東芝事件は「会計不祥事」ではなく「経営不祥事」である
東芝の不正会計を巡る旧経営陣への損害賠償請求訴訟の控訴審では、2025年3月に東京高裁が、一審で賠償を命じられた旧経営陣の一部に対する賠償命令を取り消し、東芝の請求を棄却(逆転敗訴)しました(当該控訴審判決は、すでに金融・商事判例1720号に掲載されています)。高裁は、東芝の会計処理に国際会計基準違反はなかった、インフラ事業の会計処理の違法性は認められるものの、企業規模を考慮して「重大な虚偽記載とまではいえない」等と判断し、旧経営陣の責任を否定しました。現在、この判決を不服として、東芝は最高裁へ上告受理申立てを行っています。
一審で被告とされ、控訴審で逆転判決を勝ち取った元東芝・財務担当副社長の方が執筆された「東芝 転落の深層-経営不祥事と裁判」(久保誠著 2025年12月30日初版 朝日新聞出版)を読みました。2015年7月の東芝第三者委員会報告書の中でも実名で登場される方です(私も記憶があります)。2015年11月に東芝から提訴され、2023年3月に東京地裁判決、2025年3月に東京高裁判決、そして現在も敗訴した東芝から上告受理申立てがなされている、ということで10年経過しても確定しない裁判。多額の賠償責任を争うリスクのある裁判を10年以上続けるということの精神的重圧はたいへん大きなものと拝察いたします。
久保氏は「この事件の最大の問題点は、東芝側が横暴な社長たちの圧政のもとで、社内の会計処理が乱れたのはひとえに経理財務部門のガバナンスの問題として、すべての責任を経理財務部門に負わせようとしたことである」(あとがき)として、本件を「会計不祥事」として捉えようとしていることに警鐘を鳴らします。そして、本書において、会計不祥事とされた「WEC案件(ウエスチングハウス社案件)とバイセル取引案件を(当事者として)詳細に解説することで、東芝事件は単なる「会計不祥事」ではなく「経営不祥事」であることを読者に示します。そこから、著者は第三者委員会報告書も、また東芝の裁判の主張も、真実を明らかにすることよりも、手仕舞いを想定した「あるべきストーリーにはめ込んでいくこと」に注力してきた、この「あいまいな幕引き」こそ、上場廃止に至る真の原因である、ということを説得力をもって読者に伝えています。昨年3月の久保氏側への勝訴判決もあって、実に興味深い内容です(著者と証券取引等監視委員会担当者との会話内容、内部告発者の特定につながりそうな元社長との会話内容など、かなりドキッとします)。
会計不祥事の発生時における東芝の会計監査人は新日本監査法人(当時)であり、ご承知の方も多いと思いますが、新日本監査法人は本件で厳しい行政処分を受けました。しかし、本書を読むと「WEC案件」にせよ「バイセル取引案件」にせよ、財務経理上のリスクを会社と会計監査人との間では認識されていたのであり、これをどう解消していくか、という点についての問題意識は双方で痛いほど共有されていたことがわかります(「監査差異」「未修正の虚偽表示」への収束、バイセル取引の利益計上時期の問題等)。私も、もし久保氏と同じコーポレートの財務経理部門の責任者だったとすれば、おそらく厳しい社長のもとで同様の対処に至ったのではないかと感じます。おそらく、東京高裁は東芝案件を微視的に会計不正事件として捉えたのではなく、巨視的に経営不祥事として捉えたからこそ経営陣に「経営責任はあっても法的責任はない」との判断に至ったのではないかと。このような有事対応の経緯を知るにつけ、やはり会社と監査法人とのコミュニケーションがいかに大切かを痛感します。
久保氏は東芝の第三者委員会に対しては、強く批判をしています(当時の、「第三者委員会格付け委員会」の評価内容を引用して、「落第点」をつけた委員の意見を絶賛しています)。私も調査委員を生業とする者として、どうしても「会社から、メディアから、監督官庁からどんな報告書が期待されているか」といった意識ばかりが強くなりすぎて、(社会からの期待とは関係なく)会社再生のための「真の問題点」はどこにあるのか、といったことへの説明責任が疎かにならないよう、戒めとしたいです。東芝問題が、2015年の時点で「会計不祥事」として捉えられることなく「経営不祥事」だと世間が認識できていれば、たとえ東日本大震災で原子力部門に逆風が吹いていたとしても上場廃止にはならなかったのでは?と(本書を読んで)思った次第です。
ひとつ気になりましたのは、私は2015年に第三者委員会報告書を読み、いまでも記憶に残っているのが、著者が監査委員会委員長の時代に、いわゆる「ETC案件」の工事損失引当金問題への対処として「見なかったことにしましょう」とか「聞かないことにしましょう」といった残念な言動があった(結果として不正な会計処理に関与した)と報告されていたことです(たとえば上記第三者委員会報告書158頁から159頁)。私はこれを読んで「監査委員会が全く機能しなかったことは残念」と感じましたが、本書では、この点についての解説がありませんでした。もちろん、バイセル取引やWEC案件に絞った解説からは離れますが、このあたりは著者がどのような理由からの行動だったのか、お聞きしてみたいなぁと感じた次第です。








