本日(5月29日)最高裁(第三小法廷 近藤崇晴裁判長)より、レックスHD株式取得価格決定事件の特別抗告、許可抗告に対する決定が出ました。(ときどき当ブログにも登場される あの方が事務局をされていらっしゃるHP に決定全文がすでにアップされております。A4で7ページ程度ですので、比較的短時間で読める分量です。)最高裁は、抗告人(レックスHD側)の主張を排斥して、旧レックスの株主側勝訴の決定(本件抗告を棄却)を出しております。これにより、東京高裁の決定が確定することになりました。(なお、東京高裁決定は、金融・商事判例1301号にて全文がお読みになれます)
若干法律専門家の方々からは(用語が不正確ということで)異議が出る解説かもしれませんが、本事案の概要は以下のとおりであります。
レックスHDのMBO(株式非公開化を伴うマネージメント・バイアウト)を行う際、投資ファンドが(一般の株主の方から)TOB(株式公開買付)によって、その保有株式を買い上げます。その際、一部の株主の方が、「TOB価格が安すぎる」としてこれに応じませんでした。また、会社側からの「業績下方修正」に関するリリースのタイミングも、株主の不信感を増幅させる原因となりました。そして最終的には会社法172条1項(全部取得条項付き種類株式の取得価格決定申立)によって、最後までTOBに応じなかった株主の方々が公正な取得価格を裁判所に決めてもらおうと頑張っていた裁判であります。なお、90%以上の旧レックスの株主の方々は「あとで面倒なことにならないうちに、安いのかもしれないけど売っちゃおう」ということで、TOBに応じておられます。(というか、この解説自体、若干問題あるかもしれませんが・・・細かいところは目をつぶってください。。)ちなみにTOB価格は23万円だったところ、第一審である東京地裁はほぼTOB価格に近い金額を妥当としておりましたが、東京高裁は337,000円が取得価格として妥当と判断しておりました。(つまりこの33万7000円で確定した、ということになります。)
本日の最高裁決定は、5名の裁判官全員一致で、高裁の判断は裁量の範囲内のものであり、とくに判例違反はない、として概ね訴訟法マターで抗告理由を排斥しております。そして特筆すべきは、弁護士出身である田原判事が「1 取得価格の意義」「2 取得価格の決定」「3 原決定と裁判所の裁量」に整理をされたうえで、かなり詳細な補足意見を展開されておられる点であります。(おそらくこの内容は旧レックス株主側にとってみれば「痛快」の一言ではないでしょうか?)そういえば5月16日の日経新聞「大機小機」におきまして、「法化社会と最高裁判事の構成」なるオピニオンが掲載され、編集委員の方が「最近の最高裁は企業法制を論じる能力のある判事がいない」と嘆いておられました。しかしながら大阪の企業法務に精通した法律事務所のご出身で、まちがいなく倒産法制の第一人者でいらっしゃる田原判事の補足意見につきましては、「教授痴漢事件」や「ふともも盗撮条例違反事件」における反対意見以上に説得力のあるものと認識いたしました。とりわけ旧レックスホールディングスが「株主へのお知らせ」と題する文章のなかでの表現が「『強圧的な効果』に該当しかねない」と判示されている点につきましては、「ドキ!」っとされていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。
この最高裁決定におきましては、「スクイーズ・アウト(少数株主の締めだし)を伴うMBO」について、それが従業員主導型のものであれ、ファンド主導型のものであれ、「構造的な利益相反状況」にあることを出発点として認めたところに大きな意義があると思われます。レックスによるMBO実行後、金融商品取引法の改正などにより、株主保護のための開示規制なども進んでおりますが、最近のシャルレのMBO事例にもみられますように、やはり今後におきましても、MBO手続の公正性・透明性については経営者側が最大限の配慮を必要とするものでありまして、それはMBOの体系がいかなる特色(従業員主導型か、ファンド主導型か、など)を有していたとしても同様である、ということであります。つまり、取得価格の決定にあたり(これは略式株式交換等が用いられた場合に少数株主に保障されている株式買取請求権が行使される場合にも基本的には同じだと思いますが)、裁判所は経営者が透明性・公正性にどれだけ配慮してきたか、という点を考慮しながら株式価格を決定することも「裁量の範囲内」であるとして、経営者と資金提供者との公正価格決定手続だけに重きを置かない場合がある、ということで、今後のMBO実務に大きな影響を与えるのではないでしょうか。また逆にいえば、経営者側(会社側)が、MBO事案におきまして、この構造的な利益相反状況における透明性・公正性についてのしっかりとした整備・運用を立証することに成功した場合には、今度は企業価値算定における詳細な理論によって株主側が反証したとしても、「裁判所における裁量の壁」を突き崩すのはかなり困難になってくる・・・ということも言えるかもしれません。
しかし田原判事の補足意見を拝読して、すこしビックリしたのは、最高裁判事もやはり経産省・企業価値研究会の「MBO報告書」の内容を引用し、その報告指針については判断材料として考慮している点であります。これは引用の趣旨が異なるとしても、第一審、控訴審、最高裁(補足意見ですが)と、いずれの裁判所も、その決定理由において「MBO報告書」には一定の配慮を示すものでありまして、ソフトロー(ここでは経産省のガイドライン)が企業法務に及ぼす事実上の影響力の大きさをあらためて痛感せざるをえません。(今度の6月の企業統治研究会の報告書はどうなんでしょうかね(^^;;? )