三菱自動車燃費偽装事件-人事政策と不祥事を生む企業風土
三菱自動車さんは「迅速な経営」、そしてスズキ自動車さんは「効率経営」を徹底的に標榜したことで、燃費不正を発生させてしまいました。スピード経営、効率経営は攻めのガバナンス(企業の競争力向上を後押しするガバナンス)が推進するところですが、攻めのガバナンスを徹底すると、こういった守りのガバナンスを無効化する現象を生みやすくなる、ということが露呈されたように思います。
昨日(5月18日)、人事部長を経験された某役員の方と夕食をご一緒したのですが、人事部長さんだったころのお話はなかなか興味深いものでした。経営トップと人事部長で異動を含めた人事政策を検討するのは部長級及びグループ会社のトップまでで(人事担当役員という方はいらっしゃったのですが、あまり権限はなかったそうです)、その下は部長級クラスの方々の意見が最も尊重されるのであり、全体の組織のパワー発揮を重視して、バランスをとる程度しか人事部は関与しなかった、とのこと。これは楠木新さんの最近のご著書「左遷論」の中で、同じようなことを楠木氏もおっしゃっています(「左遷論-組織の論理、個人の心理」中公新書58頁以下)。
本日(5月19日)の日経夕刊社会面に、三菱自動車燃費偽装事件に関する取材記事が掲載されていまして、本社部長クラスの方が、部下に「なんとしてでも燃費目標を達成しろ」「やり方はおまえが考えろ」と高圧的な発言をしていたことがわかった、と報じられていました。直接指示をしていた事実もあったようですが、おそらくこういった経営幹部のプレッシャーによって部下が燃費偽装に手を染めてしまったものと思われます。これは東芝会計不正事件における「チャレンジ」「工夫しろ」「社長月例」と同じ構図であり、経営トップ(もしくはトップに近い方々)が不正に関与しているわけではないが、不正を許してしまった企業風土に問題があった、と会社側が説明する際の常とう文句です。
このような原因分析があたりまえになると、とりあえず経営トップは辞任ということで責任をとりますが、「企業風土に問題があった」ということで、三菱自動車さんの場合には部長級の方々、東芝さんの場合にはカンパニーのトップの方々は社内処分だけで済み、ほとぼりが冷めたころには経営トップに近いところで要職に就かれるはずです。そのような方々は社内でも顔が広く、結果もきちんと残しているので、おそらく人事権も握ることになるのでしょう。歴代の経営トップの方々の「不正関与疑惑」についても、墓場まで持っていく気概(私の胸にしまっておくのでトップは汚さない)なので、そのことが上司からの信頼をさらに増す要因にもなります。厳しい不祥事の矢面を一回経験して「学習機能」が発達しているので、次回はさらに隠ぺいが上手になりますし、リスク管理の専門家を活用するノウハウにも長けてきます。
ということで、日本企業の典型的な人事制度を前提とするかぎり、不祥事を生む企業風土が簡単に変わるわけがなく、売上目標や開発スピード、製造原価の低減だけを目標とした経営に加担していた方々による「悪しき企業風土」は長く組織に根付くことになります。住宅ローンや教育費、そして親の介護にお金が必要な世代であれば、組織力学を優先して行動することも当然かと思われます。
しかし、楠木さんが上記「左遷論」でも述べておられるように、「一億総活躍」しなければならない時代、もはやこれまでの(人の能力よりも組織パワーを重視した)人事政策はもたなくなってきます。「悪しき企業風土」が残る組織はかならず国民から「自分たちの幸福追求にとって不要な会社」と選別され、淘汰されてしまうことになります。そうならないためには、やはり「企業風土」をどうすれば変えていけるか模索する以外に持続的成長はのぞめないように考えます。よく「コンプライアンスは経営トップ次第」と言われますが、実際に高圧的な発言をした社員、その高圧的発言で不正行為に及んだ社員が会社にいらっしゃるかぎり、それでは思考停止に陥ってしまいます。ではどうすべきか?私はすでにセミナー等で持論をお話しておりますが、私なんかよりもっと「根回し」とか「貸し借り」とか「汚れ役」など、人間を冷徹に洞察して組織力学を実践された方々に検討していただきたい課題です。
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