たれこみさんから教えていただいたので、さっそく日本証券経済研究所HPより、研究員の方の論稿「『不正行為』を禁ずる一般規定である金商法157条を考える」を拝読させていただきました。法律上のむずかしい専門用語は極力控えておられるようで、とてもわかりやすい内容です。市場における不公正取引への刑事訴追にあたり、SECのもとで米国では包括条項(一般条項)が頻繁に活用されるのに対して、なぜ日本では活用されないのか・・・という点につきまして、米国においては刑事上および民事上「詐欺法の発展」があり、「何が詐欺行為なのか」ということについての市場および裁判紛争におけるコンセンサスが出来上がってきたところ、そういったコンセンサスは日本には存在しないという論者のご指摘には「なるほど・・・」と感心いたしました。
私などは、一介の弁護士として、もっと短絡的に「せこい」理由からではないのか・・・と考えております。つまり包括禁止条項のほかに具体的な禁止規定がなければしかたないのですが、具体的な禁止規定があるにもかかわらず、規定されていないような不公正取引については、そもそも自由におこないうるものであって、合法ではないのか?かりに違法性が高いとして包括禁止条項の適用を考えるとしても、もし適用された場合には、罪刑法定主義や主観的要件(故意や利得目的の否認)によって争う余地が高いのではないか・・・と思われます。すくなくとも、法曹であれば大いに争う余地ありと考えるはずであります。そうなりますと、裁判所で無罪を争うために、解決に2年も3年も要する事案が急増するはずであります。そもそも、市場監視に携わる行政官の方々は、解決まで長年を要する裁判的紛争解決を好まないのであり、また金融庁の見解と異なる裁判所の見解が頻繁に出現する・・・という事態も回避したいのではないでしょうか。私はホンネのところ、そのあたりの政策的な理由によって不公正取引防止のために包括禁止条項は適用されてこなかったのではないかと考えております。
それでは、これからも金商法157条は具体的な事件において適用されないのか?といいますと、そこは研究員の方とまったく同意見でありまして、おそらく金商法157条が具体的な事件で活用される可能性は高くなるのではないか、と考えております。ひとつは、金融庁も先に掲げたような「コンセンサス」作りには余念がなく、課徴金制度の活用によって「何が不公正な取引なのか」という点は、市場においてハイスピードで合意形成されつつあるからであります。ご承知のように平成16年改正で課徴金制度が導入されて以来、審判処分で争われた課徴金制度はいまだゼロであり、「不当利得的運用」が功を奏して、不公正取引とは何か?といった実質的なフレームワークを「紛争を回避しながら」形成しつつあるところだと認識しております。(たしか先日も個人に対する相場操縦行為に対する課徴金処分が発出されておりました)こういった金融庁の尽力により、とりあえずは157条の適用のための前提となる不公正取引に関する一定のコンセンサスは出来上がってくるのではないか、と思われます。こういった行政処分によって社会的合意形成が先行してしまえば、金融庁が「あれ?」と驚くような裁判官の判断が出る可能性も、かなり低減してくるのではないでしょうか。
そしてもうひとつは、やはりなんといいましてもベターレギュレーションであります。金商法157条の包括条項によって刑事罰を科されても責任を問いうるだけの「市場参加者の自己責任原則」が通用する基盤の形成だと思います。事前規制から事後規制(SESCの活躍場面の拡大)に伴い、規制全般が原則主義に変わりつつあることや、その原則主義を支えるだけの人材の形成(金融専門士など)や教育、民事上の紛争解決機関としてのADRの活用、そして自主ルール形成組織(取引所は証券会社など)との官民協力体制の構築など、いわば市場に参加する者であれば、黙っていてもルールの中身がわかりあえるような資本市場リテラシーの向上が図られていくことで、たとえ包括禁止条項によって刑事訴追したとしても、それを争う余地が狭められ、こういった視点からもまた、市場関係者が首をかしげたくなるような裁判所の判断もなくなってくるように思われます。
ただ、包括禁止条項は「劇薬」であり、私は安易な適用は控えるべきだと思います。日経ビジネス弁護士ランキングにも登場されていた著名な弁護士の方は、村上ファンド事件においてなぜ157条1項の包括条項を使わなかったのか?と力説されておられましたが、やはりインサイダー規制で「ぎりぎり」適用可能であるならば、そっちで訴追をして、包括禁止条項はもっと外国資本等による「市場に対する急迫不正の侵害」があるケースなどに活用場面を考えていたのではないかと推測いたします。包括禁止条項の適用場面が増えればそれだけ市場関係者への委縮効果も高まります。そういった委縮効果が本来の市場の活性化を喪失させてしまうおそれは、とりわけ日本の現状からすると、きわめて大きいのではないでしょうか。金商法157条という包括禁止条項の適用につきましては、こういった微妙なバランスに配慮する必要性が高いものと考えております。