2008年10月24日 (金)

持合い株式の減損処理と株主への説明責任

あまり新聞やニュースなどで報じられておりませんが、昨日(10月22日)スティールパートナーズ(ジャパン・ストラテジック・ファンド)が江崎グリコ社に対して、グリコ社が政策目的により保有している株式(いわゆる持合い株式)について、その損失の対処を要請したようであります。(スティールパートナーズのHPはこちら)23日の日経朝刊におきましても、3月決算の上場企業について、ここ半年ほどでリリースされた保有株式の有価証券評価損が3000億円を超えるものであった、と報じられておりましたが、私自身も、「有価証券の評価損計上が株式持合いに与える影響はどの程度なのだろうか?」と考えておりましたので、まさにこのスティールの損失対処要求につきましては、グリコ社にとっても「想定の範囲内」にあったのではないかと思われます。江崎グリコ社としては、この10月6日にて、今年度第2四半期に有価証券投資につき22億円の評価損を計上するとリリースしておりましたし、スティール自身も、以前から持ち合い解消を求めておりましたので、こういった対処要求に至ったものだと推測されます。ただ、現実の株価がこのように低迷しているところでありまして、持合い株式についての減損処理をしなければならない企業も相当数出てくるものと思われますので、一般の上場企業におきましても、すこし検討しておいたほうがよろしいのではないでしょうか。

金融商品に関する会計基準によりますと、持合い株式は「その他有価証券」に分類されるため、評価益が出る場合には貸借対照表上の「純資産の部」に計上されるわけですが(純資産直入法)、評価損が出る場合には損益計算書上で「当期の損失」として処理されることになるのですね 原則的には評価差額の合計額は純資産の部に計上することになる(例外的には「保守主義」との関係から、評価益は純資産の部に計上し、評価損が出た場合には損失として処理する場合もあるようです)ようであります。ただし、市場性のある株式の場合、時価が著しく下落した場合には、評価損については当期の損失として処理しなければならない、とされています。(金融商品会計基準20)そして、市場価格のある株式の相互持合の場合には、時価が取得価格の50%以下となる場合には「著しく下落した」場合に該当するために(金融商品実務指針90,91)、合理的な反証がないかぎり減損処理を行う必要があるわけでして、ここ2~3年に株式の持ち合いを開始したケースでは、今期あたり、この減損処理を行う必要のある上場企業が相当数出てくるものと思われます。つまり、株式の持合いも、株価の暴落がなければ大きな問題になることもないと思いますが、減損処理を行う必要が生じた場合には、評価損がまともに企業業績を圧迫することになりますし、その結果株主にとりましても、剰余金の配当や、株価の下落など大いに利害関係を有することにもなるわけですから、(もし今後も持合いを解消しない、といった判断を下すのであれば)株主に大きな不利益を課してでも、会社によって株式の持ち合いが経済的合理性のあるものとして必要であることを十分説明する責任があるのでしょうね。すくなくとも、一般の株主は大きな利害関係人ですから、「持合いを継続する合理的な理由」とか「損失を計上してでも持合いを維持すべき経済的合理性」など、明確に説明する必要があるような気がします。敵対的買収防衛に備えての持ち合いです・・・とか、「株主に対する利益供与のおそれ」が生じるような説明方法は避けるべきでしょうから、説明にも十分な配慮が必要になってくるものと思います。

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2007年8月16日 (木)

上場企業の株式持ち合いの効用

一昨日(8月14日)の読売新聞ニュースなどでは、上場企業における株式持ち合い比率が90年代以来、久しぶりに増加傾向に転じた、とのことであります。(読売ニュースはこちら フジサンケイビジネスアイはこちら )そういえば、先日のブルドック事件に関する最高裁決定の内容から、「買収防衛策の発動が適法とされるためには、総会における圧倒的多数の株主からの支持が必要」とする解釈(もちろん、あくまでもひとつの解釈にすぎませんが)がやや定説化しつつあるようでして、今後は安定株主工作に走る企業が増える懸念も示されております。(関連ニュースはこちら)本来、法律家がこの「企業間における株式の相互保有」を論じるのであれば、企業結合規制との関係や、相互保有(事業の提携)と「インサイダー取引における重要事実の決定への該当性」などを解説すべきなのかもしれませんが、そのあたりは独占禁止法や金融商品取引法に詳しい先生方のご著書などを参照いただくとしまして、私的に関心がありますのは、この株式持ち合いといったものは、安定株主工作として利用されるのであれば、株主への利益供与に該当するのかどうか、さらにはそもそも株式の持ち合いと企業価値とは、いったいどのような関係に立つのだろうか・・・といったあたりでしょうか。つまり、経営陣としましては、この株主持ち合いを復活させるとして、どういった理屈で株主の皆様方へ説明責任を果たすべきなのか、といった視点であります。

一般に企業間において株式の持ち合いがなされている場合には、敵対的買収への防衛策になる、と言われておりますが、これは持ち合いがなされている議決権についての数量に焦点をあてて、「安定株主」が増えるためである、と解説されているようであります。つまり企業としましては、事業提携の一貫として株を相互に保有することが目的であって、その副次的効果として防衛策になるものと公表することになろうかと思われます。しかしながら、そのような理由からであれば、事業提携の契約だけを締結すればいいわけであり、なぜ株式を相互に保有する必要があるのだろうか・・・といった疑問も呈されるところであります。安定株主工作のため、とはっきり説明するわけにもいかないと思われます。そこで、この「株式相互保有」それ自体の持つ経済的効果といったものが理由として付加されますと、株式持ち合いそれ自体の合理性(もちろん、企業側からみた場合の理屈でありますが)が説明されるところになろうかと思われます。つまり、ただでさえ日本の上場企業は浮動株式が少ないところに、さらに持ち合いによって浮動株式が減少することになるわけでして、もし事業CF(キャッシュフロー)に変動がないとした場合、株価が上昇する要因となるわけですね。そうしますと、それ自体、TOB価格を押し上げる要因(買収資金の増加要因)となりますので、買収されにくい体質になるということのようであります。(説明の仕方としましては、「市場で評価されていなかった当社の企業価値について、その真の価値に株価が近づくように努力する」といったところでしょうか)さらに興味深いのは、実際に株式の持ち合いが継続しているとして、これをシナジー効果の達成であると解釈できるならば、もし敵対的買収者が現れた場合に、(経営支配権の移転が発生しますと)その持ち合いが解消されてしまって、それまで保有していたシナジー効果が毀損されてしまいますので、一種のクラウンジュエルとしての防衛効果も果たすこととなる、というものであります。このような株式持ち合いが有する経済的効果からすれば、「持ち合い」を発表する際に、経営陣が安定株主工作のため、と表現しなくても、素直に「事業戦略上の目的」とだけ説明すれば株式を持ち合うことの必然性を合理的に説明できそうであります。

このように、株式持ち合いの復活というものについて、現経営陣にすれば「いいことづくめ」の手法のようにも思えますが、ただ、これを内部統制(会社法上の)といった側面から考えてみますと、どうなんでしょうか。いわゆる全社的リスク管理といった観点から考えた場合、「株式持ち合い」をしている相手方企業に事業経営上重要な影響を与えかねないような不祥事や企業リスクが発生した場合、持ち合い関係にある当社の企業価値にも影響は出ないのでしょうか?昨日、松下電池のバッテリー不具合で数百億もの交換費用を要する事態が発生してしまいましたが、これで「次世代自動車のバッテリー共同開発」のために株式持ち合いをされている企業への影響というものはほとんどない、ということなんでしょうか。まぁ、巨大企業どうしの事業提携ということでは、軽微な影響しかないかもしれませんが、中小の上場企業におきましては、やはり時価会計制度による影響だけでなく、事業提携そのものの頓挫を含めた戦略上の大きなリスクが発生するのではないでしょうか。つまり、これだけ内部統制の整備運用が上場企業の責務として謳われている昨今、もし株式の持ち合い復活ということであれば、そのリスク評価についても事前に明確にする必要があると思いますし、なにかあれば、すぐに解消しなければならず、もし解消しないのであれば、その理由は株主に直ちに説明する責任があるのではないだろうか、と思います。事業戦略上の目的を第一に掲げて持ち合いの道を選択する以上は、やはりリスク管理として、事業戦略上の効果についてもまた、株主へ説明する必要があるのではないでしょうか。持ち合い復活が「コーポレートガバナンスの向上を阻害する」と言われているところでありますので、せめて経営陣としましては、内部統制的な観点から、その有効性やリスク判断を徹底すべきだと思われます。

※本日のエントリー作成にあたりましては、「検証 日本の敵対的買収(M&A市場の歪みを問う)」(新井富雄、日本経済研究センター 編 日本経済新聞出版社)を参考にさせていただきました。新刊書ですが、これなかなかおもしろかったです。たとえば、株式を持ち合っている企業が、買収者の提示しているプレミアム価格にも応じないことを、どのように自社の株主に説明すべきか・・・、そのあたりのヒントなどもこの書物に掲載されており、読まれる方の立場によって共感、ご批判はあるでしょうが、非常に有益です)

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