書類承認決議に関する)監査役付記意見についての説明責任を果たすことが大役でしょうが、こちらは結果はどうあれ、監査役としての善管注意義務を尽くすことがなによりの職責だと思います。

3月 25, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

性能偽装事件(リーガルリスクとレピュテーショナルリスクの狭間にて)

久々の「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズですが、最近もときどき「偽装事件」に関するご相談を企業側から受けることがありまして、企業サイドからみると、対応に苦悩するケースに遭遇します。以下は、あくまでも架空の事件ではありますが、皆様方はどのように対応されるでしょうか。

某上場企業A社は、商品Bの業界シェア1位のメーカーであるが、商品Bの安全基準が厳しいために製造過程における商品B構成部品の品質検査、および完成品たる商品Bの集荷時安全検査が法定化されている。ある日、A社の内部通報窓口(弁護士事務所)に、A社退職従業員より「A社では長年『品質検査』では、外部検査官に対して別のサンプルを持参して検査を受けている」との通用があった。外部窓口弁護士は、社内調査機関に通報を伝達して、社内調査が開始されたところ、実際には10年も前からサンプルを変えて品質検査を受けていたことが判明した。品質検査はサンプリングによるものであり、また検査官はいわゆる「天下り官僚」がトップの品質検査機関に所属している。なお、製品の最終段階における安全検査を受けているため、たとえ品質検査において部品の性能に問題があったとしても、商品の安全性にはとくに問題がないとされており、これまでも問題が発生したことはない。

さて、こういった事例、最近はよく聞くところでありますが、社内調査機関の調査によって、現場サイドが独断でサンプル偽装を敢行したことが判明しております。このあたりは昨年のエントリーでも書きましたが、現場サイドでのサンプル偽装の動機は十分にあるわけでして、こういった品質検査協会による検査で「ミス」が露呈されますと、次の再検査までに時間を要し出荷が間に合わなくなるという事件に発展したり、またひどいときにはサンプル検査の結果「全部品廃棄」という事態にもなりうるわけであります。そうなりますと、責任を負うのは現場サイド・・・ということになりますので、現場はどうしても品質検査を一発で通すのが「あたりまえ」という社内風土が存在することになります。

昨今の性能偽装問題のおそろしさを知っている経営陣としては、この社内調査の結果を聞いて(しかも退職者による内部通報が発端であることも知って)、どういった対応をとるべきでしょうか。①無視する、②過去のサンプル偽装は隠ぺいして、とりあえず今後の検査だけはきちんと受ける、③過去のサンプル偽装を公表し、官庁には改善報告書を提出し、取引先には部品修理や補償対応を行い、今後の対応も改める、といった対応が考えられるところであります。①はありえないでしょうから、皆様方としては②もしくは③の選択に悩むことになろうかと思います。せっかく内部通報制度が機能したわけですから、取締役らに「公表義務違反」なる法令違反が発生しないとするならば、②を選択したいところであります。ただ、ダスキン事件高裁判決のように、「公表義務」を取締役に直接認めることはなくても、(後日隠ぺいが露呈した場合に)リスク管理義務違反として取締役の善管注意義務違反が問われる可能性があるならば、やはり③を選択することになるでしょうね。過去のサンプル偽装の被害が現実化しておらず、また将来的には運用を改善するということであれば、この②と③は高度な経営判断になるのでは・・・と(私的には)考えておりますが、現実には内部通報というパターンで社内調査が開始された経緯からしますと、この②の選択はかなりリスキーですね。

さて、A社として仮に③を選択した場合、今度はリスク・マネジメントが問題となります。予想通り、公表後はマスコミで叩かれ、社長による謝罪会見となるわけでありますが、その席上「長年にわたる不祥事については謝罪するとともに、製品自体には安全性に問題がないことをあらためて申し上げます」と回答すべきかどうか、このあたりは皆様方、どうお考えでしょうか?(たしかに、業界人からすれば、出荷前の安全基準検査を通っているわけですから、部品検査に偽装があったとしても、まず安全性には問題はない、と認識されるものと思います)昨年11月、大阪弁護士会に東京から講師をお招きして「企業のクライシスマネジメント」のセミナーを開催いたしましたが、その講師の方は、謝罪記者会見でもっとも言ってはいけないこととして「商品に問題はない」という言い訳を一番にあげておられました。性能偽装を起こしていながら「安全性に問題なし」とは、法令遵守の意識の欠如もはなはだしい・・・と一般の方には想起される、ということであります。この一言でマスコミもカチンときて、厳しい質問攻勢となったり、また挙句の果てにはマスコミの調査能力を生かして、新たな不祥事のネタを探してくる・・・ということに発展するそうであります。同セミナーにパネリストとして参加されていた記者の方も「会見で法的な問題を言われてもまったく興味ないですね。それよりも一般の市民に対してどのような社会的責任を果たすのか、その説明だけが聞きたい」とおっしゃっておられました。(昨年の地下水汚染に絡む食品会社の事例がこれに該当します)

それでは、企業のレピュテーショナルリスクを回避するために、「安全性云々」については一切述べない・・・ということで済ませたほうがよいのでしょうか。ここは現実にリスクに直面している企業を見ていてわかるところでありますが、実際のところ「安全性には問題がない」と言ったほうがいいのではないか・・・と思われる事情も存在いたします。これはやはり商品Bの補償に関するリスクですね。たとえば監督官庁は、商品Bのトップシェアを誇る企業ですから、品質検査も「なあなあ」(ちょっと語弊があるかもしれませんが)で済ませているところも散見されるところですし、A社からの改善報告書の提出を受けて、「部品交換で補償対応はOK」という「落ち着きどころ」でおさまるケースが多いと思われます。そこで、A社としては取引先に対して商品Bの部品交換に回ろうとするわけですが、取引先はそれでは納得しないわけであります。とりわけエンドユーザーと対面している取引先の場合、商品B自体の交換を要求することが多いと思われます。(商品の瑕疵を追及された場合の第一次的責任は取引先が負うことになりますので)また、たとえ部品交換にしか応じないとA社が拒絶したとしても、取引先は「性能偽装報道によってもたらされた」B商品の商品価値の減価分を損害賠償として請求することも考えられます。うるさく言ってくるところだけ商品交換に応じる・・・というのも最悪の結果を招くことになりそうで、現実的ではありません。こういった事後対応におけるリーガルリスクを考えますと、まずは謝罪会見においてエンドユーザーに向けて「安全性には問題ありません」といった広報をしたい衝動にかられるわけであります。とくに部品交換と商品交換では1:100くらいに補償費用負担に差が生じることが多いわけでして、このあたりは企業の死活問題になってくるケースもあります。

もはや「性能偽装事件」といっても、あまりに数が多く、マスコミで騒がれても時がたてば忘れられてしまうのかもしれません。しかし、不祥事に直面した企業にとりましては、リーガルリスクとレピュテーショナルリスク、どちらを重視するかによって、対応も変わってこざるをえないわけでして、コンプライアンス経営に関するマニュアル本のとおりにはなかなかいかないのが現実のところだと思います。

2月 15, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (12) | トラックバック (0)

2009年1月28日 (水)

柳田邦男氏の判決見直し要望書と企業コンプライアンスの精神

2001年の日航機ニアミス事件における管制官2名の刑事事件の進捗について、私は詳しくは存じ上げませんが、柳田邦男氏が高裁の有罪判決についての見直し要望書を最高裁に提出された、とのことであります。(読売新聞ニュースのみが伝えているようです)企業コンプライアンスに個人的に興味を持つに至ったのは、もうだいぶ昔に柳田邦男氏の「この国の失敗の本質」を拝読したことにも起因しております。このたびの要望書につきましても、誰もがあえて触れたがらない「組織の構造的欠陥」という問題について、再度検証を求め、そうでなければ本当の企業不祥事はなくならない(有効な再発防止策は生まれない)・・・と考える柳田氏のご意見には大いに賛同するところであります。しかも、柳田氏は2005年よりJAL安全アドバイザリーグループの座長を務める立場にありますが、自身に近い組織にとって「耳の痛い」要望を公然と社会に投げかけるところに敬服いたします。

柳田氏の要望書の件のように高尚な話ではありませんが、一昨年(2007年)、ある不祥事で新聞報道された偽装事件について、その会社の方もまじえて不祥事原因究明作業を行ったことがありました。実際のところは、商品表示偽装を行ったのはある仕入れ担当部長さんの単独意思によるものであったことが判明し、また繁忙期における大規模小売店からの仕入れ要請に、きちんと数量を揃えるためであった(足りない分だけ別の産地の商品を偽装した)ことも判明しました。つまり、この担当部長さんは、自身の私利私欲のためではなく、大手小売先の要請にきちんと応え、大口取引先を会社のために確保するため、つまり「会社のために」偽装を続けていたことも判明しました。普通であれば、特定社員が悪いことを知りつつ偽装を行ったが、その情状は十分しん酌できるもの、として寛大な処分を科して、ここで社内調査は終了し、あとは有効な再発防止策の検討に入るはずであります。しかし、ある調査委員より、担当部長さんの偽装に至る動機づけに若干の飛躍があるとして「その部長さんには、過去にも同様の偽装の前歴があるのではないか」といった疑義が呈され、再度担当部長さんにヒアリングしたところ、実は以前に私利私欲を目的とした商品偽装の前歴があり、それを経営陣と取引先で内々にもみ消したことがあったことがつきとめられました。もちろん、今回の事件について、経営陣が関与していた、ということではありませんでしたが、以前商品偽装に手を染めた社員に再度、同じポストにて業務に従事させていた、ということ自体に、そもそも「組織的な構造に問題がある」としかいいようがありません。(要は、その取引先に顔が利くのは彼しかいないので、会社としては背に腹は変えられず、従前どおりの業務をさせていた、というものであります ※なお、事件の特定を控えるため、若干の脚色があることをお許しください)

不祥事における責任の取り方については、「落とし所」をきちんと見定めて、一件落着とするのが「大人の対応」であり、また組織のためにもそのようにすべき、との意見もあるかもしれません。それはそれで一つの解決方法かもしれません。しかし、こういったことを繰り返しても、柳田氏がおっしゃるように企業の不祥事体質は何ら変わらないところだと思います。先の商品偽装の調査は、社外の人間ですし、また誰から嫌われようとも、まったく意に介さないほどに強い精神をお持ちの方ですが、プロセスチェックというのは、本来こうした原因究明の手法であり、最終的には経営トップの不作為による過失とか、企業(もしくは事業所)全体の構造的過失、というところに突き当たるのではないかと思います。そうしますと、経営トップの責任問題に発展したり、また複合的な過失競合事例ですと「いったい誰に責任があったのはわからない」といった組織の和をみだすような結果(この結果は、レピュテーションリスクを再発させるということかもしれません)を招くことになります。これは、誰でも目をそむけたくなるような事態に発展する可能性がありますが、そこに至ってはじめて再発防止のための効果的な対応策が検討されることになるのではないでしょうか。

よくコンプライアンスは経営トップの心得次第である、と言われるところでありますが、不祥事が発生したときに、徹底したプロセスチェックを貫くだけの気概をお持ちなのかどうか、そのあたりも「心得」のなかに含めておいたほうがよろしいのではないか、と思います。先日来、「不祥事を公表すること」の是非について検討しておりますが、外に向かって公表することの意味とは別に、社内でも「公表すること」に意味があることは、不祥事体質を変える、という点においては否定できないところだと思います。

1月 28, 2009 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月21日 (水)

景気「急速に悪化」で「どうなる日本のコンプライアンス経営」

政府は1月の月例経済報告で、景気の基調判断を4カ月連続で下方修正したうえで、「急速に悪化している」としたそうであります。「景気はこれまでにない速さで落ち込んでいる」とのこと。応援していた春日電機社もついに上場廃止決定(2月21日廃止予定)とのことで、なんかあんまりいい話がありませんよね。

景気が悪くなりますと、「コンプライアンスどころの話ではない。会社があるから不祥事も起こる。会社がなくなりゃ、不祥事もない」くらいに軽視されてしまうおそれもありますが、そんなご時世でもNBLの新春号(896号、897号)「ケーススタディ 企業不祥事対応(上)(下)」(第一東京弁護士会企画セミナー)の対談集は、コンプライアンス経営をかなり冷静に分析していてオモシロかったです。(パネリストは郷原信郎氏、経団連の阿部泰久氏、インテグレックスの秋山をねさん)前半はクライシスマネジメント、後半はリスクマネジメントに分けた構成は非常にわかりすく、とりわけ社外調査委員会に社外役員(社外監査役、社外取締役)が加入することの是非とか、内部通報制度はどこまで有用たりうるか、不祥事調査の目的をどこにもってくれば効果的なヒアリングが可能となるか・・・など、なかなかコンプライアンス実務に関連した具体的なお話が多く、参考になりました。こういったコンプライアンス経営のお話というのは「ホンネ」の部分が一番おもしろいと感じるわけでありますが、たとえば「食品偽装を過去にやってしまったが、いまとなってはその商品も出回っていないし、安全被害もまったくない。企業が過去の食品偽装を自主公表してしまえば、ひょっとするとレピュテーションリスクによって会社がつぶれてしまうかもしれない。それでも役員であるあなたは不祥事を公表すべきか、また法的にも公表義務はあるのか」といった問題ですね。このシンポでも問題提起されており、私自身も非常に悩むところでありますが、公表する必要はないですし、また公表すべき法的義務もないのでは・・・と考えられる場面もあるでしょうね。ただ、内部通報制度や労働力の流動性の拡大、消費者意識の向上などの事情から、「隠ぺいが発覚する確率」は昔と比較すると格段に上がっていると思いますので、リスク管理の面から考えて、公表しなくてもよい・・・と考えられる場面はかなり限定されるのではないかと考えております。

昨年12月2日、米国ではSECコンプライアンス検査室ディレクターが、上場企業のCEO宛てに公開書簡を送付し「金融不安、市場不安が続く中で、多くの企業がコスト削減策を検討しているが、法令遵守徹底のための適切なコンプライアンス・プログラムの維持、強化は上場企業の法的義務であり、そのリーダーとして重要性を肝に銘じてほしい」と述べたそうであります。また、12月5日にはPCAOB(公開会社会計監視委員会)が、米国監査人に対して注意文書を送付し「経済環境を踏まえ、景気が低下する中で、経営者がどういう行動をとるのか非常にリスクが高い。内部統制監査においてもよく確認すべきである」と強調されたそうであります。日本でも「景気が急速に悪化する」なかでの3月決算を控えて、証券取引等監視委員会とか、会計士協会とか、こういった警告文書を公開する、ということはないのでしょうかね?会計士さんも、監査役さんも、ずいぶんとプレッシャーのかかる季節になってきましたよね。。。

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2008年12月24日 (水)

未曽有の世界同時不況のまん中で「コンプライアンス」を叫ぶ

(タイトルほど内容があるものではございませんが・・・)世界同時不況の真っただ中でありますが、とりあえずは「メリークリスマス」です。毎年12月23日は、家族で遊びに行くのが慣例でありましたが、残念ながら長女も「河合塾冬期講習」を受講する年齢となってしまいまして、今年は妻とふたりで「ひっそり」と過ごしておりました。(サンタさんのためにと、自分で勝手に少しだけ窓を開けて待っていた頃の娘の姿がなつかしい。。。もちろん、私が閉めましたけど。。。)

本日も紳士服のコナカ社によるデリバティブ取引の評価損94億円発生、といった報道がありましたが、どうも来年のキーワードは「デリバティブ評価損」と「SPCなどを活用した簿外債務」になりそうな気がしております。もちろん円高の進行もあるでしょうけど、それよりもCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)やCDO(債務担保証券)などの仕組みが引き金になって、とんでもない金額の評価損の発生がリリースされるケースが出てくるのではないでしょうか。アメリカのエンロン事件の場合には、すでに一年前から破たんすることを知っていた経営者が株を売り抜けていた・・・ということが大きな問題となりましたが、実際にデリバティブ取引による巨額の損失がリリースされたのは破たんのわずか3週間ほど前だった、とのこと。とくにエンロン事件のレポートを読んだから・・・というわけではありませんが、結局のところ「歴史は繰り返す」といいますか、7年ほど経過して、また日本でも同じような「プチ・エンロン事件」が発生するような気がしております。(内部告発などが頻繁に行われるような土壌もできつつありますし・・・)

実際に赤信号になってから公表してしまっては、もはや立ち直ることもできないのでしょうけど、黄信号の状況で公表していれば、金融機関や証券会社等と協議のうえ、対応することが可能だと思いますので、いかに企業自身が早期に評価損を公表できるか・・・という点にかかってくるように思います。いかなる評価損を公表すべきかとういことは開示ルールによるものでしょうし、また直前になってみないと損失がいくらなのか不明だ、ということも考えられますが、すくなくともエンロンのように「公表しない」といった判断を伴う場合には、その後の会社の状況次第では命取りになってしまうのではないでしょうかね。株価や為替相場の変動リスクを管理するためにデリバティブ取引は今後ますます活用されるものと思いますが、そのリスク管理については会社法上の内部統制が、またリスクが顕在化した場合の開示には金商法上の内部統制報告制度が、それぞれ有効に機能することを期待したいと思います。

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2008年11月10日 (月)

CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)の適正なる行動と金融庁処分

先日のシャルレ社MBOにおける第三者委員会報告の内容も相当に生々しいものであり、読みごたえのあるものでしたが、11月7日付けにてSESC(証券取引等監視委員会)よりなされました投資運用法人に対する検査に基づく処分勧告の理由についても、かなり生々しいものでありまして、CCO(チーフ・コンプライアンス・オフィサー)の行動自体が当社の内部統制の大きな不備と評価されることとなる一例を示したものといえそうであります。(SESCの処分内容および理由はこちら)ちなみに、当該投資運用法人に運用委託をしている投資法人本体は、本日(10日)に上場廃止予定とのことであります。(本件に関する投資法人側からのリリースはこちらです

運用受託先の投資法人による第三者割当増資議案について、運用上の助言を当投資運用法人が行うにあたり、社外取締役のひとりが反対していた「投資委員会決議」でありますが、社内規定によりますと、議決権を有する社外取締役の全員一致が決議要件とされていたところ、その社外取締役の反対を押し切って多数決にて決議をしてしまったということで、当該決議時点においては、「全員一致要件」に関する社内規定の存在を誰も知らなかった、という点がまず一番大きなポイントだったことは間違いないと思われます。少なくとも、CCOの方がこういった社内規定の存在を当然の前提として熟知しておられれば、事前の根回しも可能だったでしょうし、根回しが奏功しなかった場合でも、別途対策を練ることが可能だったと思われます。(すくなくとも、その後の「石が転がり落ちる」ような不適切な行動に至ることはなかったものと推測されます)

その後の社外取締役への棄権勧誘、取締役会での不作為、議事録の不実記載、社外取締役への虚偽報告などの問題点は、処分理由を読んでおりまして、にっちもさっちもいかなくなってしまったCCOの様子が手に取るようにわかるものでありまして、実際、CCOの方にも諸事情があったものとは思いますが、とうてい企業の法令遵守体制を構築するために先頭に立たねばならない者としての行動とは理解できないものであります。(この程度の虚偽記載(虚偽の隠ぺい)は、企業運営にとって重要な問題ではない、とCCOにおいては認識されていた、ということもないと思いますし。)またこれを代表者が容認していた、というのもかなりショックであります。正直なところ、もし社外取締役が、こういった棄権勧誘の説得に応じて、社内で「うやむや」なまま、投資法人側が第三者増資決議を行っていたとするならば、内部管理体制の不備を理由に処分勧告を受けることもなかったと思われますし、普通の会社でもあまり笑える話ではない、と思う次第であります。こういった一連の行動は、本年4月下旬の事実でありますが、SESCが5月中旬から検査を開始していた、という点からみましても、不適切な行動が、行政処分を通じて表に出てしまうリスクというものも、改めて考えるべき問題のような気がいたします。今回は、金融商品取引法51条を通じて、金融商品取引業者への行政処分が介在することで表面化したものと思いますが、開示規制に関する金融庁の調査や、証券取引所の調査などが厳しくなるのであれば、一般の上場企業においても、たとえ法令違反が明確に認定されなくても、内部統制に欠陥があると指摘されるケースというものが増えてくるのではないでしょうか。

なお、このCCOの方はすでに辞任をされておられますが、企業人として、また弁護士として、企業法務に精通されておられる方による行動であったことも、私的にはショックであります。(そういえば、先日のシャルレの第三者委員会報告によりますと、シャルレ社の社外取締役の3名の方々は、「もし800円以下の株価に賛同するように求められるのであれば、みんなで辞任しよう、と話し合った」とありました。その「心意気」は社外役員にも、またコンプライアンス責任者にも必要な気概だと私は確信しています。)社内規定の存在に熟知されていなかった、ということよりも、むしろ進退を賭けてでも、コンプライアンスの責任者たる地位を全うしていただきたかった、といった点にこそ、残念な気持ちを抱いてしまいます。「所詮、CCOなどといっても、金融商品取引業者においてもこの程度のもの」といった諦念を抱かれないように、私自身にも本件と同様、ふりかかるリスクのひとつとして肝に銘じておきたいと思いました。

11月 10, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年9月24日 (水)

アーバンコーポレーションのコンプライアンスにみる内部統制の脆弱性

本業のほうがどうも忙しくなってまいりまして、祝日も終日事務所で書面を作成しておりましたが、ブログはできるかぎり更新いたしますので、引き続きよろしくお願いいたします。(すいません、コメントはまともにお返しできない状況が続いております)さて、ひさしぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでありますが、今回は金融商品取引法違反による損害賠償請求訴訟の噂が出ておりますアーバンコーポレーション社の件をとりあげておきたいと思います。なお、9月20日の日経新聞でも「不適切な開示への誘惑」なる記事(大機小機)が出ておりましたが、訴訟提起の噂もありますので、不適切開示が果たして違法行為となるのかどうか、といった問題については立場上、意見を差し控えさせていただきます。

パリバとのスワップ契約部分を開示しなかったことの適法性は別として、すでに東証は、アーバン社による開示が不適切であったとしておりますし、「あの資金調達さえなければ、倒産という最悪の事態は避けられたかもしれない」(9月12日日経朝刊記事による、アーバン関係者の証言)ほどの事件だったわけですから、本件はアーバン社にとりましては企業情報開示に関わるコンプライアンス問題であることには間違いありません。そこで、すこし気になりましたのは、会社法務A2Zの3月号におきまして、「アーバンコーポレーションにみる『内部通報システム』と『コンプライアンス教育』」と題する特集記事(内部統制最前線)が組まれておりまして、そこでは「21世紀を代表する不動産価値創造企業をめざす」という経営ビジョンをもとに、アーバン社がすぐれたコンプライアンス教育に注力をしてきたことが内部統制室長インタビューのもと、広報されている内容であります。リスク情報の公表や反社会的勢力からの物品購入など、企業の信用維持のために必要なリスク管理についてもコンプライアンス研修の対象になっているようです。コンプライアンス研修などは、短期間で効果があらわれるようなものではありませんが、2006年秋ころから内部統制プロジェクトも開始されているようですので、おそらく1年以上は内部統制構築の一環としてなされてきたのではないかと推測されます。

私がいつもお世話になっているコンサルティング会社も関与しておりますし、その教育過程自体には多くの企業で採用されている実績の高いものではありますが、こういったコンプライアンス研修をどれだけやってみても、今回のような不祥事(と思いますが)は、発生してしまうわけでして、コンプライアンス経営において昨今よく指摘されるところの「現場コンプライアンスと組織のコンプライアンスとの分断」があったと言わざるを得ない事態に起因するものと言えそうです。コンプライアンス研修等を積極的に取り組む姿勢は、経営トップの「コンプライアンス重視」の意思を全社員に発信する意味もあるとは思いますが、やはり不祥事体質からの脱却という全社的な取組の一環として行われなければ、どこの企業でも今回のような事態が発生してしまうでありましょうし、コンプライアンス経営のもろさを露呈することになってしまうはずであります。メリルリンチも今後資産状況がまだどうなるのかはわかりませんが、少なくとも日経新聞の後追い記事「アーバンコーポレーション破たんの実相(上-パリバとの密約障害に)」が真実だとするならば、あのスワップ契約の不開示以外に倒産の危機を脱する別の選択肢があったのではないでしょうか。

これだけ内部統制システムを充実させていたとしても、切羽詰まった状況における経営トップの行動に誰もストップをかけることができず、多くの一般投資家に迷惑をかけてしまった現実には、正直、内部統制の無力感を抱かざるをえません。私自身も非常にショックを受けているところでありますが、こういった事件を今後防止するためには、市場の萎縮的効果を承知のうえで、あえてバスケット条項を用いてでも事後制裁の厳格化をはかる方向で考えるのか、あるいは速効性は期待できませんが、地道に経営トップの関与する不正を予防できる仕組み作りを作っていく方向で考えるのか、考えるべき時期に来ているのかもしれません。それぞれの選択肢によって、コンプライアンス・プログラムの内容は180度変わってくるはずであります。(しかし、本当にコンプライアンス経営はむずかしい・・・ですね・・・)

9月 24, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年8月27日 (水)

ANAの景品表示法違反と企業リスクマネジメント

(27日午後追記あります)

ANAの広告と景表法違反問題に関する昨日のエントリーにはたくさんのアクセスありがとうございました。また、ちゅうさんやある非ユーザーさんから有益なコメントをいただきました。また、消費者問題に詳しい川村先生も、ご自身のブログにおきまして、「これはやっぱり排除命令が出てもしかたない」とのご意見を述べておられます。どうも私の意見は分が悪いようです。

それでは、皆様がたのご意見にひとまず従うとしまして、では企業側からすれば、こういった排除命令の現実を見据えて、どういったリスクマネジメントをとればいいのでしょうか。もちろん排除命令が出てしまった以上は、命令内容を履行しなければ法令違反になってしまうわけですが、私がここで検討したいのは、

このポスターをそのまま使いつつ、排除命令が出ないような工夫はあるのか?

ということであります。ひとつは、このポスターが新型シートを全面に出したものであるがゆえに、全日空国内線のプレミアムクラスすべてに、同様シートを設置したうえでなければ排除命令の対象となるのか、それとも、「4月1日スタート」「順次導入」とあることから、すくなくとも4月時点において国内線のうち1機だけでも同様シートに変更していれば「順次導入」として排除命令の対象からはずれるのか?というものであります。これは「優良誤認」の基礎となる前提事実をどう考えるのか、という問題ですよね。当然に企業側のリーガルリスクの回避としては1機だけでも同様シートに変更することで、この広告をそのまま使えることが好ましいわけでして、このあたりはぜひとも皆様のご意見を伺いたいところであります。

そしてもうひとつは、コメント欄にも少し書きましたが、(法令違反という現実は受容せざるをえないとしても)プレミアムクラスを購入しようとするお客様に対して、「お客様が搭乗される国内線のプレミアムクラスにつきましては、この新型シートではございませんがよろしいでしょうか」といった説明を行うことで苦情件数を減らす努力をすれば、そもそも公正取引委員会が動くことはなかったのではないか、ということであります。報道では20件ほどの苦情があった、とのことですが、この苦情が実際に利用された方によるものなのか、問い合わせだけに来られた方によるものなのかは不明です。ただ、実際に利用された方の「消費者被害」が現実にあったがゆえに、公取委が調査に乗り出したとすれば、不当表示以外の企業活動によってリーガルリスクを低減することは可能なはずであります。このあたりはどうなんでしょうか?

景表法違反は、最近、競争規制というよりも「表示適正化」に重心を置いている、とちゅうさんがコメントでお書きになっておられますが、たしかにこういった排除命令が出るような事態となりますと、どうしても広告そのものの修正のほうに目が行くのが当然だと思われます。しかしながら、せっかく「お客様に夢を与える」ことを真剣に考えて広告を作っている以上は、いまの広告をそのまま残しつつも、どうしたら景表法違反のリスクを低減することができるのかを考えることも、大切なことではないでしょうか。このような発想で考えることにより、「お客様をだます広告」とそうでない広告を区別することにつながり、またそういった議論を踏まえることで(景表法による)広告の自由に対する萎縮的効果もできるだけ少なくする道も見えてくるように思います。

(27日午後;追記)すいません、勝手なことを気ままに書いていたのですが、とんでもなくアクセス数が多いので、ひとことだけ「おことわり」を追記いたします。私はとくに「法令違反行為」を推奨するつもりで書いたのではなく、企業に及ぶ現実のリスクを回避するための方策について思案しているものにすぎません。CSR経営の視点からすれば、そもそも情報を正確に伝えていない広告はただちに修正すべき、ということになろうかと思いますが、情報を正確に伝えていない「らしい」広告であれば、これを正確に伝える方策は、広告の修正以外にもあるのでは?といった発想も必要ではないか、ということを言いたかったものであります。

8月 27, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年8月26日 (火)

ANAの景品表示法違反(これでもアカンの!?)

ひさりぶりの「コンプライアンス経営はむずかしい」シリーズでありますが、全日空の「プレミアムクラス」の広告(テレビでも三国連太郎さん、佐藤浩市さんのCMが記憶に新しいところです)が景品表示法4条1項1号(優良誤認)違反として、公正取引委員会より排除命令を受けたそうであります。(朝日ニュース  読売ニュースなど多数。またANAの開示情報はこちら です)

公取委のリリースに、問題となった広告が添付資料として掲載されておりますが、この広告が「一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、または事実に相違して当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく優良であると示すこと」になってしまうのでしょうか?プレミアムクラスの商品の特色が①幅広シート、②高級料亭による食事、③特別ラウンジの使用の三本立てであることは広告から読み取れますし、「4月1日スタート」なる文字よりも少し小さな文字ではありますが、「シートは順次導入」と明確に記載されていますから、プレミアムクラスに搭乗したいと思っていた方は、おそらく「いつから?」なる情報とともに、この「順次導入」にも注意が向くと思われます。広告に大きく「4月1日スタート」とあれば(不当表示かどうかは、一般消費者からみた印象をもとに判定することになりますので)写真のイメージと文字から「誤認のおそれ」もありそうですが、文字の配列などからみて、この広告はおそらくANAの社内におきましても、景表法違反にならないようにリーガルリスクに注意をしながら作成したものではないでしょうか。

それでは、かりに同じデザインの広告で、JALより先にANAがファーストクラスを導入していたらどうだったんでしょうか?今回と同様、お客様から苦情が出ていたとしても、景表法上の不当表示には該当しなかったのでは?といった疑問が浮かびます。実際にはJALがこのANAの広告の2か月ほど前に「幅広シート」を目玉商品として国内線にファーストクラスを導入しているわけです。つまり競争相手が幅広シートを目玉商品としてファーストクラスを打ち出したわけでありますが、一般の消費者には、先行するJALのサービス商品のイメージが刷り込まれているわけですから、ANAとしては「シートが目玉商品です」とは一言も口に出さなくても、おそらくこの広告を見た一般消費者は、「シートは三本立てサービスのうちのひとつ」ではなくて、「このシートがANAのプレミアムクラスの目玉商品」といったイメージを持ってしまうのでしょうね。つまり比較するものが存在しない状態であれば、この広告でセーフなのかもしれませんが、すでに比較の対象となる先行商品が現存する状態であれば、同じ広告でも、消費者の積極的な誤解を排除するだけの表示がなければ「不当表示」になってしまうということが考えられます。

上記はまったくの私見に基づく推論ではありますが、もし同じ広告でも、他社の営業戦略との時間的な後先によって法令違反が生じてしまうということになりますと、景表法違反のリスクはけっこうコワいですよね。ANAの開示情報によると、排除命令を受け入れる予定のようでありますが、競争法としての景表法違反となるのかどうか、争っていただけるとかなり関心が高まるのではないかと思いました。とりわけ景品表示法違反の事件は、公正取引委員会から消費者庁へ移管することになっておりますし、今後の運用次第では、いくらでも企業経営に萎縮的効果を及ぼす可能性のあるところであります。まさに行政処分を争うことによって、広告活動の自由と規制の「狭間」を探る必要性の高い分野だと思っておりますが、いかがでしょうか。

8月 26, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年6月 2日 (月)

経営者はどこまで自社不祥事を把握できるか?

先週のエントリー「船場吉兆の廃業報道について思うこと」へのコメントにおきまして、DMORIさんが不祥事対策の要諦として「マイナス情報は一発で出し切ること」を挙げておられまして、これに対してTETUさんが、これはかなり困難ではないか?との疑問を呈しておられます。船場吉兆の福岡店で消費期限切れのプリン販売が発覚した時点、もしくは牛肉産地偽装が発覚した時点において、今回の「使い回し」事件も同時に公表していれば、船場吉兆社が廃業にまで至らずに済んだのではないか・・・といった問題が残っているわけでして、DMORIさんの提案にも一理あると思います。(ただ、「マイナス情報を一発で出し切る」というのは、経営者が把握していたマイナス情報はすべて出す、という意味と、マイナス情報が発覚したときには、危機管理として(自浄作用として)会社が調査した内容はすべて公表する、という意味がありそうでして、ここでは後者の意味で捉えることといたします。)今年3月末をもって、私は2年半ほど務めておりました某上場企業のコンプライアンス委員を辞任いたしましたが、その委員の経験からみて、社内(もしくはグループ企業内)のマイナス情報をどこまで経営者が把握できるか、ということはクライシスマネジメント上の大きな難問ではないかと思っております。マイナス情報を的確に経営者が把握できていなければ、結局のところ「一発で出し切る」ことは不可能なわけでして、「俺は聞いてない!」タイプの不祥事はけっこう多いというのが実感です。

それでは、(主として組織ぐるみではない、いわゆる従業員不祥事の事例について)一発で出し切る努力をしても仕方がないかと申しますと、有事になってからでは困難かもしれませんが、平時における有効策は存在する、と私は考えております。企業においては不祥事につながるような「ヒヤリ・ハット」事例が山ほどあるわけでして、このヒヤリ・ハット事例報告集などをきちんと分析することは、どこの企業でも真摯に実行することが可能であります。(要は社長さんが率先して、リスク管理の重要性を広報しているかどうかであります)ただ、このようなヒヤリ・ハット事例報告制度を開始してみて、「コンプライアンス経営はむずかしい」と感じた点は以下のとおりです。

1 企業に重大な影響を与える不祥事の芽となる「ヒヤリ・ハット」がそもそもわからない

企業不祥事の発生防止のために「ヒヤリ・ハット」報告が役立つことは、よくコンプライアンス教習本に書かれていますが、私の実経験からみて、何が自社にとってヒヤリ事例、ハット事例なのかがわからないケースが多いと思いますし、人によって意見が異なるケースも出てきます。小さな支店の細かいミスであったとしても、それを放置して見過ごすことが、後で大きな不正会計事件につながるケースもあるわけでして、何がヒヤリ・ハット事例となるのかは、企業内における独特な嗅覚をもった特定人の才能(また、社内できちんと指摘できるだけの度胸)に依存せざるをえないのが現実のように思っております。

2 ヒヤリ・ハットが把握できても、それを現場が報告書に記載しない(自己申告の困難性)

大阪には「患者に人気のある病院」として著名な医真会八尾総合病院という総合病院がありまして、私も何度かここの「医療事故調査会」にお世話になりました。現在は医真会オーディット」なる病院から独立した監査委員会(のようなもの)がありまして、ここが医療職員らが作成するヒヤリ・ハット報告書を分析し、医療ミス再発を防止するための提言を行っております。もうすでに10年ほど前のことだと記憶しておりますが、自ら年間のヒヤリ・ハット事例を公表(年間800件以上の「医療事故につながりかねないミスが発生したこと」について、その具体的なミス内容を公表)することを開始し、医療現場の職員のミス防止策の提言から、職場の医療執務環境の改善策の提案まで行っているそうです。もちろん、現場の職員の方が自己申告することが大前提でありますので、情報の伝達が滞らないように様々な工夫がなされております。このような取り組みは、最近やっと一般の企業においても、リスクマネジメント委員会やコンプライアンス委員会などの独立第三者機構を中心として、社内における不祥事リスクを把握したり、改善するために活用され始めているようです。

もちろん、こういった取り組みによって有事の際に100%の企業不祥事を把握できることはまずありえないでしょうが、発覚事例と同種の不祥事を速やかに調査したり、社内における事実確認を速やかに行うことを可能としますし、「一発で出し切る」努力をしていることは外部第三者にも理解してもらえますので、企業内に「不祥事体質」が存在しないことを説明するためにも有益ではないかと考えております。

6月 2, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年5月12日 (月)

不正のトライアングルからみた粉飾決算リスク

5月11日の「情熱大陸」では今年のベストマザー賞を受賞された勝間和代さんの日常生活が取材されておりました。番組最後の質問・・・「勝間さんにとって『お金』とは?」

「ひとに感謝の気持ちを表現する道具ですね」 (さすがやなぁ。。。)

さて、その勝間さんが日経ITプラスにて「IT関連企業はなぜ会計偽装が多いのか」と言うテーマで、ニイウスコー社の架空取引を例に検証されておりますが、そのなかで「不正のトライアングル」について紹介されていらっしゃいます。「不正のトライアングル」といいますのは、CFE(公認不正検査士)の資格を有しておられる方はご承知のとおり、人はどのような条件が整うと会計不正をはたらくか・・・、という問いに対する回答として、一般に①動機、プレッシャー②不正の機会③不正の正当化要因の存在、が挙げられ、これら3つの条件がすべて整うと、不正リスクが非常に高まることを説明する概念であります。勝間さんが分析されているとおり、IBMと野村総研の下で生まれた「名門IT企業」であるニイウスコー社ですら、この不正のトライアングルの条件がすべてそろっていたことが理解できそうであります。(しかし短期間に多額の増資を行っているので、ニイウスコー社の場合、かなり悪質な気もしますし、条件たる「正当化要因」が認められるかどうかはちょっと微妙です)

ただ、この「不正のトライアングル」によって会計不正を説明する場合、「IT企業だから・・・」といった静的な分析だけでは若干不足しているように思います。IT企業でもしっかりしているところは多いですし、内部統制について配慮する若手経営者の方もいらっしゃいます。ぎゃくに製造業社でありましても、コンプライアンスについて全く配慮されない経営トップの方もいらっしゃいます。ということで、私はもうすこし「不正のトライアングル」については動的な視点についても重視すべきであると考えております。IT企業であれ、老舗メーカーであれ、上場審査を経ているわけですから、あの証券取引所で鐘の音を聞いて感動を覚えた時期があったはずであります。どんな経営者であれ、上場を果たしたときには、その栄誉をかみしめ、当社では絶対に粉飾決算などありえない・・・と心から確信していたに違いないでしょう。

たとえば法定監査で初めて監査法人さんに(地裁レベルではありますが)賠償責任が認められたナナボシの事件でありますが、粉飾を始めた当初は、上場前の厳しい監査法人さんのチェックが担当者の頭にこびりついておりましたので、用意周到に緻密な準備を怠らなかったのであります。ところが予想に反してあまりにもユルユルの監査だったために安心しきってしまい、2年目には約2倍、3年目には約3倍もの架空売上、架空利益を工作し、エスカレートしていくのであります。また、単独工作をもくろむも、粉飾が第三者に発覚してしまい、取引先に粉飾の協力者を得て、そこで集中的に繰り返されるという事態となるわけでありまして、「不正を行う機会の存在」というものも、監査法人の対応の変遷や手数料稼ぎに誘惑されたり、取引打ち切りをおそれてやむをえず粉飾に手を貸す外部協力者の誕生など、外部環境の変遷に起因するところのほうが影響度が大きいのではないかと考えております。また、「動機」につきましても、IT関連企業に限らず、上場後は株式時価総額の上昇へのプレッシャーについては同じだと思いますし、経営環境の変化に由来する「動機、プレッシャー」のほうが大きいのではないかと推測いたします。

勝間さんが指摘されているように、今後は内部統制報告制度の施行等により、こういった不正のトライアングルの示す条件が整いにくい経営環境となり、粉飾リスクが低減されるような状況になればいいのでありますが、企業は生き物であり、上記のような動的な変化によってどんな企業でも会計不正が生まれる要因を持っている以上は、少数株主権の確保、内部通報制度(ホットライン)の充実、社外取締役の増強、業務監査の強化などなど、コーポレートガバナンスの基本的な制度の充実によって、不正のトライアングルの条件が整った場合でも会計不正が生まれにくい体質を強化する必要があろうかと考える次第であります。

5月 12, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年4月11日 (金)

講談社、社外調査委員会報告書にみる「コンプライアンスの脆さ」

奈良母子殺害事件の少年鑑定に従事された精神鑑定医師の秘密漏示罪(刑法134条1項)被告事件の第一回公判が4月14日に開廷されますが、これに先立ち、講談社HPより「『僕はパパを殺すことに決めた』調査委員会報告書および、この報告書に対する講談社のコメントが公表されております。調査報告書は46ページにわたるものであり、また1ページの文字数が非常に多いために、相当の大作でありますが、その内容はじっくり読むに値するだけの興味深さであります。この週末、企業コンプライアンスに関心をお持ちの方には、ご一読をお勧めいたします。また、この調査報告書も、総務、法務部等におかれましては、「自社が講談社の総務、法務部であれば、この出版を止めることができたか、たとえ止めることができなかったとしても、起こりうる重大な事業リスクへの対処ができたかどうか」を検討してみてはいかがでしょうか。お読みになればおわかりのとおり、この調査報告書はいろいろな論点を含んでおります。表現の自由とプライバシー権の関係(刑事と民事)、秘密漏示罪の構成要件該当性、取材活動と少年法の関係、医師の守秘義務とは?、出版社の取材源秘匿と公権力の介入などなど、数えだしたらきりがございませんが、当ブログの性格から挙げるとすれば、講談社という企業のリスク管理が最も大きな論点であります。なお、この調査報告書は調査委員の意見もふんだんに盛り込まれておりますので、こういった論点を議論する礎にもなろうかと思われます。(しかし著者がこの報告書をお読みになったら、かなりムッとされるのではないかと・・・)

年間の発刊数が300冊以上を越える講談社の学芸局でありますが、局長(責任者)はこの「僕はパパを・・・」(以下、本書といいます)については、出版にあたってはかなり大きなリスクがあることを認識されていたようであります。他の出版物とは異なったリスク評価を行ったわけで、これをそのまま出版すべきかどうか「いちおう」法務部に相談するように指示を出しておられます。しかし法務部に相談があったのは、すでに発刊予定の1週間前であり、法務部としても顧問弁護士とともに検討を行ったのでありますが、その検討内容は「この本を世に出していいかどうか」ではなく、「世に出した後、どのようなリスクが当社に発生するか」という点からスタートした、とのこと。

さて、これを読まれて、「法務部はなんとだらしないのだろう。こんなのじゃ、法務部への問い合わせなんて、単なる責任逃れのための理由付けにすぎないじゃん」と評価するのは簡単かもしれませんが、では、実際会社の存亡をかけるような営業活動において、社内のほとんどの人たちがゴーサインを待っているような状況のなかで、「ゴーサインは出せません」とノーを突きつけられる法務部員はどれほどおられるでしょうか?講談社の局長さんの「とりあえず」「いちおう」法務部の意見を聞いておいてくれ、なる対応は、社内における法務部の位置付けがなんとなく透けて見えるような気がいたします。また、「社内の異議」なる小見出し(23頁以下)のもとで、社内で公然と本書発刊に異議を唱えたのは、「動物的カン」をもった週刊誌編集長だけであった、とされておりますが、最終的にはこの異議も無視されて出版に至ったものであります。以前、関西テレビあるある大事典捏造事件の調査報告書においても問題にされておりましたが、番組下請会社で捏造が発生していなかった時期があり、それはある特定のプロデューサーが存在していた時期だった、とのことでありました。こういった事件の真相からすれば、社内でコンプライアンス経営が根付くことは本当にむずかしく、真相は特定個人の類まれな「コンプライアンス才能」に依拠しているにすぎないのかもしれません。

とくに、この調査報告書に3回登場される、週刊誌担当の編集長の位置付けは非常に特徴的であります。けっして「コンプライアンスおたく」のような頭の固い人ではなく、「読者におもしろい、好奇心をそそるような話題にはどんどんつっこめ!だけど「ここから先はやばい」というバランス感覚は身に着けろ」といった、「動物的カン」をお持ちの方のようであります。講談社においては、こういったバランス感覚豊かな方がいたにもかかわらず、発刊に至ったわけでありますが、こういった感覚をやはり経営トップにお持ちいただくのがもっとも幸福な企業の姿なのかもしれません。(弁護士という立場からは、この報告書の内容につきまして、たくさん書きたいこともございますが、とりあえずブログの性質上、上記の点のみに限らせていただきました。また公正を期するために、調査書に対する講談社側の意見書も読まれたほうがよろしいかと思います。)

4月 11, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (12) | トラックバック (1)

2008年1月 7日 (月)

法令遵守体制を担保するものとは?

新年のご挨拶のコメントのなかで、tetuさんより「コンプライアンス」の訳語統一に関するご要望がありました(tetuさん、今年もよろしくお願いいたします)tetuさん曰く、

・・(略)それと、お願いですが、コンプライアンスの訳語統一を図っていただきたいとずっと思っています。最近というか一部にコンプライアンスの定義をどんどん広げる考えが強まっています。理念的には同意できるところもあるのですが、理想論と現実のギャップ、それにコンプラの体制づくりの基礎となる“背骨”を考える上で混乱のもとのようにも感じています。

うーーん、これはたいへん「耳の痛い」ご要望です。たしかに「コンプライアンス」なる用語は、狭義においては「法令遵守(順守)」とされ、広義においては「CSR経営まで含めて、社会の要請に適合するような企業活動」とまで言われておりますし、私自身も、そのときどきに応じて狭義を指したり、もっと広い意味に使ったりしておりますね。たしか著名な商法学者の先生も、「使っている人たちによって定義が異なるので、まともな法律の議論ができないのではないか」と、ずいぶんと前からtetuさんと同様の意見をシンポジウムや講演で述べていらっしゃいますので、「コンプライアンス」なる言葉は、実際のところ「企業不祥事」を連想させる用語として、かなり情緒的に使われているところがあるようにも思います。(ちなみに、私のブログでも記事のタイトルに「コンプライアンス・・・」と付しますとアクセスが高くなる傾向が昔からあります。私の場合は、最近の傾向にしたがって、企業の社会的信用や評価を毀損するリスクを洗い出し、これを管理するための全社的対応という意味に使うケースが多いと思います。)

いずれにしましても、コンプライアンスを議論するのは「いかにして企業不祥事をなくすのか(少なくするのか)」といったところに目的があるわけですから、tetuさんのご指摘のとおり「理想論と現実のギャップ」を埋めるような、もっと具体的なレベルでの議論が必要であることは間違いないと思われます。法律を守っていれば企業の社会的評価が下がることはないのか、と言われれば、それは「法律さえ守っていれば何をしてもいい」といった企業行動が世間的な非難を浴びるケースをみても答えは一目瞭然であると思います。ですので、「シロかクロか」(合法か違法か)を専門家の立場から意見を述べるのは法律家の仕事かもしれませんが、「シロに近いグレーとかクロに近いグレー」の場合に、企業(もしくは企業グループ)は、どういった対応をとることが、もっとも企業価値を高めるかという点がコンプライアンス体制の要諦であり、これは法律専門家でけでなく、全社的なレベルでの意見の集約が必要だと思います。

一例にすぎませんが、議論の出発点になるのではないか、と思いますのが「取締役の法令遵守体制(態勢)は何によって担保されているのか?」といった問いに対する回答ではないでしょうか。企業によって体制の中身が異なることは当然でありますが、法令を遵守すべき体制を構築しなければならない、というのはどんなインセンティブによって取締役を動かすのでしょうか。もちろん究極的には取締役一人ひとりの「人格」や「道義的倫理観」によるものだとは思うのですが、株主からみて、そのような役員の内面的なところまで理解できるはずもなく、「形」を示していただかないと評価することは困難なわけです。わかりやすいところで言えば、会社法上の善管注意義務や忠実義務、利益供与禁止規定、その他法律による行為規範などの法律上の義務履行規定の存在でありますが、最近では改正消費生活用製品安全法(消安法)に代表されるような「報告制度」や「公表制度」、証券取引所ルールにあるような「開示の適正」、消費者や従業員による「内部告発」などなど、「法令を遵守しているかどうかはわからないけれども、企業として誠実な対応をとること自体が求められる」時代になりつつあるわけでして、こういった制度や世の中の動き自体も、やはり取締役を不祥事防止のために最善のリスク管理を図ることへ注意を向けさせる動機付けとなり、法令遵守体制を担保するものになってきたのではないかと思われます。したがいまして、行政庁への報告はどういった場合にすべきか、といったルールの策定、開示統制システムの策定、内部告発防止のための内部通報制度の実効性確保など、それぞれ内部統制システムを具体的に構築することが法令遵守体制の構築として意味を持つことになろうかと思われます。(あくまでも一例にすぎませんが)

そういえば、1月3日の日経朝刊トップ記事でイオンや森永乳業などが中心となって「食の安全のため」にバーコードで期限識別をはかるシステムを開発中である、とありましたし、また昨年12月9日の日経朝刊7面ではニチアス、東洋ゴム、栗本鉄工所など建材偽装3社のトップ辞任の原因がCSR調達による取引先からのクレームであることが報道されておりました。(しかも、建材偽装の場合、いずれも、主力製品ではなく、わずか売上割合でも数%しかないような製品に関する不祥事によって、主力製品の取引先から調達を拒絶されるおそれがある、とのことで、これは厳しい社会になったものだと思います。社内の常識と社外の常識とが食い違っている一例だと思います)こういった不祥事を防止するための「法令遵守体制」を担保するものとして、もはや取引先のCSR経営まで含まれることになってきているのが現状だと思います。なお、「コンプライアンス経営に関する理想と現実のギャップ」としましては、一昨年話題となりました電気製品安全法上のPSEマーク取得の問題とか、昨年の建築基準法改正に伴う建築確認の遅れへの企業の対応などをみておりまして、実際のところでは、ほとんど「法令遵守」への意識というものがないのではないか(どちらも法律が変わることのリスクが認識されなかったためか、「駆け込み申請」というものがほとんどなく、本当にヤバイ状況になってから社会的な騒動となったはずです)という問題もあろうかと思いますが、これはまた別の機会に検討してみたいと考えております。

1月 7, 2008 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (6) | トラックバック (0)

2007年12月24日 (月)

労働者派遣業のコンプライアンスはむずかしい

通りすがりさんからご質問を受けたグッドウイルグループ子会社の行政処分問題でありますが、個別企業(もしくは役員個人)の法的責任に関するご質問につきましては、また別の機会に検討させていただくとしまして、すこしばかり「労働派遣事業における法令遵守体制」に関する感想を述べさせていただきます。

大手労働派遣業社としましては、フルキャスト社に続き、グッドウィル社が年明けにも事業停止命令を受けることとなりそうであります(ニュースはこちら)。本日(23日)のグッドウィル・グループ社の適時開示情報によりますと、行政手続法に基づく弁明において、GW社は行政の指摘内容については認める方向のようでありまして、(ただし違法性の認識については概ね否定されているようです)今後の社内体制の強化策についてもリリースされております。そもそも派遣労働者の安全を十分に確保できるだけの体制が整っていない以上は、親会社の取締役に関する法的責任の有無にかかわらず、派遣事業者(派遣元企業)が行政処分を受けることは当然のことでありまして、そこに労働関連法に対する「違法状態」が認められる以上は当分の間、事業停止の措置を受けることにつきましてもやむをえないものと思われます。

ただ、労働派遣における「法令遵守体制」の構築は、たいへん困難な作業を伴うものであり、果たして一企業の内部統制システムの構築によってどこまで防止できるのかは未知数ではないか と感じております。たとえば、ヘルパーさんを派遣する、いわゆる介護事業につきましては、ヘルパーさんが(要介護者やその親族のために)好意でお世話しているとしましても、介護士の職務内容として行政に届けている職務内規に反している行動であれば、その所属している介護事業者が処分対象になってしまうおそれがあります。そうしますと、手の届くところで要介護者が困っていることでも、「留守番は『モノがなくなった』といったトラブルに巻き込まれるのでダメ」など、いろんな制約が出てきて、行政に正直に報告をすればするほど処分の対象になってしまうような事業性を本質的にもっています。同様に、地域や親族とヘルパーさんとの交流のための懇親会などにもヘルパーの方々が参加することは控えることとなりますし、利用者側からしますと「あのヘルパーさんは冷たい」「あそこの事業所は何もしてくれない」といった評価になってしまいます。もちろん、親族への説明責任を尽くすことで理解が得られるケースもあるかとは思いますが、介護事業者からすれば「法令遵守体制」を強化することで、利用者側からは「冷たい業者」と言われ、利用者からは「もっと心のこもった介護をしてくれる事業者を探そう」といったことにもなりかねません。

ましてや、今回問題となっております「港湾作業」ともなりますと、なおさら法令遵守体制の構築には困難が伴います。たとえば、「港湾倉庫」(埠頭から幅500メートル以内に存在する到着荷物の保管倉庫)内におきまして、輸入業者が検品作業をするために派遣労働者を使いたいと思いましても、荷物の「はい替え」(ダンボール箱を下ろしたり、また積みなおす作業)は「港湾作業」に該当するために、別途「港湾作業員」を雇用する必要があるようで、十分な検品作業にも支障が生じる可能性があります。「検品だけのために荷物を上げ下げするだけでも、正社員や派遣労働者に頼むことはできないのか」とも思えますが、こればっかりは法律で定められているので、「法令遵守体制」を構築するためには、派遣先に重々説明をする必要があります。もちろん、派遣先にはそういった費用を負担してもらうことにもなりますが、派遣先としましては、そのような費用負担を要求されるのであれば、経営問題にかかわりますので、もうすこし融通のきく派遣元を探すことになるかもしれません。

こういったことを考えますと、労働派遣業者に法令遵守体制の確保を求めてみましても、その一事業者だけでやれることには限界があるように思えますし、業績向上のための活動と、法令遵守体制の確保との調和点を求めることは非常にむずかしいところだ、というのが個人的な感想であります。(ただし、誤解のないよう申し添えますと、だからといって派遣事業者の法令遵守体制の構築は放置していてよい、といったことを申し上げているわけではありません。「法令遵守体制」というのは、言葉で語るには容易でありますが、リスク管理という面からとらえますと、そのPDCAはかなりムズカシイ問題を含んでいることに留意すべき・・・というのが主題であります。)結局、業界団体において自主ルールを制定して、説明責任を尽くすためのルールの策定や、派遣先のコンプライアンス向上策の共有、ルール違反業者への厳格な罰則適用等、ひとつの企業の社内管理体制の枠を超えて、業界全体としての取り組みが必要ではないかと考えております。

12月 24, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月30日 (金)

来年のトレンドは「ほっとこう大作戦」

(minoriさんより、「掲示されているイラストは他人の権利侵害に該当しないのでしょうか?」とのご指摘を受けました。そうですね、イラストであっても、あるキャラクターを連想させるものであることは明らかですので、明確な権利者の許諾を確認しなければ使用はできません。たいへん失礼しました。また、ご指摘いただいたminoriさん、どうもありがとうございました。ときどき、たいへん初歩的なミスを犯してしまいまして、赤面することがあります。これからもご不審な点がございましたら、どうかご指摘くださいませ。とりいそぎ、削除させていただきました。)今年は不二家事件、ミートホープ事件に始まり、赤福、船場吉兆など、いわゆる「食品表示偽装事件」がコンプライアンス関連記事における一番の話題となりました。また、食品だけにかぎらず、たとえば11月29日日経朝刊記事「外国人への(軍事転用可能な)重要技術提供については記録、報告義務」、同28日日経夕刊ほか「食品原材料の業者間取引においても表示義務設置(政府が骨子案)」、同28日読売ほか「ファミレス、コンビニにも省エネルギー規制の対象に。エネルギーの使用量報告、省エネ計画策定義務の明記」などなど、いわゆる一般企業に報告義務、届出義務、公表義務を課す規制が著しく増えているのが今年の傾向だと思われます。そしてこの傾向は、来年に向けて益々効果的な手法として、行政によって多用されていくのではないでしょうか。

1 行政による新たな規制手法「ほっとこう大作戦」

このブログで扱うコンプライアンス関連のテーマとしましては、来年のトレンドとして、この行政による報告・届出・公表義務の設定、つまり「ほっとこう大作戦」が大きな目玉になるであろうと(少なくとも私は)予想しております。行政による規制のあり方としましては、従来、細々(こまごま)とした事前の法規制の網をかけ、また法が足りない部分では行政指導をくりかえすことによって、一般消費者の生命身体財産を守るといった手法が多用されたのでありますが、最近はとりあえず企業の自律的行動へ期待しつつ、なにかあるまでは放置(ほっておいて)して、その間、報告、届出、公表をもって適正な行動を担保する方針に転換しつつあるようです。そして事後規制として、問題が発生した場面においては、これまでの報告、届出、公表内容を吟味したうえで、企業活動による違法状態を速やかに除去し、もし企業側に隠匿(非公表、無届け)や虚偽(虚偽報告)が認められる場合には厳罰を課す、といった対応をとることが予想されます。ここまでは、当然のこととしまして、問題は今年後半の食品表示偽装問題で明らかになりましたように、行政による調査を受けることがマスコミによる不祥事報道の嵐に拍車をかける要因となり、もはや現経営陣では立ち直ることができないような事態にまで至ることであります。(本日のマクドナルド社の追加報道をみましても、社内で把握している事実以外の事実が次々と発覚してしまうわけでありまして、経営者自身も「隠匿では」といった疑惑を向けられる結果となってしまいます)なにをすれば「法令遵守」といえるのか、基本的に規制当局は教えてくれないわけでして、自分で遵法経営の道を選択しなければならない・・・、まさに内部統制の整備の必要性が高まるわけであります。あるときは過小な対応をとることで更に非難を浴びることとなり、またあるときは過剰な反応をしてしまって、無駄に経営資源を費消してしまうリスクもあるわけです。これからの時代、行政とマスコミとのコラボによって、企業の社会的評価はあっけなく毀損されていくことが予想されます。

また、「ほっとこう大作戦」とは少し趣向が異なりますが、「刑罰なき規制」というものも行政手法としては効果的かもしれません。これはたとえばパソコンによる私的なダウンロードも、「とりあえず著作権侵害幇助として違法」としておいて、そのかわり平等な捕捉が困難なこともあって、ペナルティは課さない、とするものです。「刑罰がない規制なんて、結局はやったもん勝ちじゃないの?」と思われるかもしれません。しかし、本来ならば行政は、他人のパソコンの中身を無断で調査することなどプライバシー侵害をして許容されないはずですが、そもそも「違法行為」が行われている疑いがあるならば、不正調査としてプライバシー侵害にはなりませんよね。もし、大掛かりな組織を見つけ出すために、一般人のパソコンのサーバーを経由せざるをえないような捜査が必要な場合、こういった手法が効果を発揮するわけでして、知らず知らずのうちにパソコンの中身が調査されている・・・といったことも出てくるかもしれません。(なお、上記の事例は「たとえば」の話であります)

2 「ほっとこう大作戦」に向けた一般企業の対応策はあるのか?

「対応策」と書きますと、なにか悪いことでもたくらむようでありますが、けっしてそうではありません。コンプライアンス経営のためにできるだけ少ない経営資源を向けて、最大の効果を得るための手法について検討すべきだ、というものであります。今年6月、政府は一般企業向けに「反社会的勢力による被害を防止するための指針」を公表し、そこに反社会勢力との断絶のための内部統制システム構築の指針が盛り込まれております。とりわけ反社会勢力に関する情報収集については、「自助」→「共助」→「公助」の指針が盛り込まれており、情報収集が個人情報保護法違反にならない(例外規定の適用可能性)ためのヒントも含まれております。私は、反社会勢力断絶の場面だけでなく、この情報共有の精神がコンプライアンス経営全般にも及ぶものだと思っております。自社の不祥事や、その対応策といった情報は、どうしても外に出したくないものであります。しかしながら、そういった過去の情報を共有することで(とりわけ有事における対応策等)、「ベストの対応ではないかもしれないが、そこそこ最適解に近いところの対応」といったものも認識できるのではないでしょうか。先日、もし可能であればリスク管理の成功体験を共有しよう・・・と述べましたが、これも同様の趣旨からであります。情報の共有だけでなく、最終的には業者ルールのようなものまで出来上がれば、コンプライアンス経営への経営資源の投入はかなり少なく済むことになると思います。

また、今朝(11月29日)の日経朝刊「経済教室」におきまして、独占禁止法違反に関する手続は、現在の公取委による事後審判制から直接行政訴訟によるべきである、といった村上教授(一橋大学)のご意見が出ておりました。(まったく同感であります)行政による調査が不当である、行政による事実認定におかしい、と思えば異議を申し立てる、といった企業側の対応が、もうすこし頻繁になされるような環境作りが必要ではないかと思います。現状では、「おかしい」と思っていても、長時間争っているうちに、不祥事を犯した企業という社会的評価だけが残ってしまい、裁判で勝ったころには、あまりマスコミで取り扱ってくれない・・・といった事態が予想されるために、異議も述べないのが通常ではないでしょうか。一朝一夕に出来上がるような制度ではありませんが、そういった日が到来するときに備えて、企業としても報告、届出、公表に耐えうるような「事実認定能力」を自社で磨かれることを強くお勧めいたします。

3 今年のトレンド予想は当たったのか?

さて、私は昨年末、2007年は「課徴金」と「利益相反」がトレンドになる、と予想しておりました。課徴金につきましては、「うっかりインサイダー」はじめ、金融商品取引法上の課徴金制度については、かなり認知度も高くなりまして、また金融庁のWGより、12月には、今後の課徴金制度のあり方に大きな影響を与える報告書が出るようですので、ほぼ当たったかな・・・と思います。しかしながら「利益相反」のほうにつきましては、銀証の兼業緩和がまだ検討され始めたばかりであり、兼業問題(ファイアーウォール規制)、情報共有問題(チャイニーズウォール規制)、役員の兼職等(アームズレングスルール)などなど、またこれからというところでありまして、どうも予想は外れてしまったようであります。コンプライアンス問題というものは、その時々の発生した事件にも影響されますし、先の「ほっとこう大作戦」も、どこまで当たるのかはあまり自信のないところでありますが、法律家の視点から、これからも総括していきたいと思っております。

約1ヶ月前にアルファブロガーアワード2007にノミネートされまして、ふだんこちらのブログにお越しにならなかった方々にもたくさん閲覧していただいておりましたので、どちらかといいますと「内部統制」「企業価値」ネタよりも「コンプライアンス」ネタを多く採り上げましたが、投票締切日(12月2日)までのエントリーとしましては、これで最後であります。なんだか、「日本レコード大賞」とまでは申しませんが、「日本有線大賞」か「FNS歌謡祭」くらいに審査員推薦でノミネートされた演歌歌手のような気分になれて、楽しい1ヶ月でした(笑)(けっこう、ノミネートされていることで、ブログを書くインセンティブにもなりましたです・・・(^^;; もう来年ノミネートされなくても悔いはありませんよ。)また、私の拙いブログにご投票いただいた方に、厚くお礼申し上げます。m(_ _)m 普段、道でお会いしても、それほど話もしない同業者の方に「ブログがんばってるやん!一票、入れといたで!」とか、講演の後で参加企業の方から「ブログ見ております・・・、あれ、入れておきましたので」などと言われて、ホンマにうれしかったです。ちなみに、12月7日に栄えある2007アルファブロガーに選ばれる「ビジネス系ブロガー」としましては、葉○さんと、○っちーさんあたりではないかなぁ、と。。。(あくまでも私の予想ですけど・・・笑)

11月 30, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年11月22日 (木)

「他社をかばうこと」とコンプライアンス経営

民事介入暴力に詳しい弁護士の方々のお話を聞いておりますと、世間で「不当表示」が騒がれるようになったためか、最近は「消費期限切れ」とか「原産地偽装」といった疑惑をネタに示談交渉を持ちかける反社会勢力(もしくはそういった疑いある団体)の活動が急増しているそうであります。その際、そういった団体の方は、もし示談が成立しないのであれば、行政に申告するとか、商品を陳列している百貨店やスーパー、コンビニに調査依頼をかける、といった告知を行うようであります。

もちろん、疑惑がないのであれば、事実確認のうえで、堂々としていればいいのでありますが、もし不当表示の疑惑があった場合、なかなかやっかいな話が持ち上がってきます。自社だけの問題であれば、「こうなった以上は、不祥事は自ら申告して、商品を回収し、謝罪しよう」ということで筋が通るわけでありますが、ここに商品の小売業者(百貨店、スーパー等)もからんでくるケースがあります。小売業者自身のブランドをいたく傷つけてしまう可能性があるわけですから、「こういったことで不祥事を公表するので、申し訳ありません」と事前に連絡をしましても、「うちが陳列している商品に偽装表示があった、ということはなんとか隠したい、公表は差し控えてもらいたい。もし公表した場合は即刻、取引は解消させてもらいますよ」と脅された場合、どうしたものでしょうか。先の反社会勢力も、こういった取引先との関係維持のために、なかなか公表できないような企業があることを知って、狙いをさだめてくるわけであります。

そういえば、某著名な株主代表訴訟の事例につきまして、株主側代理人をされていた弁護士の方より直接伺ったことがあるのですが、企業不祥事の事例においては、この「取引先をかばう」ことが、結果的に自社の社会的信用毀損の程度を拡大させてしまったような事案というものがけっこうあるそうであります。その某著名な事例におきましても、反社会勢力の者たちから、商品の欠陥を指摘されてしまったのでありますが、もしその商品の欠陥を公表した場合、その商品の技術指導担当は大口取引先である超有名な食品会社の完全子会社でしたので、(その大手食品会社のブランドに傷をつけてはいけない、とのことで)結局公表できずに内々に示談で済ませてしまい、それが後の大きな事件に発展してしまう、といった経過をたどっております。

「そのうち発覚するものだから、堂々と公表せよ」と言うのは簡単ですが、内部告発のおそれが高いとか、現に反社会勢力にゆすられているといった状況であればまだしも、社内の内部調査で発覚したような不祥事につきましては、「これ、自社で勝手に公表しちゃうと、大口取引先にも迷惑かけちゃうし、どうしようかな」と迷うのが普通の感覚ではないでしょうか。おそらく、こういったことで悩むのは、経営トップというよりも、その大口取引先を失うことによって社内の評価が落ちてしまうおそれのある担当責任者の方々の場合が多いかもしれません。実はこの「自社完結型」ではないコンプライアンス問題につきましては、私も「こうすればいいのではないか」といった方策を持ち合わせておりませんし、悩むところであります。「情報と伝達」経路を充実させて、経営トップ(および取締役会)に不祥事の発生事実が適正に伝達されるシステムを構築することや、企業行動規範に、そういった場面を想定した規定を置くべきことはわかっているつもりではありますが、それだけで、取引先を失うリスクを抱えつつ公表措置を講じるためのインセンティブになるのかどうか、心もとないかぎりであります。

船場吉兆社の一連の不祥事のなかで、岩田屋さんの対応をみておりますと、最初は一緒に謝罪をして、その後、船場吉兆さんの不祥事隠匿に関する行動をみて、店舗閉鎖勧告や、関係解消の検討へと進んでいきましたが、やはり取引先に迷惑をかけるといいましても、「不祥事は起こりうるもの、問題はその後にどう対応したか」といったところを評価していただける時代になりつつあるのではないでしょうか。結局のところ、経営トップの判断を仰ぎつつも、経営トップとしては、取引先に迷惑をかけるかもしれませんが、不祥事公表、再発防止への真摯な対応に協力してほしい、と真正面からぶつかっていくしか方法がないのでありまして、取引先としましても、真正面から相談を受けて「いやいや、うちのブランドが」と言っていては、かりに不祥事が発覚してしまった場合には、もはや共犯的イメージをもたれてしまう時代になってしまったことをハッキリとご認識いただくしか方法はないように思います。なかなかうまい答えが見出せませんが、今後もこういった問題につきましては、最善策を検討していきたいと思っております。

11月 22, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (7) | トラックバック (0)

2007年11月13日 (火)

赤福再生プログラム(私案)

昨日(11月12日)、赤福社より農水省に対して改善報告書が提出されたようでありまして、赤福社HPにはその概要(改善報告書概要)がリリースされております。(なお、ニュース写真を見ますと、ずいぶんと分厚い「改善報告書」のようでありますが、おそらく概要のなかで紹介されております「コンプライアンス・プログラム」「衛生マニュアル」「生産マニュアル」等の添付書類が多くを占めるのではないかと推察されます)最初はJAS法関連だけの改善内容かと思っておりましたが、中身は再生プログラムといっていいような内容と理解できそうですので、すこしとり上げてみたいと思います。

もちろん改善報告書の概要からの印象(つまり報告書そのものは読んでおりません)でありますが、原因究明におきましても、また改善策の概要におきましてもたいへん寂しい内容であり、これで本当に農水省は「改善策としては満足」と判断できるかは疑わしいように思います。もしこの内容で農水省が了解する、ということですと、今後同じようにJAS法違反を問われる企業はずいぶんと楽になるなぁと思いますね。といいますか、健康被害が出ていない場面における「食の安全、安心」を守ること(もしくは消費者の信頼を裏切ること)は、こういった内容でいちおう急場はしのげる・・・と考えてよいものなんでしょうか。(一時期は経営者トップの交代もあるのでは・・・と囁かれておりましたが)

この改善報告書から読み取れる「改善策」といったものは、事業規模の縮小を赤福社は本気で考えている、といったことぐらいであり、そのほかは単に「今回の事件への反省」に過ぎないと思います。もし現経営トップの方が、そのまま代表者として残ることを前提とするのであれば、本当に不祥事の再犯を防止するための施策を織り交ぜる必要があると思いますし、それではじめて行政も一般市民も納得するのではないでしょうか。本日提出されました「改善報告書」はどちらかといいますと、「今後二度と不祥事は発生させない」といった観点からの法令遵守態勢確保のための施策であります。しかし金融機関ならともかく、一般事業会社である赤福社が「二度と不祥事を起こさない」ことはありえないわけでして、「不祥事はかならず起こしてしまいます」といったリスク管理態勢構築の視点から出発すべきであります。そうでなければ、現実の再発防止策検討など、本当に不祥事を防止するための思考が「美辞麗句」を前にして停止してしまいます。

ということで、赤福社の不祥事再生プログラムというものを私案として検討してみましたが、私は最低でも以下の点について明確な宣誓が必要だと認識をしております。つまり、これからも不祥事を起こしてしまう可能性はあるけれども、その発生頻度を下げて、早期に発見して、不祥事による損害をできるだけ縮小するために努力します・・・といった観点からの誓約であります。

1 赤福製造過程を「見える化」する(工場見学のススメ)

先日、(日弁連人権大会の折)浜松にて、うなぎパイの工場見学をしてきましたが、見事なほど、2階から製造、包装、検品作業まで見学できます。(ただし従業員の方々の人格権保護のため、工場内の撮影は禁止)予約をすれば係員の方の説明までお願いできます。そして、見学ができない製造工程の特定、なぜ見学ができないのか、という点についても説明があります。とりわけ(映像ビデオにて)ロボットと人間の共同作業による製造工程は、たいへん美しいものでありました。もちろん、見学ができるからといいましても、素人をごまかすような不正をはたらくことは容易かもしれません。しかしながら、「誰でも工場を見てください」といった会社の姿勢自体がとても重要なことだと思いますし、こういった不祥事で信用を毀損してしまった赤福社こそ、こういったパフォーマンスが必要ではないかと思います。(観光バスを誘致するなど)そこに商業的な意味が含まれていてもかまわないと思います。「説明義務を尽くすこと」を体現するには、もっともいい方法ではないでしょうか。

2 内部通報制度の実施、外部からの「内部監査人」の登用

(不祥事発生頻度を下げるための)「ヒヤリ、ハット」事例の集積、(不祥事早期発見目的のための)内部通報制度の充実、そして(不祥事による発生損害の極力低減化のための)クライシスマネジメント態勢の構築など、いわゆるリスク管理としての不祥事防止策は赤福社には不可欠だと思います。そういった内部統制システムの構築(整備運用)は、圧倒的な力を持つ創業者トップの前では機能しないことも考えられますので、運用の客観的な検証と、その検証結果に基づく適切な提案が可能な内部監査人を外部から登用するべきだと思います。(こういった事態のために、公認内部監査人の方などに活躍の場が付与されるべきであります)なお、「改善案の概要」のなかにも、「内部監査室の設置」というものがありますので、ひょっとしますと、実際の改善報告書には、このあたりのことが詳細に記述されているのかもしれません。

3 社長の専心義務の明記、もしくは社外取締役の招聘

先の改善報告書を読む限り、今回のJAS法違反は現場担当者に責任があり、経営トップは何も悪いことはしていない・・・といった趣旨に読み取れるのですが、いかがでしょうか。つまり、改善にあたって、経営トップが何をすべきか・・・という点がまったく見えてこないのであります。(たとえば「不適切な表示の禁止」を改善策として掲げるのであれば、改めて表示に関する責任者はトップにあって、そのことを明記するのが当然であると思いますが、そういった責任者の選定等についてはなんら触れられておりません)たとえこのたびの件について、経営トップが知らないところで発生していたにせよ、(本当にそうだったのかどうかは疑問がありそうですが)長年放置されていたことへの最終責任は経営トップにあるわけですから、社風をどのように変えていくべきなのか、経営トップがどう考えているのか、わかりやすい施策が必要であります。そのためには、地元の名士として忙しい赤福社の社長さんが、一定期間は赤福社の仕事だけに没頭することを宣誓したり、それが無理であるならばせめて社外から取締役を登用して、「会社は変わった」というイメージを社内にも、社外にも宣誓する必要があるのではないでしょうか。

2,3日前にコメントをいただいた「地元」さんがおっしゃるように、とてつもなく力をお持ちの創業者一族の方々のようですので、いろいろと再生にあたりましては障碍も多いかもしれません。また、すいぶんと偉そうに勝手なことを書き連ねましたが、私の周囲にはそろそろ赤福再開を希望する声も聞かれるところも事実であります。しかしながら、先にあげたような施策について、経営トップが受け入れ困難である・・・といった状況であるならば、それはもう「何も変わらない」ことの証左でありまして、今後の信用回復も覚束ないものだと思います。

11月 13, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (9) | トラックバック (0)

2007年11月 6日 (火)

行政調査の拡大と内部統制システムの構築

きょうも東洋ゴム社や伊勢丹社など、大手企業の商品不正表示問題が新たに発覚しておりますが、連日の不正表示事例から思いますところは(刑事事件か行政事件かは別として)、もし企業による商品不正表示を問題とするのであれば、その不正表示が企業の故意に基づくものか、それとも過失によるものなのかは、明確に分けて考えるべきではないか、ということであります。ここで「故意」といいますのは「組織ぐるみ」の場合や従業員が上司に黙って不正表示を繰り返し行っていた場合を含むものでありまして、一方「過失」といいますのは、表示シールを単純に間違って貼ってしまっていたような「誤表示」の場合とか、取引先から送られてくる原材料(加工品である場合)が消費期限切れであったり、原材料の成分が虚偽であることを知らずに、これを用いて自社製品を製造販売したような場合であります。もちろん、あとで原材料の消費期限切れが判明した場合には、一般消費者向けに原材料の不具合を告知して、商品を回収する努力は当然でありますが、昨今問題となっております赤福社や船場吉兆社のように、自社で消費期限を偽装していたような事例と比較しますと、その違法性にはかなり大きな差が認められるように思います。

ただ、よくよく考えてみますと、原材料の表示が偽装されていたとしても、その加工品の原材料を仕入れた加工食品の製造会社が、全くの被害者的存在であるかといいますと、かなり怪しい場面もあるのではないでしょうか。実は私が社外監査役を務める企業(外食チェーン店産業)にも、事件発覚の前にミートホープ社の担当者がやってこられまして、加工食材の営業をされておられましたが、それがずいぶんと安いんですね。当社の担当者は長年の経験から、当然に相場を知っておりますので、あまりの怪しさに「これはちょっとおかしいんじゃないの」と思って取引をお断りした経緯がございました。こういった「やましい可能性のある商品」というものは、競業他社の加工品と比較すると著しく安価な場合が多いかもしれませんし、これを十分な検査もせずに購入する側において、まったく落ち度がないものかと言えば、多少の疑問を感じるところであります。また、ひょっとすると、仕入れ担当者と営業社員との間でリベートが発生しているケースもありますので、そうなってくると、いくら自社で偽装しているものでないとしましても、共犯関係として原材料の加工業者とは連帯責任を問われる可能性も出てまいります。

結局のところ、加工食品の製造過程に携わる企業には、消費者に開示すべき品質に関する情報の真正については共同で責任を負担してほしい・・・といった思想から、このたび農水省では食の安心に対する消費者の信頼確保に向けて、食品の業者間取引における表示義務の拡大のための法改正(正確には加工食品品質基準の改訂)に踏み切るようでありまして、その結果、JAS法に基づく行政調査の範囲が「業者間取引」にまで及ぶようになりそうであります。(JAS法の品質表示の適用範囲の拡大について)ただ、私のブログをよくお読みいただいている方はおわかりのとおり、これまでも、この「行政調査」の結果、食品不正表示に関する問題点が次から次へと明るみになるわけでして、企業の社会的評価が毀損されるかどうかは、この(問題発覚時における)行政調査の範囲がどこまで及ぶのかによって決まるといっても過言ではありません。そして、行政調査自体は、本来的には加工品を納品する側の原材料表示の適正性を担保するためのものでありますが、加工品から食品を製造販売する企業が果たして不正表示による加工品原材料を、知ってて使っていたのか、それとも知らずに(つまり騙されて)使っていたのか、といった製造販売会社側の事情までも判明する可能性が高くなるのではないでしょうか。これは加工食品製造会社にとっては大問題であります。行政調査は行政処分を発動する前提としての行政活動でありますが、そもそも刑事手続ではありませんので、加工食品製造会社に故意過失がどうであれ、また動機がどうであれ、違法と疑われる状況さえあれば、国民の生命身体の安全を確保するために、とりあえず行政措置を発動する可能性があります。そういったケースでは、おそらくマスコミにも報道され、加工食品製造会社自身が刑事罰を受けたのと同等の社会的な評価低減に至る可能性も出てくるかもしれません。手続的には行政手続きであり、要件該当性判断においては甘いものであるにもかかわらず、その行政処分の持つイメージは、社会的には企業自身が刑事手続きによって罰則を受けたのと同じほどに社会的信用を毀損する・・・という現実は、なんともコンプライアンス経営のおそろしい側面であり、企業経営者にとっても留意すべき点のひとつではないかと考えております。

ところで、こういった行政調査の拡大場面におきまして、やはり企業価値を防衛するものは「内部統制システムの構築」にあると思います。加工品納入業者(取引先)への食品安全調査の実施(つまり食品会社自身が、取引先の食品の安全を確認すること)や、納品時の表示された内容の確認方法のマニュアル化、マニュアルによる実行へのモニタリング、ヘルプライン(内部通報制度)の充実など、さまざまな工夫が考えられます。そしてそういった内部統制システム整備の目的は、なんといいましても「組織ぐるみ」と疑われるような間接事実を否認できるようにすること、そして業者間取引に関与していた自社担当者において、加工原材料納品業者との間で、やましい流通慣行の事実が存在しないことを明確にしておくためであります。今回はたまたま食の分野における行政処分と内部統制との関係に触れておりますが、これはJAS法だけの問題点ではなくて、広く行政処分によって不利益を課される場面にも通じるものであります。機動的かつ迅速に法目的を達成することが可能なところが行政処分の長所でありますが、その分あいまいな要件で企業側が不利益を課されるリスクもあります。そういった企業の重大なリスクマネジメントの一環として、自助努力は欠かせないところではないかと思いますし、「事後規制社会」における企業に必須の防衛策は、まさに内部統制システムの構築にあると考えます。

5日の夕刻、昨年に引き続き、今年も食中毒事件を発生させてしまった外食企業による適時開示情報が出ております。多くのお客さまに繰り返し現実の健康被害を発生させた企業の不祥事にはなんらマスコミは関心を示さず、いっぽう健康被害は一切出ていないにもかかわらず、表示に瑕疵があった企業については、国民を欺いた責任は重いと言わんばかりの連日の報道であります。どちらの企業のほうが悪いのかは(いろいろな視点があるでしょうから)別として、これが現実の「世間一般常識」であるならば、その一般常識への配慮もまた十分な吟味が必要な世の中になってきたのでありまして、ここにもコンプライアンス経営のむずかしさが潜んでいるようであります。

11月 6, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年11月 5日 (月)

経営者コメントと企業不祥事リスク

赤福社の商品表示偽装問題につきましては、私もある程度の危機予測はしておりましたが、船場吉兆社の件では、見事に外れてしまったようであります。まさか、船場吉兆さんがここまで大事(オオゴト)になるとは、(当初のマスコミ対応がよかったと思いましたので)予想もしておりませんでした。日曜日のニュースでは、赤福、船場吉兆それぞれの社員の方のインタビュー記事が報道されておりましたが(船場吉兆はこちら  赤福はこちら)、どちらの現場責任者の方にとりましても、「まさかここまで大事になるとは」といったコメントを出さざるをえない状況に至っているようです。残念ながら一般的には、両社ともに、すでに経営者トップが表示偽装の事実を知っていた(つまり組織ぐるみだった)といった社会的評価を受けているに等しいようでありますので、たとえ経営トップが「知らなかった」「現場の判断だった」と申し開きをしましても、「食の安心、安全」への背信行為の代償はたいそう大きなものになってしまったようであります。(そういえば、赤福社のメインバンクの頭取さん も、早急に第三者委員会等の設置を望む、とインタビューで述べておられましたが、県や農水省の調査のほうも一段落したのであれば、私も赤福社の再生のためには不可欠ではないかと思っております)

ところで、このところの一連の食品表示不正事例では、先の例のごとく、経営者が「偽装の事実を知らなかった」「現場の判断でやったと思う」とコメントするケースが多いように思われます。後で「組織ぐるみ」と判断されるような証拠が飛び出す可能性もありますが、かりに赤福社や船場吉兆社の経営者の方々がおっしゃっていることが真実だといたしますと、一般企業の経営者にとりましては、これほどおそろしいことはないわけでして、自分の知らないところで不祥事が拡大していき、自分の知らないところで内部告発が起こり、なにがなんだかわからないうちに謝罪会見で頭を下げなければならないことになってしまう・・・、といった信じられない流れになってしまうわけであります。経営トップが不祥事を主導していた・・・といった事実であれば「俺はそんなことしないぞ!」と安心もできますが、どうもそこまで真相が追及されずに済んでしまいそうな雰囲気もありますので、「不祥事リスク」のおそろしさだけが残ってしまうような感じがいたします。行政による事前規制が重宝される時代にように、いっそのこと加工食品すべてに「JASマーク」の取得を義務付けてしまえば、経営者もこういった不祥事リスクから逃れて安心できるわけでありますが、事後規制の世の中では、こういったリスクは自ら管理していかざるをえないんでしょうね。

使用される原材料や、商品の表示方法、販売地域などが、細かく法令で決まってしまえば、企業はその法令にしたがい、事前に届出手続きをすればいいわけですから、そもそも形式的な法令違反の可能性は低くなるはずであります。いっぽう、品質管理は企業の自主性に任せるのであれば、当然のことながら効率経営を重視するといいますか、ルールを無視して販売するところも出てくるわけですから、いままで聞いたこともないような罰則規定違反が多発することも必然なわけであります。したがいまして、当然に今後はますます行政処分、刑事処分を受ける企業の数は増えていくものと思われます。また、現在農水省が検討中であります原材料卸業者さんの加工食品製造販売会社への流通段階における原材料表示義務が新設されることとなりますと(正確にはJAS法における基準の改訂がなされますと)、JAS法による行政調査の範囲が飛躍的に拡大することとなりますし、また製造企業の取引先に対する確認調査も当然に増えますので、不祥事発覚の可能性も高まることが予想されます。

よく企業不祥事は経営トップの姿勢次第である・・・と言われます。たしかに一番大切なのはそういった経営者のコンプライアンス経営への取り組みにあるとは思うのですが、上記のとおり、今回の一連の食品不正事件におきましては、(ひょっとすると)経営者不在のもとで、不祥事が発生して、それが企業経営の根幹に重大な影響を与えかねない、といった問題を提起しております。こういった企業不正から企業を守るためには、たとえばCOSOの内部統制ガイダンス(簡易版)によりますと、COSOフレームの構成要素のひとつである「情報と伝達」を重視すること が示されております。たとえば、一般消費者へ食品を販売する会社の場合、CEO(最高経営責任者)は、従業員、取引先、一般消費者の三方へ情報を発信します。これは通常の(業務プロセスにおける)情報伝達経路以外に代替的伝達経路をもうけて、商品の異常に関する情報があれば、すぐに企業へ連絡してほしい、との情報発信の重視であります。それと、吸い上げた情報が一部の執行役員のもとへ滞留することを防止するために、情報を役員会に提供するためのプログラムを策定することも重要のようであります。もちろん、不祥事リスクはゼロにすることは不可能でありますので、これで万全というものではありませんが、すくなくとも不祥事リスクのマネジメント方法としては有効ではないでしょうか。そういえば、先週金曜日に工場見学に行きました「うなぎパイ」は、賞味期限と消費期限の差こそあれ、ひとつひとつが包装されておりまして、その包装紙には全て「おきゃくさま相談室」の電話番号が記載されております。その電話番号が「210481」(日本一おいしいパイ)なんですね。パイ生地の製造工程(これは秘密)以外はすべてガラス張りにして、上から工場全ての見学ができるということは、そのこと自体が先の「情報発信」かもしれませんね。

11月 5, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (5) | トラックバック (0)

2007年10月23日 (火)

赤福から考える平時と有事のリスク管理

(23日午後 追記あります)

投資信託協会が公表された平成19年株主総会議決権行使アンケートの内容や、昨日の三宅伸吾さんの新刊への感想のつづきなど、エントリーしたいことはあるのですが、これだけ赤福関連のコメントをいただいておりますので、もう少しだけ続きを書かせていただきます。(このたびは、たくさんのご意見ありがとうございました。それにしても、上記アンケートの結果につきまして、投信委託業者が監査役選任に対して多くの反対票を投じている結果は意外です。原因についてはまた別の機会に分析してみたいと思っております)

株式会社赤福の代表者である濱田氏は慶應義塾大学商学部を卒業後に、2年ほど大手百貨店に勤務した後、赤福に戻っておられますので、もうかれこれ20年ほど、赤福の経営に参画しておられるようです。おそらく赤福入社の頃は、いくら先代社長の御曹司(ご長男)といいましても、20代の若造ですから、現場での経験などは、おそらく積んでおられると思います。したがいまして、もし問題となっております「まき直し」「むきあん」「むきもち」が30数年前から現場で恒常化していたものであるならば、おそらく現社長の濱田氏は当時から社内の慣行については知っていたのではないか・・・とも考えられそうであります。ところで、今回の赤福社の不祥事の特徴といいますのは、この30数年前から・・・という非常に長期間にわたって繰り返されていたことなんでしょうね。こんなに長い期間となりますと、「なぜこういった消費者を騙すようなことをしたのか?」と問うことすら、なんだか空しい気もいたします。いまから30年も前ということになりますと、「食の安全、安心」ということが今とは比較にならないほどに軽んじられて当然だった時代だと思いますし、ひょっとしたら「どこでもやっていること」ぐらいに当たり前のことだったのかもしれません。消費者を騙す・・・といった感覚も、今の時代だからこそ言えるのであって、当時はまったく騙すような感覚すら覚えておられないのかもしれません。実際のところ「もったいない」程度の動機によって繰り返されてきたんじゃないかと思います。したがいまして、この赤福問題を論じるにあたりましては、「なぜまき直しをしたのか」と問うことはあまり意味がないようで、「なぜ不二家事件の直後まで続けてきたのか」という点こそ問題にすべきだと思われます。

一連の報道のなかで象徴的だと思いますのは、2004年に大阪市に対して匿名通報があり、通常検査ではありますが、大阪市による調査があった、という記事であります。2004年といえば、愛知万博とセントレアブームに沸くなかで、赤福が100億円を越える空前の売上を伸ばす直前期であります。まさに売上拡張が最大の目標だった時期であったわけでして、もしこの大阪工場の調査が赤福にとって平常営業の時期であったとすれば、調査の重みを少しは認識できたのではないでしょうか。これは単なる結果論にすぎませんが、もしこの2004年の時期において、平時のリスク管理手法(内部統制システム)として、赤福社にヘルプライン(内部通報制度)が整備されていたとしたら、外部への匿名通報というものではなく、社内への通報によって「社内処理で済んだ」可能性はありそうです。(報道によりますと、この匿名通報は、通報者が特定されることを非常におそれていた、とのことでありますから、社員だった可能性は高いもののように推測いたします)平時のリスク管理としましては、このあたりが最大のポイントだったのではないかと考えております。いまから3年前のことですし、社内の常識と社外の常識とにズレがあり、そのズレは大きな損害をもたらす可能性があることは十分認識できたのではないかと思われます。なお、平成5年以降は、現社長は伊勢市の町おこし事業のリーダーになっておりまして、ここ数年は三重県の活性化を目的とした株式会社スコルチャ三重の代表取締役にも就任されておられたようですので、もし入社から5年ほどの間、現社長が現場での経験を積んでいらっしゃらないとすれば、本当に「裸の王様」だったのかもしれません。そのあたりは、もうすこし事実がはっきりしませんと、なんとも確実なことはいえないのでありますが・・・

さて、きょうあたりの報道からしますと、現場幹部が従業員に対して「何も言うな」と指示していたり、調査の直前に関係書類を廃棄処分していた事実が判明しておりますし、次第に赤福創業者一族が、こういった食品衛生法違反行為に関与しているのではないか、と疑わせる事実が増えてきております。まさに経営問題に発展してきていることは間違いないところであります。これは有事の対応策として、でありますが、もはや赤福創業者一族に残された道はただひとつ、事実関係の調査を外部第三者委員会に委託することではないかと思います。もしこういった独立性の高い委員会に事実調査を委ねないままですと、報道されている事実はますます創業者一族にとって「真実なもの」として世間一般からは評価されるだけであります。ここで起死回生に転じることができるとすれば、責任問題や事実調査を含めて第三者に委ね、自らは一日も早く営業禁止処分が解除されるよう、安全衛生面での対策に衷心すべきだと思います。

(23日午後 追記)機野さんのコメントへのお返事を書きながら、ふと思いついたのですが、明確な被害者が出ない状況でも、「消費者への詐欺行為である」とマスコミが大きく報道するようになったのはいつごろからなんでしょうか?

私の推論では、1955年に雪印食品の食中毒事件(脱脂粉乳事件、東京の小学生1936名が食中毒となったとされる)が発生したにもかかわらず、ご承知のとおり2000年6月にふたたび同社において食中毒事件を起こし、3700名を越える被害者を出した事件の直後あたりからではないかと思いますが、いかがでしょうか。このとき、なぜ45年前に「二度と過ちを繰り返さない」と誓ったスノーブランドが、ふたたび甚大な事件を起こしたのか・・・・ということが大きな話題となり、「予防的見地からの食の安全」がきわめて大きな問題であることが認識されだしたのではないかと思います。JAS法関連はまた、制度趣旨が異なりますので、別の見方もあるかとは思いますが、その後のいわゆる「偽装事件」が2001年から2002年ころに集中しているところをみますと、やはりこの2000年の事件が転機になっているのではないでしょうか。もし、また別の意見がございましたらご教示ください。(このあたりは、企業コンプライアンス的な発想における検証といった観点から、とても重要なところだと思います)

10月 23, 2007 コンプライアンス経営はむずかしい | | コメント (8) | トラックバック (0)

2007年10月19日 (金)

「赤福」問題にみる事実認定の難しさ

(20日午前 追記あります)

(19日正午 追記あります)

一昨日のエントリーで書かせていただいた「赤福の正念場」ですが、やはり最悪の結果になってしまったようであります。クライシスマネジメントの視点で考えた場合、本日赤福が公表したような事実を最初の報道後直ちに認定できるのか、それとも認定が困難と判断した場合には、12日付けのようなリリースを一切出さずにやりすごすか(もしくは早期に外部第三者に委託するか)、すみやかに決断すべきだったと思われます。先日(9月21日)の私のコンプライアンスセミナーにお越しいただいた方は、もう一度レジメをご覧いただきたいのですが、危機管理の一番の難しさは社内における事実認定と、その開示のタイミングでして、「報道初日に認定できる事実」「3日後」「一週間後」「一ヶ月後」とレジメのなかでは分類しておりますが、「事実認定」と「認定事実の開示判断」とを時期的に分けて明確に仕訳する必要があります。

しかしテクニカルな点は別として・・・・・、この18日付けの赤福のお詫び文書(兼回答書)は、行政への回答書の中身を公表した、というスタイルであるとしましても、あまりにもひどいのではないでしょうか?(もし、私の読み方が誤っていれば、私も赤福社に謝りますけど。)この文書をザクっと読みますと、まるでグループ子会社と身障者の従業員の方に責任をなすりつけているように私には思えるのですが、どうでしょうか。たとえ事実がそうであったとしても、いまこの時点の開示情報として、この文書を読んだ赤福ファンの方が、これからも応援しよう!という気にはなれないように思えるのですが、いかがでしょうか。(私自身も、この文書さえなければ、できるだけ赤福社にとって有利な見方を展開しようと考えていたのでありますが、どうもその気も萎えてしまいそうな気分であります・・・・・)

本日のマスコミ各社の「赤福、JAS法違反から食品衛生法違反へ」といった趣旨の報道をご覧になった際、多くの方は赤福社長が事実を隠蔽していた、事実を「小出しにしている」といった感想を抱くと思われます。たしかに私も直接社長さんからお聞きしたわけではありませんので、そういった可能性も否定はしませんが、私は同族企業のトップである11代目の若き社長の「裸の王様」説に与したいと思います。結局、現場で何が起こっているのか、よくわからない状態だったと思います。まず、内部告発を端緒とする行政の立ち入り検査があり、その時点で事実確認を詳細に行ったと思われます。また、今回の報道が開始された直後も再び現場へは事実確認を要請したと推測されます。ただ、普段から事実認定や事実の開示に関する内部統制システム(開示統制システム)がまったく整備されていなかったでしょうから、現場担当者や責任役員から真実が語られるはずがありませんし、それを確認する方法もありません。そりゃそうですよね、ふだんから廃棄処分をできるかぎり少なくするように指示されていた現場担当者などが、この期に及んで真実を社長に話すはずがありません。おそらく、現場では「会社のために」長年の慣行が一部従業員の手によって繰り返されていたと推測されます。正直に話したら「処分」、隠しておいて後からばれれば「処分」、もしばれなかったら処分されない、ということでしたら、当然隠すほうに賭けるわけでして、家族がいらっしゃる従業員さんならなおさらだと思います。ふだんから「うちの会社は素晴しい社員ばかり」と社長が信頼をしている従業員さん方のお話ですから、社長さんは従業員さんの話をすべて真実である、と受け取るわけでして、だからこそ、12日付け文書も、18日付け文書も「・・・であることが判明いたしました」と記述されているわけであります。もし、社長ご自身が事実隠蔽の故意があったとすれば、こんなにも短期間に180度転換したような文書を出すはずがないと思われます。また、突然社長さんの目の前に、まったく新しい事実が飛び込んできたために、取り繕う時間もなく、先のとおりの心ない理由で会社を守ろうとすることになってしまうのではないでしょうか。(このあたりの記述は、多分に私自身の仕事からの推測であることにご留意ください)

危機管理の手法としては、事実認定と、その開示の判断はとてもむずかしい ところです。社内のみんなが冷静さを失っているわけですから、なおさらです。だからこそ、内部統制(開示統制)の重要性を強調したいところであります。平時から開示統制システムを整備する方法はいくつか考えられるところでありますし、とりわけ今回のような事案をみると、分水嶺となる場面も想定されることから、いま一度、各社におかれましては平時にこそ検討される必要があると思います。また、赤福社の件につきましては、新たな事実が判明するかもしれませんので、今後も注視したいところであります。

(19日正午 追記)午前11時42分の読売ニュースでは、やはり社長さんは、私の上記推測とほぼ同様の弁明をされているようです。norikoさんより、(記述が赤福寄りではないか、と)ご批判を頂戴しておりますが、私はほぼ、この社長さんの弁明内容が(現時点では)真実だと思います。

(20日午前 追記)昨日の立ち入り検査において、また新たな虚偽説明が発覚した、とのことであります。これまでは、製造年月日について、午前0時を待って、当日の刻印を付していたとのことでありました。しかしながら、このニュースによりますと、「先付け」という慣行が現場では常態化していたようです。やはり事実確定までには、まだ時間を要するみたいです。

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2007年10月17日 (水)

続・「赤福」からコンプライアンス経営を考える

昨日の皆様方からのコメントに返事を書くだけで、いつものエントリー以上の時間を費やしてしましました。(@_@;; 安鳴りさん、ちょうど時間的にコメントがかぶってしまって、ゴメンなさいです。。。ひとつ申し上げたいことは、昨日の私のエントリーは(エントリーのなかにも書いておりますとおり)企業の持続的成長のためにはどう考えるべきか、といった視点を盛り込んでおりますので、有事対応という点(特にマスコミ対策)には触れておりません。そのあたりは一応、整理して考えておく必要があろうかと思います。

もし赤福社の問題をクライシスマネジメントという視点から捉えた場合、m.nさんへのコメントにも書かせていただきましたが、赤福社が不二家さんや石屋製菓さんと同じ道を辿るかどうかは、いわゆる「やぶへびコンプライアンス」にかかってくると思いますし、ここからが本当の正念場だと思います。要は①製造年月日、消費期限の不適切な表示以外の「不祥事」がこれから赤福に発覚するかどうか(この点で、マスコミの力を甘くみてはいけません)②マスコミの騒ぎを沈静化させるほどの「赤福頑張れ」コールが、一般市民から聞こえてくるかどうか、この2点につきるように思います。社長さんのキャラがツッコミどころ満載!のほうが、マスコミネタとしてはウケがいいですよね。だとすれば、こういった有事対応としましては、社長はまずはきちんと謝罪会見を行ったうえで、あとはあまり露出されないほうが好ましいかもしれません。(ただし、不祥事によって、国民の生命、身体、財産への被害が拡大しているような場合はまったく別でありますよ)

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2007年10月16日 (火)

「赤福」からコンプライアンス経営を考える

株式会社赤福は、200年以上の歴史をもつ同族系企業のなかでも、とりわけ健全経営が認められる企業のみが会員とされる「エノキアン協会」の会員企業ということだそうであります。(AKAFUKUの紹介ページ。なお、日本企業では、エノキアン協会に登録されている企業は、月桂冠、法師温泉、岡谷鋼機、赤福の4社のみ)11代目の社長さんを頂く(いただく)この企業の持続的成長の実現は、まさに日本の企業経営者の目標でしょうし、「かくありたい」と経営者が願う理想の企業といっても過言ではないと思います。

Akahuku001_2  さて、そのような日本の伝統ある企業に対して、農林水産省より「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(いわゆるJAS法)に基づく是正措置が10月12日に発令されました。(農水省リリース)是正措置(指示)のなかでは、罰金に次ぐ2番目に重い「命令」措置であります。いろいろな報道やブログ等で、すでに製造年月日を、実際に製造した日ではなく、解凍した日としていた(全体の製品の20%弱について)事実について公表されておりますので、当ブログでは、あえて赤福社を非難するような論調で記述するつもりはございません。(私も、お土産に買って帰ったり、もらったりするのが好きだったりします・・・・(^^; )ただ、企業コンプライアンスという観点から、今回の赤福社の事実関係をもとに、今後も赤福が持続的成長をなしうる企業であり続けるための方策を検討してみたいと思います。

かりの話ではありますが、赤福社が上場企業であり、CSR担当取締役とコンプライアンス担当取締役が存在するものとします。いままで報道されている事実関係のみから、この取締役らの抗弁を想像します。

コンプライアンス担当取締役: 法令遵守については十分に配慮してきました。10年前に三重県衛生局に対して、「製品の解凍日をもって製造年月日とすることに問題はないか」とたずねましたところ、当局は立ち入り調査を2回行った末、だいじょうぶとの回答でした。したがいまして、我々は衛生局からお墨付きをいただいたので、その後も継続して解凍日を製造日とする慣行を続けていました。不二家の報道がなされたことで、食品衛生法とは別に問題が生じることを知ったので、その後は対応を変えましたけど。

CSR担当取締役: 流線型の餡の形は機械でできるものではなく、すべて手作業でなければ作ることができません。個別包装とせず、どれも手作業で作る、といった赤福の伝統は捨て去るわけにはまいりません。したがいまして短時間における大量製造は困難でありまして、製造調整には限界があります。お客様の食の安全を確保するために保存料を使用することなく、確実に各観光地で販売体制を確保するためには、約20%の商品については冷凍して確保する以外に方法はありません。我々はお客様のもとへかならず商品を滞ることなく届けることがお土産品製造企業としての社会的使命であり、観光に来られたお客様との信頼の礎であります。

まず、コンプライアンス担当取締役の抗弁にも一理あるように思われます。一般企業の担当者からみて、食品衛生法とJAS法の関係とか制度趣旨の違いを詳細には知らない場合もあるでしょうし、県の衛生局に事前相談した場合に、そういった関連法規違反の有無についても回答してもらえる・・・といった期待をもつことにも同情できるところはあると考えられそうであります。しかしながら、コンプライアンスの上には「企業倫理」とか「企業行動規範」というものがあるはずです。もしくはそういった概念もコンプライアンス経営には