昨年3月に大きく報道されてきた加ト吉社の架空循環取引でありますが、元常務の方が循環取引を主導していた取引先2名とともに逮捕された、とのことであります。昨年のエントリーでもご紹介しましたが、再度2007年当時の加ト吉社のガバナンス組織図を参考に、内部統制システム等によって社内不正を防止できなかったのかどうか、検討してみたいと思います。なお、現実の企業においては、日々の業務に関係者全員が精励しているのでありまして、以下は「後だしじゃんけん」的な思考も含まれておりますので、関係者の法的責任とはなんら関係のないものであることは当然であります。
この組織図では、企業における不祥事を防止するための体制が十分に整備されているようにも感じられます。(もちろん、それぞれの組織が実際に機能していれば・・・という前提でありますが)本日の逮捕に関する報道内容などを総合しますと、加ト吉社の経営トップ(カリスマ経営者)であった方は、問題となっている架空循環取引には直接的な関与はされていなかった、とのことでありますので、元常務を中心とした取引先との共謀事件として考えてみることにいたします。また、本日逮捕事実とされているのは、加ト吉子会社の印鑑を勝手に使って、虚偽の売買契約書を作成し、みずほ銀行系のSPCより債権譲渡代金をだまし取ったとして詐欺、有印私文書偽造、同行使罪ということでありますが、ここでは関係者間で「そこまでしなければいけなくなった」原因である循環取引を早期に発見できなかったかどうか、という点にしぼってみます。
1 外部監査人(監査法人)による発見(識別)可能性
今回の逮捕事実の舞台となった加ト吉水産は加ト吉社の子会社であり、報道によりますと元常務は商品在庫担当者を巻き込んで、在庫証明書を偽造していたとのことであります。また、およそ10年ほど、商品が倉庫に保管されていて、倉庫業者から引き取りの連絡を受けていた、ということですから、果たして監査はどこまでなされていたのかと、すこしばかり疑問を持ちました。ただ加ト吉社の場合、外部調査委員会報告要旨にもありましたように、「売上至上主義」が社風であり、帳合取引(加ト吉社が保証的機能をもって取引の中間に介入するもので、経済的な裏付けがあるかぎり、それ自体は違法取引とは言えない)の増加も、それほど不自然な営業とはいえなかったことや、年間の水増し売上高が216億円程度ではあったものの、水増し売上高が増加するにしたがって年間売上高も順調に増加しているために売上債権の回転期間にはほとんど変化がみられないこと、循環取引が頻繁に行われるようになったとされる平成13年以降の売上総利益率をみても、それほど異常な変動を示しているものではないことなどから、当時の監査法人さんが「循環取引が行われているのではないか」と合理的な疑いを抱くだけの事情は見当たらなかったのではないかと思います。
ただ、報道されているところによると、2004年ころに売掛債権の滞留が目立ち、監査法人から代表者に疑問が呈されたところ、「常務が回収に問題がないって言ってるんだから、それでいいじゃないか」と言われ、そのままになってしまったそうで、こっちのほうが少し問題なのかもしれません。
2 ガバナンスによる発見(識別)可能性
会計監査として、循環取引の識別が困難だとしますと、業務監査もしくはガバナンスの問題として識別できなかったのかどうか、とりわけ上図のとおり、加ト吉社のコーポレートガバナンス組織はきわめて模範的なものでありますので、この組織がどのように機能していれば粉飾を早期に発見できたのでしょうかね。まずは即効性が期待できるものとして、内部通報制度(ホットライン)が機能していればよかったと思われます。とくに入庫証明書の偽造を元常務が命じていた、というものでありますし、経営トップが「失職のおそれはないから正直に言え」と言われて、偽造の事実を告白した・・・というものでありますので、従業員に内部告発のインセンティブが働いていれば、もっと早期に経営トップの知りうるところになったのではないかと推測されます。
つぎに内部監査や監査役監査によって循環取引を発見することはできたでしょうか。子会社を中心に行われていた、というものであるならばなかなか発見することはできなかったでしょうし、また外部監査人と同様、財務分析の結果をみても、全体の売上高からみた循環取引による売上高の比率が低いことから、業務監査のなかで帳合取引ではなく循環取引である、と断定するだけの証拠収集は困難だったのかもしれません。
ただ、私自身が他の会社の「架空循環取引」騒動に関わった経験からして、こういったことは会計監査人と監査役会との定例報告会とか、社内のいろんな部門に顔のきく内部監査人からの「噂話」などから、「どうも架空取引が行われているらしい」といった事情は把握できたんじゃないでしょうか。新聞報道にあるように、2004年ころには、監査法人が粉飾の疑いを経営トップに告げているわけですから、すくなくとも2004年ころには、監査役の耳にも、監査法人さんから虚偽記載リスクに関する問題共有はなされていたのではないかと(かってに)推測してしまうのであります。粉飾決算が刑事事件になるたびに、監査役さんの責任について関心をもつのですが、これまでほとんど監査役さんの責任が論じられることはありません。やっぱり世間からは責任を負担させるのは気の毒なほど、期待されていない、ということなんでしょうかね?(たしか加ト吉社は、2007年3月当時5名の監査役さんがいらっしゃって、そのうち3名が社外監査役さんだったと記憶しております)噂話でもいいので、監査役の耳に入れば、それをきっかけとして子会社に対する業務監査も可能となるわけで、とりわけ社外監査役が3名もいらっしゃるのでしたら、元常務の違法行為差し止めに向けた行動は期待できたのではないでしょうか。
会計監査人の不正報告義務は会社法でも金商法でも規定されるようになりましたし、監査役を含めた「統制環境」が内部統制報告制度の肝である、とも言われておりますので、こういった事件のモニタリング機能として、会計監査人、監査役、内部監査人による連携協調の姿勢が今後大きく問われてくるべきですし、またこういった事例での粉飾早期発見にも役立つのではないかと考えております。(最近、耳にタコができるほど「監査人の連携」といわれますけど、これって監査役さんが主導的役割を果たさないと実現しないのではないでしょうか。経営者側から勧められるわけでもなく、また監査法人さんもお忙しそうなんで)