本日(9月6日)は第3回の日本内部統制研究学会が開催されますので、私も市ヶ谷の近くに来ております。(今回は池永朝昭弁護士が基調講演をされる、とのことで期待しております。)内部統制報告制度も3年目を迎えまして、私自身はいままで以上に内部統制報告制度の費用対効果の検証について関心を持っております。ところで内部統制報告制度の運用と(たぶん)関連性が深いと思われる適時開示情報が先週金曜日(9月3日)に出ておりました。
一般小売・商社の株式会社タカチホさん(JDQ 8225)が、株主総会決議(剰余金配当の件)に基づいて2010年6月30日に違法配当をしてしまった(会社法上の分配可能額を超えて配当してしまった)そうであります。この事実が8月になって自社内で発見された、とのこと(つまり故意に違法配当をやった、というわけではございません)。違法配当に気づき、慌てたタカチホさんは社内調査を進めるとともに、なぜ違法配当をしてしまったのか、今後の違法配当を防止するための対策はどうすべきか、関与した役員の責任はどうすべきか、といったあたりに関する外部委員会の調査を求め、その報告書が9月3日にリリースされております。(分配可能額を超えた前期末の配当金に関する一連の経緯及び再発防止策について)
分配可能額を計算するための計算書が社内で作成されておらず、取締役会、監査役会でのチェック機能が効いていなかった、決算業務担当部署において配当金算出方法について理解していなかったことなどが原因のようであります。具体的には配当効力発生日の自己株式帳簿価額を計算の上で控除していなかったことや、期末日の「その他有価証券」評価換算差額損を控除していなかったことについて、誰も気がつかないで議案を上程していたとのこと(つまり控除すべき金額の評価自体が問題となっていたのではなく、単純に評価項目自体が計算式から抜けていた、ということだと思われます)。
違法配当議案については配当に関する総会決議が無効となりますので、再度臨時株主総会で配当議案の承認決議を求めることは当然だとしましても(前提として資本準備金を取り崩して「その他資本剰余金」に振り分けるそうですが)、違法配当議案を上程した取締役、実際に配当処分に関与した業務執行取締役、配当議案に賛成した他の取締役、そして議案については適法と監査報告を提出した監査役の法的責任はどうなるのでしょうか。また、このような違法配当を行ってしまった企業の内部統制は有効といえるのでしょうか(タカチホさんは経営責任としての報酬減額の処分を公表しておられますが、当然のことながら法的責任とは無関係かと思います)。
この外部調査委員会報告書を読む限り、外部委員の弁護士の方々は、タカチホから独立した立場ではありますが、違法配当に関与した役員の民事上の法的責任については触れられておりません。触れられているのは会社として責任追及するまでもない、ということであり、違法配当について役員に任務懈怠があるのか(過失もしくは注意義務違反があるのか)ないのかは明らかにされていないのであります。この点は読まれた方に誤解を生じさせるのではないでしょうか?たとえ役員の方々に任務懈怠があるとしても、諸々の事情によって責任を追及すべきではない、という判断も十分にあるわけですから、このあたりは整理しておくべきではないかと思われます。ちなみに、違法配当が行われた場合の取締役の配当金填補責任および、違法配当を見逃した監査役の監査報告責任については、(誰が役員を訴えるかにより)立証責任が転換される場面もあるわけですから、取締役、監査役の過失は極めて認めらやすい場面ではないかと思われます。したがいまして取締役・監査役の過失は認められないとする判断の場合には、これを第三者が説得的に論証することは非常にむずかしいものだと思われます。
「単に計算方法を誤って分配可能額を算定したことは悪質とはいえない」と判断されておられますが、ここは大いに異論がございます。上場会社として内部統制が適切に構築されていることを前提とすれば、分配可能額の算定方法のミスは極めて例外的なものあり、悪質とは言えないまでも重大なミスであります。刑事責任を問えないという理由からすれば悪質とはいえないかもしれませんが、役員の民事責任を論じるにあたっては、(証明責任は基本的に役員の側にあるわけですから)極めて説得的な理由が必要ではないかと思われます。この調査報告書をご覧の方が、「違法配当を行った役員の任務懈怠とはこんなものか」といった認識を持たれるとすれば、法律家の立場として争いがない、というものではなく、調査委員の方のご意見もひとつの意見ではございますが、まったく逆の意見もありうることを申し述べておきたいと思います。私はむしろ、役員の違法配当に関する法的責任を論じるのであれば、決算や配当に関する業務執行取締役、議案提出取締役、取締役会での賛同取締役、書類監査に携わり監査意見を述べた常勤監査役、社外監査役に分けて、本件への任務懈怠の在り方を個別に詳細に論じるのが当然かと思います。会社が「注意義務を尽くしていない」とされる役員に対する責任を追及すべきか否かは、その次の問題であります。(株主や会社債権者などのステークホルダーのために独立の委員による調査報告書が提出される以上は、そのあたりは当然に整理して記載されるべきではないかと思うのでありますが)
次なる疑問は内部統制報告書の訂正報告書に関する点であります。タカチホさんの場合、22年3月期末時点における内部統制は有効とされております。しかし、今回のように有価証券報告書ではなく、会社法上の計算書類に関するものであったとしても、違法配当に関する決算財務プロセス(全社的内部統制ともいえそうですが)に重大な問題が発生していた場合、財務報告に係る内部統制には重要な欠陥があり、「有効」と評価した内部統制報告書の訂正は必要ないのでしょうか?
とくにタカチホさんの場合、昨年7月17日「当社元従業員による業務上横領についてのお知らせ」と題するリリースを公表され、過年度決算を訂正しておられます。その際、21年3月期の内部統制報告書を訂正すべきか否か、検討されたようですが、不正が発覚した部署が業務プロセスの評価範囲外(売上ベースで2%程度)だったため、結論としては訂正の必要性なしとされたそうであります。この結論は金融庁Q&Aに従ったものと思われますし、とくに問題はなさそうでありますが、本年度の内部統制の有効性評価にあたっては、(当該事件をきっかけとして)全社的内部統制を含めて慎重な検討がなされたのではないかと思われます。それにもかかわらず、今回のような違法配当が行われたということは、やはり直接的に金商法開示に関わる過程とは言えなくても、金商法上の財務報告の信頼性にも大きな影響を及ぼすところに問題を抱えている、と言えるのではないでしょうか。
もしこういった問題が発生してもなお、財務報告に係る内部統制は有効、とする経営者評価に誤りがないのであれば、すくなくともその理由について開示する必要があると思われます。こういった開示をひとつひとつ検討することで、社内でも内部統制構築の重要性が認識され、開示情報の有用性が維持されるのではないかと考えます。そのまま問題が放置され、また開示情報を利用する第三者の側が「こんなものか」と、なんら問題とすることがなければ、それこそ費用対効果の検証は進まないように思えるところであります。