最近拝読いたしました「粉飾の論理」(高橋篤史著・東洋経済新報社)や、昨日の社外監査役実務研究会における会計士さんのお話に触発されまして、ここのところMSCB(転換価額修正条項付転換社債型新株予約権付社債)、転換予約権付優先株式、行使価額修正型新株予約権のスキームにとても興味が湧いてきました。いろいろなブログ、雑誌、書物などを読んでおりますが、10%程度のディスカウント買取価格が「特に有利な条件」に該当するかどうかは著名な法律学者の方々に、また金融商品としての発行価格の適正性に関する判断基準の研究は金融関係の方や公認会計士の先生方にお任せするとして、とりあえず「社外監査役からみたMSCBとコンプライアンス」といった視点で検討してみたいと思います。
このMSCBの議論の方向性というのは、コンプライアンスという面からみますと、金融商品取引法上の内部統制システム構築論、いわゆる日本版SOX法導入の議論とよく似ているところがありますね。そもそもMSCB自体が「発行すること自体、株式の希釈を招き、株価を低下させるけしからん存在だ」といった議論が先行して注目を浴びたのですが、その後大手の証券会社さんがそれなりにMSCBや新株予約権発行による実績を築き、これは発行企業と買受(引受といったほうがいいような実態だと思うのですが、いちおうアンダーライティング業務とは違いますから、買受ですよね)証券会社との合意内容と、資金需要が正当なものであるかぎりは、株価の需給関係をコントロールでき、関係者にとってはとてもハッピーなスキームである、という考え方があとから浸透しつつある、といった具合ではないでしょうか。ただ、逆に申し上げると、発行企業と買受証券会社(もしくは買受証券会社に貸し株をする大株主)の間におきまして、ひとつボタンの掛け違いが発生しますと、既存株主に大損害を与えてしまうほどのリスクを抱えているスキームであることは間違いないわけでして、これもやはりコンプライアンス的な発想で、検討しておく必要はあろうかと思うわけです。もちろん経営が順調な企業につきましては、公募増資や間接金融によって資金調達は可能でしょうから、むしろ比較的規模が大きくなく、資金調達の必要性はあるが、諸々の事情で他の資金調達手段はちょっと困難ではないか、といった上場企業向けのお話であることは確かでしょう。
日本版SOX法の導入という問題も、そもそもカネボウ事件やライブドア事件など、不正経理の撲滅を目的として法制化が検討されはじめたわけでありますが、現在はどちらかといいますと、コンプライアンスというよりも統制活動までを含めて財務情報の信頼性確保といった目的(いちおう法令遵守とは別の目的として)が最重要視されていて、経営者の不正防止というよりも、もっと広く財務情報の信頼性向上のために有益な管理行為とは何か、といったところで議論が広がりを見せているのが現実ではないでしょうか。それでいて、内部統制には限界がある、とされており、おそらくライブドア事件やカネボウ事件というものは、この「限界」の範疇に入る、つまり、当初の目的とは違って、どんなに頑張って内部統制システムを構築してみても、防ぎきれない経営者の暴走として捉えられてしまうおそれもあるわけです。(「全社的統制システム」や「統制環境」といったところで、取締役や監査役の人的関係を広く判断基準に加えて、内部統制の不備もしくは欠陥とすることが可能という考え方もありうるわけでして、まぁここはおそらく異論のあるところだとは思いますが)
そこでMSCBの話に戻りますが、こういった資金調達スキームが企業にとって有用であり、今後も広く活用されるべきもの、つまり認知度が高くなったとした場合に、会社の一方的な経営判断によって既存株主が著しい損害を被ったり、一部の上場企業にあったような経営の末期症状にある企業が、背任に等しいような金銭流用の道具として用いられるといった弊害を除去する方法とは、いったいどういったものが考えられるのでしょうか。日本で発行されるMSCBにつきましては、有価証券届出書の提出が必要であり、また適時開示の対象ともなりますから、開示制度の充実といった方向性がもっとも適正であるかなぁとも思われますね。しかしながら、「開示制度によるコンプライアンスの実現」というものは、そこに開示された情報によって、投資家が「これは怪しい」といった判断が可能であることが前提で、初めて問題企業の淘汰を実現できるものだと思いますし、現在のように適格機関投資家にだけ販売されるようなものであればけっこうですが、これがもし一般投資家にも購入してもらる商品になりうるとしたら、はたして開示情報によって、どれだけ有益な投資判断ができるのか、きわめて疑問があるように思います。CBの譲渡制限条項や、大株主からの貸し株の有無などを含めて、その内容が開示されることは重要だとは思いますが、それだけではもっとも「開示統制によって、不正利用が防止されることが期待される企業」に対してはあまり効果はないかもしれません。
資本市場における企業のコンプライアンスを考えるにあたって、その1社のステークホルダーの被害を予防すれば足りると考えればいいのか、それとも不埒な1社が発生したために、ほかの数千社の上場企業までが市場の信頼性を失うことで迷惑を被るわけで、その数千社の迷惑予防まで考えなければいけないのか、そのあたりは意見の分かれる可能性がありそうです。アメリカあたりの市場では到底発行規制のために発展しないMSCBであっても、それが日本の市場促進の機能を果たすのであれば、「不埒な上場企業によって、多数の市場参加企業が迷惑を被ることとなる」ために、日本の資本市場の信頼性確保のために、開示統制を超えて、行為規範の増強や、監視機関による十分な監視活動、事後的な刑罰強化まで必要になるのかもしれません。そして、このあたりの企業コンプライアンスに関する考え方によって、発行企業の役員のMSCBへの対処方法も変わってくるように思います。
まぁ、もしMSCB発行といった事態になった場合には、おそらく証券会社のほうから、発行企業へ(価格やリーガルチェックなどの)意見書を書いてもらえるような専門家(弁護士等)を紹介してもらえるのが通常でしょうから、とりあえずは社外監査役としては、そういった専門家のご意見に従えば、善管注意義務を問われる可能性は薄くなるのではないでしょうかね。(しかし、証券会社が紹介する専門家が、買受を中止する方向でいろいろと指導してくれるようには思えませんが)(具体的な社外監査役の行動のあり方への持論につきましては、たいへん長くまりましたので、また後日につづく・・・ということで・・・)