2009年10月24日 (土)

吉本興業の非上場化に対する差止請求訴訟(これはオモロイ!)

またまた山口三尊氏(私の親戚ではございません)経由で知りましたが、10月19日に吉本興業株式会社の株主の方が、吉本興業および同社取締役らを被告として、①(吉本が)種類株式発行会社となること、②普通株式を全部取得条項付き種類株式に変更することに関する定款変更議案の上程差し止めを求めて大阪地裁に提訴されたようであります。現在、吉本興業さんはゴーイング・プライベートのための(ファンドによる)TOB期間中でありますが、このスキームによって締め出される一般株主の方々の中では、不満を持っておられる方も多いように聞いております。とりわけ吉本社の場合、子会社のファンダンゴ(大証ヘラ)が、わずか1年半で上場廃止とされたことが話題となりましたので、「またやったか」と思っておられる株主の方もいらっしゃるようであります。この裁判の原告である個人株主の代理人はあの株主オンブズマンで名高い阪口、松丸の両ベテラン弁護士を中心に、大阪の優秀な弁護士陣で構成されているようです。(ご自身方が原告株主となるのではなくて、今回は純粋な代理人として就任されているようですね)取締役の違法行為差止めに関する株主権の行使ではなく、民法709条に基づく差止請求権を根拠としているようであります。(めずらしいですね)

平成21年9月11日吉本興業リリースにかかる「当社株主に対する公開買付けに関するQ&A」のQ3におきましては、「本取引はMBO(マネージメントバイアウト)なのですか?」なる質問に対して、吉本側は本件はMBOには該当しません、と明確に回答しておられます。しかしながら、本訴訟において原告側は、これは形を変えたMBOである、と主張しておりますので、このあたりが裁判のうえでどのように判断されるのか、関心のあるところであります。とくにMBOの定義というものが示されるのかどうかは定かではありませんが、そもそも本件における経営者と株主との関係が、実質的に「構造的な利益相反関係」に該当するのかどうか、という点については何らかの裁判所の判断が示されるのではないでしょうか。(当然のことながら、構造的利益相反状況にあるとされれば、株主と経営者との間における情報の非対照性への配慮や、賛同根拠となる価格に対する精査方法等にも影響が出てくることいなります)

また、たいへんおもしろいのは「全部取得条項付き種類株式を用いたスクイーズアウト(少数株主の締め出し)」は違法であり、取締役らの不法行為を構成する・・・とする主張であります。これは以前から一部学説では「違法ではないか?」と有力に主張されていたものでありますが、MBO実務では、すでに当たり前のように活用されているスキームであります。ここに正面から切り込んでいく訴訟は「立法論の世界なのか解釈論の世界なのか、ちょっとよくわからないところだけど、いつか出てこないかな・・・」と思っておりましたので、裁判所の判断がたいへん楽しみであります。なお、このあたりの論点は、江頭憲治郎教授の還暦記念論文集「企業法の理論」に収録されております九州大学法学部の笠原准教授の論文「全部取得条項付種類株式制度の利用の限界(笠原武朗)」がかなり参考になるところであります。(ほかにも優れた論稿等ありましたらご教示いただければ幸いです)なお、三尊さんがコメントで紹介されているので、私も紹介させていただきますが、原告株主の方のHPが立ちあげられたようであります。(ブログもあるようですが・・・)おそらく著名な代理人の方々と今後は訴訟を維持していかれるものと思いますので、また更新されるのを楽しみにしております。(吉本興業側はやっぱりO法律事務所が法人も個人も代理人を務められるのでしょうかね?)

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2007年10月31日 (水)

法化社会と企業価値研究会のあり方

先週月曜日(10月22日)の読売新聞朝刊に、事後型買収防衛策のルール作りのために、10月末頃から経済産業省の企業価値研究会が新たな検討に入る・・・との報道がされておりました。先日のブルドックソース最高裁決定を受けて、これまで防衛策を導入している企業も、そうでない企業も、防衛策のスキームを検討しているところが多いと思われますが、導入や発動の手続きにおいて誤った認識がされないように・・・ということで(おそらく最高裁決定に過剰反応することを回避するために)、とりわけ事後型防衛策のあり方についても検討課題とされるようであります。

企業価値研究会のなかで議論される内容につきましては、また大杉先生のブログとか、経済産業省のHPで議事要旨等を読ませていただくことにしたいと思いますが、まずこのたび把握しておきたいことは、この経済産業省の企業価値研究会のお出しになるルール(防衛指針)といったものが、法化社会の実現を目指す日本の司法制度のあり方とどういった関係に立つものと認識すればいいのか、といったところであります。

まずひとつめは、この研究会の防衛指針そのものが規範的ルールとなることを目指しており、各企業がとりあえず指針にしたがった行動をとり、この指針に従う企業が増えることで指針そのものが「ソフトロー化」することに狙いがあるのでしょうか。そもそも、買収防衛策というものが「発動されるべきもの」ではなくて、交渉の道具である・・・という本来の防衛策導入の目的を考えたり、そもそも防衛策を導入してみたところで、敵対的買収に発展する可能性が著しく乏しいといった確率論から考えましても、「企業価値研究会がお墨付きを与えたルール」が存在すること自体が、アクティビストファンドあたりには「脅威」となることは確かであろうと思いますし、買収を仕掛ける競業他社からみると、誠実な交渉を余儀なくされるためのインセンティブにもなろうかと思われます。しかしながら、現実には(旧商法の時代であり、また想定されていたライツプランの建て付けも今とは少し異なるわけでありますが)、株主平等の原則に関する解釈とか、多数決要件(普通決議か特別決議を要するのか)とか、相手方への金銭補償の点など、裁判所の決定理由と指針内容を比較してみますと、予想していなかった点や予想に反していた点などが重要な部分に存在していたわけでして(少なくとも、一般人の目にはそのように見えたわけでして)、「本当に、この指針にしたがっておけば、いざというときにもだいじょうぶなんだろうか?」との不安感を(このたびのブルドック最高裁決定との比較におきまして)一般の企業担当者の皆様にも与えることになったのではないでしょうか。

次にふたつめは、先日のブルドックソース最高裁決定が述べているところを補充したり、敷衍したりしながら法解釈を行い、もしくは最高裁決定からみて、防衛策発動要件の解釈指針を提示する、といったような、つまり裁判規範としての防衛策の適法要件の定立(法解釈)にあえて経済産業省内の研究組織が踏み込むことに狙いがあるのでしょうか。以前はライツプラン発動に関する裁判例がなかったわけでして、今回こういった目的で「発動の合法的要件を最高裁決定から探る」といった規範定立方法を、企業価値研究会が構築することも十分考えられるところであります。とりわけ「事前警告型ライツプランのあり方」というよりも「事後防衛策のあり方」に重心を置いた議論がなされるのであれば、M&Aルールを規範化しようとするものではなくて、むしろ最高裁決定の射程距離というものを法や判例の解釈によって限定、拡大していこうとされているようにも思われます。しかし、この考え方は巷間よく説明されているところの「法化社会」のあり方とは矛盾するのではないでしょうか。事前規制から事後規制へと向かう社会のあり方において、そもそも法の解釈によるルール定立は裁判所における裁判規範を通じての政策形成機能に期待すべきであり、立法機能によって事前規制をかけることは可能でありましても、無限に存在する前提事実を抜きにして、法の解釈指針だけで事前規制をかけることはナンセンスだと思います。これはノーアクションレター制度をみてもわかるとおり、法の解釈指針を示すことで行政が事前規制機能を発揮できるのは、詳細な前提事実が存在する場合のみ(つまり、その前提事実が正しい場合限り)であります。

そして三つめは、企業経営者への「檄」といいますか、取締役の善管注意義務違反となるリスクを少しでも軽減する、つまり、ひょっとすると防衛指針に従って防衛策を発動してしまうと、裁判において現経営者側が敗訴してしまうことになるかもしれませんが、それでも、これだけ日本のM&A実務をリードされておられる方々が大いに議論をして世に公表したものに従ったわけであるから、違法な防衛策発動によって不当にTOBが妨害されたり、発動後に権利行使が不当に制限されて、金銭補償すらしなかった相手から現経営陣が訴えられたとしても、おそらく「経営判断原則」で免責されますよ・・・、だからリーガルリスクは乏しいわけですから、どうか現経営者の皆様、頑張ってください、といったメッセージを世に送ることが狙いなのでしょうか。企業経営者の立場からすれば、この「檄文」的効果が一番ありがたいわけでして、私自身も社外役員という立場からすれば、たとえば独立第三者委員会としては、こういった立場から企業価値を考えるべきである・・・といった行動指針が盛り込まれていれば助かるなぁと思ったりしております。しかし、そこで出された指針というのは、現在の会社法と金融商品取引法と、独占禁止法、法人税法、企業会計制度といった法制度が不変であることを前提として、また予想されるべき事態というのも、おそらくモデルケース程度ではないかと思いますと、果たしてどこまで重大なリスクとなる前提事実を検討されているのか、という不安はあります。いわゆる内部統制でいうところの統制上の要点ですよね。敵対的買収局面における取締役の責任負担可能性をどこまで予想できて、それに対応可能な指針が策定されることはおよそ不可能だと思いますね。そのことは、今回のブルドック事件においても、たくさんの税務上の問題などが噴出したことからも明らかだと思います。

「法化社会」というのは、社会事象としての「紛争」を解決するにあたって、なんでもかんでも裁判(もしくは裁判的機能)に委ねることではなく、法的ルールに合理性があるかぎり、そのルールにしたがって紛争が(自律的もしくは他律的に)解決されうる社会のことを指すものであります。したがいまして、原則論としましては、企業価値研究会のようなところでM&Aの効率的活用が図られるための合理的ルールが定立されることにつきましてはおおいに賛成するところであります。今後はMBO指針のあり方を含めまして、この企業価値研究会の活動には大いに期待をしておりますので、いま一度、この研究会の成果はなにを目指しているのか、わかりやすくどなたか解説をしていただければ・・・と考えております。

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2007年8月 5日 (日)

企業価値研究会「MBO報告書」

8月2日、経済産業省HPに企業価値研究会による「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する報告書」が公表されております。(以下、このブログでは「MBO報告書」といいます)上場企業における非上場化を伴うMBOの件数はもっとも多かった昨年が10件程度、今年も5月までで6件程度ということですから、ご関心の薄い方も多いかもしれません。しかしながら、①市場の活性化を図るためには、入場審査だけでなく出口からの退場方法についても予見できることが不可欠であること、②親会社による子会社の上場を原則として認める以上は、その非公開化についても「構造上の利益相反問題」を伴う点ではMBOと同様の議論が可能であること、③買収防衛策の議論と同様、会社と株主との関係について、会社法と証券取引法(金融商品取引法)のどちらで議論をするのか、たとえば少数株主保護については仮処分も含む司法判断を念頭において議論するのか、それとも罰則を含む行為規範による事前規制を念頭において議論をするのか、など、たいへん興味深い大きな論点を含んでいることなどから、今後おおいに議論が盛り上がるのではないかと勝手に想像しております。

ところで、MBOの素人である私にとりまして、MBOに関する報告書がなぜ企業価値研究会から公表されるのか、よく理解できていないところであります。MBO(マネジメントバイアウト)と企業価値というのは、いったいどういった関係に立つのでしょうか?ホントは当たり前に関係しているようで、じつはよくわかっていなかったりするんじゃないでしょうか?いちおうこの報告書の題名が「企業価値の向上のための経営者によるMBO」とありますし、報告書の7ページには「MBOを行うことの合理性については、MBOが当該企業の企業価値の向上を企図しているものであるかという点がポイントになるものと考えられる」とされております。では、どういった場合が企業価値の向上を企図していない、つまり合理的ではないMBOかといいますと、「株主の利益を代表すべき取締役が、その責務を果たさないで株価が低迷しているような場合に、当該低迷している株価を奇貨として単に取締役自らの利益追求を目的として行われるようなMBO」と考えておられるようであります。しかし、買収防衛策の場合には企業価値を毀損する買収者・・・といった概念が想定されるとしましても、はたしてMBOの場面において企業価値を毀損するようなMBOというのは想定されるのものなのでしょうか?取締役が私利私欲のためにMBOを敢行する、といったことが例示されておりますが、これは株式の時価総額そのものを企業価値と考えていることを前提とされているように思えますが、そもそも株式の時価総額と企業価値とはベツモノと考えるべきなのではないでしょうか?つまり、取締役が怠慢によってある企業の株価が低迷しているとしても、その企業の真の企業価値は別に概念されるものでありますから、先の例はMBOが企業価値を向上させるものであるかどうかをポイントにしなければならない理由とはなりえないような気がするのであります。現に、この報告書のなかにおきましても、かならずしも企業価値を向上させることのないMBOであっても、株主が納得して判断を行っているかぎり、否定されるべきではない・・・との意見が出されているようでありますし(その意見へ賛同するかどうかは別にしまして)、企業価値向上の有無と、MBOの合理性判断とはあまり関係がないのではないか、取締役が私利私欲のためにMBOを敢行していたとしても、それは単に時価総額が低迷しているといった事実を(当該取締役が)利用しているにすぎず、そういった場合でも結論としてMBOによって企業価値が向上されるケースはいくらでもあるのではないか、と思う次第であります。この報告書の論点整理のなかにおきまして、MBOを行う上での尊重されるべき原則として、この企業価値を向上させるMBOか否かという点が判断基準となることが明記されておりますが、この非常に曖昧な「企業価値」といった言葉を用いて判断基準とすることは、議論の中身をも曖昧にしてしまい、少数株主の利益保護の要請との詳細な検討を回避する理由として使われてしまうのではないか、といった危惧を抱いてしまいそうであります。

先週月曜日、GCA代表の佐山先生の講演をお聞きしましたが、株式の時価と、企業価値とはまったく異なるもの・・・といった解説をお聞きした記憶がございます。もしそうであるならば、そしてかりに企業価値向上といった判断基準を検討するのであるならば、まずMBOを論じる場面におきまして、「企業価値」と株式の時価との関係について明確にしていただきたいと思いますし、たとえばTOB開始時点より過去6ヶ月間の平均値にプレミアムを20%上乗せしたTOB価格と、取締役が評価根拠とすべき第三者機関作成にかかる「株価算定評価書」に登場してくる株価(及びその算定方式)との関係につきましても、そもそも単純に比較していいものなのかどうか、明確にすることが前提となってくるのではないでしょうか。MBOの場面におきまして、もっとも問題となるのは、企業価値向上のために上場会社が非公開化を目指すことは当然の前提でありまして、むしろそういった企業価値向上を目指すものであったとしても、取締役と株主との利害が対立する必然性を有した交渉ゴトであるがゆえに、そのルールをどうやってみつけるのか・・・といったところではないかと考えております。したがいまして、企業価値云々といったところで「いいMBO」と「悪いMBO」を判断することは議論の深化を妨げはしないかと心配するところであります。(あまりにもたくさんの論点がございますので、またおりにふれて、不定期にて続編を書かせていただきます)

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