2013年9月20日 (金)

フタバ産業中国贈賄事件と役員の不祥事公表義務

すでにご承知のとおり、フタバ産業さんの元役員さんによる企業不祥事が、また明るみになってしまいました。元専務の方が中国政府の役人に長年にわたり賄賂を提供していた、ということで、公訴時効にかろうじてひっかからなかった2007年の事件が(日本の)不正競争防止法違反被疑事件として強制捜査の対象になりました。なお、外国公務員に対する日本人による贈賄が、日本の国内刑事法違反行為になる、ということはあまり知られていませんが、不正競争防止法の中に規定されているところです。

ところで9月12日の朝日新聞ニュース「賄賂、監査法人が指摘 フタバ産業放置」と題する記事によりますと、今回の贈賄事件については、すでに2008年10月に監査法人から監査役が指摘を受けて、元専務に問いただしていたそうです。元専務も「問題なしとしない」ということで、役員会でも問題視され、また監査役も何度も善処方を取締役らに求めていたようですが、結局その後は何らの措置もされることなく、そのまま放置されていた、と報じられています。ここだけニュースで読むと、勇気ある監査役さん方による「モノ言う監査役さんシリーズ」のようにも思えますが、そもそもこの時期、フタバ産業さんではすでに監査役会と取締役会では不正会計事件に関連して、かなりのバトルが繰り広げられていたようであり(以前のフタバ産業さんのブログエントリーを参照ください)、このたび報じられているところも、そのようなバトルの一連の動きだったように思われます。

ちなみに、今年2月にフタバ産業さんの元社長さん含め役員の方々が逮捕された不正融資事件については、2007年10月の時点で監査法人さんから監査役に対しておかしな点があることが指摘され(「会計ドレッシング」村井直志著 96頁)、その後会計不正事件として広く公表されたのは2009年5月のことでした。ここで疑問を抱くのは、2008年11月に贈賄事件が全役員の知るところとなったわけですから、その後2009年5月に別の不正会計事件が発覚した視点で、この贈賄事件を会社として公表しようという動きはなかったのだろうか?という点です。不正会計事件は「社長案件」事件として組織ぐるみの不正に発展するわけでありますが、そのような有事になってしまった段階で、おそらくこの「中国政府賄賂事件」も公表すべきかどうか、とりあえず役員の皆様方にとっては懸案事項になっていたものと思います。もちろん不正会計事件が大きく報じられることになって、そちらへの対処で精一杯といった状況だったのかもしれませんが、「これはなんとか伏せておこう」ということで済ませてしまったのでしょうか。

取締役の善管注意義務の一環として「不祥事の公表義務」の存否が議論されたダスキン事件株主代表訴訟の大阪高裁判決は、平成18年に出されたものであり、フタバ産業さんで、不正会計事件が発覚したのは平成21年です。したがって、もうこのダスキン事件は世間でよく知られていた時期です。過去の不祥事という点では同じですが、ダスキンさんが「消費者への裏切り行為を黙っていた」のと、フタバ産業さんが贈賄事件を黙っていたのとでは、「公表することへの国民の期待」という意味において異なる(だから公表まで行う必要はない)、という考え方が成り立ちそうにも思えます。しかしもう一方において、自ら公表することなく、後日、第三者の行動によって不祥事が明るみになれば、国民からは「自浄能力のない企業」として大きく企業の社会的信用が低下してしまう(だから法的義務としてレピュテーションリスクの低下を防止すべき善管注意義務がある)という見方も成り立ちそうです。とくに不正融資事件が発覚した時点において、お金の流れを第三者委員会や捜査機関によって調査されてしまえば、使途の不明な資金の流れが把握され、後日捜査機関によって海外子会社の業務拡大のために賄賂が提供されていた、という事実が発覚するリスクというものも十分に考えられたのではないでしょうか。

ダスキン事件株主代表訴訟のご紹介のときにも述べましたが、私は一般的に(被害が拡大しているような場合を除き)過去の企業不祥事の公表義務というものは取締役には認められないものと考えています。しかし、昨今の企業コンプライアンスが「組織への評価」を含む概念とされるようになった以上、「ばれたから公表する」という企業の姿勢は極めて財産的な損害を生じさせる信用失墜であり、不祥事が発覚するかどうかということは取締役が慎重に判断しなければならず、そのリスク管理が甘ければ善管注意義務違反を問われる可能性は高いものと考えています。今回のフタバ産業さんの中国政府贈賄事件の発覚ということから、私は「何もせずに放置していた」取締役、監査役さん方にとって、放置していたこと自体の違法性が問われることよりも、後日、つまり不正会計事件の発覚時に、どのような経営判断が役員会で行われたのか、そこに不祥事公表の必要性判断に「甘さ」がなかったかどうか、そのあたりの経緯についてとても関心を抱くところです。

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2012年3月19日 (月)

不正調査において経営者・指南役に調査協力を求める手法

関西電力に対する大阪市の「脱原発」株主提案が具体化してきたみたいですね。関西電力さんは取締役会設置会社ですから、脱原発の株主提案をそのまましてみたところで、アンケート調査みたいなものになってしまいます。したがいまして「定款変更議案」として提案して3分の2以上の賛成を目指す・・・ということでしょうか。大阪市としては、「どこの会社は脱原発に賛成し、どこの会社は原発推進派だ」と明確にしたいのであれば委任状争奪戦に持ち込むのかもしれませんね。(以下、本論)

金融商品取引法の改正案が3月9日に閣議決定されたと報じられております(たとえばロイターニュースはこちら)。総合取引所制度の整備のほかに、課徴金制度の改革案も盛り込まれているようで、このたびのオリンパス事件をうけて、不正取引に協力した外部第三者への出頭命令や課徴金賦課も可能となるそうであります。とりわけ会計不正事件の発覚を困難にしているのは、必ずと言っていいほど「外部第三者」の不正関与に起因するものであり、外部の不正関与者に対する調査権限の強化やペナルティの新設は、今後の会計不正事件の取締りへの実効性が期待されるところであります。

普段、不正調査の業務を行うなかで、強制権限なく調査を遂行することはむずかしいのですが、経営トップが社員に対して「調査に協力するように」と真摯に広報していただきますと、スムーズに調査が進みます。しかし取締役や監査役など、経営陣が不正に関与しているケースでは、こういった広報が期待できないため、任意の調査に応じてもらえないケースが多いと思われます。経営陣が関与する不正について、経営者や外部協力者に対する不正調査が効果的に行われるためには、具体的な工夫が必要であります。

不正調査に携わる方々は、いろいろと工夫されているところも多いとは思いますが、たとえば会社法における推定規定の活用などもそのひとつではないかと。社内調査や外部第三者委員会の調査などは、時間との闘いであり、正確性と迅速性、独立性のバランスを確保しなければなりません。経営者不正によって社内の資産が流出している事例などをみますと、一部の支配株主(もしくはその株主の支配会社)との取引が問題となったり、顧問と名乗る者と経営者との不透明な関係に基づく非通例的取引が問題となるケースがあります。

こういったケースにおいて、取締役の利益相反取引に関する行為規制を定める会社法356条、365条、取締役の責任について規定する同423条、428条などを活用して、会社と取締役との間における利益相反取引を認定し、会社側に損害が発生している場合には、取締役側で任務懈怠(善管注意義務違反)がないことを積極的に立証しなければ厳しい責任が問われることを取締役側に伝えます。この場合、重要なのは資金の流れなどを把握して、「誰が儲かる仕組みなのか」を考え、会社と取締役との間に利益相反関係が存在することをまず認定することです。ここでは取引の安全保護の要請よりも、会社内部の権利義務関係の整理が問題となりますので、客観的な外形から捉えるよりも、実質的な利益相反状態を示すことができれば足りるのではないかと。もし取締役会で承認決議がとりつけられていたり、事後の報告がなされている場合には、取引を執行した代表者や、当該役員会で賛成をした取締役にも積極的に調査に応じてもわらなければなりません。

これは議決権行使に関する利益供与の禁止を定めた会社法120条の活用にも言えることだと思います。会社法120条は、もともと総会屋対策として会社法に導入された規定ですが、現在は総会屋対策、というよりも、広く「健全な会社運営を害する行為を防止する趣旨の規定」として理解されています。たとえば子会社役員の任免権に関する議決権に関し、親会社に有利な非通例的取引がなされれば、会社法120条に該当しうる(江頭「株式会社法」332頁)とされておりますので、「利益供与」の要件、「議決権行使に関し」の要件に関して客観的な判断が可能であれば、利益供与を行った取締役側で積極的に反論をしていただかないと、取締役側が不利な立場となります。

こういった会社法の規定を活用して、経営者に身の潔白を積極的に主張していただくことになりますが、経営者とともに不正に関与していると疑われる第三者に対しても、経営者の任務懈怠が推定されるのであれば、会社に対する取締役の忠実義務の履行を侵害する者として、不法行為に基づく損害賠償請求を行使しうる、と判断できる場合があります(ただしこの手法は実効性に乏しい、との反対意見あり)。したがいまして、我々の調査では出頭命令などは出せませんが、有利なことを主張してもらわないと、調査結果次第では極めて不利益な立場に立つ、ということを外部の協力者に理解していただき、間接的ではありますが、社内調査に協力を要請する、ということも行われています。

誤解のないように申し上げますが、こういった手法は取締役や外部第三者の責任追及よりも、不正事実の解明、原因究明が目的であります。ご自身の責任問題に関連することは容易に語られないケースが多いので、語っていただくための説得材料として、というのが正直なところです。そもそも「不正の兆候」がなければ合理的な疑いをもって非定例の調査に進むことは困難であります。利益相反取引や利益供与禁止規定などを活用することは、この「不正の兆候」理論の応用であり、社内における信頼関係を崩すことなく、できるだけ関係者の自発的な協力を要請するものとして、今後も工夫してみたいと思っております。

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2007年7月10日 (火)

企業の不祥事体質と取締役の責任

(追記:一部訂正がございます)

昨年のいまごろは、ダスキン代表訴訟高裁判決が出されまして、不祥事を公表しなかった取締役や監査役の責任が認められたことで、コンプライアンス経営やクライシスマネジメントに関する議論がさかんに行われたところであります。ある程度、ダスキン事件の話題も出尽くしたかなぁ・・・と勝手に考えていたところ、6月25日の旬刊商事法務におきまして京都大学の北村教授が「違法行為の隠蔽による信用の失墜と取締役の責任」という論文を出しておられ、これを読ませていただきましたが、また新たな論点について突っ込んだ議論がなされておりまして、たいへん刺激的であります。

内容的には過失相殺や損益相殺、割合的因果関係論など、法曹でなければちょっとわかりにくい論点ではありますが、あえてデフォルメして問題点を提示いたしますと、高裁の判断では、実際に食品衛生法違反の事実を「口止め料を払って隠蔽」した取締役2名については、50億円といった賠償責任が認められているが、そういった事実を知りながら公表措置をとらなかった取締役、監査役らに対しては2億円の範囲で賠償責任(全員で連帯債務)が認められている。しかし、これは公平の観点からみておかしくはないか、というものであります。(北村教授の解説部分は以上)

こういった意見から、私自身の推測ではありますが、そもそも担当取締役らが口止め料を払った事実を知っていながら、公表措置をとろうとしなかった取締役、監査役が大半であったのだから、そういった企業はそもそも不祥事隠蔽体質にあり、そのような体質のなかで「口止め料」を払った取締役らは、(たまたま担当者という立場であったために、自身が実行したにすぎず)その口止め料の支払いによって、長期間にわたってダスキン社が営業利益を上げていた以上、(企業自身が口止め料効果によって恩恵を受けていたのであるから)他の取締役、監査役らも「隠蔽を実行した責任を負担すべきではないか」・・・といったところも検討されるべき論点になりそうであります。

私自身、昨年にダスキン高裁判決を検討していたころには、こういった取締役間の責任の公平な負担・・・といった視点にはまったく気がつきませんでした。しかし、よく考えてみますと、北村教授がおっしゃるように、不祥事とはまったく無縁な企業体質と、なにか不祥事があったら隠蔽するのがあたりまえ・・といった悪質な不祥事を生む体質の企業環境とを区別せずに、そこで発生した不祥事への対応について、その隠蔽の実行者だけが極端に大きな賠償責任を負担して、それ以外の取締役は現実的な範囲での責任を負担させる、というのも、なんかおかしいような気もします。その実行者と隠蔽に賛成した者との間において、モラル的な差がそれほど大きなものではない場合が多いでしょうし、また「責任者としての地位」からすれば、企業不祥事を生む企業環境のもとにおいては、会社を守るために「隠蔽工作」に手を染めることにブレーキをかける期待可能性が乏しい場合もあるかもしれません。蛇の目ミシン事件の高裁判決ではありませんが、取締役らが違法行為を犯すことについて善管注意義務違反の事実はあるものの、期待可能性がないために責任を問えない、といった判例もあるわけですから、責任はあるにせよ、その責任の範囲を企業体質を考慮しながら、合理的な範囲に限定しようと考えられるのも、それなりに説得力があるのではないかと思われます。

ただ、もし隠蔽を実行した取締役らの責任が限定されるとすると、「損害の公平な負担」といった見地から、他の取締役らの責任が加重されることになるのかもしれません。そしてその責任が加重される根拠としましては、企業不祥事体質の解消、つまり内部統制システムの構築義務あたりに論点が移ってくるのかもしれません。つまり今度は企業自身の体質が問題視されるわけでして、そこでは内部統制システムの構築に向けて、取締役らがどのように努力していたのか、といったあたりが議論の対象となるのかもしれません。もちろん、「不祥事を発生させやすい企業体質」など、すぐに立証できるものとも思えませんし、また取締役の監視義務違反、といったあたりで公平を図ることもできるのかもしれませんが、ガバナンス体制を見直して、積極的に違法行為の防止のために努力している企業へのインセンティブを考えますと、場当たり的な監視義務違反の問題と考えるよりも、全社的な体制整備の一貫としての「企業体質」を捉えるほうが妥当ではないか、と考えております。

(追記)unknownさんより、北村教授の解説の趣旨が少し間違って紹介されているのではないか、とのご指摘を受けました。たしかに、再度論文を読み直したところ(たとえデフォルメしたものであっても)私の引用に不適切なところがございましたので、一部訂正いたしました。たいへん失礼いたしました。

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