2017年2月 1日 (水)

フィデューシャリー・デューティーと機関投資家の訴訟提起

信託銀行が東芝社に対して「異例の提訴」を検討されている、と日経新聞で報じられています(1月30日)。「異例」というのは、刑事責任(法人の場合は金融商品取引法207条)が追及されていないにもかかわらず、東芝社に対して損害賠償を求める、という点を捉えてのことだそうです。「虚偽記載」の事実については東芝さんもほぼ認めているようなので、因果関係と損害額の立証が容易となる点において、金商法21条の2に基づく不実開示責任の追及が行われる、ということでしょうか(もちろん機関投資家側が、損害賠償の範囲を裁判所に広く認めてもらうために、民法709条に基づく不法行為責任を追及することも考えられます)。

以前、当ブログでも取り上げましたが、顧客から資産を預かって運用する機関には、最近「フィデューシャリー・デューティー(信認義務)」が強く要請されるようになりましたので、顧客に対する受託者責任を尽くすためにも、このような責任追及がなされる事例は今後も増えていくように思われます。ただ、そうなりますと、取締役や監査役といった役員個人の不実開示責任の追及も問題になりそうですが(金商法24条の4)。そのあたりは記事からは明らかではないですね。

機関投資家の方々がフィデューシャリー・デューティーを尽くすために訴えを起こす、ということになりますと、その費用対効果も問題となりますので、役員の個人責任を追及する場合には「費用倒れ」の可能性があります。また、社外取締役候補者を減らすことにもつながるようなことも、政策的に(?)とりにくいのかもしれません。役員の個人責任については、会社自身による損害賠償請求訴訟もしくは一般株主による代表訴訟の帰趨を見守る、ということかと推測いたします。

ところで金商法の勉強不足で恐縮ですが、平成26年の金商法改正によって発行会社の不実開示責任は過失責任となりました(それまでは無過失責任)が、そもそも発行会社の無過失を(発行会社側で)立証する、というのはどういったことが認められれば良いのでしょうか。やはり財務報告に関する内部統制について、相当程度の整備運用がなされていた、ということになるのでしょうか。しかし会計不正事件が発覚した企業では、先に「金商法上の内部統制は有効ではなかった」と訂正報告書を提出していますので、そのあたりの訴訟上の抗弁との関係がどうなるのでしょうか。ちょっと今、長めの出張中なので、また事務所に帰ってゆっくり考えてみたいと思います。

 

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2016年5月30日 (月)

監査役もフィデューシャリー・デューティーの時代

月刊監査役最新号(2016年6月号)の巻頭(羅針盤)に、樋口範雄氏(東大教授)の小稿「契約関係と信認関係-専門家の信頼強化のために」が掲載されています。職業専門家の利益相反事例に関する米国の裁判例を通じて、「法と契約と倫理の関係」が解説されています。樋口先生といえばもちろん信託法の権威でいらっしゃいますが、20世紀末に「フィデュシャリー(信認)の時代」という著書でフィデューシャリー・デューティー(現在は「フィデュー」とか「デューティー」と伸ばすようです)を日本に紹介された第一人者の方です。小稿の中で掲げられている具体例も、なかなか興味深いものです。企業の利益を追求すればするほど、その信用が失われ、持続的な成長を困難にしてしまう例は日本でも多く存在します。

フィデューシャリー・デューティーの徹底は、金融資本市場の環境整備に必須ということで、日本再興戦略2016(素案)でも金融行政の重点項目とされており、昨年あたりから金融機関では(行政当局との対話において)話題になっていますね。このたび月刊監査役でも樋口先生が登場されたということは、一般企業の監査役の皆様にも理解が必要な概念になってきた、ということではないでしょうか。そういえば5月25日の日経新聞朝刊「大機小機」のタイトルも「フィデューシャリーの時代」ということで、「21世紀の日本は、金融界を超えて社会全体がフィデューシャリーの時代を迎えているとの認識が必要ではないか」と問題提起がされていましたが、私もまさに同感です。近時話題になっている「フィデューシャリー・デューティー」は日本の金融機関の信頼性向上を目的としたものですが、コーポレートガバナンス・コードが成長戦略として実施されている昨今の上場会社にも、日本の証券市場を通じてフィデュシャリー・デューティーの発想が妥当するものと考えます。

たしか金融法務、企業法務に精通した法曹の方々を中心に「フィデューシャリー・デューティー」について議論していたころは、取締役の善管注意義務や忠実義務との関係で、法的義務の中身を精緻化するために活用されたり、善管注意義務の範囲に含まれるかどうか微妙な問題について、信義則の内容を明確化するために(つまり法的責任を論ずるために)活用されていたものと思います(先日のクックパッド社の経営権争いの中で、取締役監査委員だった著名法律家の監査報告個別意見でも「フィデューシャリー・デューティー」なる言葉が登場していましたね)。そもそも契約内容が締結当時は明確にならないために、裁判官が、後日契約の中身を補完する目的で「信認義務」を活用することもあります。

しかし、金融監督指針等で用いられ、現在話題になっている「フィデューシャリー・デューティー」は、ややこれとは異なるようです。契約関係の有無は別として、高度な専門性を有する受託者と受益者のように信認関係に立つ場合の受託者の役割・責任ということで、法的責任を超えた誠実義務のようなものとして捉えられています。受益者の利益を最優先するために受託者は何をすべきか、受託者自身で考えなければならない裁量の幅が広いのでいわば「プリンシプルベース」の発想です。そもそもどのような行為が「受益者にとって最良の行動か」という問題提起が不思議なものです。神様でなければ「受益者にとっての最良行動」など、現実にはわからないですし(後だしジャンケンのリスクが高い世界)、生身の人間の行動は不合理なものばかりですから(受益者の心理は多くのバイアスに満ちています)、受託者の誠実義務といっても裁量の幅は広いのが当然だと思います(本気で最良執行義務とは?といったことを語り出したら、おそらく人間関係は破滅してしまうと思います)。したがって、私は緩く「企業倫理」という概念で捉えるべきものではないかと考えています。

日本は判例法ではなく実定法の国ですから、英米法で形成されてきたフィデューシャリー・デューティーの考え方が、そのまま法的責任の有無に直結するわけではないようです。しかし、誠実義務ということが議論されるのであれば、実践的に企業倫理を検討するためのテーマにはなるように思えます。刑事罰や行政制裁の対象となる企業行動の「グレーゾーン問題」やガバナンス・コードに代表されるソフトローの解釈等、誠実義務の中身および義務違反に関するエンフォースメントの在り方等、監査役の皆様方にとっても具体的な事例を通じて検討することが有益ではないでしょうか。そしてその検討の最終成果としては、各企業における監査役の信頼向上ひいては、各企業の信用の向上にあると思います。

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