モリテックス社の総会決議取消判決(その2)
大発会でいきなり600円以上の下落相場となり、「本当に市場型間接金融への道は開けるのだろうか」と不安な気持ちになられた方も多かったのではないでしょうか。ともかく、金融・資本市場競争力強化プランは実行されるわけでして、今年はその具体的な施策が次々と打ち出されることは間違いなく、その結果として、少しずつでも貯蓄がリスクマネーへと動き出すことを期待しております。
金融商品取引法の世界におきましては、「株主の素人性」については「行為規制としてのプロ・アマ区分」とか「プロ向け市場の創設」「上場投資信託」など、市場の活性化と投資家保護を調和させるべき施策が現実化しつつありますが、会社法の世界ではこの「株主の素人性」をどう評価するのでしょうか。先月7日のエントリーにおきまして、「モリテックス社の総会決議取消判決」についての備忘録をアップしておりましたが、商事法務1820号(12月25日号)32ページ以下におきまして、その判決全文が掲載されており、やっと読むことができました。前のエントリーのなかで疑問に感じておりました「500円の商品券交付が利益供与禁止規定に反することと、それが決議取消という結果をもたらすこととの関係」につきましても、「利益供与に該当する」→「(利益供与によって議決権が行使されたことは)株主総会の決議にとってきわめて重大な影響」→「裁量棄却では済ますことはできない」→「決議自体が取り消される」といった流れとなるそうで、納得できた次第であります。
立派な判例評釈はまた、著名な法律学者や弁護士の方々によるもので勉強させていただくこととして、私が興味を持ちましたのは、「委任状を提出する際の株主の『合理的な意思解釈』の問題」であります。金融商品取引法の世界におきましては、「株主が素人であること」は有価証券を市場で発行する企業の「開示のあり方」や、取引の際の商品説明、そして投資ファンド自体の開示のあり方など、いわば「開示制度」を中心とした投資家保護政策のなかで意識しておりました。しかし、会社法規範のなかにおきましては、委任状獲得競争といった特殊な場面ではありますが、「素人株主がどういった意思で委任状の中身を認識し、提出するか」といったことを推察することで、総会で議決権を行使する一般株主を保護する必要性が出てくるわけですね。
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もちろん、500円の商品券(クオカード)を議決権行使株主に配布することが、会社法120条1項の禁止する「利益供与」に該当するかどうか、といった論点につきまして、判例が三つの判断基準を定立しているあたりも非常に興味深いのでありますが、やはり一番おもしろい論点は、この「株主提案権を行使する株主へ(株主提案に賛同する、もしくは白紙委任する旨の)委任状を提出する一般株主の合理的な意思を解釈する」という点ではないかと思います。実際に、上記判決理由のうちの多くは、この論点への判断に費やされております。そして、この判決を読めば読むほど、判決内容への疑問が湧いてくるわけでありまして、「今後同様の事案においても、同様の結論になるのだろうか」と、少し考えさせられるところであります。たとえば前回のエントリーにおきまして、定款で人数枠が制限されている取締役の選任議案につき、会社提案と株主提案が、それぞれ枠一杯に近い人数の候補者を挙げていれば、「一方に賛同することを明記した委任状は、他の一方の取締役選任を否決する、といった両立しない関係」に立つために、特別に相手方議案の賛否記載欄を設けなくても株主の意思を合理的に解釈できるのであるから、委任状としては無効とはならないと記載しましたが、(まだ取締役候補者についての会社側提案が出されないうちに集められた株主側提案賛同の委任状について)本当にそこまで一般株主の意思を合理的に解釈できるのかどうかは、少し疑問が残るのではないでしょうか。要するに、株主側提案に賛同する株主は、現経営陣による経営に不満を持っているのであって、たとえば現経営陣が一般株主の意向を代弁してくれるような社外取締役を数名候補者として挙げてくるのであれば、それにも明確に反対する意思が合理的に推察されるのでしょうか?これは現経営陣と大株主とが、プロキシーファイトにまで発展することが予想される場面でも、現経営陣が株主提案権を行使していない他の大株主(たとえば外国人機関投資家)の賛同を得やすくするためにも「ありえる話」ではないでしょうか。そういった状況のなかで、未だ会社側提案が出されていない段階での株主側へ役員選任議案賛同の委任状を提出することに、どれだけの(委任状を提出する一般株主の)合理的な意思解釈ができるか・・・というあたりは、かなり微妙な問題を含んでいるように思えます。
また、判決理由では、「たしかに委任状を提出する段階で、会社側提案内容が具体的に明らかにされていない点はあるにせよ、もし会社側が提案内容を明らかにした段階で、そちらの方に賛同するのであれば、株主はいつでも株主提案への賛同の意思を撤回することができるのであるから、一般株主に特別な不利益はない」とされています。しかし、これもすんなりと納得できる理由ではないように思われますが、いかがでしょうか。「株主の素人性」からすると、「会社側が提案をした時点で、そちらの提案に賛同したいと思ったら撤回することができる」と、理解している人はどれだけいるのでしょうか。むしろ無償で撤回することは委任契約違反になると考える人が多いのではないでしょうか。ましてや、提案権を行使する大株主からヒルトンホテルでディナーをごちそうになって、「やっぱり会社側の提案のほうがいいみたいだから撤回します」と言えば、後で委任契約違反として損害賠償を請求されるのでは?と考えるほうが「素人的発想」のような気もいたします。
会社側提案を待ってから、委任状勧誘を開始することの「不公平性」については、提案株主側の主張も当然のことだと思いますし、判決もその点について言及しておりますが、この「株主の合理的意思解釈」と「株主の素人性」をどう結びつけるのか、といった問題は、会社法の世界ではとても新鮮に映りました。たとえば「純粋な理性をもった株主像」が一般株主であると捉えれば、TOBの場面でも「純粋理性人」として振舞えることが期待できるのでありまして、だとすれば敵対的買収時においてTOBとは別に株主総会で一般株主の意思を問う必要はないはずであります。そこに「TOBによる二段階買収の心理的不安に怯える一般株主」を想定するからこそ、買収防衛策としての総会決議の意味を見出すことができるのではないでしょうか。同様に、今回の判決におきましても、委任状を提出する株主を「どのような属性をもった株主なのか」を想定するところで、判決理由も異なってくるのではないか・・・と、少し疑問を抱いた次第であります。
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