「通行手形」としての日本版SOX法の意義
最近、弁護士会で大きな問題となっておりますのが、弁護士の職務上取寄請求の厳格化であります。もともと法律専門職の資格を保有している者が、その職務上の必要性から他人の戸籍謄本や課税証明書などを取寄せる場合には、その資格を信頼されたうえで、個人の戸籍謄本などを独自に取寄せることができます。ところが、最近法律上の資格保有者が、この制度を悪用して、取寄せた謄本や証明書を金融業者に横流しする、といった不祥事が発生しておりまして、法務省等はこの取寄制度を厳格な要件のもとで運用する方向に制度改正を検討しております。弁護士会はこれに反対しているわけでありますが、要はごく少数の法律職資格者の悪行によって、マジメに仕事に取り組んでいる大多数の資格者の信頼が大きく崩れてしまい、その法律家としての日業業務に大きな影響が出てしまうわけです。
前々回のエントリーで高橋篤史記者の新刊「粉飾の論理」をご紹介しましたが、この書物の後半部分では、メディア・リンクス、丸石自転車、駿河屋などの不正会計問題について論じられております。企業の適時開示情報だけを読んで、いろいろと論評するのが恥ずかしくなるくらいに、この記者の不正を生む背景への取材内容は興味深いものがありますね。これらの諸々の事件の背景などをお読みになった方は、「こんな事態にはうちの会社はならない。現行の管理体制で十分、不正会計問題は阻止できる」と自信を深める方もいらっしゃるかもしれません。しかしながら、そういった不正経理問題によって資本市場全体の信頼が失われ、先の弁護士会の問題と同様に、資本市場全体の信頼保護のための「内部統制報告実務の重要性」というものの意義も、かなり大きいのではないか、と改めて認識いたしました。カネボウについて、前々回のエントリーでも述べましたが、大きな伝統企業といったところは、そこそこ内部統制システムがいちおう整備されているのが当然でありまして、そこにおいて不正経理が行われる、というのはそもそも内部統制に重大な欠陥があった、というよりもむしろ内部統制の限界によって説明されるべき事件に該当するのかもしれません。内部統制システムの構築によって「重大な欠陥」を埋めるべきは、こういった中小の公開企業(あるいは公開準備企業)にあるのではないでしょうか。そこで日本版SOX法を今後導入することで、財務報告の信頼性確保のためにシステム整備が急務とされるところは、規模としては小さいものであっても、上場企業としての最低限度の統制環境の整備ではないか、と思うところであります。リスクアプローチ、という言葉がふさわしいかどうかはわかりませんが、内部統制報告実務を導入することによって、最小の費用で最大の効果を上げることが可能となるのは、おそらくこういった新興IT系企業や、伝統企業であっても比較的規模が小さく、経営面で思わしくないパフォーマンスに甘んじている企業への適用ではないか、と推測いたします。この「粉飾の論理」を読み終えた感想としましては、たとえ上場企業といっても、裏の道と親密になるケースは非常に多く、また違法と思われる取引についても、「バレなきゃだいじょうぶ」とばかりに、平気で繰り返されているものも多く、そういったごく一部の上場企業のために、マジメに財務政策に取り組んでいるの資金調達には大きな影響が出てくるわけでして、(最近の会計基準の変更なども、不正会計事例の歴史をたんねんに振り返ってみると、どこが問題となって変更されるに至ったのか等、理解できる部分が多いですね)こういった中小規模の公開企業の財務報告上の不正防止こそ、資本市場に参加するすべての方に重要な意義を持つのではないか、と思います。
SOX法の本場アメリカにおきましても、いまだ中小規模の公開企業への適用は猶予されているわけでありますが、猶予されている公開企業の数でこそ全体の70%程度に上りますが、実は資本市場全体の規模でいえば90%程度の企業にはすでにSOX法は適用されているわけです。つまり、公開企業数全体の30%程度の企業が、資本市場を形成する資本の90%程度を保有しているわけですから、全体のごくわずかである中小規模の公開企業にとってはこのままSOX法の適用を排除したとしても、全体への影響はそれほど大きくないのでは・・とも言えそうであります。しかしながら、すでにこのブログでも以前に報じましたが、アメリカのSECは中小公開企業への要件の緩和化については検討するものの、中小公開企業へのSOX法適用免除を否定しました。これは、やはりごく一部の極端に内部統制が構築されていない企業の不祥事によって、市場全体が大きな影響を被るおそれがある、といった考え方の延長線上にあると思っております。
こういったところから、日本版SOX法の狙いというものは、内部統制部会長の八田教授の表現で申し上げますと「市場参加のための通行手形」としての意義にあるものと思います。(すくなくとも、この「通行手形」なる意味は、こういった企業にこそ、内部統制システムを最低限度のラインをクリアしてほしい、といった要望を含むもののように理解いたしました。)直接金融によって資金調達をはかりたい企業にとっての最低限度維持すべき内部統制システムのあり方を検討し、これを常に携行することによって初めて資本市場に参加できる、といったイメージであります。
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